●リプレイ本文
●喧騒の中に
晴れの日として日常から開放される祭りの日は、ともすれば羽目を外してしまう。
その纏まりのない喧騒がジャパンの祭りの醍醐味とも言えるのだろうが、異国から来た者にその良さが理解できるかは多少の疑問がつきまとう。
「ジャパンの祭りとは騒々しいのですね‥‥」
出店が立ち並び、周りには食欲を誘ういい匂いが起ちこめている。
床机の上にちょこんと座り衆人の視線を集めているのが、レディス・フォレストロード(ea5794)。
わずか一尺半ほどの小さな体に涼しげな風体、渋く存在感を放つ簪(かんざし)‥‥
この国では珍しいシフールであり、注目の的になって然るべき。
「母さま〜、あのお人形買って〜」
「あれはね。人形じゃないのよ〜」
「だって〜」
「指差しちゃいけません。ごめんなさいね」
世間の認識なんてこんなもん‥‥ レディスは気にする風でもなく、彼女らを見て純粋に楽しんでいた。この国に来て覚えた会釈を返す。
「もぐもぐ‥‥ あ、それも美味しそうですね♪」
さて、彼女が目を引いているのはそれだけではない。彼女の横には皿が積み重ねられているのだ。
「もぐもぐ‥‥」
1皿でも多いかと思うのに、運ばれてきた2皿目も完食しようとしていた。
「あんた、冒険者ってやつかい?」
男が物珍しそうにレディスを見ている。
「あら? 冒険者って面白そうだと思います?
それなら、あっちで冒険者気分を味わえる催し物をやっていますよ♪ ご案内いたしましょうか?」
「本当かい?」
「寄ってってみるか」
「そうだな」
男たちは顔を見合わせた。
「では、行きましょう。御代はここに」
残った一欠(ひとかけ)を楚々と口へ運ぶと、レディスは御代を置いて飛び立った。
ところ変わって幻想阿修羅遊戯の屋台の前。
「あの、すみません。幻想阿修羅遊戯という面白い遊びがあるのですが、どうでしょうか?」
いくら財布の紐が緩んでいるからといって、これで客引きできれば苦労はない。
魅意亞伽徒(ea3164)は、なかなか客をつかむ事ができずにいた。
「はぁ、遊ぶのとはずいぶん勝手が違いますね」
小さく息を吐きながらも、すぐに気を取り直して別の通行人に声をかける。
幸い通行人は多い。興味を持ってくれる人がいると信じて続けるしかなかった。
「近頃ちょっと見ない新しい遊びだよ!! 冒険者に興味があったら寄ってかねぇか?!」
田原右之助(ea6144)の大声がそこらに響く。
「そこのお兄さん、幻想阿修羅遊戯って新しい遊びなんだけどよ。やってかねぇか?」
「どうすっかねぇ」
こんなのカモ以外の何者でもない。ここぞとばかりに二の腕をひっつかまえた。
「隣の彼女にいいとこ見せてやれよ」
半ば強引に屋台に引きずり込む。
「似合いのおふたりご案内〜!!」
一方、こちらは店の中。
「『速攻天昇!! 閻魔様と御対面うどん』お待ちぃ!!」
器がドンと置かれる。
「うちのうどんは一味違うよ。」
客が早速箸をつけて動きが止まる。
「辛〜〜!!」
「おうよ。元気になりすぎて、あの世に行っちまうって代物(しろもん)だからな。
冒険者やりてーなら食っとけ! これで小鬼だろうが茶鬼だろうが一発だぜ!」
勿論、口から出任せ、勢いで言っている訳だが、客もどうやら遊び人らしくその辺はわきまえているらしい。
「そこまで言われちゃ食わねぇ訳にはいかねぇな」
明るく嫌味のない性格に助けられ、伊珪小弥太(ea0452)の周りには笑い声が絶えない。
「では、そろそろ幻想阿修羅遊戯について説明するから聞いてもらえるかしら」
魅意亞の声に、ドキドキワクワクといった感じで客の視線が集まる。
●まずは
一通り説明が終わると、それぞれの卓でみんな遊び始めた。
「大魔法使い」
「よ〜し」
「になる予定。君次第だね」
九条棗(ea3833)は、実際にやって見せて客に決まりごとを理解してもらう係りだ。
ズッコケながらも気合を入れなおすと、ローブにスタッフという標準的な装備の駒を眺めた。
ローブが朱色に染めていあるところを見ると、火の精霊魔法使いのようだ。
「火の精霊使い!! 見参!!」
小鬼たちに向かい合うように魔法使いの駒が盤上に置かれる。
生業の時と同じ心持で真剣かつ肩の力を抜いているが、遊びに完全にはまり込んでいた。
「冒険者って、ああやって名乗りを上げるもんなんだべ」
冒険者に対しての壁が幾分取り払われた気もするが、誤った知識も同じくらいばら撒かれそうに気がしていけないなぁ。
参加者は、みな思い思いの気に入った駒を持って、それを盤上に並べた。
「そこは‥‥」
魅意亞が高川恵(ea0691)に助け舟を出しいる。
こういう遊びの場合、相手が退屈する時間をどれだけなくすかが成否を分ける。魅意亞のサポートは全ての卓の進行を助けていた。
「それでは小鬼が襲ってきます。騎士に攻撃」
小鬼の駒を動かす。欧州渡りの遊戯盤ならこれで取り除かれてしまうところだ。
「盾があるからね。更にこれを使うよ」
盤に1枚ずつ置かれた板のオフシフトの効果が書かれた部分を示す。
「小鬼の攻撃は避けられてしまいました」
「他の小鬼たちは移動のみ」
小鬼たちが冒険者たちを取り囲むように枠を移動していく。
「返り討ちにしてやる!! いくぞ!!」
「任せとけって」
1対多数、多数対多数の対戦ができるのが、この遊戯の優れたところ。
その辺の面白さは直感的に理解しているらしく、客たちは童心に帰ったように興奮している。
「火の魔法を使うよ。みんな気をつけな!!」
九条の熱気のこもった声に他の参加者たちも熱を帯びていく。
「さっき挨拶してくれた小鬼にお礼をしないとな」
できたばかりの遊戯である。まだまだ改良の余地はありそうだが、みんな楽しそうである。
ガンガン攻めの一手。それで魅意亞に勝てるほど甘くはない。
「伊珪さん、もっと駒の動きを考えないと‥‥」
「負けちまったか〜」
ポンと肩に手を当てて客の1人が声をかけてくる。
「こんなんで、よく今まで生きてこれたな。冒険って危険なんだろ?」
「俺に足りないところは、みんなが補ってくれるからな」
「一蓮托生ってやつか。仲間が大変だぁ」
客たちの笑い声が響く。
そのとき、他の卓が騒がしくなった。
「俺が勝てないようにインチキしてやがるんだぁ!!」
ハマッてくれるのは嬉しいが、こういうのは困る。
「困りましたね」
「俺に任せとけって」
心配そうな魅意亞の頭をポフと叩いて、伊珪が客を掻き分ける。
「周りの迷惑になるんでお引取り願いますか?」
「知るか!!」
笑顔で対応しているが、その目は笑っていない。
「みっともねぇ遊び方は止めにしませんか」
「それが客への言葉遣いなのか?」
客も睨み返してくる。
「遊びとはいっても節度の守れねーお子ちゃまはすっこんでなって言ってんじゃねーか!」
「何だとー!!」
言うより先に客が殴る。少し向きを変えた顔をそのままに、視線だけを客に返す。その目は殺気が込められている。
「その通り。刃傷沙汰は困るぜ」
右之助も肩を回しながら騒ぐ客に近づいていく。
多勢に無勢‥‥ しかも、気が付くと周りの客も全員敵意をぶつけている。
伊珪が拳ををドンと机に叩きつけると、客は何も言わずに店を出て行った。
「やるねぇ兄ちゃん」
「これくらい朝飯前よ」
伊珪がフフンと鼻を鳴らすと、再び店内は笑いに包まれた。
それからしばらくは伊珪の冒険譚で盛り上がった。
小鬼の住み着いた砦を攻めた話や3匹の豚鬼と村人との仲立ちをしてお互い住み分けるようにした話などなど‥‥
冒険とほとんど縁の無い客たちにとって、この上ない土産話になったようだ。
「腹減ったなぁ‥‥ 余った材料とかで賄(まかな)いが用意できればいいのによ」
「いいわよ。どうせ店には出せないものだし」
ぼやく右之助に魅意亞が返した。
「いいのか?」
「えぇ、遠慮しないでみんなの分を作ってあげて。材料が足りなければ、少しくらい使っていいから」
「やったぜ。腕によりをかけて作ってやるよ」
この賄い‥‥ いっぱい考えて、いっぱい喋ってお腹の減った従業員たちには好評だったようだ。
●初日を開けて
客引きの効果からか、わりと繁盛しているようだ。空いた卓は少ない。
「繁盛しているのはいいのですが‥‥」
時間があれば自分も遊ぼうと思っていた魅意亞だったが、慣れぬ遊びの決まりごとを新しい客へは当然のこと、覚えきれない親へも時々このように手を差し伸べてやらなければならなかったために、なかなかそんな時間はとれない。
自分も嗜み程度を抜けてはいないが他の者たちよりはこういう場に慣れていた。
それだけなのだが現場の責任者になった以上、やむないと思うしかないだろう。
「水瓶、一杯にしておきました」
「ありがとう。あの卓で客の相手を頼めるかい?」
「えぇ」
魅意亞に促されて恵は卓へ向かった。
祭りで混雑している上にこの忙しさである。恵のクリエイトウォーターは非常に助かっていた。
なにしろ、汲みに行かなくてもよいのだから楽なことこの上ない。しかも、綺麗な水であり、客への評判も良かった。
「さて、今回はこれまでの阿修羅遊戯とは少し毛色が違いますからね。
洞窟の中で小鬼たちに追いかけられているシフールを助け出すという冒険よ」
さすがに慣れたもの。恵は単なる対決という枠を超えて、そこに物語を重ねていた。
「小鬼たちにシフールが殺されてしまう前に助け出してあげて。
混乱しているシフールはあなたたちの姿を見ても逃げてしまうかもしれない。そういう場合、説得してください。
実際の冒険では、説得が重要であることも多いのですよ」
「おおぅ、何か面白そうだな」
幻想阿修羅遊戯の新たなる1面の開花なのだが、本人たちはまだそれに気づいていない。
●竜、大地に立つ!!
ここ数日で店も客も遊戯の決まり事になれ、各々楽しんでいた。
今日は、これまでに活躍した客の中から選りすぐりの者たちが卓に集まり、取り囲むように客がそれに見入っていた。
「大型モンスターは、私がやりますよ♪ では、変身☆」
レディスが祈りを捧げると、その身が変じ始めた。
以前に祖国で見たドラゴンの姿‥‥ それは絵の中でしか知らないため、どことなく生物然としていない。
しかし、遊戯の盤上を歩く全長40cmくらいのドラゴンは迫力満点だ‥‥
「うおっ、おおおおぉ」
「すげぇ」
さすがに炎を吐いたりはしないが、未知なる生物の逞しい体躯に観客たちも思わず歓声を上げ、溜め息をついてしまう。
「動く‥‥ そこまで考えたことはなかった‥‥」
部屋の片隅では人知れず仏師が肩を落としていた‥‥
「まぁ‥‥ そんな、恥ずかしいです‥‥」
周囲にマジマジと見つめられて、両前足で顔を隠して真っ赤になっているドラゴン‥‥
そんなもん、本物の冒険に出かければ、きっとこの世の終わりまで見そうにない。
「いや‥‥ きっとあれを超えるものを彫ってやるわっ!!」
喧騒の中に掻き消されてしまったが、仏師の決意‥‥ 実を結ぶ日がくれば面白い話になるんだろうけど。
とはいえ、盤上の戦いは最終局面を呈していた。
「竜が姿を現したぞ。これを倒さなければ、君たちの町に明日はない」
「そこで俺たちの出番って訳だ」
魅意亞の前振りを聞いて、風守嵐(ea0541)がニヤリと笑う。
盤上には、人間の侍、パラの志士、エルフの騎士、ジャイアントの忍者、ドワーフの武道家、そして紅一点として人間の浪人の駒が並んでいた。
一体となった店内は感情で高ぶった。
しばらくして‥‥
遠くに配置されていた鬼の軍勢が到着する前に竜を倒しきれず、冒険者たちは窮地に立たされた。
あと一息というところで竜を取り逃がしてしまったのだ。
「がおお」
赤面竜が2つの駒を盤外に弾き飛ばす。
「くそう。あそこで外れてなけりゃ」
「誰も死なずに倒せてたのに‥‥」
侍と騎士を失い、態勢を立て直そうとして志士すらも失ってしまった。
竜は盤外へ向けて移動を始めた。
「逃げられちまうぞ‥‥」
観客たちも息を飲んで盤を見つめている。
駒の強さのおかげで鬼たちに引けを取ることは早々ないと思われたが、このままではいずれやられてしまう。
竜を逃すわけにもいかない。
そのとき‥‥
魅意亞が自分の失敗に気づいて一瞬表情を変えてしまった。
(「何かあったな‥‥」)
風守が注意深く盤上を見ると要ともいえる場所が空いている。
そこから瞳を上げて魅意亞をみると僅かに視線が動く。間違いない。
「俺が敵陣に綻びを作る。頼むぞ!!」
術で隠れると風守は忍者の駒を敵陣に飛び込ませた。
武道家の駒の持ち主がその意図に気づき、手数の多さを活かしてその1点を切り開くように鬼を蹴散らしていく。
「あとは私に任せな!!」
浪人の駒が鬼たちの陣を突っ切る。
「これで終わりだぁ!!」
浪人の駒を竜に切りつけるようにして置いた。
「それは耐え切れないね。竜は地に伏したよ」
魅意亞の言葉に合わせるようにレディス赤面竜が盤上にドウと倒れた。
観客たちから歓声が上がった。
冒険者ギルドの興行は成功を収めたといってもいいだろう。
多くの理解と誤解とを江戸の人々に伝える事ができたのだ。
え‥‥ 誤解はよけいだって? 他人を知るってのはそういうものだよ‥‥
●百鬼夜行
「妖怪たちの江戸への襲来?」
江戸冒険者ギルドのギルドマスター、幡随院藍藤からの連絡は江戸を混乱させていた。それはこの店も同じ。
「えぇ、数が多いって。冒険者も迎撃に出てほしいってギルドにもお上から要請が来てるのよ」
客たちからの質問攻めに魅意亞がなんとか言い返す。
「そんな訳で、これからは本当の命の駆け引きよ。あなたたちは、あなたたちが守らなければならない所へ帰って」
客たちの気持ちが重く沈んでいく。
「大丈夫だって。俺たちが守ってやるよ。鬼たちなんかに負けてたまるか」
伊珪が気を吐く。
その後ろでは、風守、恵、九条、レディス、右之助、それぞれ自分の装備を整えている。
「お姉ちゃんたち‥‥ がんばってね」
「心配してくれてありがとう」
友達になった子供たちの頭をレディスが撫でていく。
「生きて帰ってこいよ」
「「「「「「「当然」」」」」」」
自分に何ができるのかわからない。それでも、冒険者たちは屋台を後にした。