【毛州三国志・源徳大遠征】源徳秀康、出陣
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■ショートシナリオ
担当:シーダ
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 55 C
参加人数:3人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月15日〜09月20日
リプレイ公開日:2009年09月27日
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●オープニング
●進発の行方
「俺の手で戦に決着をつける! 全軍出撃だ!!」
「秀康様、2000もの兵を連れてゆかれては、藩内の守りが覚束なくなりまする!!」
宗教を束ねる主君・宇都宮成綱の代わりに食いつく那須頼資であったが、結城秀康は取り付く島もない。
「兵をチマチマと動かしておる場合ではないわ! 宇都宮藩の軍権は、我にあるのだ。問答無用!」
赤頭鬼軍との戦いで東国一の弓取りと謳われた宇都宮朝綱公が倒れ、内乱の危機も囁かれた宇都宮藩。
八溝山での赤頭軍との決戦と叫ばれた、直近の大戦でも宇都宮軍が最前線に出てくることはなかった。
朝綱公が倒れ、藩内の引き締めが必要である。
また、上州や武州の騒乱に睨みを利かせるために、元気な軍勢が必要な場所に駐留している必要がある。
八溝山決戦の補給と後詰めのために安定した後方拠点が必要である。
それらは全て真実である。
かれこれ5年も表立った動きを見せていない宇都宮藩であれば、重い腰を上げると思っている者は、そういない。
いや、殆んどいないと言って良いのかもしれない。
その証拠に、出陣した者たちも兵の多さに驚いていた。
「いやぁ〜〜〜、すげぇもんだ、秀康様も。これだけの兵は、そうそう見られねぇぞ」
「でもさぁ、一気に那須の鬼を一掃できれば、度々出陣することもなるなるんだし、いいんじゃね?」
「なぁ、おかしくねぇか? 何で矢板に向かわねぇんだ?」
そうだよな‥‥と言っているのは足軽たちだけではない。
●秀康、起つ!
宇都宮兵たちの疑問が決定的になったのは、出陣してしばらく後のこと‥‥
「このまま南下して小山祇園城に布陣! 軍勢を集結後、父上、すなわち源徳家康公に御味方いたす!」
言葉を失った者、歓喜の声をあげる者、反応は様々だったが、大将の一声に身を引き締めた。
「結城朝光、結城朝康、宇都宮朝康、結城秀康‥‥ これらの名は、どれも我が人生の証たる大切な名である!
だが、兄上が廃嫡された今、年長の俺が源徳の次代を背負って立つ心意気がある! 今こそ、この名を名乗ろう!!」
訓辞を受ける2000の兵は、ごくりと息を呑む。
「『 源徳 秀康 』として、関東の戦の幕引きをする! よいなっ!!」
冒険者や他国の者には与一公や蒼天十矢隊の方が知名度が高いかもしれない。
だが、彼らが活躍できる場を整えていたのは、結城朝光。すなわち、この源徳秀康である。
近隣の武将なら一目置く存在として知らぬ者はいない彼が2000の兵を率いて表舞台に出てきたのである。
関東の戦は、一体どうなってしまうのか‥‥
赤頭軍の残党狩りは、一体どうなってしまうのか‥‥
ともあれ、前藩公の時代から訓練を欠かさず軍勢の練度で遅れは取らず、数年来の戦乱に直接参戦することもなく英気も十分。
しかも、冒険者ギルド那須支局の目付けを勤めていた人物であり、冒険者たちの装備や魔法合戦や騎獣などにも造詣は深い。
体験ではないが、冒険者ギルドの報告書を取り寄せて読むことができる立場にあるのは大きいといえる。
ポッと出の若者でも、頑固な古強者でもない、この人物の決断に2000の兵が興味を持ったとしても不思議ではなかろう。
尤も、常に蚊帳の外であった宇都宮勢力が何を起こすのか‥‥
それは、後の歴史が語ることになる‥‥
まぁ、冒険者が、その生き証人になろうことは、時代の要請であろうか‥‥
※ 関連情報 ※
■宇都宮■
秀康軍は2000(宇都宮武士300、足軽1200、日光僧兵100、武辺者&忍者&冒険者400)
大将は結城秀康。
【宇都宮藩】
下野国(関東北部・栃木県の辺り)の南半分において各国への分岐点ともいえる交通の要衝にある藩。
下野国一の大都市、宇都宮を中心とする。
【宇都宮朝綱】
宇都宮藩の前藩主であり、勇将として名を馳せた人物。
東国一の弓取りとも謳われた人物で、軍事・政治・宗教など、様々な面で各国の介入を許さなかった大人物。
赤頭鬼軍の牛頭鬼隊との決戦において戦死。
【結城秀康】
宇都宮藩主。
白河結城氏当主、ギルド那須支局目付、那須藩矢板川崎城城主など、様々な経歴を重ねてきた武将。
宇都宮前藩主・宇都宮朝綱を養父に、実父の源徳家康を烏帽子親に持つ。
冒険者の活躍で内乱を避けることとなり、宇都宮藩は成綱と共同統治するという形式を認める代わりに軍事の実権を握る。
此度の出陣に当たり、『源徳秀康』を名乗って源徳後継者レースへの参戦を宣言した。
いまだ那須藩士であり、矢板川崎城の城主という立場はあるのだが‥‥
【宇都宮成綱】
宇都宮大明神座主にして、日光山別当職。
結城秀康と宇都宮藩を共同統治するため、前藩主である父親の宗教権勢を継承した。武芸よりは芸術に才能を発揮する。
【那須頼資】
宇都宮成綱の後見人。
下野国主・那須与一公の兄であり、幼くして宇都宮朝綱の養子に出され、宇都宮藩士として重職にある。
結城秀康の従兄弟。
■小山祇園城
小山祇園城兵250(武士70、足軽120、その他60)
秀康の久しぶりの来訪を歓迎した小山祇園城であったが、2000もの兵の進駐には代官・小山宗政も戸惑いを隠せない。
【小山祇園城】
下野国南部にある街道沿いの要衝であり、那須宿老・小山朝政の領地。
結城秀康にとっては白河結城家へ婿入りするまで、幼少時代を養子としてすごした故郷である。
【小山宗政】
那須宿老・小山朝政の弟であり、宇都宮藩主・結城秀康の兄。
小山領の代官であり、小山祇園城の城代。
●リプレイ本文
●抑えられていた執念
鬼軍を壊滅させた以上、源徳側軍への参戦は喜びこそすれ、嫌がる理由はない。
カイ・ローン(ea3054)は、その旨を言い切った。
ほぅ‥‥
源徳秀康は、カイの言葉に驚きを見せつつも、らしいと声にも表情にも出さず笑う。
「赤頭軍を壊滅できなかった、この時期に‥‥と恨み言の一つも聞かされるかと思っていたが‥‥
それに、宇都宮が江戸攻略戦に動けば、赤頭軍の残党狩りを行う那須の補給任務は確実に重くなるぞ」
「それでも、この時期に2000の兵が江戸城奪還に参戦する意味は大きいでしょう。
そもそも新田や伊達のやり方は解せなかったですから‥‥」
「ありがたいと」
「そういうことです。赤頭の残党に関しては、俺の方でも八溝城主の陸堂殿の協力を仰いでみるつもりです」
カイは蒼天十矢隊の一員として活躍し、那須に対して高い功績を誇る。
無理難題を進言してくるが、それは那須のため。
多くの者が悩み、実行できずにいるようなことに、ズバッと斬りこんでくることも珍しくはない。
そして、いかに却下され、黙殺されても、めげずに信念を貫こうとする姿勢は、源徳秀康も評価するところだ。
「一言、よろしいでしょうか」
「何か?」
秀康は静かに答える。
「敵たる伊達は房総と遠く、江戸奪還の絶好の機会。ただ、江戸は今や朝廷の領にあり、源義経殿とは共闘しています。
江戸攻めと言っても、突然の決定に臣下は心情的に、いまだ割り切れていないのでは?」
秀康は、ふむと一言うなずく。
「確かに。だが、お主の言うように好機。機を失えば、即ち失す。兵を動かすに、これ以上の機会はあるまい」
「なら、関東動乱の発端となった新田を攻めては、どうでしょう?
本拠地を攻められれば、房総にある新田も動揺しましょう。
秀康殿も、ただ江戸へ向かうより源徳家康殿の援護にもなるでしょうし」
「そのとおり。華の乱の元凶である新田を叩けば、源徳陣営への支援になるわ。
華国妖怪との繋がりも噂される藩よ。野放しにして関東に平和が来るとは思えない」
同席していたアイーダ・ノースフィールド(ea6264)が、すかさず同意する。
だが、秀康は答えを返さない。
「‥‥」
カイとアイーダが肩透かしを食らったように面食らっていると、秀康は「それで?」と一言‥‥
「頭にきませんか? 毛州が親源徳なのに、新田は多数の兵を派遣していて守りは薄くしているのですよ。
これは関東の乱が治まるまで、毛州が鬼軍を壊滅できないと思われていた。ということですよ」
「新田義貞には頭にくるが、無謀な男でも、無能な武将でもない。勝算もなしに兵を挙げるとは思えない」
熱く語るカイやアイーダと比べて、秀康には温度差が感じられる。
「秀康殿、新田の主戦力が国外へ出ている今だからこそ、本国を攻める意味があるのです」
「お許しさえ頂ければ、私も先行するつもりよ。
もし、太田の上州連合が新田に敗北して金山城を明け渡した場合、挟撃される危険もある。
こちらと連携させないために、既に新田が太田に攻め込んでいる可能性もあるわ。
せめて、偵察は必要ではないかしら?」
乗り気でないと感じたのか、アイーダは畳み掛ける。
「上州連合の由良具滋とは面識があるから、由良が健在なら、秀康様からの書状を渡すこともできるわ。
新田が上州連合を攻めるなら、秀康軍が新田の背後を突くこともできるし」
留守居の新田軍が上州国内で動きを見せたという情報は得られていない。
「良かろう。兵200で上州の強行偵察してもらおう。後詰めに100をつける。アイーダ、まずは戦況を確認してくれ」
「よし、それなら俺も同行するよ。妖怪が出てくるなら、手練は1人でも多い方がいい」
「待て。カイは500の兵と共に、この書状を手に北武蔵の武士たちを訪ねてほしい」
「え? それでは、房総と上州の新田で二正面どころか、江戸も加えて三方に敵を抱える可能性がありますっ」
「だが、川崎へ進出した源徳軍と連携せねば、戦力的に新田と伊達を相手にはできまい。ましてや上州へ兵を割けば尚更」
房総の新田や伊達を一編に相手しなければならなくなれば、戦力不足は我が方と秀康は単純な算数で説明する。
簡単に単純にいかないのが戦というものだが、局面が極まれば単純な道理が最も強いのも事実‥‥
「新田や伊達の本隊を足止めして家康様に江戸城を落としてもらい、機があるなら江戸になだれ込むのが最善では?」
「小田原の戦いなど見る限り、江戸城を巡る戦いで親父殿が一歩も引かぬは確かであろう。
だが、父上が率いるは遠旅の軍。まして、下した軍勢で水増ししたもの。いかに父上といえど、手抜れば酷い目に遭う。
そのとき、本当に味方足り得るのは、俺や八王子の長千代の源徳一門の軍勢。
だからこそ、遊兵にだけはならぬよう、手筈は整えておく。そのために2人とも力を貸してくれ」
カイとアイーダが了解の意を示したのは、少し考えてからのこと。
秀康の下知で総勢800の兵の出撃が命じられた。
さて‥‥
先遣隊の陣容が整うまでの寸暇、秀康は、機会を見つけては、カイとアイーダらと話した。
「源義経殿とは、どのように付き合われるつもりです?」
「義経が、どうするかによって変わってこよう。今、どうすると断言はできないな」
「というと?」
「義経が源氏の棟梁を名乗るなら、俺は義経の敵だ。俺にとって源氏の棟梁は、親父殿、源徳家康公に他ならないからな。
尤も、親父殿が、それを許すというなら別だが、江戸城を追い落とされた元凶の1人を、そうそう簡単には許すまい」
「難しい問題ですわ‥‥」
「何が難しいものか。悪名高い奥州の傀儡が何とする! 源徳に味方して新田や伊達を抑えてみせれば、少しは違かろうが」
「しかし、義経殿の人と形は信用できる気がします。いずれ話し合いの場を」
他の話題にしてくれ‥‥
秀康は、場を変えると新しい酒を用意させたが、これもまた剣呑に‥‥
「家康殿は朝廷の説得に応じないというが、これは西の民を見殺しにするわけではないですか?」
「カイ、これまでの付き合いがあるから許す。だが、言わせてもらうぞ‥‥
西の民に気を払えだと? 今、関東一円に戦乱の難民が溢れている状態でか?
もちろん日本の平安は大事だが、俺は生まれ育った関東の民が悲鳴を上げているのを放置しては置けぬ。
それにだ。そもそも親父殿の摂政の任を解いたのは朝廷だぞ?
親父殿は国政には必要ないと断じた責任を取り、父上の名誉を回復してからの頼みではないのか? それは」
珍しく秀康が眉を顰めていると、伝令から出撃準備が整った旨の報告があった。
「カイ、アイーダ。両名の武運を祈る」
2人に出撃命令を下して退出を見届けると、秀康は大刀を手に新陰流の型を始めた。
●偉大な父たち
荒々しくも確かな太刀筋が、小山祇園城の一角で空を切っている。
「未熟だな。俺は‥‥」
汗を飛ばしながら、鋭い突きが幻の敵に止めを刺した。
「アルスダルト、御目見えを許したのは、黙って見ていていいということではないのだが?」
着物を脱ぎ捨てると、小姓が手拭いと替えの着物を差し出す。
「彼らには彼らの考えがありますからな。あれはあれで良い。
ただ、どちらかと言えば、ワシの意見の前に秀康殿個人の意向を聞いておきたい。
つまり、その目が、今現在、何処へ向いておるのか知りたいと思うての」
「そういえば貴殿のような者もいましたね。冒険者には‥‥」
縁側に座る秀康は、アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)に苦笑いを一瞬見せた。
2人で茶を飲みながら他愛もない世間話を続けるうち、秀康は吐き出すように言葉を搾り出し始める。
「江戸の父上が関東を纏め、宇都宮の父上が北方への重石となって‥‥
そして、武将として育ててくれた与一公を俺が支えて白河を押さえれば、東国の平安は成ると思っていました。
それがどうです? 家康公は朝敵とされ、朝綱公は戦場に散り、俺は奥州連合に蹴散らされて白河を奪われてしまった‥‥」
アルスダルトが茶を啜りながら小さく息継ぎして視線だけを隣に向けると、秀康は一気に茶を飲み干していた。
「それが崩れてしまった以上、別の方法を考えねばいけないでしょう。
父上の挙兵にも我慢に我慢を重ねて兵を蓄えてきたのは、確実に江戸城を奪還するためです。
それに宇都宮と上州を同時に確保するだけの兵力がない以上、我が軍だけで上州を切り取ることはありえません‥‥」
言葉を詰まらせた秀康に、アルスダルトは「飲み込むでないわ、若者よ」と顔を綻ばせた。
「我が軍と同じく全軍で遠征しているならば、僅かな兵以外は女子供と老人しか残っていません。それと戦うのは獣と同じ。
ただ、カイやアイーダにも話しましたが、新田義貞は無謀でも無能でもありません。これまでの戦いが証明しています。
相手は上州一国ですから、恐らく1000や1500は国内に残しているでしょう。
だからこそ、半国の我が宇都宮藩は乾坤一擲です。
無謀な賭けですが、父上の決断を歴史に残る愚行にしないには、これしかありません」
「わかっていて、なぜ、あの2人を行かせた?」
「こちらが上州を狙っていると見せることには意味があります。本気で討ち入れば、上州は相当の出血を伴いますから。
その一方で江戸への増援の動きも見せていれば、隙を突こうと我らを狙ってきます。
仮に新田や伊達が宇都宮に向かうのであれば、江戸を先に落とします。
それに、宇都宮が狙われれば、必ずや与一公の那須軍が動きましょう。
加えるなら、義経公が義憤で宇都宮を救援すれば、それこそ敵に勝ちはありますまい。これは当てというより、希望ですが」
「言っておることが矛盾しておるように聞えたがな?」
「宇都宮が奪われたら、後日、奪還します。
それで宇都宮の兄弟が討ち死にしたなら、宇都宮の守護神として日光権現に祭りましょう。
そういう犠牲は覚悟の挙兵ですし、女子供や老人を殺す汚名を負うのは敵です」
「茨の道だの」
承知の上‥‥と、アルスダルトに秀康は微笑んだ。
「それに、上州を傘下に収めるには新田義貞を討てば良いだけのこと」
「上州には、あの真田がおることを忘れんようにの。全くもって厄介な相手ぢゃて」
「真田が新田に取って代わるのであれば、それでも良いと思っています。
相手が老練な策略家であれば、味方へ引き込む術は必ずありますよ」
アルスダルトの「真田に上州支配でも安堵するかの?」という冗談に、秀康は思わず破顔する。
まぁ、数郡なら親父殿に掛け合いますが‥‥と、秀康は冗談で返しながら話を続ける。
「江戸は源徳が押さえます。乱を起こした者たちの言う親父殿の失政など言いがかりなのですから。
まずは、俺ら兄弟の治める宇都宮、八王子、水戸を御三家とし、父上の治める江戸とで関東源徳の磐石な地盤とします。
そのうえで、三河から関東までの東海道を勢力下に置く鎮東府を開くのが俺の思い描く最初の絵図です」
「大きく出たの。だが、西国や京はどうするのかの? お主の言い分はわかったが、放置はできんのではないかな?」
「そうですね。でも、京の都が陥落するのであれば、それは神皇陛下の側近の落ち度です。
摂政にあった源徳など朝敵だと、味方ではないなどとという者を助けてやる義理などありません。
今更助けろ、争っている場合ではないなどと、全く虫のいい話です。
ただ、月道は江戸にも通じています。京の危機が関東へ波及するのは避けなければなりません。
だとすれば、江戸を押さえて関東に源徳勢力圏を安定させるのが肝心です。
いざとなれば神皇陛下にお移り頂き、江戸を東京として西京を橋頭堡に反撃すればいいのです」
「西国は荒れるな」
「東国を荒らしたのは彼らです。こうなった責任は彼らにあります。
まぁ、それも江戸城を源徳の手に奪還していなければ絵空事。
宇都宮も上州も、新田の首も伊達の首も二の次です。だからこそ、江戸城を落とすことこそ肝心」
さっきまでの苛立った表情は抜け、晴れやかに、秀康は大きく全ての息を吐き出した。
「取り得る道は、三通りかの」
各方面からの情報を絡めた上でアルスダルトは、語り始める。
「まずは、お主の意に沿わぬようぢゃが、上州攻めだの。
新田の大将は無能ではないかも知れぬが、足軽たちは民ぢゃ。攻めれば必ず動揺しよう。
攻め落とすには上杉と北信濃への対策を講じる必要があるし、江戸城攻めには加われまいが」
「ですね。それに、上州は耐え切ると踏んで新田が武蔵へ軍を進めた場合、江戸城攻略が難しくなります」
確かに‥‥アルスダルトは頷くと、話を進める。
「次に武蔵を一気に南下する手ぢゃ。
日和見をしておる北武蔵の武士に圧力を掛ければ、伊達の兵力補充を抑えることができそうぢゃのう。
ただ、最短の道を行くなら岩槻城は落とさねばならぬぢゃろうな。
敵に強力な術士がいたらば落城にも刻がかかり、結果、上州と北武蔵連合軍に後背を突かれかねん。
極めて迅速な行軍が求められ、躓くと補給線と退路を断たれるが‥‥」
思い至り、アルスダルトはニヤリと笑う。
「それでカイを行かせたか」
「えぇ。筆まめな親父殿に倣って書状を認めました。
源徳に帰順するなら歓迎する。過去の恩を忘れて歯向かうなら2000の兵で叩き潰す‥‥と」
「しかし、カイ殿の性格からすると、きつい仕事ではないか?」
「むしろ、彼の名声や評判が武器になりましょう。どちらかと言えば、それに期待しています」
「ふむ、下ってくれれば苦労はないか‥‥ ならば、第三の手ほどきは必要なかろうな」
「川越の源徳軍との連携‥‥ですね」
その通りと頷く。
「江戸城を挟み撃ちできるのは大きい。
だが、刻をかければ江戸攻めに加われないばかりか、足止めを食らえば遊兵と化す恐れがある。
上州の動きにも気をつけねばならんが‥‥ これに関しては、お主の気持ちは固まっておるのぢゃったな」
「えぇ、江戸城を落とします。余裕があれば色々と手を打ちますが、最悪、それ以外はいりませんよ」
アルスダルトは「なら、話は早い」と続けた。
「房総の新田軍と伊達軍の動きに合わせて江戸城への進軍を許さないことぢゃな。
川越の兵と連動するために北武蔵の兵を飲み込みながら岩槻城を落とせれば、まずは重畳というところか。
まだまだ抜けておる部分はありそうぢゃが‥‥」
「たしかに、大所高所から戦を見れば憂慮すべき部分はありますね。実際には、あれもこれもとはいきませんが‥‥」
2人は充実した時間を過ごし、席を立つことにした。
「有意義な時間でした。アルスダルト殿には是非にも家臣団に加わってほしいところ」
「ワシの役目は問題点の洗い出しと状況の整理ぢゃと思うておる。よって、決めるのは、秀康殿、お主ぢゃよ」
「そのつもりです。その上で、貴殿には参謀をお願いしたい。考えておいてください」
それから数日、何度となくアルスダルトと秀康は会合したという‥‥
●上州の反応
アイーダ隊200は、防衛体勢を確かめようと強行偵察すべく、あるいは金山城へ繋ぎをつけるべく、上州へ入った。
背後には源徳秀康軍2000あるとわかっているだけに、中途で無謀な喧嘩を仕掛けてくる者はいなかった。
拍子抜けだが、それも上州に入るまでのこと。
「敵兵およそ300、布陣して待ち構えています」
足軽の報告に、アイーダは布陣を命じた。
敵の情報を得るためには、一戦交えなければ始まらない。
「真田の動きが見えないのが、逆に不気味ね‥‥」
新田攻めに際しては、忍軍を抱える真田家を優先して叩くべし‥‥と危険性を力説していただけに拍子抜けは否めない。
ただ、この300の敵兵を何とみるか‥‥
迎撃に割ける兵力が300しかないのならば、秀康軍2000で討ち入れば上州は容易に落とせる。
だが、壊滅させずとも追い返すには300で十分と派兵されたならば、敵の偵察能力の高さを裏付けるものとなろう。
いやいや、もしや、真田の謀反を警戒して国境には多くの兵を割けないのかも‥‥
考え出せばキリがない。
「一度は当たらなければ始まらないわね‥‥」
アイーダは、対陣する間に、太田金山城への使者を強行させることにした。
「2番隊を5番隊の救援に向かわせなさい。それで、金山城はどうでした?」
合戦の小競り合いの合間に帰還した使者によると、まずは上州連合は無事とのこと。
秀康軍との連携についても興味があるので話し合いを持ちたいという返答だった。
「ただ‥‥」
「ただ?」
「秀康軍が上州へ向けて動きを見せたことで、新田軍は金山城へ兵を差し向けました。
新田軍の攻めは本気ではないようですが、上州連合は救援を要請すると」
これをどう判断すべきなのか?
金山城の兵が秀康軍を支援できないよう足止めに派兵したのか‥‥
だが、アイーダ隊と弓矢を交えている新田軍の回復力は高い。
眼前の300だけでなく、後方に参戦していない軍勢がいることを示していた。
それに、金山城が攻められたという事実から、他方面へも兵を割けるだけの余力があるのも間違いない。
「アイーダ殿、後詰めの投入時期ではありますまいか?」
宇都宮の武士が進言する。
「5番隊を救出。隊士1名が討ち死に。5番隊の足軽は半数が戻りません」
たしかに、これ以上の出血は部隊に深刻な傷を残す。
退き時ではある‥‥
「本陣の糧食を解放します。防備を固め、携行糧食以外は食べてしまって結構。
後詰めに合流するまで補給はないものと心得て英気を養うように。
撤退のために、一当て、いきますよ。奮戦を期待します!!」
アイーダの命に武将たちが活発に動き出す。
「おぅ、ひと暴れしてやる! 宇都宮軍の底力を見せるときだぞ!!」
ジリジリした戦いでストレスがたまっていたのだろう、荷物をまとめ、補給物資の整理を始めるのの速いこと。
「意外に敵が手強いわ‥‥ 生半可な戦力では、上州は切り崩せそうにないわね‥‥」
後詰めの撤退準備が整った旨、伝令を受け取るとアイーダは前線に出て攻撃を始めた。
最も疲労の少ない本陣で殿を務めるためだ。
「赤羽の弓騎士、アイーダ・ノースフィールドよ。死にたい者は掛かってきなさい!!」
「生意気な異国人め!! 討ち取って宇都宮の小僧に首級を送りつけ‥‥」
びょう‥‥ ばばりぃ‥‥
稲妻を引く矢に、言葉の多い侍の首が折れ、落馬した武者が足軽によって運ばれてゆく。
「名乗りを上げる暇くらいあげるわ。でも、御喋りするなら、矢が届くまでにすることね」
「くそっ、あの女を黙らせろ! 一斉に掛かれば騎馬弓兵など恐れるに足ら‥‥ん!!」
ダブルシューティング、クイックシューティング、シューティングポイントアタック‥‥
まさに矢継ぎ早の連射に新田兵は撃ち減らされてゆく‥‥
「これなら打ち破れます! 撤退ではなく、攻撃の下知を!!」
「駄目よ! 任務は強行偵察です。余力のあるうちに撤退しなければ、意味がありません!!」
近場の敵を蹴散らして追撃を警戒しながら軍を退くアイーダ隊。
敵が深追いをしてこなかったため、ほとんど被害らしい被害は受けずに後詰めと合流することができた。
「見事な腕前。感服しましたぞ。あの那須兵でも、隊長ほどの弓の名手はおりますまい」
まぁ、今回は褒賞に矢弾の補充があったからいいようなものの、そうでなければ赤字間違いなしなのは笑い話である‥‥
●那須補給線
今から赤頭軍の殲滅に掛かろうとしていた那須軍と義経軍の包囲は、補給の停滞から緩んでしまった‥‥
宇都宮経由で送られていた物資を、喜連川経由としなければならなかった対応に人出を割かれたことが原因だ。
「くっ、殿を前線から引き抜いておいて、自分はあれかっ!!」
結城秀康の要請で与一公が宇都宮へ赴き、八溝山決戦の総指揮を執れなかっただけに那須藩士の怒りは尤もである。
たしかに八溝山は那須の支配下に戻った。
赤頭鬼軍も、もはや軍団としての体はない。
だが、赤頭も大幹部たちも討たれたという報告もない。
兵力さえ補充できれば、赤頭軍が復活する余地を残してしまったということだ。
鬼兵の補充は容易ではないだろうが、それでも危険は残る‥‥
「皆の者、すまぬ‥‥」
「いえ、小山様が詫びることではありませぬ。秀康殿も、図に乗って何を考えているのか‥‥」
「それでは済まぬ。弟のしたことだ。俺にも責任がある」
与一公が戻ったら宿老を辞するという小山朝政に対して、藩士たちからは困ると声があがった。
「いかにも重大事だが、小山殿に辞められては那須藩が危ういのです。
ここは堪えて、矢板川崎城へ入っていただけませんか。
城代として情けないが、私では、いざという時の宇都宮への救援があれば難がある。お願いいたす」
軍師に頭を下げられては嫌とは言えず‥‥
「白河は、いかが致す? まさか‥‥」
「赤士虎隊には赤頭討伐に当たってもらうのが適任。下手に城持ちにすれば、災いの種にもなりかねません」
「結城のご隠居を探し、復帰していただきます。ご案じ召さるな」
ここだけは小声で話す2人。
そんなこんなで入れ替わる形で、矢板川崎城に那須宿老・小山朝政、白河小峰城に那須軍師・杉田玄白が入ることに。
新しく、八溝山岩嶽城には義経家臣・陸堂明士郎が城主として迎えられ、麓に再建された砦には義経軍が駐留している。
そして、福原神田城には与一公‥‥となっているが、与一公が未だ武蔵にいることを多くの那須藩士たちは知らない‥‥
兎も角、那須は結城朝光(源徳秀康)が抜けて以来、将が足りないのが現状だ。
そもそも医局に人材が流れすぎているからという批判も少なからず聞えるが、それを言い始めると与一公の責任問題で‥‥
ともあれ、秀康軍の動向は、那須にも大きな影を落としそうである‥‥