釣場に集う塵芥

■ショートシナリオ&プロモート


担当:周利芽乃香

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月01日〜12月06日

リプレイ公開日:2008年12月06日

●オープニング

●へっぽこ釣り師が釣るものは
「‥‥けッ、またボロの傘かよ…」
 穴場だと噂に聞いた池。太公望を気取って釣竿を借りてはみたものの、釣果は思わしいものではなかった。暇を持て余して1日水辺に腰を下ろしている男の側には、心無い者が投棄した大量の残骸が集積している。
「うゥ‥‥さみィ。そろそろお開きにするかね」
 雪のちらつく水辺の風が体に凍みる。ボウズの上に風邪まで引いちゃ敵わんと、男は身仕舞いを始めた‥‥と、その時。
 背後のボロ傘がゆらりと揺れた。
 それきり、再び男を見た者はいなかった。

●借り逃げか失踪か
「まったく、コッチも困ってンですよ」
 ギルドに依頼を持ち込んだのは、貸し道具屋の女将。当人にとっては買うまでもない品を、期限付きで金品と引き換えに貸すのが、婀娜っぽいこの女の仕事である。
「最近、道具を返してくれないお客さんが多くてねェ。それも釣竿ばかりが減っていくンだ」
 しかも、返して貰おうと客を訪ねると、客の行方は杳として知れず、客の家族も困っているのだと言う。
「一人二人じゃ遭難か、なんて思いますよ。でもねェ‥‥かれこれ10人以上いなくなってンのサ。コッチだって道具の貸し損、おまけに『ウチの商品を借りると失踪する』とか噂まで立ち始めてねェ。客商売に悪い噂は命取り、それでこうしてお願いに上がった訳サ」
 粋に抜いた襟首を白い手で押さえて、女将は話を締め括った。

 ギルド員が、必要事項を纏める為に詳しい話を尋ねてゆく。
 女将が言うに、失踪者の共通点は『釣竿を借りている事』で、家族を尋ねても『失踪する理由の心当たりがない』らしい。また、失踪者同士は全く面識がないそうだ。
「噂が大きくならないウチに‥‥頼みますよ」
 係が書類と現場への地図を書き上げたのを見届けた女将は、さっさとギルドを後にした。

●今回の参加者

 ea0988 群雲 龍之介(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 ec4014 高千穂 梓(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec5651 クォル・トーン(30歳・♂・ウィザード・人間・ロシア王国)
 ec5882 アトラス・クォーツ(23歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文

●待ち合わせ
 朝早くから、冒険者たちは古道具屋の前に集まっていた。
 5名‥‥の約束だったが、集まったのは4名。古道具屋の開店を合図に、宿奈芳純(eb5475)は店に入り、白王号と天丸を店に待機させた群雲龍之介(ea0988)は、高千穂梓(ec4014)・クォル・トーン(ec5651)と共に、失踪者が出たという池に向かった。それぞれ思惑があっての事だ。
 期間は5日、それまでに謎を解かなければならない。やる事は沢山あった。

●囮
 池に着いた3名は、辺りを伺い、まずは潜伏場所を決めた。
「ふむ、これは感心せんな‥‥」
 池は酷い状態だ。心無い人の置き土産か不法投棄か、池というよりゴミ捨て場と言うに相応しい佇まいだった。
 梓が見張りに適した安全な場所を探す。水辺が近いだけあって、風は季節を感じさせる以上に冷たかった。枯れ枝や落ち葉は簡単に集まり、程なく暖を取る為の焚き火の準備が整う。龍之介が心尽くしの弁当や半纏を梓に預けた。
 梓とクォルは、そのまま焚き火の側で周囲を警戒する事にした。失踪した俄か太公望達が、どのように消えたのか判らなかった為だ。

 荷を預けた龍之介は釣り人に扮し、水辺に糸を垂れた。確かにこの水質では、まともな魚は釣れそうにない。糸は5回引いたが、そのどれもが生きた物ではなかった。
 ボロ布3枚に折れた釣竿、ボロ傘が1本。
「本当に此処は穴場なのか!?」
 粗末に扱う事は彼の主旨に反するがこれも演技、わざと乱雑に釣果を放り投げる。

 ‥‥そろそろ昼時か。そう思い一息入れようと立ち上がった時だった。
「う、動いてるよ!?」
 火の側で水辺を監視していたクォルが気づいた。ボロ傘が、ひとりでに立ったのだ。
 周囲を警戒している龍之介に隙はない。振り向き様、反射的に蹴り上げた。

●客
 釣竿を借りた客には相互に面識がなく、失踪する理由がない。しかし、ただ一つ共通点があった。
『釣竿を借りている事』
 芳純の目的は、それを詳しく調べる事にあった。

 古道具屋の暖簾を潜る。一人だけ店内に入って来た彼を見て、女将は怪訝な顔をしたが、失踪者が釣竿を借りた時期を知りたいと問えば、快く帳簿を出してくれた。
「最初に返して貰えなかったのは‥‥あ、これこれ、一月半ほど前だねェ」
 以降、順に指し示してゆく。
 俄かに流行したのか、現場の池に釣り客が増えだしたのは今年の7月半ばの頃、以来自分で道具を買う気のない客が、ぽつぽつ借りてゆくようになったのだと言う。秋になり釣竿を借りる客が増えるにつれて、池の水質は悪くなっていったとか。
 最初の失踪者は10月半ば。帳簿を辿ると、釣竿を借りる客は2・3日に1人はいたから、結構な人数になる。中には早々に飽きて返しに来た客もいたようだ。
「頼みに行った10日ほど前かねェ、急に3人消えちまったンだ」
 女将もさすがに何かあると思ったらしい。その段になって漸く事態が発覚した‥‥という事か。丁寧に礼を述べ、芳純は店を出た。

 帳簿から辿れるのは6名‥‥芳純はそのまま池へ向かった。自分の足で池までの所要時間を測るのが目的だ。
 池に着き、潜伏している梓とクォルに合流した芳純は、池の見える場所で印を結んだ。
 『見えた』のは6名の内の誰であろうか‥‥実際に釣りをしている龍之介のように、所在無げに糸を垂らしている。
 ‥‥と、その時クォルが叫んだ。ふと意識を戻した時には、既に龍之介が折れた傘を手に立っていた。

「古いものの中には付喪神と化すものもあると、噂に聞いたことがあるね‥‥」
 梓が言った。潜伏場所で一部始終を見ていたクォルと、実際に倒した龍之介‥‥裏付ける為に芳純は再び意識を集中する。何度か繰り返す内に共通の事柄が見えてきた。辿れた失踪者達は、釣り上げたボロ傘の集団に覆われるようにして姿を消しているのだ。
「ここは、確かに『穴場』であったようですね。変化した傘たちの」

●回収
 2日目からは、4人で分担して投網を使う事にした。敵の正体が判明した以上、引き上げる方が効率良い。
 芳純がリヴィールエネミーを用い水中の様子を伺うと、かなりの光が点在して見えた。龍之介と芳純が持参した投網を、光が固まっている方向へ皆で交互に投げ、引き上げる。

「出たよ!」
 臨戦態勢の冒険者たちに、2体の傘は分類するまでもなく襲い掛かった。当然話の通じない相手に容赦する必要もない。
 クォルが魔法の詠唱を開始、その間に2体は龍之介と梓が瞬殺した。芳純と梓の網にも4本がかかる。素早く応戦する3人、だが1体が詠唱中のクォルに向かって跳ね寄って行く‥‥!
 ‥‥あ、穴に落ちた。
 ウォールホールの穴中でぴこぴこ跳ねている傘を、クォルは必死で押し止める。魔法の効果が切れると同時に閉じ込められた傘は、二度と動く事はなかった。
「次はあの辺りです」
 芳純の指示により、傘は着々とその数を減らしている。

 龍之介が用意してくれた弁当に元気を貰い、冒険者たちは淡々と役割をこなしている。
「いい匂いだね〜」
 作業の合間に梓が火の側で鍋の様子を伺っていると、匂いに誘われて寄ってきたクォルがやって来た。梓は「もうひと踏ん張りだよ」と声をかけ粕汁の椀を手渡す。梓の心づくしに体の芯から暖まったクォルは、再び作業へ戻って行った。
「群雲殿と宿奈殿も、手が開いたら一休みしとくれね」
 焦げ付かぬよう、ひと掻き混ぜてから、梓も持ち場へ戻ってゆく。

「あと少し‥‥ですね」
 日暮れまで粘って、かなりの傘を倒した。水中の塵も含めて、もう少し底を攫えば、池は元に戻るだろう。明日また池で落ち合う事を約束して、冒険者達は長屋へ帰って行った。

●後片付け
 3日目の戦闘は呆気なく終わった。芳純が水中の悪意を確認したが、もう光るものはなかった。
「残るは塵攫いだね」
 敵が出ないだけで、やる事に変わりはなかった。皆、地道に池の底を攫い、真剣に依頼に取り組んでいる。

 交互に池へ網を投げ、引き上げをしない者は、火の側で塵の分類をした。
 昨日倒した傘の残骸、ボロ布、木材、壊れて修理しようのない桶や片方だけの手袋など‥‥失踪者が残したと思われる釣り道具も時折見つかったが、破損欠損が多い。それでも失踪者が多かっただけに、一揃いは作れそうだった。
「しかし俺は、既に釣り道具を持っているからなあ‥‥」
 古い物をきちんと修理して、大切に使いたいと考えていた龍之介が残念そうに呟く。同じ物を2つ持つ‥‥それは手入れして長く使う主旨とは反する事。せめて新たな主が現れる事を祈って、丁寧に修繕する。

 金物、売れる物、処分すべき物‥‥丁寧に分類してゆく。
「この木材、手を入れた跡がある」
 梓が気づいた。古いものだが、木材には鉋が掛けられ、組み木の穴が穿たれているのだ。
 江戸は火事の多い街だ。豪商の中には、火災で店が焼け落ちた際に素早く再建できるよう、木材を保管している者がいると聞く。
「この池は、元はそういう場所だったのか」
 ならば木材は元の場所に還さなければなるまい。クォルが持参していたロープの一部を使い木材を纏め、一同は静かに池へと沈めた。
 夕方には池は塵ひとつない状態へと戻った。いずれ木材を巣に魚が生息するようになるだろう。

「さて‥‥供養するか」
 4日目、前日に分類したもののうち、どうあっても使い道のない物のひとつを手に取り、龍之介が言った。梓が3日間鍋に使っていた火を今日は炊き上げに使う。芳純がスクロールで火を操り灰へと変えていった。陰陽師のそれは祝詞にも似て、仲間達は厳かな気持ちで炊き上げに臨む。
(「今までお疲れ様でした。粗末に捨ててごめんなさい」)
(「もう付喪神が出ないようになればいいね」)
(「行方不明な方は不憫な事だったけど‥‥この池はもう大丈夫だよね」)
 皆、総じてこの先の平安を願わずにはいられなかった。

●結
「おや、気を遣ってくれなくても構わなかったのに」
 報告がてら寄せ集めの釣り道具一式を手に古道具屋に行くと、女将は口とは逆に嬉しそうに艶笑んだ。
 気持ちは有り難くいただいておくよと道具を受け取る女将に、彼女を心配していたクォルも嬉しそうだ。
 一行はその後、鍛冶屋を回り、回収物を金子へと変えた。誰の手柄でもない、皆の報酬だからと、4人はその場で均等に分ける。
「高千穂殿、ご馳走様でした」
 連日暖かい汁物を誂えてくれた梓に男たちは礼を述べ、4人の冒険者たちは解散したのだった。