●リプレイ本文
●天の気
例年になく暑い日が続いたり、かと思うと盥を返したかのような雨。
作柄は悪くないのだが、時折見せる天の気まぐれに土地の者たちの不安は増しているようである。
「季節外れの雪‥‥ なにやら物の怪の気配があるような気がいたしまするな‥‥」
青の外套を翻し、そう言って小山を見上げるのは、磯城弥魁厳(eb5249)。
怪奇現象の現場とされているところへ先行し、わかる範囲で情報を入手しておこうという腹積もりなのだが‥‥
「お止めになった方がえぇ。幾ら河童様と言えど、相手は白き狼は山の神様‥‥」
「心配御無用にござる。穏便に済ませるつもりじゃ。相手が山の神なら話もできよう」
麓の村人は、この世の物とは思えぬ頭巾に色を合わせたかのような白衣の河童、磯城弥に恐る恐る話しかけた。
「土地の狩人を見つけてきた。麓まで案内してれくれるそうだ」
手を上げて近寄ってくる楊飛瓏(ea9913)に、磯城弥は答えた。
鮮やかな赤に八卦が意匠された華国の衣に、緋色の半首という出で立ちである。
途端に楊に視線が集まる。
「山の神の怒りに触れぬと良いのだが‥‥」
「無茶はしないと約束しましょう」
「是非にも‥‥」
僧である志乃守乱雪(ea5557)の言葉に納得したかのような返事をするが、言葉尻には、その思いが凝縮されているのは見え見えだ。
それでも知らぬふりをするのが得策と、志乃守は短く経を読んだ。
「それでは危険がないか、少しばかり先を見てくるとしようかのぅ」
「お気を付けを」
志乃守の合掌に手を上げ、磯城弥は狩人を連れ、軽々と歩速を上げていった。
●山の気
「吹雪は、この山にしか吹かなかったようだ。実際には、突然の吹雪に驚いて飛んで逃げた‥‥というのが正しいようだ」
「そうか‥‥ でも、それで、本気で調べる気になったのかもな」
江戸ギルド那須支局へ1人寄り道をした柚衛秋人(eb5106)が持参した報告書の写しを読みながら楊は頷く。
「噂を信じたくなるのも無理はない。少しでも不安が解消されるなら、やる価値があるというものだ」
警戒厳重な矢板の川崎城への聞き込みは、入るだけで時間が掛かりそうだったために忌避した。
それでも彼ら人足の証言は依頼の関連資料として那須支局にあった。
それで充分。それは、思ったよりも細かく報告書が作られていたせいもある。
おかげで、川崎城に入らなくても、かなり細かい部分まで噂を知ることができたのだから。
ともあれ、柚衛の持参した情報と当地で得た裏づけと合わせると、『雪狼』という妖がいることは想像できた。
「白き狼は山神様の使いと言い伝えられている。あんたら本当に山に入るのか?」
「無茶をしようにも、相手が雪狼であれば強敵なのはわかっています。ましてや‥‥」
雪狼のことを多少なりとも知っている志乃守ならばこそ、もしも背後に何か控えているのならば、それこそ相手になどならない。
当面の相手であろう雪狼でさえ、今回の戦力では勝てるか怪しい。強敵なのだ。それを従えているなど‥‥
「無理はせぬ。心配するな」
狩人の心配は自分たち4人の命ではなく、山の神の更なる怒りを買わないかという部分にある‥‥とはわかる。
しかし、柚衛たちは行かねばならない。
だからこそ来たのだから。
せめて相手の正体と実態をつかめれば、手の打ち様はあろう。
「お主は帰っておれ。村で吉報を待つのじゃ」
狩人に聞きながら作った地図を手に、磯城弥は嘴をクパッと開き、笑った。
さて‥‥
山へ入った一行。
「雪狼を飼っている大妖の雪女など、いないことを祈りましょう」
「そう願いたいね。今回は人数も少ないんだ」
「吹雪の息に強力な再生か‥‥」
「付け入る隙が炎や熱‥‥というのも厄介じゃな」
村人の前でこそ、口が裂けても出なかった言葉が志乃守たちから突いて出る。
だが、幸いにも現場の山自体は大きくない。
警戒態勢をとりながら、相手の生息範囲を絞り込んでいけば、自ずと出会うことになろう。
これまでの傾向から考えて、麓に野宿すれば襲われる危険性も減るようであるし。
「まずは雪が降ったと言われている場所の特定が先か」
「無理は禁物じゃ。急いては事を仕損じるぞ」
吹雪から生まれたとされている、その狼は実に厄介だ。
刀や槍で一時的に傷を与えても、吹雪を斬ることができないように、何事もなかったかのように元の姿を取り戻すからだ。
この妖を倒したという伝説は柚衛らも聞いたことがない。
要するに倒すのが余程難しいか、そもそも倒せないのか‥‥
一行は、より一層、話し合いで済めば良いのにという気持ちを深めていった。
●人の気
徐々に探索範囲を広げ、何箇所かには罠も仕掛けた一行は、遂に雪が降ったと思しき場所へ辿り着いた。
「思ったより寒いな」
「はい。やはり、寒さに備えておいて良かったです」
防寒具を纏った一行は、木陰や岩陰に僅かに溶け残った雪を見て、周囲への警戒を新たにする。
今のところ藁の靴や蓑までは必要なさそうだが、雪が積もるのなら今のうちにつけておくべきか‥‥
「ふぅ‥‥ 間違いなさそうじゃ」
「数は?」
「1頭‥‥じゃろう。他に足跡はなさそうじゃ」
磯城弥の発見した犬系の獣の足跡らしき痕跡に、一同は知らずに小さく溜め息。
「それは吉報だな」
柚衛は微かに苦笑いを浮かべている。
「ここの罠はどうする?」
「待て‥‥」
狩猟罠を取り出そうとしていた楊を磯城弥が制し、七支刀に手をかけたのを見て、柚衛もそれに倣った。
「出たか?」
「多分のぅ」
やがて磯城弥が一点を見つめると、一行は志乃守を守るように陣形を組んだ。
「鬼が出るか‥‥ 人が出るか‥‥」
柚衛は静かに息を吐いた。
ざさっ‥‥
木の葉を鳴らして冒険者たちの前に現れたのは、白い毛並みの狼‥‥
大きさは三尺半というところか。
雰囲気から言っても只者ではない。
その登場に伴うように冷気も厳しさを増す。
「季節外れの雪を降らせたのは、何か我々にしてもらいたかったからでございまするか?」
駄目元だ。磯城弥は得物を抜く前に呼びかけた。
妖の中には人外の姿でも高い知能を持った者もいると聞く。
話さえ通じれば、解決策は‥‥
だが‥‥
ぐるるる‥‥
眉間を寄せ、狼は歯を剥く。
「止むを得ない事情があるならば、穏便に事を済ませたい」
柚衛の言葉に反応するかのように、狼は短く吠えた。
「話がわかるのですか?」
志乃守が半歩進み出ようとした瞬間‥‥
白狼は地を蹴った。
「無用な殺生は避けたかったが、仕方あるまい。自分の命には変えられぬ!」
ヌァザの銀の腕を煌めかせ、楊が飛び込んで繰り出した拳を、白狼は軽々とかわす。
「流石! だが、全て避けられると思うな!!」
楊は次々と拳を繰り出し、辛うじて一撃をくらわした!
「この山を去れ! もっと山奥に去るのだ! ここは、お前の暮らすべき場所じゃない!!」
そこへ割り込みながら柚衛は叫びながら槍を振るう。
しかし、槍は空を斬り、雪狼の反撃を許してしまった。
地面スレスレを飛ぶような雪狼の動きに対応しきれず、その鋭い牙が胴に突き刺さる。
「くっ‥‥ 強い!」
黄金の胸甲がなければどうなっていたか。
辛うじて一矢報いるが、木々や岩などを巧みに利用して戦うあたり、雪狼に分があると言うところか。
「柚衛さん!」
「大丈夫。見た目ほど深くない!」
脇腹を血に染める柚衛は、ぶぶんと槍を振るい、健在ぶりを示すと、志乃守は頷いて、下がりながら経巻を開く。
ごぉう!!
突然、地中から立ち上がるマグナの炎に雪狼は頬を歪めた。
「隙あり!」
隠れ忍び、背後に回った磯城弥の七支刀の一撃が雪狼を捉える。
これだけ傷を与えれば、後は一気に押し込むのみ!
相手の動きも速いが、手数勝負なら頭数で負けてはいない!!
だが‥‥
●運の気
「馬鹿な‥‥」
「倒せるのか? こいつを‥‥」
聞いていて知っていたはずなのに、実際に目の当たりにすると思わず本音が漏れる。
雪狼の傷は見る見るうちに消えていくのだ。まるで吹雪に飲まれる足跡のように。
数合を経ても相手の戦闘力が落ちた気配は感じられない。
「大丈夫、効いています。マグナブローで焼いたところは治っていません」
志乃守の一言がなければ、半ば諦めていたかもしれなかった。
「そうだな。こいつは俺たちが止める。乱雪殿はマグナブローを撃て」
楊は構えを新たにし、雪狼目掛けて油瓶を投げつけた。
「そうか!」
磯城弥も倣い、次々に油瓶を投げた。
柚衛は、それを援護するように槍で雪狼の足元を薙ぎ払う。
油瓶は雪狼の動きを捉えることはできないが、それでも良い。
志乃守も負けじと油瓶を投げた。
ぐるるるるる‥‥
何をする気だ‥‥とばかりに雪狼は冒険者たちを睨みつけている。
それを三方からは柚衛、楊、磯城弥が間合いを取って囲んでいる。
「今だ! 志乃守!!」
柚衛の掛け声と共に雪狼は身を固めた。
攻撃が来れば、飛ぶ!
まさに、その姿勢を取った瞬間、雪狼は炎に包まれた。
僅かに積もる枯葉は油に濡れ、瓶こそかわしたものの、投げたときに飛び散った油の滴は雪狼にかかっていたのだ。
転がるように体の炎を消すと、一度だけ振り返り、雪狼は山の奥へと消えて行った。
その後の再調査により、雪狼は山を去ったらしいことがわかった。
麓の村人たちは、篝火を焚いて白き狼が来ぬよう、時折祭事を行うことにしたらしい。
それが効果があるかはわからないが、人心が治まるのなら、それも良かろう‥‥