【毛州三国志・那須】鬼山城・八溝山偵察
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■ショートシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:05月10日〜05月18日
リプレイ公開日:2008年05月18日
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●オープニング
●八溝山
下野国那須藩東部に広がる山岳地帯。
八溝山と呼ばれる地域は、昔から鬼との縁が深い。
その昔、悪鬼・岩嶽丸と呼ばれる大鬼が一帯を荒らしていたという。
この岩嶽丸は、京から派遣された藤原貞信(ふじわらの・さだのぶ)を権守(ごんのかみ)とする軍団と周辺地域の諸勢力の連合軍によって討伐された。以後、八溝山は鬼の山として結界が張られ、禁忌の地とされていた。
また、藤原権守貞信は恩賞として那須地方を得て、那須藤権守貞信(なすの・とうの・ごんのかみ・さだのぶ)として当地に残り、戦勝祈願をした福原の地に八幡宮を整備し、神田城をもって八溝山の押さえ、那須支配の拠点とした。
「八溝山には霊的な力があるに違いない。九尾の狐が殺生石として封印されていた那須岳茶臼山と同様に‥‥」
そういう術者・識者は少なくない。
だが‥‥
「大鬼や大妖狐を封じて江戸の鬼門の守りの魔力としたとも考えられなくないが、江戸の建設の時期を考えると順番がおかしい‥‥」
との反論もあり、それは理に適っているとも言える。
そうは言っても奥州の鬼の南下が始まったのが、与一公により八溝山に復活した岩嶽丸の討伐が行われ、茶臼山の九尾の狐が復活を果たした後であることも事実。
奥州勢力の関東大侵攻、関八州の乱、絶えたと思われていた源氏直系の遺児の出現‥‥
何がどう関係しているのか、果たしてそれぞれの事件には関係がないのか‥‥
それを知る者は、誰もいない‥‥
●蒼天十矢隊
八溝山の鬼討伐のために結成され、岩嶽丸退治に多大な功績を残した冒険者部隊・蒼天十矢隊。
何者かの暗躍により濡れ衣をかけられ、解散させられた後も、陰になり、日向になり、彼らは那須のために尽力してきた。
冒険者・カイ・ローン(ea3054)は、その一員であった。
「鬼軍は宇都宮にも頻繁に姿を現すようになったらしい。那須藩が奥州兵により手をあまり割けないからかな?」
機会あるごとに、蒼天十矢隊の縁故である那須藩軍師・杉田玄白と連絡を取り合っているあたり、彼の実直さの現われだろうか。
ギルドで職員や冒険者たちと情報を交わしているが、那須藩の置かれた状況は決して良いとは言えない。むしろ悪いくらいだ。
「那須は深い縁もあり冒険者として育ててもらった第二の故郷とも言うべき場所。この地を鬼に蹂躙されるのを黙ってみていられないよ」
「だが、依頼なしに冒険者が勝手に動いても、下手すれば武蔵国の関所も抜けられん可能性があるからな」
「‥‥」
考え込むカイ。腰の袋の緒を緩め始めた。
「どうした?」
「俺自身で八溝山を調べよう。勝手な調査が藩に迷惑を掛けなければいいんだけど。これで依頼を出せるかな?」
置かれた金子を見て、ギルドの親仁は苦笑い。
「そうだな‥‥ どうせギルドにとっても冒険者派遣の判断に必要になってくる情報だしな。
通行手形はギルドの方で用意しよう。ただ、報酬の方は、お前さんのこれを使わせてもらう。いいな?」
「俺たちは那須への手形を手に入れることができ、親仁さんたちは八溝山の状況を得られる‥‥と?」
「あぁ、そうだ。何と言ったか? ギブ&テイクってヤツだな」
ギルドの親仁は不敵に笑った。
※ 関連情報 ※
【喜連川那須守与一宗高(きつれがわ・なすのかみ・よいち・むねたか)】
那須藩主。弓の名手。
須藤宗高、藤原宗高など呼び方は多々あるが、世間的には那須与一、または与一公と呼ぶ方が通りが良い。
【那須藩】
下野国(関東北部・栃木県の辺り)の北半分を占める藩。弓と馬に加えて近年では薬草が特産品。
奥州忍者の策略により、過去に冒険者に対して藩士には敵視の姿勢が見られた。
現在、関東の北の玄関である白河地方を奥州勢力の蘆名氏に占領され、永らく戦闘状態が続いているが、膠着状態に陥っている。
【八溝山】
那須藩東部の山岳地帯。一部は山城の様を呈している。
過去に岩嶽丸という大悪鬼が根城にしていたが、討伐され、山城は禁忌の地とされた。
近年、岩嶽丸が復活して周辺の鬼が集結したが、与一公の采配により討伐された。
上州の乱に乗じた奥州軍の南下の後、赤頭という名のある鬼が入山したとかで、現在は鬼の巣窟と化しているらしい。
なお、麓の那須軍の砦の兵は、現在撤退している。
【蒼天十矢隊】
冒険者から徴募された那須藩士たち。11名(欠員1名)が所属した。
八溝山決戦に至る那須動乱を勝利に導いた立役者として那須の民に絶大な人気を誇る。
茶臼山決戦の後、藩財政再建にも多くの献策を行ったが謀反の疑いをかけられ部隊は解散した。
現在、与一公の意向により、那須藩預かりの冒険者部隊には『蒼天隊』の名が与えられている。
【冒険者ギルド那須支局】
与一公の直轄領である喜連川に、復活した岩嶽丸退治のために設置された冒険者ギルドの出先施設。
なお、依頼斡旋の業務は行っておらず、移動や補給のための冒険者の中継基地としての役割を持つ。
【杉田玄白(すぎた・げんぱく)】
月道を渡って欧州に留学した経験のある侍。帰国した際に偶々江戸にいた与一公の招聘を受けた。
博識を買われ、矢板川崎城守備の副将と那須藩薬局長を兼任する。
●リプレイ本文
●単独行
鬼の巣窟‥‥
そんなものを、その目で確認した者は皆無‥‥ いや、殆んど皆無と言った方が良いのだろうか‥‥
古来、人の世と鬼は敵対してきた。
魑魅魍魎の勢力が弱い地域、弱めた地域が人の世として勢力が強いだけに、巣窟などと言うものには滅多に御目にはかかれない。
それが現状だ。
だが、昨今、状況は変わりつつある。
鳴りを潜めてきた妖怪悪鬼たちが日本各地で活発に活動し始めたのだ。
まさに魔の刻の到来とでも言おうか‥‥
下野国那須藩の東部に広がる八溝山は、関八州の、まさに鬼門。
この地には鬼が巣くった伝説が多く残り、数年前にも集結を始めた鬼を那須与一公が討伐したという話がある。
そして噂される鬼軍の関八州への侵攻。
実際に関東北東部での鬼の目撃例や被害は最近多いのだから、八溝山周辺に鬼が集結しているのは間違いないのかもしれない。
同時期に数万と言われる奥州軍が押し寄せて白河を陥落させた事実と合わせると、鬼たちは統率され、南下しているのだろう‥‥と。
ただし、これは一部の識者たちが展開している持論であり、現実と真実が合致するかはわからないと主張する者も多い。
気持ちの良い理由があれば、人は納得する‥‥と、彼らは言うのだ。
とはいえ、彼らの言い分にも説得力はない。
本当に奥州と鬼が手を組んで関東に侵略を開始した可能性がないとは言い切れないからだ。
要するに、周辺情報しかないという状況が憶測を読んでいる。
長々とした話に付き合っていただいたが、そういうことだ。
だとすれば、直接、情報を収集する以外に方法はない。
そんな中で設楽兵兵衛(ec1064)にとってカイ・ローン(ea3054)の依頼は渡りに船。
隠密を得意とする設楽にとって、単独行は戦闘を極力避けるという意味では正解ではあるが、危険度は爆発的に高まる。
得意の逃げ足を以ても、発見されれば死の淵に立つことを意味するのだから。
いや、発見されたときには死んでいるかもしれないが、潜入調査に安全なものなどあろうはずもなく‥‥
「いやぁ‥‥ 鬼軍とは良く言ったものですよ‥‥」
愛犬2頭を携え、身を潜める設楽は、目の前の光景に肝を冷やしっぱなし‥‥
うまく風下を取れたから良いものの‥‥ 狼に騎乗した犬鬼の群れには驚きを隠せない。
周辺の木々などとの対比を考えれば、小柄な犬鬼が狼を乗りこなしているようだ。
脅威なのは機動力の高さ。狼の身体能力を考えれば、険しい山など関係なしに行軍できる可能性は高い。
基本兵種が犬鬼であるため、集団としての戦闘力は高いとは思えないが、神出鬼没に遊撃され、撹乱されれば厄介極まりない。
‥‥と、目の前の光景に戻そう。
騎狼の犬鬼らが通り過ぎる横で、3体の牛頭が八溝山方面へ向かうのが見える。
本来、群れる鬼ではないと聞く牛頭が群れるからには、やはり統率する何者かがいる可能性は高い。
噂に聞く赤頭なのか、確かめられれば良いが‥‥ 今回、部隊全体で目標にしているのは、情報の持ち帰り。
少しでも多くの情報を持ち帰り、那須藩の鬼討伐に役立てることが至上命題。
つまり、八溝山に鬼が巣くっている事実を突き止めて帰ることにある。
だから、欲はかかない。
余計な危険に足を突っ込まずに生還することは、足軽(斥候)として最重要な能力なのである。
さて‥‥
戦闘になれば、牛頭3体を相手になど敵おうはずもない。
だが、相手の機動力の低さは、尾行には打って付けだ。
折角、那須軍に鬼の出没外縁部を教えてもらい、運良く尾行に適した相手に出会えたのだから好機を逃す手はない。
「八溝山方面へ向かうのか、白河方面へ向かうのか‥‥」
鬼とて生き物。食事はする。
とすれば、食料の確保はどうしているのか‥‥
「鬼の好物は人肉らしいですが‥‥」
現在、八溝山の付近に人家は無し。
鬼討伐後に周辺地域への入植が再開されようかという矢先であったために、人的被害は少なかったと聞いたが‥‥
それは兎も角、赤頭始め、鬼の大軍ともなると兵糧も半端ではないはず。
「那須や宇都宮を暴れている鬼たちが食糧調達してるんですかねぇ? まぁ、一丁やってみますか」
様々に情報分析をしてみるが、予測にすら到達できない。
やはり、仮定の裏づけを取るためにも危険を承知で尾行を続けるしかない‥‥
静かな溜め息で決意を新たにすると、
翌日には牛頭の行き先が判明。八溝山には向かっていない‥‥
「八溝山の他に拠点があるんですかね‥‥ いや、八溝山以外が拠点という考えも捨て切れませんか‥‥」
歩みは遅いが、白河方面へ進んでいるのは間違いない。
何のために‥‥?
那須軍の手によって白河は疲弊していると聞かされたが、危険であることには間違いない。
情報は持ち帰らねば意味もなく、引き際が肝心なのはわかっているが‥‥
いや‥‥
蘆名兵の集結する白河小峰城への接近は、牛頭とて危険なはず‥‥
「?」
目には自信のある設楽は、牛頭の向かう先に荷車を見つけて、いぶかしむ。
村の荒廃ぶりに比べて荷車は新しい‥‥
おまけに荷が乗せてあるようだ‥‥
荷車に満載された荷物の中身は、どうやら食料らしい。遠目に食べているのがわかる。そして、行く先は八溝山方面‥‥
「こんな任務に牛頭が使われている現実を恐れなければならないのかもしれないですね‥‥」
ふと、よぎった不安は、痛みによって途切れた!
傷を負いながらも愛犬たちは低く唸って設楽を守ろうと勇敢に振舞う。
「那須の忍びか?」
不覚‥‥
設楽が周囲を確認すると人影が覗いている。
連日の疲れからなのかもしれないが気が付けなかったとは‥‥
茂みの葉擦れ、風の音、木々の臭い‥‥ 五感の全てを使って、敵の気配を探る‥‥
多い‥‥ 囲まれたら終わり‥‥
「行け! 逃げなさい!!」
愛犬らを逃がすと同時に、設楽も砂塵隠れで目晦ましをして逃げの一手。
‥‥が、走るにつれ、息が上がり、足がもつれる‥‥
「毒‥‥ですか‥‥ まずい‥‥」
手裏剣を避けた瞬間、足元の感覚がなくなって視界に空が、岩が、水面が広がる‥‥
「よく助かったもんだ‥‥ 飲めるか?」
一角の陣鉢を巻いた黒衣の神兵姿の男に設楽は頷く。
ずぶ濡れのようだが、体中の感覚がない‥‥
「黒脛巾組に追われていたんで味方と見て助けた。礼には及ばんが、何を見たのか教えてくれると有り難い」
「馬鹿者、ケチケチするでないわ。解毒と引き換えの情報などいらん。第一、そんなもの、信じられるかよ」
「御意。だが、何を見たのか教えてもらえると、こちらとしたは本当に助かるんだがな」
小さく笑って解毒剤を喉の奥に流す神兵に、再び頷きながら設楽は深い溜め息をついた。
●強行潜入
八溝山の山城に赤頭率いる鬼軍が駐屯している‥‥とはいえ、蟻の這い出る隙間もないほど、という訳ではない。
那須藩の情報を総合すると、数千、数万という軍勢でないのは確かなようだ。恐らく数百。
そこに鬼軍が在るという確かな情報を得ることは、那須藩の対処を確実にする大きな功績となるだろう。
「噂に聞く京の鬼たちの様に統一された者たちなら、人の言葉を理解し、統率している者が居るはず」
「先日来、噂の八溝山。集うは赤頭に連れられて奥州から来た数百の鬼と聞いた。那須藩でも同様の情報を得ていたな」
ルーラス・エルミナス(ea0282)も天城烈閃(ea0629)も、情報不足に思わず溜め息。
那須軍にとって八溝山の山城監視に使っていた麓の砦を失ったのは痛いが、兵力回復に専念するためには仕方ないこと。
神田と矢板の防衛、白河へのゲリラ戦と戦線縮小を行った効果で、余力も出てきたと杉田玄白からは聞いている。
いざ反撃という時に備えて敵地の情報は欠かせないため、カイの強行偵察の申し出は渡りに船だったらしい。
「那須藩の反抗作戦が近いということなのですか?」
カイの質問に杉田玄白の答えはなかったが、否定もされなかった。
「下手に近づけば命は無いが、さて‥‥」
天城はカイを見て促す。
「鬼の跳梁など許してはいけません。そのためにも、この偵察は完遂しなければ‥‥」
杉田からもらった八溝山の地図には、カイが蒼天十矢隊として参加した戦いで知り得た以上に書き込まれている。
嘗ての八溝山討伐戦で強行偵察を行ったことがある闇目幻十郎(ea0548)にとっても、那須軍による予後調査は有り難い。
そのときの記憶を元にイメージを固め、敵の戦術や戦力展開の予想を立ててゆく。
湧き水の規模から考えて、やはり数千、数万の兵を養うのには適さない。
だが、数百であれば、水源の規模からいっても十分に養える。
問題は、設楽が確かめに行った食料だろう。
自分たちの情報と設楽の情報が合わされば、敵の編成や規模は自ずと判明するはず。
「鬼だけ‥‥かの? まぁいいですじゃ。とりあえず八溝山レッツゴー‥‥お〜」
遠目に見えるは八溝山。マリス・エストレリータ(ea7246)は、タカさんに乗って航空監視に当たっている。
シフールは飛行することができるが、体力ゆえに飛行時間は限られている。
ならばこそ、滞空時間の長い偵察ができる利点は計り知れない。
尤も、シフールゆえに気も漫ろな偵察なのだが‥‥
「あれじゃな」
地形を利用して柵が巡らされ、堀が周辺を隔絶する孤立地域。
そこには鬼たちが蠢いていた。
数にして20ほど。
「麓の砦に鬼がいるとなると、近づくだけでも相当苦労するかもですな」
「はい、山城に取り付くところまでは行きたいんだけどね」
マリスが報せに降りると、カイは頭を抱える。
目立たぬように徒歩で赴いてはいるが、これだけの人数‥‥
手練の冒険者であれば、気付かれずに近づければ良いなどと考えるほど甘くはない。
「闇目さんと俺で侵入口を探ってくる。ここは隠密に長けた者でなければ厳しい」
「ですね。砦の役目が支城なら、ここさえ突破できれば八溝山に取り付く目もあるでしょうし」
「頼みます。くれぐれも無理はしないで」
天城と闇目は、当たり前だと笑って出発した。
「さぁ、遊んでいる訳にもいきません。私たちもやれることをやりましょう」
カイの指揮の元、マリスが上空から確認した施設や兵力を逐次、地図に起こしてゆく。
周辺に敵の巡回網がないか‥‥
鬼の砦への出入りは‥‥
「大変ですの〜」
「ユエにも手伝わせますから」
マリスは、カイの連れてきた精霊妖精と共に、再び偵察に上がるのだった。
●旧八溝那須軍砦
「やっとアバレできるす。オレ、嬉しゴズ」
一回り体格の良い牛頭が、ガハハと笑う。
(「流石に鬼の領域ですね‥‥ なんて悠長にしている場合ではないですよ‥‥」)
足跡を頼りに、獣道ならぬ鬼道を確認して、警備の手薄な地域を特定しようとしていた闇目は、牛頭鬼の集団に出会った。
数は見えるだけで15以上‥‥ 八溝山の方から来ていた。
恐怖には比較的慣れているつもりだが、血の気が引くのが分かる‥‥
この先の砦の中にも小鬼や茶鬼がいることを考えると、ゾッとしない。
湖心の術を使う間がなければヤバかったかも‥‥。
(「そういえば、岩嶽丸は牛頭の姿をしていたと言っていたか‥‥」)
カイの話によれば、蒼天十矢隊が討ち取った岩嶽丸は、そうだ‥‥
まさか‥‥
(「今は考えても仕方ないか。とりあえずは山城への侵入路を確保しなければ」)
闇目は音もなく森へと消えていった。
縄を結わえたダガーofリターン+1を投げ、帰ってくる特性を利用して、幹に縄を掛けた天城は、砦の後方に当たる位置に陣取った。
門や道を通らずとも、能力を活かして道なき場所に道を作る。天城の教わった隠密の心得だ。
「こんな場所から来れるはずがない、と認識している場所なら警備も薄いはずと思ったが‥‥」
ここからなら砦が丸見えになる。
しかも、この場所へ辿り着ける人間がいるとは敵も思うまい。
砦が保たれていることからも、ある程度の知性を持つ何者かがいることは確か。
鬼軍に対抗するには最悪の展開だが、天城らにとっては突け入る隙でもあろう。
見えている数、ブレスセンサーでの呼気の数、総合的に判断して、鬼の数は20程度。
「情報どおりか」
いや、他にもやって来た。
あれは、牛頭鬼? ‥‥の集団?
50はいようか‥‥
「八溝の山城にも鬼が控えているとすれば、一体どれほどの規模になるんだ?」
今少し情報を集めると、天城は仲間に合流するために撤退を始めた。
●鬼山城
情報を総合したカイたちは、八溝山へ向かった。
件の鬼たちは知性のある何者かに統率されている可能性は高い。
なぜなら小鬼や茶鬼の装備が統一されていたから。
なぜなら長期間放置された砦が、施設としての機能を保持していたから。
食料が運び込まれるのを目撃したから。
理由を挙げれば枚挙に暇がない。
問題は、あの砦が支城なのかどうか‥‥
つまり、八溝山の山城が本拠なり、後方補給基地なり、何かに使われているのかいないのか、それを調べるべき‥‥
幸いにも突け入る隙はある。
大軍でない利点も、カイたちに十分有利に働いてくれているのか、運にも味方されて遭遇戦にも遭っていない。
「できすぎな気もしますが‥‥」
「マリスの日頃の行いがいいからですな」
「「な〜♪」」
ルーラスの苦笑いをマリスが笑い飛ばす。
この極限状況においてマリスやユエの明るさは救いだ。
「設楽さんと合流できないのが気になりますが‥‥」
「ふぅ‥‥ 言っても仕方ありません。当てもなく探索する危険を冒せば、こちらが危うい」
「だな。彼も手練の冒険者。自分の身くらい守れると信じるしかないさ」
元より目的地が同じだから出会えるだろうと別れたのだ。心配だが、互いに潜伏している状況で出会える幸運は薄い。
カイも闇目も天城も心配な表情を隠しきれない。
「報せがないのが良い報せと言いますぞ。これシフールの常識」
「御気楽すぎるのも問題だと思いますが‥‥ 信じましょう。彼を」
ふふりと笑うマリスに、ルーラスは微笑む。
それは兎も角、山城には鬼たちが集結していた。
麓の鬼も入れると、やはり百は越えるのだろう。
予想込みの概算に過ぎないが展開している戦力の規模は200〜400と言ったところか‥‥
食料調達のために狩りに出る鬼、白河方面から荷車で食料を運びこむ鬼の存在も確認されている。
また、鬼たちは集団を組み、練度が高くはないものの軍勢の様相を成していた。
編成は、牛頭鬼隊、騎狼の犬鬼、熊鬼や茶鬼が雑兵の小鬼や犬鬼を指揮している模様‥‥
「天然の要塞とは、よく言ったものだ」
天城は感嘆の息を漏らす。図面で見るよりも見事な山城である。
「手が加えられてるな。にしても、流石に鬼の領域ですね」
「まさに鬼の巣窟‥‥ですか」
闇目は防御施設が整えられていることに驚く。敵の戦力も今回の方が圧倒的に上だろう‥‥
攻略するとなれば苦戦は必至‥‥ ルーラスは思った。
「おい、誰かいる!」
気配を感じた闇目が仲間に注意を促すのと同時に‥‥
「嫌な予感がすると思えば、人間たちかい?」
抗えない力がカイたちを吹き飛ばす。
「ぐはっ!」
「冗談じゃない!! 逃げるよ!!」
「はいですな〜」
強かに打ち身をした闇目とカイを支援するように、マリスはシャドウフィールドを展開。
「槍が届くなら一矢報いてやるんですがね!」
先頭のルーラスは聖者の槍を思い切り薙ぎ払い、行く手に現れた小鬼を斬る!
「どこから撃ってきた? 重力波の術のようだったけど」
天城が一瞬振り返るが、暗闇の球が視界を遮って確認できない。
尤も、その御蔭で敵の攻撃が来ないとも考えられたが‥‥
「余計なことは気にするな! 駆け抜けななきゃ死ぬぞ!! 切り開け! 我が槍よ!!」
ルーラスは持ち手を変えて、素早く石突を別の小鬼に叩き込む!
暫時‥‥
(「行ったですな」)
もはや好奇心旺盛という美辞麗句では済むまい。
木陰に隠れたマリスは、シャドウフィールドの範囲にある茂みに隠れていた。
鬼の姿を一目見ておきたくて、あの場に残ったのである‥‥
「赤頭様、まさか囲みを突破できるとは思いませんが、一気に動かれては?」
「クク‥‥ 王の命なしに動くのは得策じゃないよ。
この辺は荒らしつくしたから別の場所に移るのも悪くないけど、偵察くらいはしておくべきでしょ?
迅雷の出来を見てからでも遅くはないさ」
「そう‥‥ 残念」
美女は煙草を吹かすと、妖しい笑いを浮かべた女たちを連れ、踵を返して去ってゆく。
「事は始まったばかり。焦らずとも強敵は集まってこよう‥‥ 何者だ!」
ごうとばかりに狼の顔をした隻眼の剣士が吠え、マリスの入る茂みに剣撃が討ち込まれた。
「きゃああ!」
「何だよ。逃げるなって」
飛んで逃げようとしたマリスは、赤頭の言葉を聞くと思うように動けず、空中で体勢を崩した。
「珍しい鳥だなぁ。羽根を毟ってやろうか?」
宙に浮かんだ赤髪の子供は、思うように動けないマリスを掴むと羽根を引っ張ってみる。
「痛い、痛いってば!」
「そう? じゃ、空に帰りな。こんなとこに来ると危ないぞ」
マリスは脇目も振らずに山を降りた。
●強運助け
後日‥‥
「何とか生き延びたみたいだね‥‥」
疲労困憊したカイたちは、通常任務で偵察していた那須軍に保護され、喜連川で手当ての後、矢板川崎城へ運び込まれた。
「羽根毟ろうとしたのが、赤い子供の髪で‥‥ 怖いワンちゃんに苛められての。あ、怖いお姉さんも一杯いたのじゃ」
「落ち着きなされ。報告は一眠りしてからでも遅くはない」
杉田玄白の処方した薬湯を口にすると、マリスは一気に眠りに落ちるのだった。
目を覚ましたカイたちは、杉田玄白との会談を持った。
斯く斯く云々‥‥
予想以上の鬼の勢力に困惑しながらも呟く。
「八溝山を叩けば白河上の兵が討って出よう。逆もまた然り。軽々に動くことは出来ぬな」
玄白は思わず溜め息をつく。
「それに案件が増えた。冗談と思っておった義経公の檄文だが、本気だったらしい」
下野に鬼退治に行くから宜しく‥‥くらいに那須藩としては思ってたらしいのだが‥‥
どうやらカイたちの出発と入れ違いに義経公が挙兵したらしく、なんと兵を整えて下野に入るのだと先触れがあったそうな。
「伊達の思惑でしょうか?」
「わからん。正直困惑しておる。殿には会って確かめるのが一番納得がいくと思いますが‥‥とは進言しておいたが」
「それが正しいのか自信がない‥‥と」
ルーラスの言葉に、杉田玄白は「これでは軍師失格だかな」だと苦笑い。
「そうそう、設楽殿を助けた結城鬼面党から報せがあった。廃村に兵糧を置いたのは白河の蘆名兵らしい。
我らの攻撃で己の食い扶持にも困っておろうに、憐れな‥‥」
那須密偵、結城鬼面党、河童らを主力とした水中機動部隊などによって、白河の蘆名兵への補給は細くなっている。
‥‥はず‥‥
「別方面から補給が成功しているという可能性もありますね」
闇目の指摘と同時に玄白も同じ思考に到った模様。
「白河か八溝山へ威力偵察を行うべきでは? 敵の出方も見えてくるでしょうから」
「そうかもしれぬが‥‥」
ルーラスの進言に玄白は考え込む。
「義経軍に小峰城を落とさせる、もしくは蘆名から城を明け渡させる‥‥か‥‥
いや‥‥ 八溝山攻略の尖兵として送り込む手もあるか‥‥
いやいや、義経軍に領内通過の許可を出して蘆名軍とで挟撃でもされようものなら目も当てられん‥‥」
ブツブツと考え込む杉田玄白は、時々じっと冒険者を眺める。
「伊達と思いが乖離しているなら源義経を逆に抱きこめるかも」
「なぜ、そう言い切れる? それに、義経公を抱き込むということは、那須藩が奥州との繋がりをも持つのと同義。
家康公との縁は断たれる。しかも、蘆名との因縁は深いからな。奥州勢として認められるのも難しかろう。難しいぞ」
「那須は奥州兵の対応で人手を割けないから、奥州兵を引かせれば兵を出せると交渉するのもありかも」
「それで蘆名が退くなら良いが、義経軍に那須へ入られた上に鬼討伐を名目に蘆名軍が義経公の軍に参陣してきたら、どうする」
カイは反論に窮し、言葉を失った。
「カイ殿の心根を尊敬するが、単純な話でもなし‥‥ この場で結論の出る問題でもないしな。
それより、八溝山の攻略は至難。少しでも攻め手を掴まなければな」
カイらの持ち帰った地図を手にすると、杉田玄白は軍議を召集するように側近の武士に伝え、部屋を後にする。
「闇雲に信じては政はできないということか‥‥」
「しかし、信じなければ始まらなこともあるよ」
「まぁ、それは、そうだが‥‥」
用心深いのと疑心暗鬼は違う。天城や闇目は、カイの言い分にも玄白の言い分にも理を感じていた。
「しかしの〜、サーガにしにくい冒険じゃ」
「わたくしの出てくる場面は、大幅に変えてほしいものですね」
「じゃ、雄雄しく戦いながら情報を持ち帰り、那須の星になったということで、どうじゃな?」
「それじゃ死んじゃったみたいじゃないですか‥‥」
マリスと設楽の掛け合いに、一同は思わず吹き出すのだった。