●リプレイ本文
●少女の死‥‥
「‥‥ 待っててね‥‥ 君の死は絶対に無駄にしないから」
天乃雷慎(ea2989)は、位牌の前で手を合わせた。
そのとき、後ろで怒鳴り声が響く。
「確かに娘が死んだ原因を知りたいと言ったけど‥‥ 墓を暴いてほしいなんて頼んだ覚えはない!!」
涙を拭きもせず、髪を振り乱して丙鞘継(ea2495)の着物の袖にすがる母親を前に、大神総一郎(ea1636)はそれ以上の言葉をかけることはできなかった。
『墓を‥‥掘り返していいか?』と言いはしたが、丙はそんなつもりで言ったのではなかった。
ただ‥‥、遺体を詳しく調べれば事件の真相に近づけると‥‥
「帰って!!」
母親の言葉が胸に刺さる。
胸や背中を叩かれる痛みより、そちらの方が格段に痛かった。
「そんなつもりは‥‥」
もはや母親に彼らの言葉など聞く耳はなかった。
「‥‥‥‥」
3人は戸口から押し出され、家の奥からはすすり泣く声が聞こえる。
結局、母親からは何も聞きだせずに家を後にするしかなかった。
彼らがその場を後にすると、家の前には娘が世話していたのであろう、花畑が広がっていた。
その美しさが、妙に心にしみた。
「かわいそうになぁ‥‥
確かに魔物が出たりして時には死人が出ることもある。
でも、あんな苦しそうな顔で死んどるのに出会ったことはないわい」
不審な死に方をした者がいるとの知らせを受けて駆けつけた役人もそのときの様子を思い出すと、表情を曇らせた。
あまり話したくない様子であったが、彼女の死の真相を突き止めるためと言われれ、溜め息をまじえながらそのときの様子を少しずつ語り始めた。
「殴られたり、斬られたりした傷はなかったな」
それでも役人から得られた情報で有用なものはこれくらい‥‥
「この辺りに今度みたいなことが起きた伝承は残ってないの?」
「聞いたことがないのぅ」
長老でさえ天乃の疑問に心当たりがないのでは、これ以上確かめようがない。
「お医者様やお坊さんは‥‥?」
死んだ者は坊主の領分‥‥と死者を医者に見せる風習などないし、坊主にも経を唱える以外に死者にしてやれることはなかったと‥‥
結局、葬儀に参加した村人たちからそのときの様子を聞くしかなかった。
「親孝行な娘さんでね‥‥
1日中、野山を歩き回って薬草を集めたり、近くの庄屋さんが綺麗な花を買ってくれるってんで採ってきた物を植え替えて増やしたりな‥‥
働き者じゃったし、器量も気立ても良かったからのぅ‥‥ 不憫じゃあ」
「そうじゃ‥‥」
「かわいそうにのう」
「残された母親も不憫じゃ」
村人たちの胸の中も、まだ悲しみで一杯の様である。
さて‥‥、崖から落ちたので、痣や擦り傷はあったという。もっとも死に装束の下はわからないという話だが‥‥
「そんなに高い崖じゃなかったし、下は砂浜だったから骨は折れとらんかったぞ」
鷹波穂狼(ea4141)と琴宮茜(ea2722)の聞き込みによると、彼女の第1発見者である漁師はそう言っていた。
ということは、第3者による傷で死んだのではないということだろう。
しかし、娘の遺体を直接調べられない以上、これ以上何かわかる訳ではなかった。
「死者を辱めるようなつもりはなかったと‥‥ 亡くなった娘の母御に伝えてください」
「何の話じゃ?」
「そう伝えればわかりますので‥‥」
一行は現場へ向かうことにした。
●事件現場
詳しい場所が分かっていただけに、その場所を見つけるのは容易だった。険しい道のりの先にあるということ以外は。
(「こういう時、一番疑うべきは第1発見者だが、話を聞いてる限りじゃそりゃねーだろ」)
村は悲しみに沈んでいた。彼らが何かしたとは信じられなかったし、魔物の可能性だって残っている。本当に事故で崖から落ちたのかもしれない。
漁師と話をした鷹波は、話に聞いた事件の様子を思い浮かべたが、どうも漁師が犯人であるとは思えなかった。
「魔物でもないようだし、鳥や動物たちも普通にすごしているような感じだしなぁ‥‥
漂流者もないってことだから余所(よそ)から持ち込まれたものでもないようだし‥‥」
木賊真崎(ea3988)の疑問も解消されないまま‥‥
そうこうしているうちに問題の崖の上にやってきた。
さほど広い場所ではなかったので、足元の確認と警戒を兼ねて木賊はプラントコントロールをかけたが、例の深緑色の土饅頭以外に特に気になる物はなかった。
半ば抜けている以外は‥‥
遅れて少女が息を切らせて岩場を上りきる。
「およ、この花、綺麗です。珍しい花を発見出来て収穫ですねー」
七瀬水穂(ea3744)はニヤリと花を見つめている。さっきまでの疲れなど吹き飛んだようである。
「人参果ですー。
苦しそうな表情で死んでるとか、すごい叫び声が聞こえたとか聞いてたしー、もしかしたらと思ってたけどホントでしたー。
引っこ抜けば売れますねー。もちろん試してみるです」
人参果‥‥ 異国ではマンドラゴラと呼ばれる希少な薬草である。
人参果を煎じた薬は止血・安息・与活・湿布・解毒の全ての薬草の効果を同時に得ることができると言われ、その効用から万病に効く薬の材料として有名な薬草として高価で取引されている。
しかし、地面から引き抜いた時に死と麻痺の咆哮をあげるために、その採取には細心の注意が必要だった。
希少な物とはいえ、薬屋として植物知識に長けた七瀬にとっては比較的メジャーな物だったようだ。
「これはあちこちに生えてるものなのか?」
「そんなに生えてたら高価な薬にはならないよー。
探してみないと分からないけど、この辺にはもー無いはずだよ」
大神の中でも事件が1本の線で繋がった。それは他の仲間の頭の中でも同じである。
7騎が江戸への街道をひた走る。徒歩なら半日の距離も、馬を飛ばせばそう時間はかからない。
依頼参加者全員が馬を所持していた事が、彼らの機動力を上げていた。
「ギルドの紹介状だ‥‥」
人参果という危険な薬草が絡んでいるとなれば、ギルドも協力を惜しまないというわけだ。
「少々お待ちを」
丙がそれを渡すと薬師姿の若者は屋敷の奥へと下がっていった。変わるように別の薬師が現れ、人数分のお茶を出して下がった。
「先生がお会いになるそうです」
程なく若者が帰ってきて一行を奥へと誘(いざな)った。
「なるほど、人参果に間違いない」
事情を聞き、植物の特徴を伝えると、ただそれだけ返ってきた。
「抜けている知識はありませんか?」
詳細な話を聞きたいと来たのにそれはないだろうと七瀬が質問をぶつける。
「例が少ないゆえ、情報が定まらぬのも仕方なきことなのだ。
その咆哮は近ければ効果を増し、遠ければ聞こえても何ということはないということだが、定かかどうか‥‥
他にも眉に唾を塗るとか、親指を隠すとか確かなものとは信じられぬ書物もあるからな」
先生と呼ばれた男は何冊かの本を並べ、人参果の項を広げた。へそを隠す、3回まわってワンと鳴く、胡散臭いものばかり。
ともかく一行は、一番現実味のある耳栓をすることにした。
●抜くの? 当然!
「耳栓はしましたか?」
琴宮茜(ea2722)の呼びかけに丙が頷く。
「聞こえてるじゃないですか。ちゃんとしないと危ないですよ」
丙が何か言っているが、琴宮には聞き取れない。
丙が耳栓をしなおすのを確認すると、琴宮が手振りで指示を出していく。
(「何も起きないですね」)
しっかり耳栓をした鷹波が人参果にアイスコフィンを試すが何も起こらない。暑気で氷がどんどん融けていく。
鷹波が慎重に縄を結び始めた。漁師が発見したときの距離には遠く及ばないが、それは仕方ない。
一方、天乃は十分に離れると、こっちは大丈夫と合図を出した。
(「耳栓もしたし、離れてるから大丈夫だよね‥‥」)
ついでに眉に唾をつけ、親指とへそを隠し、3回まわって何か言っている。
未知の物に対する恐怖に加え、危険なものだと分かっているだけに慎重になっている。だが、冒険者としては当然の行動だった。
「それでは『大自然に感謝、村人は安心、私達の懐はほっかほか大作戦』の開始ですー」
七瀬は叫んでいるが、仲間に聞こえようもなく‥‥
しかし、七瀬が大きく腕を振ると、結びつけた縄を鷹波たちが縄を引き始めた。
真っ先に縄を引こうかと申し出たときには『漢(おとこ)だな‥‥ 鷹波』などと驚いたが、自分も参加しているあたり木賊もかなりの挑戦者である。
「ギィィヤァァァァアア!!」
耳栓をしていても絶叫がわずかに冒険者たちに響いてくる。だが、倒れるものがいないところを見ると、どうやら耳栓の効果はあったようだ。
(「少女よ、安らかに眠れ‥‥」)
少女の鎮魂のために奏する大神の笛も、その絶叫をかき消すことはできない。
七瀬は、歌って踊って鷹波と木賊を応援している。
人参果を引き抜くと絶叫はすぐに収まった。
「以外に簡単だったね」
七瀬が正直な気持ちを口にする。
「うまくいき過ぎただけな気もするけど‥‥」
「私もそう思う」
天乃と琴宮はあくまで慎重だ。
●ことの真相
どうしてそこに生えていたのかは分からないが、人参果という危険だが大変効用のある薬草が生えていたこと。
その人参果を抜こうとして娘はその絶叫を聞き、死に至って崖から転落したこと。
村の周囲に魔物が棲みついた気配はないこと。
などなど、順序立てて事件の経緯を村人に説明し、当面の危険は去ったことを告げると、少しだけ村に活気が戻ってきた。
「とりあえず、事件は解決ですー」
人参果を売ったお金の一部を母親の元に送り、残りを山分けにして冒険者たちは日々の生活に戻っていった。