●リプレイ本文
●その正体は‥‥不明‥‥
ギルドの紹介で妖怪に関する文庫を持つ商家での調べ物が許され、高槻笙(ea2751)と大宗院鳴(ea1569)は過去の伝承を集めていた。
「闇夜に浮かび上がる黒い影‥‥ これは違いますね。他には‥‥」
「壁が動くなんて不思議ですね。是非、体験したいですわ」
ギルドで依頼を知るなりソワソワしっ放しの鳴。ニコニコ笑顔がいつにも増してふやけている。
「鳴さんもですか? 人の行く手を遮る妖、いや物の怪でしょうか。
そんなものに実際壁に触った方がいるそうですね‥‥ くぅ〜、私も触ってみたいです」
『悠智なる詩士』とも呼ばれる高槻も怪異のことになると普段を忘れるらしい。
「進んでますかな?」
商家の隠居が部屋を覗き込んで高槻の様子を伺う。
「それがあまり‥‥」
「どのような妖怪なのですかな? 私でお役に立てるかは分かりませんが‥‥」
藁にもすがる思いで高槻が事情を話すと、隠居はブツブツ言いながら何かを思い出そうとして、やがて膝を叩いて語り始めた。
「『ヌリボウというもの、夜間路側の山から突き出すと言う。色々の言い伝えあり』
これではないですかな? このあたりに口伝で残っている妖怪話なのですよ。
ただ、噂の域を出ぬ‥‥と、真偽のほどは疑わしいですがな」
江戸が整備される前、それもかなり昔に豪族の屋敷に現れたものだと言う。よく聞くと、確かに似た部分が多い。
「なるほど‥‥ そのような言い伝えが」
文庫をざっと調べ終わっていた高槻は、これ以上の情報は入手できないと諦めることにした。
しかし、これほどの妖怪に関する文庫はそうない。
調査結果とは裏腹に、眼福と至極ご満悦だ。
「大変役に立ちました。本当にありがとうございます」
「事が終わったら、此度の話を是非聞かせてくださいよ」
「必ず」
今回の顛末を話してあげたら、さぞかし喜ぶだろうと高槻の顔につい笑みがこぼれた。
ギルドに帰ってきた高槻たちは、現地の聞き込みをしていた加藤たちに合流した。
「文庫の方は口伝を手に入れただけで、これだって感じではないな。そっちはどうだ?」
「こっちは全然」
加藤武政(ea0914)が首を振る。
「壁の妖怪であれば塗り何某(なにがし)でしょうか。ヌリボウと呼ばれる妖怪の口伝なら聞きましたし」
「んー、なんとなく正体の想像はつくが、まだ聞き込みが足らん‥‥ 裏づけを取らんことには対処のしようもない」
先走る高槻に加藤が苦笑いで応えた。
「地響きが聞こえたというのだから、その場で突発的に出現・消滅するのではなく、壁そのものが自らの意志で動いていると思う。
地響き自体は何人も聞いてるようだから、この推測は強(あなが)ち間違いではなかろう。
だから、物の怪の一種には間違いないんだろうがな」
ちっとも情報が集まらないことに凪里麟太朗(ea2406)の表情もさえない。
「まぁ、大蛇やら大磯巾着やらカスベやら大蟹やら‥‥そんなものばかり相手にしていたから、本物の妖(あやかし)を見れるかもしれないというのは実に興味深い。
まずは情報を確認せぬか?」
氷川玲(ea2988)が自分の集めた情報を語り始めたのを機に、兎も角、各人集めた情報を出し合った。
それでわかったことは‥‥
出現法則はないが、件(くだん)の武家屋敷近辺に集中していること。
屋敷の持ち主の共通点は、場所が場所だけに侍か志士であるということ以外‥‥
何もなかった。
「『夜間に現れる』、『武家屋敷で現れる』ということなら『壁の向こうで何をしているかは見えない』訳だよね。
不思議な壁に見せかけた泥棒なのではないか?
壁に触った志士に会えなかったのも怪しいと言えば怪しい‥‥」
疑わしく思っていれば、ちょっとしたことでも疑わしいものである。
果たして永倉平九郎(ea5344)の推測は的中しているのか‥‥
「古い器物が変化(へんげ)した物なら供養してやりたいし、化け狸や化け狐なら懲らしめないといけないしな。
これ以上は実際に遭遇しないと、何とも言えぬな」
足を棒にして聞き込みを続けた山王牙(ea1774)も、さすがにこれ以上の情報は集まらないと感じていた。
「えぇ、あとは‥‥ この地図をもとに夜に調べるだけですね‥‥」
日差しに弱いコルセスカ・ジェニアスレイ(ea3264)が、この炎天下に頑張って作った地図を指差す。
クラッ‥‥ ふらつくコルセスカを氷川が支える。
「とりあえず‥‥ 日が暮れるまで仮眠‥‥しませんか?」
「そうだな。夜は、ずっと起きとかないといけないからな」
コルセスカたちは、とりあえずの眠りに落ちた‥‥
●奇妙な壁‥‥
ズズンッ‥‥
「奇怪な話だ。これは是非とも、その壁とやらにお目に掛からなければな」
山王たちが夜通し張り込んだにもかかわらず、収穫はこの音だけだった。
音のした辺りに来ているが例の壁は影も形もない。
「明日も張り込むしかないな」
永倉の提案で分散して見落としがないようにしていたにも関わらず‥‥である。
こうなったら意地である。この目で見ないことには気がすまない。
「今日は帰って昼に出直そう。聞き込みを続けて、夜は張り込みだ。さすがに少し眠くなってきた‥‥」
「?」
あきらめて帰ろうとしたとき、山王が何かを見つけた。
「これ、見てみろ」
山王が鞘の先で地面を指す。その先には壁から壁へと伸びる一直線の溝。
理由があってこんな溝を掘る者はいない。となれば、今回の事件がらみだと考えるのが自然。
「事件が起きてるのは確かだというわけだ」
「絶対に見つけてやる」
冒険者たちは、この日の探索を諦めて、出直すことにした。
一眠りして聞き込みのために武家屋敷を訪れた一行。
今回は壁に触ったという志士に会う事ができ、事件の新しい情報まで手に入れる事ができた。
「壁が現れた晩に何か変わった事ってなかったですか?」
「実はな‥‥ 今度は壁に落書きする妖怪が現れたんだと‥‥
地響きを立てて現れるけど姿は見えず。その後には壁に意味の分からない落書きだけが残るっていう。
変な話だろ?」
「ああ」
永倉は抑揚なく頷いた。
(「僕たちのことだ‥‥」)
とは間違ってもいえないのであった。
件の壁を探索するときに仲間との情報交換のために、武家屋敷の壁に書き込みながら移動していたのだが、それのことらしい。
「物が無くなったとか、壁に傷ができていたとか、どんな些細なことでもいいんです。
他に普段と違う何か‥‥ なかったですか?」
さすがに話題を変えた。
「そんな話は聞かぬな。まぁ、もし何か取られたとしても外聞が悪いと騒がぬ屋敷も多いだろうしな」
「あなたの所ではどうだったのです?」
「何も盗られちゃいないよ。もし何か盗られてたら、こんな話を他人にしたりしないよ」
志士の表情を見る限り、嘘をついているようには見えない。
「不審な者も見なかったのですね?」
「見なかった」
断言する志士の言葉を高槻たちは信じるしかなかった。
その日の夜、冒険者たちはまた張り込みをすることにした。
だいぶ夜も更けたころ、山王は背後で地響きを感じた。
振り向くと、そこにはなかったはずの壁が‥‥
「これは、例の壁か?」
山王は地図を確認したが、やはりこの場所にないはずの壁だった。触ってみたが、やはりただの壁。襲ってくる気配はない。
「仕方ない‥‥」
打ち合わせ通り、目を離さずにこの場で仲間の到着を待つことにした。
結構経ってから仲間たちが現れた。
「遅い。結構待ったぞ」
「すまん。これでも急いできたのだが‥‥」
永倉は忍者刀を足場にして器用に塀の上へと登り、上から表と裏を眺めた。
「見事‥‥」
ホントに見事にただの壁である。手も足もない。おまけに周囲の塀に隙間なく一体化している。
忍者風に言えば壁遁の術とでも言おうか‥‥
触った感じも壁。においも壁。軽く叩いたり押したりもしてみたが、壁以外の何者でもない。
「地面との隙間もなしか」
氷川の目にも壁にしか見えなかった。
「壁が突然現れた‥‥ その時の人影は周囲に1つ。情報はそれだけですね」
高槻がステインエアーワードで周囲の空気と会話するが、決め手になる情報は得られない。
いや‥‥決め手となる情報ともいえるのだが、今ひとつ納得がいかない。
理由がないのだ‥‥
高槻も触ってみるが、やはり壁である。
「本当に不思議な壁ですね‥‥」
コルセスカが、おもむろに壁に狸の絵を描き始めた。
「おい、何してるんだ?」
「反応なしですか‥‥
こうなったら我慢比べです。朝になったらいなくなってるって話ですからずっと見張ってましょう」
何が起こるかわからないのに、かなりチャレンジャーなコルセスカである。
「情報を整理すると壁が現れてから周辺には誰も現れていないんだな?」
麟太朗の質問に山王が頷く。
「これで盗賊たちの陰謀説は消えたわけだ。
そして壁の妖怪という線が濃くなったが‥‥
現れたところを見ていないし、何にも動かないからな‥‥」
段々と山際が薄明るくなり、夜が明けてきた。
「もう朝か‥‥
いったい何なんだ、この壁は‥‥」
さすがにみんな結構じれている。
「人々を悪戯に惑わすなら改心するまで付き合うぞ」
山王が壁に向かって凄む。
ズズンッ。掻き消えたかと思うと離れた場所に突き出し、地響きが遠ざかって薄明るくなった暗闇に消えていった。
「ヲイ!!」
追いかけたが壁の姿はどこにもない。
●何が起こったのか? ‥‥
その後、武家屋敷一帯で不思議な壁を見たという情報は入っていない。
「妖怪とはそういうもんじゃ。
怖いと思うから怖い。きっと人が驚く姿を見て楽しんどっただけの妖怪じゃて」
妖怪好きの隠居とひとしきり妖怪談義を楽しんで高槻はその場を後にした。
「一反木綿さんにあってみたいです〜」
「私もですよ。気が合いますね」
「そうですわね」
鳴と高槻は新たな妖怪騒ぎがないかギルドへ足を伸ばすことにした。