拝啓、大切なあなたへ。

■ショートシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月25日〜11月28日

リプレイ公開日:2009年12月09日

●オープニング

●拝啓
「おしょうさま、はいけいってなーに?」
「謹んで申し上げる、という意味ですよ。御文の相手への敬意を示して、書き出しに使うのです」
 尋ねて来たヤエの料紙に目を遣って、海苑はふふと笑った。
 江戸から数里離れた場所の、森と山に囲まれた小さな村に、住職が一人で守る寺がある。名を慈招寺、寺主の法名を海苑と言い、村の子供達に簡単な読み書きを教えていた。
 江戸に近い位置にある村なれば、せめて自身の名くらいは識別できるようになって欲しいという願いからで、更に学びたいと望む者には手解きもするし街の寺子屋への口利きも行っている。
「おやおや、私に御文をくださるのですか?」
「えーと‥‥」
 返事に困って赤くなったヤエに楽しみにしていますよと言葉を掛けて、海苑は手習いを始めたばかりのトモに筆を持たせた。不器用に握る小さな手に介添えして『とも』と記す。
「おしょうさま、なんてよむの?」
「とも、お前の名です」
「と、も‥…おいらのなまえ!」
 目を輝かせて『とも』と繰り返し字をなぞるトモの姿が己の少年時代に重なった。知への探求心から僧侶を目指した海苑にとって、将来を担う子達が目を輝かせて新しい知識を吸収してゆく様は、己にとっても何よりの楽しみであり甲斐ある事でもあったのだ。

 翌日、江戸へ足を向けた海苑は、冒険者ギルドを訪れた。もしよろしければと前置きして、寺への訪問を誘ったのだった。
「子供達と一緒に御文を書いてみませんか?」と。

●今回の参加者

 ea0061 チップ・エイオータ(31歳・♂・レンジャー・パラ・イギリス王国)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 ec0828 ククノチ(29歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 ec4507 齋部 玲瓏(30歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 誰かを想って、誰かに向けて。
 伝えたいこと、大切なこと。

 五名の冒険者と供達は、慈招寺の本堂で子供達に混じって文机に向かっていた。
 海苑和尚に倣って子供達に手解きをしたり、時折席を立っては甘酒やお菓子で休憩を取ったり。
 和やかな雰囲気の中、大切な人に向けて、思い思いに気持ちを表現したりしている――

●近ければこそ
「タエさん、息災にしていましたか」
 旧知の顔を見つけた所所楽林檎(eb1555)が、少女に声を掛けた。少々安堵の響きがある林檎の声に、タエと呼ばれた少女は懐かしさに顔綻ばせて寄ってきた。
「はい、おかげさまで元気にしています。林檎お姉さんは?お兄さん、お元気ですか?」
 かつてタエは慈招寺近くの森で迷子になった事がある。海苑和尚の要請でギルドから出向いた冒険者の中に林檎と彼女の恋人がいたのだった。
 実は、先程からその彼の事で思い迷っていた林檎だ。内心の葛藤を顔色には出さぬよう冷静に、林檎はタエに尋ねてみた。
「タエさんは大切や大事に思っている人はいますか?」
 勿論と無邪気に答えたタエは指折り数えて名を挙げだした。
 父母、海苑、キミ、それからそれから――この調子だと、その後のタエの生活に翳りはなさそうだ。
 少女が一息ついた所で、重ねて問うてみた。
「大事に思っている人に、どんな言葉を手紙にすればいいでしょう、ね‥‥」
 歯切れの悪くなった林檎の真意を知ってか知らずか、タエは素直に無邪気に自分の考えを述べてみせた。
「大好き!」

 少女の直球な言葉で取り乱しかけた心を、精神統一で静めよう。
 文机に向かい硯を引き寄せた林檎は、静かに墨を磨り始めた。程よき濃さになった頃には気持ちも落ち着いて、穏やかな心持ちで筆を持った。
 気持ちを伝えた事も、共に祝福を受けた事もある。でも‥‥これからの事を。
 真面目で感情表現が不器用な自分、常日頃から伝える事に難儀していると思う。彼はそんな自分を許容してくれる人で、共に在る事は自分にとって――
(「言葉は‥‥近ければこそ、伝えるに難しい‥‥」)
 字が滲まぬよう穂先には控えめに墨を含ませて、一文字書く毎に穂先を整え。
(「どうやら緊張しているみたいですね‥‥」)
 自身の緊張を意外に思いつつも、林檎は思いの丈を文字に込めて書き上げた。
 これからも共に歩んでゆけますようにと願いつつ、江戸で待つ恋人に思いを馳せて、林檎は文箱に想いを収めた。

●懐かしき遠き人へ
(「‥‥文、か」)
 戻るまいと決めていた故郷、両親や師である婆様へ宛てて。ククノチ(ec0828)は思案した。

『 父上 母上 婆様 お元気でいらっしゃるだろうか。
  私は変わらず健康で居る。ご心配無き様。』

 何とも硬い書き出しになってしまった。
 だが‥‥伝えたい事があった。
 里を離れ訪れた広い世界。それぞれの地で掛替えのない縁を得た事の果報。大切な人の事‥‥
 思いあぐねて本堂から外を見遣ると、裏庭ではキムンカムイのイワンケ、足元には子供達が遊んでいる。
(「馴染んでくれたようだ‥‥良かった」)
 身の丈が慈招寺の屋根ほどもあるイワンケを子供達が揉みくちゃにしている。驚かせ怖がらせてしまったらどうしようか心配だったが、杞憂で済んだようだ。

『 …何時か、一度郷へ顔を出したいと思う。
  一人ではなく、二人で。 ・・・二人と、数匹で。』

 巴里に待つ人を思い出し、少々顔を赤らめる。さすがに詳しくは書けなくて、顔を出した時に話そうという事にした。
 後で厨房を借り里芋餅を作って、おやつに皆で食べよう。
 その前に――文を書き終えなければ。暫くして、ククノチは思い切って書き始めた。

『 父上、母上 職業の本分も果たせず 親不孝ばかりで申し訳なく。

  されど 未熟ゆえに訪れた地で掛け替えの無い縁を得た今は、
  ただ、父上 母上 そして婆様に感謝するばかり。

  この世のままなら無さも 偶には良いと思うのです。』

 今なら言える――素直に、ありがとうと。

●感謝を込めて
 首を傾げて、とこわかが真白の料紙を覗き込んだ。見上げてくる月精霊に微笑みかけ、齋部玲瓏(ec4507)は人型を執っている三笠大蛇に目を向けた。
「書く事は決まったかな?」
 優しい声音で問うてくる三笠さまに、はいと小さく応えを返した玲瓏は、目の前の青年へ向けての想いを漆黒を含んだ筆先に託した。

『 三笠さま

  私の生れ落ちるより遥か昔
  私の世の去るより遥か彼方
  永き世を生きる方へ

  落ちた鈴の音の拡がりももゆらに
  想いのみても残らんことを願って

  玉の緒の露となりては なとどめそ
  君が一夜が 我が醒めぬ夢

                玲瓏 』

(「今ではないいつか、お渡しできるときがあればよいのですが‥‥」)
 文面を覗く事などなく紳士的に待っている三笠さまをちらりと見る。玲瓏の集中が終わったのを悟ったとこわかが、玲瓏の袖を引いて尋ねた。
「なに、なにかいたのー?」
 人とは違う刻を生きる精霊達。人の身の自分が彼らと同じ刻を歩む事は叶わなくて、ともすれば人の刻に繋ぎ止めてしまっているのではと申し訳ない気持ちにもなる‥‥けれど。
 傍にいて、見守ってくれている三笠さま――
(「闇夜を照らす明るい月は、私の心を静かに照らしてくださいました‥‥」)
 安らぎを与えてくれた大切な方々に感謝を込めて。
 玲瓏は墨の乾いた料紙を丁寧に折りたたんで懐に収めると、とこわかを誘った。
「常若、こどもたちと一緒に遊びましょう」
「おともだち!」
 文字の練習をしたり、絵を描いたり。笑顔のとこわかと共に子供達の輪に入ってゆく玲瓏の姿を、三笠さまがにこやかに見つめていた。

●永久の約束を
 小さい子達と身長がさして変わらぬ二人が並んで机に向かっている。
「チップせんぱい誘ってくれてありがとう〜」
 常と変わらぬ朗らかさで笑顔を向けてくる恋人に、チップ・エイオータ(ea0061)はいつも通りの笑みを返した。
 一世一代の大切な日。
 ともすれば緊張しそうになる大事を、彼は自然体で乗り越えようとしていた。持参した料紙は薄桃色、字を間違えぬように注意して、できるだけ簡潔に正直な自らの気持ちを記し始めた。
(「えとえとど〜しよ〜」)
 大好きを形にするのって難しい。しかも大好きな人の隣で手紙を書くなんて、恥ずかしい!
 パラーリア・ゲラー(eb2257)は内心かなり焦っていた。
「おねえちゃんは、なにかくの?」
 お土産に配ったネギ型組紐を揺らしてトモが尋ねてくる。
 えへへと笑って誤魔化したパラーリアは、トモに誘われている風を装ってさりげなくチップから離れた机に移動した。さらに背を向け文面を隠すようにして書き始める。

『 前略 チップせんぱいへ

  にゃっす!
  パラーリアだよ〜。
  いつも優しくしてくれてありがと。
  なかなか会えなくてゴメンなさい。

  落ち込んでる時とか、
  かなしい時とか、
  チップせんぱいのかけてくれた言葉が
  とっても勇気になってくれたの。

  辛いこともあるけど、
  それでもチップせんぱいがいてくれたから
  元気にやってこれたの。

  ありがとう

  いたらないあたしだけど、
  これからも、これからも、よろしくおねがいします。

  大好きな大好きなチップせんぱいへ

          草々  パラーリア・ゲラー 拝 』

 大好き。素直に自分の気持ちを文字にしてみたら少し落ち着いた。
 文の送り先を見遣る‥‥チップも書き終えたようだ、目があった。少し照れながら、二人ふらりと外へ出た。
「えと‥‥チップせんぱい、これ」
 書き上げたばかりの文を手渡す。
 パラーリアの大好きな笑顔で受け取ったチップは、文にしては嵩高い包みを彼女へ手渡した。
 薄桃色を開いた中には、赤い糸の指輪と常緑樹の葉が一枚とチップの素直な想い。

 この広い世界で、同じ冒険者として出会えた奇跡。
 共に向かい戦った冒険の数々を通して、頑張る姿に貰った元気や勇気。
 どんなときでも自分らしく生き生き振舞っているパラーリアを、ずっと大好きだった事。
 ――そして。
 生涯を共に歩みたいという願い。

「急がないからね」
 返事を急がないと文にも添えてあった。そんな気遣いすら優しい彼。顔を真っ赤にしたパラーリアは、チップを待たさずに応えを返していた。
「お受けいたします。えと、チップさん♪」
「今まで一緒に冒険したみたいに、これからもずっと2人で笑いあったり励ましあって生きていこうね」
 もう先輩とは呼ばない、だってお嫁さんなんだから。
 恋の成就に見つめあう二人を、境内の木からつがいらしきコマドリ達が見つめていた。