●リプレイ本文
●冒険者の都合
「ムヒヒ、依頼人殿。おめーらの村を救ってやるから感謝しなよォ〜」
キレた感じで笑うヴァラス・ロフキシモ(ea2538)に、村人はおろか武士たちも1歩も2歩も引いている。
「さて、色々と情報を教えてもらおうかね〜」
鬼から逃れてきた村人たちが、怯えたように村の地形などを話し始めた。
「なるべく村の建物や畑へ被害が出ないようにはするけど、戦(いくさ)だからな。どうしても出てしまうと思う。
もうすぐ収穫だろうし、ここであんまり被害が大きいようだと冬越せなくなっちまうから、そのときは少しでも助けてやってくれないか?」
「掛け合ってみるが約束はできんぞ。そうでなくても藩内に多くの鬼が出没しておるのだ」
日向大輝(ea3597)の願いが思いがけず聞き入れられたことで、村人の表情が少し明るくなり、それに比例するように村人の口が軽くなった。
村人から一通り情報を得て、冒険者は地図を前にあれこれ話し始めた。
「山鬼が喧嘩してはるように見えるんやけど、どない思いますやろか? 上手く立ち回れば苦労せぇへんでもどうにかできるかもしれまへんえ」
西園寺更紗(ea4734)が仲間の顔を見渡す。
「青鬼は子供を人質にとって、私たちを一時的に味方にして赤鬼を倒してもらおうとしている。そう考えることもできます‥‥
逃げてきた村人の話では、人間の子供に見えたと‥‥いうことですから‥‥」
鬼の子供を見たことがないので自信がないということなので村人の言うことを鵜呑みにはできないが、大宗院透(ea0050)の言う通り山鬼が子供を連れているというのは、今回の依頼で最も奇妙な情報である。
もし、その子が人間なら‥‥鬼なら‥‥ 場合によって大きく状況が変わってくるだろう。
「ガキの救出は報酬には入ってねー。よって、この俺には関係のないこと。あんさんらでどうにかしな」
ヴァラスの関心は戦いにしかない。確かに依頼にはないことであるから彼に一理ある。
別に和を乱そうという訳でもないことは、ヴァラスの様子を見れば判った。
単に戦いが好きなのである。
「あぁ、そうするよ。無難に行くなら漁夫の利だが‥‥ あまり鬼たちを暴れさせたくはないな。村に被害はあまり出したくない」
なにやらやり遂げた風の夜神十夜(ea2160)が近寄ってきた。
(「赤鬼さん、子供のために必死で追いかけているのでしょうか?」)
争いを好まない山鬼もいると聞いたことがあるような気もしたが、それなら青鬼の方が良い鬼かもしれないし‥‥
大宗院鳴(ea1569)の頭から煙が昇り始めた。
「わたくしは、青色の方が好きな色ですね」
挙句の果ての彼女の一言は、当然のように仲間の怪訝な表情と引き換えに無視された。
「まぁ、一般人に鬼の見分けをしろといっても無理な話じゃし、鬼同士が戦っとるなどとは思ってもみないじゃろうからのぅ」
「奈津婆さん、うちは天邪鬼やないかと思うんやけど」
年若い者たちばかりでは、なかなか纏まるものも纏まらない。西園寺は、何気なく年長者の意見を求めた。
「そうかもしれんなぁ。心も乱す言霊とかいうものを使うと、どこかで聞いた気がするわい。天邪鬼の言霊で内輪もめをした赤鬼と青鬼が戦っておるのかも知れぬのぅ」
年長者として皆に愛されている馬場奈津(ea3899)が茶を啜(すす)りながら、ふと思案顔になる。
「鬼の都合なら鬼同士で解決してもらうのが良いのじゃがな。用が済めば、村に留まる理由は、もうなかろうて」
美味しそうに一息ついた。
「鬼たちが睨み合ってるなら、そのうちに片付けたいんだよね。村の人たちも村の子供じゃないって言ってるんだし、行って確かめるのがいいんじゃないかしら?」
胡坐(あぐら)を組んで考え込む荒神紗之(ea4660)の着崩した胸元には晒しが見えている。
「小っちぇえ‥‥」
「誰が戸板だって?」
「そこまで言ってねぇよ」
指すような荒神の視線に、夜神がタジッとして、苦笑いを浮かべながら目を逸らす。
「青鬼と赤鬼をハチ合わせさせて戦わせるとして、争ってなかったらイタイじゃん。
鬼を15匹も一度に相手しなくちゃいけないんだしな。
だから、砦の青鬼を全員で攻撃して倒して砦を占拠して、そこに赤鬼を誘い出して撃破、とかどうかな?」
緋邑嵐天丸(ea0861)が場の雰囲気を感じて、さりげなく助け舟を出した。
いや、本人にその気はなかったかもしれないが‥‥
「いつも思惑通りにいかないというのが現実だな。意思の疎通もできない以上、できることは限られているし。
だから、いつも臨機応変に動く必要があるのだがな」
佐々木慶子(ea1497)の杞憂にも一理ある。
その後も子供の扱いで紛糾、いや‥‥白熱した話し合いが続いた。
結局、青鬼のいる砦址を攻略する前に子供を確保して青鬼に対処。続いて赤鬼を叩く。
単純だが、かなり厳しい作戦を選択することになった。
(「今回は船頭多くして船山に登った感が‥‥ いえ、代案も考え付けなかった私がとやかくいうことはできませんね」)
口にこそ出さないが、こんな作戦でいいのだろうかとララ・ルー(ea3118)は苦笑いした。
「15匹もの山鬼をどうにかするのか‥‥ 大変だな」
「ほんと、いるところにはいるんだな‥‥
一体どこから湧いてきたんだか知らねえけど鬼同士のゴタゴタなら自分たちのところでやってくれよ、まったく」
三菱扶桑(ea3874)のボヤきに日向が突っ込むのも頷ける。
妖狐の江戸襲来を撃退して一段落するかと思いきや、各地で魔物の騒動は終息する気配を見せていない。むしろ増えているようにも思えるからだ。
(「鬼の実力を小さく見積もりすぎている気もしますね‥‥」)
ララの心配は尤(もっと)もと言えば尤もだが、さすがに意気軒昂な仲間たちに水を指す気にはならなかった。
●鬼の都合
さて‥‥
険しい道では邪魔になる馬や余分な荷物を街道を封鎖している武士たちに預けると、冒険者たちは山間を踏破して青鬼がいる砦址を目指した。
「気づかれてはおらんようじゃ」
砦址に陣取る青鬼たちに目立った動きはない。
時折、一部の鬼が子供と一緒に動き回っているように思えた。
「子供が心配ですね」
馬場と荒神がブレスセンサーで山鬼たちの動きを捕捉しているため、砦址にかなり近くまで接近する事ができた。
「皆も作戦通りに頼むぞぃ」
馬場たちが更なる接近を試みる。
木々の向こうからに鬼たちの姿がチラッと見える所まで近づくと、偵察に出た馬場たちに動きがあるまでその他の者は暫しの休憩。
馬がいては、ここまで接近することはできなかっただろう。本来の狙いとは別のところで利が働いていた。
「さて、疲労をリカバーで回復しましょう」
体力のない魔法使いたちにとって、山歩きはかなり堪える。
ララが、まずは自身に回復を施す‥‥が、疲れは一向にとれない。
「だよね‥‥ やっぱり」
あまり期待していなかったので、ファラ・ルシェイメア(ea4112)の落胆はそれほどでもなかった。
一方、砦址では‥‥
「こっちじゃ」
青鬼たちは声のした方に気をとられている。
「こっちじゃと言うておろうが」
馬場のヴェントリラキュイである。
青鬼たちは子供の側を離れ、声の方向へ近づいていく。
そろりそろりと子供に近づいた馬場と荒神が、一気に子供に駆け寄って、ひっ攫っていく。
「やだぁぁ」
子供の声に青鬼たちが一斉に振り向く。
「残念、お前らの相手は俺たちだ。ウホ」
ヴァラスが駆け出すのと同時にファラの電撃が飛ぶ。
「未来の芽を摘むことは、わたくしは許しません!」
珍しく怒った大宗院鳴が雷撃を放つ!!
山鬼の足を止めるほどではないが、何体かの気を引くことには成功したようだ。
しかし、2体の山鬼相手ではさすがに分が悪い。
「強いですわ」
しかも、小太刀が与える傷は掠り傷。咄嗟に受けに回ることにした。
青鬼の攻撃を受けるたびに鳴の体を纏う雷光が鬼の体を焼いた。
肉の焼ける臭いがして、山鬼の動きが鈍っていく。
「加勢する」
逃げの一手を打つ馬場たちと青鬼の間に割り込むように緋邑が日本刀を構えた。
「うぉぉぉん」
青鬼が子供を見つけて、戦いを止めて近寄っていく。
冒険者たちは、それを見守る。
ズバンッ!
子供が微塵と散ったかと思うと消えてなくなった。
(「うまくいきましたね」)
青鬼から離れた茂みの影で、大宗院透は人遁の術を解いた。
「?」
青鬼たちが子供がいた場所に目をやるが、その姿はすでにない。
「「「「「ウォォオオオ」」」」」
青鬼たちの咆哮が、森に響いた。
「人の子のようじゃな」
「怪我は‥‥」
ララが子供に怪我がないか確かめようとしていたので、馬場は一瞬手を緩めた。
ガブッ!! 一瞬の隙を衝いて子供が馬場に噛み付いて、スルリと腕をすり抜けると青鬼のところへ走っていこうとした。
「何なんじゃ、この子は!!」
馬場も当惑を隠せない。
「やだやだ、放して! おじちゃんを殺しちゃだめぇ!!」
咄嗟に掴んだ馬場の手を、子供は必死に振りほどこうとしている。
「どういうことじゃ。ちゃんと教えるんじゃ」
馬場が子供の両腕を掴んで自分の方へ向けた。
「おじちゃんたちは、オラを助けてくれたんだよ。何で殺しちゃうのさ!!」
「おじちゃんというのは、あの青くて大きいおじちゃんのことじゃな?」
「うん!!」
「マズいわい。ララ、この子はお主に任せる」
青鬼を攻撃している仲間の許へ馬場が全力で駆ける。
(「間に合ってくれ!!」)
枝に引っ掛け、下生えに足をとられながら、気がつくとあちこちに傷をこさえていた。
「赤鬼が動き始めましたえ」
西園寺が集落の方を気にしながら月代に近づいてくる。
「そこ、罠が仕掛けてありますから気をつけてください」
まだ大丈夫と、月代憐慈(ea2630)が1つ、また1つと雷の罠を仕掛けていく。
橋があれば通る。当然の理として、そこを中心に仕掛けられた罠のどれだけに山鬼がかかってくれるかはわからない。
しかし、接近戦になるまでにできるだけ傷を負わせておけば、こちらの有利になる。
「今日も楽しく精神労働〜♪ ‥‥って楽しいわけないよな‥‥ 地味だし‥‥
まぁ、赤鬼が見えたら教えてください。俺は設置に専念しますんで」
これ以上、一体いくつ罠を設置するというのか‥‥
西園寺が集落からこちらへ近づいているのは、砦址の外で遊撃の位置についていた三菱扶桑(ea3874)にも見えていた。
「やれやれ、来るのが早すぎるぞ」
三菱が振り返ると、砦址から馬場たちと青鬼が一緒にこちらへ向かってくるのが見える。
「どわ〜、どういうことだ?」
巨躯の男が狼狽する姿に馬場たちは笑みをもらした。
「敵ではなかったんじゃ。行き違いで傷つけてしもうたが、それでもこちらの敵意がないことを示したらわかってくれたみたいじゃ」
重傷を負ってしまった青鬼は子供を護って砦址に残ることになった。
傷の浅い青鬼はララの回復を施され、3体が馬場たちに同行している。
会話できるわけではないから、正確に冒険者の意思が伝わっているかは判らないが、敵対していないのはわかる。
「そうだ、西園寺さんが戻っているぞ。赤鬼が動き出したみたいだ」
三菱が指差す先には確かに月代たちと一緒にいる西園寺が見える。
「行こう」
一向は小川を目指して歩き始めた。
並んでみると三菱の方が青鬼たちよりも頭1つ大きい。
「どっちが鬼かわからんな」
並んで歩く一向に、一瞬笑みがこぼれた。
「鬼と一緒に戦うなんてな! クソ鬼ども、今回は加勢してやる」
ヴァラスは、いたくご立腹。突き刺すような視線で赤鬼を睨んでいる。
まぁ、彼が何と言っているか青鬼には判らないのが救いだ。
小川の向こうに赤鬼たちの姿が見える。
「さ、さすがに数が多い‥‥ ある意味、壮観ですね」
山本建一(ea3891)の構える日本刀にも自然と力が入る。
「自分は青鬼との戦いに参加していないし、余力は十分にある。任せておけ」
巨躯の浪人の存在は、どことなく安心感を与える。戦力、そんな言葉を連想させるからだ。
不意に冒険者たちの眼前で地面から雷光が伸びた。
一種幻想的な風景だが、そんなものを楽しんでいる暇はない。
青鬼たちが敵でなくなり、戦力的には冒険者と青鬼に有利だ。
しかし、乱戦になれば苦戦は必至であろう。どちらに軍配が上がってもおかしくはないのである。
赤鬼が月代の仕掛けた罠地帯に踏み込んだのと同時に大宗院鳴と佐々木とファラが集中を始め、3条の雷光が赤鬼を襲った。
「ぎゃぁぁ」
悲鳴があがるが、さすがに頑強で鳴らす山鬼だけあって、赤鬼は物ともせずに小川を渡り始めた。
「オガオガ」
「待って」
川を渡ろうとする青鬼たちを、その前に立ち塞がるようにして馬場が制した。
まだ距離はある。もう一撃くらいは魔法で攻撃できるはず。
「時間なら稼ぐ! 頼んだよ!!」
ファラは暴風を呼び、何体かの赤鬼を転倒させた。間髪入れずに別の場所にも暴風を呼ぶ。
「任せて!!」
雷光が赤鬼を貫く。
雷の罠と相まって縦横に雷電が飛び交っている。
それでも赤鬼の前進は止まらない。
暴風を抜けて冒険者たちに肉薄しつつあった。
「一撃くらいは!!」
荒神の真空波が赤鬼を傷つけるが、大した傷にはならない。
「皆さん、乱戦になりますわ。お気をつけて」
鳴と佐々木の手の平から再び雷光が伸びる。
「グラァアァァ」
数体の赤鬼が悲鳴とも雄叫びともつかない叫び声をあげる。
「ムハハハハハハーッ」
待ちきれないといった感じで飛び出したヴァラスの笑い声と共に双方がぶつかった。
「死ね死ね死ねぇえ! ムホホ!!」
両手で同時に繰り出された小太刀は鋭く赤鬼の皮膚の薄い場所に吸い込まれていく。
ヴァラスは高揚していく自分に恍惚としていた。
今も赤鬼の金棒の軌跡が見える。赤鬼のかわそうとしている先が読めた。
(「いいぞぉぉ。ギヒャハハハ」)
自然と体が反応して、小太刀が赤鬼に突き刺さる度に血煙の中に身を躍らせた。
「すごいな」
妙に感心しながら、傷の深い赤鬼を見つけては首を刎ねようと夜神が小太刀を振るう。
「戦わないで済めば、良かったんだがな‥‥ 鬼道が一騎、夜神十夜‥‥ 舞わせて貰う‥‥」
まるで舞うかのように斬りつけていくが、一撃で首を落とすほどの傷を負わせることはできなかった。
もっと威力のある武器を用意するか、深手を負わせられるように工夫すべきだったが、今更遅い。
相手の攻撃が鈍くなければ、どうなっていたことか‥‥
作戦に感謝せずにはいられなかった。
「悪いがここで仕舞だ。鬼道衆が参席、『舞い鼬』月代憐慈。参る!」
扇子でビシッと指すと、月代は1体の赤鬼に真空波を放った。
(「もう少し術を使えるようにしとくべきだったかな‥‥ ええぃ、ままよ」)
月代は乱戦に飛び込んでいった。
「あなたたちの、相手は私がします」
日本刀に重装備の鎧、山本は攻撃を受けながらも確実に赤鬼に傷を負わせていた。
相手も頑強であるために壮絶な殴り合い‥‥ 我慢比べの様相を呈している。
「大概で倒れなさい‥‥」
僅かに山本の方が与える傷の深さが深かったようだ。徐々に赤鬼の動きが鈍くなってきた。
「大丈夫か? 下がって回復してもらえ」
「おぅ」
代わりに夜神が赤鬼を引き受け、山本は後ろに下がる。
「夜神、おまえも怪我してるじゃないか。下がって治療を受けろ。疲れている者も足手まといや邪魔にならない様に下がってろ」
そんなことを言っていられる状況ではないが、乱暴に言い放つ三菱の言葉を聞いて、前線で戦う仲間たちの気持ちが少しは楽になった。
「ファラさん、山本さんの抜けたところへ」
傷を負った者は前線から下がり、ララの回復の術を受けている。順次、入れ替わりに夜神なども下がってくるだろう。
「佐々木さん、右が空いています!」
その間にも乱戦の隙を衝いた魔法攻撃を可能とするために中衛以降の者たちは互いに声を掛け合っている。
ファラの雷光が赤鬼を貫いた。同時に何体も巻き込めはしないが、そのおかげで魔法使いが遊兵にはならずに済んでいた。
「月代さん!」
「助かる」
暴風が月代に迫った赤鬼を吹き飛ばした。
高速詠唱は控えるつもりだったが、こうも赤鬼が肉薄し、前線が歯の抜けた櫛のようになっては押し込む一方の赤鬼に対して後衛の安全を確保するために使わざるを得ない。
(「魔法が使えるのも、あと少しか‥‥」)
「‥‥」
気配に振り向いたファラが息を飲む。
(「油断した」)
後ろに赤鬼が迫り、金棒を振り上げている。
「ファラさん!!」
ララの叫び声は剣戟の中にかき消されてしまう。
「スールの誓いを胸に! 巌流西園寺更紗参る!!」
声と共に1撃2撃と重さを乗せた長巻の一撃が、グラリと赤鬼が崩れ倒れた。
傷を負っていた赤鬼とはいえ、山鬼を切り伏せる威力はさすがである。
周りを気にしながら、虫の息の赤鬼に止めをさす。
「助かった」
「礼はいりまへん」
西園寺は積極的には討って出ずに、狙い目に限って強烈な一撃をくらわせていた。
悪く言えば仲間を囮にした遊撃戦法だが、この場合は窮地に陥る仲間を助ける結果となり、すでに何人もの仲間を救っていた。
「ファラ!! 俺に構わずに吹き飛ばしてくれ」
日向が2体の赤鬼に囲まれて、たまりきれずに叫び声を上げる。
(「仕方ない」)
咄嗟に集中を完成させ、暴風は赤鬼を1体吹き飛ばした。
「くそっ、耐えやがった」
刀を地面に突き刺して、何とか暴風に耐えた日向の前には、未だ赤鬼がいる。
しかし、日向めがけて金棒が振り下ろされ‥‥ることはなかった。
西園寺の長巻が赤鬼に深手を負わせていく。
日向は刀を引き抜きながら金棒を何とかかわすことに成功した。
「回復と魔法だけじゃない‥‥ 俺たちだけなら負けていたな‥‥」
日本刀を振るいながら日向が呟く。
見計らったような西園寺の斬り込みとヴァラスの獅子奮迅がなければ、いつ冒険者側が崩れていてもおかしくなかった。
「ムハハッハハ!」
相変わらずヴァラスの周りには血煙が絶えない。
やがて‥‥
ズムッ。ヴァラスの傍らに最後の赤鬼が倒れた。
ヴァラスの周囲には黒く汚れた川辺と真っ赤に染まった小川が広がっている。
その中に赤鬼たちが息絶えて、倒れ臥している。
「ウォォオオオ!!」
興奮冷めやらぬ風にヴァラスは雄叫びを上げた。
●顛末
青鬼と一緒にいた子供は、青鬼たちととりあえずは本陣に押し込められた。勿論、武士たちの警戒付きである。
「厄介なものを背負わせてくれたものだ」
武士がボヤくのも無理はない。
山鬼など纏めて倒してしまった方が武士にとっては一番楽だったからだ。
5体の山鬼‥‥ 全く厄介である。
さて、周辺の村へ向かわせた使いの足軽が帰ってきて、子供は近くの村の子だと判明した。
子供や花を愛でる様子を見せられては特に危険だとは判断されず、青鬼たちは子供と一緒に武士たちに付き添われて村へ帰された。
その後、青鬼たちは山に帰って行ったという。
「安心できるかどうかは別ですが、あの青鬼たちは村の子供を守ってくれたのです。命を奪う理由はありません」
それが村の総意だったそうである。
無論、ヴァラスが甘いと吐き捨てたのは言うまでもない。
「青鬼たちに襲われても自業自得だな」
冒険者たちもその事が心配だったが、言っても詮無いことだった。
「でも、こういう解決もいいのではないだろうか? 結果は、これから出るのだと思うよ」
佐々木は、妙に清々しい感じを味わっていた。
そんな顛末を聞きながら、冒険者たちは村の片付けに尽力した。それと、武士たちも‥‥
まぁ、働いているのは主に足軽たちだが‥‥ それでも、ないよりマシというか、支配階級の武士たちがここまでしてくれるのはかなり珍しい。
「仕事には含まれておらぬのであろう?」
「よっと‥‥ いいんだよ。冒険者は依頼達成のためには何でもするとか言われてるの聞いてるしな。少しでも噂を払拭しないと‥‥」
「だが、あれじゃあな」
ヴァラスの姿を見て、明らかに村人が怯えている。
夜神たちの村への奉仕とヴァラスの与えた恐怖、足してトントンという感じか。
大宗院の姓を持つ透と鳴‥‥
以前に同じ依頼をこなしたこともあり、鳴が大宗院という珍しい姓を用いている事が透にとって多少の関心事となっている。
「同じ『名』字とは『妙』なことですね‥‥ 親戚でしょうか?」
「今度、わたくしにお姉さまがいるのか、お父様にあなたのことを聞いてみますわね」
透の駄洒落に気づかず、鳴が答える。
「ちょっと寒くなってきましたわね」
「‥‥」
彼らがどんな関係なのか、それは別の話‥‥
「よぉ」
夜神は目をつけていた村娘に声をかけた。
「夜神さん、あなたの眼に適(かな)ったということは、私の乳は自慢してもいいんですね」
どうやら夜神の噂はこんなところにも流れてきているようである。
「アハハ、面白い娘だな。単に可愛いと思ったんだよ。どうだい? 一緒に昼寝でも」
「まだまだね。もっとマシな口説き方を考えたら、また来て」
「仕方ないな。今度会ったら乳揉ませてくれ」
どうやら口説きそこなったようだが‥‥
「何の話だよ? しかし、御屋形様にも呆れるねぇ」
月代は溜め息をついた。