【毛州三国志】義経捜査線
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■ショートシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月18日〜04月26日
リプレイ公開日:2008年04月26日
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●オープニング
●威光
伊達政宗公が江戸城に居座れる理由。
まずは、上州の新田の存在。
次に、源徳と同盟軍を出しながら矛を逆さにし、現在も家康勢力と睨み合っている武田と上杉の存在。
そして何より、関東に圧力を掛けている奥州勢の存在。
だが、忘れてはならないものが1つある。それは『大儀』の存在。
それは『関東の乱を鎮じて、平和をもたらすこと』。
伴った伊達公の思惑がどうかは別として、源氏の御曹司・源義経が江戸城に寄せる敵味方の武士に掛けた口上である。
さて‥‥
他にも色々理由はあろうが、やはり源義経の影響は大きいと誰もが断じる。
巷の識者は源氏正統の血が甲斐源氏の武田の協力を引き出したのだとも言っている。
神皇陛下の外戚として権勢を振るうようになったとはいえ、源徳家康公とは、そも家格が違うのだと。
また、坂東武士の動きが鈍さも、源義家の過去の御恩と家康公の実質支配を両天秤に掛けていたと考えれば納得がいくとも。
源義経が圧倒的に家康公に劣っていた武名が、寡兵で難攻不落の江戸城を陥落させた実績で補われたとすれば‥‥
風聞は絶えない。
しかし、江戸城陥落後の源義経は、公に姿を現すことが少ない‥‥という者が多いのも確か。
伝え聞える鬼軍に対する関東平定のために各守護などに檄文を送っているとも聞えるが、義経連合軍が興る話も聞かない。
一鬼でも退治するために御自ら剣を振るっているとも聞くが、これは民が広めた英雄譚だと一笑に付す者が多い。
ともすれば、源義経は伊達政宗公の傀儡なのだと憚らぬ者もいる。
このように火花が散っているようだが、このままでは全て一笑に付す法螺話でしかない。
江戸の酒場・松之屋にて‥‥
「要は、義経殿に実像が伴っておらぬのよ」
老武将と言える風格の冒険者・重蔵は、マリス・エストレリータ(ea7246)の酌を受け、不敵に笑う。
ギルドの親仁から仕入れた豪勇譚をサーガとするために、本人と話をしていたのだが、いつの間にか話題は源義経の話に。
「確かにそうかもしれないな。江戸城攻略の実質的な采配は伊達公だったように思う」
マリスに付き合ってくれた黒崎は、杯を舐めながら静かに息を漏らす。
「このままでは傀儡と言われても文句は言えぬさ。軍でも興して関八州を平定でもしてみせる気概を示してくれれば」
「まぁまぁ‥‥」
歯に衣着せぬ‥‥重蔵の話を周囲は苦笑い。黒崎は自分が後始末する羽目になるのかなとか、つい思ってしまう。
「な〜〜、義経様って、どんな人物なのじゃ?」
「そりゃ、腑抜けではないとワシは秘かに思っておるがな。
実際には、これからの身の処し方次第で漢を挙げることになるのだろうが」
鬼斬り楽女がそうなのではないか‥‥
打って変わって静かにそう語りだす重蔵の話に、マリスは興味を覚えるのだった。
●江戸冒険者ギルド
「はぁ? 身銭を切って鬼退治?」
「重蔵様の鬼退治の話をサーガにするのぢゃ」
シフールらしい発想だとギルドの親仁も呆れているが、目の前に100両あることだし、依頼としては、まぁ問題ない。
「まぁ、鬼退治するなら宇都宮あたりかね。武勇譚になるとは限らんし、宇都宮公の軍勢に鉢合わせると大変だろうがね」
酒場で誰かから聞いた義経が那須に向かったという噂を真に受けるなら、宇都宮は通り道。
退治する鬼を求めて毛州(下野国)に深入りするというのも間々在る話‥‥
宇都宮勢の動きが噂にあった源義経の鬼討伐の檄文に応えたものだとしたら、もしかして宇都宮公の陣を訪れるかも‥‥
都合よく考えすぎているが、万に一つの可能性を考えると‥‥
いっそ、別の可能性に掛けた方が良いのかも知れないが、今のところ江戸市中での鬼斬りの出没情報はないし‥‥
「それでは下野で鬼退治ということで頼むのじゃ」
かくして依頼は受理された。
●江戸城
「ええぃ、また城を抜け出したのか」
伊達政宗は苦虫を潰し、どかっと腰を下ろした。
「いっそ配下を持たせた方が重石になるのかもしれんな」
思案しつつも、政宗公は忍者に探索を命じた。
※ 関連情報 ※
【重蔵】
隠居出戻りの元侍。坂東武士の心意気を示すため冒険者稼業をしている。
剣の腕は立ち、身のこなしも熟練。おまけにオーラ魔法まで使えるが、時折、瀕死級の腰痛に見舞われるのが珠に瑕。
ギルドの親仁らからは法螺話っぽい武勇伝がチラホラと聞けるぞ。
【源義経】
源徳台頭以前の都での貴族たちの内乱で絶えたと思われていた源氏直系の遺児を名乗る少年武将。
当時赤子であった義経は政争に利用される事を恐れた近臣の手により都を逃れ、奥州藤原氏に匿われたとのこと。
成長した義経は源氏の正統な後継者として、江戸城攻めの先頭に立ち、ついに伊達政宗と共に江戸城入城を果たした。
名前の影響の大きさに比べて公の場に姿を現すことは少ないと聞く。
●リプレイ本文
●武勇伝、武勇伝、武勇でんでん‥‥
「国を動かすかもしれない人に会えるかもしれない思うと流石に緊張するわね‥‥ ま、まだ会えるかどうかも分からないんだけど」
「出会いなど必然のこと。己は自分以上でも自分以下でもないのだから、気負うだけ損だとワシは思うがな」
今から硬くなっているセピア・オーレリィ(eb3797)を横に、ハハハと笑う重蔵。
「そうは言っても義経殿は源氏の棟梁。セピアが緊張するのは無理ないさ」
「うな。まずは鬼退治で宇都宮の偉い人の目に留まることですぞ。困ってる人が居るなら誰かの助けにはなるかもですしな〜」
生真面目に場を収めようとする天城烈閃(ea0629)と、ぴぽ〜〜と間の抜けた笛の音で場を和ませたマリス・エストレリータ(ea7246)の対比がどうにも可笑しいのか、セピアの表情が苦笑いで綻ぶ。
「どう転ぶかはともかく、話ができることを祈りましょうか。そのためには鬼退治を頑張らないと」
「そうですな。お会いした義経様に重蔵様の武勇伝の歌を楽しんでもらうにも、しっかり退治しないといけませんぞ」
「目的と手段が逆になっとらんか?」
セピアやマリスの掛け合いに軽くツッコミを入れながら、風斬乱(ea7394)は不敵に微笑む。
江戸城攻防の折に見た少年武将がどう成長したのか、今後の情勢を見極める上で一度会っておきたいのは事実。
『 噂や風聞に惑わされるのは御免だ 』
それが今回集まった冒険者たちの総意である。
「今日は、この辺で宿を取りませんか? 義経さんや鬼のことで何か情報があるかもしれません」
一同は楠木麻(ea8087)の提案に頷くと、目に付いた大きな宿の暖簾を潜った。
立派な十字槍に屈強な体をクッキリと現す黒く滑らかな皮鎧、指には銀の輪の輝きが連なる。
仁王立ちで視線を集めているのは重蔵だ。老いたりとはいえ、歴戦の風格は衰えていない。
「これなるは諸国を豪遊する、え、違う? こほん、諸国を豪勇で鳴らす重蔵様♪」
難しい日本語には慣れていないのか、天城らに間違いを指摘されながらマリスが口上を歌い上げる〜。
脇に控えしは、狼の意匠を施された楯を構えし眼光鋭き風斬と、見た目にも業物と分かる強弓と矢筒を抱えて涼やかな視線を流す天城。
修道服のフードから金の髪を覗かせる楠木と、白銀に輝く十字架の槍と純白の滑らかな髪が赤い外套に映える異国の神官戦士の姿。
それらが只者ではない雰囲気を高まらせている。
覗きこむ大人たちの隙間から、珍しそうに子供たちも見ている。
「鬼が暴れまわっていると聞き、下野国へ向かう途中♪ この地を今日の宿と定めたのですな♪」
ひらひらとマリスは重蔵の肩に止まると口上を続ける。
「それで、うちの宿に御逗留を?」
「はいですな」
宿屋の番頭にマリスはニッコリ微笑む。
「源氏の棟梁の檄文で宇都宮公が兵を挙げたと聞いたのでな。今は宇都宮へ向かう途中。鞍を並べて鬼と戦った昔を思い出すわい」
ほぉう〜〜と周囲から漏れる溜め息。
「何を思い出しているんだか‥‥ 本当なのか嘘なのか‥‥」
「え? 口から出任せであるか?」
風斬の小さな独り言を聞き逃さないマリスは、ヒラリと舞い降りる。
「恐らくな。あの嬉しそうな口の端を見ろ。ま、尤も武勇譚に見合う実力が伴ってるのは認めるが」
そうこう言っているうちに泊めてもらえることになったらしい。脚洗いの桶など出てくる。
「それぞれは全て本当だぞ。意味は、お主の捉え方に任せるが‥‥な」
小声で話しに割って入る重蔵に、
「大物なのは認めるよ」
風斬は微笑んだ。
さて‥‥
「それでですな。重蔵様は、寄せる年波を千切っては投げ、投げては千切り。え、あ〜〜敵を? らしいぞ」
重蔵の武勇譚を聞きたがる者たちに、あることないこと楽しそうに歌い話すマリス。
何か目的を忘れてるようだけど、それは置いておこう。客らも受けてるし、重蔵が笑い飛ばしているんだから良しとしよう。
「このまま義経様が会いに来てくれると楽なんだがな」
鬼退治をする前から目立ってしまっているのは誤算だが、情報が向こうから勝手にやってきてくれるのは有り難い。
天城らは、抜け目なく情報を収集中。
それによると、八溝山を橋頭堡に鬼たちが南下しているのは間違いないようだ。
赤頭という鬼が数百の鬼を従えて入山したらしいが、奥州にはもっと大物の鬼がいるらしいとの不確定情報もあるらしい。
そんなこんなで奥州街道を使う商いは麻痺状態。
物流の悪化は生活に直結するだけに庶民にも他人事ではない。
しかも那須への温泉詣ではおろか、宇都宮の大明神や日光への参詣も危険ということで、街道沿いの宿場も困り果てている模様。
ともあれ‥‥
宿の計らいで並べられた酒を酌み交わし、大いに談笑していると関八州のキナ臭い状況などどこへやら。
「皆、戦いなんて嫌なんじゃ」
「そうですね」
歌い疲れて膝の上に身を預けるマリスを、そっと楠木は撫でるのだった‥‥
‥‥と、それだけで済まないのが御約束。
「街道を牛頭と馬頭の鬼が! 関所を破って、この町へ向かっていると!!」
宿屋の番頭が駆け込んでくる!
「数は」
静かに聞き返す天城に多少は落ち着いたのか、番頭は詳しい状況を話し始めた。
「では、迎え撃つ。蹴散らしてくれよう」
「あの数を?」
驚いて耳打ちするセピアに、重蔵は囁き返す。
「牛頭馬頭だけ叩けば雑魚だ。そちらは見物客にでも任すさ」
「やはり大物だよ。御老体は」
風斬はセピアの肩をポンと叩くと、周囲を一喝して場を収めた。
●福原神田へ飛来ライ、ラララライ
こちらも御約束というか、何度か射落とされそうになりながら那須藩の福原神田へ天馬で一っ飛び。
那須藩士・七瀬水穂(ea3744)は藩主・那須与一宗高公に目通りを願い出、やがて許された。
「七瀬、待たせたな」
「いえ、急に来たのは水穂の勝手なのですよ。お気になさらずです」
「して、用件は?」
小山朝政殿との掛け合いも健在。
懐かしい雰囲気に七瀬は、ほっと一息。
「実は義経さんのことなのです。
現状、義経さんについては伊達の傀儡、関東に持ち込まれた騒乱の火種の一つと七瀬は認識してるですよ。
江戸で噂の義経さんの鬼退治も一介の冒険者にもできることであり、源氏の直系ならばもっと他にやるべきことがあると思うです」
珍しく黙っている与一公と小山殿。いつもなら、この辺で会話に一呼吸あるはずなのに。
「尤も、これは会ったことがないためですので、実際に話をして人柄を知って彼の想いを聞いて判断したいのです」
「難しかろう」
小山殿は静かに返す。
「仮にも相手は源氏の棟梁。神皇陛下から志士の身分を下賜されているとはいえ七瀬殿の身分で目通りが適うかどうか」
「だから、何とかして会えないか、情報を集めているです」
身分からいけば、下野守護の与一公は大丈夫としても那須藩重臣の小山殿では御目見えが許されるなど確実に五分もないだろう。
それが世間一般の常識。
「気持ちはわかるよ。私も会ってみたいし」
「殿‥‥」
制する小山殿を目で抑えると、与一公は話し始めた。
「実は義経公からは何通か書状が届いているんですよ。
若さに似合わず筆まめらしく、最初に届いた政宗公との連名の書状以外にも密書が何通か届いていますし」
奥州勢の南下に呼応するように行われた江戸城攻略、そして江戸城陥落に伴って那須藩が源徳の援軍を望めなくなってしまった事実。
その一因は義経の登場にもある。坂東武士は味方すべき勢力を決めあぐね、戦局は局地戦の勝敗でつく形になってしまったからだ。
しかし、那須藩が数十倍の兵数を相手に白河を失っただけで済んだのは単なる幸運か、奥州勢の気まぐれか‥‥
白河小峰城の補給を悪化させ蘆名兵を疲弊させているものの、いつ増援や強行補給があるかわからない。
那須藩にとっては一番恐れる事態なのだが、補充と思われる派兵はあっても大規模な増派が行われていないのが気になる。
また、妨害を受けながらも小峰城への補給の間隔が変わらないことなど、首を傾げる状況にあるらしい。
与一公は淡々と喋り続ける。
「色々と考えるにつけ、最近の出来事は不可解なことばかりなんですよ。
奥州勢の白河での進軍停止、信玄公や謙信公の逆矛、新田に吹き続ける追い風、八溝山の鬼・赤頭が動かない訳‥‥
それに、京の兄上たちから新田が上州守護を任せられるという悪い噂も届いていますし‥‥」
ここに到って七瀬は甘く浅く考えていたのかも知れないと、思わず溜め息をついていた。
「京でそのような噂が‥‥」
「京は京でキナ臭い風が吹いているようですし‥‥ 話が外れましたか。義経公の話でしたね」
「まず、義経さんが発したとされる鬼軍討伐の檄文の噂の真相を知りたいのですよ」
殿‥‥と僅かに身を乗り出す小山殿に、与一公は手をかざす。
「来ましたよ。真意を測るため、密偵に命じて噂を流そうとしたのですが、別の誰かも同じことを考えていたようですね。
どちらにしろ回復した兵力は兎も角、奥州勢と戦い、鬼軍を蹴散らすほど藩に余力はありません」
白河周辺は蘆名の勢力下、八溝山と那須藩東南部は鬼軍の勢力下、那須藩は何故か西部一帯を確保できているという見解らしい。
「一度軍を興せば、ある程度の決着は付けなければならんのだ。敵にしろ味方にしろな。時期ではないのだ」
「ところで、義経さんは那須へ来てないですか?」
「ふぅ‥‥ ずけずけと」
そういう小山殿に苦笑いを向けながら、与一公は静かに断言した。
「来てません。書状の内容までは明かせないですが、正々堂々とした人物と私は感じました。夢見る帰来はあるかもしれませんが」
「ここまで話したからには七瀬殿。あなたからも噂を流してくだされ。義経公の出方を知りたい。
殿の感じた通りの方なら、何かしら手を尽くすなりしてくれよう。そうでなければ苦しい状況になるかもしれんが、まぁ‥‥」
与一公たちとの会談を終えた七瀬は、茶臼山に手を合わせ、宇都宮に向かっているであろう仲間たちの元へ急いだ。
●牛頭馬頭牛頭馬頭牛頭頭馬頭
「老いたる武士一人に任せておいては恥ずかしかろう! 者ども! 武勲を挙げよ!! 我らは鬼になど屈しないことを示すべし!!」
町の目抜き通りの真ん中に陣取った重蔵は、大音声で槍を構えた。
「悪がはびこるのを座して待つつもりはない! 重蔵さん、加勢します!!」
「遠慮することはない。関所を破ってきた鬼などにはな」
セピアや風斬が得物を構えて重蔵の左右を固める。
「そうだよな。小鬼たちには度々痛い目に遭ってきたんだ。俺たちも加勢するぞ!」
こっそりマリスが掛けまくっているチャームの効果もあり、我も我もと剣を抜き、弓を構えた者が集まり始める。
群集にしてしまえば、後は勝手に付いて来る。重蔵は知ってか知らずか、それをしていた。
「来ます」
小鬼たちを先頭に牛頭馬頭が押し寄せてきた。
先頭の小鬼を天城が射抜くのを合図に屋根の上から無数の矢が放たれる。
小鬼は怯むが、牛頭馬頭に追い立てられるように突き進むだけ。
「やぁっ! やることはきちんとやるわよ!!」
「おぉう! やらいでか!!」
「ご老体、美女に囲まれたからといって、張り切り過ぎて腰など痛めるなよ!」
待ち受ける群衆を察してか、斬り込むセピアに歩を合わせ、重蔵は小鬼を串刺しにして跳ね上げ、風斬も日本刀を薙いだ。
「心配無用! はぁあ!」
気合一閃、目の前の小鬼を弾き飛ばすと突進する牛頭の斧を受け止めた。
タイミングを合わせて楠木の放ったグラビティーキャノンが見た目以上の効果を感じさせる。
「ごあぁあ!」
咆哮と共に振り抜かれた馬頭の斧を捌く。冷汗が浮かぶが重蔵は億尾にも出さない。
「御立派! 雑魚は任せてもらう!」
軽やかに舞うように剣をかわし、風斬の強斬! 強斬!!
瞬く間に小鬼を叩き、群衆の死角から牛頭と馬頭に斬撃を加えてゆく。
「誰も死なせやしない。神の槍にかけて‥‥」
間隙を縫い、セピアは周囲にリカバーを施す。
「あぁああああ!!」
次第に群衆たちの数も増え、襷掛けの女や子供たちの投石まで始まると、戦いの趨勢は自ずと重蔵たちに傾いていった。
剣戟の豪風一過、街道に晒されたのは鬼の屍の山。
一番驚いているのは群衆である。武勇譚の端役にしろ、登場人物なのだから。
重蔵に加勢して牛頭馬頭を倒した‥‥なんて、末代までの語り草になると歓喜に満ちている。
「最後の方、格好付け過ぎなんですよ」
「こういう性質だ。放っておけ」
「暫くすれば治るわい」
程なく怪我人はリカバーで癒されたが、重蔵は腰を痛めた模様。風斬をあしらう笑顔が少し痛々しい。
「腰は仕方ないとして、渡した物は役に立ったみたいですね」
「おう、鎧と指輪。良い物を貸してもらった」
「貴重な道具というのは飾りにするものじゃない。大事なのは、必要な状況で持つべき者が正しく使うことだと俺は思う」
「だな」
重蔵は天城にニカッと笑う。そして。
「楠木殿の術も大したものだ」
「どういたしまして」
褒められて思わず頬を染める楠木。
見れば、あれだけの激戦を通じて重蔵は傷らしい『外傷』を負っていない。
天城から借りた防具と重蔵自身の闘気の防御に加え、楠木のかけた強力なストーンアーマーのおかげだ。
「流石は重蔵様だ。武勇の誉れ高いというのは本当なんだな」
見渡すと群衆が感動しているようだ。
「でも、少し疲れました‥‥」
重蔵のために放つべき矢は、殆んど民衆の支援のために撃ち、自ら囮となり戦わざるを得なかった天城から吐息が漏れる。
「うわ〜〜、凄いことになってるですね。あ、色々報せを持ってきたですよ♪」
天空より舞い降りたのは、胸に竜の子を抱き、天馬に乗った七瀬。
どよめく群衆。
「はぁ‥‥ 違ったか‥‥」
「およ? 一緒にお祝いすればいいのに」
物陰から見ていた体躯の優れた1人の武士は踵を返して去ってゆく。
それは置いといて‥‥
重蔵の武勇伝に尾ひれ葉ひれ付くのは間違いなかろう。
●宇都宮〜ん、ばか〜ん
「いやー、意外に鬼って、そこらにいるもんですな〜。早速サーガが出来そうですぞ♪」
「たまたま、運が悪いと言うか良いと言うか‥‥」
楠木はマリスの感想に思わず微笑む。
「で、どうするんだ? これ」
屍は片付けられ、鬼たちの武器など持ち物は風斬の指差す先へ一山に置かれていた。
「力のある何者かが後ろで鬼軍の糸を引いているかもしれない。持ち物から何か手掛かりでもと思うのだが」
「だが、これだけボロいとな。屑鉄屋にでも買い取らせて、町の修繕費にでも当てるか」
何かの目印があるわけでもなく、特別な武器でもないため、重蔵の言うように確かに手掛かりにはなりそうになかった。
天城は、そうですねと相槌を打ち、近くにいた者に手配を頼んだ。
「それでですよ‥‥」
七瀬は那須藩での出来事を仲間に伝えた。
「義経様は那須には来てないのですな」
「ですよ〜。与一公の知る範囲で‥‥と念を押されたですけどね」
残念そうなマリスの頭をかいぐる七瀬。
「となると宇都宮へも来てない、来ない可能性があるか」
「それは早計です。確かめてみないことには」
「それもそうだ」
考え込む風斬と天城。
だが、考えて答えの出る問題ではないことは重々承知。
「それは与一公も言ってたです。だから宇都宮藩にも確認をしてみたいでしょうと」
「正直な方です。要するに七瀬さんの筋からも確かめてほしいということなのですね?」
「与一公も形振り構っていられないのか、それとも敵に対する欺瞞なのか‥‥ いや、考えすぎかな」
やはり答えは出ない。疑問は深まるばかり‥‥
「まだ結論は出んのかな? 己の目で見たもので判断したい。そのために我らは義経公を探しているのだろう?」
やはり年配者は敬うに値する。
「そうでした。最初の目的を忘れては元も子もありませんね」
天城らは頷いた。
「それで宇都宮公への紹介状を頂けたのですか?」
「与一公も体調が宜しくない宇都宮公の身辺を騒がせるのは気が引けたみたいです。
でも与一公の兄上様への紹介状を貰ってきたですよ。宇都宮藩の重臣なので、上手くいけば宇都宮公に会えるかもしれないですよ」
七瀬の答えにセピアは満足げに頷いた。
後日、宇都宮の町に入った一行は、与一公からの紹介状を添えて那須頼資殿への面会を求め、許された。
「蒼天十矢隊で名高い七瀬殿と獄卒鬼も恐れると噂に聞く重蔵殿が拙宅を訪ねてくださるとは。
他の方々も、いずれ名のある方だと御見受けする。拙者、宇都宮藩士・那須頼資と申す。以後、宜しくお願い致す」
互いに挨拶を交わし、御茶と菓子で一服。
この辺の接客は、いかにも関東で一二と言われる歴史ある大都市の武家らしいというか‥‥
つらつらと季節の話などしているうちに、訪問の本題に移るあたり雅なんだろうか‥‥
「やっと始まったか‥‥」
重蔵の小声に、セピアは、くすりと笑う。
「宇都宮公は本復されましたですか? まだ体調が戻らないと聞いたですよ」
「これは丁寧に。きっと快癒に向かいましょう」
七瀬が薬の入った包みを差し出すと頼資殿は顔をほころばせた。
「結城朝康殿を通じて届いた那須藩からの陣中見舞い、加えて七瀬殿や重蔵殿の見舞いがあったと知ればお喜びになられるでしょう」
「朝康殿?」
七瀬は首を傾げる。矢板川崎城主の結城朝光なら知っているが‥‥
「あぁ、知っておられなかったか。改名したのです。あれの烏帽子親は家康公ですからな。一字頂いたと聞いております」
「それだけの理由で、この時期に名を変えますか?」
引っかかる天城に頼資殿は苦笑い。
「家康公は朝康殿の実の父ですからね」
「そうなのですか?」
「えぇ。朝康殿の母は、我が殿・宇都宮朝綱公の妹君・於万の方に在らせられます。
色々ありまして、朝康殿は生まれて間もなく下野の豪族・小山氏に養子に入られました。
元服の折には光栄にも家康公に烏帽子親になっていただきましてね。兄君・信康殿の計らいだそうです。
その後は朝康殿は那須藩士となり、白河結城氏に婿入りして家督を継いでおります」
「ややこしいのね」
「貴族の家では、よくあることと思うけど。フランクでも、そういう話は聞くしね」
頼資殿の話に首を傾げる楠木に、セピアは説く。
「恐らく誰に味方するのか、態度を明らかにしたということだろうな」
風斬は思案顔。
「それで宇都宮は鬼軍討伐の兵を挙げたというが、義経公は参陣されるのか? されるのであれば、ご挨拶したい」
重蔵の問いに、頼資殿は軽く首を振る。
そうだ。本題は義経の行方。
「義経公の檄文に呼応して宇都宮が兵を挙げたという噂ですね。
ですが、あの噂の前から宇都宮は領内の鬼を討伐するために、度々、軍勢を興しておりますから」
「檄文も届いてないですか? 与一公のところには届いてるですよ」
「源氏直系の血を引くのか確かでもなく、江戸に入ってからは何をしているかもわからない‥‥
どこをどう信じろと言うのですか?
私には、書状で口説いてまわり、悪戯に戦乱を引き起こそうとしているだけに見えます」
頼資殿の物言いは手厳しい。だが、この口ぶりだと‥‥
「じゅう‥‥」
「那須殿の言い分では、義経殿を呼んでもおらんようだし、残りの日数は物見遊山でもして帰るか」
重蔵は懐紙でマリスの涙を拭った。
「ちょっと待つですよ〜。宇都宮公の薬師と相談して、公に薬を差し上げたいのです。駄目でしょうか? 頼資殿?」
「流石に今は遠慮して‥‥」
ととととと!
廊下を駆ける音が近付くと、
「頼資! 父上が御帰りになられたぞ!! 一緒に迎えに行こう!!」
戸が開いた!
「あ、客人が来ていたのか? これは失礼した」
少年が会釈する。年の頃は12、3と見た。色は白く、体つきも精悍というよりは細い。
「成綱様‥‥ 承知しました。それでは皆様は暫しお待ち頂きたい」
那須頼資は一礼して場を後にすると、先の少年に手を引かれて廊下を小走りに去っていった。
「うにゃにゅ‥‥ 意外なところに美少年♪ あれが宇都宮成綱様♪ 真面目なお話なのに耐えきれない己が可愛いのです」
「くくっ、心の声じゃなくなってるぜ。七瀬さんよ」
「あ‥‥」
頬杖突いて目を細める風斬を見て、七瀬は両手を頬に当てると真っ赤になって身悶えるのだった。
さて‥‥
「皆、宿場町を救ってくれたそうだな。助かった」
促されて顔を上げると武士が座っていた。
随分待たされたが、宇都宮公ほどの身分であるし、帰陣の忙しさの寸暇を縫ってであるから仕方ないが‥‥
侍女たちが土産の菓子を盛り付けて、茶と共にそれぞれの前に並べる。
「おぅ、そういえば薬師が勉強させてもらったと喜んでおったぞ」
「いえ、宇都宮公になにかあれば、那須の殿が困るです。水穂は、水穂にできることをしているまで。礼には及びませんですよ」
「であるか」
簡単な遣り取りだが、宇都宮公の顔には僅かに笑みが浮かんでいる。
(「でも、元気なさそうに見えますな‥‥」)
マリスは重蔵の背中に隠れて足を伸ばした。
「公に御願いの儀がござる」
流れに割って入った重蔵に頼資が僅かに腰を上げたのを、宇都宮公は制す。
「此度の鬼退治の褒美に聞こう」
このような場であれば機会は一度。過ぎたる願いであれば褒美自体がなくなる可能性が高い。
「義経様に会う方法を教えてもらえないじゃろうか?」
天城や楠木らは一斉にマリスを見た。
重蔵の肩に、すっくと立って唇を一に結んで宇都宮公を見つめている‥‥
その小さな瞳には強い意志の力が感じられた。
「生憎、義経公は我が陣には参じてはおらぬ。だが、遠からず下野へ入られるだろう。
我が宇都宮は領内の脅威を取り除くために討伐軍を動かした。
決して義経公の檄文に応じて立った訳ではないのだが、向こうは自分の檄文に応えてくれたと思っているらしい。
感謝の書状が来たよ」
そこまで言って、宇都宮公は苦笑いを浮かべ、一呼吸置いた。
「上州の乱が治まったというのに、毛州の民たちが鬼軍に苦しめられているのを座して見過ごす訳にはいかない。
悪がはびこるのを許す訳にはいきません。必ずや武士有志を集い、馳せ参じる故、共に鬼軍を討伐いたしましょう‥‥とな」
勿論、毛州とは下野国、つまり那須藩や宇都宮藩のことだ。
「毛州には来るのですな。でも、いつのことなんじゃろか?」
「さぁ‥‥ だが、表立った動きになることは確かみたいです」
思わず頬染めるマリスに、楠木は微笑みかける。
「大物なのか、そうじゃないのか‥‥ よくわからんな」
「どこにいるのか、結局分かりませんでしたし‥‥」
重蔵と風斬は小さく笑った。
「悪がはびこるのを座して待つ気はない‥‥ですか。あの鬼斬りの楽女が義経さんと考えて良さそうですね」
「えぇ。こうも動きが鈍いのは、周囲に信ずるに足る者が本当にいないのかもしれません」
セピアと天城は、会見の場を忘れて真面目に考え込んでしまうのだった。