●リプレイ本文
●手始め
探索を始めて2日、遠山金四郎に紹介してもらった飯処の2階に拠点を構えた甲斐さくや(ea2482)たちは、本格的な潜入の前に行った探索の結果を手はず通り擦り合わせることにした。
「月華のいる江戸に四尾の気配ではのんびりしてられないでござる。
江戸の大火の時も間違って月華が火傷でもしてたらと思うと許せない事でござる。未然に防ぐでござるよ」
食事をしながら仲間たちを待つ。
「しかし、奉行所が手をこまねいているような相手ですし、狐相手に化かし合いをする気にはなれませんしねぇ。
ここはやはり地味に確実にいったほうが良さそうですよ」
窓の框(かまち)に腰掛けて外の様子を眺めていた凍扇雪(eb2962)が、ふと漏らした。
そこへ城戸烽火(ea5601)と音無藤丸(ea7755)が現れた。足音がしなかったところをみると、2人ともかなり手練の忍びのようだ。
「あ、城戸さん、音無さん。首尾は?」
「探索を始めたばかりですからね。まだ、これといったものは」
「狐相手だとすれば、臭いで感づかれるのはマズいですからね。
風上からの探索をしていませんから、深く分け入るにはもう少し手間を掛けなくてはいけません」
そうですかと甲斐は頷いた。2人の報告を基に出入りの者たちの人相書きを追加し、新たな情報を書き込んだ。
部屋の中には数十名の人相書きが並べられている。うち半数以上は古くからの住民で特に怪しいところはない。
「こっちも特にはね。遠山様の見立て通り、寺に何者か潜んでいるのは確かだ。
で、色々調べてみたが江戸の城を襲ったという残党ではないみたいだな。ギルドを襲った方みたいだ。
江戸の城を襲った九尾は何体かいたらしいし、倒された九尾は人間の男が変じたものらしいし‥‥ 何が何だか」
「他の四尾とは性質(たち)の異なる四尾、赤面黒毛シズネ‥‥か」
叶朔夜(ea6769)は難しい表情で目を伏せ、不破斬(eb1568)も考え込んでいる。
「赤面黒毛四尾の狐と言えば、つい先日苦汁を飲まされた相手。
忌まわしい過去を清算する機会が巡って来たと思いたいが、遠山様が求めるのは情報。
個人的な理由で動くわけにはいかない。私は面が割れているからな。とりあえずは自重自戒だが、何を目的にしているのか‥‥」
「九尾が倒れたと聞く今、もし、妖狐の残党が江戸に残る理由があるとしたら、報復を行うということだろう。
シズナと寺に集まった一党だけではたかが知れているのが気になるか」
超美人(ea2831)の独白気味の呟きに、正体みたり化け狐とでも言うようにアレーナ・オレアリス(eb3532)は言ってのける。
「そういえば金狐教の動きが気になる。狐を崇める者たちが、寺に出入りする者たちと繋ぎを取っている可能性もあるからな。
複数の組と連携しているのであれば‥‥ 狙いは自ずと大きくなる筈」
それに対して不破は答えを出せずにいた。
「だとすると真の目的は別として、源徳公に不満のある人間を焚きつけて混乱を拡大するくらいはやると見て間違いあるまい」
「頭を失ってなお画策する謀‥‥ 狙いは町か城か‥‥ 要人なら源徳公、那須公‥‥ ううむ」
断じるように話すアレーナに対して、不破は未だ迷いの中にある。
それは、ここにいる冒険者たちの殆んどがそうだった。
●接触
白地の打ち掛けに袴姿で回診箱を手に、七神斗織(ea3225)は件の寺へ向かっていた。
白の布地で軽く髪を隠し、後ろ髪を下ろして、首の後ろで結んで折り返し、同じく白い布で包んで纏めてある。
以前ギルドで赤面の四尾と配下に遭遇しているだけに、警戒されないように今回は武器も懐刀のみである。
薄化粧と相まって清楚な印象を与えるのか、人々はそれ程に警戒心を抱かないようだ。
(「焦ってはいけませんわ」)
人を見かけては声を掛けながら数日掛けて寺へと近付いて行く。
「わたくしは医者を生業としていまして、大火で焼け出された方たちを巡回して診てまわっていますの」
「金はねぇ。帰ってくんな」
「そう言わずに火傷の痕でも怪我の痕でも診ますわ。御代は頂きません」
「それじゃ悪いよ」
不穏な世の中だからなのか比較的金回りのいい冒険者たちと違って、最大級の大火を経験した民衆の暮らしは厳しい。
それでも誇りは失っていない。いや、見栄かもしれないが‥‥
「お母様が火傷をしたと隣の方が」
「そうかい、それじゃ頼まぁ」
とうとう男の方が折れた。診てみると年老いた母親は大火の折に火傷をしたとかで、傷が少し膿んでいた。
「包帯は綺麗に洗濯して、きちんと洗うようにしてくださいね」
「でもな、簡単にはいかないのさ。布地だって俺にとっては高価な物だしな」
「そういう意味では‥‥」
押し黙る男に七神は胸が痛くなった。
「そうですわ。近くの寺にもご高齢の方が居ると聞きました。お母上のように怪我をされてはいないか心配ですわ」
「しず婆さんだったけか? 世話してくれる人たちがいるから心配ないと思うぜ。
それに、占いが当たるって評判らしくてな。商家の旦那さんとかお武家さんまで来るみたいで、お布施で暮らしていけるみたいだな」
「そうですの。良かった」
寺の老婆たちは様々に江戸の住人たちと繋がりがあるようである。
●忍ぶ
運び込む食料の量、出されたゴミ、そういった物を調べれば寺で暮らす者たちの規模は自ずと判明する。
日にちを掛けて様子を見ていたかったが、依頼の日数の関係でそうもいかない。
城戸と音無は件の寺へと徐々に風下から接近していった。
狐と言えば獣。風上から接近すれば不用意に発見されるかもしれない。鼻の良い忍びでもいれば同じ結果になるかもしれない。
念には念を入れる。それが闇霞流だ。
探索に専念する城戸とは対照的に音無は護衛に集中、周囲の様子に気を配り僅かな気配も見逃さないよう気を配っていた。
疾走の術で大きく跳躍した音無は壁を越えると、できるだけ音を立てないように着地して注意深く裏戸の閂を外した。
境内に気配はそれほどない。飯場の食料は、3日に1回程度の補給でこの量ならば恐らく6〜7人といったところか‥‥
寺の内部で見かけたのは4〜5人。多いときで10人程度しかいないという町の者たちから得た情報とも合致する。
「シズナとやらは表に出てはこないですね」
「出たら危険ですよ。拙者は逃げます」
「あたしだって1人で四尾の狐なんか相手したくないです」
収穫は数枚の紙片と木片。情報の隠滅のために焚かれた燃えカスだろう。
もっと踏み込めば何かしら情報を得られるかもしれないが、危険を侵す必要はない。今はこれで十分と注意深く調べ始める。
そこにはうっすらと『‥‥信康を‥‥』『上州‥‥』『源‥‥家‥‥は‥‥』『‥‥尾‥‥』などの文字が光の加減を利用して読めた。
「もしかして妖狐たちは上州で何かしようとしているのか?」
「そういうことでしょうね」
「狙われるのは源徳家康と源徳信康?」
全ての断片を都合よく読めばそうなる‥‥ そのとき‥‥
「しまった‥‥」
季節はずれの空っ風か春風か、既に灰と化していた情報は崩れ去ってしまった。
とんとん。
城戸を背を触るように軽く叩いた。
『見つかる。退こう』
手振りだけで合図を送り、2人は音もなく後退した。
●護衛
「どこまで行かれるのか?」
レンティス・シルハーノ(eb0370)は、件の寺を出た商人風の男に当たりをつけて、その後を追っていた。
既に武蔵の国境、どうやら北へ向かうらしい。
「矢板を抜けて陸前仙台あたりまで。異国の方のようだが、あなたは?」
「初めて来た国だからね。あちこち見てみようかと。それに、北には忍者の国などあると聞いたのでね」
茶屋で自然と追いついたレンティスは、大胆にも商人の隣に腰を落ち着けたのである。
「ハハ、忍者の国ですか。誰にそんなことを」
「陸奥は忍者の国と聞いたんだけど違うのか?」
「確かに忍者の里があると聞きますが、ちゃんとした大名が治める国でございますよ」
「その大名も実は忍者とか?」
まさかと商人は笑った。出された団子をくわえるとお茶でホッと一息つく。
「もしかして冒険者の方ですか?」
「えぇ、欧州で」
「奥州で? 確か初めての国だと」
「そっか、この国では北に奥州ってあるんだよな。欧州って月道の向こうの国々のことだよ」
不思議そうな顔をする商人に、思い至った顔でレンティスが答えた。
「はぁ、大層なところから来られたのですね」
「まぁね。そうだ。俺もあんたも行く方向は同じだろ? 俺を護衛に雇わないか? こっちなら確かだぜ」
鉄の金槌を取り出すとブブンと振り回してニッと笑顔を見せた。
「近頃は物騒で、どこも戦支度らしいじゃないか。何だっけ? 旅は股ずれ‥‥」
「旅は道ずれ、世は情け」
「そう、それだ。道案内してくれるだけでも良いぜ。雇ってくれりゃ、護ってやるよ」
「仕方ないですね。袖刷りあうも多少の縁‥‥ でも、あんまり出せませんよ」
「宿賃、欲を言えば食費まで出してもらえれば構わないよ。駄目かい?」
わかりましたと商人。ちゃっかり同行することに成功したレンティスなのであった。
●シズナ
「シズナさんの奇跡、見たことはあるでござるか?」
探索4日目、シズナに実際に会ったことがあるという女を見つけた甲斐は、興奮を抑えつつ話を聞き始めた。
北方の巫女イタコに頼めば死者の魂に会えるという秘かな噂を頼りにようやくここまで辿り着いたのである。
相手が源徳家来の武家の奥方だからと言って遠慮はしていられない。
「両親にもう一度会いたいでござるよ。鎧作りの仕事も段々慣れて、元気で暮らしていると報告したいでござる」
「まぁ、殊勝なこと。私も主人と一緒に死んだ父上に会ってきたのですよ」
噂を頼りにカマをかけてみたのだが、こうも上手くいくとは‥‥ 甲斐は情報を引き出そうと更に探りを入れた。
「シズナ様は父上との思い出を言い当てておいででした。夫が子供の頃に父上の刀を刃こぼれさせて怒られたことなど色々と」
「それで?」
「シズナ様は父上の魂をその身に降ろして色々と話をさせてくださったのです。
武士としての心構えを諭しておられましたし、近況について助言などもしてくださったのですよ。
言い振りなど父上そのままであったと夫は感じ入ってしまって‥‥」
奥方の表情は穏やかで優しかった。
「すごいでござるな」
「えぇ、まるで月の光を放つように神々しくて神秘的で‥‥ あの方は本物の巫女様ですわ」
甲斐はピンときた。赤面黒毛四尾の狐は月の魔法を操る妖狐だとギルドの親仁から聞かされている。
月魔法を用いれば体から淡い月光のような光を放つとも聞いている。
とすれば、シズナは赤面黒毛四尾に間違いないだろう。恐らく十中八九‥‥
「俺もシズナさんに会えるだろうか?」
「どうなのでしょう。私たちは運よくお会いすることができましたが、江戸には大勢の大火の死者の魂が彷徨っているとかで、その魂たちに中(あて)てられて体調や気分が優れないときにはお会いできないようですわ」
会う者を選んでいるでござるな。甲斐は奥方の話を聞いて確信した。
近況について助言? とすれば、もしかすると江戸城の動きの一部が四尾に漏れていることも‥‥
「御家の近況なども助言してくれたのでござるか?」
「そうですよ。総出で上州を討つべきと‥‥ あ、これは人に話してはいけませんよ」
「わかったでござるよ。シズナさんのことが聞けて良かったでござる。俺も鎧作りの名人だった父に手ほどきしてほしいでござるよ」
「そう。あなたもシズナ様が父上を降ろしてくださると良いわね」
不穏な空気を感じ、甲斐は仲間たちと合流するために武家の奥方と別れた。
●尾行
寺を出入りする者をつけ、人相と行き先を確認するという地道な作業であるが、人の繋がりが目的を暗に示してくれることもあるため、手を抜くことはできない。
「相手の求めるものがわかればな‥‥」
狙いがわかれば狙いを断つこともできよう。不破は、そう確信する。
昨日尾行したのは、きちんとした店(たな)を持つ商家であった。
寺の不審者たちとの繋がりを調べるには奉行所が探索の手を入れるか、冒険者たちが潜入するしかないが、依頼人からは奉行所で何とかできそうなことは奉行所に任せてくれと言われているだけに報告のみに留めている。さて‥‥
「出てきたぞ」
「少し早いが夜番の凍扇殿を起こしてくれ。暗くなるし、夜目が利くほうがいい」
身を隠すアレーナと入れ替わるように、不破が寺の方向を覗いた。
「何かわかれば良いんですけどねぇ」
凍扇は気合をいれると隠れ家を出た。
旅姿の薬売りという格好から見て江戸の町人ではない。となれば、相手は化け狐かあるいは妖狐という可能性もある。
耳を澄まし、夜目が利くのを活かして尾行を続ける。
(「このままいくと上野国‥‥ 上州へいくのか? おっと‥‥」)
茂みの中でガサッと動く音を聞いて凍扇は足を止めた。狐が人の姿に変じていく。
「源徳に動きがある‥‥しれない」
「狙いは‥‥か‥‥」
「‥‥恐らくな。抜かるなよ‥‥ ん? 何か気配がしなかったか?」
凍扇は気づかれる前に、その場を離れることにした。
一方、不破たちとは別の場所で見張りをしていた超と叶も多少の時系列のズレはあるものの尾行を開始していた。
離れた場所で城戸が手を上げ、見張りを引き継ぐ合図をしている。
「叶殿、街中では任せた。町外れからは私がつけよう」
猟師道具を担ぎ、旅装の上から防寒具を羽織った超が歩き出す。
「それじゃ見つからないようにな」
町人風の古着を軽く着流した叶が銀の短刀を懐に仕舞い、すすっと歩き出した。
暫く行くと男は茶屋へと足を運んだ。そこで
『あのかたにつなぎをたのむ。げんとくにうごきがあるかもしれん』
『おまえはどうする』
『おれは、よしじいっぱにしらせる』
『おい‥‥ おまえ、つけられたな。それにあいつ、かたなをもってやがる』
『ばしょをかえて、やるぞ』
叶は読唇術で敵に気取られたことを知った。男たちが店を去ったのを確認して、叶は湯飲みを落として拾い上げた。
察知されたことに気づかないふりで叶は尾行を続ける。
「何だったんだ?」
少し後ろを歩いていた超が、叶の行動に違和感を感じて茶屋の土間を覗き込む。そこに書かれていた文字は‥‥
「ちっ! 気づかれたか。ならば帰す訳にはいかん。必ず仕留める」
逸る気持ちを抑えて超は茶屋を後にした。叶は少し前を歩いているが、街道を外れて人気のない場所へと向かい始めた。
キィン‥‥
両刃の直刀を抜き放って超は剣戟の音がする方へ全力疾走した。
叶は刀を抜いた2人に囲まれ、あえて忍者刀を抜かずに戦っていた。
「遅くなった!!」
一気に剣を振り下ろし、傷を負わせる。
「片方は任せた!!」
1人に密着するように戦っているため、思うように攻撃できず1人は遊兵になっていたのだが、そうなると自ずと1対1の構図ができあがるわけで、叶にも余裕が出てくる。
「討ち漏らすな」
「誰に言ってる?」
敵2人の剣の腕はそれなりだった。タイマンなら自力の差が顕著に出てくる。
一気に間合いを詰めて急所に銀の刃を滑り込ませ、手応えを感じて一気に刃を引くと血煙が舞った。
敵の反撃は鈍く、殆んどかわすこともなく叶は一気に優位に立った。
「くそっ、仲間がいたのか」
「逃がさない!」
甘い攻撃を見切って、薙ぎ払った超の直刀が血に濡れる。
そこからは超と叶に一方的な展開だった。2人の剣の腕を前にあっては逃げ出すこともあたわない。
「無念‥‥」
鳩尾に拳を打ち込まれた男がズルッと叶に身を預けた。次の瞬間、隣で超の突きが別の男の胴を捉えていた。
●諸国の動き
関八州が不穏な気配なのは江戸の冒険者たちにも伝わっていた。実際、上州で反乱が起きていると聞いているし‥‥
日本での生活が短いレンティスにも、それは十分に感じられた。
ドレスタッドやパリでも戦争の前というのは独特の空気になっていた。それに近い‥‥
文化や風習の違いこそあれ、民衆は戦の気配に敏感だ。
戦支度が始まれば遅かれ早かれ民草が駆り出され、物資が移動するからだ。
その動きは各地を回る行商人によって裏付けられ、次第に噂に乗って他国にまで及ぶことになる。
「この気配‥‥ もしかして戦争ですか?」
レンティスは戦の空気を感じていた。関所はピリピリしていたし、街道沿いの宿場もどこか慌しい。
「政宗公も戦支度なのでしょうかね。もしかして源徳様に上州征伐の兵でも出せと言われたのでしょうか‥‥」
「那須でも兵を整えていたな‥‥」
那須神田で商いをして白河を越えた商人とレンティスは仙台へ向かうべく街道を進んでいる。
北へ向かう浪人の姿を見かけるのに、南へ向かう浪人が少ないのも気になる‥‥
「レンティスさん、あんたここで帰ったほうがいい。下手すると陸前の国から南下できなくなるかもしれないよ」
「う〜ん‥‥ そうだな。戦に巻き込まれちゃ、叶わないしな」
「お達者で」
レンティスは、その場で商人と別れ、この情報を江戸の冒険者ギルドに持ち帰るのが先決と足を速めた。
●巡回医
依頼も最終日近く、七神は遂に寺に踏み込む決心をした。勿論、仲間との繋ぎはつけてある。
周辺には城戸たち闇霞の忍たちが伏せていてくれるし、何か起これば踏み込んでくれる手はずだ。
城戸は人遁の術で奉公人の少年風に変じ、七神の荷物持ちをして護衛についていた。
「こちらに何人か大火を逃れてきた方がいらっしゃると聞きましたが、おりますか?」
「誰かいますか〜」
少年城戸が何歩か進んで声をかけ、堂の戸に手を掛けた。
「何か御用かな?」
「お嬢様は無料で手当てに歩き回ってるの。具合の悪い人がいれば診てもらえるよ」
「ご年配の方が今の時期この様な雨風を凌げるだけの場所で暮らしていると聞いたので足を運んだのですが大丈夫でしょうか?」
シャッと戸が開き、男が出てきた。目敏く城戸が堂の中に目を配る。男が3人、女が1人、他にもいるようだが‥‥
「大丈夫だ。御婆を世話をする者はいるし、幸い皆、食う物にも困っておらん。病気の者も怪我をした者もおらぬよ。大丈夫だ、うん」
丁寧な答えだが、有無を言わさず立ち去れと無言で言い放たれたのはヒシヒシと感じる。
「御婆様の様子だけ見たら帰るよ。僕もお嬢様もお婆さんが心配できたんだからさ」
最後の『うん』‥‥ 男の言葉に嘘を感じた少年城戸はもっともらしく言葉を継ぐ。
それに合わせるように男の背後から老婆が姿を現した。
「どこか痛んだり、気分が悪かったりはいたしませんか?」
「大丈夫じゃ。この年でも、まだまだやりたいことはあるでのぅ。そう簡単には死にゃあせんよ」
着物の下が汗でしっとりするのを感じながらも平静を装って優しく言葉をかける七神に対して、独特の化粧で独特の雰囲気を醸し出している老婆はニヤリと笑った。
「はは、これだけ元気なら大丈夫だよ。次、行こ」
「大火からこちら、世間を騒がせた事件も落ち着いてきた様ですし、そのうち良い事がありますわ。お婆様、長生きしてくださいね」
「そのつもりじゃ。ホホホ‥‥」
少年城戸と一緒に七神は寺を後にした。
「どうやら会えたようだな。すごい汗だぞ」
アレーナは七神に手拭いを渡した。
「怖かったです‥‥」
「怖かった? 大火からこちら、世間を騒がせた事件も落ち着いてきた様ですし、そのうち良い事がありますわ‥‥って、七神さん、度胸ありすぎです」
目立たず、自然に‥‥忍びならばそうする。そう言いたげに術が解けた城戸が柱に背を預けている。
無言で、音無がすっと差し出した手拭いを城戸も受け取ってホッと息をつく。
あとは気づかれていないことを祈るしかない‥‥
●ギルド
刃傷事件を起こした超や叶には何のお咎めもなかった。
勿論、奉行・遠山金四郎が握り潰したのであるが、表向きは志士による無礼討ちということになっていた。
2人のうち1人は応急手当して秘かに遠山金四郎に引き渡された。何かしら情報を引き出してくれるだろう。
さて、叶や不破の調べにより、数軒の商家や中堅・下級の源徳家臣の数名がシズナによって占いを受けていることが判明した。
乱の兆しありと断言するアレーナの意見は性急とされたが、それでも水面下での対応だけは行われているようである。
気になるのは甲斐の得た情報‥‥
それは源徳側の内部事情が、程度は分からないものの妖狐に漏れているということだ。
四尾の狐を含め、妖や奥州の忍、各地の大名などにどの程度の繋がりがあるのかはわからない。
しかし、警戒に越したことはない。そういうことだ。
それに城戸と音無が手に入れた燃えカスに残された幾つかの単語‥‥ シズナは家康や信康を狙っているのか‥‥
そして、レンティスのもたらした知らせ。
那須と伊達が合戦に入るかもしれない。表向きは、そういう緊張感が走っている。レンティスもそう言いくるめられた。
しかし、政争の裏側を知るギルドマスターや未だ江戸に残る与一公は違う見解を抱いていた。
与一公を幽閉し、那須藩の実権掌握を狙った若き那須藩士たちクーデター派が、伊達政宗と組んで江戸に討ち入るのではという懸念だった。
ともあれ、各方面の情報から寺に潜伏しているのは赤面黒毛四尾の狐シズナと配下の狐たちに間違いない。
ギルドから報告を受けた江戸奉行・遠山金四郎は、秘かに源徳家康に事の次第を報告したという。
赤面黒毛四尾の狐を包囲殲滅せよ‥‥ 遠山金四郎の受けた命は単純明快、単刀直入であった。主君家康のお墨付きさえ貰えれば、事は単純。
赤面黒毛四尾の狐討伐の準備は、遠山金四郎の胸に秘められたまま進む‥‥