【泡沫の美】生命の乱華
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■ショートシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 10 C
参加人数:10人
サポート参加人数:5人
冒険期間:04月23日〜04月29日
リプレイ公開日:2007年04月28日
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●オープニング
●忘れられた伝説
「まさかと思うが‥‥」
思わず固唾を呑む那須藩士・杉田玄白‥‥
古い資料をめくりながら、右へ左へと忙しく視線を動かしている。
「何か分かったかね?」
白き狼の顔をした人。そのたたずまいからは敵意は感じないが、精悍な顔つきを見れば只者ではないことはわかる。
動きやすいように裾などを詰めた法衣と使い込まれていそうな刀は、彼が武人であることを示していた。
「あ、あなたは‥‥ 白狼神君‥‥」
「虎太郎が今回の事件を気にしていてね」
この異形なる者は那須天狗の頭領的な存在。彼ら修験者の庇護者として烏天狗を束ねる者である。
那須藩主・与一公とは相互不可侵の約定を交わしているという噂だ。
「今回の件、力を貸していただけるのですか?」
「それは事の次第によるな。
だが、那須天狗の口伝に『いのちの花咲き、大きなる者が現る。大いなる自然の意志と心得よ』とある。
我らは見守ることになるだろう」
「そうですか‥‥
しかし、此度の事件の背後に何があるのか、なかなか見えてみません。
何者かの意図によるものであれば、手遅れにならぬうちに原因を突き止めなければならないのに。おっと、そうでした‥‥」
玄白は何冊かの書物を広げ、神君に示した。
「与一公の許しを得て拝見している古い資料によれば、大昔の岩嶽丸との戦いの折にも、このようなことが起きたようです。
大きく育った生物が現れるは那須の地脈が強まっているからだろうと占い師は語っています。
託宣によると『大地の力、大いに起こりて、空へと羽ばたく。母須羅や母須羅‥‥』と‥‥
そして、大きなる者を殺すことは那須に司る力を削ぐとも。那須藩開祖は、それを信じて手を付けず、願をかけたようですな。
ですが、岩嶽丸が大鬼であるのは、大きなる者たちが現れたことと関係があるのではないか‥‥と別の書物にはあります。
また、他の書物には、鬼に荒らされた田畑からの収穫が得られるまで、獣の肉を食して難を逃れたとあります。
どこに真実があるのか、わからない。先の白狼神君の言葉と摺り合わせても、真実らしきものは見えてきません。
政を考えると頭の痛いことです。殿のためにも何とかしたいのですが‥‥」
整然と、それぞれの資料の注目点を示していく玄白の言葉を神君は真剣に聞いている。
「あなたに引き続き虎太郎を預ける。あの子は、じっとしてはいられない性分らしい。荒行を重ねるだけが修行ではあるまいしな」
「わかりました。キャプテン・ファーブルという学者が那須での巨大生物の事件に興味を持っている様子。
かの学者にも協力してもらい、引き続き調査を続けましょう」
白狼神君は優しく微笑むと、玄白に一度だけ頷いて去って行った。
●砂中に潜むは‥‥
那須藩南部のとある村‥‥
人里から少し離れたところにある川には砂岸が広がり、見通しの良さと生活環境の隔絶が容易なことから近くにあると言われる小鬼の集落との境界線になっていた。
小鬼たちが増えると近くの村を襲うことから小競り合いも多く、近くの陣屋からは練兵のために実戦訓練を行う場所ともなっていた。
その地に異変が起きたのは少し前のこと。
すり鉢状の穴が砂原に口を開けたのである。
物見の結果、小鬼数匹が飲み込まれ、帰らなかったとのこと。
識者の見解では、すり鉢状の穴の大きさから考えて巨大な蟻地獄であろうとのこと。
人でも構わず穴の底に引きずり込んで食すという話であり、陣屋では対処を考慮していた。
そこに届いた那須藩からの達し。
『大きな生物を目撃した場合、極力、これを傷つけてはならない。
まずは藩へ報告すべし。討つべきものは那須藩が討つ由(よし)にて候』
陣屋の役人が頭を抱えたのは言うまでもあるまい。
「とりあえず、近隣の村へは近付かぬよう触れを出せ。誰か喜連川の大陣屋と八溝砦に走らせよ! 我らは繰り出し、陣を張る!!」
「ですが、殿の下知がないまま討つわけには‥‥」
「戯(たわ)けが! 手をこまねいて小鬼たちに害されたとあっては面目が立たぬ! とっとと出陣の支度を致せ!!」
あぁ‥‥と暢気に手を叩く配下を蹴飛ばすと、那須藩士は他の者たちにも指示を出していった。
ところ変わって江戸冒険者ギルド‥‥
息を切らせる修験者風の少年が駆け込んできた。那須天狗の1人、虎太郎である。
「冒険者を何人かお願い。巨大蟻地獄を小鬼たちから守らなくちゃいけないんだ」
「はぁ?」
変な依頼に首を傾げるギルドの親仁。
しかし、差し出された那須藩からの依頼文も那須支局の局員の但し書きも真っ当なものだ。
「ま、問題はないよなぁ‥‥ 変な依頼だってだけで‥‥」
「ほら、親仁さん。早く早く」
「あぁ、わかったよ。こら、急かすなって」
ギルドの親仁は慌てて手続きを済ませ、掲示板に依頼を張り出すのだった。
※ 関連情報 ※
【那須藩】
下野国(関東北部・栃木県の辺り)の北半分を占める藩。弓と馬に加えて近年では薬草が特産品。
【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
那須藩主。弓の名手。
喜連川宗高、那須守宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。
【那須支局】
正式名称『江戸冒険者ギルド那須支局』、通称『那須支局』。
那須藩喜連川にある江戸ギルドの出城といった役割の冒険者の拠点。
簡易宿泊施設、調理場、厩、中庭、広間などに加えて、薬草庫や書庫(書物は那須情報中心)もあって拠点としての能力は高い。
依頼斡旋はしていないが、依頼の受付代行は行っており那須での依頼の窓口となっている。
【蒼天十矢隊】
冒険者から徴募された那須藩士たち。11名(欠員1名)が所属した。
八溝山決戦に至る那須動乱を勝利に導いた立役者として那須の民に絶大な人気を誇る。
茶臼山決戦の後、藩財政再建にも多くの献策を行ったが謀反の疑いをかけられ部隊は解散した。
現在、与一公の意向により、那須藩預かりの冒険者部隊には『蒼天隊』の名が与えられている。
【杉田玄白】
広い知識を持ち、軍師的な活躍をしている那須藩士。欧州勉学の旅を終えて帰国したところを与一公に招聘された。
【虎太郎】
12歳くらいの修行中の僧。江戸に師匠の住職がいる。【虎僧行脚】を参照。
【那須天狗】
釈迦ヶ岳を中心に那須藩内の修験場に点在する修験者集団。
【白狼神君】
烏天狗たちを配下に束ね、那須で荒行を行う者たちを庇護する天狗。神出鬼没。
釈迦ヶ岳(高原山)など那須近辺の修験者たちと親交があり、彼らは敬意を払って白狼神君と呼んでいる。
●リプレイ本文
●那須の事情
「巨大生物を守らなくちゃいけないなんて珍しい依頼ね。ま、依頼人の指示なら仕方ないけど」
「そう言うなよ、姉ちゃん。那須が大変なことになってんだから」
「そういえば虎太郎君は久しぶりよね。なんで那須の手伝いなんかしてるのかしら?」
アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は虎太郎の頭を優しくぐりぐりした。
「そ〜だな。好きだからかな‥‥ 皆、優しいし」
当然、全部が全部ではないだろう。
「それは何だな。腐れ縁という奴か」
夢幻斎を名乗る鬼の仮面の男‥‥ 夜十字信人(ea3094)だってのは知ってる人は知っている。
まぁ、本人が夢幻斎だと言い張るのだから、そっとしておいてやろうと旧知の仲間たちは思っているのだろうが‥‥
いつものことさ‥‥と笑うに違いない。
「ムゲさんも那須とは腐れ縁があるの?」
「いや、俺はだな。決して那須が好きな訳ではないのだぞ。決して、決して、そういうのではないぞ! ていうか、ムゲはやめい」
出会ったことのない反応に、ふ〜ん‥‥と首を傾げる虎太郎。アイーダは声に出さずに、ぷっと吹き出している。
「そ〜なんだ。やっぱりねぇ♪ の・ぶ‥‥」
「て、てめっ」
残りの『と・ちゃん』の部分を無理矢理に御陰桜(eb4757)の口を押さえる。
夢幻斎、耳が真っ赤である。そんなに隠したかったのか‥‥と、一行は苦笑い。
「いや〜〜ん♪ 昼間っから大胆なんだからぁ。ムゲちゃんったらぁ」
しな垂れかかる御陰に小悪魔の笑み‥‥
虎太郎も耳まで真っ赤にして見て見ぬふりだ。
「しかし、何だか那須に関るのは久しぶりだな。
小山のおっさんが暴走しかけたとか噂だけは聞いたが、今、実際どうなっているのやら。
今回の依頼も、それだけで見るなら訳のわからん代物ときてるし」
真面目な顔で龍深城我斬(ea0031)は、空を見上げた。
「鬼に狐に今度は巨大化連中‥‥ 退屈させてくれん土地なのさ。ここは‥‥」
「オイラ、そういうのは暇で、平和に暮らせるといいんだけどね」
虎太郎の台詞に夢幻斎は、ぽりぽりと頭をかく。
「取りあえず与一公が苦労してる事だけは確かだろうな。過労で倒れない様、祈っといてやるか」
小笑いして、龍深城は小さな溜め息をつくのだった。
「あ、あれね」
アイーダが指差す方向に飯炊きの煙。
こんなところで煮炊きをしているのは、先陣を切った那須兵か‥‥
「小鬼たちかもしれないけど」
というわけだ‥‥
一応警戒しながら進む一行は、那須の足軽に出会ってホッと一安心。
「よく来てくれた。この人数では、まともに戦えんからな」
「会った早々悪いが、相手は小鬼と聞いた。俺たちのような手練が必要な仕事なのか?」
「そ、それは‥‥ だ、大は小を兼ねると言ってだな」
要するに深く考えた訳ではないのだな‥‥ 夢幻斎は仮面の下でニヤけた。
さて、冒険者たちは那須藩士に挨拶をすると、状況の確認に入った。
「最近、八溝山の近辺に鬼の集団が現れるようになった。
それらは北から流れてきているということで、奥州の鬼の王‥‥ あの悪路王が動いたのではないかと噂されているからな‥‥」
「それじゃ殲滅するですか? 目の前の脅威は排除しておくに限るです。小さなことからコツコツと‥‥なのですよ♪」
「待て待て‥‥ この辺だけでも幾つかの集落が確認されておるのだ。
人の入らぬ土地にどれだけの鬼が棲んでいるのかはわからぬ。
那須藩が鬼の完全な殲滅のために動き出したとなれば、人間と那須の鬼は全面戦争に入らねばならん。
蘆名が白河の関で不穏な動きを見せている以上、下手に兵を割く訳にはいかんのだ。
争う気のない鬼まで刺激する必要はあるまい」
悪びれず過激なことを言う七瀬水穂(ea3744)に那須藩士が慌てた。
言えば、人外の地には鬼なり妖なり何かしらが住んでいるもの‥‥
別に、ここが鬼の特区という訳ではないらしい。
とはいえ、人社会の境界線は守らなければ生活が成り立たない。
で、この川を境界線とすることを暗黙の了解としてきたらしいのだが‥‥
「でも小鬼が大鬼になったりするかもですよ?」
「地脈が強まって巨大化か‥‥ ちょっとでいいから俺にも影響してくれないかな」
ぽつりと漏らす日向大輝(ea3597)。
「お前さんが大きくなったら、確実に鬼も大きくなるだろうなぁ。動物たちだけで済んでるだけ、ありがたいと俺は思うがね‥‥」
「まぁ‥‥ 確かにそれは困る‥‥」
夢幻斎の言いようは尤も。日向は残念そうに笑みを浮かべた。
「なぁ、真面目なことが言えるようになる仮面なのか? それ」
「俺は、いつでも真面目だ。お前たちが真面目すぎるだけでな」
「はいはい」
むぅと腕組みをする夢幻斎が龍深城に背を向ける。
「ところで急造の柵を立てませんか? それでも十分に役立つはず」
「こんなこともあろうかと食料と酒を持ってきたんだ。僕たちに敵意がないってことを知らせるために置いてみたらどうだろう?」
「そうですね。鬼への意思表示にもなりますか」
カイ・ローン(ea3054)と日向の提案に那須藩士は頷く。
「それにしても巨大なインセクトとは珍しいものです。大地の力を司る『大きなる者』とあっては、ゆめゆめ害される訳にはいきません」
「世の中には、触らぬ神に祟り無しという言葉もありまするゆえ」
「勿論です。今は何が吉事で何が凶事なのかわからないのです。殿も、それを気にされているのでしょうからな」
ルーラス・エルミナス(ea0282)と火乃瀬紅葉(ea8917)は、那須藩士の言いように頷く。
「それに小鬼たちが狩っていた獣たちが森で数を減らさず、それが巨大化したりすると困るし」
溜め息をつく日向‥‥
「悠長だが‥‥」
「それが与一公らしい‥‥だろ?」
「そ、それは‥‥違う」
夢幻斎の台詞を奪って龍深城が微笑んだ。
「気合を入れて守らねばなりませぬ。小鬼がちょっかいを出したことで蟻地獄が暴れ出しても事だと思いますゆえ」
「まあ、小鬼たちから守り通しても、蟻地獄からは感謝されはしないでしょうけどね」
気合入れまくりの火乃瀬とは対照的に、地図の乗った床机に突っ伏して、ちまっとタレるリアナ・レジーネス(eb1421)。
「こないだも大きな熊を見かけたし、巨大生物って流行りなのかしらね? 取り合えず見物に行ってみようかしら?」
「水穂も行くですよ。興味津々なのです」
それに御陰と七瀬が乗っかって、微妙にのんびりしたハイテンションに拍車がかかるのだった‥‥
●蟻地獄防御陣
「あいつら、今、何してんだろ? 末蔵は出世したそうだが、鍛冶の一つでも仕込んでやるべきだったかねえ?」
柵を立てる足軽たちを見て、龍深城が漏らす。
蒼天十矢隊として戦った、あの頃から確実に時間は過ぎている。
配下として足軽だった者たちで、ある者は藩士となり、ある者には子供が生まれたという‥‥
足軽は基本的に農民だ。龍深城の配下だった者たちは、どこかで田畑を耕しているはずだが‥‥
「まあ無事なら良いが‥‥」
そう思いながらも那須の現状を聞かされるにつれ、心配は募る。
「餌、投げ込んだのに顔見せないのね?」
「気をつけろよ。落ちたら洒落にならないぞ」
御陰は首を竦めた。
すり鉢状の穴の周りには注意を促すためにルーラスたちが立てた旗で封鎖されているとはいえ、餌がなくて移動されたらたまらないということで牛や鳥の肉などを放り込む作業は欠かせない。
蟻地獄が巣を作るくらいだから足場が緩いかと思ったが、それ程でもないようだ。
戦いには支障はあるまい。
「顔見せないですかね?」
「守る相手くらい見ておきたいのですが」
ファイヤーバードの術で穴の上空へ舞い上がった七瀬は、覗き込んでも反応がない巨大蟻地獄に不満顔。
フライングブルームで覗き込むリアナも顎に人差し指を当てて首を傾げている。
「御二人とも、落ちると危険でござります。砂を掃きかけて穴に引きずり込むと聞きまするし、空が安全とは言い切れませぬゆえ」
火乃瀬の言葉に『落ちるのは御約束なのです〜♪』などと一瞬思いながら、生命の危険をひしひしと感じて、ここは我慢の一手。
「仕方ないです」
「本当に残念ですわ‥‥」
七瀬とリアナは穴の近くに降り立った。
当然、旗の間に張られた縄の外側にである。
「お〜い」
小鬼の縄張りである川向こうの方から日向と虎太郎が歩いてくる。
「置いてきた。後は小鬼の出方しだいだね」
酒と食べ物で御機嫌がとれるのだろうか‥‥
●小鬼迎撃
暫時‥‥
果たして、日向の置いた食料と酒を取りに? 小鬼たちは現れた。
手には斧。物陰からキョロキョロと見渡しては、川を挟んだ自分たちや防御陣を眺めている。
しかし、様子だけ確認して姿を消してしまう始末‥‥
「ショバ代‥‥ 受け取らないな‥‥」
「警戒しているんでしょ? 私だったら食べないわよ」
「確かに御尤も‥‥」
アイーダの言葉に頷く日向。
しかし、更なる暫時を経て、冒険者たちは愕然とするのだった‥‥
木々に隠れるようにして現れた小鬼は、少なく見積もっても数十‥‥
警戒しながら少しずつ姿を現している。
巣穴を守る防御陣に近付こうとしているのだろう。
「好かぬ、と言えど‥‥ 乗りかかった船だからな。それに、良い予感がせん。行こう」
右手に斬魔刀、左手に鬼神ノ小柄を構え、だっと夢幻斎は川原に降り立った。
「ちょっと待ってください? もしかすると‥‥ この地に城か砦を築こうとしていると、小鬼に勘違いされたやもしれません‥‥」
あ‥‥
那須藩士の言葉に、ルーラスらが言葉を失う‥‥
「ち、失念していた」
「しかし、こちらから仕掛ける気は‥‥」
「そうは言ってもな、カイ。小鬼の立場で考えれば、こうなるさ‥‥
俺たちは自分たちの物差しで考えすぎてたのさ。それが正しいとか正しくないとかは別としてな」
「我斬さん、だけど‥‥」
「ほらほら2人とも。そんなことを言ってる間に川を渡って。援護は任せて頂戴」
龍深城とカイの遣り取りに苦笑いすると、アイーダは弓を取り、川のこちら側に用意しておいた射撃用の陣地へと足を運んだ。
「向かってくるなら血祭りに上げてやるだけさ‥‥ ま、少しくらいなら待つがね。やることがあるなら、俺が我慢できる間にしてくれ」
言いながら斬魔刀でソニックブームをぶっ放す辺り、めちゃ短気だが、当てないで済ませているのは流石、夢幻斎。
「よっぽど数が多くなきゃ、小鬼くらい何とでもなるだろ」
「今は蟻地獄を守ることを考える。それしかない」
カイと龍深城が駆け抜けるのを見て、那須藩士も足軽たちを指揮し始めるのだった。
「大きなる小鬼は居らぬようでござりまするな」
火乃瀬は、ほっと一安心。
「ビックリさせて帰ってもらうですよ♪」
「偵察は任せてください。どれくらいの規模か探ってみます」
七瀬は炎の纏い、防御陣まで一っ飛び。ブレスセンサーを唱えると、リアナはフライングブルームで上空へと舞い上がった。
しかし、それは小鬼たちを騒がせてしまっただけのよう‥‥
ごぶごぶっ‥‥
那須軍と冒険者たちが渡河し始めたのを見て、小鬼たちも林から飛び出し、ばらばらと攻撃を始める。
カイの張ったホーリーフィールドが、穴の中に矢が飛び込むのを幾らかは防ぐ。
軍馬で川を渡ったルーラスは、放たれた矢を盾で弾いた。
「大地の力、大きなる者は、傷つけさせません。私たちは無益な殺生は望みません」
鷹の羽を存分にあしらった勇壮な鎧‥‥
マントに映える燃える勇気の紅の色‥‥
その手には毒々しいまでの緑色を湛える穂先の黒の槍、片や純白の盾‥‥
しかし、その気高い出で立ちも、調和の騎士の異名も、意志の疎通が難しい小鬼相手に言葉が通じないでは‥‥
それでも、並々ならぬ決意で彼らの前にいることだけは伝わったらしい。
小鬼たちの包囲の動きが止まる‥‥
「桃、瑠璃‥‥ 待て、よ」
犬たちに命令を与えると御陰は春花の術を使った。香りをかいでバタバタと小鬼が倒れる。
そこへ狙い澄ましたような矢が、駆け寄ろうとした小鬼を掠めるように次々と地面に突き刺さる。
小鬼たちはどうしたら良いのか判断つかず、仲間を見渡している。
「川向こう、およそ30個の中型呼吸を確認。大きさから見て、小鬼と思われます。近づいて来ます」
上空のリアナからの報告。
手練が集まっているのだ。疲れるのを覚悟すれば蹴散らせよう‥‥
「小鬼くらい水穂の火球でいちころにできるですよ?」
「いや、最後の手段としたい。堪えてもらえるだろうか‥‥」
「難儀なことだ」
眠らされた者が起きると、小鬼たちは睨み合いに負けて退却していく‥‥
●羽化
それから暫く、小鬼たちは現れたが、何度目かの対峙で、ようやく酒と食料の意味、そして彼らが自分たちを傷つけるためにいる訳ではないんじゃないかと理解してきたらしい。酒と食料を持ち帰るようになり、相変わらず警戒はされているものの、襲ってくることはなくなった。
それも人間にとって都合の良い解釈に過ぎないと言う龍深城に、そうかもしれない‥‥と皆、思うようになっていた。
ともあれ‥‥
「今日も変化なし‥‥ もしかして死んでいたりするのではありませぬか?」
「それはないと思いますけど‥‥」
火乃瀬とリアナは心配そうに観察日記をつけている。
実際に蟻地獄が動いたのを見た者はいない。
「おい‥‥ 大変だ」
見張りをしていた日向の声に冒険者たちが反応する。
「倒れるよ!」
虎太郎が叫ぶ。
見ると、巣穴の周りに立ててあった旗が傾き、倒れ始めた。
「何が起きてるんでしょうか‥‥」
ルーラスの独り言は、その場の全員の疑問であった。何が起きているかわからないというのは、それだけで不安であり、恐怖を感じる。
「巣穴が広がってる?」
「まさか巨大蟻地獄が、更に巨大化しているのか?」
「穴の底までは見えないもの。そこまでわからないわ」
同じく見張りをしていたアイーダは、冷静に弓を用意している。
「あれが人の世に害を成すものなれば、地脈も願掛けも関係ない。俺の意思と俺の剣で、地面の底の底に、ご退場願おう。
最も、任務の途中放棄は冒険者の恥。その際は、汚名でも刑罰でも好きにすれば良い」
「いやっ、その‥‥ そうとは限らないじゃないですか」
必死に止める那須藩士に、夢幻斎は渋々溜め息‥‥
「今こそ覗いてみるです」
ファイヤーバードの魔法を唱えると、七瀬は穴の上空へ飛ぶ。
「穴の底が‥‥陥没してるで‥‥す‥‥よ?」
そこから現れたのは‥‥
「薄羽蜉蝣‥‥ 巨大な薄羽蜉蝣にござります‥‥」
駆け寄って覗き込む火乃瀬たちが見たのは蛹(さなぎ)から羽化する巨大な羽虫の姿‥‥
ゆっくり、ゆっくりと蛹の中から体を出し、羽を伸ばしてゆく‥‥
「綺麗だけど、ずっと見てるの?」
「大地の力、大いに起こりて、空へと羽ばたく‥‥と伝説にはあるそうです。
これがその伝説に基づくものであれば、私の一存で討つわけにはいきません‥‥」
「もどかしいわね‥‥」
那須藩士の言葉にアイーダは溜め息をつく‥‥
「討つなら、完全に形の変わる前の今しかないような気がするけど?」
「依頼主が討つなと言うんだから、討つべきではないよ。冒険者としてはね。
もし、討たなければならなくなったら、その時は躊躇なく討つ。青の守護者の名にかけてね」
「そうだね‥‥ こいつが人を襲うとは限らない‥‥か。しかし、本当に疲れる依頼だよ‥‥」
決意を新たにしたカイと、溜め息を漏らしつつ苦笑いを漏らす日向‥‥ その瞳に決意の色は強い‥‥
「伝説と、この事件は何か関係あるのでござりましょうか?」
「そうか‥‥ 関係あると決まったわけでもないのでしたね‥‥」
先入観と与えられた情報、そういうものによって簡単に思い込んでしまう‥‥
目の前のものを信じてしまうのは簡単なことだし、何より楽だ‥‥
ルーラスは火乃瀬の疑問に深く考えさせられている。
「九尾事件では、那須の九尾や岩嶽丸の封印を破壊するために地脈水脈が汚染され、寺院も破壊されちゃったのです。
それから近年、江戸の四神に関するごたごたも小耳に挟んでるですよ」
江戸近くの大ミミズからの事件は地脈に沿っているのではないか、という疑問。
そして、最近また活発になっている八溝方面で鬼の事件‥‥
地脈の力を神社仏閣の霊力で強化して結界となし、岩嶽丸を封じた八溝山と九尾を封印じた霊山・茶臼山‥‥
「弱められた地脈が、自然の力で回復しているかもです。
となると、龍穴と考えられる八溝山と茶臼山では、特に変動が激しいかもしれないですよ。調査しておいた方が良いです。
植物が元気とか、大きくなったとかあると危険かもかもです〜」
七瀬が考え込んでいるうちに、巨大蟻地獄の蛹は、巨大薄羽蜉蝣への変化を遂げたらしい‥‥
試すように羽を動かすと、周囲に風が巻く。
「飛んで行きますよ?」
「今は、まだ駄目です」
那須藩士に意見を促すが、日向に首を振るのみ‥‥
夕焼けで真っ赤に染まった巨大な薄羽蜉蝣は、飛び立っていく。
「何もしなけりゃ綺麗で済むんですが‥‥」
ルーラスたちは行方を追うことに決めた。
「汗、温泉で流す暇‥‥ あるかしら‥‥」
ぼやぼやしていられなくなったことを悟って、御陰は一応言ってみるのだった‥‥
ふわふわと南へ飛び去って行く巨大薄羽蜉蝣‥‥
その先にあるのは江戸‥‥
「なぜ、南に向かうのでしょう?」
「はっきり、なぜ江戸に向かうんだろう‥‥って言えばいいじゃないか」
「江戸に向かっているという確証はありません。南に向かっている。それが正確な情報です」
歯切れの悪い冒険者たち‥‥
相当に考えさせられる依頼だったらしい‥‥
「人に害するものであれば討つ。私は魔物ハンターとして、そうするわ。理由と考えがあって人は動くもの。違う?」
「そうだな。とりあえず江戸に帰るか。依頼は達成したんだし」
アイーダと夢幻斎の言葉に、皆、やや元気が出た模様。
「オイラ、白狼神君たちに知らせてくる。あんな光景‥‥ 何かが起きているのは間違いないもん」
「そうして。となると、ここでお別れね」
虎太郎はアイーダたちと握手すると駆けてゆく。
●白河の関
蘆名の旗と共に奥州諸藩の旗が靡き、藤原秀衡の旗まで加わり、その陣容は大軍の威容を誇っている。
「多いですね」
「ほう、それだけですか‥‥」
白河城の城郭から敵の旗指を遠くに見つめる那須与一に対して、城主代行の白河の豪族・結城義永は語尾を上げずに問いかけた。
肩を僅かに震わせ、声を出さずに笑っている辺り、油の乗り切った曲者ぶりが板についている。
だが、結城義永の視線は笑っていない‥‥
さて‥‥
那須主力部隊は白河城へ入り、更に兵力を集結中である。
その兵は、白河の関へ入ろうと動きを見せる蘆名勢に睨みを利かせているが、相手兵力はこちらの動員を軽く上回る。
「我らを那須に釘付けにするのが目的でしょうな‥‥ 戦わずして勝つ。兵法の極意ですぞ。これは」
那須与一の隣で、わざとらしく結城義永が呟く。
奥州勢が本気になれば、那須は‥‥ そんなことは、おくびにも出さない‥‥
「しかし、白河の関を明け渡せば、那須は奥州に蹂躙されましょう」
「とはいえ、果たして源徳は勝てましょうや。神器の多くは敵方の手にあり、東へ西へ揺さぶられ‥‥」
「私が奥州に付く‥‥と言ったら、義永殿はどうされますか?」
突然の質問に、結城はニヤリと笑う。
てっきり那須が奥州軍と戦って勝てるのか? そう聞かれるとばかり思っていたのに‥‥
「そうですなぁ。源徳派の雄藩として那須藩は知られておりますし、これまで源徳に組して来た。
しかし、我らを含め、縁者の殆んどは藤原の家系。殿とて藤原の一族。同門の誼を頼るのは悪くありますまい」
藩ごと敵に与することで、那須が、下野が、あの軍勢に蹂躙されるのだけは避けられる。
尤も、そうなった場合、那須兵は関東侵略の先鋒として死地へ赴かねばならぬだろうことはわかっているだけに、那須にとって何が良いのかわからないのだが‥‥
「それでも奥州と組む気にはなれないのです。源徳が勝つとか、負けるとか、それは関係ありませぬ。
悪行を重ねる悪鬼羅刹らと共に覇を唱えるような輩とは、戦わなければならないのです。
那須の民を守る。それが藩主の役目。付き合っていただけますか?」
「那須の領民、那須天狗、隠れ里、領内で暮らす妖ら、敵対せぬ者で利用できるものは何でも利用なされよ。
殿に守られるのが、彼らの役目ではありますまい?」
困った様子で返事をしない与一公に、結城は喉を鳴らして笑う。
「相変わらず甘いですが、仕方ありませんなぁ。
そこで一言。無論だ‥‥くらい言ってほしいものですぞ。武士であれば、勇ましい一言で心を掴めましょうに」
「簡単に答えを出せる問題ではありません‥‥ ですが‥‥」
答えに窮する与一公の前で堪えきれなくなり、ついに笑い出す結城義永。
「まぁ、よいでしょう。武将としては物足りませぬがな。わしの目の黒いうちは、一族郎党、殿に仕えると御約束しましょうぞ」
その答えに、与一公の顔に笑みが浮かんだ。