●リプレイ本文
●噂は噂を呼ぶ
商家を回って褌にハマッている者を見つけようと探索に出た緋邑嵐天丸(ea0861)とファルク・イールン(ea1112)。
嵐天丸にとって、敵は妖怪だけではなさそうだ。
「ファー、何か企んでるだろ」
「いいや。それより、褌が空飛んでんのか〜。江戸の街もすっげえな」
嵐天丸の疑いの眼差しは、今愛称で呼んだばかりのファルクに向けられたままだ。
さて、次の商家へ入るとそこに目的の人がいた。
「いい生地使ってますのね」
「それはもう。うちの六尺褌は日本一でございますよ」
こういう客が多いのか、店子も半ば投げやりである。
「此処らへんで空飛ぶ布見なかったか?」
2人の話に割って入る形で嵐天丸が話しかけると、客であろう中年の女性が振り向く。
「あら、顔を真っ赤にしちゃって、可愛い。空飛ぶ褌ってはっきり言えばいいのにぃ」
おばさんにこんなこと言われては、あんまり悩まない性格の嵐天丸でもちょっと困惑する。
「あら、こっちも可愛いわね。この褌、穿かせてあげたくなっちゃう」
ファルクの頭をなでなでしはじめる。
「子供だからって馬鹿にすんな。異国の人間だってなぁ、褌が好きなヤツだっているんだぜ!」
ズボンを下げてキリッと着けた六尺褌を見せる。
「はぁ‥‥」
小さいながらも筋肉質の引き締まった体に? 褌に? うっとりした表情で女が見つめる。
結局、まともな話にならず、2人は店を出ることにした。
「あれ、一生あのままなのか?」
ファルクが眉をひそめて嵐天丸に聞いた。
「さあな。褌に取り付かれて頭が変になっちゃったヒトは、妖怪倒せば元戻るだろ。元に戻らなかったら最悪だな」
嵐天丸の笑いは冷や汗混じりだ。
今のはホントに褌妖怪に関わった人なのか? という疑問など、彼らには関係ない風で‥‥
「下調べっつっても目ぼしい当てがある訳じゃなし‥‥ ぷは」
屋根の上でのんびり寝そびり、酒をくらう男が独り。酒が進んでいるのか辺りに脱ぎ散らかした服やらが散乱している。
男の名は平島仁風(ea0984)。ご先祖様は100年以上も前の異国の戦いで大きな勲功を立てたらしいが、見た通り今は浪人に甘んじている。
空を流れる雲を気持ちよく眺めていると、その雲が近づいてくる。
「何だ? この四角い雲は‥‥」
手を振って払うと、その雲はヒラリと避ける。
「生意気なぁ」
屋根の上を手探りして十手を見つけた平島が、立ち上がってふと気づき、その雲を見つめた。
「どぅわ! 噂の褌かぁ!! ふ、褌が出たぞ〜っ!! うえ」
千鳥足で赤ら顔、呂律(ろれつ)の回らない声に、下から見上げた人たちも酔っ払いの戯言(たわごと)と相手にしていない。
「さぁ着やがれぇ‥‥ もとい、来やがれ褌ども!」
諸出しで十手を空に突き付けている姿を見て、町娘たちが袖で顔を覆って叫び声を上げながら逃げていく。
「褌は穿いてなくとも心は錦、大和男の心意気を地肌で感じさせてやるぜ!」
フワフワ漂う褌が、全裸男の顔に巻きついていく。
「ふがっ‥‥ きもちい〜い‥‥ ふご」
息苦しいのか時折むせながらも、その顔は恍惚の表情に満ち足りている。はっきり言って傍(はた)から見ると変態である。
腰砕けにしゃがみこむと六尺褌は再び宙に舞っていった。
「おぉ〜‥‥ 愛しい褌よ〜〜」
手を差し伸べるが、褌は平島の元へは帰ってこなかった。
「うん、あの褌は悪くない!!」
ギルドの前にやってきた平島は仲間を前にそう言い放つ。
「へ?」
「あんなに肌触りがいいんだ。あの褌が悪い訳なぃ!! うん」
「‥‥」
そんな様子を見て嵐天丸たちが顔を見合わせる‥‥
「虜になったんじゃね〜の?」
「こうなるんだな‥‥」
「惜しい人を亡くしたな‥‥」
口々に無責任なことを言う。
「穿いてほしい一念で、褌もこんなコトしたんだから悪くないぜぇ!!」
「妙な風俗が流行ると困る。褌好きは褌隊だけで十分だというのに」
運良く(?)空飛ぶ褌には出会わなかった静月千歳(ea0063)が溜め息混じりに、ちょっぴり本音を覗かせる。
「みんな褌好きだよな? な?」
平島が千鳥足でみんなの肩を叩いてまわる。
「静かになさい。ノー褌派だっているんですからね」
スパァァァァン! レオーネ・アズリアエル(ea3741)の簗染めのハリセンが飛ぶ。
「だって‥‥ あの時とか、あの時とか、あの時とか‥‥ いちいち面倒でしょう?」
クスクスと謎めいた怪しい笑みを浮かべている。
「うお、いや、人間というのは‥‥ 俺が思っている以上に面白いな」
探索で褌好きの博愛っぷりを見ることのできなかった夜十字信人(ea3094)は目の前の状況に戸惑いながらも慎重に言葉を選ぶ。
「ギルドの人もあんまり詳しく知らないみたいだし、褌一丁の妖しい集団も会合を開いてないみたいだしねぇ」
レオーネは夜十字を気にする風でもなく、話を続ける。
「褌してると襲われないって噂を聞いたな」
不破恭華(ea2233)をはじめ、情報を手に入れた仲間がそれぞれ話を始めた。
どうやら、空飛ぶ褌は神出鬼没。何で飛んでいるのかも、何で巻きつかれた人が褌好きになるのかもサッパリつかめなかった。
「あと、気になったのが商家の人の口が変に堅いことかしら‥‥ 本当に知らないだけということも考えられるけど」
レオーネが首を傾げる。
「あたしも越後屋さんの出店の人に聞いてみたけど、答えてくれなかった」
柊小桃(ea3511)が、触るとふわふわしていそうなほっぺを膨らませる。
「やはり、キャメロットから運んできたと言いながら、国内や華国で作られたとしか思えないものばかり売っている越後屋の出店が怪しいですね!
20人も兄弟がいるようですから、1人くらい魔道に魂を売った輩がいたということでしょうか」
「いくらなんでもかわいそうですよ。証拠もないのに」
志乃守乱雪(ea5557)の物言いに夜十字が突っ込む。
「当面、彼に周囲の疑惑を一身に集めて頂き、逃げるようにキャメロットへ帰っていただくとしましょう。
これで商家の皆様への疑いは避けられます」
「それもいいかもしれません‥‥って、やっぱりかわいそうじゃないですか」
乱雪の考えはどこまでも暗黒面へ一直線。夜十字は、それを止める術を知らなかった。
出所の真相は分からずじまい‥‥ 変な噂だけが流れるのであった。
●大量生産
冒険者たちはいくつかの班に分かれて褌妖怪が出ると予測した場所に向かった。
「ダメか」
不破が縄を投げるが、そんなものに絡まれるほど形のしっかりしたものでもない。
「やはり私でないと収まらないようですね」
褌は乱雪を狙っているように見える。
ヒラヒラと突っ込んでくる褌を防御するように膠(にかわ)のついた杖を差し出すと、案の定、褌は膠にくっついている。
「思った通りです」
しかし、そううまくはいかないのが世の常。余った部分が乱雪に巻きつく。
「う‥‥ そんなぁぁ‥‥」
乱雪の凛々しい顔が、うっとりと魂を抜かれたようになっていく‥‥
「褌‥‥ どうしてこの魅力に今まで気がつかなかったのでしょう」
恋する女の眼差しで褌に頬擦りしている。
「ええぃ、離れろ!! 貴様の黄泉路への旅立ちは‥‥ この俺が案内仕る」
武器の重さを乗せた夜十字の攻撃は当たったはずなのに六尺褌をスルリと滑るように流れていく。
「ゴメン、今のやっぱり無しな!!」
もう遅い。夜十字に褌が絡みつく。
「や、やめろ!! 俺は褌より妹の方が好きなんだ!! いや、だからといって。変な趣味とかじゃ無いぞ‥‥ っ! ‥‥ 皆!! 後は任せたぞ‥‥ ギャース!!」
叫びと共にフッと殺気が消える。
夜十字がのけた足の下には、飛び上がろうとしている六尺褌。
「これで終わりだな」
夜十字が? あぁ、違うのね。不破が油をかけて火を放つと、六尺褌妖怪がチロチロと燃える。
「なんてことするの!!」
乱雪が熱いのも構わず手でその火を消す。その瞳には涙‥‥
「う‥‥」
不破がひるんだ瞬間、半分くらいの長さになった油まみれの褌がその顔を被った。
どうやら褌を穿いていると褌妖怪に襲われないというのは噂にすぎなかったようだ。
「グブ‥‥ ボヘヘヘ」
褌が顔から離れると逃げ去ろうとする。
「褌好きだなどと言う濃い人間は〜、褌隊だけで十分ですよ〜」
静月が飛び出して、更に油を浴びせると提灯を投げつけた。
ボフッ‥‥
六尺褌妖怪は今度こそ燃え尽きてしまった。
後に残されたのは、さめざめと泣く尼僧と腰に手を当てた女の浪人。そして考え込んでいる浪人。
「ひどい‥‥」
「越中もいいが、六尺もなかなか捨てがたいな」
「妹と褌、どちらも優越つけがたい‥‥ いっそ妹に褌を‥‥」
いやはや惨憺(さんたん)たる状況である。
危ない橋は他人に渡らせて美味しい所だけ持って行くはずだった静月は、ギルドへ帰るまで散々彼らに責められて果たして美味しかったのか‥‥ 微妙である。
さて、別の場所でも褌に遭遇していた。
囮に目が向かせようとしているのは冒険者の都合、それを知ってか知らずか褌はレオーネの方に漂ってくる。
別に縄ひょうに結ばれた妖怪褌に惹かれたわけではなさそうな気がする。
「燃やすわよ」
本気の視線と松明の炎にビビッたように褌がユラリと揺れる。
「今だぜ!」
嵐天丸も松明を構える。
彼らは、誰も彼も自分以外が囮ではないと思っているから強気だ。
おかげで六尺褌妖怪も巻きつきあぐねている‥‥ような気がする。
「わ、悪ぃ!ゴメンな〜」
確信めいたファルクのよろめき体当たりで、微妙な感じで保たれていた雰囲気が一気に崩れる。
割って入ってきたなぜか全裸のファルクに褌が巻きついた‥‥
バリバリッ!!
ライトニングアーマーの電撃が褌を襲う。
「褌は漢の締めるモノだし堂々としとかないとな! ほら、嵐天丸も堂々と晒せって!」
電撃が収まるとファルクは褌を振り回しながら嵐天丸を追いかけ始めた。
「俺の背中を預けられるのは、おまえだけだしな〜」
言ってることは何かまともな気もするが、目つきとやってることは滅茶苦茶である。
「やめなさいっ!!」
パパーン!!
レオーネのナイルの大河のように流れる水のようなハリセンの一撃が、ファルクと嵐天丸のデコを光の様に刺す。
「何で俺まで‥‥」
嵐天丸がデコを押さえた。
「レオーネ、着ける? 気持ちいいよ」
スパァァン!!
無邪気なファルクの一言に、流麗なツッコミが再び響いた。
褌が逃げたことに気がついたのは、ハリセンの音が何度も響いた後のことだった。
「やわらかふわふわの誘惑になんて負けないわよ! だって」
ジャパン語を喋れない暁峡楼(ea3488)の華国語を風御凪(ea3546)が仲間に訳している。
華国語がこんなところで役に立つとは‥‥
彼らは、まだ褌に出会っていない。
「褌(?)のクセに魅了するなど怪しげな物だからな。魅了されている人を探してその人達の中心を探してゆくと褌が見つかると思うのだが」
佐々木慶子(ea1497)が歩きながら仲間に話す。
「俺?」「あたし?」
風御と小桃が同時に返す。
「自覚はあるみたいね。あなたたち、余程の褌好きよ」
佐々木の指摘に2人は顔を見合わせると目をつぶって2、3度頷いた。
「ふふふ‥‥ なるほど、俺が褌を大量に集めるようになったのは、記憶にないがきっと過去に奴に巻きつかれたんだな!!」
「成る程ね〜。あたしもいつの間にか巻きつかれてたんだ〜」
「ふふふふ‥‥ 待ってろよ! 絶対捕まえて俺のものにしてやるからな!!」
「白樺木綿さん待っててね!! 小桃が可愛がってあげるから!!」
小桃など、名前まで既に考えて六尺褌妖怪を飼う気満々で妙に熱くなっている。
「柊さんがそこまで想っているなら、捕まえたら差し上げますよ」
譲ってやるのが風御らしいというか‥‥
「六尺褌って気持ちいいよね〜」
「あはは、待てよ〜。こいつぅ〜」
芝居なのか本気なのか、風御と小桃が楽しそうに走り回っている。
ふんわり、ふわふわ‥‥
ふと気づくと、どこから現れたのか1枚の褌が‥‥
「来たな」
佐々木は器用に足場を探すと屋根へと登った。
集中してライトニングサンダーボルトを放つ。
ズシャン!
直撃を受けた褌が風御と小桃の方に逃げた。
「待ってたよ、白樺木綿さん!! さあ、小桃の下僕になりなさ〜〜〜い!!」
ワシッと小桃が褌に抱きつく。いや、褌に巻きつかれたと言った方がいいのか?
「ほ〜ら、こっちにもあるぞ〜」
笑いながら風御が自前の六尺褌をちらつかせる。
「もう放さないから〜」
小桃に端を掴まれながらも褌は風御へも巻きつく。
「よく来たね。逃がしはしないよ。ウフフ」
風御もワシッと褌を捕まえた。棒手裏剣で地面に縫いつけようとするが、切っ先は生地を切り裂かず、褌ごと土にめり込むだけ。
2人が魅了されたのか判断しかねて峡楼も飛び込むに飛び込めない。
(「なんて言ってるんだろう?」)
そもそも、どういう状況なのか峡楼には理解できなかった。
そりゃそうだろう。世の中より少し複雑な世界に彼らはいるのだから‥‥
完全に膠着状態だった。
佐々木は雷撃を放てないでいたし、峡楼は油壺と布に包んで灯りを極限まで鈍くした提灯を手に動けない。
先に動いたのは褌。風御と小桃から逃れると宙に逃れようとする。
そこへライトニングサンダーボルトが撃ち込まれた。
シュルリ。路地を抜けるように褌が流れていく。
峡楼が角を曲がったとき、既に褌の姿はなかった。
「逃げられちゃいました〜」
「う〜ん、残念だったね‥‥」
小桃と風御、魅了されたのかサッパリわからずじまいだった。
本町の『風御診療所』近く。団子を食べる風御たち。
「越後屋の『福袋』製作者のおっさん、ケチですね。福袋の余りの他の限定褌、売ってくれないし、見せてもくれない」
「数が少ないからいいんだって‥‥ それに謎な方が面白いって言ってたね」
ここは世も事も無げ。
●いやはや大量生産
結局、冒険者たちは多数の褌好きを輩出しながら、3枚の六尺褌妖怪にしか出会うことはできなかった。
この妖怪、時折見かけると噂に聞く。真偽のほどは確かではないが‥‥
さてさて、件(くだん)の褌好き、7日もすると途端に元に戻ってしまったようである。
中には本当に褌好きになってしまった者もいるとか‥‥
げに世の中は奇怪なり。