【真名・水】水の祈り

■イベントシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 13 C

参加人数:12人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月01日〜09月01日

リプレイ公開日:2009年09月10日

●オープニング

●水の便り
「りょーかんはん♪」
 夜の寺に似つかわしくない子供の声がした。
 女の子。十二三歳くらいだろうか。闇に紛れて姿は見えぬ。
「おお、よう来たのう」
 老いた男の応えがあって、程なく本堂の戸が開いた。慎ましい灯りに迎え入れられた少女の「おーきに♪」の声。
 その声の主は、人の子よりもずっと小柄で少しだけ宙に浮いていて――小さな鰭を持っていた。

 寺の主は歳の頃齢八十過ぎの住職で良寛と言う。水童女と呼ばれた娘は京から少し離れた人の通わぬ塩湖に棲む川姫に仕えている水精霊だ。
 老いて外出もままならなくなった良寛と、塩湖から離れられぬ川姫。水童女は時折こうして長く逢う事のできなくなった二人の間を行き来している。良寛にとって水童女の訪れは旧友に逢うような、ほっとするひとときでもあった。
「水童女よ、川姫は息災かのう?」
「はーい♪」
 良寛への返答なのか手渡すものに対してなのか。
 水童女は甲高い声で返事をすると懐から文を取り出して良寛に手渡す。顔を綻ばせて受け取った良寛はその場で文を開いた。


『今年の夏は殊のほか暑うございましたが、お元気でお過ごしでしょうか――
 うちも水童女らも元気にやってます。良寛はんや冒険者の皆さんのおかげで、湖周辺も平和です。

 そうそう、遠国で悪魔の大将が封印されたんやってね。
 うち、たいしてお役に立たれへんかったけど、冒険者の皆さんが力を尽くして頑張ってはったん、湖からこっそり応援してたんよ?

 ところで――
 ジャパンではまだきな臭い事が続いとって、今年は慌しいまま夏が過ぎようとしているような気がします。
 いにしえの暦では今頃の時期に七夕がありますけど‥‥皆さん、笹流しお済ましでしょうか?
 もし良ければ‥‥少し息抜きに、湖に来はりませんか?』


「七夕、のう‥‥」
「たなばたー」
 振袖になった鰭をぱたぱた振りながら言葉尻を真似する水童女に微笑み、思案する良寛。
 しばし後、何やら思いついたようだ。
「のう、水童女や。かの大戦で冒険者達は『祈紐』というものを携えて戦いに臨んだのだと聞く。人々の祈りを引き受けて‥‥悪しきものと戦ったのじゃよ」
「いのりひも‥‥?」
「そう。冒険者達は決して一人で戦ったのではなかった。皆の想いと共に、想いを支えに戦ったのじゃ」
「おもい‥‥」
 良寛は勢いに任せて、川姫への返信をしたためた。
「姫に伝えておくれ。皆の想いを、姫も引き受けてくれんか、と」

●水と過ごす
「‥‥という事がありまして」
 後日、京都ギルドの受付に依頼を持ち込んだのは良寛に仕える寺男の孫七である。
 この日、孫七は冒険者へ湖への行楽を誘いにやって来た。
「冒険者の皆様には、肩肘張らぬ夏の一日を楽しんでいただきたいとの良寛様のご依頼です」
 塩湖への道筋を説明しながら、良寛と自分は行けないがと付け加える孫七。自分達の分まで楽しんで来て欲しいと言い添えた。

●今回の参加者

琥龍 蒼羅(ea1442)/ ユリゼ・ファルアート(ea3502)/ 白翼寺 涼哉(ea9502)/ ステラ・デュナミス(eb2099)/ サラン・ヘリオドール(eb2357)/ 明王院 浄炎(eb2373)/ 明王院 未楡(eb2404)/ 白翼寺 花綾(eb4021)/ 鳳 双樹(eb8121)/ ククノチ(ec0828)/ 齋部 玲瓏(ec4507)/ エレェナ・ヴルーベリ(ec4924

●リプレイ本文

●水に逢いに
 秋の声は聞くものの、いまだ日差しの強い頃の誘い。
 居合わせた明王院浄炎(eb2373)は懐の祈紐を取り出して見つめた。傍らの妻を見遣ると、並んで祈紐を見つめていた明王院未楡(eb2404)には彼の心が手に取るように解った。
 地獄での戦い、そしてジャパンに於いては丹後での不死軍との戦い――人々を守り、癒し、安らぎを与える力となってくれた祈紐。だが丹後の戦いは未だ終結しておらず、人心は乱れている。
「感謝を込めて‥‥人々の安寧と鎮魂を祈りましょう」
 二人の慈悲は、いまだ永劫の苦しみの中にある不死軍にも向けられていた。
「地域を越えた祈りの輪ね」
 キエフ、パリと祈紐供養を行い京へやって来たサラン・ヘリオドール(eb2357)が同意の微笑みを浮かべる。
 人々の想いを供養する事――
「笹流しで‥‥魂鎮め‥‥ですぅ‥‥」
「笹に、色とりどりの祈紐を飾って流せば美しいだろうな‥‥」
 白翼寺花綾(eb4021)の呟きを耳にして、ククノチ(ec0828)はその光景を思い浮かべた。笑みを浮かべて花綾を見れば、深刻そうな顔をしたりほわんと笑んだり忙しい。
「風雅兄様を呼んできますぅ‥‥」
 笑顔で表情が固定された花綾、ギルドを飛び出して行った。
「桜精や川姫さま‥‥良寛さまのお知り合いは、すてきなお知り合いばかりですね」
 齋部玲瓏(ec4507)は以前、良寛の依頼で桜樹に逢いに行った事がある。今度出逢う川姫はどのような女人だろう。
「ふふ、そうだね」
 玲瓏と共に桜精と逢った事があるエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)は、永遠に近い命と孤独を耐えてきた塩湖の姫に想いを馳せて。
 川姫が冒険者達と関わる事になったのは、本来の依頼人である老僧・良寛が『川姫の真実の名を知りたい』とギルドに依頼したのが切欠である。
 代理を立てねばならぬ程老いさらばえた良寛だが、考えや意識はしっかりしていると聞く。
「良寛さんも‥‥一緒できないかしら」
 ステラ・デュナミス(eb2099)の提案に否やを唱える者はなく。蒙古馬の鋼盾を連れた浄炎と天馬エウルスを従えたステラ、人型に変じた三笠大蛇の三笠さまを伴った玲瓏が寺へと向かう事になった。
「藍瑠も川姫や仲間に会いたいだろう?」
 琥龍蒼羅(ea1442)が右肩の辺りに浮いている水妖の藍瑠に問うと、嬉しそうな応えが戻ってきた。ちょうど良い機会だ、リュートベイルを天馬の白耀に載せてゆこう。
 おっとりと首を傾げている玲瓏に、川姫と面識のある鳳双樹(eb8121)は、そうですねえ‥‥暫し考えた。傍に従う雲母とは種族が同じだがやはり違う。
 それにあの姫は――
 双樹の思索は知人の出現で途切れた。
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)は双樹に小さく手を振ると、他にも知る人を見つけて控えめに場に加わった。

●水に招く
 突然の訪問者に少々驚いたものの、良寛は冒険者達をにこやかに迎えた。
「良寛さま、久方ぶりでございます」
 お変わりなさそうでよろしゅうございましたと丁寧な挨拶をした玲瓏に、玲瓏殿も変わらず清らにお美しいと老僧は相好を崩す。孫七に窘められて慌てて居ずまいを正した。
「明王院と申す。御坊も湖にお連れいたしたく参上致した」
「良寛さんは、みs‥‥川姫さんにとって一番付き合いの長い友人。折角ですもの、ね」
 浄炎と、川姫の真名を知るステラが姫の共通の友人に誘いを促した。
 目の前の人物は八十を越すとの事。長きを生きた老僧の体調を気遣って、浄炎は馬と背負子での移動を説明する。帰りは三笠さまに、と玲瓏に水を向けられて、人ならぬ青年が頭を下げる。何十年振りかのうと嬉しげな主に、寺男の孫七はいそいそと準備を始めた。

 一方。
「花綾君が呼んでくれたんだね」
 並んで歩く少女にご機嫌で話しかける小姓姿の麗しい青年が一人。白翼寺涼哉(ea9502)の下僕(?)三笠大蛇の風雅だ。ペットではあるが花綾とは義兄妹の関係にあるらしい‥‥にも関わらず風雅は花綾に惚れている。
 依頼で同行者も多いが、これはある意味逢引と言っても良いのだろうか――
「兄様?」
 義兄の想いに気付いていない妹は、ご機嫌の意味がわからず小首を傾げた。その姿が愛らしいと花綾を称える風雅は塩湖で何をするのか尋ね、川姫や祈紐の事を聞いた。
「‥‥兄様にも‥‥手伝って‥‥欲しいですぅ」
「我が姫君の願いとあれば、何なりと」
 うやうやしく義妹の手を取った恋する男に、調子に乗んなと涼哉のハリセンが炸裂した。

 岸辺の一箇所に火を誂えて、儀式と宴の仕度を始めよう。
 住職主従の到着までに一足早く準備をと、未楡が調理を始めた。手伝うククノチは、出来上がる珍しい茶請けに興味津々。ジャパンや巴里で見かけた事のないそれが華国風だと教えられて納得。
「こんにちは、元気にしているかい?」
「ふふ、おかげさまで元気やよ」
 気負わない挨拶に、湖から上半身を覗かせた川姫は友の訪問を喜んだ。戻って来られたと告げるエレェナの意図を察した川姫は、元気なお姿を見られて嬉しいと素直な気持ちを口にする。
「また来ました!雲母ちゃんも雫ちゃんも一緒です♪」
 笑顔で再会を告げる双樹達と蒼羅と藍瑠を「お帰りなさい」と迎え入れ、初めて見る顔にはようこそと歓迎の笑みを浮かべた。
「陽の精霊使い、サラン・ヘリオドールよ。澄んだ水の輝きが皆さんの衣に満ちますように」
「おおきに。水の安らぎが皆さんの癒しとなりますように‥‥良い日になったら嬉しいわ」
 属性は違えど精霊に関わる者。サランの言祝ぎを川姫は嬉しそうに受け取り祝福を返したのだった。
 やがて良寛と孫七を迎えに行った一行が到着した。
 数十年振りの再会か。水童女を介してか思念でのみ交流を続けて来た相手が、目の前にいる――
「‥‥川姫」
 エレェナは川姫にそっと促すと老僧に目礼して席を外した。
 長き時を越えて再びあいまみえた二人の間に、水を差してはいけない。積もる話は二人だけのものだから。

 良寛を伴った浄炎は、休む事なくその足で竹の切り出しに向かう。命を刈り取る事への謝罪、命を使わせて貰う事への感謝を込めて丁寧に加工する。妻の未楡は調理に食材や森羅万象の全てへの感謝を込めて。
 人づてに聞いた祈紐の実物を涼哉に見せて貰った良寛は、冒険者の口からその話を聞いた。
「祈りには癒しの力があります。地獄戦では救護に活かす事ができました」
 医師を支えた癒しの紐。祈紐のお陰で戦い抜く事ができましたと、蒼羅は己の祈紐を示し地獄での戦いの話をしたの聞いて、良寛はサランに祈紐の発端を問うた。
「祈りを行う方々が、形をどうしようかと悩んでいたのが始まりよ。ジャパンの千人針という身に付ける人の無事を願う行いからヒントを得たの」
 祈紐は自分の為でない誰かの為の祈り、思い遣りの心なのだとサランは説明し、この地でももっと思い遣りの心が広まると良いわねと結んだ。良寛は小さく頷きながら、冒険者達の言葉を一言残らず記憶に留めんと耳を傾けていた。

●水の祈り
 謡姫が舞う。祈紐の供養の為に。魂鎮めを祈り涙を舞う。
(「傷付いたら‥‥誰かが悲しむの‥‥忘れないでっ‥‥)
 花綾が示した供養の舞は『魂鎮めの涙』それは失われた魂だけでなく残された想いへの供養でもあった。
 エレェナと蒼羅が奏でるリュートに風雅が笛を合わせ、謡姫が舞う。未楡がそれに合わせて、ひと差し。いつしかサランも加わって、祈りの舞は華やかかつ清らかに続いた。
 桜華の蝋燭を点し、玲瓏は今を生きる人々への祈りを捧げる。瞑想するように瞳を伏せる玲瓏を真似て、常若が目を瞑った。くすりと笑った三笠さまは玲瓏と共に今を祈る。
 ずっと湖水に身を浸していた川姫も今は人魚を思わせる全身を現していた。
 川姫の周囲に遊ぶ水童女達とその眷属の精霊達。水面に居るもの岸に居る者、立場は違えど隔てなく、共に舞い共に楽しむ。和やかな光景であった。

 舞の終わりが近付いた頃、皆で祈紐を湖へと流した。
(「瘴気や怨嗟から人々を護り、永劫の苦しみに囚われた者達に癒しと安らぎを与える力となってくれた事に感謝を‥‥」)
 命は無けれど人々の想いが籠った戦友。浄炎は感謝の祈りを込めて祈紐を水中に放った。穢れの強きものは一度火で浄化して灰を還す。
 暫しの瞑目後、浄炎は新たな祈りを皆に請うた。丹後では未だ不死軍との戦いが続いている、そして生者達も。
 未楡から受け取って結び目をひとつ作り、涼哉が良寛へ祈紐を回した。
「この国は、いまだ戦乱の中にあります。人同士の争いを収めるべく協力して欲しいのです」
 頷いた良寛は人々の平安を願い、紐を結わえた。川姫や精霊達、不器用な子の分は主が代わりに、皆で結び目を作ってゆく。
 笹船に願いを記した短冊を載せ、玲瓏の笹船が岸を離れていった。蒼羅とククノチは祈紐への感謝と祈りを笹船に託して――
「‥‥ワッカ、それは乗る物ではない」
 笹船に戯れる水精霊にククノチは苦笑した。共にある事への感謝はあれど、祈りと共に流れて行かれては困る。
(「再び京へ訪れられますように‥‥」)
 ワッカを摘み上げ、再訪を願いを載せて。笹船から手を離した。
 以前訪れた時よりも混迷が深まっている事に心を痛めるサランは、諍いと悲しみが少しでも減るようにとこの地の平和を願う。
 丹後ではいまだ戦が続いており、永劫の苦しみに囚われた者達がいる。明王院夫妻は今なお続く怨嗟や苦しみへの哀悼と鎮魂、人々の安寧を祈って船を流した。
「皆、家族です。その想いは変わってません」
 双樹は姫の眷属となった雲母と共にある自分として、貴女に聞いて欲しかったと川姫に打ち明けた。幸せそうな雲母の姿と見比べて双樹はんと幸せにねと川姫は微笑む。双樹と雲母、雫の分は双樹が作って、三隻の船は並んで湖面へ旅立っていった。
(「こうやって、人と精霊が手を取り合う日々が続きますように」)
 良寛の依頼を切欠に塩湖の姫と出逢った。人と交わらぬ姫の試練を受け、苦難を助け、友となった。年明けからの出来事を思い出しながら、ステラは続く友情を願う。
 エレェナは友の姿を瞳に映して祈った。
(「君がいつも心安らかであれるよう‥‥また孤独を嘆く事がないように‥‥」)
 川姫は永遠に近い命を持った存在で、良寛のみならずエルフの自分もいつかは彼女を残して逝ってしまう定めだけど、その先に彼女の新たな出会いを願わずにはいられなかった。

 貴女に一度、どうしても会ってみたかったと手を取られ、川姫は「うちもお話してみたかったんよ」と応えた。
 一人静かに水と戯れ、笹船を流した様子が気掛かりだった。今そっと手を包み込んでくるユリゼは明るい口調で話しかけてくるけれど、その視線はどこか寂しげで、口調は強がっているようで。かつての自分に似ているような気がして、放っておけなかった。
 会いたい人がいるの、とユリゼは言った。
 一度は繋いだ手を、自ら離してしまった人。大事な、大事な友人‥‥
 思わず「うちみたいになったらあかん」ユリゼを抱き締めていた。かつて海に居た自分、塩湖に過ごした長き日々‥‥孤独の中での後悔を思い出す。
「何かは、祈りと一緒に流れて解けて行きそうな気がするの‥‥」
 遠くを見つめ、ユリゼは「水は私の還る場所だから‥‥」そう呟いて目を伏せた。

「父様‥‥いつになったら‥‥幸せになれるかなっ?」
 流れてゆく笹舟を見送りつつ、かつて願った父の幸せに思いを馳せて。問わず語りに呟いた花綾に、風雅は彼女の願い事を思い出した。
 良き人と幸せになりますように。
 愛しい義妹は、自身の幸せでなく父の幸せを願ったのだった。だが、その父は医者の務めに追われ、休む暇もない。
『地獄から‥‥戻っても‥‥いつも仕事‥‥人助けし過ぎて‥‥倒れるんじゃないかって‥‥』
 父に心配させまいと、身を案じている事すら悟らせまいと己に固く口止めした花綾。気丈に振舞う彼女の小さな肩が震えている事に風雅は気がついた。ぼろぼろ涙を流していながら尚、声を殺して耐えようとする花綾に愛しさがこみ上げる。
「優しいんだね、君は?争いが続く限り医者は休めず。私達に出来るのは旦那様を癒す事」
「兄様‥‥」
 見上げた花綾が風雅に寄り添った。風雅は優美な手を腕の中の恋しい少女へと伸ばし――後頭部にハリセン一閃。
「ナニしようとした?」
 待っていたのは甘い展開ではなく、ご主人様のきついお仕置きだった‥‥

 儀式もひと段落付き、未楡の心づくしが振舞われた。ジャパンの料理だけでなく、華国風や欧州風の料理もあり、同行した皆が楽しめるように配慮してある。
「ほら、リリーも恥ずかしがらずに」
 この場に人も精霊も別はない。ステラはリリーの手を引き、知己の傍に座る。先の大戦において祈っていてくれたという二人に感謝の言葉を伝え、変わらぬ交遊を願う。
 川姫しかり、桜精しかり。他にもあまたの佳人と心通わせた老僧の話は多岐に渡った。時折艶めいた脱線をしては孫七に突っ込まれ川姫に苦笑され、皆の間に笑いが起こる。
(「縁とは本当に‥‥ありがたくも不思議なものだな」)
 水面を渡る風を感じ茶の香りを愉しみつつ、ククノチはしみじみ思った。
「良寛さまは、ふわふわのもこもこはお好きですか?」
 持参の桃花酒を良寛に注いでいた玲瓏が問うた。三笠さまに視線を向けて、よろしければ帰りはと続けると、良寛は是非にと応えて言った。
「三笠殿は何がお好きかな?」
「歌が好きだよ、もゆと一緒に連歌を作って遊んでいるんだ♪」
 ほうと感嘆したほろ酔いの良寛、いつかお仲間に入れていただきたいと心地よく笑った。
 川姫へ精霊達への感謝の気持ちを述べた未楡は、その想いと共に人々の祈りの籠った結晶を贈る。
「‥‥ほんまに、ええのん?」
 目を見開き結晶を受け取った川姫は一旦水中に姿を消し、すぐに何かを手に戻って来た。
「佳き日、ご馳走してもろた上に良いものまでいただいてしもて‥‥その手から美味を生み出す貴女に、海の恵みが祝福をもたらしますように」
 祈りの結晶を左に抱き締め、差し出したのは海の滋味を生むという柄杓。慈母へ、これからも人々を笑顔にしてくださいねと微笑んだ。

●水の想い
 夕日に照らされ紅く染まった湖から、再び朱が褪せた頃――集った者達は、それぞれの居場所へ戻ってゆく。
 心配そうに見上げる花綾に見送られ、涼哉は風雅と共に江戸へ発った。この地で新たに結んだ祈りを手に。
「三笠さま、低空飛行でお願いします」
 良寛・孫七が本体を現した三笠さまの背に掴まった。少々の夜更かしが許されるならもう少し語り合いたいものなどと語りつつ、闇を縫って玲瓏と共に寺へ帰っていった。

 三々五々皆が帰ってゆく中、川姫に手渡されたものを見てエレェナは「懐かしいね」と言った。
 それは、川姫の真名を示すと言われたもの。初めて出逢った時に、試練として水底から見つけてくるよう命じられたものだ。
 真名を知る今となってはごく普通の貝殻だけれど、そこに込められた川姫の孤独や哀しみを彼女達は知っている。
 真名はその本質を表すもの。だから誰にも聞こえぬようにこっそりと、エレェナは川姫の耳元に唇を寄せて囁く。
「またね、みしを」
 再会を約束する別れの言葉に、塩湖の主は「またね」と艶やかに笑んだのだった。

●ピンナップ

明王院 未楡(eb2404


PCシングルピンナップ
Illusted by 津奈サチ