妄執の剣
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:周利芽乃香
対応レベル:11〜lv
難易度:易しい
成功報酬:2 G 64 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月15日〜12月22日
リプレイ公開日:2008年12月19日
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●オープニング
●田舎剣士
山辺六郎太は、剣術道場で将来を期待されていた男だった。その腕、いずれ師を越えるとまで門弟に噂される逸材、気性は真っ直ぐで裏表なく、師の娘と恋仲でもあった事から、ゆくゆくは道場の跡取りになるものと噂されていた。
弟子の成長、娘の幸せを願う親心から、師匠は六郎太に江戸への剣術修行へ向かう事を勧めた。このまま田舎剣術で終わらせるには勿体無い、江戸で更なる技術を身につけて、娘の許へ戻って来て欲しい‥‥師の言葉に励まされ、六郎太は江戸へと旅立った。
娘の名は冴と言う。毅然とした美しい娘で、恋人不在の寂しさにも凛として耐えた。
そしてある日‥‥愛しい人が帰還する。変わり果てた姿となって。
●狂える剣士
「六郎太兄に何があったのかは判りません‥‥しかし、兄弟子が師と許嫁の命を奪った事は確かです」
ギルドに駆け込んできた少年は、息つく暇もなく、早口で捲し立てた。
「今、兄弟子は道場に立て籠もっています。村の者には全員家に避難し閂をかけるよう指示して出て来ましたが、何時まで保つか判りません。早く‥‥早く兄弟子を止めてください!僕は‥‥あんな六郎太兄の姿を見たくない!!」
とりあえず落ち着けと、座敷に上がらせ熱い出がらし茶を振舞うと、少年は包み込むように湯飲みを抱え一口啜った。少し落ち着いたようだ。
「‥‥ぼ、私の名は蓑彦と言います。江戸から少し離れた田舎に住んでいます。其処で剣術を習っていました」
蓑彦の話を纏めると、江戸へ修行に出ていた兄弟子が、骸骨姿となって帰還したのだと言う。
「見間違えるはずがありません。あの服装、あの太刀筋‥‥六郎太兄です」
故郷へ戻った六郎太は、真っ先に道場へと向かった。弟弟子達には目もくれず、真っ先に冴の許に向かうと袈裟懸けに切り付け、悲鳴を聞いて駆けつけた師を一刀両断したのだと言う。
弟子達は、師の今際の言葉に従った。まず村人達の安全確保、そして1名を江戸に走らせ冒険者の支援を募る事。後者の役目を担ったのが、一番年下の蓑彦だったという訳だ。
「今は、兄弟子達が村人を匿っています‥‥ですが、修行前でさえ太刀打ちできなかった六郎太兄、師すら一刀両断したあの人に‥‥兄弟子達が敵うはずがない。時間がないのです。お願いします。村の人達を‥‥兄弟子達を‥‥六郎太兄を、助けてください!」
蓑彦は涙ながらに懇願した。
●リプレイ本文
●急げ、次の犠牲者が出る前に
依頼を請けた者は5名、それぞれが村へと急いでいた。
鷹碕渉(eb2364)は愛馬の銀嶺、刈萱菫(eb5761)は灘風、カノン・リュフトヒェン(ea9689)は依頼人である蓑彦を後ろに乗せ、クラフトを駆けさせていた。
リュー・スノウ(ea7242)と風生桜依(ec4347)は、魔法の履物で馬に遅れじと走る。
死人となった剣士がどのように動くか判らない。一刻も早く急ぐ必要があった。
馬で飛ばしても、休息は必要だ。
「え、御飯は‥‥?」
「そう言えば‥‥」
馬達は草を食み、渉はその辺りを探索しての食料調達、カノンは同乗させていた蓑彦に保存食を分け与えている。しかし菫の荷物に、食べられる物はない。
「ん、もーぅ、仕方ないですね」
桜依が菫に保存食を分けた。ついでに手を出している。
「‥‥何?」
「お・だ・い。別に、江戸に帰った後で舶来の甘味を驕ってくれるなら構いませんけどー」
桜依に可愛らしく甘えられ、菫は苦笑しながら代金を支払った。
●到着
村は、閑散としていた。
「差し迫っての危険はなさそうだな‥‥」
家々の戸は堅く閉ざされ、誰一人出歩く者はない。蓑彦の師の遺言が果たされている証拠だった。
とは言え、油断は禁物。
リューがデティクトアンデットで村の様子を探る。2度目で反応があった。
「蓑彦さん、あちらには何が‥‥?」
「道場、です」
蓑彦の答えに、道中彼から六郎太の行きそうな場所を尋ねていた菫が納得する。
道場の前で、リューが念の為にもう一度デティクトアンデットを発動すると、不死者の気配は確かに其処から探知された。
「何があったかは知らないが、憐れだな‥‥」
不死者となった六郎太を思い、渉がひとりごちた。
●いざ尋常に
山辺六郎太は、稽古場に居た。上座に師を横たえ、師を守るかのように前で正座し、抜き身の刀を手前に置いている。冴の亡骸を膝枕するように抱き、一寸たりとも動かぬ姿は、数日の経過で変色した血で床板が穢れていなければ、即身仏のようにすら見えただろう。
「不死者になって心がなくなっても‥‥」
その姿を見た桜依は絶句した。自ら手にかけた師や恋人を丁寧に扱っている‥‥それは生前の愛情の強さ故か。
菫が陣形を整えている。回復手であるリューと共に蓑彦を中心に据え、囲むように陣を組む。リューの前に菫、蓑彦の前にカノンが立ち、リューと蓑彦を挟むように渉と桜依が位置を取った。
普段多数の弟子達が打ち合いをする道場の稽古場。いまや死者の統べる場所となった戦場は、寒々しいまでに広かった。
一同一斉に駆け出す。カノンが六郎太の半歩手前、桜依が冴の隣に位置した途端、それまで微動だにしなかった六郎太が初めて動いた。
それは意外な行動だった。
少なくとも、死人としては考えられない行動だった。
六郎太は、冴を師の隣へ‥‥庇うように移動させたのだ。それから初めて‥‥死した剣士は生ある者に敵意を向けた。
蓑彦と併走していたリューが、戦いの開始を悟り立ち止まる。尚駆けようとする蓑彦を押し止め、ホーリーライトを発動した。
「お気持ちは解りますが‥‥これ以上は決して近寄られませぬよう。私と一緒にいてください」
桜依がカウンターアタックの構えを取る。カノンは盾でいなすべく、防御の姿勢を取った。
六郎太の敵意は冴に隣接した桜依に向いていた。冴を庇うように立ち、刀を一閃させる。
「蓑彦さん‥‥私の夢想流は、刀は、守るため人を活かすためにあるのです!」
左手の小盾で防御した桜依は、次の瞬間、己の流派の得意とする抜刀術で応戦した。
「六郎太兄!」
桜依の攻撃を受けた六郎太を見て、思わず蓑彦は声を上げる。今にも駆け出しそうな彼を、リューは懸命に止めた。蓑彦の声に反応したか、六郎太はリューのいる方向へ向かって剣を振った。
続いて臨戦地域に到達した菫が、流れるようにポイントアタックを仕掛ける。乳切木の分銅を六郎太の腕に向けて投げ刀を絡め取ろうとしたが、上手く捉える事はできなかった。続けて渉が到着し、命なき剣士を囲い込む。
それにしても、六郎太の行動は奇妙だった。死人に思考があるとは思えないが、師と冴を守るように動いているように見えるのだ。盾にするでもなく、寧ろ庇うように。
しかし冒険者達に、剣士以外の死者を攻撃する意思はない。前衛の敵・後衛の護衛対象‥‥今の六郎太は、背を壁に預けて孤軍奮闘しているのと同じだった。
「その魂、解放してやらねばなるまい!」
渉がポイントアタックの精度を上げて攻撃する。切断には至らなかったが、その剣は確実に急所を狙っていた。
呼応するように菫もポイントアタックの精度を上げる。腕に向かって投げた分銅は六郎太の手首を切断し、彼が持っていた刀は道場に重い音を響かせた。
「あ、兄上!!」
耐え切れず蓑彦が叫ぶ。実の兄のように慕っていた男の、剣士の手が落ちたのだ。涙ながらに叫ぶ蓑彦に反応するかの如く、またも六郎太はリューの方向へ残った腕を振り回した。
この好機を桜依は見逃さなかった。シュライクで更に畳み込む。刀の破損を気にして盾での斬撃に備えていたカノンも、これで遠慮する必要がなくなった。バーストアタックで骨剣士の体を砕く。菫がさらに攻撃を加え、刀を回収、後方へと下がった。
(「もう‥‥お見せしない方が良いのでは」)
リューは迷っていた。冒険者の方が圧倒的に有利だ。兄と慕う男が砕かれる様を、側にいる少年に、これ以上見せ続けて良いものか‥‥回復の必要すらない一方的な戦いに、心優しいクレリックは思い悩んでいた。
菫がリューの前に戻って来た。手首が付いたままの刀を所持している。
「あ、兄上の‥‥」
蓑彦は、それ以上何も言えなかった。
「あたし達が、何故刀を壊さなかったか‥‥キミの兄弟子さんの最期、きっちり見てあげて」
六郎太さんの志を継ぐのは、誰より慕っていたキミなのだから。
剣士と神聖騎士に囲まれた死人剣士の最期は、程なく訪れた。
最早反撃する力すら残っていない六郎太に、カノンのバーストアタックが重く圧し掛かる。
かくて、許嫁と師を殺めた剣士は、その動きを止め骨の残骸と成り果てたのだった。
●志を継ぐ者
六郎太の遺骨は、丁寧に襤褸と分類された。刀に付いていた手首も外し、一つに纏める。
遺骨と刀、遺品も一緒にリューがピュアリファイで浄化した。遺骨と遺品は師や冴の亡骸と共に、丁寧に埋葬する。線香をあげ、一同手を合わせて冥福を祈った。
「あの‥‥刀は埋葬しないのですか?」
蓑彦が問うた。
「生まれ変わるんですよ、六郎太さんの志と共に」
桜依が言った「君の力でね」と。
「‥‥ぼ、私!?」
焦って地が出かけた少年剣士に、全員がそうだと頷く。
「あたし達が剣を壊さずに戦った事‥‥何故だかわかる?」
「六郎太殿達の死をどう受け止めるか、それは蓑彦殿次第だ」
「想いの宿る剣‥‥想う人が持つ事こそ相応しい」
「君は六郎太さんの思い出を沢山持ってるよね。刀と共に六太郎さんを生まれ変わらせることができるのは、君しかいないと私は思うよ」
桜依に真剣な表情で言われ、同じ位の背丈の少年は「はい」と首肯した。
「共に生きた日々を想う品として、これからも傍に置いてあげてくださいまし。それが何よりの供養となりましょう」
弔いを担当したリューに言われると、説得力が増す。
「僕は‥‥いえ、私は‥‥師や兄達の供養にできるよう、精進します!」
村にとっては大きな事件だった。この先、兄弟子達や村人の目もあるに違いない。心無い言葉を投げられる事もあるかもしれぬ。
だが蓑彦の志が挫ける事はあるまい。兄と慕った男の思い出と共に、剣士として修練を積んでゆく事だろう。
少年の強い意志を見届けて、一行は江戸へ帰還したのだった。