【東風西乱・上州征伐】戦のための戦

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:11〜17lv

難易度:難しい

成功報酬:10 G 60 C

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:11月06日〜11月18日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

●那須矢板・川崎城
 びっ‥‥ がちゃっ‥‥ がちゃり‥‥
 びびっ‥‥
 概ね補強工事が終了した矢板川崎城で鎧の鳴る音が響く。
 秋の収穫が一段落した少し前から、那須藩西部では兵の動員が掛かっているのである。
 過去の鬼騒動で過疎になった八溝への入植に伴い、魔物討伐の軍を那須藩が起こしたのだ。
 周辺諸国は、その兵が那須藩南部・八溝周辺へ向かうと聞いて疑心はありながらも安堵の息を吐いていた。
 現在、那須藩では鬼騒動の折に八溝から退避した者、江戸の大火から逃れて来た者などにより、都市部に人口が集中している。
 そのおかげもあって薬草園の開墾などが進んでいるが、食料の生産とのバランスは崩れていると言って良い。
 また、彼らの御蔭で那須に現金が落とされているが、犯罪が増加しているのも報告書や上申書などの類から確かなのでもあった。
 それは他国への侵略という形で不満の捌け口とされるのが世の常なのであるが、那須藩には人の住むべき土地が残されている。
 しかも、そこは鬼騒動で故郷を追われた那須の民にとって、戻るべき土地のなのである。

 領内に魔物が蔓延(はびこ)ろうとしている現状を打破し、那須の民の住むべき土地を取り戻す!

 那須与一公が定めた方針に異議を唱える者はいない。
 彼の地に入植することができれば、人口バランスの問題は解決し、食糧増産も目処が立つからだ。
 何より、放っておいて他国の介入を招けば、切り取り次第になりかねない。
 国土の保全のため、国土の防衛のために、那須軍は八溝地方へ数百にも及ぶ軍を派遣しようとしていた。

「何、家康公の使者?」
 閲兵のために矢板川崎城を訪れていた那須与一公は、家臣からの報告を聞き、重臣たちを集めた。
「十中八九、上州征伐への援兵要請ですな」
 軍師的な立場になりつつある那須藩士・杉田玄白の言葉に、与一公は口を開かない。
「そうであれば、魔物討伐の兵を、そのまま向かわせれば良かろうと思いますが」
「新田は武士の風上にも置けぬ輩。家康公が、それを討つと言うのならば、断る理由はありませぬ」
「しかし、八溝を放っておく訳にもいかぬだろう」
 矢板川崎城の城代・結城朝光を筆頭に那須藩士たちが次々と口を開く。
 最初に与一公が口を開かなかったとあれば、公の心中を代弁し、それ以上の献策を重ねるのが家臣の役目だからだ。
「家康公の思惑は兎も角、新田を許すことはできません。あれを討たねば、第二、第三の新田が現れましょう。
 元より那須藩のみで上州の新田を討つには大儀もなく、兵も足りません。
 八溝の解放は後回しにしてでも、家康公に助力して新田を討つ。それを優先すべきです」
「して、殿。陣容は如何に御考えで」
 確認を促すように結城朝光が口を挟む。
 家康公の使者に会う前から、少しばかり気が早いが、咄嗟の与一公の決定で家臣が多少なりとも揺らぐのを見せるのは得策ではない。
「八溝へ向かわせるはずだった兵に、喜連川、川崎の兵を加えて500。精鋭の軽騎隊200もつけて総勢700を出しましょう」
 与一公の言葉に家臣団の意見はない。
 同意を得た与一公は、一度だけ頷くと、使者を待たせている間へと向かった。

 家康公の使者が帰還した後、矢板川崎城では、八溝へ向かうはずだった兵、川崎城兵、急の援兵として呼び寄せた与一公の御家人衆と喜連川兵、神田から練兵と閲兵式のために連れてきた那須軽騎兵、総勢1000を超える将兵が与一公の御前に一同に集結した。
「皆には八溝の魔物を退治するために集まってもらったが、家康公の要請により行く先を変え、上州へ向け、出陣する!
 我らが討つは、上州国司・上杉憲政公に謀反を起こした逆賊・新田義貞!
 神皇陛下の御心を安んじられるために、上州に朝廷の威光を取り戻すために、皆のその力、私に預けてほしい!!」
 与一公の言葉と共に鬨の声が一斉に上がる。
 そして、再編の終了していた総勢700の軍勢は、一気に上州へと進軍を始めるのだった。
 その陣容は、総大将として那須藩主・那須与一公が本陣450を率いて、中核と成す。
 これに那須藩士・結城朝光を筆頭とする那須軽騎兵200が加わる。侍と御家人のみという、純粋に軍人のみで編成された部隊で、御目見えの資格を持たぬ者も特別に騎乗が許されている部隊だ。
 また、客将として、与一公の兄・久隆の子、京帰りの志士・福原資広が、資広の家臣である志士を指揮官に浪人を手下として加えた兵50を率いて参戦し、後方指揮官として杉田玄白の輜重隊(補給部隊)1500が控えていた。

●沼田攻め・北方戦線
「沼田攻め。那須勢、承知仕った」
「うむ、頼みますぞ。那須殿」
「越後からは謙信公が攻め寄せておりますれば、沼田への援軍は我らだけで何とかなりましょう。家康公は前橋攻めに専念くだされ」
 上州攻めの陣中にて、上座の家康公が下座の与一公に対して頭を下げている。
 異例の事柄なのだが、影響力低下が噂される家康公にしてみれば、上州征伐の成功のためには与一公の軍勢700があるのとないのでは全然違う。礼の一つで援軍が得られるのであれば安いもの‥‥とでも思っているのかもしれない。
 兎も角、宇都宮を通過し、那須軍は上州北部の要衝・沼田を目指している。

 だが‥‥
 現在、沼田には上杉勢が攻め寄せているというが、真田忍者の手によるものか、情報は切れ切れにしか入ってこない。
「真田忍軍は数が多く、手練も多い。那須密偵だけでは数が足りません。1人1殺されるだけでも、こちらの密偵は全滅しますな」
「足軽を多く割くべきということですか‥‥」
 与一公は幕外の人物と注意を向けることもなく呟くようにして話している。
「当然ですが、足軽や徒士の方々にも物見に出してもらいます。しかし、こういう任務の場合、個々の実力が物を言う」
 元より足軽とは、歩兵としての戦力としての意味以外にも、偵察や伝令としての足軽本来の役目を持つ。
 だが、その多くは百姓などであり、個々の戦力は高くない。
「確かに。かといって、軍の精鋭を小出しに使うわけにもいきません。合戦で使い物にならないのでは、戦になりませんから」
 何だかんだと言っても、個々の武勇は戦いの趨勢を左右する。軍略と同じくらい重要なものなのだ。
「では、蒼天隊の編成をお許し頂けませんか? 冒険者なら、荷が勝つということもありますまい」
「わかりました。それは、こちらでやっておきます。必要なら蒼天隊と繋ぎを取りなさい」
「はっ」
 那須密偵は姿を消した。

 その後、江戸冒険者ギルドには、那須藩からの依頼が張り出された。

『那須藩正規軍遊撃部隊・蒼天隊の一員として沼田城の物見を務めてくれる者を募集。
 現地では上州兵との戦闘や忍者との遭遇が予想されるため、命の保障はないが、その分、高額の報酬を保障する。
 また、提示されている報酬以外に、働き次第で褒賞金を支払うこととする。
 隊士の冒険者は依頼の期間中は準藩士として扱われ、働き次第では藩士への登用もある。良き働きを期待する』

●今回の参加者

 ea2831 超 美人(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3225 七神 斗織(26歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea7755 音無 藤丸(50歳・♂・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 ea8417 石動 悠一郎(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9913 楊 飛瓏(33歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb3529 フィーネ・オレアリス(25歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

鷲尾 天斗(ea2445)/ 七神 蒼汰(ea7244)/ 霧島 小夜(ea8703)/ 音無 鬼灯(eb3757)/ ヴェニー・ブリッド(eb5868)/ 乾 宗午(eb7369

●リプレイ本文

●蒼天隊、出撃
「これらは那須藩で有意に使わせてもらいます。ですが、参軍と戦功の褒賞の辞退までは受けられません。他に示しがつきませんから」
「承知仕りました」
 蒼天十矢隊・隊長の白羽与一(ea4536)により寄付された業物の日本刀や武者鎧などが与一公の前に並ぶ。
 『那須藩士の名を頂いております白羽にとって、那須の急事に殿のお声が掛かる事こそ、最大の褒美であることに他なりませぬ』と公言した彼女にとって、また、那須藩主である与一公にとって、これが双方に顔の立つ最善の方法なのだろう。
「新田の野望を挫くためにも、沼田城攻略は必須。真田忍者たちが跳梁する中の物見は大変でしょうが頼みますよ。
 まともに戦ができるところまで持っていければ、軍神と噂される謙信公との挟撃。沼田城は落とせます」
「戦が長引けば民の生活にも皺寄せが‥‥ 失うだけの戦は早う終わらせとう御座います」
「えぇ、上州の民のためにも神皇陛下の威光を一刻も早く取り戻さなければなりません。勇戦を期待します」
 ははっ‥‥と礼をする白羽の隣には、同じく那須藩士の七瀬水穂(ea3744)の姿が。
「妨害の激しさで、あたりの支配権も分かると思うですよ。返り討ちにしてしまったら御免なさいなのです」
「相変わらず、十矢隊の面々は豪儀なことよ」
 ニコッと笑う七瀬に、軍議に参加している那須藩士たちからは好意の溢れる苦笑いが漏れた。

 軍議を終え、割り当てを申しつけられた蒼天隊は、早速、物見の準備に取り掛かった。
「曰く、此れ兵の要にして、三軍の恃(たの)みて動くところ、か」
 孫子の一節を呟く楊飛瓏(ea9913)。
 今回の任務、確かに重要なものであった。
 その量、正確さによって味方の勝敗や損害の大きさに直結するものだからだ。
 敵味方の兵の規模や編成、将軍の実力や性格、戦場の地形や気候‥‥
 敵を知り、己を知れば、百戦危うからずというやつである。
「難しいことはわかんないけど、どこまで潜り込めるかが大事だよ」
「そうですね。沼田城を謙信公が攻めているというのに那須に対して対応する余裕があるとは‥‥」
 ミネア・ウェルロッド(ea4591)の言は、幼い外見と裏腹に的を得ている。
 音無藤丸(ea7755)は様々な可能性を考慮しつつ、物見において何に重点を置くべきなのか、ひたすら思案にふける。
「予想以上に敵の数が多いのか、それとも真田忍者に因るところが大きいのか‥‥」
 重要なのは沼田城の動静だけではない。挟撃体勢にあるとは言え、バラバラに攻めているだけの那須軍と上杉軍。
 上杉勢の本気さを掴まなければ、那須軍は手痛いしっぺ返しをくらうだろう。
 沼田城北方に展開している上杉軍の大将は謙信公自身だと言うが、まぁ言えば、確たる情報と言うわけではない。
 謙信公直々の出陣であれば、宿将も幾人かは出陣しているだろうが、軍の編成や行動は秘たるが常道。
 いかにして、これを掴むかで多少の兵力差など埋めてしまえるのが、戦の醍醐味なのだから。
 兎も角も事前情報では那須勢と沼田勢は五分、上杉勢と沼田勢もほぼ互角と聞いている。
 挟撃できれば戦力比は3倍か4倍にはなろうが、各個に戦えば城の防御力を鑑みて攻め手に分が悪い。
 とはいえ、本格的な那須勢による城攻めが始まる前に、判断材料は多いに越したことはないということだ。
「さて、偵察と言っても何処まで踏み込んでいけるものかね?
 沼田城の近辺まで行って相手の陣容なりともつかめれば言う事無しだろうが、下手に深入りすると帰ってこれないかもしれん。
 加減が難しそうだ」
「我ら蒼天隊ならば、哨戒の武士たちくらいは対処できよう。だが、忍び相手の対処は、抜かりなくしておかなければ命が危ない」
「とは言ってもな。真田忍軍は手強いが、今回はこちらが侵入する側だ。やりようもあるだろうが」
 石動悠一郎(ea8417)と超美人(ea2831)の懸念は尤もだ。
 真田忍者といえば、奥州忍者と並ぶ当代の忍。
「そうでござりまするな。問題は真田忍者でござりましょう」
 色々と縁深き与一公のためにも力になりたいと願う火乃瀬紅葉(ea8917)も真剣に頭を回している。
 その姿は、少女と見紛う、昔の頼りなかった彼のものとは一味違った。
「誰一人欠ける事無く、しかし多少の無理をしてでも情報を持ち帰り、逆にこちらの情報は相手に伝わらせない事。
 帰りを待っている方々の所へ大手を張って戻りましょうぞ」
「与一姉様‥‥ 一緒に灯一さんに『ただいま』と申しとう御座ります」
 白羽の精神論は多くの場面で味方を鼓舞してきた。今回のそれも隊の結束を固めるのに一役買いそうである。
 仲間たち全員の目つきには力強さがある。
 自分たちの力を信じ、抜かりなく切り抜けるのだという歴戦の冒険者たちの強い力が。
「必ずや皆で帰りましょうぞ」
 揃いの御守りを渡し、火乃瀬が、白羽が頷く。
「江戸を出る際に兄上に励まされてある程度の覚悟は出来ましたけど‥‥ 私も必ず生きて帰ります」
 この手の依頼は初めてと緊張気味だった七神斗織(ea3225)の顔からは多少なりとも堅さがとれ、成すべき事を見つけたようだ。

 それから暫く、彼らは作戦について綿密な打ち合わせをした。
「生きて帰るまでが物見と心得てください。予定では、かなり深いところにまで踏み込むのですから退き時を間違えないこと」
 相手は忙しい身ゆえ、那須密偵には直接会えなかったが、残してくれた情報から敵の潜んでいそうな場所の予測はついた。
 帰還しなかった足軽たちの分布を地図で確認しながら、音無たちは敵勢や真田忍者の活動範囲を予測し、幾つかの侵入路の選定することができたからこそ、音無たちは行けるところまで行くことにしたのである。

●幸先の良さは欺瞞の香り
 事前情報として忍者による撹乱が危惧されている以上、沼田城に近付くにつれ、忍者にも警戒しなければなるまい‥‥
 これまで偵察任務と思われる侍の一団などを発見しつつも、時に隠れ、時に戦い、何とかやり過ごしながらきたが、それらを避けつつ住民の目をかわすのにも限度がある。
「最近、部屋でお薬ばかり作ってたのですから、ちょっぴりキツイのです〜」
 七瀬などはセブンリーグブーツで長距離歩行に備えていたが、本来、長距離移動のための魔法の品である。
 最短距離を使えず、悪路を常とし、頻繁に隠れなければならない、今回のような任務では多少の助けにしかならない。
「人が多くなってきたな。お前は、いつもどおり戦闘が始まれば退くのだぞ」
 超は愛馬・香影の首筋を撫でてやる。口には軽く泡を付けており、気分が落ち着かない様子からも疲労しているのがわかった。
 さて、馬もそうだが、人にも疲労が見える。
「優先するのは情報を伝える事。ここらが引き際かな」
 超の呟きに皆が顔を見合わせ、白羽を見た。
 偵察の中継拠点、または野戦のための小規模な拠点となる幾つかの砦の位置。
 沼田城南方に布陣する兵力が少ないこと。
 蒼天隊の偵察線上の地形、その周辺の村の位置。
 それらを持ち帰ることができれば、任務の功績としては十分といえるだろう。
「もう少しで沼田城の陣容を見ることが叶う距離にござりまする。それに薬や道具の御蔭で余力は残しておりまするし‥‥」
「どうしようかと思った時に、まだ行けると思ったところで引き返せ‥‥というのは、山歩きの鉄則だ」
「命と引き換えの任務だ。幸い、幾つかの情報は手に入れたからな。ま、最終的な判断は隊長に任せるよ」
 迷う白羽に超や楊が判断を促す。その言葉に引き返そうという意味が込められているのに白羽は気づいているが‥‥
「姉様、真田忍者に出会わなかった幸運を無駄にする手はありませぬ」
 迷いを察した火乃瀬は、白羽の迷いを断つ言葉を口にした。
「ミネアは難しいこと、わかんないけど、危ない時は無理をしないで即撤退。戦いの基本だよ♪」
「そうですね。死んでしまっては元も子もありませぬ。退きましょう」
 ふと顔を上げ、仲間たちに決断を促されていると再確認した白羽は、今度こそ決意した。
 大切な人がいる。その人たちのために必ず帰らなければならない。

 しかし、そんな彼らを遠くより眺める幾つかの影が‥‥
「もう少し引き込んで疲労の極で討つつもりだったんだがな。意外に早かったか。流石は冒険者。引き際を心得ているか」
 帰還し始めた蒼天隊を見て、息を吐き出す程度に笑う男が1人。
「御頭、御指示を」
 その左右には野良着の数人の男女がいる。
「よし、起き抜けを襲うぞ。先回りして、皆は一眠りせよ」
「寝込みを襲うんじゃないのか?」
 ふと、疑問を漏らした下忍に、先ほどの男が一喝する。
「馬鹿な。気の緩む瞬間を狙うのが忍びの戦い方だ。それよりも侍衆に知らせてやれ。奴らを襲わせるのだ」
「海野様ともあろう上忍が功を譲るのか? 手柄を横取りされちまう」
「馬鹿者が。我らの殿は目先の功になど惑わされん。手練の忍びは代えがきかんのだ。危険は少なければ少ないほど良い。
 侍たちが倒せるのなら、それで良し。逃げられたのなら疲弊したところを我らが討つ。
 その辺のことがわかっておられるから、我らは安心して真田の忍びをやっていけるのさ。わかったら砦へ行け」
 逃がさぬように先行偵察する者、周辺への連絡のために散る者などを送り出すと、戦力の補充と指揮系統の確認の為に海野六郎は沼田城へと帰還するのだった。

●夜討ち、朝駆け
 帰還の途についた蒼天隊は、暫くして2度、侍たちの襲撃を受けた。
 それを退けたとはいえ、距離を稼いだ上で野営ともなれば眠ることもままならず、かといって疲労は増す一方。
 できれば一気に那須の陣中まで退きたかったが、無理をして脱落する仲間やペットが出ることは避けたい。
「無理にでも進んだ方が良くありませんか?」
 音無は、そう言うが、長時間の緊張に晒され、先にも戦闘を行った者たちが連戦を行うには、やはり辛い‥‥
 消耗した魔力も傷も回復させてはいるが、ポーションやアイテムに頼るにも限りがあるからだ。
「わかっておりまする。しかしながら、馬たちも限界に近うござりまする。休憩を取らねば、我らも持ちませぬ」
「上手く退ければ良いのですが、嫌な予感がします」
「敵を全滅させた訳ではない。追撃がかかることもあり得るな」
 そういう白羽の言葉も、音無や楊の言葉も冒険者たちの胸の中では一理ある。
 しかし、どれが現実なのか、あるいは何れも間違いなのかわからない。
「おい、皆、気をつけろ」
「石動様も気づかれましたか。獣にしては気配がおかしいような。警戒した方が良いでしょうね」
 だが、今、その片方が現実になろうとしていた。
 石動と音無は暗闇の一画に目を凝らしている。
「御飯ですか?」
「ふっ、寝言は寝て言えよ」
 肝が座っているのか、能天気なのかと苦笑いしながら、石動は、居眠りしている七瀬を揺り起こす。
「医者として、できるのなら殺めたくはない‥‥ その迷いが上州兵を逃がしてしまった。そのせいかもしれません‥‥」
「そんな話は後だ。今は切り抜けることを考えろ」
 申し訳ないと言いかけた七神を、石動は叱咤した。敵地での士気の崩壊は全滅の予兆。
「囲まれた?」
「わからない。荷物は全部馬に載せておこう」
「わわ、大変なのです」
 慌てて起きる七瀬を他所に、超や楊は周囲を警戒しながら荷物を馬に載せる。
「円陣を組み、それぞれの死角を補いましょう。敵の出方を見て、突破いたしまする」
 白羽の決断に全員が即応し、それぞれに得物を手にし、茂みや木々を盾にするように全周囲に注意を払う。
 七神や火乃瀬、白羽ら術者はオーラエリベイションなど最初の魔法詠唱を終えた。
「いやはや、不意を突くつもりだったのにな」
 木の影にチラッと動いた人影は、薄い朝日の光では蒼天隊には目視しづらい。
「那須の足軽を生かして帰す訳にはいかん。死んでもらうぞ」
 2、3の人影が突っ込んでくる。
(「何だ‥‥ この不快感は‥‥」)
 楊は敵に対して身構える。
「気をつけろ! 後ろにもいるぞ!!」
 声を掛けられ、気を惹かれた隙に、背後から別働隊が手裏剣を投げたことに気がついた石動が、髪の毛数本を飛ばされながらソニックブームを見舞う。
「うぼぁっ」
「くっ、不快の正体は、これか」
 叫び声と倒れる音に、僅かに後ろに気を取られながら楊が舌打ちし、風切り音で当たりをつけて体をかわす。
「ぐっ‥‥」
 次の瞬間、何とか狙いを付け、矢を放とうとした白羽に手裏剣が突き刺さる。
 そのまま矢を放つが、薄闇の中、夜目が効くとはいえ、針の糸を通すような射撃がそう中るものではなかった。
「指示をくれ。隊長」
 前後に気が散った蒼天隊の対応は鈍い。
「殺った!」
 爆発の瞬間、距離を詰めてきた人影の刀が火乃瀬に迫る!
「ふにゃあ!」
 突然降ってきた影が爪で刃を止め、別の爪で深々と人影の腹をえぐった。
「何ぃ‥‥」
「がぉ!!」
 人影が退こうとしたところを背後から別の影が続け様に爪で切り裂き、牙を立てる。
「忘れていたよ、ミネア殿。恩に着る」
 好機とばかり楊が追撃をかけた。
「褒められちゃった♪」
 転がるように逃げる敵に追い討ちをかけて笑うミネアの隣で、チーターのシフォンが短く吠える。
「紅葉は、そちらを壁で防ぎ、水穂殿は火球で焼き払ってくださいませ! 残りは、この場にて各個に迎え撃ちまする!!」
「はい!」
 高速詠唱のマグナブローで敵を牽制すると、鬼火の守秘火(スピカ)と世音火(セネカ)にファイヤーウォールを立てるよう火乃瀬の檄が飛ぶ。
「言われなくても行くですよぉ♪」
 手裏剣を放った敵の方、目掛けてファイヤーボムをぶちかます七瀬。
 ドゴォオオン!
 派手な爆音と共に爆風が茂みの中を駆け抜ける!!
「敵は忍び。暗闇での長期戦はこちらに不利です。それに今の火球に気づいた上州兵が攻めて来ましょう。一気に退かねば、こちらが全滅しかねません」
「承知。退きまする。紅葉、煙幕を!」
 白羽の言葉が速いか、一画に煙が立ち込める。
 一方では炎の壁が立ち上がり、楊の投げ入れた油も火勢を助け、茂みを焼き始めた。
「くっ、これでは香が飛ばん!」
 敵の悔しそうな声が響いた。
 自分たちの方が風上にいたはずだ‥‥ 石動は、ふと疑問に駆られながらも、それを一瞬で振り払った。
「ここは任せろ! 先に行け!!」
 今は逃げるのが先決! ソニックブームを放ち、敵を牽制する。
「切り拓くぞ、七神殿」
 立ち木で三角飛びして手裏剣をかわすと、楊が銀の爪を振るう。
 しかし、敵も然るもの、かわして木の上に逃れると、忍印を組んだ指先から炎が吹き出し、楊を焼く。
「させませぬ!」
 白羽の矢が腕に突き刺さり、敵の印が解け、落下した。
「私たちは死ぬわけにはいかないのです!」
 脇差と短刀を小太刀二刀流に構えた七神が、封魔の外套の影から刹那の剣撃を繰り出す。
 目の前の人影は片方を受けようとして肩口を斬られ、もう一撃の刃には対応できず二の腕を斬られた。
 他方では、
「早く、こっち!」
「逃がすか!」
 手招きするミネアの方を向いた音無が背後から斬りつけられる。
「ちぃい、分身か!」
「問答無用! さらばだ」
 分身に攻撃を仕掛けてしまった敵の頭上から首筋目掛けて手刀を振り下ろし、音無はスタンアタックで気絶させ、茂みの影に消える。
「漣、行きまするぞ」
「コロネもシフォンも、ちゃんとついて来るんだよ♪」
 さすがに事態を把握しきれないペットたちが騒ぐが、殆んどが絆の深い者ばかり。
 何とか宥めると、白羽たちは一気に那須兵のいる方向に駆け出した。

●真田忍者
「ごほっ‥‥ くそ、逃がしたか」
 燃える生木で助長された煙を抜け出し、真田忍者の1人が呟いた。
 重傷を負った部下たちは薬で治したが、追撃は難しそうだ。
 この先にも冒険者が設置したと思われる炎の壁や煙の塊が見えるし、あの強烈な火球は火遁の術とは桁違いに強力だ。
 おまけに、妖怪を操り、突然、地面から炎が吹き出す罠まで仕掛けてある‥‥とくれば‥‥
「増援に来てみれば、散々な目に会ったようだな」
「海野様‥‥ 申し訳ありません。逃がしてしまいました」
 突然、声を掛けられて、隊長格の忍者が首を竦ませて目を伏せた。
「死人はなかったようだな。ならば良い」
「しかし、情報を持ち帰られてしまいました」
「仕方ないことよ。大丈夫。その辺り、信之様は織り込み済みで動いておられる」
「しかし‥‥」
「これ以上言うな。こんな仕事で死人を出すようなもんは、真田の忍びではないわ。昌幸様や幸村様も、そう言われるだろう。
 命を捨てて望まねばならん仕事ではそうせよ。それまでは勝手に死ぬことなど、殿から真田の忍びを預かる俺が許さん」
 真田忍者たちは煙の向こうに見える別の煙‥‥、土煙に目を凝らした。
「那須勢が来るか。周囲の砦に報せを入れよ。各々の分担を守り、繋ぎを待て。信之様へは俺が知らせる。忙しくなるぞ!!」
「ハッ」
 海野と呼ばれた男を残し、ババッと忍者たちは散っていった。

●沼田城、攻略へ
 前進を始めていた那須勢に助けられた蒼天隊は情報を本陣に持ち帰ることができた。
 主力の那須勢に対して、警戒の為に残された小勢では太刀打ちできないと蒼天隊の追撃が行われなかったからなのだが‥‥
 それは偶然が呼んだ僥倖でもある。
 敵城を目の前に進撃を止めた那須勢に退屈した、客将の福原資広が手勢の50を引き連れて比較的安全な地域の敵砦に襲撃をかけたため、それを孤立させるわけにもいかず、情報を得られている前方に陣を動かしていたことに起因するからだ。
 とはいえ、実戦慣れしている蒼天隊の抱いた不快感を吟味した結果、真田忍軍は排除的に物見を撃退しているのではなく、選択的に、また、効率的に敵の物見を誘い込み、撃破しているのだと気づいたことは大きいと言えた。
 また、これは敵の忍びが大規模に展開していることを示唆し、侍たちを撃破に使っていることから、その数が圧倒的に多数なのではないことを臭わせていた。
「一筋縄ではいかないということだな。駆け引きでは向こうが一枚も二枚も上。ならば、私たちの採るべき道は‥‥」
 与一公は新たに得られた情報を元に作成された地図を前に呟く‥‥