【那須落王】旗手の行方

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 39 C

参加人数:7人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月24日〜05月02日

リプレイ公開日:2006年05月03日

●オープニング

●落王帰還
 江戸城が信康出立に動き出した頃、那須藩江戸屋敷にて‥‥
「殿、出発ですな」
「あぁ、ようやく那須へ帰る目処がついた。源徳信康殿も同行するから那須軍も簡単には手出しはできぬ」
「しかし、微妙です。殿の身が心配で‥‥」
 比較的に軽口に近い旅装の男の言葉とは一風変わって、下野国国守、喜連川那須守与一宗高の言葉に合いの手を入れる那須藩江戸詰めの藩士の言葉は緊張がピリピリと伝わってくる。
「後は仕上げだけだよ。どうなるのかは、その時になってみなくてはな」
「きっと信康殿から甘いと言われますなぁ」
「多分な」
 与一公と旅装の男は苦笑いをかわすのだった。

 さて、少し過去のこと‥‥
 それは与一公が江戸城での家康公との会見を終え、信康殿が那須へ赴くと触れがあって直ぐの出来事だった。
「那須へ帰る」
「は? 那須へ帰る?」
 江戸詰めの那須藩士が驚いた表情で藩主へ聞き返した。
 本来なら、そのように聞き返すなどあってはならぬようなことだが、半年も藩へ帰れなかった事情を知るだけに許される範囲と言えるかもしれない‥‥
「兵はどうするのです、殿?」
 復唱した藩主与一公に旅装姿の男が問い返す。
「まずは喜連川にいる結城朝光を那須支局目付けの任から一時解き、そこで兵を集めさせる。
 神田城を押さえている藩士たちも小四郎の弟が兵を挙げたと勘違いしてくれるさ」
「本当に兵を挙げたりしたらどうするのです? 殿‥‥」
「私は家臣を信じる。例え裏切られても。腹を切らせる以外の道を探して許したい」
「殿‥‥」
「私と朝政を信じよ。朝光のこともな」
 那須藩士にしてみれば、クーデター派の首班とされている小山小四郎朝政を信じろと言われても、にわかに信じられないだろう。那須神田からは定期的に小山朝政からの連絡があるのは知っているが、どうもということなのだ‥‥
 ましてや、その弟である結城朝光に兵を集めるように指図するのであるから‥‥
 源徳家康を烏帽子親に持つ結城朝光だけに信康を傷つけることはないと信じても良いような気はするが‥‥
「付き合わされる信康殿は災難ですな」
「神田城の那須兵は小四郎が押さえてくれよう。最悪、信康殿だけは逃がす。私の命にかけてな。そうでなければ那須の民は本当に地獄を見ることになる」
 やはり不安だ‥‥ 那須藩士は、そう心の中で漏らすが、彼にしても自分の主君を信じるしかないのだった。
「それで喜連川まではどうするのですか?」
「冒険者を護衛に雇う。那須の兵たちを刺激しないよう信康殿の名義を借りることは了承済みだ。喜連川からは一気に神田へ寄せる。冒険者にはそこまで付き合ってもらうつもりだ」
 那須藩士に対して与一は笑顔を向けた。
「しかし、それでも兵が足らぬでしょう。神田の那須兵が押し出してくれば少なくとも同数。篭城すれば城兵の3倍が必要となりましょう。殿が那須の藩士たちをお信じになる気持ちは分かりますが、できるだけ兵を整えなければ安心できません」
 正面決戦になれば遠征している与一軍よりも反乱軍の方に分がある。補給からしてそうだ。
「それについては山伏・虎太郎の助けを得られている。釈迦ヶ岳にいる隠れ里のエルフの使者に繋ぎがついているからエルフの里が同盟軍を起こしてくれよう」
 与一の言葉に那須藩士は頷いた。少しは安堵したようである。彼らの弓の腕前と精霊魔法の威力は八溝山の戦いを知る者であれば一騎当千と感じてもおかしくはない。実際の戦力以上の働きをしてくれるだろう。
「しかし雑兵が足りませぬな」
「それは神田兵にしても同じこと。田植えを控えては、そう多くを集めることはできないよ。
 それに武蔵を国抜けした領民を喜連川に留め置いている。那須雑兵として使って構わぬと家康公には許可を頂いている。およそ100にはなろう。兵役を終えれば武蔵へ帰国することも那須へ留まることも許すと、秘かに話はつけてある。」
 不安は多々あれど、那須帰還をこれ以上伸ばすつもりはないらしい。

●武士の潔心
「殿‥‥」
 与一公の座所を見つめる男が1人。男の目には、そこには居ないはずの苦笑いを浮かべている涼やかな主君の姿が映っている。
「与一様‥‥ ようやく御帰りになれますな」
 表向きは現在の神田城を実質的に支配している那須藩クーデター派の首班とされているが、実際はどうだろう‥‥
「俺の役目も、もう少しで終わるな」
 クーデターが起きたのは小山朝政が神田城を離れた時であった。
 そのせいか、与一公は子飼いの密偵の手引きでクーデター藩士の手から逃げ延びている。
 もし、小山朝政がクーデターを起こしたのなら取り逃がすようなヘマはしないだろう。
 第一の重臣として主君と2人きりになれる好機は幾らでもあったはずだから。
「誰かが責任を取らねば治まらぬ。できれば俺一人で済ませたいものだ‥‥」
 ふと窓の外を眺め、小山朝政は遠き主君に思いを馳せた。

●今回の参加者

 ea0210 アリエス・アリア(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3899 馬場 奈津(70歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1568 不破 斬(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)

●サポート参加者

ミリコット・クリス(ea3302)/ ピアレーチェ・ヴィヴァーチェ(ea7050)/ 楠木 礼子(ea9700)/ 林 潤花(eb1119

●リプレイ本文

●侵入
「どこか脆い、安心と不安が同居している場所だな。ここは」
「格段に警備の不備があるとは思えないが」
 石動悠一郎(ea8417)が剣の腹で打った足軽を、アレーナ・オレアリス(eb3532)が手刀で気絶させた。
「そういう意味じゃないさ」
「わからなくはないが」
 冒険者たちが気をつけて見てきた那須の様子は思った以上に穏やかであった。
 兵役のために多少の領民が雑兵として駆り出されているくらいで、表向きは上野国の反乱から下野国を防備するために神田城の守りを固めるためと知らされており、必要最小限以外の兵の動きはない。
「朝政殿は藩士の暴走を防ぐ為の重しとして城に残ったというところか。ならば、尚更殺したくはないものだな」
「小山様には大きな力を感じます。何か包み込むような」
 他の冒険者たちの心中を代弁するように呟くアレーナの言葉にアリエス・アリア(ea0210)は思案を巡らせた。
「巌(いわお)じゃな。かの忠義者を失うのは那須藩の大きな損失じゃ」
「そうですよ〜。欠かすことはできないです」
 小山朝政と関わりの深い馬場奈津(ea3899)は優しく笑い、もし自分たちが止められなかったらと一抹の不安を抱いて小さく息を吐いた。そんな馬場を安心させるように七瀬水穂(ea3744)は、彼女の背中に手を当てた。
「狐に利用されたと知れば藩士は腹を斬る。それを止め、腹を切りかねない家臣のために汚名返上の機会を与える名藩主。悪くない話だ」
「そうじゃな。与一公を放っておけぬ所以でもあるが」
 不破斬(eb1568)は後方に気を配りながら破顔する馬場に目配せした。
「英雄になる気はありません。でも、多くの人を助けたいって思うんですって言ったら、与一様‥‥ 躊躇せずに、ありがとうって。本当に王様らしくないよね」
 アリエスは思い出し笑いしている。
「これで終わりにできるといいんだけどな」
「そうだな。魔性の者共の好きにはさせん」
「ン。これがなにかの始まりでなきゃいいけど・・・」
 日向大輝(ea3597)は、不破に同意しつつも心配そうに周囲を見渡した。
「戦争はもう、祖国で見飽きる程見てきました。
 どんな理想を掲げても、戦争で犠牲になるのは農民で、残るのは深い惨禍ばかり‥‥
 そんな物、いらないんです。それで私欲を満たそうとする人がいるなら‥‥ 私は彼らを許せません‥‥」
 アリエスは遠い祖国を空の向こうに見た。
 那須与一から事情を説明され小山朝政の説得を頼まれた彼らの想いは、ベクトルに多少の違いはあれど求めるものは基本的に同じであるようだ。

●出会い
 黒を身に纏ったアリエスが陰に身を隠しながら仲間たちを先行している。与一公が城を抜け出すのに度々使った秘密の抜け道で、何を隠そう密偵と一緒に神田城から逃げ延びたという曰くつきの道だ。
 縄ひょうを投げ、枝に絡ませて器用に斜面を登りきった。城の外れに近く、人の気配は殆んどない。
 僅かに体を傾けて手鏡で廊下を覗くと、人影を見かけた。
 注意を促しながらアリエスは仲間たちを引き入れていく。
「誰かいるな。気絶させて、さっさと行こう」
「そうだな」
「待て‥‥ 待つのじゃ」
 機会を狙う石動とアレーナの腕を馬場が掴んで止めた。
「末蔵ではないか」
「馬場様‥‥」
 そこにいたのは蒼天十矢隊の足軽頭こと末蔵であった。
「御久しゅう御座います」
「ホントに久しぶりですよ。無事で良かったです〜」
 末蔵は明かりのついていない部屋に一行を引き入れ、七瀬と思わず涙を流した。
「どういうことじゃ? 何故ここに?」
 蒼天十矢隊の解散が告げられた後、十矢隊足軽たちは神田城で仕事を与えられ、この一角で軟禁状態に置かれているのだという。元々別行動だった草太と幸彦は那須を離れているらしいが。
「小山様の計らいです。ここならば、どこに出るにも目に付く。監視しやすかろうと。
 実際には与一公が帰還されたとき、抜け道を使うかもしれないから、その時は手引きするようにと言われているのです」
 やることに卒がない‥‥
 やはり、小山朝政を失うのは那須にとって、与一公にとって打撃以外の何ものでもないと冒険者たちは痛感した。
「敵には回したくないな。こういう御仁は」
 石動は小さく笑った。
「ところで与一公は御一緒ではないのですか?」
「与一公が踏み込めば朝政殿が自害するやも知れぬと御心配なのじゃ」
 末蔵の問いに馬場は眉を顰めた。
「反乱を起こした藩士たちが騒ぎ始めれば、自らの首と引き換えに助命を願いかねないぞ。急いだ方が良くないか?」
「急ぎましょう。小山様のところへ」
 アレーナの言葉に不安を駆られた末蔵は顔を青くして、彼らの手を引くのだった。

●熱弁
「朝政殿、那須藩士の方々、御無礼仕る。蒼天十矢隊が一矢、馬場奈津じゃ。殿の名代として参った!」
 馬場を筆頭に冒険者たちは神田城執務室に踏み込んだ。
 小山朝政殿を中心に数名の那須藩士が地図を挟んで座っていたが、小山殿を除いて、全員がすわと立ち上がった。
「上意である。皆様方と話し合いの場を持ちたいと与一公は仰せです。どうか静粛に」
 日向は与一公の紋が入った懐刀と書状を示して唾を飲み込んだ。小山殿以外からは殺気が放たれているのがわかる。
 下手を打てば討たれる‥‥ 一瞬不安がよぎったが、与一公の言葉を信じた自分を信じるしかなかった。
「やはり殿を誑かしておったか」
「まだ言うか! 任は解かれておるが、今でも心は那須藩士のままじゃぞ!」
 馬場が那須藩士を一喝するが収まらない。
「与一公には朝政さんが必要です。これを見て下さい」
 日向は書状を広げた。那須藩士は動けないのか、動かないのかざわついている。
「朝政さんの御屋敷に寄ってきたですよ。
 内儀さんと朝政さんと一緒に作った薬草棚は、ちゃんと育ててあったです。何も変わってないですよ」
 七瀬の赤い頬に涙が伝う。
「ご家族に謀反人の汚名を残して逝くつもりですか。もうこれ以上悲しい想いをさせないで下さい‥‥
 知人が亡くなるのは、もういやですよ‥‥」
 真摯な瞳が小山殿を捉え、那須藩士たちは言葉を失いつつあった。

「馬場殿? 七瀬殿? これはいったい‥‥」
 城に詰めていた多くの藩士たちが騒ぎを聞いて駆けつけてきたようだ。
「間違いを正しにきたのさ。自分たちが何をしているかわかっているだろう」
 周囲を警戒していたアリエス、不破、石動は得物こそ構えていないが、藩士たちが部屋に押し入らないように威圧した。
「このままなら朝政殿が詰め腹を切らされるのは必定、あるいは喜んで腹を切る覚悟かもしれない。
 あんたたちはどうする? 朝政殿に押し付けて知らぬ顔か、与一公が悪いのだと人のせいか? 
 与一公や俺たち冒険者にも責任はあるだろうよ。だけど那須のためと思って事を起こしたんだろ。どうしたいんだ?
 朝政殿はきっと腹を切る気だ。死んで責任を取るっていうのは潔いけど結局何も残らない。
 那須の未来のために朝政殿もあんたたちも誰一人死んじゃいけない。那須のために」
 日向の声だけが響く‥‥

 カンッッ‥‥
 飛来した矢が石動の盾で弾かれた。
「嫌な予感というのは当たるものだな」
 やはり小山殿暗殺を狙っているものがいた‥‥
 騒ぎの中、場を離れようとしていた1人の藩士をアリエスの矢が掠める。勿論、狙って外したのだ。
「逃がさん。それに、お前には色々話してもらわねば困る」
 不破は気絶させ、猿轡を噛ませた。
 締め上げれば、事の裏づけが取れるだろう。そうすれば幾分か藩士たちの罪状も薄れようというもの。
 全てが許されるわけではなかろうが‥‥

●腹を割る
 皆が息を呑む中、状況は不意だった。
 与一公の懐刀を眺めていた小山殿は自然な動作で抜くと、目蓋を閉じて腹に当てた。
「愚か者!」
 カラン‥‥
 このことあるを予想して待ち受けていた手刀が小山殿の手から懐刀を落とした。
「貴方たちが反乱して那須領が豊かになったか? 領民に安寧がもたらされたか?」
 アレーナの問いに答える者はいない。
「まったく武士と言う奴は何かと死にたがる。残った者の苦労を考えもせぬ。
 此処で朝政殿が死ぬのは利もないし、主君の意向にもそってないことと思える。
 自分のしたことが罪だと思い、それを償うつもりなら先ずおのが主君の言い渡す沙汰を聞くべきであろう。己自身の身でな」
 石動は冷然と言い放った。
「その通り。小山殿、貴方が死んで責を追うのは自己満足に過ぎない。貴方が為すべきは、生きて那須藩を蘇えらせること。
 那須の民に笑顔を与えずして誰が責と節を全うしたといえようか!」
 アレーナの怒気を含んだ表情の下には、悲しみが一杯に詰まっているのがわかる。那須藩士たちは押し黙った。
「与一公、家族、そらから蒼天十矢隊として那須のために戦った私たちからの信頼を裏切らないで下さい」
「公の書状にもあります。生きよ、と」
 七瀬と日向が書状を広げて見せた。
「信じているから許すと仰せなのじゃ。皆も意地を張るな」
「殿、相変わらず甘う御座いますな‥‥」
 馬場のダメ押しに小山殿が遂に首を振って笑みを浮かべた。

 八幡詣でと温泉神社の参拝が済んだ後、那須与一公と源徳信康殿は神田城へ入った。
 気まずさと恥ずかしさ、そして喜びが伝わる、奇妙な入城だったと信康殿は後に語ったという。

 なお‥‥
 アリエスには密偵たちと引き合わせた上で那須密偵として働いて貰うか決めたいと与一公から内々の話があったようだ。
 密偵の任務や掟は厳しいものだから、よく考えて返事をしなさいということらしい‥‥