●リプレイ本文
●詣 ―もうで―
明けて正月十五日いまだ薄暗き暁の頃、江戸市中に人々の姿有り。
向かうは水神を祀る社、賭けるは一年の幸福。
きっちり閉じられた大門前で、冒険者達は六つ時を待つ――
禰宜の案内が始まるまでは、門前に競争参加者と見物人の別はない。様々な人々でごった返す中、頭ひとつ分以上長身で目立つ者がいた。知人に囲まれて話している男の背には『義援』の文字。
両手で味噌汁の椀を押し頂いて温もりを味わいつつ、中年夫婦が男に話しかけている。
「美淵の兄さんも出るのかい?」
「力比べじゃないよ?かけっこだよ?雷さん大丈夫なの?」
酒場の仲間に口々に問われ、ジャイアントの美淵雷(eb0270)は豪快に笑い飛ばした。
「あん?素早さ?俺に幸が付いてるなら、んなもん関係なく一番が取れるさね」
ほらよと背を向ければ紙甲に大書された『義援』の文字。
墨黒々と力強い筆遣いは雷の人となりのようで清々しい。雷が背負う義援の文字は、頑張る仲間を背負って走るという彼なりの気概であった。
「おいらだって、みんなのために幸せを攫むのだ」
甘酒でほっこりしていたたぬきさん――まるごとたぬきを着た玄間北斗(eb2905)は負けないぞとニッコリ。ぽってりした狸の尻尾を揺らしている姿が暖かそうだ。早朝の事とてまだ子供達の姿はないが、屋台が開く頃にはきっと大人気になっているだろう。
なお、この味噌汁や甘酒などの温かい飲み物は、明王院未楡(eb2404)の心配りである。
「折角のお祭りですし‥‥風邪などひかぬよう、温まって行って下さいね」
美貌の人妻に優しい声を掛けられて、人々は皆その場で寛いでゆく。
身を切るような寒さの中で待つのは辛かろうと、戦闘馬の不動に色々準備をして来た未楡は、周囲の屋台にも配慮する事も忘れない。一声掛けて、提供は屋台開催までの繋ぎと人々の楽しみの為にという未楡の思いを、皆快く受け入れてくれた。
その場で出会うも、また縁。
多くの人で賑わう中、本殿から禰宜が降りて来た。一番幸競争の挑戦者のみを門前に残し、観客と分けて整理してゆく。
多くができるだけ前へ就こうとしていた中、一人不敵な者がいた。
「楽しむならこの位置やろね。後方からの刺しがええわ」
将門雅(eb1645)が就いたのは何と最後尾。商売で鍛えた足を生かして牛蒡抜きを狙うつもりだ。
視線の先には桃色兎の面を被った陸堂明士郎(eb0712)。
(「見とりや〜」)
桃色兎へ闘志を燃やす雅は何やら隠し玉を忍ばせている模様だが、そんな事とは露知らぬ兎耳大明神は余裕の様子。
「ふっ、兎の化身である私と競争とは‥‥兎の速さを知らんのかな?昔話にもあるだろう、兎と亀と言う‥‥」
自ら負けフラグを立てていらっしゃった。
「兎と亀‥‥」
ライル・フォレスト(ea9027)、突っ込んで良いものか一瞬困った‥‥ものの、彼らしい前向きな反応を示す。
「一番幸になれなくても、皆が怪我なく楽しめればそれが一番かな。楽しみながら精一杯頑張るね」
ハーフエルフの耳がきちんと隠れているかバンダナに手を遣って、大丈夫と微笑した。
大勢の一般参拝客に混じり、十一名の冒険者が一番幸競争に参加する。母と共に観客へ淹れたてのお茶を振舞いながら、明王院月与(eb3600)は人々に想いを馳せた。
(「ほんの一寸でも、皆の気晴らしになれば良いな‥‥」)
願わくば、明日への希望を必要とする者が福を得られますように。
ぎいぃぃぃ‥‥‥‥
赤く塗られた大門が重い音を立てて開かれた。
それが開始の合図。挑戦者達は我先にと参道へ流れ込んだ。
「うりゃー!何人(なんぴと)たりとも俺の前は走らせねえー!!」
猛速度で飛び出してゆく桃色兎と、天下一の大猪。獅子・狸・巨漢がそれを追う。
出だしの熾烈な争いを抜けて飛び出したのは白兎、兎耳を着けたパラーリア・ゲラー(eb2257)。参加者内随一の俊足を活かし、しなやかに駆けてゆく様は、兎耳でありながらネコのよう。
「にゃ〜♪」
パラにゃんこの後を追うのは彼女の旦那様、チップ・エイオータ(ea0061)だ。足の速さは他の冒険者に引けを取らないチップだが、パラーリアの速さは桁違い、それでも思うは彼女の事。
(「パラーリアさんを守るんだ!」)
軽やかに参道を抜けてゆく妻の背を追いながら、懸命に走る。その少し後方から艶やかな紅が駆け抜けた。
神霊への敬意を表した衣を身に纏い、低い体勢で団子状態の挑戦者集団の隙間を抜けてゆくククノチ(ec0828)、先行する柴仔犬のノンノの動きを追う。
人の多い場所でさえノンノにとっては遊び場なのかもしれない。大喜びで弾のように飛び出して、生まれ持った勘で混雑をすり抜けてゆく。後を追うククノチはノンノの動きを己に取り入れて効率よく先頭集団へ、一気に加速した。
●競 ―きそい―
観戦者に混じって挑戦者達の熱戦を眺めていたエレェナ・ヴルーベリ(ec4924)は、皆、楽しんでいるねと微笑んだ。
ジャパンの賑わいの雰囲気を、とても好ましく思う。
袖すりあうも何とやら。偶々居合わせた者同士が共に喜び、共に祝い、共に楽しみを分かち合う。初めてジャパンに来た時の事を懐かしく思い出しながら、エレェナは斜面の半ばを登っている挑戦者達を眺めた。
だんだんと急になってくる斜面が挑戦者を苦しめる。脚力のみならず持久力も要する難所だ。
次々と失速してゆく挑戦者を悠々と抜き去って、一気に先頭へ躍り出たのは雅だ。一般人には優しいが、冒険者には容赦がない。げしっと踏み台にして空中移動。
「ごめんなぁ〜上通るで〜」
「させるかー!!」
ひらり、桃色の船に避けられて、八艘飛び最後を失敗した雅はすとんと降りた。そのまま並んで疾走しながら、桃色兎の兎耳大明神へ隠し玉発動。
「あっ!あそこにアゲハはんが!」
「知らんな、私は兎耳大明神!!」
観客の中に明士郎の妻がいる(という嘘)。
非情に否定してみせた桃色兎だが何故か足が速くなっている。動揺を誘うどころか力付けてしまったようだった‥‥が。
斜面の頂上近い場所で陽精霊のうらやすと、三笠大蛇の三笠さまを伴って観戦していた齋部玲瓏(ec4507)が兎耳大明神に気付いた。
「陸堂さま、がんばってくださいまし♪」
「‥‥ち、違うッ!私は兎耳大明神ッ!!」
――あ、こけた。
必死に否定している間に雅が明士郎を追い越し、激しく動揺し続ける彼の足はどんどん鈍足になってゆき――
「一番幸は拙者のものでござる」
「幸せは、おいらがもらうのだ」
「有名人は辛いわねー☆」
一気に五人に抜かれた‥‥フラグ回収完了。
さて、脱落兎さんを抜き去った集団は仁義無き争いを続けている。
開門と同時に突進した大猪、結城友矩(ea2046)は実戦さながらの真剣さで容赦なく周囲を蹴散らし突き進む。周囲にぶつかろうがお構いなしの激しさで、対戦相手を押しのけかき分け進む友矩だが、実は生真面目な拘りがある。
「やれるもんならやってごらんなさいっ!」
「女性には手を出さぬでござる」
実に紳士であった。
忍術を使ってでも一番幸をと張り切っていた春咲花音(ec2108)は、他冒険者の妨害を相当警戒していたのだがは友矩は紳士、おまけに自身が使うつもりだった術も一般人が多数参加する神事であれば純粋に己の足で挑むしかない。尤も、生身での挑戦でも良い位置に就けているあたり、日頃の鍛錬の賜物と言えそうか。
「生業?ヒミツでっす」
色々な境遇の者が走っているものだ。
狸の着ぐるみを着用した北斗の見た目はかなり動きにくそうに思えるのだが、一向に不便な素振りもなく走っている。着ぐるみだけでは足元不如意、草鞋を穿く事で滑りにくいよう工夫。着実に順位を上げていた。
ククノチとノンノを相手に抜きつ抜かれつしていたレオ・シュタイネル(ec5382)は、坂の中腹で彼女達を追い抜いた。互いに全力で楽しむつもりで参加しているから恨みっこなしだ。そのままの勢いで先頭集団に就いている。
「わっ、大丈夫かい!?」
序盤で体力を温存して斜面の抜きに賭けたライルだが、不幸な事故が待っていた。前方の一般人が転倒、受け止める形で足止めを食ったのだ。
恐縮しきりの一般人に、怪我がなくて良かったねと喜ぶライルの表情に、怒りも後悔の色もない。心から他人を心配する優しい青年に、相手も快い気持ちになってきたようだ。
「一番幸は取れませんでしたが‥‥ライルさんと出会えたのも幸福に思えてきましたよ」
皆が怪我する事なく楽しい神事を。ライルが願った思いを、神は聞き届けたのかもしれない。
「もうすぐか‥‥誰が一番幸になるだろうね」
本殿で一番幸の到着を待つ『駿河・温泉友の会』の面々。まったりと決着を待つ渡部夕凪(ea9450)は髪を艶やかに結い上げ振袖姿だ。
「今年もお似合いですよ」
くすくすと笑みを浮かべて褒めるリン・シュトラウス(eb7760)に「正月恒例さね」しれっと返す夕凪である。御神酒の杯を静かに傾けていた大蔵南洋(ec0244)が、言葉少なに「来るぞ」と言った。
兎耳をぴこんと揺らし、先頭を突っ走るのはパラーリア。
「いっちば〜ん♪」
巫女の腕の中へ飛び込んだ。種族特徴もあって、小さい子がお姉さんに飛びついたような微笑ましさを感じさせる。速さ、最終選択の正確さ、文句なしの一番幸だ。
続いて本殿へ駆け込んだのは――天下一の大猪!
「手柄総取りでござる!!」
その気魄に宮司が腰を抜かした。鬼気迫る表情で押し倒した友矩は勢いのまま本殿奥へ転がり込んだ。僅かの差で到着した三位の雅を以て、今年の一番幸競争は幕を閉じたのだった。
●願 ―ねがい―
神事が終われば屋台も開く。参拝客の波が動き始めた。
勝負の行方を見届けた『駿河・温泉友の会の面々』も本殿を後にし、拝殿へと回った。小銭を投げて一年の無事を祈る。
(「激動と言って差し支えない一年であったが、こうして仲間達と新年を迎える事ができた‥‥」)
願わくば、これからも。
静かに旧年の感謝と本年の祈りを心内で述べる。渦中にあるがこそ、今この時の有り難味を知る南洋だ。参拝終えて振り返り、仲間達の参拝も終わったのを知ると拝殿を後にする。
――と、参拝客の波が割れた。
「デジャビュを感じますね‥‥♪」
「‥‥まあ、お約束さね」
面白そうにくすりと笑うリンに並んで苦笑する夕凪。
昨年の初詣は拝殿への道を開かせたのだったか。二人の前を歩く南洋に害意も悪意もない。怒っていなくとも怖いと人が避けてしまう悪人顔の男は、至って普通に参道への道を開き歩む。
一番幸の記念品を授かって本殿を辞したパラーリアは夫と共に初詣、改めてジャパンの神に相対して新年の幸福を願った。
「お願い叶うといいね」
一生懸命に願いを掛ける妻の姿が愛らしい。覗き込んだチップが言うと、パラーリアはくねくねして照れた。
「‥‥なっ、内緒なんだから〜」
チップの背後、パラーリアの視線の先には初宮参りの家族がいた。夫婦に付き添う老女が抱く色鮮やかな祝い着の着手は生後一月ばかりの赤子に違いない。
英国で挙式したばかり、ジャパンへは新婚旅行で訪れた新婚の二人である。まだ早いかもしれないけれど、幸せそうな参拝者がちょっぴり羨ましくなったパラーリアだ。
初春を寿ぐ神社の場に、めでたい知らせを携えた者は多い。
「神様、お陰さんでラヴィと夫婦になれました」
ジルベール・ダリエ(ec5609)は並び立つ小柄な妻を愛しげに見つめ、神へ結婚を報告した。
隣で参拝する妻はハーフエルフのラヴィサフィア・フォルミナム(ec5629)、人間のジルベールとは生活上の違いも多い。
「異種族婚で色々苦労はあるけど‥‥とりあえず幸せや。おおきに」
苦労も彼女となら乗り越えてみせる。違う神社のやけどと昨年授かったお守りを収め、今年のお守りを妻と共に授かって、共に歩む幸せを分かち合う二人は参道へ歩いて行った。
競争を終え、桃の花咲く清楚な振袖に着替えたククノチとレオはジャパンの神に婚約を伝え、互いの故郷に戻るべく旅の無事を祈る。
ノルマンの射撃手の為に作られた、先端の鋭利でない矢を奉納し、ククノチは瞼を閉じて祈った。
(「人を傷つけない矢‥‥そんな世になる様に」)
●縁 ―えにし―
参拝を済ませ、屋台を巡る玲瓏の傍には三笠さま。人混みにはぐれないよう、玲瓏の肩にちんまりくっついているうらやすは、何だかよくできた人形のようだ。
参道に並ぶ屋台は食べ物だけではなくて、面や風車などの玩具も売っている。様々な色を施されて並んでいるそれらは、ハレの日の彩りだ。
かわいらしいですねと微笑んで、玲瓏は立ち止まった。
「心安に合う大きさのはなさそうですが‥‥あら」
ふと目にしたのは小さな風車。精霊用に誂えたものではなくて、店番の兄さんが暇つぶしに作っていたもの。余った材料で作ったからと気前良く譲ってくれた。
「かざぐるまー♪」
玲瓏の肩越しに風車を受け取って、うらやすは上機嫌。兄さんに礼を述べて三人はのんびり屋台を巡った。
こんな偶然の巡り合い、繋がった縁が玲瓏の宝物だ。参道を歩きながら、昨年は古着屋の店主と詣でたのだったと懐かしく思い返す。今年は伊兵衛と会う事はなかったけれど、彼の娘の小春も大きくなっているに違いない。
「いつつ、でしょうか‥‥」
「何がだい?」
三笠さまに尋ねられ「小春さまの御歳です」と答えると、幼子を知るうらやすが風車を振って「こはる!」と復唱した。
「また何かの折に会いに訪れてみましょう」
「その時は私もご一緒したいね」
優しい三笠さまへ、玲瓏は是非にと微笑んだのだった。
ひょんな事から繋がる縁もある。
一番幸は取れなかったけれど気のいい奴らに出会えたと、江戸の男達と祭りを満喫するライル。参拝後、神籤を引いて――
「吉、新しき出会いあり‥‥か」
「俺達の事かもな。折角だ、兄さんの分はオゴるぜ」
ライルに助けられた男がそう言うと、彼の仲間達も「そりゃいいや」などと気のいい反応を示した。
だが、ライルはちょっと心配な表情で。
「俺、食べ物屋台の制覇を目指すけど‥‥いいのかい?」
「あたぼうよ、任せやがれってんだ!」
わははと笑う男達は参道へなだれ込んで行った。
賑やかな男達の様子を静かに眺め、屋台を一軒一軒巡っているのは瀬崎鐶(ec0097)。勿論、買い物を楽しむという目的もあるのだが――
「‥‥こういう場所では、するべきじゃないよ‥‥」
人の多い場所、無粋な者も現れるもので。
素手で一発、容赦なくお仕置きして取り押さえた鐶は、不埒者を引っ立てて行く。
おやおやと、鐶達を見送った『駿河・温泉友の会』の面々。
飴細工を片手にリンはおかんむりだ。仕える主君の無茶振りをぷんすか怒りながら、今度はあぶり餅を買い求めている。
「リン、お前さんの顔、そのあぶり餅みたいだぞ」
ぷぅっと膨らんだリンの頬を夕凪が茶化した。手のあぶり餅をはむっと食べて、リンは「だって‥‥」と続けた。
「大蔵さんも夕凪さんもそう思うでしょ?」
殆ど自棄食いのようにぱくついている。
それもこれも早雲様が無茶なさるから‥‥!
「まあ、ね。全員年末年始は戦場だったからねえ、皆一緒とはいえ正月気分もあったもんじゃない」
「無事で何よりだった」
戦続きのご時勢だ、落ち着く暇もありゃしないと夕凪。
――その時、言葉少なに誰も欠ける事なく年を越せた事を喜ぶ南洋の視界が暗くなった。
「似合いますよ♪」
その声はリンか。
笑う女達に憮然として面を取れば、リンが被せたのは河童。どことなく目付きが南洋に似ていなくもない。
「さて、と」
抱き付いて来たリンを引っ付けたまま夕凪が水を向けると、言わんとする事を察したリンが引き取った。
「ね?今年も皆で鍋しましょっか?」
勿論、大蔵さんの家で。
慣れたものなのか、南洋に異論はない――が。
「安心おしな、去年よりちっとは家事の腕も上がってるから」
夕凪の言葉にだけは、一抹の不安を感じたとか何とか。
異国の神に敬意を表し参拝を済ませたエレェナが、ふと立ち止まった。
お囃子の音色が聞こえてくる。
誘われるように近付いてみると、開けた所では獅子の被り物をした氏子達が笛の音に合わせてあちらへカチカチこちらへカチリ。笛に太鼓のお囃子は何ともジャパンの風情を感じさせる。
獅子達の舞が一区切り付いた頃、エレェナはそっとリュートを取り出した。目で問えば氏子達も突然の演奏を歓迎してくれている。ジャパンの雰囲気に合わせた東洋的な調べを、エレェナはかき鳴らし始めた。
若草芽吹く春はまだ遠けれど、いつか巡り来る。
(「春が来る頃、会いに行くよ」)
西国の塩湖にある友を想う。大きくなったリュドミーラを逢わせたい。かの友は何と言うだろう。春の山桜も美しかろう、あの老僧は息災にしているだろうか。
四季思う調べは新しい年への喜びと希望を喚起させて、美しい音色に人々は足を止め、心地良く耳を傾ける。
万屋将門屋の商売繁盛を祈願して、雅は参道をそぞろ歩く。冷やかし程度に屋台を覗き、テキ屋の兄さんと軽快な会話を交わす――と、前方に一番幸発見。
「チップさん、おべんとー付いてるの」
口元に餡を付けたチップに指を伸ばすパラーリアの顔は真っ赤だ。照れながら、でも優しく人差し指をなぞらせて、口角から餡を取ってやる。
微笑ましい新婚夫婦の姿から視線を移せば、恋人達の姿。
飴細工の屋台で職人の手付きに目を奪われているククノチの隣で、真剣な表情を見せているレオ。二人の手はしっかりと繋がれていて、何ともほのぼのとした光景である。
「面白いなぁ‥‥」
手先の器用なレオは、こっそり職人の技を観察中。
熱い飴が瞬く間に鶴へ、馬へ。そんな妙技を目を輝かせて見つめている恋人の横顔がとても可愛くて、自分でも作ってみたいと思ったのだ。
(「今度イワンケ作って贈ってみようかな」)
ククノチはきっととても喜ぶに違いない。キムンカムイの温厚な姿を思い浮かべ、レオは尚の事熱心に飴細工を凝視している。
少し離れた汁粉の屋台には新婚さん。
頭に狐の面を半被りにしたジルベールは椀の汁粉を一口啜った。
「ラヴィも食べ?」
手にした椀を手渡して、妻の小さな手を包み込む。ジルベールの大きな手の温もりが心地よい。ラヴィサフィアは小さく微笑んで汁粉の椀に口を付けた。
「ジルベールさまも」
ひとつの楽しみを二人で共有する事の幸せ。ラヴィサフィアからあぶり餅の串を差し出され、ぱくりと一口食んだジルベールは「美味いな」と微笑んだ。
優しい夫の笑顔を見上げ、ラヴィサフィアはふと思う。
(「ラヴィは何も出来ないのに‥‥」)
いつでも自分の夢を叶えてくれるジルベール。昨年もこうしてジャパン初詣へ一緒に来たのだけれど、あの時は想い叶わぬ相手だと思っていたのだった。
他に誰か好きな女性がいる憧れの人、恋の成就はあきらめていた――だから相愛だったと知った時、夢のように思えて。
(「こんなに大切にしていただいて‥‥」)
幸せ過ぎて時々不安になる。自信がないがゆえに、自分で良いのだろうかと。
「ラヴィ、あそこに飴細工の屋台があるで」
覚えとる?
勿論と、夫の問いに頷く妻だ。彼女の手を引き人混みを歩く彼はさりげなく混雑から自分を庇ってくれて、それでいてからかい気味に「裾踏んづけてコケんようにな」などと言ったりもして‥‥あれから一年も経ったとは。
「晴れ着、よう似合とるで。キレイな奥さんで鼻が高いわ」
二人は一年前を辿るように、飴細工の屋台へ近付いていった。昨年と同じように、白い兎の形を所望する。瞳は赤茶、ラヴィサフィアの瞳の色だ。
手渡され懐かしく見つめるラヴィサフィアに、ジルベールは苦笑する。
昨年もなかなか食べなかったのだ、彼女は「勿体無い」と、いつまでも飴の兎を眺めていて。
「来年も再来年も買うたげるやん。そやから食べてみ、美味しいで」
促す夫を、妻は見上げた。最大の理解者にして最愛の人。
おずおずと飴を口に含んだラヴィサフィアは、口中に広がる優しい甘さに不安が解けていくような気がした。
「ねぇジルベールさま?」
「何や?」
彼と過ごした全てが愛しい。ラヴィサフィアは心からの笑顔で言った。
「ラヴィ‥‥世界で一番しあわせですわ」
生きとし生けるもの、皆等しく幸せでありますように。
新年を祝う人々を内に招き、八百万の神々は彼らの行く末を見守り続ける。
今までも、そしてこれからも――