●リプレイ本文
●潜入
いかにも冒険者といった風体で町に入っては、そこを山姥に見られてしまうかもしれない。
そう考えた冒険者たちは商人の荷駄を運ぶ隊に紛れて町へ入った。それは、依頼人が特別に組んでくれたもので、これだけ見ても依頼人の意気込みが感じられた。
指定された商家へ辿り着くと、荷を解き、各々自分の装備を確認していった。
「頼みましたよ!」
「勿論! ウェス殿、もう一度作戦を確認したい」
マグナ・アドミラル(ea4868)が依頼人の声に応えた。頼もしい表情に商人も安心したようである。
「まずは、この町の地図を用意してほしい。大丈夫ですか?」
「えぇ、生憎ここには1枚しかありませんが、幸い紙もありますし」
商人が用意した地図と紙に感謝しながら冒険者たちは作戦の詰めに入った。
「本格的な調査は囮班にやってもらう。他の班は、巡回しながらそれとなく怪しい人物がいないか見張るように。受け持ちは、囮班がここ‥‥」
ウェス・コラド(ea2331)は仲間に指示を出しながら、地図を描き写させた。
「老婆に変装していても、足運びなんかヨボヨボのお婆さんとは違うはずよ。あれだけ健脚なんだから、見分けられるはず」
遠目から判断するための材料なども暁峡楼(ea3488)から出ており、作戦としての完成度は高いようだ。問題があるとすれば、戦力を分散したことと、連絡方法の詰めが甘いことだろうか。もっとも前者は作戦の利点と裏腹なので仕方ないことではあるのだが‥‥
冒険者が躍起になって捜索していることを山姥に気取(けど)られてはならない。この1点を貫き通し、慎重に、深く、冒険者たちは潜入する気なのである。
●噂のあいつ
到着の翌日。冒険者たちは探索に出ることにした。
これからは1日仕事になる。できれば早めに山姥にぶち当たってほしいと期待していた。
「これ以上の犠牲は避けな、あきまへんなぁ」
火の見櫓に陣取って連絡の中継役を買って出た西園寺更紗(ea4734)は荷物を沢山抱えている。
「動きがあるまでは、うちは待つしかありまへん。頼みましたぇ」
「わかっますよ。くっくっくっ。山姥ごとき、この数でかかれば大丈夫。まぁ、追い込み次第ですかねぇ」
「へまなんてしまへん。スールの誓いを胸に」
黒部幽寡(ea6359)が怪しい笑いに、西園寺が不敵な笑いで応えた。
必要な物を商人から借り受けて、一行は探索に出かけた。
「今までは関わった冒険者が揃ってマヌケだったのさ‥‥ 私が関わった以上、たった1匹の老いぼれに好きにはさせないさ」
「その通りだ。山姥を倒し、人々の恐怖を祓わねばな」
「それより、シフール1人しかいないんだね。いざって時に役に立つの?」
今回の生餌、いやいや囮、パラの凪風風小生(ea6358)が少し不安そうに漏らす。
「大丈夫だ。わしがついておる。護衛は任せておけ。しかし、もう少し予算があればな‥‥」
「値段は、これでも勉強したんですよ。金額分はきっちり働かせてもらいますから安心してください」
シフールがマグナの肩越しに声をかけた。戦闘になったら、とっとと姿を消すと念を押したいらしい。
囮班の連絡の手段を確保するために西園寺とマグナは資金を出し合ってシフール便から1人雇っていた。臨時の拘束料や危険手当などを払うと、戦闘力はないくせにかなりの金額になるため、あまり多用したくない手だが、今回は仲間にシフールがいないのだから背に腹は変えられない。
「あれじゃないか?」
割と大きな寺が見えてきた。情報通り孤児が多く養われているらしい。
駆け寄ってくる子供たちを若い坊主が追いかけていた。
「これっ、今は危ないから寺から出てはいけませんと言ったでしょう。おや、何か御用ですか?」
「いえ、旅の途中で拾ったこの子を預けようと思ったのですが、不穏な噂を耳にしましてね。」
ウェスが凪風の頭をポンポンと叩いた。凪風がウェスとマグナを見て、首を傾げていると抱きかかえられた。
『話を合わせろ』
小声でマグナが耳打ちする。凪風も事態を理解してマグナの首根っこにしっかりと抱きついた。
「そうですか‥‥ 神隠しの噂ですね。山姥に食べられてしまうとかいう」
「あぁ、冒険者に解決を頼んだんだろう? それが解決してからにしようかと思ってな」
「お2人とも強そうですし、その方がその子のためかもしれませんね。預けられるときには、その折にお越しください」
ウェスたちは、寺を一通り見て回った。世間話をする振りをして老婆に話しかけたり、凪風が子供たちと遊びながらさりげなく情報を聞き出したり‥‥
「食いついてこなかったな。あそこにいた老婆たちは普通に見えたし」
「地道に調べろってことだよ」
お茶をご馳走になっているウェスの肩を凪風がポンポンと叩いた。
「老獪な山姥の事、若い女性に化ける術を心得ているやも知れん。注意せねば」
「気にしすぎなんじゃないか?」
「おいらもそう思うよ。さっすがに皺々のお婆ちゃんがムチムチなお姉さんに変装できないって」
「この寺みたいに違うのならそれで良い」
「なら、今度はそっちを当たるか」
3人はそれっぽい雰囲気の場所を探して町を彷徨った。
「町外れの百姓の家の子らしいな。いなくなって、もう6日だと」
「強い者が弱いものを喰う‥‥ ただ殺された訳でもなし、自然の摂理と言ってしまえば、それまでかもしれないが‥‥」
「それでもやりきれない。」
「家族のように振舞って潜伏しているという線はなさそうですね。冒険者に出会って手口を変えたのかもしれない」
伊東登志樹(ea4301)と麻生空弥(ea1059)は途中経過を報告しに西園寺の元へ集っていた。
「ですねぇ。考えを読む術をかけてみましたが、どれも外れですし。くっくっ」
報告を聞くために櫓を降りてきた西園寺の代わりに、黒部が梯子を登っていく。
「今までは逃げ切られているのですけど、さすがにこれで終わりにしないと不味いわよねぇ」
別班の暁峡楼たちも報告に戻ってきてくれたようである。
「こちらは遊び好きの男が1人いなくなったと聞き込んできたぞ。
若い女に化けられるのか、魅了する力でもあるのか、わからぬがそちらも考慮に入れておいた方がいいのかもしれぬのぅ」
絶対に逃がさない‥‥ 小坂部太吾(ea6354)の語気からも、それは感じられる。
「寺の方は駄目だった。っていうか、何にもなくて良かったって感じかな」
どうやら凪風たちも合流したようである。
「そうだな。戦闘になったら何が起こるかわからん。私もあんなところで戦う作戦なんて立てたくない」
ウェスは情報を確認して作戦に細かい修正を加えると、次の定期連絡まで調査を続行することにした。
「引き続いて調べておくれやす」
仲間を励ますと西園寺は櫓へと登っていった。
●見ぃつけた
「ねぇねぇ、おねいさん」
「子供は帰りな‥‥ おや、あんたパラだね。耳が少し尖ってる」
丸めた筵を抱えた女は寒そうに粗末な打掛を掛けなおして、凪風の視線までしゃがみこんだ。
「おいら、維新組隊士、風の志士、凪風風小生ってんだ」
「商売の話かい?」
「ごめんね。そうじゃないんだ。この辺で怪しい奴、見かけなかった? お婆さんとか見覚えないおねいさんとか」
「そうだね‥‥ 向こうの船着場に新人さんがいるみたいだよ。変な柄の真っ赤な打掛を頭から被った奴さ。
見られない顔なら笠で隠すとか、洒落たやり様はあると思うんだけどね。
それといなくなった娘がいるんだよ。商売敵がどうなろうと、あたいの知ったこっちゃないけどね。役に立ったかい?」
「ありがと」
「気が向いたらいらっしゃい。商売でなら可愛がってあげるわよ」
走り出す凪風に、女は可愛らしく笑うと手を振った。
「今はまだ危ないから、人気のないとこには行っちゃ駄目だよ」
「それじゃ商売にならないでしょう?」
笑いながら手を振る女の姿は小さくなっていった。
「見ぃつけた」
「あれか」
「当たりだな。頭から被っているのは、いなくなった娘の打掛だろう」
ウェスとマグナは凪風の指差す先にいる老婆を見て確信した。
そこへ町人と思しき男が足取り軽く近寄っていく。
マグナが思わず野太刀に手をかける。
「うわっ! 婆さんじゃねぇかよ」
夜鷹と間違えて打掛をめくった男目掛けて山刀が放たれた。
腕から血が飛び、打掛を紅く染める。
大きな傷ではない。ウェスの咄嗟のサイコキネシスが、逃げようとする男にほんの少しだが力を貸したのだ。
男が腰を抜かして、甲高い悲鳴を短く上げた。
「西園寺殿に知らせてくれ」
「了解よ」
シフールが飛び立つ。既にマグナは飛び出し、野太刀を抜いていた。
「向こうから仕掛けてくる気はないようだ。西園寺の指示に従って追い込め!!」
ウェスのプラントコントロールが山姥の退路を断つ。
マグナたち3人は、付かず離れず山姥を追いかけていった。
●包囲網
「合図やわ」
眼下で灯りが円を描いているのが見える。それに応えるように櫓の上から灯りを振ると、応えるように遠くの灯りが振られた。
他の班にもわかるように灯りを振りなおした。
「うまくいってくれるとええのやけど」
町の2箇所から明かりの合図があり、急速に動きが激しくなる。
羽音と荒い息が聞こえたかと思うと、シフールが櫓の柱にぶつかるようにして急停止した。
「はぁ、はぁ‥‥ 山姥よ。あの灯りがそう‥‥」
「ありがとう。あれやね。指示を出しとるんやけど、天津殿たちの班、迷っとるみたいやわ。直接行って、誘導してあげて」
「ふぅ‥‥ 了解!」
西園寺は指示を伝えると、灯りの行方を目で追った。シフールは全速で街中を移動する灯りへと飛んで行った。
「今のところは順調やな。さて腕の見せ所、うちが絡め取ってあげますぇ。山姥はん」
仲間たちはうまく動いてくれているようである。追い込んでいる先は行き止まり。
宿場の荷が集まる場所である。柵に囲まれたあそこなら逃がすことはないだろう。
山姥に一太刀浴びせたい気持ちを抑えて、西園寺は仲間たちの誘導に専念した。
「うおっ」
麻生の目の前に老婆が飛び込んできた。
怪しく光る赤い瞳、その手に持った山刀‥‥ 山姥に間違いない。
「この一撃に、全てを賭ける!!」
先に我に帰った麻生が、一瞬で剣を抜き放ち、鞘に戻した。しかし、山姥の傷は浅い。
(「だいぶ前に俺を追い掛け回した『奴』か? 経験と場数は踏んできたんだ! なんとしてでも、討つ!!」)
「これは、斉藤さんの分だ!」
明王彫の剣が、再び鞘から閃いた。今度も浅い。
バサッ! 伊東の投げた投網を山姥は軽々とかわし、新たな冒険者の出現に山姥は逃げの一手を取った。
「逃がしましたか」
ここ一番でのダークネスの失敗は痛い。相手が逃げに徹して至近距離にいたあの瞬間しか機会はなかったというのに‥‥
「ですが、そちらには‥‥ くっくっくっ」
黒部の怪しい笑いが夜の闇に響いた。
「ご苦労さん」
山姥の逃げた先にはウェスたちが待ち伏せていた。
逃げ場はない。暗闇に紛れて柵を越えればと考えたのか、躊躇なく山姥は暗闇に身を躍らせた。
冒険者たちが提灯をかざすが、光が弱く、多少見える程度の夜目ではその姿を捉えることはできない。
「くそっ、暗闇に紛れやがった」
伊東が吐き捨てる。
だが、入り口は押さえている。だから、この暗闇のどこかに居るはずなのだが‥‥
「お見通しじゃ!!」
「ギャフ」
突如現れた小坂部が山姥へ的確に体当たりした。その身には炎の翼を纏っている。暗闇でもインフラビジョンの視力で、彼には丸見えなのである。生憎、山刀を壊すことはできなかったが、不意の体当たりはかなり効いたようである。
そして、炎の翼に照らされて山姥の姿が浮かび上がる‥‥
「お前には恨みは無いが‥‥、人が悲しむのは見たくないんでな!!」
天津蒼穹(ea6749)が長槍を繰り出した。
かわされた突きから、体を這わせるように槍を扱うと体を捻るようにした2の槍が山姥の胴を斬り払う。
「ヒギャァ」
「力無き者に変わり、この俺が刃となろう! 天津蒼穹、いざ、参る!!」
天津の気迫に山姥が後ずさりした。
逃げ切ることができると思わせて、山姥に戦闘へ集中させない。天津の作戦が図に中(あた)っていた。
狡賢い山姥を確実に仕留めるために、合流できる位置にいながら、彼らは今まで姿を見せなかったのである。
「終わりよ!!」
闘気を纏った脚で繰り出した鳥爪撃(ニャオ・ジャオ・ジィ)が山姥を蹴り倒した。
ボキ、グシャ、パキ。
「ヒュゥゥ」
山姥が苦しそうに悶えながら、宙に手を差し伸べて何かを掴もうとしている。
凪風のウインドスラッシュが、黒部のブラックホーリーが、山姥の体をのけぞらせた。
もはや問答無用である。
「作戦通りだな」
野太刀で首を刎ねたマグナが、天津たちに声をかける。
「これで一件落着だ」
ウェスは作戦が思い通りに運んだことに満足していた。
「終わったようどすなぁ」
駆けつけた西園寺は、山姥の首を見て、ただそう呟いた。
(「俺と仲間達は、あの時確かにあんたに助けられた。借りは返したぜ、斉藤さん‥‥」)
あの時の山姥かどうかはわからずじまいだった。だが、麻生の心の中で何かが解けたのは確かなようだ。
これで神隠しがなくなればいいのだが‥‥