●リプレイ本文
●貸小袖
入口に、笹の葉が揺れている。
今日は新米のお針子達が天の織女に糸や小袖を捧げ、裁縫の上達を願う日。
仕立て屋に訪れた冒険者達は、広い作業場に整然と座った針子達に迎えられた。
「まあ、素敵‥‥」
広げられた浴衣地の数々に、桂木涼花(ec6207)は思わず感嘆の声を挙げた。
とりどりの布地に日々囲まれている針子達は如何に腕が鳴ろうかと、にこやかに話しかけつつ生地に触れ柄を選ぶ。華やかな柄の生地と珍しい布目の生地、迷って一方を針子に頼み、もう一方を自ら仕立てる事にした。
「新作の生地、面白いですね。この生地の感性は、ジャパン独特のものでしょうか」
透かしを星に見立てて名付けられた生地を手に、リディエール・アンティロープ(eb5977)は私も浴衣を縫ってみたいと続けた。家事は苦手なのですけれどと告白するリディエール、少しでも覚えておきたいという彼の姿勢に、芳江も快く助力を申し出た。
「これは‥‥私が‥‥」
ククノチ(ec0828)が自ら縫いたいと手に取った反物は、可憐な彼女には少々渋めに見えた。男物に仕立てたいとの希望に、詳しく問うのは野暮というものだろう。
「そうか、夏祭りに‥‥間に合えば良いな」
並んで手解きを受けているイレイズ・アーレイノース(ea5934)に頷くククノチ。
イレイズはククノチに反物を宛がって貰い、芳江に反物の柄が最も映える生地の取り方を尋ねた。共に、自分の浴衣は針子に任せ、大切な人への浴衣を仕立てる。
その大きな手に小さな針を持ち、孫の為の浴衣を縫うイレイズの姿は熱心で真剣で、孫への深い愛情が感じられた。心を込めて一針一針丁寧に針を運ぶ。
(「‥‥」)
無事受け取って貰えますように。祈るように針を進めるククノチは、だんだん気恥ずかしくなってきた‥‥
そよぐ風鈴の音の中、和やかに作業は進む。贈り主の想いの籠った特別な浴衣は、着る者もきっと喜んでくれるだろう。
「崔‥‥動かないでください」
わざと背を丸める恋人に所所楽林檎(eb1555)は抗議した。に、と笑った木賊崔軌(ea0592)、今度は背伸びしてみせて。
冷静に抗議する林檎だが内心はそうとも限らない。思い切って反物を崔軌の肩に掛けてみた、その頬は赤い。
「この方が完成をうまく思い描けるのです」
用意した黒地に緑の差し込みが入った帯と合わせて、柄の出方を確かめる。
恋人を困らせてみせたりするのも楽しいのだけれど、真剣な顔を見るのも楽しい。
見られているのに敢えて気付かない振りをしつつ平静を装って採寸を済ませた林檎の眺めていた崔軌は「じゃ、頑張りな」言い残して仕立て屋を後にした。出掛けに芳江に残した頼み事は林檎には内緒だ。
採寸が一通り終わり、針子達は目の前の生地に集中する。涼花は針を進めながらも興味深く様子を見学。
「呉服屋さんの裏側って興味があったんよ」
壁際で全体を確認しつつ、手の止まっている者へさりげなく介添えする芳江に、将門雅(eb1645)が話しかけた。雅は万屋を商っている。商人ならではの厳しい目で針子や指導の様子を見つめ、人に薦められると太鼓判を押した。
此度のお仕立て会に参加したのは初めて裁縫に触れる冒険者だけではない。
仕立て屋を営んでいるラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)は、勝手が違うからと謙虚に教えを請う。仕立てるは恋人ジルベール・ダリエ(ec5609)の浴衣。
巴里で菓子屋を営むライラ・マグニフィセント(eb9243)は、浴衣を縫った事はないものの家事全般が得意だ。
反物、採寸、仕立ての様子を暫く眺めていた彼女は天性の勘でコツを把握すると、浴衣と帯を作り始めた。手際よく仕上げ、空いた時間で甘味を作る。
新人達にほんわり優しく挨拶した倉城響(ea1466)は、慣れた手つきで作業に入った。
普段と違う客人を招いて堅くなった針子達の緊張を解すように、気さくに話し掛けながら手の内の針は迷いなく生地を進む。
自身の縫い方に癖があるのは判っているので針子への関与は助言に留め、楽しい場の雰囲気を作る事に心を砕く。和気藹々とした空気の中、程よき所で厨に立った。
●夕涼み
「ジャパンに来て何着か着物を仕立てたけど、こんな風に出来てくのね」
縫っている様子を見るのは初めてというジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)、仕立てを頼んだ花火の浴衣を気に入ったようで、大切にするわと微笑んだ。
「選んでもらって良かったわ〜♪」
仕立て上がった華やかな浴衣を前に、アニェス・ジュイエ(eb9449)は色様々な帯を合わせて、どれを締めるか迷っている。そんな悩みもまた楽しいのだが、やがてこれと決めた帯と共に別室へ下がった。
次々と仕立て上がり、別室から浴衣美人が現れる。
枝垂桜の浴衣に深青の帯を胸高に締めたクリス・ラインハルト(ea2004)、裏表色の違いを見せる帯で片蝶結びの涼花、臙脂に薄桃の帯を花文庫に結んだククノチは凛として可憐だ。
月見酒の浴衣に帯を文庫に締めたガブリエル・プリメーラ(ea1671)は帯締めにレースを取り入れた洋の装い。潤沢の髪留めで飾り、ふさふさの根付を帯に挟んだアニュスは華やか。髪を結い上げた二人、共に艶やかで美しい。
藍染の浴衣が色白のラヴィサフィアによく映える。
「初詣の振袖も良かったけど、浴衣も似合てるな」
あん時よりもちょっとお姉さんになったみたいやと、ジルベールは恋人の艶姿に笑い掛ける。白の帯を立て矢に結んだラヴィサフィアは「ジルベールさまもお似合いです」と、はにかんだ。
皆の作業がひと段落ついた頃。
縁側に座を設け、涼を取る。
「海の向こうから来た人が多いから、口に合うとええんやけど‥‥」
将門司(eb3393)が京らしい食材に腕を振るう。
骨切り湯引きした鱧の吸い物は見た目も美しく、焼魚は鮎、旬の野菜を使うなど、季節を感じさせる心づくしだ。
早速アニュスが持参の酒で一献。幸せそうに一息つくと、針子達に杯を傾けてみせた。
「ふふ、修行中の子達に、悪さ覚えさせちゃ、いけないかな」
茶目っ気たっぷりに首を傾げる酒好きの美女。ジャパンの夏、盆に静かに思いを馳せる。
「綺麗な花火を見ながらの食事‥‥素敵です〜♪」
器用に箸を使うクリスが空を見上げた。宵闇に覆われ始めた空に、ひとつめの花火が上がったのだ。
「ここから少し先の盆踊り会場からでしたら、もっと良く見られるわ」
祭りの夜で小間物屋などのお店も開いているだろうから食事の後にいかがと芳江が勧めると、シェアト・レフロージュ(ea3869)は、わくわくした面持ちで行ってみましょうと友人達を誘った。
酒屋から戻った響は酒と肴を振舞い、ユリゼ・ファルアート(ea3502)が水魔法で作った氷水で冷やしていた瓜を切り分けた。ライラが囲炉裏端で焼いたクレープはほんのり甘くてジャパンの針子達には珍しい甘味で、自然と皆の顔が綻ぶ。
立場の垣根を越えた和やかな雰囲気の中、夫の料理に手を付ける前に、将門夕凪(eb3581)は司に仕上がった浴衣を手渡した。
「料理は司の方が上手いですけど‥‥」
見直した?と顔を覗き込む妻の様子が愛らしい。司は破顔した。
●祭の宵
巴里の娘達が京の街をゆく。
「わわ、あのキモノ綺麗です〜!」
団扇片手に都大路を歩くクリスは大はしゃぎだ。
「ふふ、良い宵だこと」
嫣然と笑むガブリエルの粋な姿は注目の的。揃いの浴衣を着たシェアトと鳳双樹(eb8121)は並んで歩きながら通りの店を覗いている。
巴里にも和小物を扱った店はあるけれど、本場の店を覗くのも楽しくて、シェアトは揃いや色違いの小物があればと探す。雅の案内で茶店に向かった一行は小休止を取る事にした。
「京都‥‥帰って来るのも久し振りなのです♪」
葛切りを手に、懐かしく、この上なく幸せそうに‥‥双樹が呟いた。
故郷を離れて三年以上‥‥この三年で得たかけがえのない友達、大切な人達と故郷を歩いている――今。
「シェアトお姉ちゃん」
呼んでみた。団扇を手にしたシェアトが自分の方を向いて微笑んだ。
「‥‥ときにアーシャ、エスコートが婿殿じゃなくて私で良かったのですか?」
エルディン・アトワイト(ec0290)がアーシャ・イクティノス(eb6702)に問うた。
浴衣、とてもよく似合っていますよとアーシャを褒めるエルディン。一見恋人でも通用しそうな二人だが、暦年齢では親子ほどに歳が離れている。
(「幼いアーシャに初めて会ったのは30年程前か‥‥すっかり大きくなって」)
エルディンの感慨は父親のそれだ。友人の娘の後見人として、ずっと成長を見守って来た。
「エルディンさん、ジャパン語通訳してください」
美味しい食べ物屋さんが知りたいので。
娘は色気より食い気のようだ。団子にわらび餅、冷えたスイカに流し素麺の屋台を探して彼の手を引き、もりもり食べているお転婆娘。
だけど娘にも父への想いがあって――嫁ぐまで、一緒に居られる時間はあと僅かだから。
「夏の風物詩を堪能するのです!」
我侭言うのも娘なりの甘えなのだ。この時間を大切にしたい娘の。
「食欲は相変わらずですね。風物詩、花火も堪能しましょうか」
クリス達が櫓へ向かっているだろう。エルディンはアーシャへ移動を促した。
櫓の周りは先祖を迎え供養する者達が思い思いに舞っていた。
揺らりとたおやかに舞うジルベルト。時折優雅に踊りの列から離れて出店を楽しむ。縁日を見て回っていた山王牙(ea1774)は踊りに加わり、夏を愛おしむ。
(「再び夏が巡る頃には、この国が平和になっていますように」)
心の内で静かに祈り、踊りの輪から離れた。続きは自宅で月見と洒落込もう。
夜空に浮かぶ月を見上げ、張源信(eb9276)は独りごちた。
「夏は、夜空がよく映える」
手には徳利と団子。広い丘で月を相手に酒盛りだ。
地上にはまだ大きな暗雲が立ち込めているけれど、夜空の輝きの如く人々の輝きで満たされるようにと、星に、神仏に祈りと願いを捧げた。
●寄羽の橋
夕暮れ時の鴨川を、ユリゼはサクラ・フリューゲル(eb8317)と共に歩く。
「ジャパンは母の故郷なんです‥‥」
サクラが言った。かけがえのない故郷、自分を育んでくれたもう一つの国。ユリゼにはどう映っているのだろう。
「ユリゼと一緒に、この地で散策する事ができるなんて思ってもいませんでしたわ」
気に入って貰えたら嬉しいのですけれどとサクラは微笑む。
その視線の先には藍染の浴衣に藍白の帯を貝の口結びですっきりと着こなしたユリゼの姿。水面に映る自分達の姿と戯れる妖精達の様子に目を細めている。
あとで花火も見に行きましょ?ユリゼは爽やかな笑顔を見せた。
「お手をどうぞ?お嬢さん」
河原から眺める花火も格別だ。
崔軌に連れられ河原へ着いた林檎は、崔軌の浴衣の袖に触れた。
「‥‥そ、袖の角が少し歪んでいたのです」
違う。否、初めての仕立てで少し歪んだのは間違いないが、本当は‥‥
初めて己に触れた林檎に、崔軌は似合ってるよと言った。
「崔の見立てのお陰です」
林檎が最初に選んだ自分の為の浴衣は崔軌が見立てた反物に替えられていたのだが、席を外した崔軌が持ち込んだ常盤緑の帯にとても良く似合った。照れ屋の恋人が自身で洒落込まないのは知っているから、着付けは芳江に頼んで、結びは片花文庫結びにして貰って。
この日の林檎の表情が安らいでいるのは、色柄帯の結びの柔らかさだけではないだろう。
林檎に仕立てて貰った浴衣を粋に着こなした崔軌は居ずまいを正した。堅くなく、あくまで崔軌らしい気遣いの籠った自然体で、彼はさらりと重大な事を言ってのけた。
「お前の家族が揃える位落ち着いたら、嫁に貰いにいくからな?」
エレイン・アンフィニー(ec4252)は戸惑っていた。
いつも明るく優しいジャン・シュヴァリエ(eb8302)が、むすっとしたまま自分の手を引いている。
彼がむくれている原因は自分で、それがわかっていて。でも膨れっ面も可愛いと思ったりもして。
だからエレインは黙って手を引かれるがままになっていた。
(「ほんとはもう怒ってないんだけどな」)
ジャンの心中、エレイン知らず。
混雑しておらず花火が綺麗に見える場所を探して、はぐれないよう手を引いているのだが、少々強引に手を引く為に膨れっ面を続けているジャンだ。
ややあってジャンが手を離したのを、エレインは少し寂しく感じたけれど、今日は一日彼のお願いも我侭も聞いてあげたいと思っていたから、神妙に彼の行動に従った。
「エレインの見立て、楽しみにしてた!」
「‥‥え」
いきなりの言葉に一瞬思考が止まる。浴衣の事を言っているのだと気付くのに暫くかかった。
「ジャン君‥‥」
昼間、仕立てて貰った浴衣をジャンに贈る。初めて彼が自分を呼び捨てにした事に戸惑っていた。受け取った彼の横顔に、いつしか青年の面差しを見つけていた。
(「何時の間に、こんな大人びたお顔をなさる様になったのでしょう‥‥」)
「‥‥え、と。エレインさん?」
――あ、普段の彼に戻った。
さん付けで呼ばれた事に少々落胆しつつも、エレインは花のような笑みを浮かべて応えを返したのだった。
「星に月、そして空に華――風流でええなぁ〜」
民家の屋根という特等席に陣取って花火を見物しているのは雅。ちなみにこの花火、関白が用意したものらしい。半端ない金が掛っているとも聞くが、今はそんな事は忘れよう。
地上ではきっと、兄夫婦や恋人達が幸せなひとときを過ごしている事だろう。
雅の兄夫婦――司と夕凪は河原に腰掛けて寄り添っていた。広い河原は花火が良く見えて、あちこちに恋人や家族連れが固まっている。
「また江戸に行って寂しい思いをさすけど、すまんなぁ」
司が夕凪の肩を抱き寄せて詫びた。頭を撫でられながら夕凪は夫を諭す。
「私が教えた巳の型は蛇ですよ」
何があっても諦めず、執念深いとされる蛇。夕凪は司と額を合わせて続けた。
「貴方は蛇らしくしぶとく絶対に帰って来る事。それで充分ですよ」
司は無事に帰ると誓いを唇に乗せた。夫の誓いを受け入れて、夕凪は祈った。
「私は貴方の白蛇でありたいです。幸運を運ぶ」
彼が薄化粧を施した、楚々とした恋人の浴衣姿は本当に美しかった。
ラルフェン・シュスト(ec3546)は嬉しげにルネ・クライン(ec4004)を見つめた。
ほんのり香の匂いを漂わせたルネは上機嫌ではあるものの、浴衣姿のラルフェンに見惚れる余りに顔を真っ赤にさせている。
「ジャパンに来たのは初めてだけど、街並みがとっても綺麗‥‥」
ノルマンとは違った街並み、服装、そして祭り。
次々打ちあがる花火をルネは無邪気に喜んで、そんな彼女がラルフェンは愛おしくて‥‥知らずルネを見つめるラルフェンの頬に涙が伝った。
もう、二度と失くすまい‥‥それは、彼の誓い。
「ラルフェン‥‥?」
額を合わせて来た恋人に、ルネは思わず目を瞑った。困ったように髪を撫でて、ラルフェンはルネの頬にキスをする。
(「え」)
唇に、来ると思っていたのだ。
驚いて目を見開いたルネに、ラルフェンは今度こそ口付けた。愛していると唇に乗せて。
優しい腕の中でルネは赤い顔で囁いた。
私もよ。こんなに夢中にさせて‥‥悪い人ね――
「ラヴィの所為で、制約を押し付けてしまって申し訳ありません」
「気にしたらあかんって」
京の町を散策したん、楽しかったし、な?
ジルベールがラヴィサフィアを慰めているのは、花火の上がる位置に月も昇っているからだ。ハーフエルフのラヴィサフィアは月で狂化を起こす。見たいものと見たくないものが同時に空へ出ているのだ。
「折角やし、代わりに俺の得意技見せたげよか。こっちの空見ててみ」
諦めしょげているラヴィサフィアにジルベールが悪戯っぽく笑う。月とは逆の方向へ彼女を誘うと、夜空へ向かって矢を三本打ち上げた。
「まあ‥‥!」
短弓から放たれた矢はレミエラの恩恵で美しい尾を引いて飛び、さながら流れ星のよう。
何よりラヴィサフィアにはジルベールの心遣いが嬉しかった。
お揃いの白い帯で浴衣を締めて、京の町を歩いた。餡蜜やかき氷を二人で食べて共に過ごした。
意を決して、ラヴィサフィアは打ち明けた。
「ジルベールさま‥‥勝手ですけれど一緒に悩んでくださいませ」
狂化の制約、種族の違い。いずれ時が二人を分かつ運命にあろうとも。
「ずっとずっと、ラヴィと一緒にいて下さいませ‥‥」
「ラヴィ、来年も再来年も一緒に過ごそうな」
恋人の願いを、ジルベールはそっと抱き寄せ受け入れた。
ラヴィサフィアは静かに目を閉じた。二人の思い出を増やしていける事の幸せを噛み締めながら――