●リプレイ本文
●いざ
「油断せず、頑張って来いよ」
そう言って笑顔で送り出してくれたギルドの職員の顔が浮かんで思わず溜め息。
大塚霧華(eb2432)は、初めての依頼に緊張気味だ。
「大丈夫だよ、嬢ちゃん」
「は、はい」
バーバラ・ミュー(eb1932)に肩を叩かれて、大塚は目をパチクリさせた。
「わしらが付いている。緊張しすぎると実力が出せなくなるよ」
「そ、そうですね‥‥ 心強い仲間たちがいるのでした。蛙に引けを取るわけにはいけません」
大塚は深く呼吸して、仲間たちを見渡した。
その目に映るのは依頼人の屋敷の1室。ちらと見える庭には池が見える。
「ところで、あの池が現場なのでしょうか?」
「みたいですね。便りに兄も蛙退治の依頼を行ったとありましたが、まさか私もとは思っていませんでしたよ」
結構金持ちの依頼人なんだな、などと思いながら、話を合わせて十野間修(eb4840)が笑っている。
「蛙なのよねぇ」
呆れ気味の皆本清音(eb4605)に大塚も緊張が取れてきたようである。
「凄い御屋敷だね‥‥」
チェルシー・ブロッサム(eb4918)がアラビア語で言った。まだジャパン語を憶えていないのは、無理、無茶、無策、無謀と一通り揃った、いかにも彼女らしい。
「チェルシー嬢ちゃん、来たようだよ」
バーバラがアラビア語で話しかけ、一同も足音に気がついて座りなおすと、上等な着物を着た男が世話人風の男と一緒に入ってきた。
目の下の隈が痛々しいというか何というか‥‥
「お前さんらが冒険者かね。さっさと、あの池の蛙を何とかしておくれ」
「それは退治せよということですか?」
「それで解決するのなら」
十野間の質問に世話人風の男は答えた。
「これほどの金持ちなら他の屋敷があるのではないですか?
一時そこに移られておくとか、どこかに逗留するとかしておられれば、それほどやつれることもなかったでしょうに‥‥」
「そ、それは‥‥」
どうやら思い至らなかったらしい。にしても十野間、『良い性格』である。
「それはそれとして、退治するのにあたり屋敷にある程度の被害が出るかもしれないことを了承してほしいのですが‥‥ とりわけ、池は少々荒れると思います。勿論、被害が出るとしても最小限に抑えますが、相手は生き物。如何様に暴れるかは予想がつきませんので、その辺はご理解を」
「あ〜〜、構わん。構わんよ」
拗ねてしまったのか、気味に肘掛に手をついて、主人は投げやりに言い放った。
「大蛙は鳴き声が煩いだけじゃが、全く無害な生き物では無いからのう‥‥ 致し方ない‥‥か」
「もしかして揉めてる?」
「大丈夫だよ。うまくいってるよ」
独白を聞いて心配になったチェルシーが聞き返すと、バーバラは優しく諭した。
依頼人は疲労困憊していて、生餌の調達など右から左へ許可を出す始末。
「何だか悪い気がしないでもないですね‥‥」
大塚は、再び深呼吸した。そこに緊張の色は既になかった。
●ケロ〜ン
けろけろっ、けろっ‥‥
「これは普通の蛙の鳴き声だろうね」
バーバラは小さく響く蛙の声を聞きながら、池を遠くから眺めた。普通の蛙が何匹か見える。
びよよぉおん。
「うっわ‥‥」
チェルシーたちは突然現れた巨大蛙に苦笑いするしかない。
んでもって池の中央の岩に、ででんと居座ると‥‥
げこぉおお‥‥ ぐわぁあ‥‥
確かに五月蝿い‥‥
「これじゃ確かに寝られないよね」
「この鳴き声の中で寝られたら偉いって」
大塚と皆本は既にげんなりしている。
ともあれ、1匹しか棲み付いていないのは聞かされているため、あれを退治すれば依頼は達成したことになる。
「早く退治してあげないと。依頼人が可哀想」
「そうだね。依頼人のためにも頑張ろうねぇ」
意気込むチェルシーに、バーバラはアラビア語で優しく声をかけた。
十野間たちは暫く大蛙の行動範囲を観察し、バーバラは縄の端に生餌の鳥を縛り付け、池から少し離れた木に結びつけた。
「来た来た」
池から出ると、べったん、べったんと飛び跳ね、生贄の方へ接近。
ぺろ〜んと大蛙の舌が伸び、捉えた鳥は動かなくなった。
「毒。そうそう、毒があったのう」
「バーバラさぁん」
低い声の調子で尻上がり、微妙なイントネーションで仲間たちが突っ込むと、バーバラは笑って誤魔化した。
そして、舌を飲み込むように一気に鳥をペロリ。
「え〜い」
「いきますよ、皆さん」
チェルシーの体が陽光の輝きを纏い、太陽の光を湾曲集中したサンレーザーで大蛙のイボが何個か纏めて焼かれる。
続いて詠唱を終えた十野間の体が白銀の輝きに包まれた瞬間、蛙の影が爆発した。
大蛙は反射的に跳ねようとするが、得物と一緒に飲み込んだ縄が邪魔で上手く離れられない。
「どっこらしょ」
この隙を逃す手はない。バーバラが投網を投げると、上手く大蛙に被さった。
「池に逃げ込まれる心配はなさそうね。いくわよ」
皆本のチェーンホイップが網の上から大蛙を叩きつける。うち1発は、地面を穿った。
「いざ、参ります!」
側面から大蛙の後方に回り込み、大塚は日本刀を突き出した。引き抜き様に突き出す。
網の切れ目から舌が伸びてきたが、間合いを取って、しかも舌には気をつけて戦っていたために大塚には届かない。
「蛙に居合いは必要ないですね。一気に押し切りましょう!」
刃を突き刺す大塚の声に呼応するように、皆本の振るった鎖が大蛙を打った。
ビンッ‥‥
バーバラのライトショートボウが唸り、蛙の体皮に突き刺さる。
蛙は逃れようと悶えるが網が絡まって、僅かに跳び上がったところで、もつれて落ちた。
じじじっ‥‥
「結構しぶといです」
チェルシーのサンレーザーが、再び蛙を焼く。
「私の出番はないようですね」
下手に近寄れば邪魔になる。かといってシャドゥボムを使えば見方を巻き込む。
十野間は即応体勢だけ取れるようにして、戦況を見ることにした。
「これで終わった?」
「みたいですね」
大塚の突きで動かなくなった大蛙を見て、皆本たちは深く息をついた。
「倒せたです」
「少しは成長できたのう」
ケコケコ鳴き声のする庭にチェルシーとバーバラの笑い声が響いた。
●意外に旨い?
1つの経験が彼らを少しだけ大きくしたことだろう。あっと、この経験には少し続きが‥‥
「うう、老骨には厳しいのう」
「あいたたた、腰が」
バーバラたちは腰を伸ばしつつ、池を浚っている。大蛙の卵があった場合、成長したら洒落にならないからだ。
「霧華嬢ちゃんは、やらないのかい?」
「念には念を入れていく事が必要です。他の大蛙がいるかもしれませんから、私は見張りをします」
抜刀して池を見渡す大塚を、仲間たちは少し恨めしげに見ている。
「は〜い、皆、休憩しようよ」
皆本が籠を持って現れた。
出てきたのは蛙の素揚げ。塩を振って油で揚げるという高級料理だ。
「蛙のお肉って鳥の肉みたいな味がするんですって。身が大きいから大味かもしれないけど‥‥ どうする?」
食べ物を粗末にするのは勿体ないと思いつつも、皆、流石に簡単に手が出ない。
塩加減は良い。揚げているため、身からはフワッと湯気が上がっていて意外に旨い。
脂肪が少なく、歯ごたえが良すぎるのが難点か‥‥
悪くないけど鳥のほうが美味いかも‥‥ それよりも、鳥を揚げたら美味しいんじゃない?
そう思うチェルシーたちなのであった。
「食べないのかい?」
「美味しく食べてもらえることが料理人にとって幸せなのよ」
言いだしっぺで調理人の皆本が、手を付けずに笑顔で眺めているのを、仲間たちは少し恨めしげに見た。
「神に感謝していただくことにしましょう」
バーバラは、ささっと十字を切ると祈りを捧げ、一口、二口と口に運んだ。