【泡沫の美】王者の風格

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月15日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月23日

●オープニング

 下野国那須藩西部の拠点、矢板川崎城。
 その一室には桜の花びらが舞い込み、空気の味も違って感じられた。
「これは何かあると思わせているのか、それとも何かあるのか。それが問題でございます」
「何もない‥‥ということもありますが」
「その通りでございますな」
 疑問を口にしながらも尻上がりの口調でないところを見ると、2人とも問題点の確認をしているのだろう。
 その通りと男が満足そうに頷くところをみると、片方の男の思考の手助けをしているのか‥‥
 浮かない表情の彼らの前には何冊かの冊子が並んでいる。
 その題目には大ミミズ、大猪、巨大殺人蜂、巨大蟻地獄、大フクロウなどの文字が見える。
「与一公、これの対処を、いかがすれば良いものでございましょうか‥‥」
「うむ。冒険者の報告によれば王者の風格の熊で、遭遇した場では戦いにはならなかったと」
 与一公と呼ばれた切れ長の目の黒髪の男は冊子を閉じ、僅かに顎を上げて目を閉じると小さく溜め息した。
 冊子には巨大熊『白兜』の文字が‥‥
「頭(かしら)であれば部下を傷つけられて黙ってはいられない。玄白、それは野生の動物でも同じではないだろうか?」
「野生動物では、顕著‥‥と言っても良いかと思いまするな」
 与一公の問いに、玄白と呼ばれた傍らの男は頷く。
「大きな生物の出現に何かの予兆があるのではないかと冒険者も気にしているが、それはどうだろうか?」
「今の段階では何とも‥‥ ただ、偶然が無意味に重なることはありますまい」
「そう思わせるために仕組まれた事件であることも考えられますね」
「はい。私もそう考えます。
 それが意図的なものかどうかは別の問題でありますが、必然の出来事だったとして意味を考えることは必要でございましょう」
「それにしても奥州との遣り取りで随分と疑り深くなった気がします‥‥」
「殿はお変わりになっておられませぬよ。経験を積んで成長されたと考えてくださいませ」
 はぁ‥‥と溜め息をついて苦笑いする与一公に那須藩士・杉田玄白は笑みを浮かべている。
「玄白、大きなる者の出現が何か意味するのか、まずはそれを調査してください。
 白兜への対処は引き続き、杉田蒼馬を当たらせましょう。足軽の増員を許可し、村の防備を命じます。
 こちらから手出しすることは許しませんが、止むを得ない場合、白兜ら熊の群れとの戦闘を許可します」
「御意」
 微笑みを湛えて命を下す与一公に杉田玄白が頭を下げた瞬間‥‥
「殿!」
 廊下を渡る音がする。
「どうしたのです、朝光」
「八溝砦から使いの者が参りました!
 尾根を伝って八溝山に入ろうとする黒装束の鬼の一団あり、八溝砦は兵を繰り出し、これを撃退。
 神田城へ増援を呼びに使いを出したとの由(よし)」
「黒色槍兵団と銘打った那須支局の報告書が2件ございましたな」
「おぉ、杉田殿。拙者もそれが気になっております。奥州藤原公が鬼と結託して攻め入ってくる気なのではないかと」
「考えられますな。悪鬼の如き金売吉次ら一党を使い、妖狐らとも手を組んでいる方ですからな」
 矢板川崎城主・結城朝光と杉田玄白が僅かに気色ばむ。
「八溝山が‥‥ とりあえずは朝政が対応してくれましょうが、私は神田へ向かい、白河にも足を伸ばしましょう。
 朝光は上州からの侵攻を警戒し、守りを固めてください。玄白は、大きなる者の事件の調査を。2人とも頼みます」
「「御意」」
 とりあえず神田城代の小山朝政なら間違いなかろう。その気持ちのもと、3人は小さく首を盾に振った。

 さて‥‥
 江戸の冒険者ギルドに依頼が張り出された。

『那須藩南部の村に白兜と呼ばれる巨大熊に率いられた熊の群れが出現。
 那須藩からの依頼で、君たちは那須兵と協力して防備に当たってほしい。
 但し、防御戦闘は許可されているが、熊の群れにこちらから手出しすることは厳禁されているので注意してほしい』

※ 関連情報 ※

【那須藩】
 下野国(関東北部・栃木県の辺り)の北半分を占める藩。弓と馬に加えて近年では薬草が特産品。

【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
 那須藩主。弓の名手。
 喜連川宗高、那須守宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。

【那須支局】
 正式名称『江戸冒険者ギルド那須支局』、通称『那須支局』。
 那須藩喜連川にある江戸ギルドの出城といった役割の冒険者の拠点。
 簡易宿泊施設、調理場、厩、中庭、広間などに加えて、薬草庫や書庫(書物は那須情報中心)もあって拠点としての能力は高い。
 依頼斡旋はしていないが、依頼の受付代行は行っており那須での依頼の窓口となっている。

【蒼天十矢隊】
 冒険者から徴募された那須藩士たち。11名(欠員1名)が所属した。
 八溝山決戦に至る那須動乱を勝利に導いた立役者として那須の民に絶大な人気を誇る。
 茶臼山決戦の後、藩財政再建にも多くの献策を行ったが謀反の疑いをかけられ部隊は解散した。
 現在、与一公の意向により、那須藩預かりの冒険者部隊には『蒼天隊』の名が与えられている。

【杉田玄白】
 広い知識を持ち、軍師的な活躍もしている那須藩士。欧州勉学の旅を終えて帰国したところを与一公に招聘された。

【杉田蒼馬】
 末蔵という名で馬周りだったが、杉田玄白の養子となり、武士となって改名。蒼天十矢隊の足軽頭から藩士へ抜擢された。

【結城朝光】
 那須藩矢板の川崎城城主。小山朝政の弟。烏帽子親は源徳家康。文武に優れ、将来が期待されている。

【小山小四郎朝政(おやま・こしろう・ともまさ)】
 那須藩神田の神田城城代。下野の南部を地盤とする豪族。源氏との繋がりが深い。

【白兜】
 黒毛で頭と首に白毛のある巨大な熊。熊の群れを率いているようだ。

●今回の参加者

 ea2473 刀根 要(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3874 三菱 扶桑(50歳・♂・浪人・ジャイアント・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea8917 火乃瀬 紅葉(29歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0712 陸堂 明士郎(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

アルミューレ・リュミエール(eb8344

●リプレイ本文

●城砦村
「体の大きな生き物は数多おりまするが、白兜のようなものは紅葉も知りませぬ‥‥」
 敵を知り、己を知れば百戦危うからずと戦ってきた火乃瀬紅葉(ea8917)は、不安を覚えた。
「あの『白兜』達が姿を現しただけで大人しく帰るとは思えませぬ」
 肉塊が怒涛のように迫る恐怖は、戦場で敵が迫る恐怖とは別のもので、土砂崩れのようになす術もない気にさせられる。
 その脅威から人々を護りたいと思う気持ちは仲間たちも同じだが‥‥
「しかし、那須藩からは、こちらから傷つけるなと言われているのだろう? どうするよ?」
 三菱扶桑(ea3874)は腕組みをして村の防備を見渡した。
 ただでさえ一匹でも熊相手というのは大変なのに、それが群れで押し寄せるのである‥‥
 堀に柵、落とし穴や土塁により陣地を築いて守りに徹するとはいえ、どこまで役に立つのか‥‥
「自分の身の丈の4倍はある熊か‥‥ 命が幾つあっても足りやしないな」
「そういう相手と戦うのは、正直、興味があるけどね。それにしても、那須藩は共存しようとでも言うの?」
 アイーダ・ノースフィールド(ea6264)の提案は尤も。
「守るだけ、こちらに不利だしな」
 目撃した仲間たちの話を聞くにつれ、これしきの防御施設と人数で守りきれるのか不安は増すばかりだ。
 自分の身であれば自分で守る。冒険者なら、それくらいの覚悟はあって当然。だが、今回ばかりは分が悪い‥‥
「村ごと撤退するわけにはいかないのか?」
「八溝の一画への入植の関係から、拡げることはあっても簡単に退くわけにはいかないのです」
 藩士・杉田蒼馬は、陸堂明士郎(eb0712)の問いに申し訳なさそうに言う。
「ボスが巨大になって食料が足りなくなったから人里を襲った‥‥なんて理由じゃないことを祈るわ」
 笑顔を向けたアイーダは、弓射に最適な地点を割り出し、防御陣を固める指示を出しに行った。

「まいど〜♪ しっかし、怪獣大決戦や。見てるだけなら面白いんやけどな」
 体が小さく、飛べるということで、連れの妖精・弥生と一緒に山の中へ偵察に出向いたイフェリア・アイランズ(ea2890)。
 時々もたらされる報告の御蔭というか、逆茂木の内側に落し穴を掘り、穴を掘った土で土塁を築き、村は完全に城砦化に向かっていた。
 ともあれ、村人たちは田畑が荒れるのを嫌ったが、それ以上に父祖の代より根ざしてきた土地を離れるのは、もっと嫌なようだ。
 倒壊した建物を利用し、木を切り倒し、果ては守りきれない場所にあると判断された家まで壊して防御施設を作っている。
「相手が猛獣だということで槍と弓が渡るように手配してあります。槍襖、矢襖で対応すれば村人を加えても幾らかは戦えましょう」
「どうにもならない時は退いてください。戦うのであれば私たちだけの方が戦いやすいですからね」
「わかりました。今の我らの役目は村人を守ること」
 縄張りの様子を見に来た蒼馬たちは手筈の確認を怠らない。
 お前が倒れるのを見たくないと口に出そうになるのを、刀根要(ea2473)は堪えた。
「国は王、国は民、国は国土だと父上は申しておりました。その意味が分かる気がします」
「うう、いつの間にかこんなに立派になって‥‥ お母さんは嬉しいですよ」
「は‥‥ いつの間に父上と夫婦になられたのですか?」
「はぅ、えっとですね♪ 水穂は身も心も神皇様に捧げているですよ」
「まさか?」
「はにゃ、違うです〜。いや、え〜と違わないけど、違うです」
 嘘泣きの乙女ボケを、天然の純情ボケで返されては、七瀬水穂(ea3744)もたまらない。
「復興の様子、それに殿が元蒼天十矢隊から藩士を登用したというのは嬉しい報せでござりまするな」
 旅すがら那須の様子を聞いて回っていた白羽与一(ea4536)は、杉田玄白の考えに感じ入っていた。
 殿の懐の広さと甘さ、そして時間が、那須を平和に変えようとしている‥‥
 長くなってきた髪が、白羽にそれを再認識させるのであった。
「薬草事業の推進のためにも、那須の地は平和になってほしいものなのですよ。
 ほれ、不動。ぐるぐるって、絶刀牙、やってみるですよ♪ 忍犬の究極奥義にするです」
 鳴いた烏がもう笑う。
 七瀬は白羽に微笑みかけた‥‥ じゃなくて、人の犬に何仕込んでるんだか‥‥
 ともあれ、忍犬・不動は怪訝そうに首を傾げるのだった。

●襲撃
 慌てて帰還するイフェリアを見つけた白羽の報告に村中が騒然とした。
 そんな中、断続的に聞える半鐘の音は、熊が鳴子の罠に掛かった証拠だ。
「蒼天隊がついておりまする。我らを信じ、杉田蒼馬殿の指示に従ってくださいませ」
 凛とした白羽の声が、動揺していた民衆の耳を惹き付けた。
「手筈どおり、足軽と村人は決められた通りに動くように。守りきれぬ場合、一旦、この村を退き、後日、切り取りに参る!!」
 武士に二言はない。恥を知らぬは武士の風上にも置けぬ。
 蒼馬を、蒼天隊を見てきた者にとって、それは信じるに足る言葉と考える者が多いのか、頷くのみ。
 勇み足を踏む村人がいるかも知れないという陸堂の心配は無用のようだった。
「ここでの時間は百金に値する。急げ!!」
 蒼馬の声に人々は一斉に動き出すのだった。

 三菱は目を細め、眉を寄せた。
「嘘だろ〜? 城でも防げるかわからんぞ」
 百聞は一見にしかず。まさにそれだ。
 山一つ迫ってくる‥‥ 火乃瀬たちの話は形容でも何でもなかったのである。
『退いてはくれませんか? そうしてくれなければ、私たちは人を護る為に、あなたたちを傷つけるようになるでしょう』
 オーラテレパスで刀根が熊に話しかけるが、逆茂木の柵を避けて進む熊たちの殺気が鋭く突き刺さる。
『おまえたち、仲間ころす。怪我した仲間、狩りできない。死ぬだけ』
『それは、あなたたちが先に襲ってきたからです。まずは白兜と話をさせてもらえませんか?』
 刀根はオーラシールドで肉塊の突進に備えた。
「戦場の死神‥‥と言っても熊相手ではな‥‥」
「人相手のようにはいかんぞ」
「わかってる。蒼天隊・陸堂明士郎、参る!」
「ぬぅっ!」
 幸い、柵と土塁の御蔭で一度に相手にする数は少ないが、体重差は歴然。受け止めて突進を抑えるなど至難の技だ。
『白兜?』
『あの熊のことですよ』
 刀根が指差すと、のそりと白兜は一歩進み出る。
「とりあえず問答無用ではないが‥‥」
 回避を織り交ぜていなしている陸堂に比べると三菱は押されている。受けだけでは限界があるのだ。刀根に冷汗が、つと‥‥
「こっちや♪」
「助かる」
 鼻先を飛ぶイフェリアに気を取られて、三菱に一息つく間が‥‥ しかし、その間にも、突進につかえた熊が別の箇所へと向かう。
「炎の陣、頼みまする!!」
 熊たちの拡散を防ぐように外しながら矢を放つ白羽の声が響いた。
『私は刀根要です。彼方の姿に敬意を表して白兜殿と呼びたいのですが、良いですか?』
『白兜、俺がか』
『そうです。あなたの名です、白兜殿。戦えば双方に死ぬ者が増えるでしょう。だから、村に手を出してほしくはない』
『強いもの、生き残る。何が悪い』
『それは‥‥』
 力強く断定的な質問に刀根は言葉を詰まらせた。強者が生き残る。そう、それが自然の摂理なのだ‥‥
 七瀬が効率的に要所に炎を宿らせ、一方で村人の退路を確保するように、火乃瀬の指示で鬼火たちが炎の壁を作り出してゆく。
 スモークフィールドで見た目以上に炎上しているように見せかけて‥‥
 反対側からはアイーダの指揮で矢雨が見舞われ、熊たちの足を止めている。
『白兜殿、以前に仲間が傷つけられたと言いました。ここの者がですか?』
『人、俺の仲間を殺す。沢山、死んだ。だから人間食う。森の獣の方が美味い。けど、食べつくす、住めなくなる』
『山に食料が少ないのですか?』
『鬼、美味くない。人間の方が美味い。美味しい獣と一緒にいる。嬉しい。それに人間、仲間狩る。嫌い』
 白兜の一声一声が地を震わせるようである‥‥
『俺たちの勇者、戦って強さ見せる。おまえたち、勝てば俺たち退く』
「強さが正義と言うことですか‥‥」
 刀根は唇を噛んだ‥‥
「どうやら覚悟を決めるしかないな」
 三菱の発する気の質が変わった。

●勇者の戦い
 押し寄せた熊たちの中から屈強そうな奴ら10頭ばかりが間合いを詰めてくる。
「しゃあないな。うちに任せとき‥‥って、嘘や〜」
 先制はイフェリアのライニングサンダーボルトは、雷光に驚いただけで突進が止まることはない。
 続いて愛犬・ティグレッドに足元を撹乱させ、アイーダの放った矢は毛皮に阻まれたようだ。
「なら、これでどう!」
 矢継ぎ早に放った矢は目蓋の上から突き刺さった。
「強さが正義だと言うなら見せてやります! あなたたちの選んだ道です!!」
 ばごきっ‥‥
 視界を一瞬失った熊に刀根の容赦ない金棒の一撃、二撃!
「おうさ!」
 三菱も連撃を叩き込む。
「させないですよ〜♪」
 掌握した炎で七瀬が熊たちを怯ませ、三菱らの攻撃の隙を補った。
「さすが、操火の猛‥‥ すいませぬ、焼き芋の乙女にございまするね」
「そういう紅葉ちゃんも、流石、烈火の〜なのですよ」
 乱戦にある刀根たちも熱いだろうが、囲まれて押しつぶされるよりはマシと火乃瀬もファイヤートラップで熊たちを分断している。
「息の根を止めろ! 少ない犠牲で奴らが納得するなら、それに越したことはない!!」
 不動が鼻先に噛み付き、陸堂の通連刀が深手を負った熊に止めを差した。
「風が巻いて、うまく飛ばれへん‥‥」
 熱風で風が舞う中、矢が上手く狙えないのは白羽とアイーダも一緒。
 だが、イフェリアにはスクロールという強い味方があったのだ。
「長いこと、もたへんやろうけど」
 炎の中、1頭の熊が氷漬けになった。
「退いて下さりませ‥‥」
 白羽の願いが叶ったのか、白兜の一吠えで熊たちは村を後にするのだった‥‥