●リプレイ本文
●静けさに
「目立つことは得意ではないのですが‥‥」
大宗院透(ea0050)は小さく呟く‥‥
「何かや?」
「いえ、蝶を見ておりました」
一条能観殿の声に気づいて、銀の髪を揺らし、青い瞳を向け、たおやかな様子で大宗院は軽く微笑む。
隠密の心得で女装しており、細い線や身の丈、声色は妙齢の乙女のそれだ。
「儚いものよ。美しい文様を見るたびに思う。蝶は誰がために着飾っているのか‥‥」
一条殿は扇を僅かに開くと顔に当てた。
「一条様、着飾るのは誰かためでございます。宴には華の女子(おなご)を招待しても宜しいでしょうか。少し、多めに」
僧侶姿の八幡伊佐治(ea2614)は、軽く頭を下げ、穏やかな笑顔を見せた。
「坊主がか? さてはそなた、破門された口であろう」
「これは痛いところを‥‥」
2人は軽く鼻で笑う。
「まぁよい、それが趣向ならば好きにするが良い」
八幡は再び軽く頭を下げた。
「他の方々の芸は、決まっておりましょうか」
「一芸を披露‥‥でございますか?
う、ううむ。‥‥とは言いましても、わたくし、なんの面白みも持たぬ一介の小間使いでございますし‥‥」
羽をパタパタと羽ばたかせてミラルス・ナイトクロス(ea6751)は、部屋の中を漂っている。
「あきゃ!? あぁ、申し訳ありません。このような無礼を働いて、マスターに何と御叱りを受けるか」
側人たちが、慌てて引き離そうとするのを、一条殿は扇を軽くはらって制す。
「良い。しふーるを間近に見るのは初めてだ。礼儀は弁えておるようだし、そちは側で酌などせよ」
「それならば。それがわたくしの才ですから」
ミラルスは深々と頭を垂れると、一条殿の傍らに、ちょこんと居場所を決めた。
「残りの者たちは、当日まで秘しておくか」
「ビザンチン帝国の騎士、ミラ・ダイモスと申します。私は一条様と詩について、お話ができればと思っております」
「異国の騎士か。良かろう。付き合え」
ミラ・ダイモス(eb2064)の優しく真っ直ぐな視線に、一条殿は応えた。
「僕は式包丁を披露します。宴の料理も何品か御用意しましょう」
「桔梗、任せる」
「御意」
熱気の篭った顔の井伊貴政(ea8384)に一条殿は微笑む。
「我らは3人で舞と奏を精一杯、披露したいと思います」
花東沖竜良(eb0971)は、妙な咳を飲み込むように僅かに肩を震わせた。
「最近、大分咳き込んでおられますが‥‥」
神楽龍影(ea4236)とテスタメント・ヘイリグケイト(eb1935)は、心配そうに花東沖の背を擦る。
「では、楽しみにしている」
一条殿は腰を上げると、桔梗や側付きの者たち、そしてミラルスを従えて下がっていった。
●庭園
宴までの暇‥‥
一条殿は、ミラやミラルスと散策や茶を共にし、時には、ぼんやりと庭や空を眺めた。
「国は違えど、月日が移り変わろうと、何時の世も美しさを愛でる気持ちは、変らないのですね」
「風は舞い、その音は、羽ばたきは、蝶のように、吹かれ吹かれて、何処へと届く」
「遠く異国、近く傍らに、蝶は飛び、そして消ゆ」
空へ目を移し、詠んだ一条殿の詩に、ミラは返歌を詠んだ。
「であるな」
一条殿は、異国の騎士ミラとの会話を楽しんでいるようだ。
「戦火に際し、移り行く季節の儚き事、一時の夢幻の如く。
されど、何時の世も、この庭の風景の様に、美しいと感じるものがあるのですね‥‥」
許しを得て庭の花を一輪手折ると、ミラルスの差し出した細身の壷に差して、庭の大きな平石の上に置いた。
「おぉ‥‥ 何と言えば良いのだろう。命、終えようとするものの、何と美しいことか。言葉が見つからぬ‥‥」
「蘭の花、枯れた後の、今日のその姿、君は変わらぬと言い、目蓋を閉じても、つと思い起こされる」
「何と‥‥ 何と‥‥」
一条殿は、やおら立ち上がると静かに引き篭もってしまった。
「せめて慰めに」
この風景を留めておこうと筆を取ったミラを、ミラルスは制した。
「一条様の思いの中の花には敵わないと思います。形あるものが、逆に想いを色褪せさせてしまうのではないですか? う〜ん、何か変なこと言いました?」
ミラは首を振り、筆を置いた。
形あるものだけが美しいのではないのだ。一条殿との詩の遣り取りは、ミラの心の中に日本独特の情緒感を育てつつあった。
●軟派
あら‥‥などと声がして女たちが振り向く。
これだ、これ。八幡は歌舞いた着物に身を包み、満足げに京の街を練り歩いている。
顔を整え、髪を梳いた、その姿は男か女か、はたとは分からぬようだ。
「あれ、殿方よ。ちょっと良いんじゃない?」
借り物の着物ではあるが、流石は一条家の側仕え筆頭・桔梗の持ち物である。
ある者は八幡を見て、ある者は上品に色を重ねた着物に見とれ、足を止めていた。
一部の噂に聞いた桔梗に化粧などを頼んだ甲斐があるというものだ。
八幡の達人級の話術に、仕方ない方ですねと困りながらもしてくれた化粧の出来が噂に違わぬ素晴らしいものであることは、周囲の反応を見ればわかる。
「さて、どこから行こうかな‥‥と」
道行く娘を目で殺し、キャ〜キャ〜寄ってくる娘たちをあしらいながら、宴の招待客を探し始めた。
礼儀作法を備えた品のある女性‥‥となると難しそうだが、そこは日頃の努力の賜物。
あっちの茶屋に評判の娘がいると聞けば足繁く通い‥‥
どこぞの商家に妙齢の娘がいると聞けば買い物に出かけ‥‥
時には後家のところに潜り込んだこともあったか‥‥
まぁ、思い当たる女性に一条家からの招待状を渡しに行った‥‥
●宴
さて‥‥
八幡の招待した女性客が並ぶ中、一条殿が現れ、宴が始まった。
軟派僧侶の八幡はというと、これ幸いと一条殿の近くで着飾ってきた女性たちを紹介しながら笑みを浮かべている。
「人を愛する心は誰にでもあるもの。それを思えば戦なぞ辛くて堪らない。
それでも求めるものがあり戦うのですから、人の世とは‥‥ この世は、苦しいことばかりです。喜びも、在りはしますが」
京美人に憂いを秘めた笑みを投げる八幡を肴に、一条殿は一献傾けている。
「そろそろ始まるようです」
ミラルスは、一条殿が舞台に気を取られた隙に酌をした。
「まずは式包丁を観覧あれ」
烏帽子袴で直衣に身を包んだ井伊は、左手に俎箸(まなはし)、右手に包丁刀を持ち、俎板の上の鯛を捌き始めた。
客の女性たちなどは、無論、式包丁など見たことはない。
「ほぉ、これは‥‥」
一条殿までも達人級の包丁捌きに息を呑んでいる。
すっ‥‥ すっ‥‥っと包丁が入り、じゃっ‥‥ じゃっ‥‥っと骨が断たれていく。
その間も、鯛には直接手を触れずに、清らかに包丁で捌かれる様子に思わず溜め息が出た。
やがて、捌き終えると‥‥
「宮中の作法とは多少違うが、そんなことは問題ではない。見事な一芸、しかと見せてもらった」
一条殿は扇で膝を叩いた。
さて、皆が歓談を交え、間を置いて現れたのは、振袖姿の一羽の蝶。
「摩訶不思議な‥‥」
そこには地味な姿の女しかいなかったはず‥‥
人遁の術が解けた大宗院は、ふわりと庭に舞い降りると印を組み、疾走の術を発動すると煙を破って大きく跳び、塀の上を舞うように走り、蝶を放した。
蝶が飛び交い、大宗院は屋根から庭へ、微塵隠れで消えた。
「消えた?」
「上です」
驚きの中、クルクルと空中で姿勢を変え、着地すると、印を組み、煙の中で姿を消した。
「『蝶』の舞は単『調』ですが、印象が強いので一『長』一短です‥‥」
「ふふ‥‥ 驚かされるものだ。冒険者というものは‥‥」
再び姿を現した大宗院に、一条殿は大きく頷いた。
旬のものを並べた井伊の料理に舌鼓して、ミラや客たちは満足そうだ。
「さて、目で楽しみ、舌で楽しんで頂きました後は、舞を一指し」
「非才の身に御座いますれば、何卒御寛容賜りたく存じます‥‥」
井伊の紹介で神楽らが現れた。
ててってててっ‥‥ べんっ、べべびゃん‥‥ だだんっ‥‥
テスタメントの三味線の音に乗り、舞台へと上がったのは、焔のように赤く、激しく足を踏み鳴らす白髪の赤鬼‥‥
白の単に白浄衣の鬼を追うように扇の赤が火の粉のように舞い、同じ扇が蝶のように舞台を舞い、神楽鬼を追う。
「花に遊ぶ 蝶やその姿(し)で戦(せん)忘る」
花東沖の剣舞が割って入るが、テスタメントの伴奏は依然として緩やかに旋律を重ねていく。
「三界の火宅に流転する無間の業 月満て則虧(そくき)に揺蕩う栄華の夢」
四道の一、煩悩を断ち切る無間道を求めて、もがくような武士の苦しみが、時に武士の勇ましき剣に、時に鬼の追う蝶によって舞われていく‥‥
「死生は無常にして邯鄲の如く 現を胡蝶と知りては修羅に為らんと志し 天命に至りては刹那なる焔の如く消ゆ」
やがて消え行くように三味線の音が小さく、間隔が長く、響く‥‥
鬼の白い髪は床に付き、紅の蝶は武士の傍らに羽を休め、三味線の音は、やがて戻ってきた。
「花に集い穏やかに遊ぶ蝶の姿を見ていると、日頃戦いに身を窶し、疲れた心をも忘れさせてくれる‥‥か。
今宵の宴で皆が戦いを忘れることができたとすれば、蝶の舞いにこそ感謝せねばならんな。うむ、見事であった」
使命のために修羅となる武士の覚悟を、一瞬で命が燃え尽きても構わない生の覚悟を、一条殿は感じ取ったようである。
「蝶や花たちが戦と無縁なことが、当たり前の事なのに何故だか、とても嬉しいんです。
一条様、少しの間、心が和む場を設けて下さったことに感謝します‥‥」
花東沖は筆を取ると心の赴くまま、筆先を滑らせ、テスタメントは、感じるまま、即興の曲を爪弾き続ける‥‥
「わたくしも一指し〜♪」
その身にバーニングソードの焔を纏ったミラルスがヒラリヒラリと飛び、一気に上空へ昇ると、爆炎の月を作り出す。
「人の世に、戦も、心優しき者たちも、苦しみ悩む者たちも、愛おしき者たちも、絶えず‥‥か」
一条殿は呟いた。