【那須動乱】千嵐の一手

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 72 C

参加人数:4人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月21日〜08月28日

リプレイ公開日:2007年09月03日

●オープニング

●吹き荒れる嵐
「そうか。面白くなってきたね」
 小柄な犬鬼は頭を下げると、狼に乗ったまま飛ぶように去ってゆく。
「で、どうするんで? イライラして何匹か手下をやっちまったぜ?」
「仕方ない奴らだ。だが、面白くなってきたとこだ。もう少し待ちな」
「へーへー」
 乾いた笑い、下卑た笑い、高笑い‥‥ 様々な笑いが那須の風に乗って響く‥‥

「何とか神田城と川崎城は押さえることができましたな」
「しかし、これでは意味がない。白河は落とされたまま、八溝には鬼の軍団が入ったまま‥‥」
「問題は白河城に糧米が運び込まれたという事実」
「また蘆名の軍勢が動くのだろうか‥‥」
「どうでございましょう。密偵の調べでは200や300の兵を養う量ではないと」
 ジリジリと照りつける日差しに、2人の武将は目を細め、静かに深く息を吐いた。

「あれは跡継ぎとしては、もう駄目だ。次を何とかせねばならんな。とはいえ、一人では心許ない」
「そうは申しましても1人は兎も角、もう一方は幼くございます」
「馬鹿者。もう1人おろうが」
「殿、まさか‥‥」
「まぁ、今すぐにどうという訳ではない。功を立て、世間や家臣に認められれば目はあろうて」
「残酷な道になりましょうな」
「生まれて直ぐ命を落とさなかったところから凶運には恵まれておる。あるいは‥‥な」
 厳しい表情をする家臣を横に、威厳を放つ男は思案顔で静かに笑いを浮かべた。

 ざんばら髪を後ろに纏めた男たちの額には陣鉢を貫くように一本の角。
「流石に誘いには乗ってこなくなってきたか」
「あざと過ぎるのでございますよ。御頭」
 剣の血を払い、眼下の兵を見つめると怒気を含んだ息を吐く。
「御頭か。板についてきてしまったな」
「しかし、宜しいので? 無事を知らせずに」
「よいよい。こうしておれば耳に入ろう。役目を疎かにして助けに来るようでは武将としては失格じゃ」
 男たちは兵の死体を探り、隠す。
「それにな。今更帰参したところで我らの役目など知れておる。それとな‥‥ 意外に性に合っておる」
「確かにそこらの野盗も顔負けですからな」
 ガハハと笑う男たちは、その場を後にした。

●千嵐の一手
 下野国の南半国一帯は、近年続いた戦乱の中で地勢から、いつ戦に巻き込まれてもおかしくない微妙な位置にあった。
 で、ありながら、まるで縁日で取り残されて迷子になってしまった子供のように忘れ去られてしまったかのよう。
 そのことに関して下野の民は、その度にホッと安堵の息を漏らしたものだが、武士たちは‥‥と言えば戦々恐々‥‥
 戦など起きなければ起きない方がいい。
 だが、四方八方で戦が起き、その度に戦の準備をしなければならないのに、準備が無駄になってしまう。
 どういうことかといえば、要するに銭を負担するだけ負担しても戦功を上げる機会もなく、褒賞を得る機会がないのである。
 いっそ戦乱に巻き込まれてくれれば‥‥ そう言った藩主や豪族がいたとかいないとか‥‥
 他国の戦に加担しろと表立って言う者は少ない。
 それ故に上に立つ者であればあるほど頭が痛い。だからといって許される言葉ではないが‥‥

「数年来の精神的重圧から体調を崩している宇都宮朝綱公の家臣・那須頼資殿からの依頼だ。
 ここ数ヶ月‥‥ 先の上州戦の直後から公の体調が思わしくないらしい。
 宇都宮家と縁のある高僧やお抱えの薬師も力を尽くしたものの匙を投げざるを得ないような状態で頭を抱えているらしい。
 そこでだ‥‥」

『宇都宮公をお慰めするために楽しげな出し物をお願いしたい。なお、くれぐれも殿の状態については多言無用に願い申す』

 冒険者ギルドの親仁は、表向きの依頼を張り出すのだった。

※ 関連情報 ※

【宇都宮朝綱】
 宇都宮藩の藩主。宇都宮大明神座主、及び日光山別当職を兼ねる。
 勇猛な武将と噂に高い。

【宇都宮藩】
 下野国(関東北部・栃木県の辺り)の南半分において各国への分岐点ともいえる交通の要衝にある藩。
 下野国一の大都市、宇都宮を中心とする。

【那須頼資】
 下野国主那須与一公の兄であり、幼くして宇都宮朝綱の養子に出され、宇都宮藩士として重職にある。
 那須藩士・結城朝光とは従兄弟にあたる。

【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
 那須藩主。弓の名手。
 須藤宗高、藤原宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。

【結城朝光】
 白河結城氏の家督を継ぐ、若き武将。
 矢板川崎城城主、兼、ギルド那須支局目付。
 那須藩重臣・小山朝政の弟で、源徳家康を烏帽子親に持つ。

●今回の参加者

 eb0641 鳴神 破邪斗(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1227 リーシャ・フォッケルブルク(28歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb3897 桐乃森 心(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec1064 設楽 兵兵衛(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●サポート参加者

風羽 真(ea0270)/ ディジェ・ヤーヤ(eb0518)/ シノン・エルファレス(eb1047)/ 本多 空矢(eb1476

●リプレイ本文

●宇都宮
 関八州の要所を四方八方に望み、交通の便から貿易が盛んであり、商人たちが落とす通行税によって繁栄し、江戸ができる前から政治と宗教の重要な地であった‥‥、それが宇都宮である。
 宇都宮公が、宇都宮大明神座主、及び日光山別当職を兼ねていることからも、下野国だけでなく関八州に対する影響力が知れよう。
「はぁ‥‥、立派なものですね」
 鎧を纏った赤毛の背の高い女性が通って衆人が驚くたび、簡単ながら事情を説明する那須頼資を微笑ましく見つめながら、リーシャ・フォッケルブルク(eb1227)は宇都宮公の邸宅の造りに目を見張った。
 目を惹く豪華さではない。よく見ると手が掛かっているのがわかる。そういう絢爛さである。
「街も結構なものだったな。上州戦だけでなく、長い間、戦火を被っていないというところか‥‥」
 鳴神破邪斗(eb0641)は普通に床に体重をかけてみたが、床が鳴ったりはしない。
(「忍びに対しては無防備か‥‥ このキナ臭い時期に怪訝な事件が多いとなると、何やら深い裏がありそうだな」)
 塀にしても並みの忍びなら乗り越えることができよう。
 堀の幅も忍びの術に対したものではない。
「平和ボケの大名ということなのか?」
「にんにん?」
「何でもない」
 首を傾げる桐乃森心(eb3897)に、鳴神は苦笑いを返す。
「それでは、この部屋を使ってくだされ。催しの用意ができますれば、殿に取り次ぎましょう」
 年の頃は三十くらいであろうか‥‥ 穏やかさの中に強さを秘めたような顔立ちは好感が持てるし、引き締まった身体と身のこなしを見れば並みの使い手ではないことは見て取れる。
 この人が那須与一公の兄上‥‥ 桐乃森が興味深く眺めていると不意を突かれた。
「某の顔に何か付いておりますか?」
「はにゃにゃ、那須が大荒れだって聞いてたもんで御座いますんで、頼資様もやっぱり気になったりするんすかね?」
 顔近い‥‥ 桐乃森は頬を赤らめた。
「本家が滅亡する様を見たくはないですが、我が父である殿の様子の方が心配です」
「藩主と言うのも、さぞかし大変なのでしょう。その精神的重圧たるや、想像にも及びません。
 しかし、宇都宮公は勇猛な武将とも聞きます。体調を崩されてしまう要因は、それだけなのでしょうかねぇ」
 設楽兵兵衛(ec1064)の言葉に小さく溜め息をついて思わず頷く頼資に、ある者は釣られて溜め息を、またある者は「ほぅ」と息を吐いた。

●稀人
「これじゃ昼間には動けないっすね」
 普段見かけることのないものに興味を抱くのは人の性。これでは、図らずも冒険者一行は監視下に置かれているようなものだ。
 覗いている家人に、にぱぱと笑って手を振る桐乃森。
 こういうとき、積極的に動くのは女性たちだ。
 殆んど間髪を入れず、おそらく呼ばれても頼まれてもないのに茶を運んできた。
「まぁ、赤い髪なんて珍しい」
「でも、綺麗な髪ですわ。こんな可愛らしい鬼なら大歓迎なのですけれどね」
「あら、不謹慎ですわよ。大変な藩もあるようですのに」
 思わず苦笑いのリーシャ。祖国フランクの社交場の貴婦人たちもそうだったが、重大事を笑い話に変えてしまうのは女性の常らしい。
「御殿様に聞かせる曲なのですが、このようなもので気に入っていただけるでしょうか?」
 何か情報が得られるかもしれない。貴族の噂話というのは女性の口から口へと羽根を付けたように飛び交うもの。
 仲良くなっていて損はない。
「いいっすね。聞いてもらいましょ♪」
 桐乃森と女たちに促されてリーシャは黄金の竪琴を爪弾く。
 耳に新しい欧州の調べが庭を渡り、風に乗って暑さを、ほんの少し忘れさせた。

 その頃、鳴神はというと、忍犬2頭を連れて縁の下に潜っていた。
(「やはり忍びに対して無防備すぎる‥‥」)
 警備の甘さを再認識しながら、鳴神は気付いた。
 蜘蛛の巣の切れ端‥‥ 僅かに残ったそれは、床下に誰かいたことを示していた。
 埃を乱さず、足跡もよくよく探さなければ見つからないところを見ると、駆け出しの下忍ではない、一人前の忍びの技であろう。
 ということは‥‥ 思案を巡らせていると、畳越しに話し声が聞えてくる。
 熟練した忍びの技であればこそ、全てではないが聞き取れた。
「‥‥殿、‥‥の調子は如何か?」
「良くも悪くも‥‥ しぶとさは‥‥勇将と誉れ‥‥だけはある」
 集中して側耳を立てる限り、どうやら家臣か何かだろう‥‥
「事態は急を要‥‥一刻も早く‥‥というのが殿の指図だ。いっそ‥‥‥‥にしてし‥‥良かろう」
 周囲に人の気配がなく、ヒソヒソ話をしているという安心感があるのか、不敵な含みが何か不穏な気配の話であることを漂わせている。
 上の2人が立ち去ったのを確認して、鳴神は忍犬たちと床下から出た。
「顔は覚えたぞ」
 鳴神は時をずらして部屋を出る2人の男を確認してほくそ笑んだ。

●御前会
 宇都宮公、直々のお出まし。
 芸人が来ているのだ。娯楽の少ない生活において、家人たちでなくとも興味を引かれるもの。
 コの字に作られた建物の中庭には一段低く屋根のない板間が造られており、そこで芸を披露することとなった。
「まずは縄跳びで御座い♪」
 鳴神の合図で、乱牙と咬牙、忍犬2頭が回る縄の中へと飛び込んで器用に飛び続けている。
 思わず漏れ聞える溜め息に満足せぬように、次々と軽業を決めてゆく犬たち。
 一緒の観覧に預かった家臣たちも驚きの表情を隠しえない。
「算術すらこなす芸達者。乱牙と咬牙に惜しみない拍手を!」
 タネを知らない観客たちは、本当に犬が算数をしていると思い込んでいるようだ。
 宇都宮公も笑みを浮かべているが、瞳の奥では笑っているようには見えない。
 犬たちに褒美を取らせるとのことで階段の下まで近寄るのが精一杯。
 だが、確かに顔色が悪いのはわかる。恐らく毒による症状だとも‥‥
 しかし、何の毒なのかは‥‥
 薬師でさえわからないのだ。一見では鳴神が手練であっても‥‥

 桐乃森は毒見の済んだ香草茶を薦めると、設楽を呼び出す。
 宇都宮公が渡された紙に書いた記号を当てる出し物をしてみるが、反応はイマイチ。
 5つほどの記号を次々当ててゆくが、5個の中から当てるくらいなら、それくらい自分たちでもできるとでも言いたげである。
 確率なんて完璧無視の反応だが、タネを説明するわけにもいかず‥‥
「む〜〜‥‥ 落ちっないんかぁい♪ じゃぁ、次いってみよぉ♪ どろどろどろどろ‥‥ 大脱出の巻ぃ♪」
 さてさて、調子の良い司会である。
「それじゃ、こちらの武将様に手伝ってもらっちゃったり、お願いできますか?」
(「要らぬことを‥‥」)
 怪力で縛り上げられ、必要以上に苦悶の表情を見せる設楽を他所に、観客たちの反応は上々。
 地面に置かれた箱の中に入ると、油がかけられ、火が放たれる。
 ごくり‥‥
 炎の爆ぜる音のする中、少ししてバンッと凄い音が響く。
 思わず女人の悲鳴が上がる‥‥
「あっ‥‥つぅ‥‥」
 思わず本音が零れる設楽の姿が舞台の上に。
 見ればエチゴヤカツラからは湯気が昇っている。いや、煙か♪
(「受けたから良しとしますか‥‥」)
 結んだ武将が一番受けているようだが、公も笑っているようだし‥‥

「それでは、それでは、続いては騎士様の登場♪ 異国情緒の妙なる調べっす〜♪」
 ぱんぱかぱ〜ん♪ とばかりに、くるくる回って美の女神の祝福を受けた麗しの薔薇を口に咥えて一礼。
 ばぱっと花びらの散る様に、耳目を集めた桐乃森の後ろ、舞台の上に佇むは赤髪の女性。
 その手には見慣れぬものが‥‥
 それが楽器だとわかるのに寸暇もかからない。異国の歌に合わせて弦の音が流れる。
 雅を知る公が苦笑いしているところを見ると、リズムや曲調が日本のものと異なるとはいえ実力のほどを推し量ることができるらしい。
 それでも元気の出る歌詞は、言葉の意味を理解できないでも伝わるようだ。
 瞳を閉じる公の頭の中にノルマンの風景は映っていないだろうが、優しい表情を見れば、満足いただけていることはわかる。
 思わず涙している公に驚いたのは周囲の家臣や女人たち‥‥
「暫く聞かせよ‥‥」
 湯飲みを手に取ると、公はハーブティーの香りを嗅いで一息つくのだった。

●報告
「公の寝所は、近習や那須殿が側を固めているからな。何かあるとすれば内部の者の仕業。それもかなり近くの」
 鳴神の報告に、そうですか‥‥と頼資は眉を顰める。
「それは兎も角、宇都宮藩に忍びはいないのか? 人で固めている場所以外は我が家の庭のようなものだぞ」
 忍びへの防備の、あそこがなってない、どこがなっていないと一々説明されるたび、頼資の表情は暗くなってゆく。
 そして、宇都宮公の体調が優れない原因が、何度か飲んだくらいでは死なないが、続けて飲むと害を及ぼす類の毒でではないかと指摘され、ついに頼資は肩を落とした。
 桐乃森とリーシャが女人から聞き込んだ話も合わせると、加減が悪いときもあれば、割とそうでもないときもあるということだから、詳しく調べれば、犯人の特定に繋がるかもしれない。
「今からでも策が立てられるところは立てるといいっす。敵に対する意思表示にもなるっすよ」
 桐乃森は精一杯の笑顔を向けるが、頼資の表情は優れない。
「疑いの薄い人物は、幾らか考えつきます。それらから残る人物が怪しい。そう考えて手を打つしかないですよ」
 一度会って話ができただけだから確証は得られないが、設楽の印象では高僧や薬師は白っぽい。
 何より、彼らが召し出される前から公の体調が優れなかったのだから、継続して手を下しているとは考え難かった。
「父上の味方は誰と誰なのか‥‥」
「険しい表情を見て、幸運の神は踵を返すと言いますわ」
「はぁ‥‥ そうかも知れぬな」
 リーシャの楽しげな竪琴の調べに、頼資はホッと一息つくのだった。