●リプレイ本文
●志を持つ者は‥‥
「源義経公の陣に馳せ参じる、か‥‥ 早々ある機会じゃあないね」
来迎寺咲耶(ec4808)が立つのは高札の前。
周囲には市井の者たちに交じって浪人や任侠風の者たちの姿が見える。どこかの家人なのか用人風の者たちも‥‥
「すいやせん。何と書いてあるんです?」
任侠風の男が愛想笑いで周囲を見渡す。
で? と催促された浪人は、全文を読んでみせた。
(「人を集めるには読んで聞かせるのが一番かな」)
周囲で頷く者たちの様子に、来迎寺も読み聞かせを手伝うことにした。
(「実際は、そう単純じゃないとは分かってるけどさ。ただ‥‥」)
義経公の後ろに伊達が出張ってくれば、公の義心が本物であっても、利用されてしまう可能性は高い‥‥
(「権謀術策、渦巻くよりは、そういう単純なほうが、私は好きだね。今更、小細工とは思うけど‥‥」)
一通り読み聞かせると、来迎寺は場所を移すことにした。
さて‥‥
酒場や茶屋などには、昼間からでも武者修行中の武士や同業の冒険者たちがいることが多い。
ただ、駄弁っているだけの者もいるが、こういう場所が情報の収集や交換に打ってつけであるからだ。
浮かれた様子で、来迎寺は茶屋に足を踏み入れた。
「ご機嫌だね。何か良いことでもありなすったかい?」
「いいことも何も、あの義経公の下で働ける好機だよ? あの高札、見てないのかい?」
店子も手馴れたもの。客が話しをしたがっていることを察したか、さり気なく話を振ってくる。
「源氏の棟梁様って、あの義経公かね?」
「そう、軍を興すからって有志を募ってらっしゃるのさ」
来迎寺の浮かれた大声が店内の耳目を集める。
「また、戦かい? 折角常連になってくれたお客さん方もいらっしゃるというに」
店子の軽口を、客たちが笑う。
「俺たちで良ければ一緒に行ってやろうか?」
「ありがたいね〜。仮に参じるのが遅くはなっても、義経公に賛同する人々が、これだけいると教えて差し上げたい」
血判を‥‥という来迎寺の言葉には、その意味の重さから衆人は苦笑い。
「さて、支度をして参ろうか。ここで席を暖めておっては、男が廃る」
ともあれ、来迎寺の心意気は伝わったようだ。
●心の安寧
京では平織虎長公が上洛し、比叡山へ軍を進めたと聞く。
僧兵である張源信(eb9276)にとって、それは対岸の火事ではない。
ジーザス会の活動についても聞いているし、様々な条件が絡むことで日本古来の信仰の危機と成り得る。
普段から、そう考えていただけに、今回の義経軍の決起を無視できようはずもなく、張は神社仏閣を訪ね歩いた。
衆生の救済のために力を尽くし、皆で解脱の道へ近付きたいとは思うが‥‥と漏らした仏教[白]僧の言葉‥‥
戦乱も鬼の襲来も衆生への苦行であろう、困難を乗り越えてこそ浄土へ行けると説く仏教[黒]僧の言葉‥‥
神を鎮め祀るが神社の役目。託宣でもあれば別だが‥‥と言う神主‥‥
彼らの反応は鈍かった。
尤も、義経公が天の後継者なれば助力は惜しまぬと豪語する仏教[黒]僧などもいるにはいたが‥‥
ともあれ、彼らが今のところ腰を上げるようには見えないのは、然もありなん。
張自身も僧籍は政治中立を貫くべきと考えているだけに主張は尤もだが、実際には事が急すぎて態度に窮しただけ‥‥
「隣村の畑に蝗(いなご)が出たからといって蝗を払いに行く百姓はおるまい。
仮に己の畑を蝗が荒らしたからといって、どうすることができようか?
これからどうしようかと一緒に考え、心を支えるのが僧の努め」
「神の怒りであれば鎮め奉らん。神の助けが必要ならば加護を祈り奉らん。義経公は、如何なる神を奉じておろうや?」
逆に張を諭す住職や神主がいただけに間違いなかろう。
一方で、
「江戸城を巡っての戦の折、我らは民らと寺に立て篭もった。我らがおらねば困る道理‥‥と思ってはくれぬか?」
と苦笑いを浮かべていた僧兵の顔が目に浮かぶ。
動かすには一苦労ありそうだが、彼らの落とし処はあるに違いない。
そのためにも義経公の気持ちを確かめなければ‥‥
●伊達騎馬隊の進発
白鳥の陣羽織を翻し、一際卓越した手綱捌きで戦馬を操り、江戸城から騎馬を従えて駆けるは、イリアス・ラミュウズ(eb4890)。
見る者が見れば、鞍を並べているのは伊達家臣の数騎であるのがわかろう。
伊達軍は一部を下総の戦に割いている。なればこそ、義経軍の急な挙兵は混乱を巻き起こしかねない。
それに釘を刺しておくは、必ずや政宗公のためになる行動。
そう信じて伺いを立てたのだが、返ってきたのは望外の答え。
「殿は相変わらずだが、それこそ忠義を捧げるに値する器」
如何にも‥‥と、居並ぶ伊達騎馬武者が頷く。
イリアスは、政宗公の言葉を思い起こしていた。
「どんな結果になっても責任は一緒に被ってやるから、伊達の名に恥じぬよう存分に愉しませてくれ」
そう言ってのける政宗公の懐の深さには、やはり感じ入るものがある。
騎士として剣を捧げるに相応しき主君を見つけられたのはイリアスにとって幸福であった。
「坂東武士の血を引く者としては、伊達様が敵に回らぬのは有り難きことです」
一方、馬首を並べる九紋竜桃化(ea8553)は、安堵と決意の表情を浮けべていた。
『先の江戸の戦いより多くの時が過ぎましたが、奥州より訪れた鬼たちを抑えるだけの力を残す藩は最早なく、
それを知った上で義経様は討伐軍を立ち上げられました。
我ら、坂東武士は源義家様の恩に報い苦難に立ち向かわれる義経様に合力すべきだと思います。
また、那須藩は親源徳派でしたが、今日の危機において源徳様は救援をされません。
今、伊達様が手を差し伸べられることは、源徳様に代わり関東の纏め役と皆に認めさせるばかりでなく、
那須藩に恩を売り、源徳様との仲を遠ざける事になりましょう。
どうか伊達様におかれましては、義経様の行動をお認め頂き、義経様に御力をお貸し下さい』
「義経殿が、自分で見て、考えて出した結論ならそれで良い。あとは責任もって頑張る姿を見せてくれと伝えよ」
イリアスに預けた九紋竜の書状への政宗公の返答は、大らかで‥‥ そして、粋であった。
それを受けた九紋竜から書状は、義経の関東入りで奥州勢に寝返った旧源徳武士へ向けられて追っ付け発せられるであろう。
礼に従い、道理に従い、心を篭めて認めた書状であれば、必ずや想いは通づるはず。
「急ぎましょう。義経様は府中にて出陣祈願式を行われるとの由。遅参しては申し訳が立ちません」
「それでは飛ばしますよ。馬周りは追いついてくれれば結構! やぁっ!!」
九紋竜たちは、政宗公への工作のために時間を要してしまった。
思っていた以上の収穫はあったが、遅参しては意味がない。
遅れを取り戻すためにも、イリアスらは僅かに付けた馬周りを置き去りにする程の勢いで府中へと愛馬を向けた。
軍馬を飛ばして数刻‥‥
「坂東武士・九紋竜桃化殿、伊達家武将イリアス・ラミュウズ殿、参陣致し候!」
「昇竜、黄金の騎兵と名高い方々であるな。構わぬ、通せ」
二つ名での呼び出しに内心驚きながら陣中に入ると先着に同じ冒険者の陸堂明士郎(eb0712)や重蔵らを見つける。
一番乗りでなかったことに小さく溜め息するイリアスに続いて伊達家臣たちが入場する。
「私のような若輩のために、貴殿らのような英傑が参じてくれようとは。思いの外です」
「坂東武士の血を引く者として、共に立たずには居られず、義経様の討伐軍に参りましてございます」
「心強いです。共に戦いましょう」
義経公の真剣で優しげな面持ちを受け止めて、九紋竜は忠誠の礼で頭を垂れた。
「一番乗りであった陸堂明士郎啓郷(あきさと)殿と同じ冒険者ですね。
坂東武者の鏡・重蔵殿といい、檄に馳せ参じてくれたこと、感謝に絶えません」
「いえ、此度の下野の鬼討伐。
真に良きことなれば、義経公に御助成出来ますこと、武士として名誉の極みに存じます」
「全く」
潔白を意味するのであろうか、白一色の出で立ちで一人目立つ陸堂。九紋竜と共に畏まって一礼した。
その間、視線の端に映る参列者たちの顔を見渡し、イリアスは僅かに頬を緩ませる。
義経公の両脇を固めるのは、佐藤継信・忠信の兄弟。彼らは一二の家臣として奥州から付き従ってきただけに別格‥‥
他に見える陸堂や重蔵は、単に冒険者。武名はあっても背景に政治基盤は持たない。
その次に参じたのが自分たち伊達勢。坂東武士の名乗りはあっても義経に対して、それは過去の縁故でしかない。
「我が殿、伊達政宗から書状を預かっております。それと言伝も‥‥
義経殿が、自分で見て、考えて出した結論ならそれで良い。あとは責任もって頑張る姿を見せてくれ‥‥とのこと」
佐藤忠信を介して書状の内容や目録、参じた武士らの名が確認されると、義経公は破顔して喜ぶ。
「うん、流石は政宗殿。民を憂う気持ちは同じと信じておりました」
「鬼軍の跳梁に憂いている者は多いですよ。それは伊達殿と限ったことではありません」
「陸堂殿、その通り。手を取って難局に当たれば、人同士の争いなどなくなろうというもの」
「そう在りたいとは思いますが‥‥」
(「伊達政宗‥‥ やはり油断ならん‥‥ 一手目で、ここまで斬り込んでくるとは‥‥」)
上手い切り返しができずに陸堂の表情が僅かに硬くなる。
「関東鎮護のため鬼を退治するための挙兵、まさに壮挙と思います。
必ず成功させて民の安寧に繋げたいものです。いや、安寧をもたらさなければいけません。
我々伊達騎馬隊の活躍を御約束いたします」
「期待しています」
「御意」
現状でも各地へ兵を出している関係上、義経軍へ参加する伊達兵の増派や増資は難しかろう。
義経軍と伊達軍の派兵先が同じなら可能性はあろうが、それは今、話題にすべきことではない。
ともあれ、寡兵ではあるが伊達は騎兵隊という大戦力を義経軍に派遣した。同時に大きな軍資も。
別個に見れば大盤振る舞いだが、その実は派遣兵力の食い扶持を自前で用意しただけのこと。
それを見抜けるか見抜けないかが強かさなのだが‥‥
それでも義経軍が大きな戦力を得たことには違いない。
足軽を付ければ50や100の兵力にまで簡単に膨れ上がる寸法でもあるからだ。
ただ、文武の教育を受けた武士が大多数の兵力派遣であるため、人的被害が発生すると政治的にも直接打撃が大きい。
それに、金銭の長期的負担もあり得るため、伊達勢力への長所短所は、それぞれに大きい‥‥
(「初手は成功した。義経公と正宗公の仲を離間させようと図る者らにも良い牽制となろう」)
満足そうな義経に、イリアスは強い意志で礼をとった。
●動乱の那須
那須藩・福原神田城‥‥
七瀬水穂(ea3744)は、那須藩士として源義経挙兵の報を携えて藩主・那須与一公に面会していた。
「思い切ったことをしたです。義経さんの覚悟のほどが伺えるですよ。那須藩も可能な限り支援した方がいいです」
那須藩の迅速な協力が志願兵の呼び水となり、伊達への牽制になると説いたが、与一公の表情は暗い。
「色々と経験してきたからね。奥州勢の旗頭を国内に入れて馬を並べることは難しいよ」
「殿の言う通りですな。カイ殿の近況報告など見るに、悪い方ではなさそうですが‥‥
だからといって、敵の大将格を鵜呑みに信じるのも迂闊‥‥
七瀬殿の考えもわからなくはないですが‥‥
義経公の人と形も知らぬ、一兵も持たぬ義経公が自軍を率いて来るのかもわからぬでは‥‥」
端的に応えた与一公の傍らで、軍師・杉田玄白は思案の渦の中から言葉を紡ぎだす。
「それに義経軍の中に奥州に繋がる者が参加している場合、我が軍の内情を知られてしまいますな。
矢板や福原を奇襲されたり、今はまだ保っている喜連川や馬頭など南部地域を抑えられると急所になり兼ねぬ」
「それなら、この話はなしですか?」
とてもとても‥‥という小山朝政の言葉に、七瀬は消沈した。
「鬼軍討伐なれば八溝山の攻略は避けて通れぬ道、足りぬ戦力を彼らに補ってもらえるですよ。
そのためには挙兵に際し兵力の物資もない義経さんへ、最も高く恩を売り付けれる今こそ好機なのです〜‥‥」
「確かに、そうなのですがね‥‥」
食い下がる七瀬に、玄白は苦笑い。
「良い考えは浮かばないですか?」
「お会いして殿に義経公の人と形を判断してもらうのが最善‥‥としか」
玄白の苦しい進言に与一公は頷く。
「いいでしょう。喜連川にて私と宇都宮公と義経公を交えた三公会談を申し込みます」
「来るでしょうか? 敵中に」
ここで与一公は溜め息一つ‥‥
「会う意志は伝えます。義経公が軍を率いて北進してきた備えとして、那須軽騎兵と弓兵の一部を矢板へ移します。
会見場所は冒険者ギルド那須支局。冒険者を招き、三公会談に同席させましょう。
この措置は下野と奥州で水掛け論にせぬためのものと伝えてください」
「それなら‥‥ 密偵さんたちに命じて三公が会談を開き、手を取り合って鬼軍討伐に動き出したと流布するです。
それなら、きっと義経さんも来ざるを得ないのです♪」
「それは妙案。だが、問題は使者の任に誰があたるか‥‥ 失敗すれば命はない‥‥」
押し黙る与一公。
(「戦友が水穂のせいで死ぬ姿など、見たくないですよ‥‥」)
朱蒼の誓いを胸に、七瀬は口を開いた。
「水穂に、ど〜んと任せるですよ♪」
ポンと胸を叩く七瀬に、与一公は任せると命じ、程なく七瀬は場を下がってゆく。
「義経公も武士。問答無用で女を斬り伏せたりはしないでしょう」
「冒険者の前で冒険者を斬り捨てるほど馬鹿でないと祈るのみですが‥‥」
「拙者には七瀬殿に策あってとは思えませんぞ」
散々な言われようだが、与一公、杉田玄白、小山朝政の心配そうな顔を見れば、心中は察して然るべし‥‥
さて‥‥
空飛ぶ絨毯に乗って那須藩喜連川へ向かった磯城弥魁厳(eb5249)は、兄弟の杯を交わした河童のイグを探した。
当地には喜連川の異名どおり、妖狐の尻尾のように多くの川が流れている。
そこには当然、河童たちの集落がある訳で‥‥
とはいえ、那須藩の水中機動部隊の一翼を担うイグとの繋ぎには、部隊の隠密性ゆえに割りと時間をくってしまった。
「お久しぶりでございます、兄上。磯城弥魁厳にございまする」
「久しぶりだね。元気そうで何よりだよ。そらっ!」
挨拶代わりに四つに組んで相撲をしながら、互いの成長を確かめる。
部族の河童たちの信頼に応えるためか、それとも歴戦によるものか、イグは一回り逞しくなり、体には多くの傷跡があった。
「強くなられましたね」
「まだまだだよ。それより話があるって聞いたけど、何だい?」
実は‥‥ 磯城弥は土産のなないろスイカや奈良漬「黒錦」などを勧めながら本題を切り出した。
「兄上様方、皆様のお立場が那須藩にあることは重々承知しておりまする。
ですが、下野の鬼軍を討伐するという一点においては坂東も奥州も関係ございませぬ。
もし、差支えなければで構いませぬ。
下野の鬼軍を退治するまで、源義経様の討伐軍への参加を御一考頂けませぬでしょうか?
勿論、ワシが伊達家に仕える身であることを理由に断って頂いても構いませぬ」
恐る恐る話す磯城弥に、イグは笑顔で応えた。
「那須軍に協力しているのは故郷を守るため。
その源義経様って人が那須のために戦ってくれるんなら、僕らも一緒に戦うよ。
与一公には喜連川の河童たちをそっとしておいてくれる恩があるけど、主従関係を結んでる訳じゃないから」
「良かった。では、府中八幡へ同行願えるか? きっと、義経様も喜ばれる」
磯城弥に対してイグは首を振り、微笑み返す。
「僕たちは喜連川を守るために動く。そのためになら力を尽くすけど、他国へは行かない。余計な争いはしない」
「そうじゃな。府中に行って、この故郷の川を守れなかったでは、本末転倒。でも機会があれば」
「うん、機会があれば必ず」
2人は再会を誓って別れた。
●戦争は経済を動かす
様々な状況から突然と思われる義経公の挙兵。
だとすると財政的な基盤は、どうなっているのだろう?
軍の維持に資金や物資が莫大に必要だと、ジークリンデ・ケリン(eb3225)には、容易に想像がつく。
「根っからの商売人ね‥‥」
源義経の志に心打たれる一方で、同時に商才が状況を放ってはおかない自分に、ジークリンデは思わず微笑む。
手持ちの資金が限られている以上、どこかに矢銭の援助を持ちかけるしかないだろう。
できれば複数の商家が望ましい‥‥
未知数の源義経でなく、奥州で名のある一族の佐藤兄弟との繋がりで、彼の国々との交易も可能と説けば、あるいは‥‥
それに、源義経が名を上げれば、その影響による利益が商家に還元され、上手くいやれば商家の名を上げることも可能だ。
だが、実績もない源義経に先行投資しようなどという商売人は、そうそういない。
辿り着いたのは道明寺屋という商家だった。
「お待たせしましたな。ジークリンデ様の冒険者としての名は聞いておりますが、此度は何用でございましょう?」
「これは丁寧に、ありがとうございます」
にこやかな笑顔で現れた商家の主人に、上品な笑みで返すジークリンデ。
暫くは季節や商売の話などして探り合いを入れあう辺り、商家の主人も中々の切れ者‥‥
「道明寺屋さん、奥州との交易に縁があるとか?
義経さんが兵を挙げたのは御存知のことと思います。矢銭をお願いしたいのです」
商家の主人・石川末春の笑顔に、ほんの僅か真剣さが浮かぶ。
「江戸での商売ができるのは義経公や政宗公のおかげ。必要とあらば用意いたしますが、いかほどに?」
「それは‥‥」
返事に窮するジークリンデに、道明寺屋は本来の笑顔で優しく返した。
「私にも商人の面子というものがあります。
源氏の棟梁に軍資金をお渡しするのに50両、100両という訳にもいきますまい。
かといって、大金を右から左へ動かす訳にはいかないわけですが、そこでジークリンデ様にお願いがございます」
困惑の表情を見せるジークリンデ‥‥
「折りしも関八州では戦続き、米も不足気味でございます。
そこで遠国から米などを関八州へ運び込む商いを義経様に御許しいただきたく。
儲けの半分は義経様に矢銭として収めましょう。兵糧の都合も義経様の取り分から優先的に行わせていただきます。
事が上手く運ぶようならジークリンデ様にも御礼をいたしましょう‥‥」
道明寺屋から反対に提案された事案は、上手くいけば途方もない利益を生むものであると直感できた‥‥
こんなことを聞かされて、商売人の血が騒がない訳がない‥‥
実際に商売人同士の情報網でも関八州の米は不足気味‥‥
幸いにも、まだ値が釣りあがってはいないが、これから先、どうなるかはわからない。
それに、源義経にとっても経済基盤ができることは悪いことではない‥‥
「まずは手付けに金や馬を送りましょう。商いは後ほど」
「お話は承りました。それでは、また後日」
一度、心の整理をしなければ、まともな返事はできない。
そう感じたジークリンデは、フライングブルームで府中へと急いだ。
●黒崎の憂鬱‥‥
本当に源氏の義経殿が鬼軍平定に立たれたとあれば、これは皆にとっても他人事ではない。
噂に聞く奥州の鬼が押し寄せた時、武士同士の戦に忙しい者達が皆を守る保障はないのだから。
鬼達を相手に戦ったところで、領地が得られるわけでもなく、恩賞も知れているかもしれないが‥‥
真に民の為に戦おうとしている方が、どこに居られるか一目見ておいてはと、人々を誘った黒崎流(eb0833)であったが‥‥
「いやぁ、大丈夫かね。この軍は‥‥」
兵にならずとも、義経殿を見て好感を抱いてくれれば民衆の支持を得られると思い、脚を棒にしてみたのだが、実際には組織立ったものなど何もない。
本当に義経殿と佐藤兄弟の3騎のみで始めた軍で、食い扶持やらなんやら来た者たち自身で都合をつけている始末。
「このままじゃ、野盗の群れと変わらないよ‥‥」
色々と思うこともあるが、今は力を必要としている少年の志に寄り添うことが出来れば‥‥と決意して来たのだ。
日ノ本の乱れるに心を痛め、悪鬼と相対するに、本来ならば小難しい思惑など関係ない。
己は侍の端くれとして御助勢するために来たのだ。これしきのことで義経殿の志が潰れるなど以ての外。
内情を佐藤継信殿に確認すると、多額の身銭を切って軍資金に当てた。
「お主のような人材がいてくれるとありがたい。某たちは、どうもそういう方面に疎くてな」
「心配要りませんよ。ジークリンデ殿なども手伝ってくれますし、軍の勘定に筋道は付けておきます」
仁王のように義経の両脇を守っている顔からは想像もつかないほど破顔し、継信殿は照れを隠そうともしない。
集結した人員は、既に数百にも登ろうとしている‥‥
「天下を治められる器に成長してくれる事を期待しよう‥‥」
黒崎は義経殿との面会を思い出す‥‥
「自分は伊達家家臣・磯城弥魁厳と申します。仕える家は異なりまするが、鬼軍を倒すのは同じと罷り越しました」
喜連川の河童たちが那須藩での鬼退治に協力して貰えることなどを話すと、
「大儀。何よりの土産です」
と、義経殿は嬉しそうにしていたっけ‥‥
「伝手や縁があるわけでも御座いませんが、志に感銘を受けました。
この私でも貴方の力になれるというのならば、もう一度生き甲斐を見つけるために義経さんにお力添え致します」
というジークリンデ殿の口上には、商人からの書状が添えられ、何やら難しい顔をしていたな。
何の功もないから戦働きを見て家臣の末席にでも加えてほしいと謙遜するジークリンデ殿に、
「強力な炎の術を扱うとか。得がたい助力に感謝します」
などとも言っていたし、凄い人物なのか凄くないのか‥‥
「ふふっ、放っておく訳にはいかないだろう。やっぱり‥‥」
どうなるか予想もつかない楽しさに、思わず独り笑う黒崎であった‥‥
●進発
「我ら僧侶は、どの諸侯にも与さない中立の存在として魔物・乱によって苦しむ民に対して力を貸して参りました。
しかし、一揆や延暦寺という諸侯にも匹敵する武力を持つことが中立の意味を曖昧にし、
ジーザス会の布教や、京の事変、奥州の鬼、比叡山の鬼などにより、
我ら僧侶に対する期待と失望が、多くの民や諸侯に対し、中立であることを望まぬ流れが生まれているように感じます」
言葉を切る張に義経殿は、続けよとだけ。
「我ら僧侶は中立であるべき。それは変わらずですが、動かぬことだけでは、この危機を乗り切れません。
我ら僧侶は、民を苦しめる者から民を守り力を貸す事を示さなければなりません。
今や奥州の鬼は、諸侯の力では抑えきれず、その配下の鬼たちが流れ者となり、多くの民を生贄としています。
これ立ち向かうは、古(いにしえ)より国を守り、民を守ってきた我らのお役目と心得ています」
静かに頭を下げる張。
「如何にか、お力をお貸し下さい」
「武士は国の鎮護、僧籍は心の安寧。そなたと某(それがし)の目指す先に違いはあれど、元より行き先は同じ。
手を取り合わねばならない時局に拒む理由などありはしません。
これより府中を出発いたす! 動くことこそ肝要と心得たり!!」
「よ、義経公、まだ兵が集まって‥‥」
思わず声高になる陸堂を遮ったのは佐藤継信。
「御意!! 殿の志に打たれた者であれば、地の果てからでも馳せ参じましょう!!」
兄に続いて忠信も腰を上げた。
「御手並み拝見‥‥ そのために来たのではなかったのかな? 明士郎殿?」
重蔵は楽しそうに義経公を眺め、兜を手に将几を離れる。
「義経公が行くと言うなら、従うまで」
イリアス以下、伊達騎馬隊の武士たちは義経公の一翼を担うべく付き従う。
「是も非もないみたいね。色々と奔走していた冒険者が府中に辿り着いて驚かなければいいけど‥‥」
苦笑いして来迎寺たちは席を立った。
●進軍停止
府中を発した武力の塊が街道を押し進む。
ジークリンデの魔法により、天候にも恵まれ、意気揚々と軍は進む。
そんな中、七瀬は那須与一公の書状を携えて、源義経の陣を訪れた。
「義経さんが源氏の直系としての責務を果たす限り、那須藩も協力を惜しまないでしょう。
合流予定の那須軍には、那須藩からは薬草を、宇都宮藩からは糧米を持たせるとのこと。
また、この書状にお目を通し頂き、回答を頂きたく仰せつかっております」
軍を停め、近くの寺の堂に仮の本陣を張った源義経との面会を許された七瀬は、神妙な面持ちで御前に着いた。
『鬼軍討伐は私も望むことなれど、義経公の軍勢におかれましては、下野入国を御断り致す。
ついては、私と宇都宮公を交え、那須藩・喜連川にて会談を望み候』
「なぜ断るのです? 与一公は鬼軍に困っているのではないのですか?
そも、これは下野のことだけには留まらない。武蔵にも被害が出ているのですよ?」
義経公の動揺は、傍で見ていても明らか。
だが、那須与一公の一言は、冒険者たちにとって意外でもあり、また、得心のいくものであった。
(「まぁ、そうだろうな‥‥」)
陸堂自身、義経公が奥州の頚木から逃れられないのであれば仕官など以ての外と思う1人であるからには‥‥
「妖狐・阿紫による江戸の百鬼夜行、那須での悪鬼・岩嶽丸や大妖狐・九尾の狐の復活‥‥
そして、政宗公の江戸城攻略に合わせて行われた奥州勢の那須への乱入‥‥
それらにおいて奥州勢と鬼が係わっていたと那須藩では思われています。
奥州勢として姿を現した者を、義経公が与一公の立場ならば信じられましょうか?」
陸堂は自らの想いをぶちまける。
「無礼であろう!」
「待ちなされ。こんな状況だ。元より主義主張の異なる者たちが集まるのは必定。
伊達騎馬隊が参加して、明士郎殿が異を唱えたか? 彼の弁は、与一公の心中を代弁しただけに思えるが」
佐藤兄弟の怒気を孕んだ声を、年に似合わぬ覇気で制したのは重蔵。
「その通りなのですよ。現在も蘆名氏との戦の只中。
過去には奥州の忍者に藩内を荒らされたこともあるですし‥‥ 白河が奥州勢に取られたのも」
「今は無理でも、最終的に独自に起ち、勢力の枠組みを超えて関東に平和を齎す想いがありましょうか?
義経公に、そのお気持ちがないのならば、言を翻すようですが、自分は御味方することを望みません」
不躾で申し訳ないと言う陸堂に、佐藤兄弟が大きく溜め息をつく‥‥
(「神皇様も美少年にお育ちですが、どっこい凛々しい方ですよ〜〜♪ 味方になって、お願い♪」)
義経の返答次第では、七瀬の首はないのだが‥‥
「決して下野に押し入るのが我が本意ではありません。全ては関八州を脅かす鬼たちを討つため。
よって、下野との国境から距離を取って軍は停止させます」
「御意。泊地を探して参りまする」
佐藤継信は全軍に停止を指図するために堂外へ出てゆく。
「命拾いしたな」
「水穂のお願いが届いたですからね〜〜」
てへっと笑う七瀬に、黒崎は苦笑いするしかなかった。
●集う者たち
府中の喧騒に九竜鋼斗(ea2127)たち一行は驚く。
「俺は九竜鋼斗という。義経殿に挨拶したいのだが‥‥」
「それどこじゃねぇよ!!」
聞けば、義経軍は前日に下野へ向けて発ってしまったという‥‥
「どうなってんだ!? 九竜さん?」
折角、江戸市中や道場を回って、武家の部屋住みや浪人たちを連れてきたというに‥‥
「どうすると言ってもな。こりゃ、本格的に義経殿の独断かな? 伊達勢も知らんことだろうな‥‥」
「いや、町の者に聞いたのだが、進発した義経様の軍隊には伊達の騎馬隊が多く並んでいたと‥‥」
「では‥‥ あれは下野を攻めるための兵?」
「いやいや、源氏の棟梁が卑怯な真似などするものか?」
「しかし、江戸城で裏切ったではないか!」
「あ〜〜〜、もうわからん! 酒でも飲んで江戸に帰るぞ!!」
九竜の周りだけでなく、府中が大混乱に陥っていた。
「追いかけよう。江戸のため、いや関東のために義経殿に力を貸し、褒賞や仕官を夢見ようと誓ったのは嘘か?」
やるせない想いを乗せた九竜の言に、少しは気持ちがおさまったようだが、
「来いと言って2日や3日しか待たぬ。そんな、せっかちな奴に付いて行けるか」
そうまで言われて引き止める言葉を九竜は知らなかった。
「俺は追いかける。元より誰かの下に就く気はない‥‥ だが、冒険者としては協力を惜しまないつもりだったからな」
「兵も見ておらんのに、見切るのには性急だろう‥‥ 気は削がれたが、ここで帰るよりはマシってもんだ‥‥」
「そうだな‥‥ 別に江戸にいても暇にしていただけだしな‥‥」
一気に士気が衰えるのを感じたが、追いつきさえすれば士気も上がるかもしれない‥‥
(「義経殿、これがあなたの結論の結果なのか? 義経殿の成すべき事には共感するが‥‥」)
九竜たちは義経軍の後を追った。
なお、府中へ集まった者は2000近く‥‥
一国の軍に匹敵する数である。
ただし、来てみたが義経軍が既に進発していたことに落胆し、ある者は帰途につき、ある者は府中に居残り‥‥
府中から追いかけてきた者たちも下野に入れない状況と聞くや、呆れ、離散する者が多く出た。
さらには、あまりの兵の集結に兵糧の調達が間に合わず、逃げ出した者もいる。
人数を考えれば手柄を立てる機会があるのかどうか、褒賞は確実なのか?
結局、下野国を前に義経に残ったのは300の兵。
それでも大部隊ではあるのだが‥‥
いつでも空中分解しかねない強大な武力集団が何をもたらすのか‥‥
それはまた、後の話‥‥