●リプレイ本文
●いざ
「暑いですね‥‥」
イノンノ(eb5092)は、溜め息をついて汗を拭った。
京都の夏は、これからもっと暑くなる。梅雨の湿った空気が停滞して蒸し風呂のようになるのは少し先の話だが‥‥
さて、京の乱は収束したかに見えるが、どこかで火の手が上がれば一気に戦火へと飛び火しそうな不穏な空気を漂わせている。
「こんな大変な時に‥‥豚鬼ですか。まったく、暴れるなら時を選んでほしいものですね」
そんななか、比較的自由に動ける戦力は冒険者であり、安里 真由(eb4467)らは依頼主の陣屋で豚鬼退治の命を受け、出立した。
兵を出してもらえない代償として、多少の物資を融通をしてもらえた幸運に恵まれつつも、冒険者一行は焦燥の中にある。
6頭の豚鬼は移動せず、村に居座ってしまったとの報せを受けたからである。急がなければ‥‥
そこで、道程を急ぎ、ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)、フモシャイン(eb5287)、ライクル(eb5087)、イノンノの4人は身を隠しながら件の村の様子を探った。
眼前の村の中央には火が焚かれ、豚の頭をしたブヨブヨと太った人型の生き物が取り囲んでいる。
聞いていた情報と一致する。あれが豚鬼なのだろう。
「豚のバケモノというのは、随分と肉が厚く、耐久力もありそうだ。まともに傷を負わせるには大変そうだな」
「確かに頑丈そうだ。動きは鈍そうだが‥‥」
「何にしろ6匹相手にするのは、結構、骨ですね。正面からまともに行くのは躊躇われるところです」
ライクルの言葉に、フモシャインやヒューゴが頷く。
そのときだ!
村人数名が食べ物を持って豚鬼の前に進み出てきた。
そして‥‥
食べ物を置いた村人を蹴飛ばし、火傷するのを見て楽しそうに下卑た笑いを響かせた。
「人を困らせて喜ぶような者を放って置くわけにはいかない。村人たちのためにも倒さなければなるまい」
豚鬼の様子を、自分の目で確かめにきて良かったと、ライクルは歯噛みして、弓に手をかけようとした。
「ライクルさん、焦りは禁物です。家は立て直すことはできますが、命を取り戻すことはできないです‥‥」
イノンノが、手を添え、首を振る。
確かに、半数の仲間を村の外に残して戦力は少ない。しかも、このまま戦闘に突入して村人たちに死傷者が出たら元の木阿弥である。
「近くに林があります。そこに誘き寄せましょう」
この場から少し離れた田の中の茂みをイノンノは指差した。
「そうだな。いい考えがある。ごにょごにょ‥‥」
「異議はない」
「あぁ」
「それでは、念のために村の人々に伝えておきませんか? 無茶をしたり、混乱されると困りますから」
ヒューゴの作戦とイノンノの提案に、ライクルとフモシャインは頷いた。
村人の1人と繋ぎを取り、仲間たちと合流したヒューゴたちは、迎撃地点となる林へ向かい、罠を仕掛け始めた。
複雑な罠を作っている暇はない。一刻を争う‥‥
「なんにせよ、何気に強敵ですのね。気を引き締めていかないといけません。逃がそうものなら大変です」
「戦いしか能がないからな。俺で良ければ助太刀するとは言ったが、思ったより大変だぞ。これは‥‥」
安里や勇貴 閲次(eb3592)は、作戦を聞いて実を引き締めたようだ。
失敗は許されない‥‥
●誘引
「それ、こっちだ、こっちだ!!」
フモシャインが小太刀で斬りつけると、豚鬼たちは一斉に熱り立って猛烈な反撃をしてきた。
ずどどぅ、だだだんだんだだ‥‥
肉を揺らし、地を鳴らし、槌が風を押し退けながら、押し寄せてくる。
「う、うぉあ‥‥」
「退きましょう」
イノンノの提案に一も二もなく、フモシャインは踵を返した。
6頭もの豚鬼が肉の壁として押し寄せてくる様子は、人間であってもかなりの圧迫感があるのに、彼らはコロボックルである。
彼らの身長が低いことを加味すると、空が落ちてくる、くらいの恐怖感に駆られても笑われはしないだろう。
煩わしく思わせながら、じりじり退くつもりだったが、殆んど壊走に近い。
救いがあるとすれば、イノンノたちの方が機動力に優れていたこと。
それによる僅かな心の余裕で、2人は自分たちの役目を果たすことができた。
そして、そんな2人を村人たちが助けなかったのは、事前の繋ぎによるものだったのだが、もし彼らが助けに入っていたとしたら、事態を予測することはできなかっただろう。
林で待ち受ける仲間たちが、そんなことまでわかろうはずもなく‥‥
「来ました!」
安里が仲間に合図すると、全員、改めてそれぞれの位置と罠を確認した。
自分の受け持ちの縄が、しっかりと結ばれていることを確認して豚鬼たちの姿を見やると、安里はファイヤーエリベイションをかけ、霊刀『ホムラ』を抜いて隠れた。
ずががが、どかぱきぐしゃ‥‥
凄まじい質量の突進で、林に突っ込んでくる。
「今ですっ!」
「頼む!!」
目印を避け、イノンノとフモシャインは走り抜けた。
そうしなければ、たちまち押しつぶされるのが予想されるだけに2人は必死である。
金剛 明美(eb4968)が縄を引っ張る!
ビィンと張られた縄に豚鬼の短い足が引っかかってバランスを失った。
「それっ♪」
インビジブルで姿を消していたヒューゴの落とした網が、豚鬼たちに被った。
網は、うまいこと2頭の豚鬼に絡まり、何が起こったか理解できていないものの、4頭が立ち上がろうとしている。
不意打ち!
「冷静に‥‥撃つ」
ライクルは矢を射た‥‥が、ブヨブヨした肉に突き立っただけで、かすり傷のようだ。弓を置くと、霞小太刀を構えた。
「天網恢恢疎にして洩らさず! うしゃしゃしゃしゃ!」
無手で身軽なレラ(eb5096)は真っ先に飛び出し、掴んで投げ〜る!
放りっぱなしで、次のを掴みにかかった。
「ぶひひっ!」
「えぇええぃ!」
必死に耐えまくる豚鬼に対して、力の入れ方を変えると掛け声と共に背面へ向かって投げ飛ばした。
「どりゃあ!」
「やあぁ!」
大薙刀を振るう勇貴は勇猛に豚鬼に突っ込み、安里は思い切り霊刀を振りぬいて、豚鬼を斬り裂いた。
●追撃
豚鬼たちの態勢は奇襲により崩れたままだが、やってみてタフさがわかる。
長引けば何が起こるかわからない‥‥
(「見え難い‥‥」)
ヒューゴはブラインドアタックを試みるが、自らの透明化の影響で見づらく、空振りした。
豚鬼たちには気づかれておらず、当たらないからどうということはないが、下手な接近戦は自らの危険を招く。
味方にも見えていないのだ。味方の流れ剣や流れ棒が中れば、ただでは済むまい。
(「もっと剣の使い方を覚えておくんだった‥‥」)
後の祭り。もう少し戦術を洗練する必要がありそうだ。味方たちの邪魔にならないようにヒューゴは下がった。
「投げて」
「殴って」
「「片付けるまで」」
レラは金剛は顔を見合わせる。
「うしゃしゃ、何だか気が合いそうですね」
「あらやだ☆本当♪」
2人は見つめあい笑った。
「無駄口言ってる間に倒しますよ!」
起き上がってきた豚鬼を蹴り、自分が後ろに下がって勇貴は大薙刀を振り下ろした。
「了解。そのまま寝てくださいね〜」
金剛は全ての力を乗せて金棒を振り落とした。
ばききぺきぶちっ‥‥
嫌な音を立てて豚鬼が悲鳴を上げる。
イノンノの短刀『月露』が、フモシャインが小太刀が、豚鬼の悲鳴を一掃掻き立てた。
2人の参戦で戦場が狭くなり、思い切って振り回すスペースはなくなったが、手数では冒険者たちの方が圧倒的に上だ。
豚鬼も転んだまま果敢に反撃してくるが、態勢が悪く、殆んどの冒険者たちの回避力が高いために器用にかわされてしまう。
「今までの報いよ!」
安里は刀の重さを載せて身を預けるように豚鬼に突きを繰り出した。
刃を抜いた瞬間、血が噴き出し、豚鬼は悶える。
「これならどうだ!」
霞小太刀程度では掠り傷にしかならないことはわかっている。
ライクルは翻した外套の陰から小太刀を繰り出して、切り裂いた。
これでは村人では手も足も出まい‥‥とライクルは実感するのだった。
イノンノはというと、手負いの豚鬼を選んで急所に一撃を加えている。
「もう見切っちゃいましたよ〜」
転倒し、手負いの豚鬼の構えや予備動作など、あったものではない。
鈍重な動きを見極めれば良いだけの話。金剛は容赦なく金棒を叩きつけた。
●決着
投げれば投げるほど、投げっぱなしスープレックスが決まりだす!
スマッシュが決まりだせば、勝負は決まったようなものだ。
安里あたりが何度かヒヤッとすることはあったものの、冒険者の勝利で戦いは終わった。
にしても、豚鬼たちのタフさを嫌と言うほど思い知らされた。
皆、全力疾走したかのように息を切らしている。
「暑い‥‥」
「本当ね」
イノンノや安里は、木の幹を背にして座り込んだ。
「しかし故郷が遠いぜ‥‥」
フモシャインは自然に感謝して踊った。
「状態が良くないです‥‥ これでは売り物にはなりそうにありません。豚鬼たちは手入れなどしないんですかね‥‥」
豚鬼が使っていた武具は殆んど使い物にならなかったが、村の再建のための道具としては役に立つだろう。
冒険者は早く再興することを祈りながら、村を後にした。