●リプレイ本文
●出発
大笹を運ぶ方法を用意して、江戸を出発した冒険者たち。
「地元の人たちも守護霊さんも大変そう‥‥」
「そうだね。それにしても、もう‥‥ 何なのよ。あの見送りは」
何とかしてあげなくては‥‥と、ネム・シルファ(eb4902)が想いを馳せていると、レイル・セレイン(ea9938)は、知り合いたちを思い出して溜め息をついた。
「でも、竹林に精霊なんているのねぇ。八百万ってヤツかしら」
「楽しみですね」
ギルドに借りた荷車を愛馬アリメラに曳かせたリノルディア・カインハーツ(eb0862)は、レイルの顔の横を、ふわふわ漂うように飛んでいる。
「七夕にはバードとして興味があります。大笹を頂けたら七夕がすごく楽しくなりそうですね」
「この国の伝統行事と言うやつか。似たようなものは欧州にもあったな」
ネムやナノック・リバーシブル(eb3979)も、すごく楽しみなように、どこかへ想いを巡らせている。
「あ、雨だよ」
「このまま降り続くと戦い難そうですね」
藺崔那(eb5183)は木陰へ駆け込もうとし、イノンノ(eb5092)は三度笠を当てて雲の様子を覗いている。
「そういや、雨になるとミミズが出てきて、のたくんだよねェ。あ〜〜、ぬるぬるが‥‥ やだねぇ」
青海いさな(eb4604)は顔を顰めた。
「大丈夫だ。村に入ったら早速、雨が降らないように舞をするもりだからな」
いざとなれば湯田直躬(eb1807)のウェザーコントロールがある。豪雨にでもならない限りは大丈夫だろう‥‥
●鎮守の竹林
村の地面は僅かに乾き始めているが、雨が降れば確実に足場は悪くなる。
「それでは始めますぞ」
幸い天気は曇り。
天候悪化を避けるためにウェザーコントロールをかけ、また、鎮守の竹林の守護霊への敬意も込めて、湯田による地鎮祭が行われることになった。村の習俗に従って用意を整え、いざ‥‥
「守護霊さんとお話しできるといいんだけど」
儀式が行われるなか、リノルディアが、そう漏らすと‥‥
「おぉ、守護霊様じゃ‥‥」
「大ミミズが地面を掘り返して困っているの。放っておくと別の場所まで崩れちゃう」
青白い、もやのような男の子を見て、それが、この竹林の守護霊だとわかった。
危険な、あるいは邪悪な雰囲気は感じられない。
「こんな大変な時に無理を言って申し訳ないのですが」
青海は礼を尽くして頭を下げた。
「何とか守護霊さんの力になりたいのです。
直接戦闘に参加して頂かなくても、大ミミズの具体的な居場所を把握できれば良いのですけれど」
リノルディアの小さな、しかし真摯な瞳が守護霊に向けられた。
「自然の災いに対し人間は無力なもの‥‥ でも、できる限りの事を致しましょう。宜しければ御助力いただきたい」
「竹林には、できるだけ被害が及ばないようにします」
「どうしてもということもある。その辺は理解してほしいが」
湯田、ネム、ナノックの言葉に守護霊は頷く。
「それから‥‥、折れてしまった大笹は頂いて帰っても宜しいかしら?
ぶっちゃけ、ここまで見事に折れてちゃ、再生とか無理でしょ?
このまま枯らすより、七夕の御祭りで皆の願いを込める笹として使いたいの」
「守護霊様、色とりどりの短冊に飾り、それはもう、美しい様だとお聞きしました。きっと大切にしてもらえます」
イノンノにとって、初めての七夕は、感慨深いものになるだろう。
「私からもお願いします」
「心配はいらない。この笹は大勢の人の願いを乗せて、天へと送られるだろう」
レイル、リノルディア、ナノックらの願いを聞き届けてくれたのか、男の子は頷いて微笑んだ。
「ありがとう。笹を大事に思ってくれて‥‥」
礼を言う守護霊の、なかなか神秘的な雰囲気に、イノンノは思わず目尻が滲んできた。
「さぁ、術も巧くいったし、これで一時は雨の心配はない。守護霊の加護を得たことだし、始めるとしようか」
千早を翻して悠々と歩く湯田に冒険者たちは続いた。
「頑張れよ、少年」
「違〜う。僕は女だよ」
すまんと笑う村人を後にして、藺は爽やかな笑顔を返した。
●戦い
「あと、戦うなら、この辺かな」
「そうだな。広さもあるし、足場も悪くない」
周囲を警戒しながら藺たちは戦場を何箇所かに絞った。
「あとは誘き出しに成功すれば、竹林への被害は考えなくて済む。大丈夫か? イノンノ」
「はい、これでも囮役は得意なんですよ。この格好ですから相手も油断してくれますし」
ナノックの問いにイノンノが答えた。
村人への聞き込みの結果、大ミミズが出現する時間に法則性は見られなかった。
地道に待つしかないが、これに関しては守護霊が大ミミズが現れた場所を全て教えてくれた。
その範囲内のどこかに大ミミズが潜っている可能性は高い。
「ちょっと待って‥‥」
何か千切れるような小さな音を聞いたネムは、すかさずサウンドワードで確認する。
「大ミミズが根を断ち切った音よ。あの辺り」
ネムが指差した地面が盛り上がっていく。
レイルたちは一先ず距離を取って、予定の戦場へとジリジリ下がる。
「来ました」
地面が割れるのを見たイノンノは、覆いかぶさるように降ってくる大ミミズの口を、自慢の回避でさけた。
小柄の威力が足りてそうにないのを見て取ったイノンノは、皮と皮の隙間を狙うように刃を繰り出すが、効いていそうな雰囲気ではない。
「ふふ、いい子ね。そのまま‥‥」
止めは仲間たちが差してくれるだろう。イノンノの役目は、あくまでも囮だ。
快調にかわしながら、大ミミズを戦場へと引っ張り出していく。
「これでは息子に教えてもらっていた罠も役には立たぬか‥‥」
湯田は予想以上の大ミミズの大きさに驚愕し、罠が役に立ちそうにないことに溜め息した。
「すまん、息子よ」
あわよくば上手く掛かったとして、相手の形状と動き、そして何より質量を考えると、動きを止めることはできそうにない。
「止まって」
リノルディアがシャドウバインディングのスクロールを発動させるが、動きを止めたのは一瞬。
やはり、完全に動きを止めるには確実に影ができるような状況でなければ‥‥
「ぃゃっ」
高く首を伸ばすように大ミミズが競りあがってくるのを、間一髪リノルディアはオフシフトで避けた。
「き、きゃぁ!」
囮のための距離を取ろうとしたイノンノが、石に躓いて運悪く転ぶ。
「しっかりして!」
「くそっ! 意外にっ!」
危機を見て取ったレイルがコアギュレイトの間合いに入ろうとするが、護衛するナノックも必死だ。
打撃力こそ受け止めたが、質量の差は如何ともしがたく、詠唱中のレイル共々、吹き飛ばされてしまう。
「私のホーリーじゃ、威力が低すぎて効きそうにないし‥‥」
「コアギュレイトに専念しろ」
身を起こしたレイルは、ナノックに助け起こされ、大きく頷いた。
「何だか変‥‥」
イノンノは、段々と舞い込んでくる不運のようなものを感じて、少し身震いした。
ともあれ、リノルディアが気を逸らせてくれた御蔭でイノンノは無事に窮地を脱することができたようだ。
「ここでやろう! 幸い、戦場にするには、そんなに悪くない!!」
藺の両手から突き出された双龍爪が、イノンノたちの態勢を立て直す僅かな暇を稼ぐ。
『食べる。あれ、食べる』
「逃げ出す気配はない。安心して戦うのだ!」
テレパシーを使った湯田は、大ミミズの関心が捕食することに傾倒しているのを知って叫ぶ。
『地上へ‥‥ 地上へ‥‥』
『上へ‥‥ 上へ‥‥』
イメージを伝えられればと思うが、テレパシーにそこまでの効果はない。
湯田が必死に言葉を伝えると、単純な本能しかないのであろう、大ミミズは誘われるように地表に姿を現し始めた。
その間にも注意を惹くようにイノンノたちは囮を勤めている。
「何で止まらないの」
ネムのスリープも空しく、大ミミズの動きは止まらない。
そも、大ミミズが眠るのかわからないのが問題だったし、上手く眠ったとしても、あれだけ斬り付ければ眠ったのか検証することも難しいだろう。とはいえ、魔法を唱え続けるしかない。
「大丈夫。ここまでくれば、こっちのものよ!」
青海は、村人から貰った草鞋でしっかりと大地に踏ん張り、忍者刀を繰り出す!
足を縄で巻いて滑り止めにするぐらいなら、これを履け‥‥と渡された特製の草鞋が役に立ってくれている。
さぁ、こんなことを気にしている間はない。
続けて刃を斬り付けた。
手応えこそあるが、効いた風には感じなかった。
ならば、手数で勝負!
「上手くいったみたい」
リノルディアの魔法で影を縛った。地中へ逃れることは、もうできない。
「やったぁ!」
殆んど同時にレイルのコアギュレイトが大ミミズの動きを縛っている。
『食べる‥‥ 上へ‥‥』
しかし、大ミミズの本能に反して、体の自由は既にない。
「縛ってしまえば、こちらのものだ! くらえ!!」
ドズッ!!
ナノックの聖槍『マルテ』が唸りを上げて大ミミズに吸い込まれていく‥‥
手応えあり! ナノックは会心の笑みを浮かべた。
「止めだよ!!」
完全に動きの止まった大ミミズに、蘭渾身の一撃が、一連の流麗な動作と共に破壊力として叩き込まれた。
念のためにコアギュレイトの効果が切れた頃を見計らって、大ミミズに止めを差した。
●帰還
まぁ、予想できたことではあるが、大笹の運搬は困難を極めた。
日本の道路が狭く、整備されていないせいもあるが、問題は笹の大きさだった。
あるときは荷車で運び、あるときは手運びし、またあるときは大凧で吊り上げて難所を越えたり‥‥
そうこうしながら大笹は、江戸冒険者ギルドに到着したのだった。
見上げるに気品を感じさせる立派な笹は、一躍注目の的だ。
『この世のデビルが滅し尽くされやがりますように』
一足早く吊るされたナノックの短冊が風に揺れている‥‥
「ありがとう」
そう言った竹林の守護霊の姿を思い出しながら、冒険者たちは感慨深く、大笹を眺めるのだった。