●リプレイ本文
●集結
「さて、お奉行様も思い切ったことを考えるものだ」
「本当に何を考えておいでなのか‥‥ 江戸を思って‥‥というのは分かるのですが」
「まあな。江戸の町を騒がせている最大の凶賊は伊達勢という遠山様の言い分は、わからなくない。奉行としては失点かもしれんが」
長谷川平蔵から凶賊盗賊改方の十手を預かる身である天風誠志郎(ea8191)は、苦笑いする遠山の与力に笑いかける。
「しかしながら、義を見てせざるは勇なき也。遠山奉行の心意気、自分の胸に響きました。
新田攻めに参加した者たちの為にも、帰る場所を無くす訳には行きません」
「もっと早く旗本御家人衆が参集してくれていれば、こんなに苦戦などしなくて済んだものを‥‥ 一体、何のための旗本なのか」
事が起これば何を捨てても戦支度で江戸城に参集するのが旗本の役目なのに‥‥
那須藩邸に向かう限間灯一(ea1488)たち冒険者は、奉行所の与力・只野の言葉に頷いた。
同行するは彼の同僚である与力数名と配下の岡引たち。そして、力仕事なら任せておきなとばかりに有志が10名ほど。
彼らの前を塞ぐように配下を連れた同心が待ち構える。
「待て待て、これは何の騒ぎだ?」
「あぁ、これはな‥‥」
急ぐ足を止め、一瞬どもる只野。
「那須藩から通達があったのです。江戸藩邸に蓄えていた100人分ほどの武具が、そのままになっている。それを管理してほしいと」
脇から姿を見せた侍姿の男が軽く頭を下げた。
「武具を蓄えていただと? 那須藩もこの事態に関わっておるのではあるまいな‥‥」
「それはなかろうというのが遠山様のお考えです。わざわざ通達してくる意味も藩邸が焼き討ちされる理由もありますまい。
以前にも那須藩邸は襲撃を受けております。それに対する備えとして特別に許されたのだろうと。
そうでなければ後に糾弾すれば良いこと。今は、武具が敵や凶賊の手に落ちないことが先決」
確かに‥‥ 同心が納得している脇を只野たちは走り抜けて行く。
ともあれ言っているのが那須藩密偵とは‥‥ 嘘も方便ということか。
家康公の許しを得てというのは本当なのですがね‥‥と密偵は笑みを浮かべる。
「で、その者たちは!」
「奉行所の手伝いを申し出てくれた町の有志です。お奉行の指図で我らを手伝ってもらっております」
「ええぃ、手が足りぬか! まこと、その通りよ!!」
伊達勢の裏切り以降、事件の多さに江戸奉行所に北も南もない。まさに、大回転の忙しさであった。
さて‥‥
那須藩邸へ飛び込んだ一行。しかし‥‥
「速かったな‥‥ いや、遅かったというべきか?」
数人の忍び姿に黒の脚絆の男たちが、今や火をかけたところであった。
頭目らしき男は、言いながら印を組む。
「ちっ‥‥ やっぱり居やがったか。白鐘の玲、覚えておきな」
「一人で行かせやしないよ」
氷川玲(ea2988)は相州正宗の短刀を抜き払うが速いか、賊の中に突っ込む。
日本刀と軍配を手に空間明衣(eb4994)も遅れてはいない。
一瞬、周囲を確認して‥‥
「敵は少ない。一気に殲滅します!」
2mはあろうかという斬魔刀を構え、ミラ・ダイモス(eb2064)はライトシールドで敵の手裏剣を弾きながら突進した。
「流石は冒険者。腰抜けの源徳武士とは一味違う」
頭目らしき男はニヤリと笑う。
「真田が、ここまで出張か? ご苦労だが、邪魔しないで貰おうか」
「ここまでだな」
ばんっ!
爆発と共に、天風の振り下ろした霊刀は、手応えなく空を斬り裂く。
「さらばだ」
それだけ言い残し、男は遠く塀の向こうへ消えてゆく‥‥
「逃げられましたか‥‥ 流石は真田忍者。手際がいい」
「いえ、あの黒脚絆は奥州忍軍・黒脛巾組の一味という証。
暫く身を潜めていた黒脛巾組が、白河の関に奥州軍が現れた時期に動いたのには、何か訳があるのかもしれません」
那須密偵が注釈した。
「そうですか。真田以外にも優れた忍びはいるものですね」
悔しそうに見送るミラたちを只野の声が現実に引き戻す。
「お前たちは火を消せ! 残りの者は無事な武具を火から放し、すぐ様、車に積み込むんだ!!」
この辺の対応力は流石に奉行所というとこか。手際よく、事務方の同心が手分けして積み込んだ武具の目録を作っている。
「適材適所ということなのかな」
「なら、俺たちは俺たちの仕事をするまでさ」
空間は氷川の言葉に頷いた。
「度々と、わざわざ姿を見せてくれるのならば好都合。存分に叩かせて貰おう。ま、今は奴らを警戒するくらいしかできんがな」
天風は那須密偵や与力たちと簡単に打ち合わせをしている。
「まだ襲ってくるかもしれん。気を抜くなよ!」
「周囲の警戒は俺たちに任せて」
周囲に気を配る氷川や天風らに守られて、少し目減りした武具は無事に荷車に載せられていく。
事態は予想以上に切迫しているのかも‥‥
限間たちは寄り道せずに奉行所へ急ぐのだった。
「腹が減っては何とやら。まずは、これで皆さんの心に火を付けましょう」
一方、別班が遠山の指図で備え米の蔵を開け、炊き出しを行うために動いていた。
ここ数日の混乱で、いや、その少し前から、多くの商家は江戸から真っ先に逃げ出していたからだ。
もっとも、こんな状況で商売もないだろうから、彼らを責めるわけにもいかない。ともあれ‥‥
「こちらも大変なことになっているな‥‥」
武具の運び込みは成功したと繋ぎに来た天風は、炊き出し場の様子を見て愕然とした。
思ったよりも少ない‥‥ もう少し人が集まると思ったのだが‥‥
それは、炊き出しをしている者たち全員の見解と一致する。
「やはり、万の鬼、万の奥州軍が江戸を襲うって、あの噂が原因か?」
「でしょうね‥‥ 江戸の民を戦に巻き込まないように‥‥との、江戸城に立て篭もった冒険者の策のようですが‥‥」
群集心理を煽って数百や千の民衆で包囲し、江戸城の伊達軍を心理的に叩くのが目的だったのだが‥‥
「それでも江戸の町と民を争いに巻き込むような伊達のやり口を、僕は黙って見ているわけにはいきませんから」
沖田光(ea0029)は、逃げ遅れたのであろう老婆に粥を注いだ椀を差し出すと、熱いから気をつけてね‥‥と、ニッコリ微笑んだ。
「はい、那須の薬なのですよ。よく効くです〜♪」
「あ、ありがとう‥‥」
げんなりと沈滞気味の炊き出し所の雰囲気を一人明るくしているのは七瀬水穂(ea3744)。
愛しの神皇様には源徳公の後ろ盾が必要だと公言して止まない彼女は、ここ数日の騒動や江戸脱出の騒ぎに巻き込まれて怪我をした民たちの手当てを行っていた。那須藩から買い取って自宅に溜め込んでいた治療薬が役に立つときと、一気に放出するのを忘れていないのは、流石に那須藩の薬局部長補。
「那須藩って前の大火のときにも薬を差し入れてくれてたのよね?」
「そうですよ。与一公は優しいです。神皇様と同じくらい優しいのです♪」
我が身の誉れとばかりに満面の笑みを浮かべる七瀬。
江戸の民を味方に着け、与一公の名声を高めることは、那須の助けになる。
そう信じての一心。迫っている奥州軍を好き勝手させないためにも、彼女にとって江戸は那須の背後を守る砦でなければならない‥‥
江戸が守られれば家康公の勢力は万全。神皇も安泰。七瀬にとってふん張りどころなのである。
「ありがたいこと。平気で裏切る伊達とは大違い。わたしゃ、断然、与一公を応援するね」
「与一公だけでなく、家康公には、もう少し頑張ってもらいたいとこだがな」
治療を受けていた女の隣で軽口を叩く男に思わず笑いが起こる。
(「流石に攻めて来ないですよ。自分の首を絞めるほど馬鹿じゃないですか」)
一応の警戒をしているが、ここに敵方の襲撃はないというのが七瀬以下冒険者たちと遠山らの見解だ。
人道救助のために行っていることを妨害すれば、江戸の民たちの心象を著しく害するのは目に見えているからだ。
炊き出しを受けている民衆を守るために集まっている遠山勢を攻撃することも同様である。
「おかぁ‥‥」
「お〜、よしよし。あっち行って、お粥を貰おうね」
「おやおや、神の奇跡はいらんのかね〜、けひゃひゃ」
トマス・ウェスト(ea8714)は苦笑いで首を振った。
ところ変わって‥‥
「奉行所による炊き出しが行われています。お腹が空いている方は、どうぞいらしてください」
フライングブルームで江戸市中を飛び回るリアナ・レジーネス(eb1421)。
武家屋敷から矢を射られたり、何度か危ない目に遭いながらも何とか飛行を続けていた。
眼下に広がる光景は尋常ではない‥‥
「ほら、手を放すんじゃないよ」
背中に棹を担ぎ、子供の手を引いて通りを走る女の姿。
「どいた、どいたぁ!!」
一杯に積んだ荷車を引いて、邪魔すれば轢くぞとばかりに速度を上げている男。
「あ、お前! 財布を抜いたな!! 待ちやがれっ!!」
「待てと言われて待つ馬鹿はいやしませんよ」
十手を差し向けられた女は軽く言い放ち、身を人混みに捻りこませる。
「ちぃ、やられた‥‥ 旦那、とっとと捕まえてくだせぇ」
掏られたのが自分のことだと気付いた男が慌てる。
「わかっている、わかっているが、これでは!」
そして、人垣に阻まれて追えない同心たちを嘲笑うかのように、人影に消えてゆく女。
「これでは、呼びかけは、あまり効果がありませんわ‥‥」
リアナの表情が曇った。
名を呼ぶ声に見渡すとシルフィリア・ユピオーク(eb3525)が手を振っているのが見える。側にいるのは那須密偵らだ。
「リアナの方も呼び込みは効果なさそうね」
「はい。それにしても、これは敵の流言でしょうか?」
「江戸城にいる源徳方からの情報が広がったみたいだけど、意図的に真田忍者が広めているじゃないかと疑いたくなるね」
思わず一同頷く。
「ところで炊き出しの方はどうなっているのでしょう?」
「人は徐々に集まりつつあるということだ」
那須密偵がリアナの問いに答える。
この状況で炊き出しに来るのであれば逃げる手段を持たないのだろうと、連絡には遠山の言葉が添えられていた。
「この状況で、声をかけても何人集まるかわかりませんし、一度、戻りましょうか‥‥」
リアナたちは炊き出しの場へ急ぐのだった。
ロック鳥のちろに掴まるパラーリア・ゲラー(eb2257)と柚衛秋人(eb5106)、そしてグリフォンに騎乗したフィーネ・オレアリス(eb3529)は江戸城に向かった。そのことで、一時、城内は敵襲かと騒然としたが、遠山が持たせてくれた家紋の旗と直筆の書状により、源徳側の警戒は解かれ、冒険者たちは江戸城主・源徳信康にも何とか会うことができた。
「お、お主は‥‥ 信康様を氷漬けにした‥‥」
「はにゃあ☆ 怒られに来たんじゃないのだぁ」
「ええぃ、そこへ直れ」
信康の側近の目に留まり、ドタバタと追いかけられるパラーリア。
「待て、敵はおらんのだ。あの時のような無茶なすまい。それに、そのようなことをしている場合でもあるまい」
側近の武士も、主にそう言われては引き下がるしかない。
「江戸奉行の一人、遠山様の使いで参りました‥‥ ですが、最初に一言」
柚衛秋人(eb5106)は、深々と最高の礼で頭を下げた。
「志士・柚衛秋人。奥州勢の道案内を務めたことのある冒険者の一人として、謝らせてもらいたい。
速やかに江戸から叩き出すため、力を貸すことで許されんことを望む」
こやつ‥‥ そんな声が聞える中、源徳信康は家来を制して席を立った。
「神皇陛下の兵たる貴殿が、源徳に合力してくれるというのだ。今は、それを喜びましょうぞ」
信康は大きく頷いた。家康であれば、どう接したであろう。
「信康様、時間が勿体なく思います。まずは用件を」
情緒や雅よりも実利。フィーネは、信康に用件を伝えた。
「なに? では、遠山が配下の与力と民衆を従えて伊達勢に討って出ると?」
一同に困惑の声が漏れた。
「はい。江戸の民は伊達をただで受け入れなどしないと分からせるのだと」
「そして、攻めあぐねている腰の引けた旗本御家人に喝を入れてやるのだとも申していた」
場に殺気が漂う。攻めあぐねていたのは江戸の城兵も同じ。自分たちが侮辱されたと考えるのも当然の物言いだからだ。
「確かに守りに入りすぎておったかもしれん。今日明日にも、遅くとも数日中には親父殿が江戸へ舞い戻ってこよう。
その時、敵を上回る味方を擁していながら、江戸城に伊達勢あるを見られれば俺の面目が立たぬ
伊達勢に攻撃を仕掛ける。城外の兵には大手門を攻めさせ、我々は冒険者たちを含め、二の丸に兵を集中し、一気に突き崩さん!」
おぅ、と掛け声が上がる。
「しかし、遠山に伝えておけ。奉行の役目を放り出すことへの責任は取らねばならんぞとな」
「こんなときに責任なの? 伊達さんもよっし〜も‥‥ のぶっちも全然『粋』じゃな〜い」
ぷくぅと頬を膨らませるパラーリア。慌てて柚衛が仲裁に入る。
さて‥‥
柚衛の申し出た三の丸の見取り図の提供は、大手門攻撃で遠山の指揮下に入るなら必要ないと却下された。
また、地下の伊達勢の動きを牽制したいと提供を申し出た地下空洞の詳細地図も防御機密だからと貸与されることはなかった。ただし、市中に通じている地下空洞からの出口が幾つかが書かれた地図は包囲している旗本御家人勢の指揮官に渡されることとなった。それをもって警備に当たれということらしいが‥‥
「信康様、苦境にあればこそ共に戦いましょう。生き延びて、皆で家康様をお迎えするのです」
大量の薬を城内に差し入れ、自身もリカバーの魔法を施して、戦力回復に大きく貢献したフィーネの姿が信康の脳裏をよぎった。
「江戸は守りきってみせる‥‥」
信康は三の丸に翻る伊達政宗と源義経の旗を憎々しげに見つめて呟いた。
●心の中の炎
状況は整った。
「こちらは変わりはなかったですか?」
「九尾の狐が襲ってきたけどね。倒しちゃった」
限間の問いに、きらんと目を光らせて言い放つミネア・ウェルロッド(ea4591)。
「ミネア、事を大げさにするな」
ほっとする一同に、ミネアは遠山の後ろで小さく舌を出して笑っている。
遠山勢も時機を見て兵を挙げるだけだが、民が賛同してくれるのをじっくり待つ時間はないようだ。
現状の兵力で動かなければならない。
信康の示してきた時期は半刻後。指揮が行き渡るギリギリの時間と考えられた。
敵に応戦の余裕を与えないためだろうが、遠山は渋い顔をしている。
「どうしたんだ? お奉行」
「遠山勢に地下空洞の出口を抑えよと旗本衆から指図があった」
「それじゃ、伊達勢には討ち入らないのか? 俺たちは邪魔者扱いか?」
「いや、信康様の指図かもしれません。遠山様に奉行所の仕事に専念しろという最後通告なのかも‥‥」
遠山に食いつく氷川を諭すようにフィーネが言う。
「ふんっ、そんなだから伊達公に付け入られるのさ。俺は大手門攻撃に参加する。そこでだ‥‥」
遠山は一行の顔を見渡した。
「済まねぇ。山内、お前さんには有志の方々を率いて地下空洞の入り口を固めてほしいんだ」
「入り口くらい、あたしがアイスコフィンで固めてあげるよぉ」
パラーリアに方法を聞いて、遠山は首を振った。
「固めたと思って、できていなかった場合、あっさり抜かれることになる。抑えの兵は必要だ」
遠山の班分けを見て、山内たち有志は苦笑いを浮かべている。
有志を大手門攻撃から外すなんて、信康のことを笑えねぇぞ‥‥と。
勿論、役人がいなければ、いざという時に困るからと与力や岡引からも少数が割かれている。
「わかった。任せておけ」
「あぁ、隊を分けたら、そちらの指図は山内に一任する」
見渡した山内は、有志一同が無言で首を縦に振ったのを見て笑った。
炊き出しの場にいる民の数は予想通り、あまり多くはない。
だが、江戸から逃げ出していった者たちのように狂乱などしていないし、死んだような目をしている者も少ない。
同調してくれている与力や岡引たちに動揺の色は見られるが、最悪の状況の中では良いほうではなかろうか‥‥
沖田たちは民の前に立った。
「お腹一杯になって、落ち着きましたか? 皆さんの心に火は付きましたか?」
何事かと衆目が集まる。
「皆さん、騙し討ちのような伊達の行動を許しておけますか?
何も出来なくて、心に想いをため込んでいませんか?
確かに僕たち一人一人の力は小さいかも知れません。
でも、そんな小さな力でも出来ることはあるはずです。
それぞれが、それぞれの出来ることをやって、伊達に一泡吹かせてやりましょう!
小さな雫が大きな包みを壊すように、集まった想いは、必ず大きな力になりますから!
僕たちは、その為に戦います。こんな戦いは早く終わらせて、江戸の平和を取り戻しましょう」
一気に沖田に捲くし立てられて、動揺の方が立ったようだ。
しかし、その動揺も、暫くすれば熱に変わっていく。
「やり方がつまらん、粋もなければ華もない。気に食わんからたたき出す、簡単に言えば、それだけのことだ」
「その通りなのです。奥州の連中に好き勝手されて悔しくないですか。
我らの江戸は、我らで守るべきなのです。舐めくさった連中に一泡吹かすですよ」
柚衛や七瀬の煽りもあって沖田の着けた心の火は、炎と化してゆくのに時間は掛からなかった。
「そうだな。独眼竜だか何だか知らんが、一言、言ってやる」
「酷い目に遭わされたんだからね。自分の勝手で江戸をどうこうできるなんて思ってるんなら、ビシッと躾けてやらなきゃ」
「そうさ。江戸を戦禍から守ろうと皆が必死になってる時に、横から天下を掻っ攫おうなんて事、義理と人情が心情の江戸っ子が見過ごせるかい? 他はいざ知らず、江戸で江戸っ子を無視して戦なんかできないって思い知らせてやろうじゃないか」
民たちをシルフィリアが更に煽ると、義理や人情、粋という言葉が飛び交うようになった。
その熱気に中てられてか、尻込みしている風だった一部の与力や岡引たちの士気も高まりつつある。
恐らく脱落者はでないだろう。
「手足を切り落とされようが、死んでなければ直してあげよう。けひゃひゃひゃ」
悪人ではないのは暫く一緒にいて何となくわかるだけに、ドクターの笑いに一同苦笑い。それは兎も角‥‥
「もう止められないよ?」
「覚悟の上だ」
「江戸っ子の心意気、しかと見せて貰ったよ」
不敵に笑う遠山に、シルフィリアは思わず笑うのだった。
●地下空洞潜入
信康より伝えられた地下空洞の出口を守るため、動いていた山内勢だったが、伊達勢の出現を待つだけの押さえが利くのであれば、遠山の酔狂に手を上げるはずもなく、少し地下空洞を覗いてみることにした。
「仕方ないですね‥‥」
限間は那須密偵に偵察を頼み、警戒を強め地下へと進む。
護衛も必要だろうと限間に後方指揮を預け、山内と三菱扶桑(ea3874)は地図を作るリアナに付いて行ってしまった。
「ここに5人残します。敵と接触した場合は、前後どちらかの味方と合流するように。5人だけで戦ってはいけませんよ」
「分かったよ。伊達でも真田でもいいから現れねぇかな。どつかないと、すっきりしねぇ」
一抹の不安を抱え、溜め息。限間ほどの武士をしても有志たちを纏めきることはできそうになかった。
「伝令、前方で伊達兵発見! 山内隊が戦闘中!」
「ほら来た!」
「一気に雪崩込んでも、この空洞じゃ数を生かし切れない‥‥のに‥‥」
限間は諦めずに周りの者に指示を出すと、山内隊の方へ走り出すのだった。
「地獄極楽、極楽地獄! 自分は三途の川の渡し守!! 地獄に行きたい奴は、この三菱扶桑が御相手しよう。極楽浄土に行きたい奴はさっさと江戸より立ち去るが良い!」
「乗ってるな」
「あんたとは後で美味い酒が飲めると思ってるからな」
「誰のおごりだ?」
「そりゃあ、伊達の奴らに払わせるのさ」
軽口を叩きながらも山内と三菱は嵐のように伊達勢を斬り伏せてゆく。
「あ、他にも呼吸を感じます。でも、少し小さい?」
違和感を感じたリアナが山内に報告した。
「お命頂戴!」
「きゃーー」
絹を裂くような叫び声を聞いて、隊は突入していく。
「奥方様‥‥を‥‥頼む‥‥」
護衛の武士であろう。忍び風の男たちに三方から串刺しにされ、力を失って、床に倒れてゆく。
顔を覆っているのは着物姿の女性‥‥
状況から考えれば源徳側の姫君か?
「あれは‥‥」
「徳姫様‥‥ 」
知り合いなのかというリアナの疑問に答える間もなく、山内が突っ込む。
一人が放った3発の手裏剣を何とか捌き、かわすが、3対1で対応しきれる訳がない。
刃が山内に迫ったとき、体をぶつけるような勢いで割り込んできた三菱の刀が山内を救った。
「無茶するな、山内! 誰なんだ、この人は!!」
「信康様の奥方、徳姫様だ! 落城を覚悟して信康様が落ち延びさせようとしたに違いない!!」
連れてきたゴーレムに光線で攻撃させたリアナも周囲の与力や有志たちもあんぐりしている。
「て、手柄だ! ちゅぶほ‥‥」
自分たちが襲っていた人物の正体を知って、できた隙に問答無用で山内が突きを繰り出す。
「今度は逃がすわけにはいなかいか‥‥ 巨人の双璧の名をもって、あの世への土産としろ!!」
三菱も剛剣を振るい、1人に止めを差す。
知らせに走ろうと逃げ出した忍びは数歩も行かないところで、喉に矢を突き立てて倒れた。
「大丈夫か?」
限間の声が飛ぶ。
「助かった! 限間!!」
山内と三菱がもがく忍びに刀を突き立てた。
「徳姫と申しまする。本当に助かりました。あなた方は源徳の兵ですか?」
「いえ、冒険者と江戸の有志です。遠山殿に合力して、ここにいます」
事情を知った限間は、どうしたものかと、途方に暮れた。とりあえず、守らなければということしか今は頭に浮かばない。
「あなた方、2人には格段の感謝を」
「別段、源徳がどうとか源がどうとか御上の勢力争いに興味は無いが、自分たちの暮らしを脅かす奴らの好きにさせる気は無いだけだ」
「三菱‥‥ 徳姫様に何という口をきく‥‥ しかし、お助けできたのは幸い。本当に良かった」
安堵の息を漏らす山内の肩を、限間は叩いた。
「しかし、この状況は江戸城が落ちた‥‥ということだな」
「そうですね」
ふと思い至った限間が思わず天井を見上げると、一行も思わず光景が映るはずもない天井を見つめた。
●江戸城大手門攻撃
「勇士よ! 汝らの行い、汝らの築いてきたことに一点の曇りはない! 誇り高く、ただ誇り高くあれ!」
ドラゴンバナーを掲げ、江戸城の空を舞う空行騎兵フィーネ。
登場した当初は双軍とも多少の混乱を得たが、味方と分かれば城兵に勇気を与え、伊達兵には更なる混乱をもたらせた。
おまけに南の空からは怪鳥が現れ、一暴れ。北の空からは巨大な羽虫が飛来して、兵を幻惑させた。
此度の戦いは、常に予想外の出来事に見舞われる。
慣れっこになってもよさそうだが、そうもいかない。怖いものは怖い。驚かされるものは驚かずにはいられない。
それが、極限の兵の精神状態なのだから‥‥
「華のお江戸を護るのだっ!!」
パラーリアは、ロック鳥の上から伊達勢に向けて金属片や陶片をばら撒いている。
「撃ち落せ!」
伊達勢の叫びも空しく、遥か上空のパラーリアには矢が届かない。
おまけに敵勢の中には虎などの猛獣まで混じっている模様。
「伊達も、まさか江戸に虎や魔獣が住んでいるとは思わないでしょうね」
微笑む沖田だったが、これにはやはり源徳兵も困惑している。
「冒険者は遊び半分で戦をしているのか!」
叫ぶ旗本に、遠山勢の後ろに控えた江戸の民たちが言い返す。
「重い腰をようやく上げたくせに、生意気を言うな!!」
問答無用で斬られても文句の言えない侮辱の言葉‥‥
しかし、その間には遠山勢がいる。民らの周囲には、彼らを守るために雇われた冒険者たちの姿も見える。
「遠山‥‥ 覚えておれよ」
旗本は吐き捨てると、大手門攻撃に戻っていった。
攻めては守り、守っては攻め‥‥
「流石に無理だ‥‥」
城壁を登って斥候を務めようとした氷川だったが、失敗したとのこと。
天下の名城江戸城の城壁を手掛かりだけで昇るのには無理があったようだ。
「誠志郎、やるな伊達も」
「さて、どう攻めるか‥‥ しかし、本当に二の丸を攻め落とすつもりがあるのか?」
氷川の言葉に、天風は思わず、疑問で返した。
「お主も気になるか‥‥」
それに同意したのは遠山。伊達勢の守勢は堅い。
「うにゅ〜、上手いのですよ。矢で牽制されちゃうのです〜」
七瀬が地団駄踏んでいる。
伊達勢は高い城壁を活かして矢の飛距離を稼いでいるのだ。
緒戦で最大威力の火球を撃ち込んで士気を削ぐ、予定だっただけに江戸城の堅牢さには目を見張るしかない。
いや、伊達勢の戦上手も、この際、評価すべきだろう。
とはいえ、深く広い堀も、この際、源徳勢の攻撃の妨げになっているのは間違いない。
門から中に攻め込めないでは、補給に乏しい伊達勢を倒すには一番の方法、物資を焼き討つような作戦も取れない。
しかし、伊達勢としても二の丸、そして本丸を落とさなければ勝利はない。
そのはずなのに、必要以上に反撃してこない‥‥
微妙な違和感に苛まれつつも、猛攻撃を敢行する以外、源徳軍に勝利の道はないのだった。
遠山勢が馬を進め、大手門に近寄ると、伊達勢も兵を繰り出してきた。
流石に江戸の民を背負うように進む遠山勢は、一筋縄ではいかないよう。
「裏切り者の伊達を、どうやって信じろと言うの?」
「そうだ〜!!」
シルフィリアは炊き出しに来てくれた男たちに混じって、焚き付けている。
義経、政宗の裏切り者、卑怯者‥‥の連呼を背に受けて、伊達勢を挑発を続けた。
尤も同じように源徳の旗本御家人勢をも侮辱しているのに、遠山は気付いてか気付かずか止めようとはしない‥‥
「そこな武士! 覚悟!!」
遠山に朱槍を構え、突撃してくる一騎あり。
「大江戸義勇隊、参上仕る! 勝負!!」
それだけ言うとミネアは、遠山に預けていた太刀「薄緑」を手にして突っ込む。
流石に少女が飛び込んでくるのは予想していなかったらしい。
「馬鹿者、それは冒険者だ!!」
誰かが叫ぶが間に合わない。
穂先を捌くと、交差するように太刀は朱を飛ばす!
仮とは言え、新撰組三番隊隊士という訳だ。
「討ち取らせるな!」
割り込んできた武将に、ミラは突撃の一撃を受け流され、舌を巻いた。
「あなたが源義経? なら、私と勝負しなさい!」
「ふん、義経様は武家の棟梁。源氏の正統なる嫡子。殿、自ら出るまでもないわ! 佐藤継信、参る!! 我が槍を受けてみよ!」
義経に一騎打ちを申し込んだミラは、奥州の武将・佐藤継信の槍先を盾で受け止めた。
高速詠唱でオーラ魔法を唱えようとするが、一騎打ちで後手に回ってしまっては、防戦一方。
「一対一の戦いは危険なようだな」
させないとばかりに割り込もうとした空間を、遠山が遮る。
「名乗りを上げての一騎討ちは戦の華、邪魔しちゃならない」
「しかし‥‥」
「落ち着け、うまくいけば敵に食いつける。ミラに任せよう」
両軍から応援の声が上がり、一騎討ちを求める声が高まる。
覚悟を決めて、攻撃を急所を外して受けながら間隙を縫ってオーラパワーとオーラエリベイションを唱えた。
盾を駆使し、ミラは何とか五分に持ち込むが、佐藤の槍裁きも大したもの。
手綱捌きも双方互角‥‥
合を交わすたび火花が散る。
「御主、できるな‥‥」
「あなたもね」
不利と見れば間合いを取り、仕切り直す辺り、戦い慣れた相当な使い手‥‥
次の一手に自身の技の冴えを乗せるしかない‥‥
気合の声に剣と槍が交差した。
「今日は勝ちを譲っておこう。御主の名は?」
「ミラ・ダイモス」
「憶えておこう」
砕けた槍を手に佐藤は騎馬を退かせた。
その瞬間を逃すほど冒険者は甘くない。
「目指すは竜の首。江戸を背負うミネアたち、大江戸義勇隊の邪魔をすれば斬り捨てるよ!」
ミラと佐藤が離れ、息をついた一瞬。ミネアが伊達兵、目掛けて突っ込む。
衝撃波で蹴散らし、討ち込んできた猛者はカウンターで一撃。
とはいえ、無傷というわけにはいかない。
「無茶をするな。俺が暴れられないだろうが」
また、人の後始末をしている‥‥と、氷川は苦笑いしながら敵の懐へ飛び込んで、鎧や面頬の隙間に刃を滑り込ませる。
「次に首をなくしたい奴は誰だ? 閃華を咲かせるぞ!」
ドクターを守りながら空間はミネアを下げた。
氷川や与力、岡引たちも十手を上手く使って連携しながら敵の攻撃を受け流してゆく。
「まったく、気をつけるのだね」
「たはは、んじゃ、また行って来るね〜」
ドクターのリカバーがミネアを、他の負傷した仲間たちを戦場へ送り返していた。
「死んでいなければ、神の奇跡で治してあげよう〜」
果ては腕を切り落とされた重傷者まで、目の前で治って戦場復帰してくるのだ。
伊達兵に動揺が走るのは仕方ないこと‥‥
「乱戦になったのなら戦い方があるですよ」
威力を抑えた七瀬の火球が伊達勢の中で炸裂する。
防具のせいで傷を与えることは期待できないが、怯ませるくらいはできるはず。
しかし‥‥
「な? 何が起きた?」
柚衛は伊達兵の攻撃を十手で受け流しながら、耳を疑った‥‥
「勝った!」
押しているのは自分たちではないのか‥‥
「江戸城は落とした。独眼竜、万歳!」
「えい、えい、おー」
「何が起きたと言うんだ!」
伊達勢の異様な熱気に遠山勢の攻め手が鈍った‥‥
「嘘‥‥なのですよ」
「そんな馬鹿な‥‥」
ファイヤーバードの魔法で上空へ舞い上がった七瀬と沖田は、本丸に棚引く義経と政宗の旗を遠くに認めるのだった‥‥