●リプレイ本文
●死人憑きが、いっぱい、いっぱい
夜十字琴(ea3096)の歌に合わせて、焔衣咲夜(ea6161)の笛の音が響く。
やや涼しくなった感のある野風が、優しく冒険者たちを包んでいる。
「この辺で、まず壊されたのは神社ですか‥‥ そして、その後に周辺の村が襲われて」
「あの村だけが間に合わずに全滅しちゃったですね」
目的の村への道中、島津影虎(ea3210)と月詠葵(ea0020)はギルドで得た情報と途中の村で聞いた情報を検討していた。
「人がたくさん死んだのだけは事実ですね」
一休みしながら地図を記した木簡を並べて、2人はそれを眺めている。
「いろんな人に聞いたけど、村の人が変な物を拾ったとか聞かなかったんだよね‥‥
誘き寄せる物でもあるのかと思ったんだけど‥‥
怪しいと言えば旅の僧侶くらい?」
「でも、あちこちで死んだ村人たちを弔ってくれたと聞きました。
何か誘き寄せる原因があると私も思うけれど、それをその人に原因があるとするのは少し性急すぎると思うよ」
難しい顔をして月詠の肩に降りたアオイ・ミコ(ea1462)の疑問に、陸潤信(ea1170)も首を突っ込む。
他の仲間も死人憑きが集まる理由があると考えており、気になるのか彼らの側に集まってきた。
「それよりも倒しても数が減らない‥‥ そして逆に増えている。しかも居付いてしまっている次第。
それは、つまりその浜に死人憑きを集める要因があるのでは?」
「兎も角、そこへ行かないことにはどうしようもないってことかな?」
「えぇ、それが先決でしょう。
それに‥‥ 死人を倒すのは難儀ではないけど今回はその土地を、自然を守らなければならない‥‥
決して楽な仕事ではありませんよ」
(「私もその僧侶が怪しいとは思います。死人が考えを持って偶然に同じ土地を目指し、浜に集まるということは考え難いですから」)
陸潤信の真剣な眼差しが仲間に向けられる。
「まずは目的の村で情報を集めましょう。死人憑きを倒すのは、それからでも遅くありません。そろそろ行きますか?」
「頑張るですよ♪」
月詠と島津が腰を上げると他の仲間もそれに倣(なら)った。
アオイたちは、村の寺にある墓場へと訪れていた。
「それは?」
「毒だよ。怪しい奴がいれば使おうかなと思って」
「過激だねぇ。俺のいるところでは使わないでほしいね」
三宝重桐伏(ea1891)が肩をすくめて、アオイの側から離れて仲間たちの許(もと)へ歩いていく。
実際問題として、『毒草の見分けがつく程度で、鍋で煮込んだ物を食べさせれば殺せるかな?』という程度の素人に毒の扱いなど危険すぎる。
見分けた毒草を磨り潰すなどして仮に致死毒ができたとしても、即相手を殺せるわけではない。
飲ませるか、傷などから体に入れるしかない。暗殺などでもない限り、使い勝手のいい物とは言えないのだ。
とりわけ、毒を塗った鏃(やじり)で自分が傷ついてしまうなどの可能性を無視して、解毒剤も持っていないような者が毒を扱うなど危険すぎると言えるだろう。
戦闘中に掠り傷へ毒が飛び散ることもあるだろう。毒を使った後に手や体についていた毒が誤って体内に入ってしまうこともある。
周りの人を心配するよりも先に自分の心配をするべきである。
専門的な段階に入ろうが、毒の扱いに長けた達人であろうが、これらは基本的に変わることはない。
あくまで毒草に対する知識でしかないのだから‥‥
「死人憑きは、近辺の滅んだ村からくるのか?」
「どうなのでしょう‥‥
私は、移住が始まったばかりで活気のある海辺の町に、生者を羨む死者たちが集まったものと考えていますが‥‥
あるいは、海自体の持つ命の力が、死人たちを引き寄せたのか、と。
死人憑きは、生者に対し、妄執があると伺いましたので‥‥」
ゲレイ・メージ(ea6177)と焔衣の疑問は目の前に広がる墓場の惨状によって解決された。
土葬された村人の棺桶は掘り返され、その中身は見事にない。
「しかし、なんで次から次へと湧いてくるんだ?」
ゲレイの疑問は、まだ払拭されない。
「周辺の村では墓が荒らされていないというのは、本当のようですね」
まだ荒らされていない墓があるのを見て、神楽聖歌(ea5062)が言う。
「小っさな村だけど、結構住んでたんだ」
暁峡楼(ea3488)は、報告にあった死人憑きの数と荒れている墓の数がほとんど一致するのを確かめて溜め息をついた。
荒れた墓の方が少し多い。ということは、死人憑きがまた増えたということだろう。
「いずれにせよ、私たちの為すべきことは、浜に害を及ぼさないことですね。行きましょう」
「さあ、気をつけてがんばりましょうか」
焔衣や神楽に促され、冒険者たちは浜を目指した。
「頑張ります。琴は‥‥頑張りますよ‥‥ ?」
物珍しいのか辺りをキョロキョロしていた夜十字は、何か影のような物が動くのを見たような気がした。
「お化けです〜」
怖くなって焔衣にしがみつこうとして、思わず転ぶ。
「あらあら。琴ちゃん、大丈夫?」
夜十字を立たせた焔衣が、ポンポンと膝の土を払った。
「うん‥‥」
語尾に泣きが入っているが、ぐっと拳を握り締め、意気込みは十分というところを必死で見せている。
焔衣に手を引かれて2人は仲間の後を追った。
浜へ赴くと死人憑きが、わんさと群れていた。
壊されたという神社のすぐ崖の下である。
「どうやら浜に集まってくるのは、あの水神の祠が目当てのようだな」
ゲレイが地図と見合わせながら死人憑きが群れる場所に目をやる。
「海からなら近くまで寄って確かめられそうですね。死人憑きを引き付ける何かがあるかもしれません」
島津が単独の偵察を申し出る。
死人憑きが海に入ってこないという確証はなかったが、浜を突っ切るよりはかなりマシな判断だった。
「それなら死人憑きは任せるです。引き付けた隙に見てくるですよ♪」
月詠がドンと胸をたたいた。
時折海面に顔を覘かせながら、島津が慎重に祠へと近づいていく。
死人憑きは仲間を追って、松林の方へ向かっている。
岩をくり貫いて作られた小さな祠の近くで海からあがると、もう一度周りを確かめ、駆け寄った。
「これは‥‥」
村人に大切に祭られていたであろう祠は壊され、無残に汚されていた。腐臭が鼻をつく。
「祠以外に何もないが‥‥ 呪術という訳でもなさそうだし‥‥ どういうことなんだ」
呪いの痕跡でもあるかと思ったが、それもないようだ。
島津は首を傾げつつ、仲間と合流することにした。
●火計は、失敗、失敗
月詠たちは『難燃性』の油を死人憑きにかけて火をつけた。
「燃えちゃうです♪」
チロチロと燃え始めるが、死人憑きの動きが鈍る様子はない。
そりゃそうだ。芯などを用いて長時間ゆっくりと燃やすための油なのだから‥‥
それに、腐った肉を燃やすほどの火力は得られないのだから大した効果はないのだ。
「それなら、こうです」
月詠たちは、今度はノタノタ歩く死人憑きにどぶろくをかける。
酒精のキツイ酒だけに一瞬でボッと燃え上がるが、やはり死人憑きの動きを止めるほどではない。
生き物であれば意表をついたり、怯ませたりできるだろうが、今回は火事の危険性があるだけ危ないといえる。
「だめ‥‥です」
ジリジリと下がり、月詠たちは松林の近くまで後退している。
「こいつはまた‥‥随分多いねぇ。ったく。うだうだやっても仕方ねぇ。やるぞ」
三宝重が死人憑きに切り込む。
「っだぁ〜! 臭ぇぞ、畜生!」
案の定、腐汁が飛ぶ。
それでも構わずに重さを乗せた一撃をくらわすと、バッサバッサと斬りつけていく。
「仕方ありません!」
闘気を込めた陸潤信の鉄拳が討ち込まれるたびに死人憑きは腐汁を撒き散らして動きを鈍らせていった。
「どんどん斬っていくですよ〜」
月詠の居合い抜きが死人憑きを切り裂く。
「鬼さんこっちら〜♪」
アオイに釣られて戦力を集中できない死人憑きを、仲間たちが確実に切り伏せていく。
戦いは冒険者有利である。
「これだけいるとうっといしのだ。もう少し減らさないと!」
仲間が傷を負わせた死人憑きに、暁峡楼が傷を重ね与えていく。
「死んでからまで苦しむことねぇだろうによ‥‥ 今、あの世に送ってやるぜ」
三宝重が、ボヤきながらも確実に死人憑きの数を減らしていく。
「お逝きなさい」
神楽の闘気を帯びた日本刀に死人憑きが動きを止める。
「近寄るんじゃありません!!」
ゲレイのウォーターボムが死人憑きに当たるが、表面を洗い流したのみ。
慌てて下がったが、自身のない弓矢での援護は控えることにした。
「偽りの命に縛られる必要は無いのです‥‥ どうか、静かにお眠り下さい‥‥ 浄化!!」
焔衣に寄り添うようにしながら夜十字が浄化の術を施す。
三宝重らによって傷を負わされていた死人憑きが、耐え切れずに消え去っていく。
多少時間はかかったが、死人憑きは全て倒すことができた。
「結局、原因はわからずじまい‥‥か」
「何故こんなことをしたのかも‥‥ですね。依頼は達成したんです。今回はこれで良しとしましょう」
ちょっとガッカリしている暁峡楼に、陸潤信が励ますように明るく言った。
●やることは、いっぱい、いっぱい
「お待ちください」
焔衣が浄化の術を施すと三宝重の腐汁の匂いが消えた。腐汁をかぶった他の仲間にも浄化の術を施していく。
「敵を葬ることではなく、この在り方こそが本来の僧の姿だと思うのです。
私の持つ清浄の力を、これからの村人たちのために使いたいと思います」
焔衣の術による村の浄化が始まった。
まずは倒した死人憑き、そして穢された村そのもの。
無論、一辺にできるわけではないし、村全部できるわけでもない‥‥
死人憑きと戦った松林、死人憑きがたむろっていた水神の祠、腐臭のする場所を休息をとりながら浄化していく。
「目に付くところは終わりましたか‥‥」
焔衣が呟く。
穢れは完全には取れないだろう。しかし、腐汁で汚れた村が、元の美しい姿に大きく近づいたのは間違いない。
「これは‥‥」
帰還した村人たちが発した第1声は、これである。
「本当にありがとうございます」
浜が大きく穢されていると思っていた村人たちは、口々に焔衣へ感謝の言葉を述べるのだった。