《江戸納涼夏祭》そこのあなた、お医者さんを‥‥

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月24日〜08月31日

リプレイ公開日:2004年08月30日

●オープニング

 連日連夜の江戸納涼夏祭り。
 これだけ人の集まる非日常の出来事なら、いろんなことが起きるわけで‥‥

「もっとぉ‥‥ さけぇ、持ってかぁあい」
 朝まで飲み明かして二日酔い‥‥

「さびぃ」
 外で腹出して寝てしまった‥‥

「もう食べられないってぇ」
 食べすぎ‥‥

「いちち‥‥」
 女に殴られた‥‥

「てやんでぃ、ばーろぅめぃ」
 勢いで喧嘩‥‥

「その時は、いい考えだと思ったんだよぉ」
 石段から滑って転んだ‥‥

「鍛え方が足りねぇようだ。うんっ‥‥」
「頭冷やしたんじゃないんかい」
 川に飛び込んで風邪引いた‥‥

「あの子に惚れたぁ‥‥」
「誰だ連れてきた奴は‥‥」
 恋病い‥‥

 会場に用意した療養所へ様々な患者が運び込まれてくる。
 さながら戦場。祭りの喧騒が鬨(とき)の声にも聞こえてくる。
 周りが楽しんでいるときに難儀ではあるが、これが彼らの選んだ仕事だった。
 祭りの縁の下の力持ち。医に携わる者たちの活躍を一般人はあまり知らない‥‥

●今回の参加者

 ea0574 天 涼春(35歳・♂・僧侶・人間・華仙教大国)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3744 七瀬 水穂(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea3829 跳 夏岳(33歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3899 馬場 奈津(70歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ea3913 エンジュ・ファレス(20歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea5986 キサラ・シルフィール(18歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea6146 捧徳寺 善行(70歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●開所
「さてと準備よし。これで誰か運び込まれても大丈夫」
 納涼夏祭り用に出店用地に確保された療養所に自分の持ち物を運び込んだ風御凪(ea3546)が一息つく。
「療養所の準備ご苦労様であるな」
 荷物を持った小坊主を連れた僧侶が1人、軒先に立って手を合わせている。
「天さん! よく来てくれました。本当に助かります」
 風御の呼びかけに応じて駆けつけた天涼春(ea0574)である。
「よいのです。今回、診療所の仕事を承る事になったのは御仏のお導きによるもの。自分は僧としてできることを施しましょう」
 年に似合わない貫禄は風御の真似できるものではない。
「荷物を置いたら帰ってもいいですよ。ありがとう。1人で帰れますね?」
 天が小坊主の背中にそっと手の平を当てると、小坊主はウンと頷いて手を振って走り去っていく。若い僧侶はそれを見送って小さく手を振った。
「そうでした。お茶請けなど持ってきたので、お使いくだされ」
 天が荷物を解こうとしていると‥‥
「これからお茶の席でも立つのですかな?」
 視線を移すと、にゃぱ〜っと笑ったヨボヨボの老僧が1人。
「捧徳寺善行と申す。
 自分は依頼で手を放せんから手伝いに出てくれと、珍しくあの伊佐治が頭を下げてのう。それで手伝いに参った。
 風御殿、エンジュ殿、あ奴がいつもお世話になっておりますじゃ」
 捧徳寺善行(ea6146)、風御の友人の師匠に当たる人物だ。
 一気に話して深々と頭を下げると、並べられた床机に座り込んだ。いつ冒険者を引退してもおかしくないように見える。
「噂の御老師様ですか。はじめまして。八幡さんにはいつもお世話になっています」
「いやいや‥‥」
 2人が話していると、気を利かせた天がお茶とお茶請けを持ってきた。
「天殿、お噂は兼々‥‥
 あの子も早う改心して天殿のような僧になってくれれば良いのですじゃが、なかなか‥‥
 よければ時々諌めてやってくだされ」
「いえ、私などまだまだ修行中の身なれば」
 こういうところ、人物というか‥‥
「まぁ良い良い。祭を楽しむ皆のため風御殿のため、精一杯頑張りますじゃ」
 善行はズズッと茶をすすった。
「怪我なくお祭りを楽しんでほしいですね。医療関係は暇が一番」
 荷を解き終わったエンジュ・ファレス(ea3913)が風御たちのもとへやってきた。
 彼女は北の国、ロシアのクレリック。彼女もまた、癒し手の1人だ。
「そうじゃのう。笑って終われれば、それが一番じゃの」
「癒し手が4人、応急手当に長けた者に薬草に詳しい者‥‥、癒し手の手に負えないほど加減の悪い者が運ばれてこない限り、よほどの事がなければ大丈夫ね」
 よほどの事がなければ‥‥ キサラ・シルフィール(ea5986)の何気ない一言が後の騒動を指していないのは、この時点では明らかなのだが‥‥
「薬師問屋から帰ってきました〜」
 予算が越後屋たち商家の寄り合いから出るとあって比較的潤沢であることをいいことに、七瀬水穂(ea3744)は薬草をたくさん買い込んでいた。ホクホク顔である。勿論、打ち身、擦り傷、胃の薬や食傷に効くものなど祭りを見越しての買い付けではあるのだが‥‥
「やっほ! みんな集まったみたいね♪」
 七瀬の後ろには荷物で顔の見えない跳夏岳(ea3829)。抱えた荷物の影から手を振っている。
 ‥‥と、そこへ。騎馬が1騎。その背中には『救急馬』の幟が立っている。
「只今帰った。出店には療養所と救急馬のことを振れておいた。まずはやることはやったというところかな」
 愛馬・桜塩(さくらしお)を駆るパラの志士、馬場奈津(ea3899)。
 彼女は医術を施すことも魔法で癒すこともできない。それでも考えがあって療養所に参加していた。
 それが『救急馬』である。
 手遅れになって助からなかった者は古今東西ごまんといる。
 その患者をこの療養所へ、または他の医者や寺へ運ぶのが彼女の今回の仕事である。

 さて、準備はどうやら祭りには間に合ったようである。
 それにしても、ギルドの依頼で出かけていたり、はたまた柵(しがらみ)があったりと、とかく忙しく世知辛い世の中で風御の手助けになればと多くの者が集まったのは彼の人望ゆえであろう。
 なにはともあれ、いざ開所である。

●嵐の前の静けさ
「フッフッフッ‥‥」
 療養所の一角に『水穂ちゃんの保健室』の看板。その奥からは薬の調合をしている七瀬の声。いったい何を処方しているんだか‥‥
「食べすぎの治療法は2つ。『水穂印の超強力下剤』! 『水穂印の超強力嘔吐剤』!」
 明らかに患者が怯えている。
「あ、3つ目がありますね」
 今度はまともだろうと患者の表情が一瞬緩む。
「『水穂突き』!」
 患者が脱兎のごとく駆け出そうとするが、七瀬はその襟をむんずと掴むと鼻をつまんで液体を流し込んだ。
 ‥‥ あとは語らなくてもいいだろう?

「炊き出し、できましたよ♪」
 跳の華国仕込みの粥が飯台の上に鍋ごと置かれた。
「うまそ〜」
 食欲を誘う湯気が療養所に立ち込める。
「患者さんもたくさん食べてくださいね」
 茶碗に次々とよそわれていく。材料は様々な問屋からの好意である。
「越後屋さんたちも粋なことするぜ」
「ホント、ホント」
 商売になっていることに気が付いていないのは患者たちだけ‥‥

「暇じゃのう」
「えぇ」
 善行と天は、完全に茶飲み友達になっていた。祭りの喧騒をよそに茶をすする。
「これ、天さんや。これで飴菓子でも買うて来てくれぬか?」
 善行の視線の先には迷子にでもなったのか泣きながら歩く子供が1人。善行は天に銭を握らせた。
「どうしたのじゃ?」
 優しげな声に子供の泣き声が止む。
「かぁ‥‥ かぁち‥‥」
 しゃがみこんだ善行が頭を撫でると急に抱きついてきた。
「大丈夫じゃよ。ここで爺じと待ってような」
 善行が膝に子供を座らせると、すっと飴菓子が差し出された。飴をしゃぶる子供の顔に少し笑顔が戻る。
「擦りむいてるわね。怖くないよ、傷を見せてね」
 エンジュは傷口を洗い、包帯を巻いた。
「手の空いている者が探しに出ました。程なく見つかるでしょう」
 天の言葉どおり母親はすぐに見つかった。
「こういうのばかりならよいのじゃが‥‥」
「本当ですね」
 2人の希望通りにはいかない。そうでなければ、このような場所を作る必要などないのだから‥‥

●初日が明け
 行くと怪しげな薬を飲まされるともっぱらの評判になった療養所。
 それでもタダという言葉に弱いのか、訪れる者は後を絶たない。

「寝るときはせめて、お布団で寝ようね」
 エンジュの笑みに男たちが、ほややんとなっている。
 こちらは優しくて綺麗な僧侶様が治療してくれると噂になっているもよう。

 ずっと暇というわけにはいかないらしい。
 救急馬の幟を立て、祭りの中を練り歩いていた馬場とキサラは前方に騒ぎの輪を見つけた。
「どうされた? 何の騒ぎじゃ」
 斬り合っている2人を見て、馬場は横にいた女に尋ねた。
「見ての通りです。あぁ‥‥」
 2人の刀の切っ先がお互いの体に吸い込まれ、同時に倒れた。
「遅かったぞよ」
「でも‥‥」
 桜塩から鞄を下ろすとキサラがダッと走り出す。
 2人の近くに駆け寄ると、刀を抜いて祈りを捧げた。
 キサラの体が淡く白い光に包まれたかと思うと、続けてもう1人にもリカバーをかける。
「やっぱりだめか‥‥」
 馬場は、その様子を覗き込んで漏らす。
「馬場様、寺に運びましょう。あそこなら‥‥」
 喋りながらもキサラは鞄に用意しておいた薬や水で傷口を洗ったり、包帯を巻いたりしている。
 しかし、2人分‥‥ しかも、これだけの重症である。手持ちの道具だけでどうにかなる様子ではなかった。
「もうっ、何でもっと持ってこなかったのかしら」
 キサラが躊躇なくスカートの裾を破る。
 それを当て布代わりにしたり、血をふき取ったり、包帯代わりに使っている。
 衆人の面前である。
「これを使ってくださいませ」
 気を利かせた商人が売り物の中から女物の着物と反物を渡す。
「患者を動かすより、坊さんを呼んでこよう。その方が良くないか?」
「そうですわね。馬場様、お願いします」
「すぐ戻る」
 馬場は桜塩に飛び乗ると馬を飛ばした。
「こんなところでは何ですから、うちをお使いください」
 近くのお店(たな)の主人がキサラに声をかけた。
「では、お言葉に甘えさせてもらいます‥‥」
「おい、お前たち!」
 主人の一声で丁稚たちが男たちを運びはじめた。
 この2人、徳の高い坊主の術で回復したんだと‥‥

 さて、怪我をして、気を失って運ばれてくる者もいる。
「そなたは何故ここに運ばれたか覚えておるか?」
 ぼんやりした頭で説明しているうちに、何でここにいるのかわかったようだ。
「己の行いが他者にどういう影響を与えるか省みるが良い」
 パンッ。天の警策が乾いた音を立てる。
 彼の信心では、二日酔い、喧嘩、恋患い等は心の緩みが原因である。
 全ての人にそれを求めてもどうかと思うが一理あるのは確かだった。
「では祭りを楽しんできなさい」
 天の優しい笑顔に送られて、男は療養所を後にした。

 さっきから酔っ払いが暴れている。
 他に忙しい風御たちの手を煩わせないようにと跳は再三に渡って男をなだめていたが、一向に効き目がなかった。
 相手の腕を捻りあげ、ようやく取り押さえる。
「おえの手にやわらかいものがぁ」
 跳の顔が赤くなっていく。
「いい加減静かにしないと、そろそろ怒りますよ? ここは幸い養生所ですけど、もしやりすぎてしまったらどうする?」
 おおらかな跳も、さすがにブチ切れ寸前だ。
「やれうもんなあ、やってみろぁい」
「じゃ、遠慮なく」
 背中から腹の後ろを殴り、悶絶昏倒させた。
「癒し手がいると手間が省けますね♪」
 跳に悪気はない。‥‥が、やられる方は痛かろう。
「頭冷えたかしら?」
 溜め息混じりにエンジュが呟く。
 リカバーを施し、包帯を巻いて、メンタルリカバーをかけると男は気がついた。
「はいはい、お酒は打ち止めね。奥に布団を引いたから休んでね」
「ねぇちゃんが添い寝してくれるのか?」
 2人の鉄拳が男の顔に食い込むと、男はその場に倒れて気を失ってしまった。
 エンジュも今度はメンタルリカバーをかけない。
「「ふぅ‥‥」」
 2人は同時に溜め息をつくと、男を療養所の奥へと運んだ。
「お酒臭〜い。こんなときには‥‥」
 2人が部屋を出た後に現れた影が1つ‥‥
 その後、痺れて動けない男が見つかったと言う‥‥

 またもや『水穂ちゃんの保健室』。
「悩むより、玉砕覚悟でめげずに頑張ってね」
「恋煩いですかー。このお酒を飲んで気合を入れたら今すぐ告ってくるですよ」
 七瀬がバンと背中を叩いて部屋から追い出す。
 エンジュと七瀬、乙女2人の言葉に後押しされて、勇気百倍。少年は祭りの中に消えていった。
「それなりに忙しくなってきたですね」
「えぇ」
 段々と風は強くなってきたようである。

●重症‥‥
「包帯が足りないよ!!」
 跳が叫ぶ。
 愛馬・早風を駆り、巡回に出ていた風御が侍に無礼討ちにされた男を運び込んだのが、ついさっき。
 急所は外れているが傷は深く、出血が多かった。
 しかもこんなときに限って、先ほどから怪我人が多く運ばれてきて包帯が足りなくなったりするのだ。
「こんなに怪我人が‥‥ どうなっているんですか‥‥」
 天が状況に困惑している。
 この怪我人の男に失敗を覚悟してでも、より高い効果のリカバーをかけたかったが、周りにいる者たちへ初級のリカバーをかける方が先かとも思われる。この場合、どちらが正解とかではない。結果でしかわからないからだ。
「そこに俺の着替えが入ってるだろう? 使ってない褌でいい。持って来て」
 跳が慌てるように荷物を解くと、そこには真っ白な褌が何枚も入っていた。
 風御が六尺褌を割いて傷口に巻くと、真っ白だった布切れが一瞬で赤く染まる。
「老師様は?」
 周りを見渡すが、見当たらない。七瀬を見つけると、片手で傷口を押さえながら残る片手で印を組んだ。(注1)
『老師様の術が必要です。見かけたら俺のところまで呼んで』
 七瀬に渡していた簪(かんざし)から風御の声が響く。
 喧騒の中、七瀬が頷いて奥へ消えていった。
 その間にも布で傷を押さえて血を止めようとするが、血はどうしても溢れ出してくる。
「なるほど、これはお前さんの手には負えぬの‥‥」
 善行が数珠を握ると経と共にその身が白く淡い光に包まれ、患者の傷がつながっていく。
「無理やりにでもこれを飲ませて」
 七瀬が傷に効き、熱を抑える薬を風御に渡す。
 念のためにリカバーを施すが、善行の表情は優れない。
「まずは大丈夫じゃが、寺へ運んだ方が良いじゃろうな」
「それならわしが」
 早速、桜塩を引いてきた馬場の馬の背に患者を抱え上げると、括りつけた。
「これを」
 風御があらかじめ書いておいた療養所の紹介状を持たせると馬場は一目散に寺を目指した。
 後はあの男の体力と運次第‥‥

「この怪我人の数、尋常ではないですね‥‥」
 なぜか、この日は怪我人が多い‥‥

 (注1:ヴェントリラキュイに限らず「本人に何らかの能力を付与し、その能力を行使する際に対象を指定しなければならない」ような魔法は、基本的に、能力を使うときにその対象が見えている状態でなければなりません。見えていないが範囲にあるはずのものを対象としてそこから声を出すことはできません)

●百鬼夜行
 この直後のことだった。
「妖怪たちの江戸への襲来?」
 江戸冒険者ギルドのギルドマスター、幡随院藍藤からの連絡は江戸を混乱させていた。
「わしは行くぞい。ここを守るものもいるじゃろうが、体を張って戦う者もおらねばの」
 善行が床机から腰を上げる。
「僕らの気持ちはひとつです」
 風御の言葉に療養所の仲間たちは顔を見合わせ、頷いた。
 彼らは傷ついたものを放っておけないのと同じように、傷つこうとしている者たちも放ってはおけなかった。

●晴れ後
「素寒貧(すかんぴん)じゃないですか。何に使ったんです?」
「よいではないか」
「女にでも貢いだとか?」
「お主と一緒にするな」
 ピシャリと弟子のデコを叩いた。
 祭りの後、手摘みの花や手作りのおもちゃなど様々な供物が善行の寺に寄進されたと言う。また、掃除をしに来た者もいたとも。
 それは善行の散財に対してでなく、その気持ちに応える町の者たちの純粋さがなせる業(わざ)だった。