【白珠】浅屋の異変

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月09日〜06月14日

リプレイ公開日:2006年06月18日

●オープニング

 江戸の商家に、かなりの美人がいるという。
 名は佳代。
 慎ましいながら働き者の彼女は、呉服屋・浅屋の若旦那・松蔵に見初められ、熱心な求婚に根負けして一緒になった。
 勿論、松蔵は佳代のことを好いていたし、佳代も誠実な松蔵に惹かれたから夫婦になったのであった。
 人妻になって周囲の男はガッカリしたものだが、幸せそうに働く彼女を見て、今では男たちも彼女の幸せを喜んでいるとか。
 近年、浅屋は主人の死を機に松蔵に代替わりしているが、商売もつつがなく、娘も授かり、落ち着いた幸せの中にいた。
 いたはずなのに‥‥
 近くの家の子供を家に招きいれ、2日も3日も帰さなかったり、旅の僧や江戸へ来訪した陰陽師を捕まえては祈祷させたり‥‥
 多少であれば親の気持ちも分からないではない。
 娘が病気がちになってからのことなのだから‥‥
 しかし、周囲の理解を超えるように度を越していけば、同情が嫌悪に変わるのに時間は掛からない。
 親の必死の行動は、奇行と捉えられるようになり、近所との関係は悪化しつつある。
「そう、この丸薬を飲ませれば、あの子は助かるのね。ごほっ、ごほっ‥‥」
 佳代はやつれた表情で、毛むくじゃらの愛犬の頭を撫でると、白い丸薬を手に取ってフラフラしながら娘の部屋へと向かう。
「千代、千代‥‥ お母さんが必ず助けてあげるからね‥‥」
 丸薬を娘の口に含ませると、水を差す。
 すると、娘の顔色が少し紅を帯びたような気がする。
 佳代は、ほっと溜め息をつくのだった。

 そんななか、江戸冒険者ギルドに依頼が張り出された。
 『商家の内儀の様子を確かめ、以前と変わってしまった原因が何なのか調べてほしい』

●今回の参加者

 eb3021 大鳥 春妃(26歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3535 桐谷 恭子(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb3757 音無 鬼灯(31歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb3886 糺 空(22歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

エヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493

●リプレイ本文

●井戸端会議
「残念ですわ。陰陽師様などから、お話を伺えればと思いましたのに」
 情報収集を始めた大鳥春妃(eb3021)たちは肩を落とした。
 それでも、近所がそのようなことをしていれば興味が沸くのが人情‥‥ 特に女性の方々には‥‥
「お二人ともお辛い状況なのだと思いますわ。出来る限り、お力になれればよろしいのですけれど」
 大鳥の言葉に、女性たちは一斉に顔を見合わせた。
「何かおかしなことを言いました?」
「だってねぇ‥‥」
 聞き返す糺空(eb3886)に女性方の反応は些か冷ややかだ。
 最近、明らかに風貌が妖しくなっており、何か悪霊にでも憑り付かれているのではないかと噂しているくらいなのだから‥‥と。
「千代ちゃんのために考えられることは全て手を尽くしてるのですよ」
「よっぽどの事情がおありなのでしょう」
 糺も大鳥も必死にフォローしようとしているが、こういう時、女性方の反応は得てして厳しい。
「祈祷しているところを偶然見かけたのだけどね。それは豪勢にやってらっしゃったわ。なのに、お千代ちゃん、伏せったままで」
「伏せったままといえば、奥様も具合悪そうよね。あんなに丈夫で綺麗な方でしたのに」
「松蔵さんも店の切り盛りと家族の心配でやつれてきてません?」
「そうそう、私もそう思ってたのよ」
「このままじゃ、身代をなくしてしまわれるわ」
 ね〜、と声を合わせる女性たち。興味の移ろうまま、話題が変わるようになっては手が付けられない。
「あの〜‥‥」
 糺が声を掛けるが、次はどんな話なの? とばかりに期待の眼差しを向けられては返事に窮する。
「旅の僧や陰陽師がどんな方だったのかなど、聞きたいのですけれど」
「詳しくはわからないわ。祈祷が終わったら旅に出られたようだもの」
「あんまり効き目がなかったみたい。お薬を飲んだ直後は元気になるって聞いたけどねぇ」
 大鳥の疑問に矢継ぎ早に答えが返ってきて、圧倒されそうだ。
「もしかして、治る見立てを先延ばしにされて薬を買わされているんじゃないか?」
 自身、薬草の知識を持つだけに、そういう疑念が浮かぶのを捨てきれない。
 しかし‥‥
「それは聞き捨てならないわね」
「そうね。そう言えば、霊薬とか言っていたアレ、どこから手に入れてらっしゃるのかしら」
「新たな謎よ、これは」
 どうやら、噂の種を提供してしまったようだ‥‥

 その頃、その近くでは‥‥
「ほら、これあげるよ」
「わぁ」
 上手く隠しながら何もないところから花を出して見せた音無鬼灯(eb3757)に、子供たちは興味深々で集まってきた。
「僕と話をしてくれない?」
 子供たちは、いいよ、と、しゃがみ込んだ大きなお姉ちゃんの側に座ったり、髪や大きな胸に触ったり‥‥
「あなたたち、お千代ちゃんとは友達なの?」
「そうだよ」
「でもね、具合が悪いから遊べないの」
「また、遊びたい」
 寂しげな表情を見ると、胸がキュンと痛む‥‥
「あなたたち、この前、お千代ちゃんの家にお泊りしたんでしょ?」
 子供たちが頷くのを確認して、音無は言葉を次ぐ。
「家にいた間は何をしていたの?」
「お花、摘んであげた」
「僕は御祭りで買ってもらった宝物の御面をあげたんだ」
「一緒に、けむわんこと遊んだ〜」
「高い高いして♪」
「肩車がいい〜」
 これまた矢継ぎ早の返事と、ぶら下がったりよじ登る子供たちに音無は苦笑い。
「けむわんこって、何?」
「けむくじゃらのわんこ、だから」
「「「けむわんこ」」」
 子供たちは楽しそうに笑っている。
「でね、あ痛たた」
 結局、揉みくちゃにされて、それ以上の情報は得ることはできなかった。

●診断
「普通の病気じゃないよね。やっぱり薬が元なのか、呪いの類かなぁ‥‥ そっち方面は疎いんだけど」
 大鳥らの話を聞いた桐谷恭子(eb3535)は、大きく溜め息をついた。
 まずは掴みが肝心だ。
「我々は『奇跡の手』と申します。この屋敷から只ならぬ気が漂っておりますよ。もしや病人がいるのではないですか?」
 些か陳腐化とも思うが、狂信的な者にはこれが結構良く効く。
「おぉ‥‥ 実は、うちの娘が、だいぶ前から伏せっておりまして」
「どんな病でも治療しますよ。お見せなさい」
 浅屋の嫁・佳代は桐谷たちを案内して行く。
「これは‥‥」
 桐谷たちが驚いたのは千代の様態ではない。
 無節操に並べられた御札‥‥
 それに、病魔を退けるための結界なのか、注連縄が四方に張り巡らせてあったり‥‥
 まさに節操のない状況の中央で少女が横になっていた。
「母さま‥‥」
「駄目、横になっていなさい」
 確かに千代の顔色は悪く、具合は悪そうだ‥‥
「我々にお任せ下さい。必ずお子さんを治してみせましょう」
 そう言って桐谷は暫く千代を見たが、体調が優れない以外に特に悪そうなところはなく、発疹や斑紋のような、よくありがちな病状も見えない。
 彼女自身、医術の心得に長けている訳ではないから、はっきりとは断言できないが‥‥
「飲ませている薬はありますか?」
 音無の問いに、佳代は薬箱を見せた。
 中身は市販されているようなものから、桐谷の知識では聞いたこともないようなものまで様々な薬が入っている。
「実は‥‥」
 松蔵は佳代の視線を感じて、それ以上、何も言えなかった。

 佳代が桐谷と一緒に千代の側で介抱している隙に、松蔵は音無たちを別の部屋に連れ出した。
「実は、あれの他にも飲ませている薬があるのです。白い珠の薬が」
 松蔵は、10cmくらいの球を手振りで作ってみせる。
「何で隠すんだろう? やつれた感じはしたけど、心を病んでいるようには見えなかったよ」
「いや‥‥ 一瞬、松蔵さんを目で牽制した。裏に何かある」
 糺は音無の観察力に驚いた。
「それで、その薬は医者が?」
「いや、どこからかは‥‥ ですが、奉公人が見たそうです。大事そうに丸薬を抱えて庭で犬を前にブツブツ呟いているのを」
「犬の名前は?」
「さぁ‥‥ しかし、子供たちが、けむわんこと言っていたと聞いております」
 糺は松蔵に詰め寄るが、又聞きでは、これ以上の情報は‥‥
「子供たちが言っていた犬だね。まさか魔物が関わっているなんてことはないだろうね‥‥」
 音無は、自らの発想の飛躍に思わず首を振った。
 何でも魔物や妖怪のせいにするのは冒険者の悪い癖かも‥‥と思いながらも、否定する証拠がないのも確かであった‥‥

 さて‥‥
 大鳥が占いをすると言って佳代を連れ出して話を聞いている途中‥‥
 指にはめた石の中の蝶が軽く羽ばたいているのが目の端に止まった‥‥
(「まさか‥‥」)
 確か、この指輪は異国でデビルと呼ばれている者たちが近くにいる時に羽ばたくのだと聞いた。
 近ければ近いほどに羽ばたきを増すと聞いており、となると‥‥
 吉凶の方角を占うと佳代をじっとさせて歩き回るが、羽ばたきは様子を変えない。
 このことを皆に知らせなければと思いながらも、怪しまれないよう暫くは占いを続けた。

●疑念
 一度、情報を纏めるために会した冒険者たち。
「天から落ちて地獄で苦しむ悪鬼というのを聞いたことがありますか? その悪鬼が近くにいるのかもしれません。
 あ、それで御薬酒を飲ませても癒されることがなかったのですね」
 大鳥からデビルの存在を感じたという糺は確信したように身体を震わせた。
 魂を抜くとも言われる悪鬼‥‥
 抜かれた魂は、取り返さない限り生命力が回復することはないと言う。
「では、佳代さんも魂を抜かれている?」
 そう考えれば、千代と佳代の体調不良の説明はつくような気がする。音無は思わず呟いた。
「まだ、羽ばたきは止みません。近くにデビルとかいうものがいるのは間違いないのです」
 大鳥は注意深く見渡すが、変わった様子はない。
「佳代さんが犬と話をしているようだったと奉公人が言っていたそうだ」
「妖しいですね」
 糺が音無の言葉に頷くと、大鳥と桐谷も同意を示した。

 その日、千代は庭に下りると、けむわんこと呼ばれていた犬を探した。
 千代の様態が悪化したのだ。病気の症状は見られないが、顔色を悪くしている。
「探しているのは、これですか?」
 白い珠を音無が見せた。
「あなた方も、この霊薬を作れるのですね。何と頼もしい」
 そう言って珠を奪うと、佳代はそれを千代に飲ませた。
 子供の口には大きいと思われる珠は、意外にもすんなり千代の喉を通り、その顔に赤みが増した。
「それは違います。あなたは騙されていたのです」
 ホッと胸を撫で下ろす佳代に、糺は断言した。

 時間は少し遡る‥‥
 部屋に誰もいないのを確かめた毛むくじゃらの犬は、縁側に足をかけ、暫く眠った千代を眺めていた。
 そのときである。
 犬の身体が淡い光を放ち、その手元に白い珠があらわれたのだ。
 ニヤァッと犬の口が歪み、ぐふっぐふっと笑いのようのものが聞える。
「そこまでだ。今何をした? 原因はお前なのか、悪鬼め」
 突然、目の前から珠が消え、音無とすり替わり、犬は息を呑んだ。
「これ以上、手出しはさせません」
「そう。親心を弄ぶなんて許さない」
 大鳥は柊の小柄を抜いて千代を護るように犬との間に立ち塞がり、桐谷は問答無用にオーラパワーを付与した刀で怒りをぶつけた。
 一瞬、冒険者たちを睨んだ犬は、踵を返して逃げ出した。

 そのことを聞いた佳代はというと‥‥
「あの丸薬は天からの授かり物。あの霊薬がないと千代は‥‥ 千代は‥‥」
 羽ばたきを止めた石の中の蝶を見つめながら、大鳥は取り乱す佳代を不憫に思うのだった。
「大丈夫、千代様は元気になるよ。今までの分も纏めて、遊んであげてね」
「本当ですか?」
「大丈夫ですよ。安心してください」
 糺の言葉を確かめるように問う佳代に、大鳥は安心させるように声をかけた。
「母さま」
「千代」
 抱き合う2人に、桐谷は思わず目尻に涙を浮かべるのだった。