鉦叩き

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月22日〜09月27日

リプレイ公開日:2009年10月05日

●オープニング

●鉦の音
「床板の下から、音がしますねん」
 京都ギルドに現れた男が語った話は、まるで季節はずれの怪談を思わせた。

 男は京から少し離れた山里に住んでいる。代々続く土地を守る豪農だそうで、名を日高藤左衛門という。築百年を越す古い家に暮らす藤左衛門だが、最近、床下から何やら音がすると言う。
「何や‥‥鉦の音みたいなんするんや」
 鉦の音は藤左衛門の寝所から聞こえてくる。
 夜になると微かながら鳴り響いてくる鉦の音は、意識し始めると耳触りで仕方ない。虫の鳴く音にも似ていたので藤左衛門は一度床下に潜ってみたのだが、三分程の秋の虫ならば当然見つかるはずもなく。
 ところが――地に耳付けて聞くと、確かに音は地中からするのだ。
「こう‥‥伝承なんぞでありますやん、即身仏が今でも鉦叩いてるっちゅうやつ」

 ジャパンの僧の中には過酷な修行の果てに土中で絶命する者がいると言う。これを入定と言い入定した僧を即身仏と呼ぶのだが、当然即身仏が鉦を叩き続ける事は怪異である。
 とりあえず掘り出さない事には正体も知れず、藤左衛門は人を雇って掘り起こす事にした。そこで冒険者には立ち会いを頼みたいとギルドを訪れた訳だった。
「有難い聖さんやったら廟を建ててお祀りしよ思てます。けど得体の知れんもんかもしれまへん、危険なもんやったら倒してください」
 発掘は村人が行う。村の菩提寺から坊主も呼んでいるので、これも何かの縁と供養に参加していただければありがたいと、藤左衛門は最後にそう結んだ。

●今回の参加者

 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4873 サイクザエラ・マイ(42歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 ec4935 緋村 櫻(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec6861 剛 丹(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629

●リプレイ本文

●床下の音
 臥した下から聞こえてくる音――
「ふむ。床下では気になり出したら夜も眠れなさそうですね」
 緋村櫻(ec4935)は様子を思い浮かべて、形良い眉を顰めた。神さまの御使いさまでしたらよろしいでしょうけれどと、櫻の手伝いに訪れていたラヴィサフィア・フォルミナムも清らかな表情を曇らせる。
 二人が見遣る先にはやつれた男。視線を感じた藤左衛門が会釈を返した。
(「山里に微かに響く鉦の音と言えば風情だが‥‥」)
 安らぎを得るはずの機会に気掛かりを得ては、さぞ身が辛かろう。冒険者達の集う場へと近付いてくる男に、ククノチ(ec0828)も同情の視線を向けた。
 寝不足の藤左衛門の足元は存外にしっかりした様子だが、日高村へは二日掛かると聞く。移動手段に空飛ぶ絨毯の使用を考えていた雀尾嵐淡(ec0843)、同乗は藤左衛門の寝不足解消になるかもしれない。
 それぞれに準備を整えた一行は無事を祈る白の僧侶に見送られ、京を後にした。

●空の褥
 地上と空に分かれて、時折休憩を挟みながら一同はのんびりと日高村を目指す。
 櫻とククノチは街道を行く。
(「ここ最近‥‥」)
 以前から、でなく、ここ最近になって聞こえ出した鉦の音。
 秋の気配を色に示し始めた木々を眺めつつ、歩を進める軍馬の藤の首を撫で、櫻は考えを巡らせた。
「何か近郊で変わった事でもあったのでしょうか?」
 水の流れが変わったとか、新しく土地を拓いたとか。
 櫻がぽつり漏らした呟きに、ククノチも日高家の床下へ思いを馳せる。地脈の変動が音を成しているのだろうか。
 温泉を掘り当てるかも。
 そうしたら寝所改め湯殿の誕生だ。新しい湯殿を作る間、部屋の主には別所で生活して貰って‥‥ククノチの想像は膨らむ。
「藤左衛門殿の寝所をあまり汚さぬよう、作業場を天幕で囲めないだろうか」
 ぽつり提案。その真意は知らずとも意味は通じる訳で、櫻は「土が上がりますしね」と肯定の応えを返した。

 空では穏やかでまったりした空間が出来上がっている。
 空飛ぶ絨毯を操る嵐淡の背を借りて、藤左衛門はうつらうつら。
「何が掘り出されますかの」
 剛丹(ec6861)は空想を巡らせる。地中で鳴るものとは一体何だろう。
 サイクザエラ・マイ(ec4873)が傍らの従者に目を向けた。従えているのは大埴輪のハインツだ。
「ひょっとしてこいつが埋まってるとか?」
 ジャパンの古代墓にはハインツのような形をした素焼人形が多く副葬されていると聞く。ハインツは後世作られたゴーレムだけれど、人の背丈ほどもある大埴輪や小さな埴輪達が土中で鉦を叩く様子を想像させるには充分な説得力を持っていて‥‥何とも微笑ましい空想光景に一同なごんだ。そんな一同の視線を他所に、当の大埴輪はおとなしく主に付き従っている――

 空を見上げた地上の冒険者達は、居眠りする藤左衛門を認めた。
 寝不足の身に、優しく揺られる空の旅路はさぞ心地よいものだろう。今夜はぐっすり眠らせてやりたいものだとククノチは思う。野営とはいえ、藤左衛門にとっては音に煩わされる事なく眠る久々の機会だろうから。
 供をするキムンカムイのイワンケにそっと触れる。もっふりした黄金の毛並み、穏やかな瞳を向けたイワンケは癒し効果抜群で、藤左衛門の安眠を約束してくれそうな気がした。

●地中の音
 一泊の野営を経て、一行は恙無く日高村へと辿り着いた。
 藤左衛門の家へ案内された一同は、一息ついた後で今回の現場を確認。耳を済ませて暫く待ってみる。
 ち、ち、ち、ち‥‥
 金属を鎚で打つような音が聞こえて来る。秋の虫を思わせる音色でもあるが、違うようでもあった。
 鉦にも聞こえるその音に、櫻は藤左衛門を振り返る。
「日高さんの仰るとおり、即身仏でしたらありがたいのですけれどねぇ」
「これは‥‥何じゃろうの」
 一定の間隔で鳴り響く音に、己の記憶を辿って思案する丹。ややあって「うろ覚えで申し訳ないが‥‥」と聞き伝えた話を語った。
「瓶か何かが埋まっていて、その中に水が溜まり小石やら何やらが落ちて音が鳴っている‥‥とか」
「ふむ。地下水脈に小石が落ちる音かもしれませんね」
「温泉だったらよいな」
 天幕で発掘場所を囲い寝所の調度品を皆で運び出しながら、和気藹々と予想し合う。
「温泉‥‥これからの時期、有難いですよね」
 湯治に調理、規模によっては温泉旅館の経営ができるかも。名物は温泉卵――急に空腹を覚える一同。
「卵‥‥孵化寸前の卵だろうか」
 ククノチ、地中で誕生の時を待つ、噂に聞いた一抱えもある卵から生まれる鱗獣を思い浮かべる。懐くだろうか、凶暴でも刷り込みを利用すれば大人しくなるだろうか。
「地中の卵‥‥虫や動物のねぐら、とか?精霊や‥‥いっそ人が生活してても面白いかもしれませんね」
 もしかすると、地底人遭遇の瞬間に立ち会っている――のかもしれない。
 近くで不死者探知を行っていた嵐淡が、ふ‥‥と息を吐いた。この地に害を成すモノはいないようだ。
「最近よく聞く話のようなものではない、か」
 不死者でない事に安堵して、サイクザエラは地中の振動を捉えるべく集中を始める。やがて何とも言えない表情で傍らのハインツを見た。
 だが――大埴輪は黙して語らず。
 ともあれ、何かがあるのは間違いない。手伝いの村人達や菩提寺の住職も到着し、一同いよいよ発掘に立ち会う事となった。

 少々仰々しい坊主の読経の中、床板が剥がされ鍬が入れられた。
 地中から引き上げる綱はイワンケが引き、上がった土を藤に運ばせる。徐々に深くなってゆく穴から運び出された土は、日高家の庭に小山を築いていく。
「ハインツ『ここを掘れ』」
 サイクザエラに命令を受けた大埴輪は従順に地へと潜った。土まみれになりながら任務遂行するハインツは、冒険者の供と知らなければ埋蔵物が動いているようにも見える。
(「不死者以外で地面から音が聞こえる‥‥まさか」)
「我が家にも木の動く人形がいる」
 嵐淡の疑問を感じ取ったかのような、ククノチの呟き。
「ハインツ殿のような埴輪がでれば、藤左衛門殿の家の守り埴輪として使えると思う」
 目の前の光景があまりにも説得力あり過ぎて、真顔で言い切る彼女に突っ込む者はいない。
 そうこうしている内に何か掘り当てたようだ。穴中の櫻が提灯を振って合図している。慎重に掻き分けていった。
「これは‥‥」
「櫻殿、何が出たのだ?」
「今照らします、見てください」
 一同が覗き込んだ先には――大埴輪が二体、いた。

●埴輪
 引き上げられた大埴輪はハインツに瓜二つ。
「大きさが近いとは思っていたが‥‥まさか本当にこいつだとはな」
 ‥‥とは、振動で辺りを付けていたサイクザエラの言。まじまじと見つめていた丹が大埴輪をコツコツ叩くと、中は空洞なのか澄んだ音が響いた。
「いつの時代に埋められた埴輪なのだろう?」
 ククノチの疑問に櫻が問いを被せて藤左衛門に尋ねた。
「音がし始めたのは、ここ最近でしたね?日高さん」
「せや。この家はずーっと前から建っとるし、わしの寝所も何年も前からここや」
「何らかの偶然で魔力を帯びたのでしょうか‥‥これ、どうしましょう?」
 弔う事態にならずに済んだ事は喜ばしいが、どう処理したものか。一同を見渡し嵐淡が問うた。

 結局、掘り出された埴輪は日高家で飼われる事になった。
「ご先祖様が埋めてはったんやったら、祀らなあかん」
 ‥‥というのが藤左衛門の結論だ。動いているものだけに廟に納めたりはせず、ご先祖様の一人扱いで同居させるとの事。
 現在、大埴輪は暴れるでもなく大人しく藤左衛門に付き従っている。
 その簡素で愛らしい顔つきは、何を考えているのかよくわからない――