きゅうちゃんと、新年一発、もふもふしやう

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:3人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月25日

リプレイ公開日:2011年01月06日

●オープニング

 神田明神の一角。
 ここに九尾の子狐が祭られている。
 主に祀っているのは、明神下の長屋の住人や一部の冒険者たちだけだが、最近ちょっと有名になったらしい。
 悪行を働いていた、シズナという赤面黒毛五尾の妖狐を倒し、江戸に平穏をもたらしたとかなんとか‥‥
 何にしろ、小さな社に手を合わせて行く人が増えたのは間違いないようで‥‥
「きゅうちゃんの祠の近くに的屋を開きたいんだが、いいでしょうかね?」
「そうですね。神田明神の評判も良くしてくれたことですしね。いいでしょう」
 神田明神には参道沿いに的屋が並ぶ。それとは別にというのだから、神主さんてば破格である。
「俺も手伝うぜ♪」
「いいのか? まだ顔を知られちゃ、まずいだろうに」
「どうやら江戸の戦も終わりのようだし、政宗も五月蝿く言わねぇだろうよ」
「そうかねぇ。埋もれるには、勿体ないと思うが?」
 山内志賀之助は、遊び人の金さんの肩を叩く。
「困るとすれば、切腹から救ってくれた石川殿だが、源徳勢が帰ってきちまえば、江戸に留まるわけにもいかねぇだろうしよ。
 あれほどの知恵者なんだから、俺が少し騒いだくらい、どうってことないって。上手くやってくさ」
 石川数正に助けられた経緯を考えれば、手を煩わせるのは気が引けるが‥‥
 まぁ、遠山金四郎が生きていたからといって、政治的状況に響くわけでもないし‥‥
 要するに、生きていても、死んでいるような男。現在の遠山金四郎は、そんな立場なのである‥‥
 冒険者にでもなって名を挙げるか、どこかの源徳勢に仕官でも叶えば、多少は違ってくるのだろうが‥‥
 どちらにしろ、すぐに迷惑が掛かる可能性は極めて小さい。
 そんなわけで‥‥
「どうせなら、きゅうちゃんとの触れ合い会にしてよぉ。もふもふ信者を増やせば」
「増やせば?」
「幸せになるもんが増えて、陣取り合戦なんか馬鹿馬鹿しいとかって大名なんかも増えればいいなぁとか?」
「新年になったからって浮かれすぎてると、鬼に笑われるぞ」
「そんんときゃ、鬼も笑かしてやるさ♪」
 あははと、遠山金四郎が笑う。
「え〜〜、話を進めていいかい? 金さん、志賀ちゃん?」
「どうぞ♪ どうぞ♪」
 そんなこんなで、開かれることになった、きゅうの市という名の『もふもふ会』♪
 暗い報せの多い昨今、新年一発くらい明るい催しになると、いいなぁ。


※ 関連情報 ※

【きゅうちゃん】
 白面金毛九尾の子狐。
 デビルが魂を集めるために可愛い姿に化けていたらしいのだが、旅の僧に退治された。
 現在は、悲しむ少女たちのために狐が化けているらしいが、二代目きゅうちゃんは一尾の妖力しか持たない。
 事情を知っているのは、一部の冒険者と神田明神の神主など少数。
 冒険者ギルドの報告書だけでは、きゅうちゃんが二代目だとかいう真実を知ることはできない。
 武家の少女・愛ちゃんを筆頭に、数人のきゅうちゃん親衛隊がいる。

【遠山金四郎】
 「ゴタ消しの」「桜の」と呼ばれる正体不明の町人として、江戸に暮らしている。
 田舎へ町人を逃がしたり、町で暴れる不埒な狼藉者をぶっ飛ばしたりと頼りにされているらしい。
 顔も広いようだし、腕も立つようで、町民からは陰で頼りにされているようである。
 謎の町人の正体は、切腹したはずの遠山金四郎であるのだが、そのことを知る者は少ない。

【山内志賀之助】
 冒険者長屋のヌシともいえる浪人。
 江戸のギルドマスターとは顔見知りらしく、冒険者の兄貴的存在。
 ジャイアントの巨体に似合わず身が軽く、ギャップの大きさで相手を翻弄することを得意とする。

【シズナ】
 赤面黒毛五尾の妖狐。
 老婆の姿で現れ、様々な呪いを現し、妖狐や化狐や霊狐を配下に源徳家の凋落を狙ったが、近頃、倒された。

●今回の参加者

 eb3585 ミハエル・アーカム(25歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb7692 クァイ・エーフォメンス(30歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 eb9459 コルリス・フェネストラ(30歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)

●リプレイ本文

●きゅうちゃんの悩み
「この子狐さまが、五尾の妖狐を倒してくださったんだって? いやぁ、見かけによらないねぇ。
 最近じゃ、お稲荷さんも頼りにならないと思ってたけど、こんな子狐さまにも、そんな神通力があるってんだから」
 ありがたや、ありがたや‥‥ 女は、一心に拝んでいる。
「それにさ。こうして、気軽にお姿を現してくださるってんだから、どんだけ霊験あらたかってことなんだよってことさ」
「きゅう‥‥」
 よくわからずに拝みにくる‥‥
 祭りの喧騒に誘われて、ついでに拝んでゆく‥‥
 そんな客も多い。

 さて‥‥
 九尾の子狐の姿を現すのは、決められた時間だけ。
 そうでないと、きゅうちゃんが、くたくたになってしまうし、市の運営や警備も緊張状態が続けば、齟齬が出てもしかたない。
 だからこその休憩時間なのだが、そんな時間、きゅうちゃんは子供の姿に化けている。
 親衛隊でも理屈の分からない幼子たちには、きゅうちゃんの友達の1人だ。
 しかし、理屈のわかる関係者の前では、悩みなどを打ち明けることもあるわけで‥‥
「もう止める‥‥」
「なんでさ? こんなに人気なのに」
「だって、お稲荷様に怒られちゃうよ‥‥ ホントは尾だって1本しかない化狐、見習い稲荷なんだから‥‥」
 江戸には、そこここに稲荷の社が点在する。
 たまには、件の九尾や五尾シズナのように暴れるものもいるが、稲荷の多くは人々の信仰を集めるものだったはず。
 他者が領分を守り、気分を害することさえなければ、助け、助けてくれる存在だったはずなのだ。
 そもそも八百万の神々たちも、天使や悪魔などと同じく祈りの力で霊力を保ったりしているのだという説も、地獄での冒険者たちの一戦以来、一部の識者たちに意見が出てきており、だからこそ、人に味方してくれたという事実先行の神仏には、どっと人気が押し寄せるという寸法であった。もっとも、きゅうちゃんの場合、噂なのだが。
 ‥‥と、きゅうちゃんは人間に化生することができる。
 その間は、人の言葉を喋ることができるのだが、化生しなきゃ喋れないあたり、「見習い」なのだろう。
「その‥‥怒られるってのは、お稲荷さんの大ボスにってことか?」
 物陰から、すっと気配を現し、ミハエル・アーカム(eb3585)は無愛想に聞く。
 忍び装束を身に纏い、闇に紛れてた護衛の任務に徹していたはずのミハエルが‥‥である。
 素直に心配とかしたらどうだ? とは、よく群雲にからかわれるのだが、余計なお世話だ。
「兄さまや姉さまたちにだよ? ボスって?」
「大親分ってことさ。大首領とかとも同じ意味だったかな?」
 山内志賀之助が答える。冒険者ギルドに集うものならば、多国籍の隊を組むことは珍しくはない。
 その言語を喋ることができなくとも、冒険者間で頻発する単語に関しては、自然と憶えてしまう。
 それはともかく‥‥
「大稲荷さまに拳骨もらったことはないけど、兄さまのは火花が出たなぁ‥‥」
 懲らしめてきてやろうか? 群雲の奴なら、そうするはずだ‥‥
 そういって腕まくりしそうな雰囲気のミハエルに、きゅうちゃんが慌てて止めに入る。
「いたずらしたのが悪いんだもん。ミハイルさん、心配してくれて、ありがと。ほんとは、いつだって兄さまや姉さまは優しいよ」
 その笑顔を見ればわかる。
「きゅうちゃんには、兄弟がいるんですか?」
 炊き出しが一段落して休憩にやってきたクァイ・エーフォメンス(eb7692)は、お椀をきゅうちゃんに差し出す。
 季節のものが入った出汁には、甘辛く炊いた厚揚げが乗せられていて、じわっと揚げの味と油が溶け出して出汁と混ざる‥‥
「美味ひいですっ♪」
 はふはふ息を白ませながら、満面の笑みで答えるきゅうちゃんの頭を、クァイは撫でた。
「お稲荷さんって、ほんとに油揚げに目がないのね‥‥ そういえば、お稲荷さまに怒られちゃうという話だったかしら?」
「正しくは、僕は稲荷じゃないんだ。狐。眷属なの。それに、まだ化生の身でしかないし。
 祝詞や呪文の音色が綺麗だったんだ。縁の下に聞きに来ているうちに、言葉がわかるようになってきたの。
 父さんや母さん、兄弟たちも、その子供たちも死んじゃったのに」
 不思議な話ですね‥‥  コルリス・フェネストラ(eb9459)は、微笑みかける。
「強欲や恨みを集めすぎると祟るようになるんだって、兄さまたちが言ってた。
 イザナギさまやイザナミさまも、もともとは国造りの神様だったのに、恨みや嫉み、強欲の祈りが‥‥」
 あんな風にしちゃったんだって‥‥ 消え入りそうな声で、きゅうちゃんはお椀に涙を滲ます。
「きゅうちゃんは、いっぱい参拝してもらって稲荷になったらいい。私たちが恨みなんか集めさせやしないから」
「あの可愛い姿が見たくて、みんな来るんだから安心していいんじゃないか?」
 コルリスとミハエルの言葉に顔を上げると、きゅうちゃんの大粒の涙が、ぽろっと零れる。
「あぁ、もう。癒されます。パリにも、こんな、きゅうちゃんみたいな存在がいてくれると、ありがたいんですが」
 クァイは、ふんわり抱きしめた。
「みんなが勝手に稲荷って呼んでるだけなんだし。別に、きゅうちゃんが稲荷を名乗ってるわけじゃないだろ?」
 うん‥‥と、きゅうちゃんが頷く。
「そうさねぇ。祈りに中てられたのかも知れねぇな。どんな気持ちなんだい?」
 金さんの問いに、きゅうちゃんは考え込む。
「嬉しいけど、寂しい。ときどき、ぎゅっと心が搾られるみたいな切ない気持ちになるんだ。なんだか不安だし‥‥」
「良くないですね‥‥ かといって、参拝客全員の不安を取り除くことは簡単ではないですし‥‥」
 だよなぁ‥‥ コルリスに山内が同意する。
「ねぇ、難しいことはわからないんだけど、楽しくちゃいけないんですか?」
「あははっ♪ そりゃそうだ。寂しさも不安も吹っ飛ばすくらい、楽しくすりゃいい。それで駄目なら、他に方法を考えようや」
 肩を抱いて大笑いする金さんの手の平を、クァイは少しつねってやった。

●お祭り騒ぎ
「祭りで無粋なことをするんじゃねぇやな」
「なんだとぉお! 邪魔す‥‥」
 金さんが笑顔で凄みを利かせると、売り言葉を途中で飲み込んだ。
「どこの親分さんか知らねぇが‥‥ 別に喧嘩なんかしてねぇさ」
「喧嘩してたんです? もしかして」
 気取られずに背後に立ったミハエルは、短剣の柄を男の背中に押し付けた。
「わ、わかったからよ。失礼するぜ」
 完全に気をそがれた男たちは、そそくさと逃げ出す算段。
「やい!」
「まだ何かあんのか!?」
 別の男に呼び止められ、ヤクザものたちは不満げに振り返る。
「出店や周りの人たちに、挨拶してかねぇか」
「何だと‥‥ ちぃ、十手持ちかい‥‥」
 男たちは、頭を下げながら、去ってゆく。祭りの客たちは、大歓声で男たちを追っ払う。
「まったく。あっしの出番を取らねぇでくだせぇ、桜の旦那」
「そうですぜ。神田明神下の親分、銭高平治を差し置いて、しゃしゃり出るたぁ‥‥」
 もごもご言う八兵衛に、平治は苦笑いしながら会釈した。
「そうじゃねぇんだよ。まだ気が付かねぇのか」
 耳を引っ張られながら、八兵衛は物陰に引き込まれ、耳打ちされて驚く。
「おぶ‥‥ 痛てぇや、親分‥‥」
 ゴチンと小突かれて、首根っこを引っ張られて引きずられていく。
「それじゃ、あっしらは、他を見回ってきやす。皆さんは安心して、市を楽しんでおくんなせぇ」
「流石は平治親分。気風がいいや」
「にしても、相変わらずの慌て者みたいだね、八っさんは」
 市の客たちは、笑いに包まれた。

「暴れたり騒いだりして迷惑を掛ける阿呆な輩には、朝まで簀巻きにしておけばいいんだ」
「まぁまぁ。必要以上に恨みを買ったら、最後に迷惑を受けるのは、きゅうの市さ」
「それは‥‥ そうだな‥‥」
 正直なとこ、穏やか、和やか、そして賑やかなのは、あまり好みじゃないのだが、そうも言っていられない。
 いまや「きゅうの市」の成功は、ミハエルの望みでもあるのだから。
 あの、もふもふを思い出すと、思わず照れ笑いが出てしまう。暗闇であればこそ、表情を読み取られないのは、計算ずく。
「にしても、友達が泣き付いてきたからって、厄介ごとを肩代わりするなんて、優しいじゃねぇか」
「そんなんじゃないって。飯でも、おごらせるからいいのさ。でもまぁ、どうも‥‥な」
 くくっと金さんが含み笑いする。
「友達ってのは、いいもんさ。志賀ちゃんも、何だかんだで付き合ってくれるしな。
 まぁ、あのときは散々小言を言われたけど、それも心配してくれてのことだしよ。いいよな、友達ってのはよ」
 ミハエルが言い返さないのが返事とばかりに、金さんは歩き出す。
「金の字、また揉め事が起きそうだぞ」
 気配を感じるや否や、山内志賀之助が姿を現す。隠密の心得があるのは間違いない。
「あんた、忍者か何かか?」
「どこぞの御庭番だったこともある。主は亡くなってしまったし、今は一介の冒険者さ」
 庭師とは似合わないことで‥‥ ミハエルは、疑問に思いながらも、仕事に集中することにした。

 そんなこんなで、あちこちで騒動が起きるほど、客が多いわけで‥‥
 冒険者の出店は多くない。だが、クァイの炊き出しが功を奏して、一般の出店の客寄せにはなっているようだ。
 それは、コルリスの彫り物が景品になっている的屋もそう。
 加えて、吟遊詩人の腕を披露していることで、人だかりができている。
「異人さんの歌ってのも、なかなかいいもんだねぇ」
 油揚げの乗った出汁に舌鼓を打ちながら客たちは聞き入り、その傍では鳥が羽を休め、犬や猫たちが集まっていた。
 心静かで、穏やかな時間が流れる‥‥
 何度か、直近にも戦場になってしまった江戸だけに、戦の気配がなくても、思わず不安に狩られることもある。
 それを忘れられる時間は、貴重だ。
 演奏が終わると、思わず拍手が巻き起こった。
「すみません。きゅうちゃんが、お疲れのようですので」
「そんなこと言ってもよぉ。説得力ないぜ?」
 思わず、もふもふしている自分にクァイは顔を赤らめる。
「可愛いですもんね。でも、きゅうちゃんが倒れてしまったら、可哀想じゃないですか。よろしくお願いします」
 こんなときは、愛想のよさと童顔が役に立つ。
 そうだな‥‥と、男は、きゅうちゃんの頭をぽんぽんと叩いて、笑顔で帰ってゆく。
 他の客たちも、それに倣って、握手したり、頭に手を置いたりして、きゅうの市の出店へと散ってゆく。

●いなりにおなり
 市も、たけなわ。大いに盛り上がる一方、きゅうの市を運営する者たちも、心地よい疲労に一息ついていた。
「きゅうちゃん、その尻尾!」
 化生してるとき、たまに尻尾をしまい忘れることがある。未熟な化け狐には、よくあることなのだが‥‥
「2本になってる!」
「え!? うそ?」
 慌てて、お尻の辺りを触ると、たしかに一本だった尾が、二股になってる。
 これって‥‥
「ようやく、私たちの仲間入りのようね。坊や」
 雰囲気のある神官や巫女たちが、何人か近づいてくる。
 呪文を唱えると、ぼむっ! きゅうちゃんの着物が禰宜の衣装に変わった。
「兄さまたち、姉さまたち♪」
 きゅうちゃんが、ばふっと、その腰に抱きつくと、頬を赤らめて見上げる。
「その正装は、我らから関八州の稲荷全員からの祝いじゃ。精進するんだよ、キュウ」
「そうよ。正一位・大稲荷への道は長いんだから。まずは少初位下の験しだけど‥‥ まぁ、まだまだ力不足ね‥‥」
「稲荷に試験みたいなものがあるの?」
「朝廷とかのものとは全然違うわよ。あれは、人間たちが真似をしているだけ。権力争いや褒美に与えられる名目ではないわ」
「その通り。我らの名目は、実力と行いで認められるものじゃ。与えられたりしてたまるものか」
 天使や悪魔の位階のようなものだろうか? コルリスは、神官の言葉に首を傾げる。
「それはそれとして。
 良いわ、この市は活気があって。みんな明るいし。気持ちがいいわね」
 背を屈め、人差し指を1本立てて、きゅうちゃんの気を引くと、にこりと巫女が笑う。
「それに、この神田明神を含め、縄張りの神域を守るのも、我たちの大事な役目の1つ。
 こんなふうに市を開いて貴銭や信仰を集めるのは大切なことよ。大いに繁盛しなさい」
「コマチ、下世話な言い方をするんじゃない。
 ただ、信心の力は本物だよ。信じる心は、力に変わる。人間たちが、今頃になって気づいたというのも驚きなんだが‥‥」
「そういうオスギだって口が悪いじゃない?」
 神として祀られるような稲荷たちの軽口の叩き合いなんて、滅多に見られるものじゃない。
 だが、きゅうちゃんが、どうしていいのかわからないといった風に慌ててるのを、ぼっと見てるわけにもいかないんだよなぁ。
「いっそ、怨霊退散と商売繁盛で売り出してみちゃどうだい?」
 はぁ? 一斉に金さんへ視線が集まる。
「だからさ。まずは信仰の基本になる境内を守る為に賽銭が必要なんだろ?
 それに、霊格を高めるには、たくさんの祈りの力があるに越さないってことみたいだしよ。
 幸い、江戸の稲荷は数が多いって聞くし、時折でも障りを除けば、感謝の祈りには事欠かねぇ。
 そんで治安が良くなって、商売繁盛すりゃあ、もっと稲荷に信仰が集まるってわけさ。
 そうすりゃ、お稲荷さんの神通力も増して‥‥ 万々歳ってことだろ?」
 となると、火消しの神様も誘致してこなきゃなぁ‥‥とか、本気で腕組みしてる金さんに、稲荷たちは思わず笑う。
「そうなると、キュウも、いずれ、どこかに社を持たなくてはな‥‥」
 きゅうちゃん、どこかに行っちゃうの? 切ない表情で呆然とする親衛隊長・愛ちゃん。
「心配するな。本人の努力次第だが、何年先になるか、あるいは、何十年、何百年先になるか、わからないのだからな」
「それまで、滅びずにいられるかにもかかっている。特に、昨今はなぁ‥‥」
 オスギ稲荷が溜息をつく。
「戦いに巻き込まれ、神域を守ろうとして、人に害を成すと勘違いされた稲荷が討たれたという話も、ちらほら耳にする‥‥」
「自然の摂理というものを、もっと人間たちには理解してほしいものよね」
 コマチ稲荷が殺気を漂わす。うわぁ、こりゃ、絶対に怒らせちゃいけない人、いや、お稲荷さんだ‥‥
「ときに、天界という場所では、神仏も精霊もいないとか?」
 この世界も、そんな世界になってしまうのだろうか?

 見えないものを信じず‥‥
 見えるものも信じない‥‥
 そうして、神仏や精霊たちは消えてゆくのかもしれない‥‥
 いや、信じなくなっただけの話で、そこにあるはずなのに‥‥
 「いない」と信じる心が集まって、「いない」ことにされているだけじゃなかろうか‥‥

「だいじょうぶ。みんな優しいもん」
 きゅうちゃんが笑う。
「それに、万物に宿る魂は消えたりしないよ。見えなくなってしまっても、信じてくれれば、また会えると思うんだ」
「作り物ばかりの世界になってしまってもですか?」
「心配いらないよ。だって、道具にだって魂は宿るでしょ? どんなものにだって、魂はあるんだから」
 思わず、みんな黙り込んでしまう。
「いいじゃないですか。とりあえず、私たちが信じることから始めましょう」
「まったくだ。信じなくなったら消えてしまうなんて、寂しすぎる」
 クァイの言葉に、ミハエルたちは頷く。
「そうですね。彼らには、世界の本質が見えてないのかもしれません。
 私たちが、信じる心が力になることを、わかっていても本当の意味で知らなかっただけのように」
「とはいえ、頼られてばかりでも困るでな」
 コルリスにオスギ稲荷が釘を刺す。
「そういうのが一言多いんだけど、そうなのよねぇ。霊験を頼られても、全部が全部助けられるわけじゃなし。
 自分勝手で、助けたくなくなる祈願もあるしねぇ‥‥」
 その源泉の意志を無視して、力だけを求める。その結末は、最近だけでも不幸なものを多々聞く。
 例えば、古の神の力を復活させるとか‥‥ 他にも例を挙げれば、枚挙に暇がない。
「もう、みんな心配性なんだから。一緒にいて幸せなのが一番だと思うよ。楽しもうよ」
 きゅうちゃんに、一同は頷く。

 ぴぃひゃら‥‥ とととん。
 それとは知らぬ人々が、稲荷たちの囃子に合わせて踊っている。
 白面金毛九尾の子狐も、人々の輪に加わって嬉しそうに跳ねている。
 無邪気に飛び抱きついてくる子供たちに目をパチクリさせたりしながら、きゅうちゃんたちは幸せの中にいた。