雪ん子、泣きん子 1話

■シリーズシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月02日〜12月07日

リプレイ公開日:2005年12月18日

●オープニング

 未曾有の江戸の大火に戸惑いながら、人々は復興への道筋を模索して足掻き始めた。
 状況は被災者の把握が完全に済んでいないほど混乱している。
 生きていると信じている者が片付けた火事場から発見されたり、逆に死んだと思っていた者がひょっこり帰ってくることもあるからだ。
 また、子供などが行方不明になっても以前のように近所の者たちが気に掛けて見てくれているわけでもないため、何日経っても発見されないことも多々あるようだ。攫った子供を売り買いする者もいると噂に聞こえてくることであるし‥‥
 ともあれ、どこそこの女が消えただの、どこそこで殺されたと思しき死体が発見されただの‥‥
 江戸の治安は悪化の一途を辿っているように感じられてならない‥‥

 そんな折も折‥‥
「おっかあのとこへ帰りたいよぉ」
 ふっくらと丸っこくて可愛らしい、透き通るような白い顔を涙に濡らしている女の子が江戸の町にポツンと立ち竦んでいた。
 格好は蓑に笠、まぁ世間一般に言う『雪ん子』の格好だ。雪の頃には珍しくない風体なのだが、時期が早すぎる。
 雪、百歩譲って雨でも降っていればそれなりに見えようが、そうでないのだから変と言えば変なのだが、自分たちに手一杯という者ばかり多くて気にされていないようだ。
「嬢ちゃん、どうしたい。元気ねぇな」
 女の子は目の前に差し出された練り飴を殆んど条件反射的に頬張る。
 少しはホッとしたのか女の子の顔にほんのりと笑顔が浮かんだ。
「おっかあと逸れたのか?」
 遊び人風の男が女の子の頭をポンと叩く。
「ふぇ‥‥」
 母親のことを思い出したのか、練り飴の付いた棒を咥えたまま僅かに口をへの字にして涙を滲ませている‥‥
 遊び人は困った顔で女の子の手をそっと握るが、予想外に冷たいその手に思わず驚いた。
「おいおい。手ぇ、冷てぇな。火に当たりに行こうや」
 見ると焼け逃れた町衆や奉行所が協力して行っている炊き出しの焚き火がまだ火勢を残している。
 これ以上の被害を防ぐためにも火の用心はしなければならないが燃やす物だけはふんだんにある訳で、暖をとる姿は各地で見られた。これもその1つだ。
 だが、女の子は首を振る。
 火への恐怖で焚き火をさけて凍え死ぬ者もいると聞くし、この子もそうなのかもしれないと遊び人は静かに少しだけ溜め息をついた‥‥

 程なく、遊び人と女の子は江戸冒険者ギルドの暖簾をくぐっていた。 
「金というもんだがよ。女の子が母親を捜してるんだ。これで冒険者に捜してもらえねぇかな。
 俺は忙しくてな。捜すのを手伝えそうにはないんだけどよ」
 遊び人の金という男が金子をギルドの親仁に渡し、寂しそうに笑う。
「ま、できることはするよ。斡旋の方は任せてくれ。
 にしても身も知らない子にここまでするなんて物好きだねぇ。
 いや、悪く言ってるんじゃないぜ。あんたみたいな人がいてくれれば江戸も少しは安心できるってことさ」
 変なことを言ってしまったとギルドの親仁が一方的に捲くし立てた。
 しぃ‥‥と遊び人が眉をしかめる。女の子はいつの間にか遊び人の金さんの背中で寝てしまっていたようである‥‥

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 eb1817 山城 美雪(31歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3273 雷秦公 迦陵(42歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3383 御簾丸 月桂(45歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●出会い
「何とかならねぇもんかね‥‥」
 遊び人の金さんがギルドの軒先で頭を掻いている。
「あら、どうしたの? 迷子になっちゃったのかな?」
 そこに現れたのは柴犬と金の髪に青い瞳の少女。
「どうしたのかなぁ、あんず?」
 う〜と女の子に向かって低く呻ったものの困ったようにきゅ〜んと首を捻る愛犬の顔を両手でうりうりと揉んだ。
「あんず?」
「そうよ。この子はあんずって言うの。あなたのお名前は? あ、私ミフティア。ミフって呼んで」
「ミフ、あたしも杏子(あんず)って言うの」
「そっか、杏子ちゃんか。宜しくね」
 わんと答える愛犬を抱きかかえて片足を持つと宜しくねとミフティア・カレンズ(ea0214)は前足を振ってみせた。
「宜しくね‥‥ あんず、ミフ」
 伏せ目がちな女の子に少し笑顔が浮かぶ。
「この子ですね、依頼の迷子は。早くお母様を見つけてさし上げないと‥‥」
「あんたが依頼人の金さんかい?」
 山城美雪(eb1817)と雷秦公迦陵(eb3273)がギルドの暖簾を潜って出てくる。
「こういう時勢にゃ、いつも真っ先に路頭に迷うのがこういう子だよな‥‥ 親を探して欲しい子は沢山いるんだろうが、まずは目の前のこの子から‥‥だな」
 2人の後を追うように出てきたのは御簾丸月桂(eb3383)。
 女の子はというと、自分に向けられた温かみを感じさせる幾つもの熱い視線に戸惑っているようだ。そこへ追い討ち‥‥
「あんず、本当に迷子たったの?」
「おいおい、俺は依頼を受けて来てくれたのかと思ってたぞ。お人好しは俺だけじゃないみたいだな」
 驚くミフティアに金さんが呆れ顔で溜め息をついた。
「ギルドの親仁さんのところに行って来い」
 苦笑いする雷秦公を尻目にミフティアは、あんずを杏子に預けると慌てるようにギルドの暖簾を潜るのだった。

 そんなこんなで杏子のために集まった冒険者は4人。
「熱い物は怖いのかな‥‥ 好き嫌いしてると大きくなれないぞ」
 ミフティアなどは、すっかり保護者気分である。それは他の冒険者も一緒か‥‥
 色々な食べ物や飲み物に首を振り、手を付けたのは冷たくなった団子や冷めたお握り。大火の恐怖でこうなってしまったのなら‥‥、冒険者たちはそれが悲しかった。
「キミは、どの辺りに住んでいたんだ?」
 あげようと思って雷秦公が髪に差そうとした簪を杏子が嫌がった。様子を見る限り不安と恐怖に怯え、どことなく人間不信のようにも感じるが、普通ではいられないのは今の江戸の状況を考えれば大人も子供も同じだろう。
「それならお母様‥‥ いえ、おっかあのお名前が知りたいな」
 代わりに御簾丸が遊んでいるオモチャには少しは関心を示しているようだ。孤独感に苛まれないようにと必ず誰かが杏子についているのが功を奏したのか少しは落ち着いてきたようだ。自分の母親との思い出話を始めながら遊んでいると、杏子からも自然と母親との話が出てくる。母親の名前‥‥ それだけだったし手間は掛かったが、手掛かりを1つ手に入れることができたようだ。
「雪‥‥?」
 桃花という母親の名前を聞き出した山城はフォーノリッヂの経巻で未来を覗いた。いつの未来なのかはわからないし、期待した答えが得られているかはわからないが、何度か試した予見は氷とか死とか意味不明なものが多い‥‥ 尤も杏子の母親に関する予見かもわからないために役に立つかは些(いささ)か不安ではあった。とはいうものの‥‥
「母1人、子1人、かなり歩いてきたらしいな」
 時間が掛かりながらも雷秦公たちは遊びの遣り取りから杏子の情報を徐々に聞き出すことに成功しつつある。
 とりあえずは打ち解けることはできたようである。
 ここまでで得られた情報は、戦に巻き込まれそうになって住んでいた場所から逃れてきたらしいこと。母親とは大火の折に炎に引き裂かれて逸れてしまったこと。父は約束を守らずに死んでしまったと聞かされていること。そんなところだろうか‥‥
 ともあれ、御簾丸たちとの遊びの流れの中で似顔絵描きを得意とするギルドの職員が杏子の似顔絵を描き始めた。うまくいけば母親の似顔絵も入手することができるだろう。
 そんな杏子たちの近くの卓では‥‥
「神様がいるってんなら、ちょっとは見直さなきゃな‥‥ 万人に平等に不幸を与えてんだ‥‥ 這い上がってきた者だけが幸せを掴めるってご褒美付きだがな‥‥」
「そう言われると辛いよ。神じゃないけどな、俺にも責任はある」
「何でそんなこと言う?」
「独り言だ。気にすんな」
 雷秦公の皮肉がわかるだけに遊び人の金さんも口が滑ったようだ。金さんはグイッと杯を呷る。
 真意は分からなくとも互いに背負っているものがあることはわかる。だからこそ2人は独り言を続けた。
「京都にいる俺の知人も小国の抗争に巻き込まれててな‥‥ 地獄絵図のようだとよ。
 本人も殺めては苦しんで殺めては苦しんで、それでもなんとか光明を求めている。全く‥‥」
「関八州も上州や奥州や越まで含めた乱に発展しそうだしな‥‥ 杏子みたいな子は増えるだろうし、あんたの知り合いみたいに苦しんで戦わなければならない者も増えるさ‥‥」
 それからも暫く2人は独り言を言いながら酒を呷るのだった‥‥

●探索
「お母さんの手を離しちゃった場所を思い出せるかな?」
 ミフティアたちは少し落ち着いてきた杏子たちを町へ連れ出していた。勿論、行方の分からない母を捜すためであったが、杏子に辛い想いをさせるのは心苦しかった‥‥
 杏子は首を振る。火が迫り、炎に巻かれ、煙に追われる体験は、やはり幼子には酷だったようだ。大火に巻き込まれたときのことを憶えていないのは大人子供の区別なく聞く話であるし‥‥
 ぎゅっと抱きしめると背中に手を回してくれるようにはなったが、何かに怯えているような様子は未だ感じられた。熱い物をさけ、火を恐れるのは冒険者たちになついてきた今も変わらない。思わず涙するミフティアの頬をあんずが舐めた。
「お母さんが早く見つかるといいね。私も頑張るから杏子も手伝ってね」
 おんと答えるあんずの首筋をミフティアは撫でてやった。ありがとうと心の中で呟く。
「お団子食べようっか?」
 こくりと頷く杏子にニッコリ笑うとミフティアは茶屋へと足を向けるのだった。
 さて、別行動の御簾丸たちはというと‥‥
「それでは頼んだぞ。気をつけて見ていてほしい。似た女を見かけたらギルドに知らせてくれ。有力な情報であれば少しくらいは依頼人が礼を用意しているみたいだからな」
 何とか母親の似顔絵を用意することができたのは運が良かったと言えるだろう。おっかあ、おっかあと手放さず、まずは別の絵を用意しなければならなかったところを見ると出来は満足できるようだ。それを書き写してギルドは勿論のこと、あちらこちらの酒場に迷子の親を捜していると張り出してしているのである。
「白い肌に腰まである長い黒髪。絵からするとかなりの美人だな。今の江戸で無事でいればいいが‥‥」
 似顔絵と事情を書き込んだ木板を置いてもらった雷秦公が向かいの宿屋から出てくる。
 杏子と仲良くなって簪を受け取ってもらえなかった理由もわかった。母親の愛用していた簪ではないと言いたかったらしい。
 ただ、雷秦公たちはそのことを伏せていた。よく似た似顔絵があるのだから本人確認に使おうというのである。金目の物を持っているとわかれば狙われることもあり得る。
 兎も角、あちこちに置いてもらっている木板を見て母親自身が現れてくれれば御の字だが‥‥
「杏子とミフティア様です。何か思い出されていればいいのですが‥‥」
 山城たちは杏子とミフティアに声をかけ、茶屋で一休憩入れることにした。
「この辺はみたことはある?」
 首を振る杏子に山城は優しく微笑んだ。

●桃花の舞
 休憩中の茶屋で気晴らしにとミフティアと山城は、くるりくるり。
 桃の花びらを象った布がヒラヒラと2人の手の動きに合わせて、まるで風に舞うようにふわりふわり。
 2人の周りを楽しそうに、わうあうとあんずが軽やかに飛び跳ねる。
 ひらり‥‥ 袖を翻して、ふわり。冬の冷え込みの中に、そこだけ春の気配‥‥
 茶屋の軒先には人だかりができていた。
「こうすればよく見える」
 御簾丸は杏子の腰を抱え上げた。相変わらず体温の低い子だ。まぁ、あれだけ温かいものを避けていれば仕方ないかとも思うが度が過ぎているようにも思う。‥‥が、笑顔を浮かべている杏子を見ているだけで少し安心する。この顔が見たくて必死になっている仲間たちの気持ちもわかる。
 後は母親が見つかってくれればと思うが、そう簡単にいかないのが世知辛いとしか言いようがない。
「人だかりができてるから何かと思えばお前さんたちかい。
 お、そうだ。とりあえず杏子の面倒を見てくれる寺が見つかったよ。色々と手は打ったし、母親が見つかるのを祈るしかないな」
「そうだな。気にかけて見ておかないとな。どこで母親を見つけるかわからないからな」
「うん。せめて依頼がないときは顔を見に行くことにするよ‥‥ でも、どうせなら良い結果を信じなきゃな♪」
 背後から声をかけてきた金さんに雷秦公と御簾丸は優しい表情を向けるのだった。
「迷子さんのお母さんを探してます。迷子を捜してるお母さんを知ってたら教えてくださいっ」
 躍り終えたミフティアが金さんにウィンクを投げ、クルリと回りながら見物人に頭を垂れた。残念ながら母親に関する情報は得られなかったが、多くの人が杏子のことを知ってくれた。遅かれ早かれ何らかの情報は入るだろう。
 良い方向に向かってほしい。冒険者たちと金さんは一途にそう願うのだった。