●リプレイ本文
●最初はみんなこんなもの‥‥
「それではお願いします」
そう言って馬周りが厩舎から出ていく。彼らの表情は余り好意的ではない。
上から言われて渋々冒険者たちに蒙古馬を託したのである。
差し詰めお手並み拝見といったところか‥‥ しかし、そんなものを気にしていては冒険者は務まらない。
「最近は血生臭い仕事ばかりしていたからな。
たまにはこういった仕事もいいか‥‥
異国の馬に触れるというのも、色々といい経験になるだろうしな」
天城烈閃(ea0629)はウキウキしながら厩舎に入った。
だが、件(くだん)の馬を見せられて、その思いは消沈せずにはいられなかった。
明らかに弱っている。逞しい体躯からは迸(ほとぼし)るような力は感じられない。
「慣れない場所で窮屈な思いばかりさせられたために精神的に疲れているのだろう。何とかしてやらないと」
幸いこの厩舎は広い土地を持っていた。天城は一通り世話をして、外へ出してやるつもりだった。
「それはあると思いますわ。短い間でこんな無茶な旅をすれば、人であっても体調を崩しますよ。
でも、外へ出して良くなるのなら、わたくしたちは呼ばれていないと思いますわ」
馬周りがいたらきっと睨まれただろうが、南天流香(ea2476)の頭の中には既に蒙古馬のことしかない。
「わたくしも蒙古馬を見るのは初めてですね」
その体を愛しむように手を当てていく。
「ちょっと感動」
やはり日本で見かける馬とはだいぶ違う。小型でズングリしており、頑強‥‥ そういうイメージがピッタリだった。
いつも愛馬・羽流にしているのと同じように、目や腹、足を見ていく。心配していた疲労はほとんどないように思った。
馬糞の状態も確認するが、普段見慣れたものと大差はない。体調自体も、そう悪くはなさそうである。
「体調は悪くなさそうだけれど‥‥」
「モンゴルでは何を食べてるんだ? 食べなれない物だと食が進まないことがあるだろう?」
「遊牧民族だから草を直接食べるの。餌場から餌場へ移動していくのよ」
天城の疑問は至極もっともだが、モンゴル出身のアオイ・ミコ(ea1462)がいなければ入手できない情報が多かったのは事実である。
そういった意味では彼女なしでは今回の依頼はどうなっていたか‥‥
「懐かしいな‥‥ モンゴルかぁ‥‥」
アオイは懐かしい母国のことを色々と思い出していた。
地平線まで続く草原や砂漠。自然は厳しかったが、美しく雄大だった。アオイですら懐かしさがこみ上げてくる。
「さみしかったんだよね‥‥」
羽ばたいて鬣(たてがみ)に取り付くと首筋を優しく撫でた。蒙古馬がブルルと気持ち良さそうな声を上げる。
アオイが気をひいているうちに天城が慣れた手つきで足を持ち、蹄(ひづめ)の裏側を露にして、流香と天城は蹄鉄の取り付け具合など確認している。
「装蹄は、し直したほうがいいかもしれませんね」
「あぁ、少し減っているからな。新しくして様子を見てみよう」
「わたくしの頼んだことのある鍛冶屋を紹介しましょうか‥‥」
「そこまでは必要ないだろう。仮にも馬周りのいる厩舎だからな」
20日もすれば蹄鉄は替えなければならない。
「少しでも気持ちのいい環境で過ごさせてやりたいからな。しっかり面倒を見てやらないと‥‥」
「うん。すぐに手から離れてしまう馬でも、心から接すればきっと応えてくれると思うよ」
天城やアオイたちは優しい気持ちで1つ1つ世話をこなしはじめた。
一方、商人の元を訪れた羽雪嶺(ea2478)は‥‥
「この子を操っていた人はどうなったの?」
「華国兵の戦利品としか聞いていない。生きているのか死んでいるのか‥‥」
雪嶺の問いに商人は関心なげに答える。もっとも‥‥ 詳しく問い詰められても前の経緯を知っている訳でもないのだが‥‥
蒙古馬の厩舎を追い出された馬周りたちのもとには美女が1人。
「馬を世話している方が神経質になっているのがいけないんですよ‥‥」
流行の着物に襷(たすき)掛け、色香漂う美女が茶碗に膳をよそっている。
「ギルドってのは、こんな人も派遣してくれるのか?」
大宗院透(ea0050)の話なんて聞いちゃいねぇ。
「別嬪(べっぴん)さん。今度、酒の席に来てくれよぉ」
「お上手‥‥ これも食べてくださいね‥‥」
ビシッ。馬回りの見えないところでこめかみに青筋が走るが、そこは忍者。億尾にも出さない。
「でへへ」
透が女ではないと知ったら地の底より深く落ち込むのは明らか。今はそっとしておくのが吉。
ともあれ馬回りに明るさが戻ったのは確かだった。
「あなた方なら”馬”を”うま”く元気にしてくれます‥‥」
これもさりげなくスルーされてしまった。
ビシシッ‥‥ ともかく、和んだ彼らなら蒙古馬に不安をうつすこともないだろう‥‥
●それから数日‥‥
アオイや馬場たちの泊まりこみでの献身的な世話も空しく、蒙古馬に目に見えて回復は見られなかった。
刀根や流香の専門的な知識もなかなか効果を表さず、相変わらず外を眺めては嘶(いなな)いている。
「向こうの空は違うのですかね? ひとつに繋がっていますのに‥‥」
「モンゴルの空はジャパンとは違って透き通っているの。どこまでもどこまでも追いかけて行きたくなるような、吸い込まれるような空だよ」
続けて遊牧生活での馬との付き合いや、どんな風に旅するのかを話し始めた。
「まあ、そんなに経験があるわけじゃないけど、私の憶えているのはこんな感じかな‥‥」
「そういう所で思い切り走らせてあげれば元気になるのかしら?」
寝床の藁を換えながら1人呟いた流香の肩にアオイがとまる。
「毛艶は良くなってきているから、そろそろ外に出してみようか?」
馬体を磨きながら天城が筋肉の張りを確かめている。
「そうだね。私たちが来た時よりは元気になってるし、飼葉も食べてるしね。そろそろいいかも」
アオイが優しく摩(さす)る。
「桜塩(さくらしお)を見ていて思うのじゃが、馬もなりの大きさに似ず、なかなか繊細な生き物じゃからのぅ。
天城殿の風牙(ふうが)や刀根殿の潮風などと馬同士でしばらく遊ばせてはどうじゃ?」
馬場奈津(ea3899)が愛馬を引いてやってきた。
「それはいい。馬同士のほうが気も合うだろう」
天城は愛馬のもとへ駆け出した。そこへ蒙古馬の世話の合間に愛馬の世話も欠かさない刀根が厩舎に戻ってくる。
「おぅ、刀根殿。馬たちに蒙古馬と仲良くするように伝えてくれぬか?」
馬場の意図に気づいて、刀根は愛馬を厩舎に入れずに引いてくる。
「承知した」
刀根が次々と術を発動させ、馬にテレパシーで語りかける。
『そこにいる蒙古馬と遊んでやってはくれぬか?』
『遊ぶ。楽しい』
『ワクワクする。嬉しい』
『元気ない。かわいそう』
厩舎の近くの広場で4頭の馬が首を並べて楽しそうに走っている。
蒙古馬の動きも、どことなく軽い。
「よかった。仲良くやっておるようじゃ」
「あぁ、本当に良かったな」
ジャパンにおいて馬は支配階級である侍や志士たちの象徴のような動物である。
それ故に馬場たちのような侍や志士にとって、馬は特別な動物である。その分、思い入れも強い。
それを別にしても刀根の馬周りとしての知識と経験、そして乗馬技術に馬場は感嘆した。
「刀根殿、馬周りを生業としているだけあって流石ですな。いろいろ学ばせてもらいました」
「仕事ですからね」
刀根はそう一言言っただけである。それが余計に馬場の心を打った。
「がんばれ‥‥」
そこにはモンゴル風の服を着た恰幅のいい偉丈夫が1人。その言葉はたどたどしいが、アオイから教えてもらった華国語である。髭を生やし、背も低く、人遁の術を用いた透は一見モンゴルの武将のように見える。
蒙古馬の目がいっぱいに開かれ、円らな瞳からポロポロと涙が溢れ出す。
「ここにも、いいところはあるんだよ‥‥ 優しい人もいっぱいいるしね」
鼻面を掠めるように飛びながらアオイは華国語で語りかけると低く鳴いた。しかし、この前ほど悲しそうな泣き声ではない。
「さ〜て、オイラの出番だね♪」
ジャジャン。自称『黄昏の三味線ボーイ』ことユーリィ・アウスレーゼ(ea3547)が三味線を掻き鳴らす。
「オイラもジャパン国にはまだ慣れていないのだ‥‥ 不安なのは、オイラもお馬サンも一緒だと思うのだ。だから仲間なのだ〜★」
「頑張ってね」
「オイラ、ホームシックになることがよくあるのだ。きっとおウマさんもそうなのだ。
でも簡単には帰れないし‥‥ だから、気分だけでも、おウマさんを故郷に帰してあげたいのだ!」
モンゴルの基本的な旋律を組み合わせた音色が響き、ユーリィが銀色の光に包まれる。
月の精霊魔法イリュージョン。その幻影が蒙古馬に懐かしい風景を見せた。
「ヒヒィ‥‥」
アオイからイメージを聞いて何度も試した風景はモンゴルのそれを髣髴とさせる。
音色は違うが、懐かしい旋律に蒙古馬も嬉しそうに跳ねる。
「よかったのだ」
「本当だね。荒療治が必要かと思ったけど、いらなかったようだし」
華国の武道着を来た雪嶺は、ユーリィの見せるモンゴルの風景で状況に変化が見られない場合に備えていた。
敵である華国人の姿を見せることで怒りの感情を呼び起こし、それを元気に転換させようとしていたのである。
今回は無駄に終わってしまったが、雪嶺がそれを気にするような様子はない。
「私の母国のモンゴルとキミの母国の華国は戦争してるんだよね‥‥」
アオイの表情が少し曇る。
「華国とモンゴルは戦争しているけど僕らは敵じゃない。気の持ちようだよ」
「そうだよね」
雪嶺とアオイは嬉しそうに蒙古馬が元気に走る姿を眺めた。
「要さんが騎乗するところを見たいな」
「いいのかな?」
「いいですよ」
突然声をかけられて、刀根たちがビックリしながら振り向いた。
「色々な方法があるもんですね。
馬周りと同じような方法で世話を始めたときには大丈夫かと心配しましたが、魔法を使うとは‥‥
刀根殿、あの馬に乗ってやってください。
あのまま走らせたのでは目隠しをして走らせるようなもの。誰かが操った方が伸び伸び走れると思いますぞ
刀根殿ほどの腕前なら安心して任せられます」
「そうだね。幻影を見ながら走るんじゃ怪我するかもしれないしね★」
「それじゃ。遠慮せずに‥‥」
刀根は駆け出すと、クルッと器用に蒙古馬の背に飛び乗った。
蒙古馬は速度を上げ、風と一体になっていく。
「ハァッ!!」
実際には限られた広さなので時折進路を変えているが、とても気持ち良さそうに走っている。
●その行く末を祈る
「短い間だったが、楽しかったよ。お前のような馬なら、きっといい主が見つかる。大切にしてもらえ」
天城は蒙古馬をちゃんと世話をできる者をつけるよう頼むと、商人は今回の件は贈り主との話題に使わせてもらうと言い、馬好きの侍だからきっと大切にしてくれるだろうと付け加えた。
「軍馬、買うとしたら高いです。貰える侍さんが羨ましいですね」
「よく世話してもらって何だが、行き先が決まっているからな。すまんな」
「わかってますよ。早く軍馬がもてるくらいになりたいって自分に言ってるだけです」
依頼主の商人に要らぬ気を使わせてしまったと流香が苦笑いする。
ともかく蒙古馬は元気を取り戻した。力強い走りは、それだけで周りの者を力づける。
「本当によかったです」
冒険者たちは満足げにその姿を見つめている。
「”モンゴル”馬は”もんごる”ごりです‥‥ ちょっと無理がありますね‥‥」
「ブヒヒヒィィ」
「ヲイヲイ」
周囲の温度を下げた透の駄洒落にご機嫌な様子を見せる蒙古馬。この分ならきっともう大丈夫。
新しい主人の下でもやっていけるだろうと胸をなでおろす冒険者たちであった。