●リプレイ本文
●捕捉
取り残された兵などが野盗と化しているのは珍しくない。だから安心して討つが良い。
陣屋の役人は、そう言って守崎堅護(eb3043)らを送り出した。
その辺の事情は抜きにしても、迷走し、残虐の限りを尽くす集団を放ってはおけない。
「この間の戦いがまだ続いてると思ってるのかしら?」
エルウィン・カスケード(ea3952)も、無関係の人たちが殺されるのを黙って見ているのは辛いし、混迷してる京都に早く秩序を取り戻すために、その集団を退治しないととも思う。
さて、冒険者たちは空箱を積んだ荷車に布を被せ、旗を立てた。
流石に詮無き理由で高貴な色の旗を掲げるのは不遜の罪だ、と言われれば諦めるしかないが、それでも幟を立てた荷車は目立つ。何とか輜重隊にみえないことはないだろう。
「主の旗印を背負って殺戮を行うとは‥‥ 戦に憑かれるなんてのは、御免だな」
神聖騎士であるレオニード・ケレンスキー(eb3961)は戦争の狂気を呪った。自分だけは、そうなるまいと固く心に誓って‥‥
状況証拠だけでなく、目撃情報からも、彼らが相当に罪を犯していることは間違いない。
その場の状況次第だが、恐らく斬り伏せることになるだろう。
後味が悪い戦いになりそうだ‥‥と、十字架のネックレスを手に取り、神に祈りを捧げた。
陣屋からの情報だけで移動する敵を追いかけるのは難しい。
冒険者たちにとって幸いであったのは、迷走しながらも敵が京都を目指しているらしいこと。
エルウィンのサンワードで探るものの、情報が少なく、位置の特定に時間がかかっていた。
それでも足を使った探索を続け、兵数などを頼りに根気良く魔法をかけ続け、反応があったのがつい先刻。
「いただよ、いただよ。襲われそうになった人たち。お酒、奢りまくった甲斐があったのです♪」
「げっぱっぱっ♪ おいら心臓バクめいてるだ〜」
偵察から帰還した斑淵花子(eb5228)と芸楽亭外庵(eb5279)が地図を地面に描くと、入手した情報を仲間に話していく。
「旅の商人たちに会ったのです」
「ハナコったらスゲェんだ。くぱぱ♪」
旅の商人に酒を奢ると、竹を相手に大儀は我にアリなどと丘の上で奇声を上げながら、斬り付けている鎧姿の妖しげな集団の話をしてくれた。
「お、その様子じゃ。掴んだか」
間を置かずに帰還した黒眞架鏡(ea8099)が一息入れ、息を整えると水を飲む。
貰った情報の集団は6人ということだし、間違いなさそうだ。
「こちらも収穫あったよ」
近くに襲われた村があったらしく、陣屋からの派兵と聞いて藺崔那(eb5183)を歓迎し、村の惨状を教えてくれた。抵抗せずに嵐でもやり過ごすように隠れていたために、被害は家屋と食料だけで済んだようだ。
斑淵たちが書き込みを入れた地面の地図に、その村の位置と去って行った方向を藺が描き込んでいくと、狂兵士たちの進路がようやく読めてくる。
「先回りできそうだな。黒眞たちには引き続き、先行して探りを入れてくれ」
明智秀幸(eb5134)は、街道を指して、仲間を見渡す。
了解の言葉と共に、落ち合う場所を決め、冒険者たちは先を急いだ。
●発見
既に疲労の極にあるだろうに、狂兵士たちの歩みは衰えを知らない。
頬は削げ落ち、目は窪み、時折、訳の分からない言葉を発して歩いている。
「幽鬼‥‥」
黒眞は、そんな言葉を思い浮かべた。
「彼らだって、ある意味、戦争の被害者であります。でも」
「このままじゃ、あの人たちだって可哀想さ。せめて苦しまずに」
斑淵や藺の見つめる先には、悲しい現実だけしかない。
暫時‥‥
「おぉ‥‥ あれは敵の荷駄隊‥‥ 者どもよ、旗を折れ、敵の荷を奪うのだ‥‥」
狂兵士たちは、どこにそんな力が残っているのか、鬨の声を上げて走り始めた。
彼らの目前には僅か3人で荷車を押し、荷台の上で子供が笛など吹いている。
「この戦時に笛に興じるとは‥‥ 馬鹿にしおって‥‥ 突っ込めぇえ」
擦れた号令に6人は抜刀。既に矢は尽きており、突進あるのみのようだ。
「情けは無用‥‥ 寄らば斬るぞ」
自分に言い聞かせるように、明智は刀を上段に振り上げ、示現流の構えをとってみせた。
「うひ、うひひ‥‥」
「倒さねば、倒される‥‥」
「ラルフなどの手を借りるまでもないわ‥‥」
「死ねぇ‥‥」
兵士たちの瞳は完全に狂気の色に染まっている。言葉が通じるとも思えなかった。
「戦に憑かれたまま死なせるのは気の毒だが」
レオニードは荷駄に隠しておいた刀を抜くと、敵に立ち塞がった。
死や敗北の衝撃で正気に戻れば‥‥と思っていたが、やはり、そう都合良くはいきそうにない。
「おたくらは、もう負けているのです。これ以上の戦は身の破滅なのですよ!」
斑淵は笛をしまい、直剣を抜く。その声は狂兵士には届いていない‥‥
彼らの運命に悲哀を感じながらも、手を抜けば自分たちの身に危険が及ぶ。
「せめて、もう苦しみが続かぬように‥‥」
黒眞は、敵の刃を掻い潜り、斬りつけた。
「うがぁあ!!」
傷を負った兵士雄叫びに応えるように、狂兵士は太刀、槍と連携を繰り出してくる。
しかし、狙いが甘い。危ういところで穂先を捌いた。
突きが外れて態勢が崩れたところに、激しい斑淵の一撃が叩き込まれる!
「声さえ届けば‥‥」
「これが戦だ、覚悟しろ!」
レオニードや明智が奮戦するが、敵は手傷を負いながらも士気の衰えを感じさせない‥‥
●激戦
「押せぇ。死んだ仲間たちの仇を討て‥‥」
魂の震えのような声に冒険者たちの心が揺さぶられる。
多数の敵に囲まれないように気をつけてはいるが、手傷を無視して迫ってくる相手に対して、どうせよというのだろう‥‥
「勝手なことを! 素人を兵に仕立てるから、こういうことになるでござる!!」
武具の扱いも儘ならないような者は、おそらくは戦に借り出された百姓だろう。
自分ならこんな無様な真似はしないとばかりに、守崎は荷駄の陰から飛び出した。
「援軍だと‥‥ 三河が現れたか‥‥ 返り討ちだぁ」
不意を疲れたというのに狂兵士に動揺はない。それどことか、終わったはずの戦の只中に、彼らの心は取り残されているようだ‥‥
敵の足を止め、崩すため、守崎は狂兵士の足元を狙う。脛当に軽減されたものの、手傷は負わせた。
狂兵士は足を引き摺ったりなどはしないものの、時々支えきれないように動きが不自然に途中抜けする。
狂気に士気を支えられているとは言え、身体の機能を破壊すれば効果はあるようだ。
「怖いだよ。これが戦場ってやつだべ。だば、イクサバ以外で人殺したら、ただの悪人だべっ。これでもくらうだよっ!」
ブルッと震え、外庵は味方を巻き込まないように気をつけて、竜巻の術を発現した。
隠身の勾玉の力を借りて気配を消しているとはいえ、狂兵士にまともな判断能力が残っていれば危険極まりない。
威力は低いが、敵の隊列が崩れた。狂兵士と目があって、外庵は勾玉を握り締めたまま、荷駄の後ろに駆け込んで隠れた。
「もう戦は終わったのに、いつまでもこんな事してないの! 沈みなさい、連龍爪!!」
外庵を狙おうとする狂兵士の側面から、藺が飛び込むように間合いを詰めて両手の龍叱爪を叩き込む。
狂兵士は、そのまま横に飛ばされ、荷駄に叩きつけられるようにして、ぐったりと動かなくなった。
「可哀想‥‥」
「後味の悪さは覚悟していたつもりだが‥‥ 辛いなら隠れていろ」
エルウィンのサンレーザーが狂兵士を焼き、レオニードの剣が武器を叩き落すが、相変わらず敵の勢いは止まらない。
「こんな戦いで死ぬまで戦うか‥‥ 終わらせてやるのが情けか」
黒眞が動きの鈍ってきた狂兵士の首筋を狙って忍者刀の峰を叩きつけると、そのまま崩れ落ちた。
「生きながら戦場の亡霊と成り果てたといった所でござるか。何にせよ彼らの罪が消えるわけではござらん」
守崎の木刀が強かに狂兵士を叩く。その太刀筋に怒りを超えた悲しみを乗せて。
●炎の葬送
戦いは程なく終わった。
退くことを知らない敵との戦いに精神的に追い詰められ、崩れそうになった状況もあったが何とか‥‥
多少の手傷を負うことになったが、レオニードのリカバーにより全員、身体の傷は癒されている。
「愁傷様なのです」
「何でこんなことになるだ? 戦ば、おっそろしいとこだべ」
斑淵と外庵は、張り裂けそうな胸に、様々な想いを渦巻かせて炎を見つめている。
汲み上げられた木は、油の力も借りて火勢を上げている。
バチッ‥‥ バチチ‥‥ パキッ‥‥
(「死して尚、戦うことのないよう」)
激戦を思い出してか、守崎は狂兵士たちに黙祷した。
戦意さえ喪失してくれれば、せめて安らかに息を引き取らせることができた者もいたかもしれない‥‥
黒眞が気絶させた者も、レオニードのリカバーの甲斐なく、意識を取り戻すことなく、この世を去っていった。
唯一、救いがあるとすれば、荼毘にふされたことだろうか‥‥
燃え盛る炎は、古来より尋常ならざるものを清める力があるという。
彷徨う死体となることも、霊となって彷徨うことも、恐らくないだろう。
それだけが彼らにとって唯一の救いなのだろうと、守崎は思った。
そのとき‥‥
「ぁ‥‥」
エルウィンは炎の中の狂兵士が動くのを見た。
ぐぐぐ‥‥
炎の中で何かを掴み取ろうとしているかのように、この世に未練でもあるかのように、手が宙に伸ばされていく。
「下っ端ほど憐れだな‥‥ 上は逃げ延びてるというのに、こんな場所で灰となるか‥‥」
明智は炎の中の燐光を見つめ、唇を噛んだ。彼らの死に何の意味があったのか‥‥
「気の重い依頼だったな」
「そうね。笑って送ってあげたいけど」
普段は落ち着き払っている黒眞が僅かに渋面を作り、普段は明るい藺が涙を滲ませて、思わずこう漏らすくらいだ。
期せず、一斉に溜め息が漏れ、斑淵の笛の音とレオニードの祈りの言葉が彼らを送った。