●リプレイ本文
●依頼、ドッキドキ
急いでいけば1日の行程だったが急ぐ理由もなく、一行は普通のペースで依頼の村を目指していた。
「この依頼は堅苦しくなくていいな」
森の中から仲間が罠を回収して戻ってきたのを見て南天輝(ea2557)が苦笑を浮かべた。
「獲れなかったわ。残念」
道程の休憩中に狩猟セットを使った狩多菫(ea0608)の狩りは失敗した。罠を仕掛けた時間が少なかったというだけではない、動物の姿自体が少ない気がする。
「そうでござろうな。獲物が少ないからこそ野犬たちが村を襲ったのでござろう」
他の仲間より少しだけ動物の知識に長けたジョルジュ・ランカスター(ea0771)は、依頼とは別のところで野犬たちに同情していた。
(「何とか野犬を殺さずに済めばいいのでござるが‥‥ 困っている村人の力にもなりたいでござる‥‥」)
愛用の太鼓を叩く音は軽快だが、その心中は穏やかではない。
「やれやれ‥‥ 犬っころどもが。手を焼かせる‥‥ そろそろ出発するか?」
鋼蒼牙(ea3167)は保存食を食べ終えると立ち上がった。
村に着いた翌日、一行は詳しい事情を聞き込み、作戦を立てた。
「こことここ。それから、こっちもなんとかいけるかしら?」
大宗院鳴(ea1569)は、村人に周辺の地形を聞き込んで襲撃に向いた地点を何箇所か割り出した。風向きが心配だったが、襲われる時間帯がパターン化してきているので、それを元に作戦を立てるしかない。
「安心してくださいよォー、依頼人殿ォ! 必ずその野犬どもは、このヴァラス様がブチ殺してごらんにいれますぜェー!」
ヴァラス・ロフキシモ(ea2538)は、ちょっと引き気味の村人から野犬の行動や襲撃のパターンやリーダー格の特徴を聞き出して作戦に組み入れていく。1軒1軒が離れているために、次に狙われる可能性が高い庄屋の家が襲撃地点と決められた。鋼が考えていたような周囲が崖みたいな地形で簡単に逃げれない場所とは少し違ったが、都合の良い場所などそうそうあるわけがない。ここなら壁もあって追い込みさえすれば、逃す可能性は少ないだろう。
(「一応、囲いを作っておくか」)
鋼は戸板などを使って、庭からの退路を塞いでいくことにした。
「皆さんも手伝ってくれませんか?」
山狩りをするなら、さすがに8人では少なすぎる。それは村人たちも理解できたので、山王牙(ea1774)の申し出を快諾してくれた。
「ありがとうございます」
一行と村人たちは早速用意をはじめた。
「‥‥大丈夫だ。俺達が殺させない。だから貸してくれないか?」
鶏を何羽か借り受けて、鋼はこれを囮として庭に柵で囲った。
「こんなもんだろ‥‥ そっちはどうだ?」
山崎剱紅狼(ea0585)が柵の近くに落とし穴を掘った。
「大丈夫、罠は仕掛けたよ」
狩多は柵の周りに狩猟セットの罠をしかけると、戦闘に不必要な道具を村人に預けた。山の中にも煙を立てるための薪などを慌しく用意していたため、その日に野犬たちが現れることはなかった。しかし、そろそろ空腹で山から下りてくるはずである。油断はできなかった。
風下に囮と罠を設置して煙と音で野犬たちを追い込む作戦‥‥ 風上から近づく野犬に囮の臭いが届くわけもなく、この点に関して言えば致命的なミスがあると言っていいだろう。とはいえ、度重なる襲撃の成功で習性的に同じ経路を採りだしたことが野犬たちを不利に導き、風上から追い込む作戦自体はギリギリのラインで齟齬をきたさずにいた。さて、もう1つの作戦上の欠陥は身をもって後に知ることになるのだが‥‥
●ついに来た
ついに野犬たちが山から下りてきた。幸いなことに予測した獣道からである。
「わるい犬はいねがー!」
淡いピンクの光に包まれた新免九郎(ea1282)の手からオーラショットの光の固まりが飛び、突っ込んでこようとしていた野犬は当たった光弾の痛みに驚いて飛び退いた。山王が日本刀を振り抜いて放った扇状の衝撃波が野犬たちの何頭かを弾き飛ばす。ウゥゥゥゥ。片目の野犬は仲間の野犬を護るように喉を鳴らした。
「頭を潰す、消えろ狂犬」
首を狙った山王の攻撃から素早く飛び退いた片目の犬は、仲間を統率しようと吠えながら群れの中に飛び込んでいく。
「これ以上狼藉を働くのなら、鍋にして食べちゃいますよ!」
風上から馬を操って野犬たちを追い込む狩多の近くでは、山崎が村人たちと一緒に太鼓や鍋などと叩いている。
「うまくいってるでござるな‥‥ 念のために煙で追い立てるでござるよ」
包囲網に飛び込んできた野犬を確認して、ジョルジュは煙をおこさせた。その煙からに煽られて、驚く犬たちは村のほうに走り出す。
「ガァウ」
リーダー格の片目の野犬が吠えるが、走り出した群れは容易に止まらない。片目の野犬は混乱の原因である村人たちの音を止めさせようと飛び掛ってきた。
「させねぇ。村人に怪我人なんか出させるか」
山崎はダガーを取り出し、左手に持つと片目の野犬の前に立ち塞がる。繰り出された日本刀とダガーをギリギリのところで片目の野犬は体をひねってかわし、山崎の着物の裾が少し裂けた。片目の野犬は着地すると山崎を一瞥すると群れを追い始めた。
「やるじゃねぇか‥‥」
犬の毛がパラパラと山崎の目の前に舞っていた。
(「さて、心躍る冒険の始まりだ。といっても、相手は犬。少々物足りない相手ではあるが、まあいい」)
「もっと向こうへ行ってくれ」
煙で視認しにくくなった野犬たちの位置をブレスセンサーで確認しながら、煙を起こす場所を調整してデュラン・ハイアット(ea0042)が野犬たちを1ヶ所に追い立てていく。
(「山の中に突き進むのはあまり気が進まんが致し方ない」)
デュランは一息つくと仲間を追いかけた。
「狩多、1頭行ったぞ」
リトルフライで空中の安全圏へ退避していたデュランは高見の見物を決め込んでいたが、仲間に指示を出したり、戦況を把握したりと意外に役に立っていた。
「行かせません! サッサと成敗されて下さい♪」
包囲をすり抜け逃げ出そうとする野犬の行く手を狩多が馬でふさいだ。犬の俊敏性を持ってすれば馬の足元を駆け抜けることは比較的容易だろう。しかし、騎手が武器を振るい、蹄が襲ってくることを身をもって知らされていた野犬は包囲網の中に後ずさりしてしまう。
「新免、行ったぞ」
「任せとけ!!」
他にも包囲網を抜けようとしている野犬に、新免が容赦なくオーラパワーを付与した一撃を食らわし、オーラショットを撃つ。鍬や鋤しか経験したことのない野犬たちは混乱して逃げるしかなかった。
「ゲホゲホッ‥‥」
ヴァラスたち待ち伏せ班は煙に巻かれていた。しかし、野犬たちの吠える声で接近しているのだけはわかった。
「ムフフフ‥‥ さー来い、すぐ来い、今すぐ来いィィ!!」
ヴァラスの声に驚く野犬は突進を止めた。そうでなければ勢い余って罠に飛び込んでいたはずなのだが‥‥
「何やってるのよ」
大宗院は犬らしき影に向けてライトニングサンダーボルトを放った。ギャウ。キャン。煙の中に伸びる雷光に野犬たちの悲鳴が混じる。
「ブッた切ってやるぜ! このド畜生がよォッ!」
立ち止まった野犬たちへヴァラスが突撃し、馬上で抜刀した大宗院が馬の腹を蹴ってそれに続く。
「ムシャァァーッ!」
ヴァラスの声に野犬たちはビクッと震えて動きを止めた。自慢の鼻も周りの煙で狂わされ、視界も利かず、身動きが取れないのだ。しかし、ヴァラスは他人より優れている動体視力のおかげで犬サイズの影へと攻撃を繰り出し、狙い通りではなかったが攻撃を当てることに成功した。
「ムハハハァッ! 喉元を切り裂いてェッ! 確実に仕留めるッ!」
目や鼻、足や胴を割かれ、のた打ち回る野犬たちを組み伏せては次々と喉を掻っ切る。
「何なんだよ、こいつ。すげぇ」
南天たちの攻撃は、煙の中でなかなか野犬を捉えることができない。単純に技能の差を感じずにはいられなかった。
「さぁ、狩りの時間だ! ありきたりのセリフだがな!!」
鋼は気を取り直して手近な小さな影にオーラショットを放ち、突っ込んだ。野犬と冒険者たち‥‥ 煙の中で互いに有効打を与えることができず、次第に乱戦に縺れ込んでいった。ただ、ヴァラスを除いては‥‥
ガシャ〜ン!! 門構えに吊り下げられた木柵を支えていたロープを南天が切った音だ。これで庭からは容易に逃げることはできない。
「おっと、ここは通さない」
落とし穴に落ちて突進を妨げられた野犬が穴から這い出そうとしているところを見つけ、剣を突き立てると南天は煙の中に突っ込んでいった。
ジョルジュは煙を止めるように指示を出し、しばらくして薄れる煙の中で戦う仲間と野犬たちを見つけることができた。
「首領格の野犬さえ倒してしまえば、残りは飼えるのではござらぬか?」
「依頼人殿は野犬の退治を依頼なされたわけだからよォ、一匹残らず憂いなきよう始末せんとのォ〜」
ジョルジュの言葉をヴァラスが遮り、その間にも野犬たちは1頭1頭と地に伏していった。
「ムフフ、俺ってばな〜んて依頼に忠実なんでしょーッ!」
ヴァラスの両手に握ったナイフが振るわれるたびに血飛沫が飛ぶ。一閃一閃ごとに野犬たちの動きが鈍り、止めが刺されていった。ズバッ。ようやく大宗院たちにも野犬たちの姿がとらえられるようになっていた。馬上から日本刀が振るわれ、逃げ出そうとする野犬に一撃が食らわされる。ガァゥゥゥ!! 片目の野犬が傷ついた仲間を守るように鋼と南天に吠えた。
「今までの事を後悔しながら死んでいけ」
鋼は躊躇なく剣を繰り出した。ただ撃退しようという気迫の剣ではない。
「悔いてるかどうかはともかくな」
必殺の気迫のこもった剣に、片目の犬の毛が朱に滲んだ。血飛沫が煙の中で赤い霧になる。
「片目の犬か‥‥ 群を統率する能力のある奴には直に挑まないとな」
南天は飛び掛ってきた片目の犬を横っ飛びにかわし、体が入れ替わる瞬間、日本刀を振りぬいた。トサッ‥‥ 何かが落ちた音がした。右前足を失いながら片目の犬は仲間を背にかばって、なおも飛び掛ってきた。
「‥‥」
反身の体勢から体で隠した刀身を繰り出して、南天は片目の犬の首を落とした。その後は、作戦を駆使して戦う冒険者に野犬たちが敵うはずもなく、一方的な戦いへと移行していった。煙の晴れた庭には10頭の野犬の亡骸が転がっていた。
●戦い済んで‥‥
野犬に襲われたわけではないが、山の中を駆け回り、煙の中を走り回ったのだ。打ち身や擦り傷などの怪我を負った者がいないわけではなかった。
「これで終わり。次っ!」
山崎が怪我人に応急手当を施していく。冒険者たちの傷も掠り傷程度。応急手当で充分だった。
戦いの片づけが済んだころ、庄屋の家の片隅に真新しい小さな墓がいくつも並んでいた‥‥
「わたくし、勇敢に戦って死んでいった者には、お墓を作るのが礼儀であると父上より教わっていましたので‥‥ あっ、これは狩猟で、この犬達は食料でしたか? 申し訳ございませんわ」
村人たちがバツが悪そうに犬たちの墓から目をそらすのを見て、大宗院は首を傾げた。お嬢様育ちで世間知らず。こんなことを平気で言ってしまうあたり、大宗院はいい様に丸め込まれて修行に出されたのだろう。もっと世間を知りなさい‥‥と。
「ま、こういうこともあるさ」
村人に倒した犬の処分を任せようと思っていた鋼は、他人は他人、自分は自分と思うことで納得させるしかなかった。
依頼が片づけば、後は帰還するだけ。
「ムフ、依頼は完了した‥‥ 報酬はしっかりいただきまっせェ〜!」
ヴァラスは嬉しそうに報酬を受け取り、それを仲間たちに渡していった。彼らの冒険譚は始まったばかり。果たして何が待ち受けるのか‥‥