【泡沫の美】泡沫の生の彼方に
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■ショートシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:6 G 66 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月01日〜06月08日
リプレイ公開日:2007年06月17日
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●オープニング
下野国で生まれたという、この巨大な生き物。
それは陽の光を浴びてキラキラと輝きながら大空を揺蕩う。
「綺麗だねぇ」
「で、でもよぉ。噂じゃ、見たら死ぬとか、目が潰れるって聞いたぜ?」
顔を伏せ、へっぴり腰の若い男が、慌てるように感極まったような若い女に付いて歩いている。
「だ、大丈夫か? 目が潰れたりしてねぇよな?」
「ううっ‥‥」
「おいおいっ」
真っ青の顔で女の肩を掴んで引き寄せると、深く深く息を吐き、力が抜けてしまったかのように座り込んでしまった。
「ごめん」
「お前に何かあったらどうするんだ‥‥」
恥ずかしそうに微妙な表情で伏目がちに微笑む女の頬には紅が差し、男の目は潤んでいる。
安堵の息の後‥‥
「一緒になろう」
「うん」
ポツリと呟く男の言葉に、女は短く頷いた。
「吉兆とか凶兆とか言うけど、実際どうなんだろ? 那須も大変なことになってるし‥‥」
修験者の少年が見つめる先にあるのは、翼を広げると翼長30mにも及ぶ巨大な薄羽蜉蝣。
江戸城での源徳と伊達の戦いに姿を見せた後、少し西に飛んでは、南に。北に向かったかと思えば東に。
ふわふわと南下した巨大薄羽蜉蝣は、ゆっくりと再び北上して下野国へ入ったという。
江戸城陥落という大事件の前に人々の口に上ることも少ないが、だからこそ現れた当地当地では大混乱になっている。
直接的な人的物的被害は出ていないようだが、その美しくも怪異な姿に人々の心は揺さぶられているとか。
江戸城が落ちる凶兆を示していたんだ‥‥
家康公が窮地を脱する吉兆だったんだ‥‥
奥州の鬼が押し寄せてくる予兆に違いない‥‥
天変地異の前触れかも‥‥
人々は口々に噂する。
そんななか、江戸の冒険者ギルドに1つの依頼が舞い込んだ。
『依頼の期間中、巨大薄羽蜉蝣をじっくりと観察し、危険なものであるのかどうか見極める手伝いをしてほしい』
依頼主は、下野国守である那須与一公ではなく、那須天狗を名乗る虎太郎という修験者の少年だったという。
※ 関連情報 ※
【下野国】
関東北部・栃木県の辺り。
【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
那須藩主。弓の名手。
喜連川宗高、那須守宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。
【虎太郎】
12歳くらいの修行中の僧。江戸に師匠の住職がいる。【虎僧行脚】を参照。
【那須天狗】
釈迦ヶ岳を中心に那須藩内の修験場に点在する修験者集団。
●リプレイ本文
●脅威の自然
「鬼だぁ♪ 鬼さんがいるぅ」
「はいはい、良い子のみんなは、そんなことしたら駄目なのですよ〜。鬼に食べられちゃうのですよ〜」
可愛らしい男の子たちに懐かれた七瀬水穂(ea3744)が、ぺちぺち叩く1人の頭を撫でて満面の笑みを浮かべている。
「夢幻斎。流れの人斬りだ」
鬼相の惣面で顔を隠しているが、夜十字信人(ea3094)であるのは、知る人ぞ知るというか、皆知ってる秘密?
まぁ、鬼さんって言われちゃ流れの人斬りの立つ瀬はなかろうが‥‥
「ムゲさん、形無しだね」
「そこ、笑うな。そして、そこな虎太郎、ムゲさんはやめい。せめてムゲちゃんにせぇよ」
子供たちからムゲちゃんと懐かれて鬼相の惣面の下に涙がちょちょ切れる。
さて‥‥
迷走する巨大薄羽蜉蝣を追いかけるのは、簡単なようで難しかった。
何しろ相手は山でも一っ飛び。深い谷も川も関係ない。街道がないとこを通ることも、しばしば‥‥
「こんなことなら一緒に来れば良かったですよ」
江戸で薄羽蜉蝣の生態について知識を分けてもらってから追いかけてきたカイ・ローン(ea3054)は、愛馬ナガレの顔を優しく撫でた。
少し合流が遅れたとは言え、役に立つ情報は手に入れてきた。
巨大なだけの薄羽蜉蝣なら、その寿命は長くはなく、はっきりはしないものの数週間だろうと。
そして、恐らく子を残すために成虫になるのだと。
「ところで虎太郎殿、一切、こちらから攻撃はしないということで宜しいですね?」
「うん、今のとこはね」
「しかし、危険な存在かどうか‥‥なんつったら、あの図体でうろつくだけで十分に危険だとは思うんだがな。
少なくとも、あんなのが頭上を飛んでいたら、いい気分にゃならんだろうし‥‥」
依頼人の虎太郎の答えに頷く宿奈芳純(eb5475)に夢幻斎が横槍を入れる。
「確かにそうだけど、綺麗なものの観察は胎教にいいというから」
懐の淡く輝く妙な球を優しく抱いて双海一刃(ea3947)は、ときに銀色や虹色に輝く巨大薄羽蜉蝣を遠くに見た。
「最も、好きであんな面倒な体に生まれた訳じゃないだろうな。それで危険視されるのは、少し気の毒な話さ」
「仮面をすると真面目なことしか言えないですか?」
「これの手前、手荒な解決が手っ取り早いなんて思われたくないしな」
着物に張り付いてぶら下がる子供たちに身動きできない夢幻斎が、七瀬に肩を竦めてみせる。
‥‥と、何故、子供たちがここにいるのかを説明せねばなるまい。
逃げたいけど逃げたくない‥‥
それは土地に生きる者たちにとって切実な願いであろう。それが子供であったとしても‥‥
それがわかるだけに、いつの間にか集まってくるのを放っておくわけにもいかず‥‥
っと‥‥
「兎に角、色々と巨大薄羽蜉蝣について記録して、そこから危険を推測しよう。那須のためにも憂いは早急に解決した方がいい」
「まぁ、リューミャクとかいうよく分からない話は別にして、昆虫が何か難しい事を考えてるなんて思えないのよね。
実際は番(つがい)を探してるか、メスなら卵を産む場所を探してる、ってところなんじゃないのかしら?
それにしても、あの巨大昆虫、まだ生きてるのね。巨大になると寿命も延びるのかしら」
カイの持ってきた情報を見て、アイーダ・ノースフィールド(ea6264)が漏らす。
「巨大といっても蜉蝣だからすぐに寿命が尽きると思ったけど、その大きさに見合った寿命を持っているみたいだね。
やっぱり繁殖のために相手を探してふらふらしているのだろうか?」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。はんしょくって何?」
「それは‥‥ えっと‥‥」
困るカイを見て、七瀬が笑う。
「良い子のみんな、なぜなに水穂ちゃんの時間なのです〜♪ どどんどん♪ 虫に因んだ、ことわざを勉強するですよ。
那須の次郎君7歳からのお便りなのです。
なになに『仙人の千年、蜉蝣の一時』ってどういう意味ですか? みんなは、わかるですか〜?」
子供たちは首を傾げている。当たり前というか、この場にいる冒険者でもわかる者がいないのだから。
というか、その手紙はどこから?
「う〜ん、あの蜉蝣は1ヶ月くらいは生きてるですね。それに水穂は仙人さんには会ったことないですよ。てな訳で没なのです」
「なんだい? それは‥‥」
双海が無愛想な顔つきで見ている。
つまんな〜いの声を物ともせず、七瀬は続ける。
「次、喜連川の花子ちゃん10歳からは『一寸の虫にも五分の魂』って本当ですか?
あ〜、あれは百貫以上ありそうですね。だから、たぶん五分以上の魂が入っていると思うですよ。
でも、水穂、よく分かんないので、これも没なのです」
ヲイ‥‥
誰からとなくツッコミが入る。と、そこで‥‥
「はい! はい!」
「じゃあ君♪」
元気良く手を上げる子供を七瀬が指差した。
「『飛んで火にいる夏の虫』ってなぁに?」
「お、これなら分かるです。試してみるですか」
子供たちを放すと印を組んで詠唱を始める。
ブワッと七瀬の体がファイヤーバードの炎に包まれ、驚く子供たちを眼下に巨大薄羽蜉蝣へと飛んで行く。
「刺激しないでよ! 観察が目的なんだから」
行ってしまったものは仕方ないとばかりにアイーダは弓の準備を始める。
「本当に仕方ない人ですね‥‥ こちらから刺激してどうすると言うのです‥‥」
宿奈は巨大薄羽蜉蝣に近づいてテレパシーを唱え、担いできた大凧に乗って大空へ舞った。
●その名は
全翼長30mはある巨大な薄羽蜉蝣‥‥
その薄い羽は沈む夕陽を通し、ぷわ‥‥と暖かく、優しい光を反射している。
「綺麗なのです‥‥」
地上から見上げる巨大薄羽蜉蝣とは違う。
「全くですね。差し詰め『幻光』といったところでしょうか」
幸いにも炎の鳥を纏った七瀬は刺激をしなかったようで‥‥
『お初にお目にかかります。私は陰陽師の宿奈芳純と申します。貴方様のお名前をお伺いしたいのですが、なんと仰るのでしょうか?』
しかし、断片的な本能に関わる感情が返ってくるだけだ。
「知能は高くないようですね。虫並みというところでしょうか‥‥」
「こんなに綺麗で大きいのに、なのですか?」
右へ左へ七瀬が様子を探るが、薄羽蜉蝣は最小限の動きを見せるだけ。
美しい光を見ていると攻撃の意志が薄れてくるから不思議だ。
『お忙しいところ恐縮ですが、貴方様の今後のご予定や、お考えなどをお伺いできないでしょうか?』
『見つけた‥‥ 子供‥‥ 作る‥‥』
明確なイメージではないが、薄羽蜉蝣の意志が宿奈に飛び込んできた。
「見つけた?」
「見つけたって何をなのです?」
「あ、あれですね。間違いなく‥‥」
薄羽蜉蝣の動きを見つめ、向けた宿奈の視線の先には、きらと光るものが‥‥
「ホントにもぅ‥‥ ここには来ちゃ駄目って言った‥‥でしょ‥‥」
迎えに来た母親が口をパクパクさせている。
冒険者たちも、それにすぐに気が付いた。巨大な薄羽蜉蝣だ‥‥
「2匹目ね‥‥ まだ来るのかしら」
いざという時の避難路を母親に指示し、アイーダはいつでも攻撃できるように周囲を警戒した。
「あんなのが‥‥群れるんですか?」
「安心しろ。こちとら八俣遠呂智とも戦った。彼奴と比べりゃ大きさは三分の一さ。倒せない相手じゃない」
怯える母親に夢幻斎は抜刀して答える。
「皆さん、どうやら‥‥」
「番になりますか」
「そのようです」
カイは着陸する宿奈に皆まで言わせない。それに一行の顔を見ていればわかる。全員同じことを考えていたようだ。
「七瀬嬢よ。奴さん、怒らせちゃいないよな?」
「大丈夫なのですよ。でも、卵を産んだら大変なのです。
はい♪ 良い子のみんな、水穂お姉さんと約束だよ。お姉さんたちから離れないこと。必ず守ってあげるからね」
不安一杯の親とは別に、子供たちは、うんと頷く。
今のところ人や家畜などを襲った事例はないが、下手に逃がすよりも目の届く場所にいてくれた方が戦いやすいということだろう。
「巨大蜉蝣は無害でも、繁殖して巨大蟻地獄がわさわさという事態になったら非常に危険度が上がる」
「虎太郎、どうするのか、今、決断するんだ。危険の芽は早いうちに摘んだ方がいい」
双海とカイは、既に得物を構えている。
「でも‥‥」
「依頼人の指示には従うわ。でも、ここで繁殖を許せば、この辺りは巨大蟻地獄で溢れるかもしれない」
アイーダの言葉の間にも、飛来した薄羽蜉蝣は止まっていた1匹を抱え込むと、腹と腹を合わせた。
「間違いないですね。繁殖する気です」
テレパシーで薄羽蜉蝣の意志と疎通を試みる宿奈は、虎太郎を促す。
「他と違って生まれてきたから殺されるの?」
「そうだ。覚悟を決めろ、虎太郎。
それにな。俺は、あれの羽化に居合わせ、手助けをしてしまった。俺は俺の責任で人に害のある彼奴を倒さなければならん」
仮面の上からでも、その下の決意の表情が感じ取れる。
「殺生はいけないことだよ。だけど、それをしなければならない時があるんだ」
カイは虎太郎を優しく諭す。
「あやつらの名は『幻光』。書記に巨大薄羽蜉蝣が、どんな生き物だったのかを詳しく記してやると良い。それが供養にもなろう」
「オイラたちが忘れないでいることが?」
「きっと供養になるですよ」
宿奈と七瀬の顔を見て、虎太郎は静かに頷いた。
その後、巨大薄羽蜉蝣のオスは交尾の直後に命の火が消えるように死に、メスは卵を産む前に倒されたという。
●下野明鏡記
『下野にて大きなる薄羽蜉蝣を目するに、優美な姿に人々は感じ入る。
その性は人畜無害。
日光のきらめき、夕陽のゆらめき、月の静けき光を受け、千差万別の光は人の心を優しくさせた。
なれど‥‥
なれども‥‥
その巨体ゆえに、彼の者は番となりて討たれた。
生まれ出るであろう大きなる蟻地獄は、あまりにも危険ゆえに』
虎太郎という修験者と冒険者たちが纏めた『下野明鏡記 幻光蜉蝣の段』という書物からの抜粋である。