【那須動乱】乱取りは、戦の常なれど

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 85 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月25日〜07月03日

リプレイ公開日:2007年07月24日

●オープニング

●上州戦の一方で
 神聖暦一千二年五月‥‥
 源徳家康が上州で死の包囲網に窮していた頃、那須藩の北の要衝・白河の関には別の脅威が迫っていた。
 江戸城で伊達氏が弓を違えるのに呼応するように、蘆名氏を先陣として奥州連合が殺到したのである。
 元々、白河の関は大軍を展開するに適した練兵場だ。
 白河の関に敵が集結する前に行われた緒戦でこそ地の利を活かして那須軍が多少の打撃を与えたものの、圧倒的な戦力差を覆しようもなく、進撃そのものを食い止められなかった。
 加えて、当てにしていた領内外からの増援が得られなかったことが混乱に拍車をかけていた。

 矢板川崎城への出陣命令を携えた江戸への急使は、江戸城で伊達政宗が裏切ったことを知り、血の気を失ったという。
 これでは江戸城を預かる源徳信康からの増援は十中八九期待できない。
 さらに、救援要請を受けて主力部隊である那須軽騎兵が、事前の命令に従って江戸へ向かったという事実を知って愕然とした。
 武士の多くが出陣し、指揮官の多くを欠く状態で数ほどの働きを期待できない矢板城の兵力は簡単に動かす訳にはいかない‥‥
 それでも白河へ増援を送らない訳にはいかず、矢板川崎城城主・結城朝光は農繁期を迎えるところへ無理を言って最大動員をかけた。
 そこへ飛び込んできたのが八溝砦からの使者。
 八溝山の砦は百からの鬼の軍勢の襲撃を受けており、このままでは八溝山に入られるのは時間の問題。救援を希(こいねが)う‥‥と。
「那須藩が奥州を押さえておけるのは家康公の武力あってこそ。我々は他国を当てにしすぎていたというのか?」
「そのような論議は後でございましょう。家康公は上州戦が終わるまで動けず、江戸の兵もこれでは動けますまい。
 奥州の狙いが勢力域の南下でありますれば、一日でも永く敵の進軍を抑えることが肝要。
 上州を平定した家康公が取って返し、江戸城を囲む伊達と那須へ兵を差し向けるまで一刻でも永く。
 今は家康公の援兵を信じるしかありますまい。なに、謙信公と信玄公の兵が到着すれば一朝に片は付きましょう。
 まずは足軽の増強を。矢板の守りを堅め、神田城の小山様と連携すべきかと」
 杉田玄白の進言を入れ、結城朝光は藩内各地への使者を立て、江戸へ向かった軽騎兵へも使者を送るのだった。
 その後、川崎城からの帰還命令を受けた那須軽騎兵は、憮然として帰還した。
 武蔵国の守りを堅めていた源徳軍によって江戸への街道で足止めを喰らっていたのだという。
 伊達が裏切った今、他国の兵を通す訳にはいかない‥‥という源徳武将の言い分は真っ当であり、その判断を責めることは酷かもしれないが、後に江戸城が陥落してしまったという現実を考えれば、正しかったのかどうか‥‥
 ともあれ、軽騎兵は足軽を加え、正規の編成に戻され、八溝砦などへと送られたが、その兵力差が埋まった訳ではなかった‥‥
 単体では拮抗するであろう諸藩の軍勢とも、纏めて束になって襲い掛かってこられては、那須軍も地の利だけでは戦えないのだ。

●防戦の難しさ
 鬼の軍勢に殺される‥‥
 乱取りの犠牲になるのは嫌だ‥‥
 震えながら、手持ち、背負いの荷物だけを手に歩く那須の領民たち‥‥
 女子供たちの集団を守るのは、手に手に刀や槍を持った男衆。
 更に、それらを守るように展開しているのが那須兵。
 男衆を足軽代わりに指揮して奮戦するが、後手後手に回るため損耗が激しい。
「我らが本気になれば、那須を打ち破るなど造作もないこと」
「崩れるな! 那須兵の意地を見せよ!! 士道、死すべし!!」
 奥州勢の嘲笑う声が、彼らを討っていく‥‥
「神様、仏様‥‥ 我らをお救い下さい‥‥」
 守るべき者があるとすれば、敵を通す訳にはいかない。
 防衛のために機動戦術を封じられ、補給の困難さから得意の弓射攻撃ができないとなれば‥‥

 さて‥‥
 上州が新田義貞の手に残り、伊達政宗が江戸城を陥落させ、源徳家康が房総へ撤退したのを確認して、奥州軍は白河に押さえの兵を残して退いた。
 なぜ? という疑問はあるが、ともあれ那須藩にとって首の皮一枚繋がった状態だ。
 藩内での戦闘は未だ続いているため、決して安堵できる状態ではないのだが‥‥
 実は恨みに駆られた蘆名軍が、那須藩内を切り取っているのだ。
 那須軍は必死に迎撃しているが、白河の敵兵のために有効な手を打てず、苦戦中とのこと。
 また、那須藩東部の八溝山には、軍として統制された鬼が居座り、那須藩の八溝砦と激しい戦闘を繰り広げているという。

『那須藩南部を荒らす蘆名兵を見つけ出し、打撃を与えるか討ち取ってほしい。
 方法は冒険者に一任する。
 また、可能な限りの支援は惜しまないつもりだが、兵力の提供は無理であると心得てほしい。
 なお、危険な依頼であるため、領民を保護するところまでは求めない。冒険者の判断に一任する』

「で、なんだがな‥‥」
 次の一文が別紙で付け加えられていることをギルドの親仁は告げた。

『白河で殿を務めた結城義永と家臣団の生死について、何か報せがあれば報告書に添付されたい』

※ 関連情報 ※

【那須藩】
 下野国(関東北部・栃木県の辺り)の北半分を占める藩。弓と馬に加えて近年では薬草が特産品。

【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
 那須藩主。弓の名手。
 喜連川宗高、那須守宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。

【白河の関】
 関東から東北への玄関であり、下野と陸前や奥州を結ぶ軍事上の要衝。
 結城氏を城代とする白河小峰城を拠点とし、那須藩の北の守りを司る。

【結城朝光】
 白河結城氏の家督を継ぐ、若き武将。
 矢板川崎城城主、兼、ギルド那須支局目付。
 那須藩重臣・小山朝政の弟で、源徳家康を烏帽子親に持つ。

【結城義永】
 白河結城氏の隠居。家督こそ結城朝光に譲っているが、厳然として政治的な影響力を持つ。
 城を空けている娘婿の結城朝光の代わりに地侍を束ね、白河の防衛を受け持っていた。
 与一公ら主力の武士団を逃がすために最後まで白河城に残り、蘆名氏の兵を城内に誘い込み、数十から百の兵を焼き殺したという。
 10名ほどの家臣団と落ち延びたという噂だが‥‥

【蒼天十矢隊】
 冒険者から徴募された那須藩士たち。11名(欠員1名)が所属した。
 八溝山決戦に至る那須動乱を勝利に導いた立役者として那須の民に絶大な人気を誇る。
 茶臼山決戦の後、藩財政再建にも多くの献策を行ったが謀反の疑いをかけられ部隊は解散した。
 現在、与一公の意向により、那須藩預かりの冒険者部隊には『蒼天隊』の名が与えられている。

●今回の参加者

 eb1758 デルスウ・コユコン(50歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb5421 猪神 乱雪(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb5817 木下 茜(24歳・♀・忍者・河童・ジャパン)
 eb7679 水上 銀(40歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9659 伊勢 誠一(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec0244 大蔵 南洋(32歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec1064 設楽 兵兵衛(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec2786 室斐 鷹蔵(38歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●油断大敵
 とぷぅ‥‥
 川の流れの音の中に、僅かにそんな音が混じったような‥‥
「何か水音がしなかったか?」
 焚き火の爆ぜる音や虫の声に混じって、ざ、さわっと流れる音はするが‥‥
「そう‥‥か?」
 蘆名の雑兵は花の香りに匙を取り落とし、ふらふらと倒れこんだ。
 ぴちゃりと滴を垂らし現れた人影が焚き木を手にして二度三度と振ると、暫くして人影が2つ現れた。
「うまく眠りましたね」
 焚き火に伊勢誠一(eb9659)の糸目が照らされている。
「油断大敵ですね。どのみち、鬼の猛威の中、乱取りなんてしているのですから容赦はしません」
 木下茜(eb5817)は手際よく縛り上げながら、嘴を開いた。
「弱った所をここぞとばかりに攻めて勢いづいてるんですから、多少の油断くらいはするでしょう。おっと、させませんよ」
 そろっと槍に手を伸ばそうとしていた兵に、設楽兵兵衛(ec1064)は問答無用で十手を叩き込む。
「さ、3人だったのか‥‥」
「確かに私は影が薄いといいますか‥‥ まあ、残念でしたね」
 兵は力を失って突っ伏した。
「それより、さっさと始めましょう。気取られるのは上手くない。服やら武器は剥いでおきますか? 用途は色々あるでしょうし」
 設楽は足軽たちの武器を取り上げて離れたところに置くと、十手で小突く。
「うわぁ‥‥」
「鎧を脱ぎなさい。蘆名の軍がどのように展開しているか聞きたいので手早くね」
「俺たちゃ足軽だ。首なんかとっても手柄にはならねぇよ。見逃してくれ」
「それよりも脱ぎなさいと言ったはずですが?」
 男たちは気がついて慌てるが、刃を突きつけられていては反抗もできず、自分たちの手で防具を解かされる羽目に。
 伊勢は躊躇せずに武装を解いた彼らに油をかけるが、男たちには何が起きているのか理解できていない。
「答えなさい。質問は既に‥‥ 拷問に変わっているのですよ」
 瞳の奥の冷ややかな光が糸目ごしでも見える。
「わ、わかった‥‥ 何でも答えるよ」
 今度の伊勢の片手に焚き火の枝が握られている意味は容易に想像がつく‥‥
 彼ら足軽は蘆名の農民。武士に命を賭けてまで忠義を尽くさなければならない訳ではないということなのだろう‥‥
 そこでわかったのは‥‥
 蘆名兵300程が那須藩の疲弊を狙い、荒らし回っているということ。
 冒険者たちにとって事態を難しくしているのは、輜重の補給拠点はなく、蘆名兵は那須領民らから現地調達しているということ。
 勝ち戦に乗っている軍勢だからこそ容易に可能な補給方法であり、外国から見れば些か行儀良い戦いと言われてもおかしくない戦の裏側、それが『乱取り』というものだ。
「これでは焼く訳にはいきませんね‥‥」
 敵の物資を焼けば侵略の矛先を鈍らせることはできよう。
 だが、敵の兵をそのままに物資だけを焼き討ちすれば、土地に残る那須の領民から奪われることは想像に難くない。
 何より元々那須の物資である。取り返せるなら取り返したい‥‥と考えてしまう。
「武器だけでも何とかしたいですね。進撃を止めないと‥‥」
 眉を顰める伊勢に木下が声をかけるが答えは返ってこない。
「那須軍が疲弊しているのは見てきましたし、敵の殲滅は無謀に過ぎますかねぇ。相手主将の首でも狙うとしますか?」
 秘かに敵の中枢へ飛び込まなければならない危険は、殲滅と同等に高い。
「それも無理なら、嫌らしくガリガリ削って行きましょう。俺なら目的のためなら手段は何だって構いませんよ」
「なら‥‥」
 策を考え込んでいた伊勢は、設楽の言葉に促されたように糸目を僅かに見開いた。

●襲撃
「ええぃ、居らぬではないか! ここのところ、外ればかり引かされておる!! あぁっ!!」
 那須兵が領民保護の為に繰り出して来ると聞いて、意気揚々と出張ってきたというのに、肝心の那須兵はおろか、村人たちまで消えている。
 苛立ちに怒気を吐き散らす蘆名の武士に兵たちは怯え上がり、それを抑えるべき配下の武士や御家人らも不満を露にした。
 それは伊勢ら陽動部隊が敵へ流れるべく放った情報や現地民たちへの協力説得の結果によるものであったのだが。
 ともあれ足軽たちはたまったものではない。
「奪われるのが嫌で根こそぎ持って出たようですな」
「仕方ない。撤退するぞ」
 村を後にする蘆名兵の側面から複数の竹槍が飛び、隊列が崩れた!
 バラバラの装備で身を固めた者たちが道の物陰から現れる。
「我ら結城鬼面党。恨みによって成敗いたす」
 数人の鬼面の者たちに率いられるように、頬かむりで顔を隠した者らが竹槍を構えている。
 総勢は30ほどはいようか‥‥
「郷で田を作っていればいいものを」
「無法をしてくれたな! 白河の恨み思い知れ!!」
 口々に出る言葉からは彼らが白河に縁のある者たちであると取れる。
「奴らを見ろ! 所詮は烏合の衆! 返り討ちにしてくれるわ!!」
 叱咤する武士の覇気に蘆名兵たちの士気が上がるのが見て取れる。
「キミ達の帰りを待つ者がいるならば、武器を捨てて去れ。僕は手加減できる程、器用ではないぞ!」
 白刃が煌めき、蘆名の配下の武士が派手に血を吹いた。
「馬鹿者、逃げる者は斬る!」
 本当にしそうなところが武士の怖いところ。
 農民の出である足軽たちに逆らう勇気などない。かといって、負けそうな戦いで命を落とすのは嫌だ。
 その気持ちは図らずも尻込みという分かりやすい行動で示された。
 自分たちの倍以上、いや、3倍はいそうな敵を目の前にして一般人が冷静で勇猛にいられようか‥‥
「一騎討ちを所望!」
 蘆名の指揮官も武士。状況を打開する一手は己の武勇と見たようだ。
 戦うにしろ、逃げるにしろ、足軽を戦力として使えるか使えないかは命運を分ける。
 それに腕に覚えのある敵を一人でも潰せておければ戦いが楽になる。
 そう読んだのかもしれない。
 だが‥‥
「武具を砕くとは‥‥ おのれぇ‥‥」
「負け惜しみなど無様なだけだ」
 槍を、刀を、鎧を鬼の惣面の男に砕かれ、成す術もなく地に伏す武士を見て、程なく蘆名の足軽は降参。
 強行突破を試みた武士や御家人が討ち取られるのを見たせいもある。
 
 さて、蒼天隊としては那須兵と連携し、民たちに武器を持たせて蘆名兵に撤退を考えさせるだけの打撃を与えたかったが、そもそも那須藩の全力反抗は白河での負け戦が後を引いていて難しい‥‥というか、様子を直に見たからこそ冒険者にも無理に思えた。薬師や僧らも与一公に協力しているが、重傷以上を治癒できる僧の圧倒的な人手不足で完全に態勢を立て直すには、それなりの時間が掛かるとのこと。
 そこで冒険者ら蒼天隊が採ったのが、敵を引きずり回すこと。
 時間を稼ぎ、敵の出方や移動する兵力数を可能な限り探って那須軍反抗作戦の足がかりとするためだ。
 そのために那須密偵との連携を申し込みもしたが、別方面の情報収集に人手を割いており、蒼天隊は那須藩南部において殆んど単独でそれをしなければならなかった。
 ‥‥はずなのだが‥‥

●フクロウの計
 遠く山の麓に見える敵の陣には幟が立ち、槍が立てられているのが見える。
「ようやく那須兵の陣を捉えることができ申しました。兵力は、ざっと80といったところでございましょう」
 飯炊きの煙の数を数えたのか、配下の武将が嬉しそうに報告している。
「我が軍が圧倒的じゃないか。ふっ、結城義貞め。散々嫌がらせされたが、明日の朝には返り討ちにしてくれよう」
「左様、偽の密告、流言、騙まし討ち‥‥ 結城鬼面党などと小癪な奴でござる」
 如何にもという配下の武将の言葉に蘆名の主将は小さく鼻で笑うと、出陣を告げるのだった。

「蘆名兵100ほど、着陣」
 木下が報告を入れると、伊勢たちに緊張が張り詰める。
「徹底抗戦をするのは今ではありません。ここは退いて、与一公と共に兵を挙げてください。今、戦っても被害ばかり大きい」
「だけどよ。オラたちを守って死んでいった御侍様に申し訳ない」
「そうさ。せめて、あいつらには、ここが俺たちの土地だってことを思い知らせないと」
「それは、あたいの仲間がやってくれます」
 説得する伊勢と木下に数十の足軽たちは渋々と従った。

 一方、蘆名兵の一部に不穏な動きが‥‥
 先陣は那須の陣へ出発。そろそろ接敵して然るべき。しかし、那須の陣からは迎撃してくる様子がない。
「まさか、謀られたのか?」
「その通りだよ。女子供を踏みつけにするなんて許せないからね。お仕置きに来てやったのさ」
 見れば、鬼面の武士が気絶した警護の足軽を突き倒している。
「すわ、鬼面と‥‥」
 主将の脇に控える兵が刀を構えるが、最後まで言えずに血煙を上げて床机に手を付く。
 鎧を砕かれ倒れこむ武将の後ろから、張り巡らせた幕の一部が切り裂かれ、鬼面の者たちが現れた。
「無理難題ゆえしくじったところで恥にはなるまいが‥‥ ここまで来てしまった。無茶を通させてもらうぞ」
「士道死すべし‥‥ あんたも言ってみるかい? あたしの心には、ぐっと来ないだろうけどさ」
 大蔵南洋(ec0244)と水上銀(eb7679)は鬼面を懐へ仕舞う。
「ええぃ、何をしておるか! 曲者ぞ! 出合え!!」
 蘆名の主将が叫ぶが、駆けつける兵は少ない。
 何故だ? の声に少し離れた場所で悲鳴が上がる、蘆名の兵たちの声に合わせて半鳥半猫の妖の姿が幕間に覗く。
「化け物めぇ‥‥」
 それがグリフォンだと知らない主将らは明らかに動揺していた。
「うぬらには悪いが‥‥ その大将首、俺が貰い受ける」
 蘆名の足軽にしては不遜な男、室斐鷹蔵(ec2786)が駆けつけた兵の中から声を上げる。
「この期に及んで奇襲とはな! 那須も汚い遣り方をする!!」
「逃がさん!!」
「そうはさせぬは!」
 幕の向こうに消えてゆく主将を庇うように、幕内の武士たちが行方を遮った。

●本陣の一角
「ちぃ‥‥」
 一閃の白刃が敵兵を血の海に沈めていく。
「寄せ集めの足軽程度じゃ物足りんな‥‥」
 猪神乱雪(eb5421)は刃の血を払って一連の動作で刃を鞘に収めた。
「キミ達の帰りを待つ者がいるならば、武器を捨てて去れ。僕は手加減できる程、器用ではないぞ!」
 足軽とは、元々、徴兵された農民の集団だ。
 数人が斬り伏せられている状況に、士気は崩壊寸前。
「国へ帰り田植えの準備でもしていろ!」
「何をしておる! 一斉にかかれ!!」
 金色の髪と容赦のない凄惨な微笑みが戦場に美しく映える。
「蘆名の正規兵に僕の太刀筋が見切れるかな?」
 業を煮やした武士の槍をかわして一閃が繰り出されると血が舞った。穂先を見切って一撃‥‥ 体を開いて居合いの冴えが煌めく。
「この武士のようになりたければかかって来い」
「無念‥‥」
 何合かで決着は付いたようだ。
 一撃も加えられなかった武士を見て足軽たちが蜘蛛の子を散らすように消えてゆく。
「それでいい」
 猪神は本陣に攻め入った仲間の状況を気にするように見やった。

「貴様らに逃げ場など無いわ!」
 デルスウ・コユコン(eb1758)は、陣に火を放つと剣撃で周囲の兵を薙ぎ払う。
 その異国の男の剣が光を引くたびに足軽が吹き飛ぶ。
 そして、そこへ転がり込んできたのが蘆名の主将‥‥
「自分の運を呪いな」
「させぬ!」
 盾を使わぬ武士に剣の衝撃波を防ぐ手立てはない。
 その身を盾とする部下たちに護られながらも、主将は血を流している。
「待たせたな!」
 槍を砕き、鎧を損ね、怯む蘆名兵を遠巻きに大蔵らが駆けつけてくる。
「郷には家族もいるんだろ? 生きて帰りな」
 水上が気絶させた足軽を周囲の足軽が担いで一目散に逃げ出す。
 しかし、武士には容赦がない。室斐の目にも留まらぬ一撃が大鎧の隙間に吸い込まれる。
 敵兵の生地が、どす黒く染まり、息の中に血が混ざった。
「ぜやぁあああ!!」
 デルスウのものか、大蔵のものかはわからない。
 その一撃は蘆名主将の鎧を砕き、周囲の空間を朱に染めた。

 兵は奇道を以て上策となす‥‥
 しかし、奇策を用いすぎたのか、蒼天隊は肝心なところで敵に警戒されてしまったようだ。
 後方に控えていたらしき蘆名別働隊の数は少なく見積もっても数十。
 敵の主力だとすれば100を越えることも‥‥
「謀られた? ここは逃げの一手‥‥ですかね」
 微塵隠れで背後を取った設楽は、足軽を気絶させると仲間の下へ急いだ。

 後日‥‥

『蘆名の大将と思しきを討ち取ったりとて、後詰めが乱れた兵を収めたり。
 後、蘆名兵は那須藩南部より撤退した由。
 結城義永についての情報は得られず。ただし、蘆名軍に討たれたり捕えられている訳でもなく候』

 その報告に依頼主の結城朝光は安堵を浮かべるのだった。