新雪逸遊譚

■イベントシナリオ


担当:周利芽乃香

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 10 C

参加人数:21人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月14日〜12月14日

リプレイ公開日:2010年01月10日

●オープニング

●冬がやって来た
 ずぅっと吹雪いた次の日は、お山の原は銀世界。
 すっきり晴れた空の下、何して遊ぼう真白の雪で。

「「「こーんにーちはー!!!」」」
 あきの家に可愛らしい声が重なった。
 この訪問は‥‥もしや。あきが応対に出ると、男の子二人と女の子一人が笑っていた。
「まあ、目が覚めたのね。雪女さま、お久し振りです」
 膝を付いたあきは子供達と目線を合わせて再会を喜ぶと、後ろに立っている雪氷の美女へは敬意を表して辞儀をした。

 江戸から徒歩半日で辿り着く山奥の村には雪女の伝説が伝わっている。
 酷い吹雪の翌朝、晴れ渡る雪原に現れた女の姿を見た者は、二度と生きては戻らない――雪深い地にはよく聞かれる類の伝説だろう。
 ただ、此処の雪女伝説が他所と違っていたのは、雪女が実在し敵意がなかった事。三人の子持ちで、雪ん子達は好奇心旺盛。
 雪女と雪ん子達は、雪のない季節は山で眠りに就いている。春近い頃に村娘や冒険者達と目一杯遊んで満足した雪ん子達は、楽しい思い出を胸に安眠し、真新しい積雪と共に目覚めたのだった。

●雪合戦をしよう
「おやもうそんな時期なのですね」
 街へ下りたあきが向かった先は冒険者ギルド、話を聞いた係は過去の帳簿を繰って確認した後、新規の書類を作成し始める。
「ご依頼はやはり?」
「はい、一緒に遊んでくださる人をお願いしたいんです」
 眠りに就く前に遊んだ思い出が余程楽しかったのか、初雪と同時に目覚めた雪ん子達は「みんなと遊ぶ」と言って聞かない。丁度良い具合に雪も積もった事だし大勢で雪合戦をしようと、人を集める事にしたのだとか。
「この雪女は害意のない妖怪でしたね。ああ、母親だけに子供絡みでは気をつけた方が良いでしょうが‥‥」
 確認と考察を交えて筆を走らせる係。少女との遣り取りを見ていた冒険者が二人に近付いて来た。
 金の髪と碧の瞳、変わった形のケープを被いている。
「本当に雪女がいるのね!?」
 癖のない金髪をさらりと揺らし、その冒険者――旅の魔法使いのマリン・マリン(ez0001)は目を輝かせて同行を申し出た。

 ――という訳で。
「雪合戦のルールを説明しまーす」
 何だかご機嫌の様子のマリンも一緒に、冬の遊びを満喫しよう。

●今回の参加者

木賊 崔軌(ea0592)/ 群雲 龍之介(ea0988)/ ディーネ・ノート(ea1542)/ クリス・ラインハルト(ea2004)/ ゴールド・ストーム(ea3785)/ フィン・リル(ea9164)/ 渡部 夕凪(ea9450)/ 陸堂 明士郎(eb0712)/ 所所楽 林檎(eb1555)/ 藤村 凪(eb3310)/ 明王院 月与(eb3600)/ チサト・ミョウオウイン(eb3601)/ 鳳 令明(eb3759)/ 御陰 桜(eb4757)/ リン・シュトラウス(eb7760)/ 瀬崎 鐶(ec0097)/ ククノチ(ec0828)/ 大神 萌黄(ec1173)/ サリ(ec2813)/ 天津牙原 要(ec4002)/ レオ・シュタイネル(ec5382

●リプレイ本文

●月の道が結んだ出会い
 便利な世の中になったものだ。
 遠く離れた地から、更に世界を超えた地から集まった面々が、江戸外れの村に集結していた。大勢の個性的な顔触れに、あきは目を丸くしている――これも月道の神秘あればこそだ。
 これぞジャパンの神秘!冬山の女神、雪女!
「いや、普通に妖怪さんだから」
 念願の雪女との邂逅を果たし大感激中のマリン・マリンを握手で迎えたディーネ・ノート(ea1542)は、雪女には聞こえないようぽそりと軽い突っ込み入れて、旧知のアルテイラと握手を交わす。
「ディーネさんもジャパンの神秘に触れに?」
 天然ボケ娘、聞いちゃいない。ディーネの目的は雪遊び、神秘と言うなら世界中神秘だらけだろう。
 ディーネの傍にいた瀬崎鐶(ec0097)の冗談めかした挨拶に、マリンは大真面目に「ご家族さんですか?こちらこそお世話になってます」深々と辞儀を返したものだ。
 この出会いを喜ばしく思う明王院月与(eb3600)、旅の話を聞いてみたいと望む陸堂明士郎(eb0712)をはじめ、ジャパンの冒険者達は訪問者達を温かく迎え入れた。
 ――が。
 月道を越えてやって来たアトランティスの冒険者達、ヤる気満々‥‥気魄充分過ぎるような。
 これは雪合戦、楽しい楽しい雪遊び‥‥のはず。この臨戦態勢は一体――!?

 気を取り直して。
 雪女と雪ん子達とは挨拶を交わす者、再会を喜び合う者、様々だ。
「起きたのか、坊主達‥‥って、うわっ」
 三方向から飛びつかれて、木賊崔軌(ea0592)は頭から雪に突っ込んだ。おやおやと、覗き込む所所楽林檎(eb1555)は許婚から聞いていた雪ん子達に初めましてとご挨拶。
 雪中から復帰した崔軌のご機嫌はよろしくない‥‥何故ならば。
(「‥‥何で、姉貴が居る」)
 むすっと見遣った先には渡部夕凪(ea9450)。にや、と笑いかけて来るのが余計に腹立たしい。夕凪の隣にはくすくす笑っているリン・シュトラウス(eb7760)。
 どうやら二人きりで仲睦まじくやって来た往路の様子も尾行し観察していたようだ‥‥先行き暗澹たる崔軌。
 彼の様子を気に掛けながらも、林檎は緊張が隠せない。彼女にとって夕凪はいつか義姉に、有体に言えば小姑になる予定の人だ。雪の精霊達と同様、失礼にならぬようにしなければ。
(「お嫁さん、緊張してますね♪」)
 夕凪から嫁試験が行われると聞いてきて楽しみにしているリンは、楽しそうにくすくす笑んで親戚予定の人々を眺めている。
「‥‥済まないね。ちょいと遊ばせとくれな、嬢?」
「はい‥‥?」
 小姑、もとい許婚の姉は林檎の肩に手を掛けた――

「群雲のお兄さん!」
 懐かしい顔を見つけたあきは顔をほころばせた。
 フロストベアの豊太と愛馬の白王号に大荷物を積んで現れた群雲龍之介(ea0988)は、さながら救援物資の運び手のようだ。持参したのは炭と七輪数個、それから食材だろうか。
「甘酒と汁粉の餡を仕込んできた。具沢山の味噌汁も作ろう」
 寒い中で食べる暖かなお楽しみ、龍之介が料理の仕度を始めるのを、あきもいそいそと手伝い始めた。
 精霊は人のような成長はしないけれど、記憶と思い出は重ねてゆく。
「ちょっとお兄さん、お姉さんになったかな?」
 雪ん子達と同じ目線で微笑むサリ(ec2813)。再会を喜ぶ目の前の子達は元気に無邪気で子供らしい。
「お名前、何て言うんですか〜?」
「そうですね‥‥今年は何て呼ぼうかしら」
 雪ん子達と初対面、クリス・ラインハルト(ea2004)の言葉を切欠に、サリは思案を始めた。今年のこの子達に相応しい佳き名‥‥どんな名が良いだろう。
 ともすれば雪原へ跳んでいきそうな柴仔犬のノンノを押さえつつ、ククノチ(ec0828)も雪の精を言祝ぐ名を考える。
「そうだな‥‥私からは、氷名(ひな)、と」
「雪ん子さん達、垂氷(たるひ)、氷雨(ひさめ)、初音(はつね)はどうでしょう?」
「じゃぁボクは、雪女さんを雪緒(ゆきお)、雪ん子さんは雪夜(ゆきや)、雪月(ゆづき)小雪(こゆき)‥‥どうかな?」
 三人から一斉に注目された雪ん子達、素敵な呼び名に色々迷って、困っているようだ。ククノチが助け舟を出してやる。
「呼び名にしなかった名前は、雪だるまや雪兎に付けよう」
 雪ん子達は一安心、男の子を雪夜と垂氷、女の子を氷名、雪女を雪緒と呼ぶ事で落ち着いた。
「ジャパンにょ雪姫たちともともだちになりたいにょ〜」
 鳳令明(eb3759)はイギリスのスノープリンセスと友人だとか。まるごとわんこでぬっくぬくの令明は、着ぐるみからシフールの羽を出して器用に雪ん子達の間を動き回る。垂氷にじゃれたり氷名にもふられたり。
 これは当て難いかもしれない、大きさ的に。
 雪合戦では同じチームになるらしい同族の令明をちらりと見たフィン・リル(ea9164)、何処から出したか深紅の薔薇を手に決意を固め。
(「舞ますたぁの称号に相応しい華麗で美しく戦うわっ」)
 敵ではないけれど、彼にも負けない!シフールの舞手、ぐっと拳を握ったのであった。

●合戦開始!
 雪をひとすくいして口に含んだ白うさぎ――クリスが上機嫌で言った。
「舌触り、締まり具合、温度‥‥雪合戦には最高です♪」
 お墨付きが開始の合図とばかりに、誰かが雪玉をぽぉんと投げる。雪合戦の火蓋が切って落とされた!
「伝説だ!雪合戦において桃色兎の伝説を作ったる!」
 真っ先に飛び出した明士郎――もとい桃色兎、勢い余って頭から雪面にすっ転ぶ。
 単騎特攻味方なし、周囲は勿論敵だらけ。これ幸いと全員から狙われる桃色兎。
「なんのこれしき!兎耳しゅーてぃんぐ!」
 桃色兎、雪玉を華麗に回避しながら雪玉を作る。両手に持って直接相手に叩き込む。しゅーてぃんぐの意味なし。
 ごろごろ転がって回避しつつ移動した先には、年相応に楽しんでいるチサト・ミョウオウイン(eb3601)、ここは一緒に遊びましょう。雪玉をやんわりえいと押し付ける。
「明士郎お兄ちゃん?」
「ち、違うッ!人違いだ!!俺は桃色兎!兎耳大明神ッ!!」
 穢れなき少女に正体を暴かれかけた兎耳大明神の運命や如何に!?

「はわ、まだや〜待ってぇな〜」
「「「お姉ちゃんこっちこっち!」」」
 観戦に回った鐶にかまくらの基礎作りを頼み終えたばかりの藤村凪(eb3310)が、慌てて避けた。人数の都合で雪ん子達と同じ組に入った凪は、雪ん子達の援護を受けて体制を立て直す。
「ち〜む分け?あたしは一人でイイわよ♪」
 同盟組むのを断って独りで挑むのは御陰桜(eb4757)。
「ぶんし〜ん♪」
 ――あ、八人に増えた。
 自分こそ味方。自分以外はみんな敵!‥‥という訳でもないが、とにかくどれが本物の桜か見分けられず非常に紛らわしい。
「必殺!はいじゃんぷ分身魔球〜♪」
 八名の桃髪忍者が一斉に雪玉を投下した!蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う参戦者。
 そこへ果敢に突入する白兎が一体。この兎はクリスだ。
「チーム木枯が勝つのですっ!」
「‥‥!」
 今日のクリスは、雪ん子達を標的にするライバルチームで悪役風味の白兎だ。
 身を竦めた雪夜をリンが庇った!
「狙い通りっ!」
 将を狙って兵を討つ。そんな言葉はないが、雪ん子を庇う冒険者が真の標的、点数稼ぎを狙う。
 同胞リンの窮地に視線を向けた夕凪へ弟の加減なき攻撃が迫る。
「余所見禁物!」
「‥‥ん?何か言ったかい、崔?」
 ひょいと崔軌の眼前に差し出したのは林檎。崔軌の許嫁、林檎嬢だ。
「‥‥あ、あの‥‥夕凪の姉様!?」
「その盾はねえだろうが!卑怯だぞ姉貴ー!」
 珍しく頬染めて動揺する許嫁に雪玉をぶつけるなど勿論できるはずもなく、崔軌は敢えなく雪原に沈む――南無。

 雪ん子を狙う冒険者は多い。
 木枯陣営でせっせと小さな雪玉を作っている綿入れ半纏のうさぎさん。うさ耳を付けたチサトだ。慈愛深き両親に温かく育てられた十五歳の少女は、柴犬の焔をお供に楽しそうに雪と戯れている。
「お姉ちゃんも雪合戦しようよ!」
「もちろんです〜」
 近付いて来た垂氷へ、おっとりと返したチサトは作り溜めた雪玉をぱらり。
 大きい雪玉のような勢いはないけれど、一度にばら撒かれた小さな雪玉は垂氷にぱらぱらと掛かって、雪ん子の男の子は「やられたー」楽しげに笑った。
 わんこの着ぐるみで大将を狙う令明、大将は三人のうち誰だ?
 令明は雪姫――雪ん子の女の子、氷名へと向かった!
「にょるまんにょ海賊にょおもしろさをしらしめてやるにょじゃ〜!」
「にょ?」
 目を丸くしている氷名を庇って雪夜が飛び出した。ノルマンの海賊は二人共に雪玉を優しく投げ当てる。
 雪ん子陣営も負けてはいない。
「当たっても痛ないように、けど途中でバラバラにならへんように作ろな〜」
 凪はやんわり柔らかい雪玉を作って、雪ん子達のお手伝い――の間を縫って、男一匹単騎特攻、レオ・シュタイネル(ec5382)が走る!
「狙いはひとつ、強い奴っ!」
 皆の間をすり抜けて相手の隙に一撃必殺。これぞレンジャー的浪漫!
「スイ、麗光、行くよっ!」
 フィンの標的はマリンと彼女の護衛達だ。水精霊のスイと陽精霊の麗光を引き連れて敵陣に乗り込む。雪に足を取られる事なく低空飛行で移動できるシフールは、こんな時かなり有利かもしれない‥‥が。
「いぇいっ、当たったー♪」
「?」
 哀しいかな、シフールサイズの雪玉は大して痛くはないようだ。何か触れたと感じて振り向いたマリンへ向かって、ムキになって小さな雪玉をとりゃーと投げ続ける。
 ――と、周囲から倍サイズの雪玉がお返しに降って来た。
「当たるものですか!」
 華麗に美しく、麗しき薔薇を銜えて避け‥‥切れず、靡きかけた長髪は重たい雪玉の下敷きに。
「当たったー?」
「当たったー♪」
「うぅっ、雪合戦には負けても、美しさは‥‥負けないっ」
 無邪気に喜ぶ精霊達に脱力しながらも強きな姿勢は崩さずに。雪原に沈めども尚麗しきシフールの舞手であった。
 レオが狙い定めたのは、実戦並の緊張感で立ちはだかる遠国の女拳士。
「相手にとって不足なし!!」
 レオの突撃に、相手はにやりと受けて立つ。
 本気(で遊ぶ人)と本気(で戦う人)のぶつかり合いは、空気を読まない仔犬の乱入で崩された。全力で遊ぶ仔犬は、敵味方区別なくじゃれ付いて来る。主の大切な人へは尚更だ。
「うわっ、ノンノ待て、待てったら‥‥!」
 レオは仔犬と一緒に雪原に転がって、上になり下になり。散々転げまわった挙句、仕方ないなぁとノンノを抱き締めたレオは、仔犬を回収に来たククノチに満面の笑顔で言った。
「遊びってのは、真剣に遊ぶのが一番楽しいんだぞ〜」

●観ている人々
 一方、観戦席の様子。
 冷えた体を温める料理の数々は冒険者達の心尽くしだ。温かい飲み物は勿論、食べ物も充実している。雪女や雪ん子達には氷菓の準備も抜かりない。
 サンタ帽のメイドさん姿の月与が皆の給仕をしたり火の番をしたりと、観戦席の間を忙しく立ち回っている。足元まで暖かく設えて、準備も万全だ。
 遊び疲れた人達に温かい器を差し出すと笑顔が返って来て、それがとても嬉しい。
(「笑顔が、人と人との間に優しさと温もりを育んで絆を繋いでくれる‥‥きっと」)
 慈愛深き両親と同じく人の和を尊ぶ少女は、己の信念に基づいて笑顔を皆に運んでいる。
 ――と、その時。
「すまない、焼きおにぎりの具合をお願いする!」
 月与に味噌壷と刷毛を託して、激戦区ではしゃいでいるノンノの回収にククノチが戦場へと駆け出した。

 七輪にかけた味噌汁の鍋にお玉を掬い入れ、塩加減を確かめた龍之介は遠国からの訪問者達が不可思議な物を作っているのに気がついた。
 器に開けられた粉末状の物質に湯を注すと、嗅ぎ覚えのある匂いが。記憶を辿ればお吸い物だが、その調理方法は不思議千万。
「それは、お吸い物なのだろうか?」
 返ってきた答えは「はい」いんすたんと、という代物だそうな。具沢山味噌汁と交換して試食してみたところ、確かにお吸い物だ。
(「旨いが、何処となく侘しいな‥‥」)
 口には出さないが、アトランティスの面々がジャパンの料理を喜んで平らげてくれる辺り、あながち間違った感覚でもなさそうだ。
「異国の冒険者達は個性的ですね」
 雪緒の呟きにマリンは苦笑い。
 何せアトランティスの冒険者達は本気で戦いに来ているのだ。中には狂化して荒れ狂う者までいる。
「いえ、その‥‥あはは」
 笑って誤魔化したマリンの気持ちが何となくわかる気がする‥‥
 マリンの旅物語を聞いていた大神萌黄(ec1173)は汁粉のお代わりを師に勧めて、手渡しがてら小声で囁いた。
「もう、あんまり、あっちこっち、一人で行かないで下さいね」
 本当はもっとたくさん言いたい事があったはずだったのだが、本人を目の前にすると、どうにも言葉が出て来ない。
 言葉を探しているのは師とて同じ。
 天津牙原要(ec4002)は久々に顔を合わせた育ての子と、何を話せば良いものやら計りかねている。
(「綺麗になったな‥‥とは口が裂けても言い難いしな‥‥」)
 たとえ本当の事だとしても父親としての立場で言うには相応しからぬ。まして二人は神に仕えし者であり。
「要さんは、見ているだけで良いのですか?」
 雪合戦。
 尋ねてきた萌黄は、本当に美しく成長したと思う。養い子の問いに一瞬どきりとした要だが、この時ばかりは年相応を決め込む事にする。
「年寄りなので、観戦希望としておくよ」
 実年齢より遥かに若い見目を持つ僧兵、御歳五十二の人間――のはずだが、エルフ並に若々しい。
 若作りの父は娘を愛しげに眺めた。決して父とは呼んでくれない育ての子は、ぽつりぽつりと語り出す。
 手紙なら思いの丈を綴れるのに、目の前にすると頭が真っ白になるもどかしさ。
 言葉少なに相槌を打つ父と娘の時間は、温かく穏やかに過ぎてゆく。

 ゴールド・ストーム(ea3785)は肩をすくめた。
「‥‥ったく、雪合戦なんてガキみてぇな事よくやるぜ‥‥」
 両脇に火精霊をはべらせて、さみぃ、と甘酒の湯呑みを両手で包み込む――が。
 ぽしゃん。
「‥‥‥‥」
「あらま、大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ?」
「こぼれたねぇ」
 湯呑みに雪玉が入った!
 甘酒が薄まり温度が下がった!!
 ゴールドが攻撃態勢になった!!!
「なんだぁ、ケンカ売ってやがんのかぁ?上等だやってやらぁっ!」
 冷静に見せかけた熱血漢が一気に頭に血を昇らせて戦場へ突撃して行くのを見送って、雪原から戻った凪が鐶の許へ。
「頑張ったなぁ、めっちゃ丈夫やん」
「‥‥まだ弱いと思う‥‥」
 しっかり固めて作られたかまくらを褒める凪だが、鐶は満足していないようだ。
 助力を求めようとディーネに声を掛けた所、件の猫まぢんはせっせと雪だるまや雪兎が住まう江戸の街並みを作っていた。
「う〜わっ、ディーネ君すごっ。あんな〜鐶ちゃんのカマクラ、補強したってぇな」
「いいよ、手伝ってあげやうじゃない♪」
 快く引き受けたディーネ、たちまち自らの手に冷気を帯びさせた。そっと押さえるようにかまくらをなぞってゆくと、耐衝撃・耐熱に優れたかまくらの完成だ。
「‥‥ありがとう。あとは内部に茣蓙を敷いて‥‥」
 心地よい空間が出来上がるまで、長くはかからないだろう。

 さてこちらは心地よい世界を構築している二人。
 許嫁を盾にされ雪原に沈んだ崔軌の傍には白い犬。長毛種の毛並みは誰かの髪に良く似ているような――
(「あたしは崔を温めているだけなのです。雪でずぶ濡れの人を温めているだけ‥‥」)
 人として立派な大義名分を自らに言い聞かせつつ、ミミクリーで白犬に変化している林檎だ。
 素直に甘える事ができず気持ちを表すのに難儀している常日頃、それは恋人からの求婚に良い応えを返した今も変わらない。人の姿で寄り添うのはまだ照れてしまうから、林檎は姿を変える。崔軌は勿論それが彼女なりの精一杯の甘えなのを知っていて、毛布と一緒に白わんこを抱き込むのだ。
 ――と、そこへ乱入する兎一匹。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、砂糖が呼ぶ。愛を囁けと俺を呼ぶ!愛と砂糖の守護神、兎耳大明神推参!」
 濡れねずみと白わんこ、びっくり。
 桃色兎のお面にまるごとウサギさんの正体は――あ、大小の柴犬達が飛び掛った。
「桃!瑠璃!‥‥‥‥明士郎さん何シてんの?」
「‥‥ち、違うッ、我が名は兎耳大明神!」
 親友の嫁御寮を前に激しく動揺する明士郎――もとい兎耳大明神は、足元をじゃれ付く柴二匹に翻弄され、雪玉の餌食に。
「的ですねっ、えい!えい!」
「人の恋路を邪魔する奴は雪玉に埋もれて沈むがいい‥‥ってね」
「お、俺は恋の守護神だー!!」
 リンと夕凪に集中攻撃されて兎耳大明神、撃沈。とぼとぼと観戦席の隅っこへ‥‥桜は桃と瑠璃を回収してもふもふ温まり。
 折角の役得時間に何だったんだ。白犬林檎をもふもふしていたリンから奪い返し、崔軌は再びまったりと――
「‥‥俺に文?」
 こくりと頷く白犬林檎から文を受け取り、開いた崔軌は顔から雪中に突っ込んだ。
「‥‥釘刺サレマシタヨ、林檎サン?」
(「あの文は夕凪の姉様から預かったもの‥‥」)
 白わんこが見た雪地に投げ出された文には、至極達筆な筆跡で『婚礼までの順番違えた日にゃあ‥‥解ってるだろうね?』なる脅迫文(?)が書かれていたとか。

「それにしても、メイの人達は色モn‥‥じゃなかった、個性的ですね〜」
「ふふ、冒険者たるものいつも全力で!」
「マリンさんそれ違うと思うわ‥‥」
 熱々の甘酒で体を温めるクリスの率直な感想を『冒険者』の一言で済ませてしまうマリンに、容赦なく突っ込めるのは旧知のディーネならではだ。一々びしばしポーズを決める褌一丁の人とか、狂化して性格真逆に変貌しちゃった人とか、両肩に嫁と言う名の精霊を従えている人とか‥‥挙げれば枚挙に暇がない。
 そんな個性的な面々も話せば普通の冒険者だったりする訳で、中立地帯の観戦席は至って平和な交流が行われていた。
「キャメロットでは今、乙女道が密かに人気なんですよ?」
 ‥‥訂正、どっちもどっちかもしれない。
 雪女やクリス、人型に戻った林檎を相手に『至高の愛の書』を読み聞かせるリンは、一体何を彼女達に教えようと言うのか。
「かあさま、なんのおはなしきいてるの?」
 雪ん子が興味を示したが、それはお子様閲覧不可の地下創作物だ。
「氷名にはまだ早いわね、あちらの熊さんとかまくらを作っておいで」
「はぁい」
 雪緒に体よく追い払われた氷名は、ククノチと一緒にかまくらを作っているキムンカムイのイワンケの許へ。イワンケは彼女の五倍はあろうかという巨体を十二分に生かして巨大なかまくらを作っている。
「クマさん」
 呼びかけてみると、柔らかな被毛に埋もれた優しげな瞳が笑っていて。屈んで差し伸べてきた腕につかまると、かまくらの頂上へ運び上げてくれた。
 高い所から見渡す雪原は白くてきらきらしている。氷名を見つけたサリが手を振った。
「氷名ちゃん、冷たいおやつはどうかなー?」
 サリが用意したのは氷菓子。凍らせた蜜柑はシャリシャリした食感が楽しいし、かき氷にジャムを添えたものは目にも鮮やかで匙を使うのが惜しい美しさだ。
 眠る前にも、こうして一緒に氷菓子を食べたっけ。
 でも今回は少し違う。だって冬はまだ始まったばかりだもの。
「さあ、雪合戦の続きに行きましょうか♪」
 狐のイピリマと雪小僧のルプシノンノを引き連れて、サリは朗らかに雪原へと飛び出した。

 寒中遊びつかれた体に暖かな食事が嬉しい。
 ククノチが準備したのは大根の鶏そぼろあんかけ煮、七輪で焼き目を付けたお握りは味噌か醤油で香ばしさを加えて。
「お帰り。生き生きと楽しまれているな」
 この日何度目かのノンノの帰還はレオと一緒だった。仔犬を回収して戻って来た恋人を迎えて、ククノチは両手で彼の手を包み込む。
「霜焼けにならないと良いが」
「ははっ、これくらい大丈夫だよ。そうだ、後で雪兎作りたいな。ククノチと一緒に」
 小雪、雪月、氷雨、初音。
 雪ん子達や雪女の呼び名にしなかった名前を雪兎に名付けよう。名は祈り、皆で持ち寄った佳き言葉は、皆を見守る雪の化身に。
 そろそろまったりしようと戦場を離れる者も多く、雪上で頑張っている人数もかなり減っていた。
「ソリ遊びするにょ〜!」
 木片で簡易ソリを作った令明が垂氷を乗せて滑ってゆく。ソリを後ろから押しているのはケット・シーの妃古壱さん。主の令明より身丈の大きな妃古壱さんはまるで彼の保護者のようだ。
 遠国からの客人達も、さすがに全力勝負しなくなっていて、どこかしこでお砂糖な雰囲気を漂わせている。
 ――となると、再び推参、兎耳大明神。
「天が呼ぶ、地が呼ぶ、砂糖が呼ぶ。愛を囁けと俺を呼ぶ!」
「呼んでない呼んでない」
 雪原の木陰で人目に付かぬのを幸い、二人だけの世界を構築しかかっていたご夫婦に突撃、非常に迷惑な反応をされている!
 おや、よく見てみると大明神の着ているまるごとウサギさんが乾いている。予備ウサギに着替えた大明神、意外とマメであった。尤も、即行で雪玉の餌食になってしまうのだが。

 皆へ汁粉に焼目を付けた餅を入れていたリンが、神妙な顔つきでふと呟いた。
「‥‥来年もまた会いましょうね」
「リンさん?」
 切実な事情を抱えているリンである。その事情を知っていても知らずとも、この世界の情勢ゆえに身に摘まされる思いがする。
 事情を知る一人である夕凪、さりげなく空気を変えた。崔軌と林檎を意味ありげに見遣り、にや、と笑ってみせる。
「‥‥役目は済んだし。雪まみれ上等、思いっきり遊び倒そうかリンさん?」
「夕凪さん‥‥そうですね♪」
 今この一瞬を目一杯楽しもう。いつか良き思い出として振り返る事ができるように――

●‥‥で、誰が勝った?
 一日みっちり遊び倒して、最後まで立っていたのは何とジャパンの冒険者であった。
「ディーネさんの勝ちですねー」
「え、嘘っ、私?」
 マリンに判定されたディーネが驚くのも無理はない。真剣勝負で狂化した冒険者がいたはずだ。
「はいッ、あの人は最後に倒れましたから、最後まで立っていたディーネさんの勝ちです♪」
 まぁ、マリンが言うならそういう事なのだろう。

 ――という訳で、お疲れ様でした。