【泡沫の美】大きなる者

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 84 C

参加人数:5人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月15日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月23日

●オープニング

●王者の風格
 下野国那須藩西部の拠点、矢板川崎城。
 その一室には桜の花びらが舞い込み、空気の味も違って感じられた。
「これは何かあると思わせているのか、それとも何かあるのか。それが問題でございます」
「何もない‥‥ということもありますが」
「その通りでございますな」
 疑問を口にしながらも尻上がりの口調でないところを見ると、2人とも問題点の確認をしているのだろう。
 その通りと男が満足そうに頷くところをみると、片方の男の思考の手助けをしているのか‥‥
 浮かない表情の彼らの前には何冊かの冊子が並んでいる。
 その題目には大ミミズ、大猪、巨大殺人蜂、巨大蟻地獄、大フクロウなどの文字が見える。
「与一公、これの対処を、いかがすれば良いものでございましょうか‥‥」
「うむ。冒険者の報告によれば王者の風格の熊で、遭遇した場では戦いにはならなかったと」
 与一公と呼ばれた切れ長の目の黒髪の男は冊子を閉じ、僅かに顎を上げて目を閉じると小さく溜め息した。
 冊子には巨大熊『白兜』の文字が‥‥
「頭(かしら)であれば部下を傷つけられて黙ってはいられない。玄白、それは野生の動物でも同じではないだろうか?」
「野生動物では、顕著‥‥と言っても良いかと思いまするな」
 与一公の問いに、玄白と呼ばれた傍らの男は頷く。
「大きな生物の出現に何かの予兆があるのではないかと冒険者も気にしているが、それはどうだろうか?」
「今の段階では何とも‥‥ ただ、偶然が無意味に重なることはありますまい」
「そう思わせるために仕組まれた事件であることも考えられますね」
「はい。私もそう考えます。
 それが意図的なものかどうかは別の問題でありますが、必然の出来事だったとして意味を考えることは必要でございましょう」
「それにしても奥州との遣り取りで随分と疑り深くなった気がします‥‥」
「殿はお変わりになっておられませぬよ。経験を積んで成長されたと考えてくださいませ」
 はぁ‥‥と溜め息をついて苦笑いする与一公に那須藩士・杉田玄白は笑みを浮かべている。
「玄白、大きなる者の出現が何か意味するのか、まずはそれを調査してください。
 白兜への対処は引き続き、杉田蒼馬を当たらせましょう。足軽の増員を許可し、村の防備を命じます。
 こちらから手出しすることは許しませんが、止むを得ない場合、白兜ら熊の群れとの戦闘を許可します」
「御意」
 微笑みを湛えて命を下す与一公に杉田玄白が頭を下げた瞬間‥‥
「殿!」
 廊下を渡る音がする。
「どうしたのです、朝光」
「八溝砦から使いの者が参りました!
 尾根を伝って八溝山に入ろうとする黒装束の鬼の一団あり、八溝砦は兵を繰り出し、これを撃退。
 神田城へ増援を呼びに使いを出したとの由(よし)」
「黒色槍兵団と銘打った那須支局の報告書が2件ございましたな」
「おぉ、杉田殿。拙者もそれが気になっております。奥州藤原公が鬼と結託して攻め入ってくる気なのではないかと」
「考えられますな。悪鬼の如き金売吉次ら一党を使い、妖狐らとも手を組んでいる方ですからな」
 矢板川崎城主・結城朝光と杉田玄白が僅かに気色ばむ。
「八溝山が‥‥ とりあえずは朝政が対応してくれましょうが、私は神田へ向かい、白河にも足を伸ばしましょう。
 朝光は上州からの侵攻を警戒し、守りを固めてください。玄白は、大きなる者の事件の調査を。2人とも頼みます」
「「御意」」
 とりあえず神田城代の小山朝政なら間違いなかろう。その気持ちのもと、3人は小さく首を盾に振った。

●埒の明かない調査
「すーさん? あ、いた♪」
 那須藩矢板の川崎城の城下町の武家屋敷に現れたのは、笑顔の明るい僧姿の少年、虎太郎。
「来たね、虎太郎。お前さんに江戸へ使いを頼みたいんだが、いいかい?」
 それを迎えるのは那須藩士・杉田玄白。
「いいけど、何の用なの?」
 虎太郎は、出された団子とお茶を笑顔で頂いている。
「実は那須藩では大きな生き物が多く現れている‥‥と言っても最近多いというだけなのか何なのか‥‥
 要領を得なくて済まないが、要するに、よくわからないから、何が起きているのか手掛かりがほしいって訳だ」
「大変だね。宮仕えってやつも」
「どこでそんな言葉を憶えたんだよ‥‥ でも、そういうことだね。体が2つも3つもあれば、自分で江戸にも行くんだが」
 杉田玄白は苦笑いで茶を啜っている。
「う〜んと、でっかい生き物が関係してそうな事を調べればいいんだね?」
「あぁ。それもあるが、冒険者の視点で思ったことがないかとか考えを聞きたいとか、まぁ、色々だ」
「大変だ」
 そうは言いながらも虎太郎は笑っている。
「でも、わかったよ。何かの前触れじゃなきゃいいけど」
「不吉なことを言うなよ。那須支局へは別に使いをやっておく。早速、江戸へ立ってもらえるか?」
「うん♪」
 虎太郎は書状を貰うと団子を握り締めて走り出した。

 さて‥‥
 江戸の冒険者ギルドに依頼が張り出された。

『那須藩南部の村に白兜と呼ばれる巨大熊に率いられた熊の群れが出現。
 短い期間で大きな生物が頻出するという事態に何かあるのではないかと那須藩は考えている。
 そこでだが、君たちは那須藩からの依頼で調査を行ってほしい。調査の方法は冒険者に任せるとのこと』

※ 関連情報 ※

【那須藩】
 下野国(関東北部・栃木県の辺り)の北半分を占める藩。弓と馬に加えて近年では薬草が特産品。

【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
 那須藩主。弓の名手。
 喜連川宗高、那須守宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。

【那須支局】
 正式名称『江戸冒険者ギルド那須支局』、通称『那須支局』。
 那須藩喜連川にある江戸ギルドの出城といった役割の冒険者の拠点。
 簡易宿泊施設、調理場、厩、中庭、広間などに加えて、薬草庫や書庫(書物は那須情報中心)もあって拠点としての能力は高い。
 依頼斡旋はしていないが、依頼の受付代行は行っており那須での依頼の窓口となっている。

【蒼天十矢隊】
 冒険者から徴募された那須藩士たち。11名(欠員1名)が所属した。
 八溝山決戦に至る那須動乱を勝利に導いた立役者として那須の民に絶大な人気を誇る。
 茶臼山決戦の後、藩財政再建にも多くの献策を行ったが謀反の疑いをかけられ部隊は解散した。
 現在、与一公の意向により、那須藩預かりの冒険者部隊には『蒼天隊』の名が与えられている。

【杉田玄白】
 広い知識を持ち、軍師的な活躍をしている那須藩士。欧州勉学の旅を終えて帰国したところを与一公に招聘された。

【白兜】
 黒毛で頭と首に白毛のある巨大な熊。熊の群れを率いているようだ。

【虎太郎】
 12歳くらいの修行中の僧。江戸に師匠の住職がいる。【虎僧行脚】を参照。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2476 南天 流香(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4630 紅林 三太夫(36歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)

●サポート参加者

グラス・ライン(ea2480)/ ジュリアンヌ・ウェストゴースト(eb7142

●リプレイ本文

●現地視察
 まず杉田玄白に会いたいと申し出たカイ・ローン(ea3054)は、那須藩士の言葉に従い、矢板川崎城を目指した。
「これは医療局で使ってください。今後の為にソルフの実が収穫できるようになったら色々便利だろうし」
「ありがたく頂いておきましょう。しかし、欧州と日本では気候が違いすぎる。うまく根付くか難しいでしょうが‥‥」
 彼に会うことができたカイは、ソルフの実と神秘の堆肥を渡した。
 確かにソルフの実を那須で収穫できれば、特産品にもなろう。何より、侍たちは魔力を気にせず、闘気魔法を使うことができるのだ。
 実現すれば大幅な戦力増強になるに違いなかった。
「そして、これは提案なのですが、隠れ里のエルフに意見を聞いてみてはどうかな?」
「確かに我らとは違い、長命の種族。何か情報を持っているかもしれませぬな。必ず殿にお伝えしましょう」
「お願いします」
 そう言ってナガレに飛び乗ると、カイは川崎城を後にした、

 一方、大猪が現れたという地を探索に出かけた南天流香(ea2476)は、魔法の大凧に乗り、空を舞っていた。
「旦那様、武運をお祈りしております」
 別の依頼で那須に向かった夫と途中で分かれた南天は、出会った猟師と話したこと思い出す。
「大きな動物? あぁ、大蜘蛛、大ミミズ、大蟻、大百足、大蟷螂、大蜂‥‥ そんなとこだったか?」
「そんなに?」
「何かさ‥‥ 一箇所で纏めて現れたとか言うんじゃないけど、よく聞くね。いくらかは与一公の兵が倒してくれたみたいだけど」
「他の生き物も踏まえて、数に大きな変動はないですか?」
「さぁ、多くなったり少なくなったりって感じたことはないけどねぇ」
 何が原因なのだろう‥‥と、そこで思考が途切れた。
 ごくり‥‥
 岩の上に立つ巨体は大猪だ‥‥
 木々に紛れるように山の中へ入っていく。
 何とか風を読むと、木々の揺れや時々見える大猪の姿を当てに、南天は大凧を操った。
「どこへ向かうのでしょう? まさか、あれを何か特殊な術を使う者の所へでも行くのでしょうか‥‥」
 動物をあそこまで大きくする手段など皆目見当も付かない。この考えが推論と言うより想像に近いのが、その証拠だ。
 春であれば、通常、春の息吹で食用になる植物たちが芽を吹いて里に出てくる必要も無い。
 だとすれば、人が過剰に傷つけ、人との境界付近に現れたとしか思えない。誰かが故意に行動しているはずなのだ‥‥
 しかし、時間を充分に掛けて探索したにも関わらず、水場や植物には異常は見られなかった。
「何だと言うのでしょう?」
 南天は疑問を解消できないまま、帰路に着くこととなった。

●土地の権者
(「何とかの主と呼ばれる類の奴らだろうけど、そいつらが山から下りてきて人に目撃されるなんて異常事態だよ」)
 白兜が現れた南部の村を訪れた紅林三太夫(ea4630)は、猟師としての経験から、そう考えていた。
(「たぶん山の秩序が乱れているんだろうけど。問題はどう乱れているかだよ」)
 そう考えた紅林は徹底的に白兜たち痕跡を辿ることにしたのである。
 夜は樹上で野宿し、朝露と沢の水で喉を潤し、気配を消しながら紅林は深山の奥へと進む。
 予想が正しければ、彼らが移動してきた先に何かがいるはず。
 そう‥‥
 主と呼べる程の実力者が引き下がるような奴が急に現れ、彼らの縄張りを横取りした。
 白兜たちは別の縄張りを手に入れざるを得なくなった。
 となれば、外山の勢力地図が塗り変わっているはずだ。
 問題は、主が抵抗する気さえ起こさせない程の存在がいるとすれば何なのか‥‥
 疑問を確かめるためにも、慎重に行かねば‥‥
 生きて帰り、検証を報告しなければ、何の意味もないからだ。
(「食料となる獣を食べつくした訳ではないんだな」)
 樹皮の爪痕や糞を調べていると、離れた茂みから獣の気配がする。
 猪だ。鼻を鳴らしながら、用心深く獣道を奥へと消えて行った。
「恐らくここが白兜たちの棲んでいた山だね。しかし、何故、白兜たちは山を降りたんだろう」
 ギリギリまで粘ったものの、紅林は、白兜が途中にいた熊を従えて降りてきたようだという以上の情報を得ることはできなかった。

 さて‥‥
 好きな那須が乱れるのは辛い。
 仲間たちと共に戦った懐かしい土地を、カイは手綱を握って進む‥‥
 何かが移動するように事件の起きた訳でも場所が重なっているわけでもない。
 当初、ある程度は那須兵が討伐したということだが、あまりの多さに手が回らないらしい。
 おまけに、白河の関がキナ臭いと噂を聞いて思わず溜め息もついた。
 オーラテレパシーが通じたからといって毒や魔法で正気を失っているかが分かる訳ではないと言われ、操られている可能性が否定できなかったのもカイの気を重くしていた。
「白兜のような存在を他に聞かないのが、せめてもの救いなのかも‥‥」
 那須の別の場所へ向かった仲間の武運を祈るしかなかった‥‥

●須藤文庫
 喜連川に着いた沖田光(ea0029)は、支局員と喜連川家の用人の勧めで須藤家の文庫に案内された。
 数年前の鬼騒動に際しても完全公開されなかった文庫でもあり、目当ての玄白も近々現れるとあり、文献調査には都合が良かったからだ。
「え〜〜‥‥ 黄金の髪に白き肌の美しき姿の占術師、予言す。
 生なる物は大きく育ち、この地に溢るるも、それは大地の力の高鳴りに寄るもの。
 これを討つは、この地に司る力を削ぐことに相異なし‥‥
 託宣の文言は『大地の力、大いに起こりて、空へと羽ばたく。母須羅や母須羅‥‥』ですか。
 で、それを信じた須藤権守貞信は、岩嶽丸との戦に願をかけた‥‥とありますね」
「沖田殿、食事にされてはいかがですか?」
「あ、御馳走になります」
 文庫に寝泊りを続ける沖田のために握りを運んできた女は、ニコリと笑うと背を伸ばす沖田の隣に座った。
「調べものは進みましたの?」
「あぁ。でも、もっと情報が欲しいところです」
「頑張ってくださいね」
 女の笑窪が沖田を和ませた。
「最近、この近辺に天より星が堕ちたとかありませんでしたか? つまり、天よりの魔法的飛来物が異常を起こす事もあるのかなと」
「流れ星なら幾らでも見るけど、那須に落ちたというのは聞きませんわ」
 そこへ、突如、響いてくる赤子の鳴き声。
「草太のヤツ。あやし方くらい上手になればいいのに。ほんっと不器用なんだから」
「雪子〜〜」
 遠くで男の声がする。
「器は後で取りに来ます。置いておいてください」
 小走りする女の指に、日本では珍しい指輪がきらりと光った。

 暫く‥‥
 那須の地図を広げ、書き込みをしていく沖田と玄白。
 巨大生物の発生地点に法則性があれば‥‥
「水源、食料を手に入れる場所、考えればきりがありませんが、原因が1つならば要所が重なり合うはずですが‥‥」
 例えば、その近辺に生物が生活を営む上での共通の要所が無いかを調べるが、目立つ要素はない。
「さっぱりわかりませんな。やはり、書物から過去の伝説を紐解くのを優先させるべきなのかもしれませんな」
「そういえば杉田殿は欧州で勉学されたとか。その時に類似の事件がありませんでしたか?
 実は僕も暫くイギリスに行ってたもので、そういう事件がなかったか考えるのですが、思いつかなくて‥‥」
 首を振る玄白の顔にも沖田の顔にも疲労の色が浮かんでいる。
「はぁ‥‥ 少し休憩にしましょうか」
「なら、僕、お茶を貰ってきます」
 沖田が部屋を出るときに書物を引っ掛けて倒してしまった。
「あぁ、いいですよ。私が片付けます。沖田殿は行ってください」
 済みませんと声をかけて、沖田は別の建物へと歩いていく。
 視線を戻し、書物を片付けようとした玄白は目を剥いた。
「ん? これは‥‥ まさかと思うが‥‥」
 思わず固唾を呑む玄白‥‥
 古い資料をめくりながら、右へ左へと忙しく視線を動かしている。
「何か分かったかね?」
 そこには白き狼の顔をした武人が佇んでいた‥‥

●解体新処方
 肘を水平に上げ、直角に腕を曲げている人影が、雷で逆光に映る。
「ふむ、おかしなところはないかね〜」
「いえ、おかしなところと申されても、我々には‥‥」
 ドクターことトマス・ウェスト(ea8714)の周囲にいる男たちは言葉を濁らせた。
 体を切り刻んで確かめるなど変人のすることである。
「何を調べておられるのですか?」
「今回の事件、おかしな臓器や食べた物が原因かもしれないとは考えられないのかね?」
 怪しげな色と臭いの薬に、様子を見ていた男たちが眉を顰めた。
 ここは那須医療局の一室。
「調子はどうだね?」
「玄白殿〜‥‥」
 泣きつくような男たちを、杉田玄白は苦笑いで宥めた。
 置かれている動物の死体や植物は、大きなる者の騒動があった場所から採取したもので、アンチセプシスの魔法で腐敗を抑えてある。
 取り出した臓物を丁寧に元の位置に戻して生糸で縫い合わせると、怪しげな薬を投入し、ドクターは神に祈りを捧げ始めた。
 白い光が彼の体を包むと切り離されていた肉体がくっつき始め、暫く祈りを捧げると今度は切り創が癒されていく。
「さあ、その命、蘇りたまえ〜、けひゃひゃひゃ」
 どどぉん‥‥
 稲妻が走り、医療局員たちがビクッと縮まる。
 だが、生前の姿と変わらぬ形で横たわる死体が生者となることはなかった。
「また、失敗なのだね〜。薬の調合がいけないのかね‥‥ けひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」
「この調子で修行してゆけば、ドクターならば、いずれ神の奇跡で人の命が救えるようになるでしょう。
 しかし、それほどの力を持つ僧となれば、そうそうおりますまい‥‥
 知識と研鑽で人の命が救えるようになるのであれば、それはそれで意義のあること‥‥」
 後半の玄白の台詞は、消え行くように独り言へと変わってゆく‥‥
「玄白殿?」
「あ、いや‥‥ 何でもありません」
 怪訝そうな顔をする那須医療局員に声をかけられた杉田玄白は笑った。