飴を買う女

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 84 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月03日〜11月08日

リプレイ公開日:2009年11月12日

●オープニング

●真夜中の客
 深夜になると、決まって戸を叩く者がいる。
「お前さん‥‥またあの女客かしらね‥‥」
 頭から布団を被って、ひそひそと女房が声を掛けてきたが、隣に延べた床で寝ていた太一は迷う事なく起き出した。
「連日連夜来てくれる、お得意様じゃないか」
 女房に向かって至極あっさりと言うと、太一はただ一人の客の為に数刻前に閉めた店を再び開けるのである。

 江戸、冒険者ギルド。
「これでもう六日目なんですよ‥‥」
 話を持って来たのは飴屋の女房だ。
 連日、深夜になると儚げな女が飴を求めにやって来るのだと言う。勿論、飴屋は昼間に営業しており、夜中の客は閉めた店を開けての販売になる。寝入り端を起こされる女房はいい迷惑だと機嫌が悪い。
 それよりも心配な事があるのだと、女房は続けた。
「六日まではお代を払ってくれましたがね‥‥今日のお代はどうなのかしらって」
「どう、とは?」
 暫く口篭っていた女房、意を決してこう言った。
 ――帷子を、お代の代わりに置いて行きやしないかしら、と。

 古来伝わる怪談話に次のようなものがある。
 埋葬された妊婦が墓の中で子を出産したが、死した身では乳が出ぬ。亡母は生きし子の為に夜な夜な墓から出て徘徊する――
「はあ‥‥それだと六日まではお代がありますね」
 所謂、三途の渡し賃という奴である。棺に入れられた金子で子の食物を購っているというのがこの手の怪談話の筋書きで、七日目には身につけている死に装束――帷子を引き換えにするのが常道であった。
「それで‥‥心配なのよ、うちの人の事が」
 何が心配なのだと続きを促すと、亭主の太一が取り憑かれやしないかと、心配なのだと、女房は真顔で言った。
「あの人はね、夜中だろうが飴を買いに来てくれる人は客だって言うけど‥‥あたしはやっぱり気味悪いよ」
 何もなければ良し、相手にも失礼だから気づかれぬよう調べて欲しいと女房は依頼を出したのだった。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3869 シェアト・レフロージュ(24歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ec0097 瀬崎 鐶(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●七日目の夕に
 秋深まり、日が暮れるのも随分と早くなったものだ。
 薄闇が支配し始めた江戸の街を、二人の女性が連れ立って歩いていた。凛とした佇まいの小柄な少女と北方の遠国の娘――冒険者だろうか。この街では然程珍しい事でもない光景を、道ゆく人々が気にする事もない。
 甘味を求めるのだろう、娘達は夕暮れ時の仕舞いが近い飴屋へ入って行った。

 応対した飴屋の女房に奥へ通された二人は、主人の太一と引き合わされた。
「‥‥瀬崎です。宜しくお願いします‥‥」
 言葉少なに、けれど丁寧に。
 瀬崎鐶(ec0097)は挨拶を済ませると、夫婦から事情を簡単に確認した。
 ここ数日、深夜に訪れる客がいる事、女房が不安に感じている事‥‥
 ご主人が宜しくても夫婦仲が悪くなっては困りますものねと、場の空気を和らげる雰囲気を纏って、シェアト・レフロージュ(ea3869)がやんわり口を挟む。
「お前がそんなに気に病んでいたとはな‥‥済まない」
 ギルドへ調査を依頼するほど思い詰めていた女房に、太一も事の深刻さを考え始めたようだ。件の女性客に失礼がないよう留意する事を条件に、調査と飴屋滞在の許可を出してくれた。
 出された飴湯を手にまったりしていると、戸を叩く音がする。
「いつもより早いわね‥‥」
 不安気な女房に合流の仲間ですと説明し、シェアトが入口へと立った。見送った鐶は女房に向き直ると、落ち着いた声で言った。
「‥‥僕達で正体を見極めるので、安心していてくださいね‥‥」
 太一の身の安全は必ず遂行してみせるから。
 鐶の表情は読み取り難かったけれど彼女の真心や誠実さは伝わってきて、女房の不安は少し和らいだようだった。

 遅くなって済まん、と大柄な男が奥へ顔を覗かせた。
 今夜は冷え込むぞと続けた群雲龍之介(ea0988)は、羽織を脱いで部屋の隅に腰を下ろした。温かい飴湯を受け取って、湯呑みを両手で包み込むと、ほぅと息を吐く。
「何か手がかりは見つかりましたか?」
 シェアトの問いに龍之介は小さく頷いた。
 夜中に訪れる女客というのは目立つようで目立たぬものだ。飴屋の場合は女房がギルドに持ち込んだが故に人に知れたに過ぎない。
 女客の方も人目に付かない時刻が故に深夜訪れたのかもしれず、なれば同様の客がいないかと、内密に調べていたのだった。
「昼間来られない菓子職人かもしれないと考えてな、材料を扱う店へ行ってみた」
「‥‥日中は忙し過ぎて離れられない事情があるのかも‥‥お店を営業してるとか?」
「うむ、その線で当たってみたのだ。足を伸ばして、菓子屋にも寄ってきた」
 菓子職人が材料を集めていると踏んで問屋を回ってみた龍之介は、その後甘味処にも足を伸ばし聞き込みを続けた。その結果、深夜の客がいるとの情報を得たのだが――
「団子屋に来ているのは、厳つい顔の男だそうだ」
 何だかちょっと居心地悪そうな龍之介。世間には『甘味を好むは女子供』などと言った偏見も少なからずあり、甘党の男性が人目を忍んで通っているのかもしれないなと笑った後、真面目な顔で告げた。
「男も、六夜連続で通っている」
 同じ時期、同じ時間帯に甘味を求める人物がいる――
 太一に尋ねた詳細を基に、パーストを試みたシェアトが映し出した客の姿はどう見ても女で、厳つい顔の男には程遠い。
 だが、同時期に現れる男の存在は、偶然で片付けるには不自然でもあった。
「‥‥毎夜来るって事は、食べる人が大勢いるのかも‥‥」
 寺子屋の先生が教え子に配る菓子を求めているとか。
 鐶が呟いたのを受けて、手分けして買い求めているのでしょうかとシェアトが首を傾げた、その時――

 こん、こん‥‥‥‥

 ――来た。
 その場にいた全員が顔を見合わせた。

●飴を買う女
「俺が行こう」
 龍之介が立ち上がり、戸へ向かう。扉を開けた向こうには、楚々とした女が立っていた。
「こんばんは‥‥」
 女の様子は今にも消え入りそうで、元々の質なのか応対に出たのがいつもと違う男だったせいか、今にも泣き出しそうな顔をしている。尻尾を振って女に寄り付こうとする天丸と跳丸を怯えた目で見るもので、龍之介は二匹に待機を命じた。
「あめを‥‥わけてくださいな‥‥?」
 か細く飴を求める声も儚げだ。龍之介は女を怯えさせぬよう穏やかに応対しつつ、飴を油紙に包んだ。
「今夜の店番を頼まれた者なのだが‥‥いつもこんな時間に?」
「‥‥はい‥‥」
「お得意様なのだな、飴で菓子でも作っておられるのだろうか」
「‥‥いえ‥‥」
 言葉少なに応えを返した女は、龍之介から包みを受け取るとそそくさと店を辞した。

 奥から出て来た女房は、龍之介から受け取ったお代をまじまじと見つめた。
「帷子じゃなかったわね‥‥」
 亭主の不審げな視線に気付いて、笑って誤魔化す。
 鐶は安心した表情の女房を見て、もう大丈夫だと感じた。あとは女客の身元調査だ。三人は飴屋を後にすると女の跡を追った。

 つけられている事に気付く様子もなく、女は飴の包みを大切そうに抱えて通りを歩いてゆく。
 空には満月。冴え渡る空の下、月明かりだけを頼りに女の足取りは確りしている。気付かれぬよう距離を保ちつつ、三人は女の行き先を確かめるべく後に続いた。
「足元が不安ではないのだろうか」
 龍之介が小声で言うのも無理はない。女は見た目のか弱さにそぐわず、夜道の暗さも気に掛からぬ風だ。寧ろ足取り軽く‥‥と言っても良さそうでさえあった。
「‥‥小走りになった」
「こちらに気付いたのではなさそうですね」
 合わせて小走りに追いかける。三人は女に導かれて街外れへ向かっていた。

●あまいものを かいに
 月明かりの下を、飴の包みを抱えた女の人が歩いていました。
「おつきさま、ありがとう」
 夜空を見上げて、まんまるのお月さまにお礼を言う女の人のお尻には‥‥おや、尻尾がありますね。
 飴を買う事ができたのが嬉しくって、思わず飛び跳ねてしまいそう。
 今夜はいつものおじさんではなかったけれど、優しいお兄さんが持たせてくれた包みは、何だかいつもより重い気がしました。
 おんなのひとのすがた、うまくばけられるようになったのかな。
 お月さまのようなまんまるい尻尾を振り振り、化け兎の子は真夜中の街をご機嫌で歩いてゆきました。

 兎の子は街はずれの原っぱまでやってきました。
 がさごそごそ‥‥
 お月さまに照らされて、すすきが揺れています。仲間の兎たちが、ひょっこり顔を出しました。
「「「おみせやさん、あめ、うってくれた‥‥?」」」
 心配そうな兎たちに、にっこり笑って包みを差し出して見せる兎の子。
 向こうから男の人が近付いてきます。手にはお団子の包みをぶら下げていました――

●丸い月に集うものは
「ジャパンには化け兎なる妖怪がいると聞いていましたけれど‥‥」
 郊外の原が近付くにつれ尻尾や耳をぴょこんを出して。てこてこ前を歩いてゆく女を見て、シェアトは可愛らしいものですねと微笑んだ。
 後ろ姿からも浮かれた様子が伺えて、何とも微笑ましい。ひこひこ揺れる耳は尻尾はもふもふで柔らかそうで、見ている方まで和んでしまいそうだ。
 女を追っていた龍之介が振り返ると、鐶の頬には控えめながら赤みが差していた。ふんわりもふもふの尻尾は鐶や龍之介が知る仔狐を連想させて、化け兎に飴屋に対する害意はないだろうと思える。
「‥‥お、向こうから男が来るぞ」
 化け兎だけでなく男にも見つからぬよう、三人は慌てて身を隠した。やがて兎達に囲まれた化け兎は男を出迎え、男もまた兎の正体を現した。

 宴会には食べ物を用意しなくてはね。
 人間のお店屋さんに飴や団子を売ってもらう為に、兎達はお月様の力を借りました。
 ある兎は女に、別の兎は男に。
 葉っぱのお金じゃいけません。手にした硬貨をチンチンと音を鳴らして、兎は夜道を歩いて行きました‥‥

 後に、竪琴を手にシェアトは語る。
 化け兎達の小さな愉しみ、月夜の宴会のお話を――