●リプレイ本文
●再会
「月華ちゃん、おひさ〜♪ 今回の届け先は猫だって? いつか普通の配達依頼も必ず来るからがんばろ。ねぇ?」
天乃雷慎(ea2989)が笑いながら月華の肩にチョンと指先を乗せる。
「ひっど〜い。今度のは仲良しだったお爺さんの供養だもん」
パチンと指を鳴らすと、腕組みをした忍者が天乃の背後に着地した。
「お久しぶりでござるな、天乃殿。月華のためだけの忍び、甲斐さくやでござる」
「雷慎さん、おもしろいでしょ〜?」
月華が笑う。
「面白いはないでござるよ〜」
折角キメたのに‥‥という甲斐さくや(ea2482)の心の声が聞こえてきそうである。
「それはそうと、猫との通訳を知り合いに頼もうと思ったのでござるが、駄目だったでござる。
代わりに動物に詳しい者を呼んだでござるよ」
「大将がどの子か見極められれば、その子が平太だろうって」
南天流香(ea2476)が夢見る表情で虚空を見つめる。
「お久しぶりです」
お嬢様風の女の子が軽く会釈している。
「鳴ちゃ〜ん、来てくれたんだ」
「はい。猫を飼いたいので」
大宗院鳴(ea1569)が相変わらずちょっと的外れな会話で返す。
「再会を喜ぶのもいいけれど、そろそろ本題に入らない? 初めての人たちが話に入れなくて困ってますよ」
リュカ・リィズ(ea0957)が1通の手紙の前でしゃがみこんでいる。
「なにかと江戸で有名な特急便の月華さんですね。よろしくですよ〜」
七瀬水穂(ea3744)が笑みを投げるが、思考は完全に別の所へ飛んでいるようだ。
「お爺さんの大切な猫さん‥‥ 平太さんにお手紙を届ければいいんだよね♪ 月華ちゃん一緒にがんばろうね☆」
ふにゃ〜と表情を緩めているのが、リゼル・メイアー(ea0380)。
彼女も‥‥ いや、今回は猫目当てでない者を探す方が大変なんだが、彼女もこれから訪れようとしている猫天国に思いを寄せているようだ。
「手紙の内容を事前に確認するのって‥‥無理ですよね? ごめん、聞くだけ無駄ね」
自己完結したリュカを見て、月華が笑う。
「まずは手紙を届けるのが先決ですね。ですが、祖父殿のこと、依頼人のこと、色々と調べてから行った方が良いように思います」
彼は争うことなど端(はな)から頭にないとでも言うように、愛用の剣から鎧、盾や外套まで鎧袋にしまって、それを抱えるようにしてルーラス・エルミナス(ea0282)が平服で座っている。
「それじゃぁ、今日は準備に当てて明日出発しましょ」
月華の提案に皆が頷いた。
●商家
「聞きたいことがあるとか」
月華たちは商家の奥へと通された。
「祖父殿は猫たちと家族のように暮らしていたのでしょうか?」
自己紹介を終え、ルーラスたちは早速依頼の話に入った。
「どうなんでしょう。最近は父とは手紙のやり取りをするくらいでしたので」
「御爺様に会いに行ってあげなかったんですか?」
鳴がキョトンとして聞く。
「忙しかったと言えばそうなのですが、親不孝をしてしまいました。
もっとも、『家や店は任せて、ワシは田舎でのんびりさせてもらうよ』と隠居暮らしを始めたので、なかなかどうして‥‥」
「その辺の事情はわからないでもないですよ。水穂もお店してるですからね〜」
七瀬が、したり顔で頷く。
「猫はとても好きでしたね。商いに差し支えるからと言って、飼うのは2、3匹にしてくれてました」
「もし平太が猫で、手紙に家を平太に譲ると書かれていたら、譲って貰えませんか?」
「でも、猫にでしょう? いくらなんでも」
突然の申し出に依頼主もビックリしている。
「私たちは平太が化け猫とか、そういう類(たぐい)のものだと思っています。
それを踏まえたうえで、猫たちと祖父殿の関係しだいでは、手紙に家の譲渡が書かれているかも知れないと思っています。
その際には猫たちを追い出して化け猫の恨みを背負い込むより、祖父殿の思いを察してほしいのです」
頭を下げるルーラスに、依頼人は複雑な表情を浮かべている。
「そもそも何故家を処分したがるのです?
わたくしの家は武家で先祖代々の家屋敷を護るのも役目ですから、隠居様のいた家を葬儀がすんだら処分しようなんて信じられません」
「それはちょっと言い過ぎじゃない?」
南天に月華がすかさず反論すると、依頼人が手を掲げて無言でそれを制した。
「あれは父が隠居するために買った屋敷です。私たちには必要ないものなのですよ。
でも、父の想いが残っているのなら考えてしまいますね‥‥」
どうやら絶対に売りたいという訳ではなさそうに思えた。
「残しておくだけでもお金がかかるです。だから屋敷の売却は必要だと思うです。
そ・こ・で、逆に猫屋敷というのを売り文句にするですよ。
『寂しい老後にぴったり。猫たちと暮らす楽しい隠居生活。猫好きに最適な場所です〜』って。
猫さんたちにも新しい家主さんに迷惑をかけないようお願いしておくです」
「そう、うまくいくならいいのですが‥‥」
七瀬の提案を依頼主はうまくいくとは思っていないようだ。
「猫は家につくと聞いたような気がしますから、化け猫さんと隠居様が何らかの約束をしていたのかもしれません。手紙次第ですね‥‥」
南天が黙り込む。
「私は隠居の手紙に見合った解決法にしたいと考えているでござる。
場合によっては依頼人に逆らうかもしれないでござるよ。
シフールとか子供とか‥‥小さき者が生贄とか犠牲になっていると噂に聞いたりするでござるからな。
化け猫の類であっても居場所が必要でござる。悪ささえしなければ構わぬでござろう?」
甲斐の呟きが皆の心に染みる。
「ボクも猫たちを蔑ろにして屋敷を売る事には反対なんだ。
大切な場所は誰にだってあるから。
けど、猫だけで屋敷を維持していくのは無理だもんね」
天乃が淋しそうな顔で続ける。
「きっと手紙は猫たちへの今後の指示だと思う。
猫たちは御隠居様が死んだ事を知らないんだよ‥‥
だから、離れとか御隠居様が使っていた所は、いつでも使える様に猫たちで守ってたんだよ」
皆の顔を見渡して、天乃が更に続ける。
「もしも猫たちが家を出て行くようになったときは、新らしい住処や主を探してあげようよ。皆で手分けしてさ。
1匹くらいならボクも引き取ってもいいよ」
黙り込む一同に、月華は意を決したように力強く言った。
「まずは手紙を届ける。
そして何が書かれているのか見せてもらえたら、できるだけその意に沿うようにする。
そうでなければ猫たちを屋敷から出てもらう。その場合、猫たちの処遇は私たちに一任する。
それでいいですか?」
「構わんよ。父の遺志には、できるだけ沿いたいし、無用の争いは好まん」
「じゃあ、それで決まり!!」
「頼んだよ」
月華たちは商家を後にした。
●猫屋敷
翌日、一行は配達先の屋敷へと向かった。
「キサラちゃん、顔怖い」
「心配するな‥‥ 我らの国では猫は神の使いとされている高貴な生き物だ。無下に扱ったりすることなどできない。
ましてや『かわいい』などとは決して思って隙をつかれないことをここに宣言しよう!!」
月華に思い切り力説するキサラ・ブレンファード(ea5796)だったが、しどろもどろになって訳わからない返答をしているところを見ると、彼女も一端(いっぱし)の猫好きのようだ。
般若面を着け、右手に短刀、左手に十手を構えて屋敷へ近づくと、門にたくさんの猫が集まってきた。
フーッと毛を逆立てて睨んでいるだけで、どうやら向こうから仕掛ける気はないらしい。
「取り越し苦労だったか?」
キサラが面を取り、得物をしまうと猫たちも多少警戒を解いたようである。
「猫さんがいっぱいぃ☆」
リゼルが思わず駆け出す。
ここへ来る途中に道端に生えていた狗尾草(えのころぐさ)を振ると猫さんたちは喜んで飛びついてきた。
フサフサの猫じゃらしをピクピク動かすたびに、にゃっ、にゃっ、と跳ねたり、前足で掃ったりするのを見るとリゼルも楽しくてしょうがない。
猫たちが足元に擦り寄ってきて、リゼルが耐えられずに転がってしまうと、ピクピク動く長い耳に興味を持ったのか、猫たちはその耳で遊びはじめた。
「あはっ、ダメだったら♪」
くすぐったそうに声を上げる。
「おぉ、水穂ちゃんの乙女の魅力に猫さん達もメロメロですよ〜」
七瀬の周りには猫たちが集まり、気持ち良さそうに身を摺り寄せている。
「木天蓼にゃろうが!」
見れば恰幅のいい黒に近い深緑の毛並みの猫が煙管を燻らせ、ふしゅーと煙を吐き出している。
「わたくしが来るまでもなかったみたい」
「すまぬ」
「いいのよ」
甲斐の肩を軽く叩くと、南天は持ってきた鰹節や魚を皿に乗せて猫たちの前に置いた。
ハムハムと猫たちが皿の上の物を食べる様子を南天が幸せそうに見つめている。
首の下を撫でるとゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしている。
「まったく‥‥ マタタビと魚に篭絡されおって‥‥ 『また旅に出ろ』ちうことにゃのか?」
「違うですよ。仲良くなりたいんです〜。水穂印の超強力マタタビ汁を染み込ませたこれ、欲しいならあげるですよ」
匂い袋を七瀬が懐から出すと一瞬それに釣られそうになったが、黒猫は威厳を取り戻すように煙草を一吸いして煙を吐いた。
「何の用にゃ」
恰幅のいい黒猫が、ふてぶてしい態度で顎をしゃくる。
「御隠居様からのお手紙を持ってきたんだよ。入ってもいいかな?」
天乃が猫に揉みくちゃにされつつあった月華をつまみ上げ、手紙を指差した。
「来るにゃ」
黒猫に付き従うように猫たちは屋敷へと入っていく。
●手紙
「平太殿への手紙を持って参りました。此方は土産物です」
ルーラスが包みを渡すと、黒猫はチラッと見て話し始めた。どうやらこの猫が平太らしい。
「人間にしては気が効くじゃにゃいか」
「ここに住んでいたお爺さん、病気が重くなって亡くなってしまったの。これはお爺さんからの手紙」
月華が鞄から手紙を差し出した。
「爺さんが死んにゃって? 病気を治して必ず帰ってくるからって言ってたにょに!!」
平太は慌てたように手紙を開いた。
「‥‥」
平太はそれを見て固まっている。
「何て書いてあったの?」
「字が読めにゃい」
月華たちがこける。
「じゃあ私が読んでいい?」
「頼むにゃ」
月華が手紙を読み始めた。
「平太よ、わしは帰れなくなってしもうた。約束を守れずに、ほんに申し訳ない。
わしが死ねば、その屋敷は子供たちの物じゃ。残してきたお前たちが心配でならん。
無理に追い出したりせねば良いのだが‥‥
もし、息子たちがお前たちに優しくしてくれたとしても、元のような暮らしにはならんじゃろう。
お前たちだけで屋敷の手入れも食事の世話なども難しかろうし‥‥
平太、人と争わず、何とか可愛い猫たちを守ってやってくれ」
手紙の文字はあちこち滲(にじ)んでいる。
「平太、お前たちと過ごした日々はとても楽しかったよ。
大好きな猫と昼も夜も一緒にいられて、おまけに猫と‥‥平太と話までできたのだから。
ほんに楽しかった。可愛い猫たち、これまでありがとう」
平太が声を上げて泣き出した。
「家族だったのですね」
「そうにゃ。
爺さんは、ここに住んでいいって言ってくれたのにゃあ。
みんな、あの爺さんのことが大好きなのにゃ」
平太は人目も憚らず泣いている。
「離れに近寄らないのは何故なの?」
「爺さんが住んでる場所だからにゃ。猫たちが散らかしたら爺さん落ち着いて暮らせにゃいだろ?」
「じゃあ、約束は守れるのね?」
「馬鹿にするにゃ」
リゼルの言葉に平太が憮然とする。
「家の持ち主とはある程度話がついています。この手紙を見せれば、ここに住んでいられると思いますよ」
ルーラスが平太の肩に手をあてる。
「でも、誰か猫好きの人と住んでもらうことになるんじゃないかな。
平太さんは‥‥普通の猫さんの真似をしていてほしい。
猫さんたちが安心して暮らせるようがんばるから、猫さん達もこれから来るだろう人と仲良くして欲しい。
このお屋敷を残したいのなら、協力してほしいの」
リゼルの物言いに、平太はあまり乗り気ではなさそうだ。
「ここは双方の妥協が必要だと思いますわ。ご遺族と話し合ってはどうでしょうか?」
平太の涙を懐紙で拭う鳴の頬にも、ほろりと涙が伝う。
「わがっだにゃあ」
「平太さんは、お爺様のご家族の方ですので、御爺様のご遺族とこの家に住むのが一番と思うのです」
グシと鼻水をすすって顔を上げると、そこには鳴の満面の笑みがこぼれていた。
「ねぇ、化け猫さん。水穂のお店の招き猫になってくれませんか〜? いまなら三食昼寝付きですよ〜」
七瀬がしゃがみこんで子猫の頭を撫で撫でしている。
「ちっこいのは、みんな普通の猫だにょ。しばらく預かってくれにゃいか?」
地獄耳の平太が、七瀬の勧誘にちゃっかりツッコミを入れる。
「いいですか?」
「きちんと爺さんの子供と話をつけたい。屋敷をどうするのかハッキリするまで、普通の猫たちだけでも預かってくれにゃいか?」
「水穂はいいですよ〜」
本来の目的とは違ったが、それでも七瀬の顔に笑みが浮かぶ。
「私も‥‥ できれば1匹‥‥ほしい」
七瀬が子猫を1匹抱き上げてキサラの胸にへばりつかせる。
子猫が目を細めて、ナァ〜と欠伸する。
「やっぱり可愛い」
はにゃ〜んと嬉しそうな表情でキサラが子猫に頬擦りする。
向こうではリゼルやルーラスが猫を抱えて幸せに浸っているし、南天もしっかりと白猫を抱えている。
「わたくしに1匹、お世話させていただきませんか? わたくし1人っ子なので、前から兄弟がほしかったのです」
「可愛がってくれにゃ」
鳴の言葉に平太がニャッニャッと笑った。
●一件落着
「平太殿、良かったでござるな」
「世話になったにゃ」
甲斐たちの尽力もあって平太たちは、その屋敷に住むことを許された。
隠居の末娘が部類の猫好きで、その屋敷に住むことになったようである。
依頼主の商家の旦那は婚期を逃すと心配しきりだったようだが‥‥
世の中にこのような例は類まれであるが、厳然と存在するのである。
昨今、きな臭い世の中で、このような場所が1つくらいあっても心の救いにはなるだろう。
恰幅のよい黒猫が率いる猫たちを江戸の町で見かけたら
「平太!」
と声をかけてみるとよい。
もしかしたら、振り向いてくれるかもしれない。
ちなみに、屋敷の持ち主と平太の間に結ばれた約束は以下の通り。
一、折に触れ、商家の蔵や屋敷のネズミ捕りをすること。
一、訳なく人に危害を加えぬこと。
一、屋敷の外では本性を現さぬこと。