●リプレイ本文
●再開と出発
「月華さん。また、何かなさいましたか?」
「違いますよ‥‥って、ミヅキさん、来てくれたんですか?」
「お久しぶり」
仕方ないなぁという表情で飛脚便江戸局に入ってきたミヅキ・ユウナギ(ea3663)は、意外そうに首を振る。
「なんだ違うんですか‥‥ この騒ぎ、また月華のせいなのかと思いましたよ」
「ひっどいなぁ〜。ちゃんと仕事してるってば」
「お、言うねぇ」
上司の鋭いツッコミが飛ぶ。
「月華よ、何も心配するな‥‥ お前は何もしなくていいぞ」
デュラン・ハイアット(ea0042)の更なるツッコミに周囲から笑いが起きる。
「大変そうじゃのう」
トンボのような形の薄い蒼の羽を羽ばたかせて飛んできたレダ・シリウス(ea5930)は、今回の手伝いの中では唯一のシフール。月華とは同族だ。
「ジャパンで飛脚便やってないシフールなんて珍しいですね」
「未熟な舞を生業にしておる。月華は飛脚便だけか?」
「うん、この仕事に誇りを持ってるの」
フフンと胸を張り、肩にかけた手紙鞄(←サイトイラスト参照)をポンと叩いた。
「ところで特急便とはなんなのじゃ?」
突然、レダが顔を寄せて小声で話しかけてきた。
「‥‥」
「私は知らぬのじゃ。他の者に聞くのは恥ずかしくての」
「なぜか面倒な配達を受けちゃう事が多いんだけど、ギルドに頼んだりするから‥‥
結局、普通の配達より早く着いちゃうのよ。だから特急便。失礼しちゃう」
「そんなことないでござるよ。月華は頑張ってるでござろう?」
突然声をかけられて月華とレダが驚く。
「月華〜♪ 会いたかったでござる」
「ひゃあ、甲斐さんも来てくれたんですねぇ」
天の邪鬼の甲斐さくや(ea2482)も月華の前では本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「当たり前でござろう。月華のあるところ甲斐さくやありでござる。配達が終わったら何か食べにでも行かぬか?」
「いいよ」
「ほんとでござるか? 嬉しいなぁ」
「打ち上げに宴会なんてどうですか?」
クローディア・ルシノー(ea5906)がニコニコしながら話しに割って入るのと同時に甲斐の顔に縦線が走る‥‥
「それいい。頑張って配達終わらせないとね」
「ハハ‥‥ ソウ‥‥ダネ‥‥」
「決まり!!」
「宴会費用は局からは出んからなぁ〜」
それにしても、この上司、かなりの地獄耳である。
「わかってますよ〜。みんな、頑張ってこ〜!!」
部屋中に喚声が上がった。
●冒険者ってば‥‥
「さて、月華。何を運べばいいんだ?」
「これよ」
ババーンと開けられた障子の向こうには配達物の山が‥‥
「これを運びきればいいんだな?」
こめかみをヒクヒクさせながら山崎剱紅狼(ea0585)が腕まくりを始めた。義理堅いというか何と言うか‥‥
「山の材木置き場にいる材木問屋の主人への手紙はこれだけでいいんだな? 湊(みなと)へはこれだけ」
「うん、そのはずだけど‥‥」
月華が配達物の山を掻き分けているのを見て、山崎が溜め息をつく。
「そんなだから上司から色々言われるんだろうが‥‥」
配達に出かけようとしていた上司が首を縦に振っている。
「お茶入れてきてくれないか?」
「いいよ」
月華が部屋から出た隙に、山崎は仲間を集めた。
「分担してやるぞ。まずはみんなで配達物を目的地別に分ける。狩多と伊東は目的地の地図を探してくれ。甲斐は月華の相手。いいか?」
諾の返事を返し、各々が一斉に動き始める。それを見て、上司は羨ましげな溜め息をついた。
「冒険者ってば、こういうのは得意だな‥‥」
安心したように配達へ飛び立っていった。
「ねぇ、お茶。入ったよ」
月華がフラフラしながら急須を抱えて飛んでくる。
「湯飲みはまだでござるな? 一緒に取りに行くでござる」
甲斐に急かされるように月華は部屋を後にした。
さて、第1陣が出発だ。
「運ぶのはそれだけかい? 僕ならもっと沢山運べるよ」
同業の飛脚である羽雪嶺(ea2478)が、月華の手紙の束を指でつつく。
シフールに重い物は運べない。彼のような飛脚の需要はあるのだ。
「沢山運べればいいってものじゃないのよ。シフール便なら山だって谷だってひとっ飛びだし、街中だって屋根なんか飛び越えるんだから」
「武家屋敷の上を飛んで射落とされないようにしなよ」
「うん‥‥」
毒気を抜かれた月華が頷く。
「要さんが手伝ってくださいって誘ってくれたし、足腰を鍛えるのにもちょうどいいからね」
飛脚の仕事着で気合十分。足踏みをして調子を見る。
「準備ができた者は出発してくれ」
デュランの掛け声で雪嶺は駆け出した。
●さてさて
「シフール便の依頼で仲買人さん探してるんだけど、この人の居場所知らないか?」
神山明人(ea5209)、デュラン、雪嶺は別行動で問屋を訪れていた。
手際よく探している人物の聞き込みをして情報を集めていた。
「それじゃ、また来ます」
まずは相手の居場所を確認する。情報を共有し、効率よく運ぶ。この辺は冒険者の得意とするところだった。
とにかく最初の何日かは情報収集と配達に忙しくなりそうだ。
●マイペース
「ここの旦那は明後日帰ってくるそうだ。こっちは明日まで同業者との宴会で帰ってこぬと‥‥」
この忙しい時期に打ち合わせやら商談やらで商家にいないことの多い主人の居場所を配達の合間に探し回ったのがナバール・エッジ(ea4517)。
走ることに自信のある彼は仲間たちが配達することだけに専念できるように走りぬいていた。
「次に行ってくる」
息を整えるとまた走り出した。
「え〜と、ここですよね」
クローディアは屋号を確認すると暖簾をくぐった。
「荷物配達に来ました。よかったらここに受け取りの署名をお願いします」
難しい漢字を間違わないか冷や冷やしながらも、分かりやすいものを選んで託されたので何とか迷わずに配達する事ができていた。
「さて、戻らないと」
効率が悪いが、慣れていない者にとっては間違わない最善の方法であった。
その遅れを補っていたのが刀根要(ea2473)。
乗馬の技術を駆使して東奔西走の活躍を見せていた。
「驚かせてしまいすみません。お怪我はありませんか?」
「いえいえ、大丈夫ですじゃ」
「先を急ぎますので、失礼します」
これは配達途中の一幕。
さりげなくあちこちに気を配りながら仲間のフォローをこなしていた。彼らしい‥‥
「たのもう、シフィールと急便でござる。店主はご在宅か? いなければ番頭でもよいが、届物でござるよ」
「はいよ」
番頭が現れ、手紙の受取証と返事を受け取ると甲斐は姿を消した。
「失礼するでござる」
と声だけを残して‥‥
彼の配達は夜にも及ぶ‥‥
「ご主人でござるか?」
厠へ行こうとしていた商家の主人がビックリして目を丸くしている。
店はとっくに閉めたはずである。
「届け物でござる」
「はぁ‥‥」
訳わからずに受領証と返事を書いて甲斐に渡すとその気配が消える。
「失礼するでござる〜‥‥ ざる〜‥‥」
と声だけを残して‥‥
●恙無(つつがな)く
「何用でござる?」
訪れた相手が侍であるため、受付の役人は慎重に言葉を発した。
「シフール飛脚便の使いだ。手紙を持って参った」
「フム。して、どなたに?」
紹介状を開き、シフール便と聞いて気を緩めたのか役人の表情が和らぐ。
桐澤流(ea4419)が視線をやると、袱紗に包んだ手紙の束を藤浦沙羅(ea0260)が広げた。
「届け先に間違いがないか確認していただけますか?」
武家の娘なら‥‥と礼儀作法はきっちり仕込まれている。これしきの挨拶で粗相などあろうはずもない。
(「お役所って少し緊張するなぁ」)
藤浦は、体に染み付いた作法で何なく受付との応対を済ませると、届け先に案内してもらえるように頼んだ。
「よろしい。案内仕(つかまつ)ろう」
受け付けは立ち上がると2人を案内し始めた。
「まだなのか?」
「役所とはそういう所でござる」
いつものことと、案内してくれた役人は全然気にしていない。
下級役人への配達はすぐに終わり、受取証や返事もすぐにもらう事ができた。
しかし‥‥ 上級役人への手紙となるとそうはいかない。
全ては向こう待ち‥‥
「明日返事を取りに来てくれと達しがなかっただけマシでござるよ」
そう言う役人も手持ちぶたさにしている。
「そんなものか‥‥」
「そうですよ」
桐澤に藤浦が微笑む。
「お忙しい方ゆえもう少しかかるかも知れぬな」
役人はゆっくり息を吐いた。
「少し歌いましょうか」
退屈する桐澤と役人を気遣い藤浦の歌声が部屋を満たす。
謡(うた)自体は拙い感じがするが、彼女の声には人を明るくする才があるようだ。
「楽しげではないか」
「申し訳ございませぬ」
1人の男が部屋に入ってくるなり、役人が恐縮して平伏する。
「良い良い。それより、これが返事だ。頼んだぞ」
桐澤の前にしゃがみこむと、ぶっきらぼうに手紙を差し出した。
「確かにお預かりしました」
手紙を受け取って藤浦へ渡す。
「それより続きを歌ってくれよ」
「お仕事が詰まっているのでございましょう? ご自重を」
「しゃあねぇな。じゃな」
男はパッと立ち上がると部屋を後にした。人懐っこい笑顔の似合う男だった。
「お祭り、うまくいくといいですね」
藤浦の足取りは軽い。
●ハイホ〜
山崎、狩多菫(ea0608)、伊東登志樹(ea4301)が馬で進むこと1日半。
目的の材木問屋のいる所まであと一息というところまで来ていた。
「お尻痛い‥‥」
狩多がともすれば泣きそうな顔になっている。
「お馬さんも疲れてるし、少し休憩しようよ」
宿に1泊したとはいえ、乗馬に慣れているとは言い難い3人だけに強行軍はきつい‥‥
「そうだな。俺も一休みしたいと思っていたところだ‥‥ そこの分かれ道で休まないか」
「昼も近いし、一服するか」
馬を繋ぐと3人は草むらの上に大きく体を伸ばして、お握りを食べる。
「えっと、次はどっちだっけ‥‥」
狩多が地図とにらめっこしている。
「あ、いい事思いついた♪」
しばらく地図をクルクル回しながら頭をひねっていたが、突然起き上がると落ちていた枝を拾って道に立てた。
パタン。倒れた枝が片方の道を示す。
「休憩終わり」
狩多が荷物を畳むのを見て、山崎と伊東も出立の準備に入る。が‥‥
「こっちだ」
伊東が先に進もうとした狩多に声をかける。
「でも、棒が倒れたのはこっちだよ」
自信ありげな狩多に2人が大きく息を吐く。
「あ‥‥ 置いてかないでよ〜」
ぷぅと頬を膨らます狩多は、先を行く2騎を追いかけて坂を上り始めた。
「これに受け取りの確認と返事があれば書いてくれということだ」
伊東が背嚢から紙と筆箱を取り出す。
「いつものようにシフールじゃないんですね」
問屋の主人が返事を書きながら話し始める。
「夏祭りで手紙の量が増えて捌ききれなくなったんで、冒険者に仕事がきたんですよ」
「なるほどね‥‥ はい、これでいいかな?」
問屋の主人は、返事を包むと受取証と一緒に別に手紙を2通渡してくれた。
「他に出すものはないのだな?」
「へぇ。色々頼まれてもらって、すまないねぇ」
「仕事だからな。気にしないでほしい」
「人足さんへの手紙もみんな渡し終わったし、後は帰るだけだよ」
問屋の主人が代金を払っていると狩多が大きく手を振って駆けてきた。
帰路に着いた伊東たちは快調にとばしていた。
「うわっ」
何かが飛び出してきて伊東が馬から落ちそうになるが、何とかこらえた。
「そういや、行きにも何か撥(は)ねたような気がしたが‥‥」
山崎が悪びれた様子もなく馬を飛ばす。
大きなたんこぶをこさえた小鬼たちが後ろ〜の方で騒いでいた。
●平和ですね
刀根の馬に乗せてもらい早めに来たはいいが、船が予定通りに着くわけがない。
「暇じゃのう‥‥」
「そうですねぇ」
「茶飲み友達の婆さんじゃないんだからシャキッとしてください」
お日様に当たって居眠りしそうなレダと月華の目の前で、ミヅキがパンと手を叩く。
「あの船がそうなんじゃないかと思うんだけど」
ミヅキの指差す先には3隻の船。
聞いていた船の特徴と一致するので、まず間違いないだろう。
「さぁ、仕事よ」
ミヅキはもう1度、パンッと手を叩いて2人を起こした。
「ご飯まだですかぁ?」
「何寝ぼけてんだ? 飛脚便みたいだが‥‥」
フラフラ飛んでくる月華を水夫が捕まえる。
「私なんか‥‥食べても美味しくないですよぉ‥‥ ムニャムニャ」
水夫が溜め息を漏らした。
レダは大型ゆえに入港待ちをしていた船へと飛んで行った。
「シフール飛脚便じゃ。届け物を持ってきたのじゃが船長はどこにおる?」
「わしだが‥‥」
船長らしき男が話すが、憶えたての言語はやはり難しい。
「早口で話すで無いわ、他国語はまだ覚えたてじゃからな」
船長が頷く。
「わ〜し〜は〜〜」
「今度は遅すぎるわ!!」
なかなかに前途多難だ‥‥
仕事の量が少なかったせいもあって湊での仕事は順調に終わった。
「他の仲間を手伝いに行きましょう」
ミヅキたちは一度帰還することにした。
●目が回るほど‥‥
仲買人の居場所と連絡方法が分かってからは最後まで残業していたのがこの班だった。
材木問屋への配達が終わった山崎たちの加勢やミヅキたちが仕分けの手伝いがなかったら配達が終わったかどうか‥‥
「やっと終わったね‥‥」
走ることには慣れていると思っていた雪嶺も疲労の色を隠せない。
もっとこの班に人数を割いておけばよかったと、今更ながらに思う神山たちだった。
●祭りの予感
特に誰が活躍したわけではない。情報をまとめ、活用し、効率よく分担して運ぶ。
期日内に無事に運び終わる事ができたのは、彼らが冒険者だったからかもしれない。
「最初は終わるか不安だったが、良かったな。
さて‥‥湊に行った連中。月華の失敗談でも聞かせてもらおうか」
「ちゃんと仕事したもん」
目を輝かせる山崎に仲間たちからドッと笑いが起きる。
「おいし〜い」
クローディアが初仕事が成功した喜びをかみしめるように料理を頬張る。
「あっ、ずるい〜」
「ハハハ。美味い物食べて、さっさと寝るぞ。疲れた」
デュランは食べ物を口に運びながらコックリコックリ舟を漕ぎ始めた。