一矢の行方

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:2〜6lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月11日〜10月16日

リプレイ公開日:2004年10月18日

●オープニング

「よう、知ってるか? 夏祭りの会場跡で弓の試合があるんだって」
「おぅ、知ってらぁ。何でも弓達者なお武家さんも見に来るんだってな」
 そんな通りの噂を耳にしながら、あなたは冒険者ギルドの玄関をくぐった。
「さて、冒険者諸君! よく聞け!!
 先の夏祭りの会場址に特設された会場で弓矢の試合が行われるぞ。そのための参加者を募ってるって訳だ。
 試合の詳しい内容は、この掲示板を見てくれ!!」
 ギルドの親仁が自分の後ろに張り出した木板を指差して、大声で冒険者に呼びかけている。

(「当然参加だな」)
 あなたは愛用の弓をギュッと握り締めると、キリッと乾いた音を立てて弦が鳴った。
 受け付けに足を向けつつ、自然に笑みがこぼれていた。
 弓矢使いは金がかかると、冒険者の中では兎角敬遠されがちだ。
 しかし、そんなことは些事(さじ)と言い切る者たちがいるのも確か。
 赤貧に甘んじている者もいる。
 そんな者たちが自分たちの技量を試す場が、突如として降って湧いたのである。
 興奮しない方がおかしい。
 目を輝かせて受付に並びつつ試合内容が書かれた木板を見入る者があなたの隣にもいるのを見て、胸が高鳴るのを感じた。

●今回の参加者

 ea3650 住吉 香利(40歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea3899 馬場 奈津(70歳・♀・志士・パラ・ジャパン)
 ea4536 白羽 与一(35歳・♀・侍・パラ・ジャパン)
 ea5986 キサラ・シルフィール(18歳・♀・クレリック・エルフ・ロシア王国)
 ea6195 南天 桃(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●開催
「客は多いようだけど、参加者は少ないみたいですね。日程が悪かったんでしょうか?」
 弓の試合も楽しみであったが、兼々噂に聞く冒険者の技を近くに見ることができると勇んで来ていた住吉香利(ea3650)は、少し残念そうに言った。
「これ程の衆人の前で失敗でもしようものならば、さぞや江戸中の噂となるじゃろうなぁ〜」
 目的のためなら手段は選ばず。まぁ、卑怯というほどではない。馬場奈津(ea3899)は経験薄い若い者たちの緊張を煽っていた。
「がんばらないといけませんね〜」
 おっとりしている南天桃(ea6195)には効き目がなかったようである。
「与一は精神を一点に集中し一矢に賭ける弓術を心がけております。人の目に惑わされるようでは修行不足でございます」
 白羽与一(ea4536)は軽く馬場の言葉を流した。しかし、経験の浅い住吉などは表情が硬くなっている。
「もしかしてあなたたちは‥‥ 失礼しました。私、住吉香利と申します。馬場さんと白羽さんですか?」
「馬場奈津と申す。手裏剣使いの志士じゃ」
「白羽与一と言います。以後お見知りおきを」
 憧れの冒険者に会えた住吉が感激で浮かれていると、フワッとご飯と御茶の香りが漂ってきた。
「腹が減っては力も出ませんからね。よろしければどうぞ」
「有難いのう。遠慮なく頂こう」
 馬場に緊張はないようである。お握りを片手に御茶を啜(すす)った。
 この差し入れ、裏方に雇われたキサラ・シルフィール(ea5986)が試合の参加者のために開催者に頼み込んだものである。
「こちらには開催者の好意で弦などの弓具を用意してあります。必要ならばお使いください」
 何から何まで気の効いたことである。

「馬場殿、出ませい!」
 暫くして呼び出しがかかった。
 開始位置についた馬場は深呼吸すると渡された矢を矢筒にしまった。彼女の体が緑色の淡い光に包まれる。
「よろしいぞ」
「始め!」
 移動に時間をかけて奇妙な位置に陣取ると中距離の的に狙いをつけた。
 会場にざわめきが起きる。
 引き絞った短弓から矢が放たれ、移動しながら3点の的が次々射抜かれる。
 再び彼女の体が緑色の淡い光に包まれた。
(「まだかのう」)
 ブレスセンサーで雲雀の位置にあたりをつけていた彼女は、それが飛び立つのを待っていた。
 バサッ。雲雀が飛び立ったのを待ち受けたように一撃で射落とす。
 その後、雲雀は放たれなかった。仕方なく、移動を繰り返して他の的を全て撃ち抜いた。
 馬場の腕で、射程内の動かない的を相手にして外すことはそうありえない。時間は大分かかったようだが、皆中である。
「28点」
 武者から点数が言い渡された。かなりの高得点に会場が沸く。

「次、南天殿、出ませい!」
(「馬場様、すごいです〜。まだ未熟ですから優勝は難しいかもしれないけど、最高の試合にしたいです♪」)
 好転の語呂を変じた愛用の朱塗りの長弓・紅天を傍らに置いて的へ向かい正座する。
「いいですよ〜」
「始め!」
 呼吸を整えて立ち上がると肩幅より少し開いて指の先で足元を確かめて、しっかりと下半身を固定した。
 片手に弓を携え、顔を的へ向け、矢を番えると、弓矢を構えて肩に顎を乗せて弦を引き絞る。
 一瞬眼を閉じて集中すると呼吸に合わせて眼を開けた。
(「的は捉えてるです。絶対に中る。日々の練習は弓は私を裏切らない。いきますよ〜」)
 周囲の風を感じ木々のざわめき雲の流れを感じながらその流れに乗せるような感覚で矢を放ち、身を残して矢の行方を見送る。
 矢は2点の的に中(あた)った。
 周囲の雑音を断ち切るまでに時間がかかったが、2射目も命中した。
 近頃にない出来に思わず嬉しさがこみ上げる。
 そこへ雲雀の羽音。動悸が乱れ、周囲の音が耳に入ってしまった。
 背後からの風を感じ、3点の的を狙う。
 しかし、集中しきれていなかったからか、矢は的を逸れてしまった。
 大きく深呼吸して構えをとるが、乱れた心はそう簡単に落ち着かない。
 結局、3点の的を4射中2中、2点の的を4射中3中し、雲雀を2射して外した。
「12点」
「残念です〜」
 もっと、鍛錬の必要を感じる南天だった。

「次、住吉殿、出ませい!」
 短弓と矢筒を確認して住吉は会場に出た。
 観衆の多さに圧倒され、馬場の言葉も思い出してしまった。
 日頃は人気のない、鳥の声や木々のざわめきの中で鍛錬しているので、どうも落ち着かない。
(「一矢一射に一期一会の心構えを持って臨む。己の弓術の技をどのように磨くべきか。それを見聞に来たんだ。落ち着け」)
 住吉は眼を閉じて開始位置で正座したまま、じっと動かない。
 会場がざわつき始める。
「始めてもよろしいか!」
「はい!!」
 呼び出しの声に、彼女は大きく答えた。
「始め!」
 まずは1点の的を立て膝で正確に射抜いていく。実戦的で落ち着いた所作である。射程を保ちながら3枚の的が射抜かれた。
(「よし!」)
 思ったほど緊張はない。移動して一度に2本の矢を番えて放つ!
「惜しい!!」
 観客から声が上がった。2点の的は片方を外してしまった。
 続けて位置を変えて、2本撃つ。
「おおぅ」
 今度は2つの的が宙に舞った。そのとき、雲雀が飛んだ。
 一瞬視線をくれるが、無視して3点の的を狙いに行き、再び2本の矢を番えて放つ。
 矢の行方に客の歓声があがった。残る1矢を5点の的に中てた。
 審査員の武者が手を叩いているのが見えた。床机から立ち上がると住吉に近づいてくる。
「住吉殿は雲雀を射なかったですね。何故ですか?」
「無意味な殺生は好みません」
「なるほど‥‥ なかなかに実用的な射法でした。23点です」
 褒められた事が純粋に嬉しかった。

「可愛そうに‥‥」
 白羽が射落とされた雲雀を優しく手で包んで抱え上げた。
「キサラ殿、助からぬだろうか?」
 白羽が開いた手の平の中には傷ついた雲雀が弱々しく横たわっていた。
「白羽殿、出ませい!」
 呼び出しの声がかかる。
「ここは私に任せて。出番なのでしょう?」
 キサラは笑顔で白羽を送り出すとリカバーを唱えた。
「良かった」
 キサラの手の平の上から雲雀が飛び立った。

 カカッ!
 蹄の音を響かせて観客の前を人馬が駆け、競技の開始位置へピタリと止まった。
 これだけの観客の前でも馬は興奮せずに白羽の手綱捌きに従っている。いや、身を任せているとでも言おうか。下手な賛辞はかえって陳腐でしかない。まさに見事。
 愛馬・漣(さざなみ)から降りると、白羽は審判や観客に一礼した。
「今日も一緒に頑張ろうね。漣」
 優しく首周りを叩いてやると、それに応える様に低く漣が嘶いた。
 さっと馬の背に跨ると、弓を携えて短く発した。
「行きまする」
「始め!!」
 白羽は静かに息を整えていくと流麗な所作で弓を番えていく。
 まるで波紋ひとつない水面のよう。静かな場が彼女を中心に広がっていくようである。
 ざわついていた観客たちも、いつの間にか息を飲むように固まっている。
「南無八幡大菩薩‥‥!」
 ヒョゥ!
 風を切った矢が弧を描いて最も遠い的を真っ二つに割った。
「おおぅ」
 観客に感嘆の息が漏れる。
 段々と近い的へ向かって弓が引き絞られ、矢は的を射抜いていく。
 微妙に馬の位置を変え、小気味良い音が等間隔で響いた。
 3点の的全てに矢が命中したとき、雲雀の羽音がした。
 白羽はそれを無視して2点の的を射た。
 何と2羽目、3羽目の雲雀まで無視して、そのまま10本の矢を使い切ってしまった。
 会場はどよどよとざわめいている。
「聞きたい事があります」
 審判席の武者が立ち上がって白羽に話しかけた。
 さっと下馬すると、弓を抱えたまま白羽は膝をついた。
「何故、騎乗して射たのですか?」
「与一は漣と共に弓の鍛錬を重ねておりまする。この与一の弓は、与一だけのものではないのでございます」
「なるほど‥‥ 雲雀を射なかったのは何故ですか?」
「小さくとも尊き命‥‥ 己の技量を試す為だけに射るのは与一の信念に反するのでございます」
 端的にハキハキと答える白羽に武者は満足そうだ。
「33点!!」
 武者は席へ戻ると声を上げた。
 えぇと‥‥ 5点の9点の6点の3点の‥‥ 審査員点は満点の10点?

 ここに今大会の優勝者が決定した。
「おめでとう。良い技を見せてもらったよ」
 参加者たちは一堂に集められ、白羽には先ほどの武者が鉄弓を手渡した。
 観客の歓声も弥(いや)が上にも高まっている。
「これは褒美でござる」
 武者に付き従っていた武士が巾着を白羽、馬場、住吉に手渡した。
「それではこれより! 殿自ら弓の腕前を披露致す!! 滋籐(じげどう)の弓と鵜黒(うくろ)をこれへ!!」
 殿?
 弓矢1具を携えた一団と馬体の立派な黒い馬を引いた武士が、幕の奥から現れた。
 あの家紋は‥‥
「那須藩当主、喜連川家の家紋‥‥」
「えっ?」
 一の下に菊‥‥ 確かに住吉の言う通り、喜連川家の家紋である。白羽もどういうことなのか気づいて絶句している。
「これより試技を披露致す!」
 そこには長弓を携え、威風堂々とした武者の姿があった。
 66間、つまり先程の5点の位置にズラリと的が並べられると、ヒラリと黒馬に跨り大音声を発した。
「某(それがし)、喜連川宗高(きつれかわ・むねたか)と申す!! 弓の腕に覚えあり! しかと御覧(ごろう)じろ」
 無造作に‥‥ いや、無駄のない所作で狙いをつけると、ビョウと鏑矢を放った。
 ビィィと音を引いて的が宙に舞う。続けて放たれた矢も違わずに的の根元が撃ち抜かれた。
「誰?」
 キサラが住吉に聞いた。
「那須守(なすのかみ)殿だ。江戸に住んでいるのなら那須与一(なすのよいち)の名くらいは聞いた事があるだろう?
 那須藩を預かり、下野国(しもつけのくに)を治める大名だよ」
 那須藩は、武蔵国(むさしのくに)の江戸より北へ30里の位置にあり、下野国の北部を占める。20年ほど前から始まった江戸の整備により、磐木や陸前、果ては奥州越後へ向かう街道が着々と整備されつつあり、陸の要衝と化している要藩だ。源氏の棟梁たる源徳家康の親藩として、近頃とみに力を付けつつある奥州に睨みを利かせている関東の有力藩である。
「あぁ、あの方が‥‥」
 観客の大半はそんな大人物が射ているとも気づかず、的の根元が砕かれ、それが扇が落ちるように宙を舞うたびに歓声を上げている。
 最後まで間隔を乱すことなく10矢を射て、与一公は皆中させた。

●宴
 会場を去ろうとしていた一行を那須藩士が待ち受けていた。
 今夜の宴に与一公が招待したいということだった。
 無論、普段なら願っても叶わないことであるし、断る理由もない。
「今宵は色々と語りつくしましょう」
 与一公は杯を掲げた。自然とこぼれる笑みに、一行の緊張も少し和らいだようである。
 飄々(ひょうひょう)としていながら、どこか人懐っこい。好人物との評価は強(あなが)ち間違いではないらしい。
「それでは乾杯」
「「「「「乾杯」」」」」
 一同は杯を空にして、肴(さかな)にも手を伸ばした。
 今日の試合がどうのこうのと話している間に、住吉が与一公に話しかけた。
「勉強不足か‥‥弓術を主とする流派が無かったかのように思い‥‥我流となっておる自分ですが、弓術を志す者が‥‥実はどの流派の方に師事すべきであったのか気になったおります」
 様々な思いが交錯して、住吉がガチガチになっているのが傍(はた)でわかる。
「様々な流派が存在しますが、武士は騎乗して刀に槍に弓にと扱わねばなりませぬ。よって弓術を扱わぬ流派はないのですよ。
 強いてあげれば中条流でしょうが、要は自分に合った流派を選べばいいのです」
「我流でも問題ありませんか?」
「あなた次第だと思います。何を成すために弓を持つのか、それが大事なのではないでしょうか? 弓技を得ても使いこなせなければ意味はありませんから」
 いつの間にか酒も肴も止まって、皆の視線が与一に集まっている。
「某とて修行中の身。こんなことでマジマジと見つめられると照れまするな‥‥」
 勢いづけに酒を呷った与一公を見て、皆が笑う。
「那須守様は破魔矢をご存知でございますか?」
「神社にある、あれですか?」
 突然の白羽の問いに、与一公は首を傾げた。
「いえ、特別な鏃の矢らしいのですが‥‥」
「‥‥ 申し訳ない。弓には一家言あるのですが、わかりません。そのような矢があれば是非拝見したいですね」
 暫く考えて、与一公は杯を呷(あお)った。
「はい、私もそのような矢があれば手に入れてみたいです。
 それを持つにふさわしい射手になれるよう与一は更なる精進を続けようと思います。
 今回は己の限界を知り、皆様の弓術を勉強する良い機会でございました」
 白羽が破顔する。
「何を言われる。素晴らしい腕前であったと思いますよ。そうでした。忘れぬうちにこれを」
 『喜連川家・弓道免許』 そう書かれた巻物を与一公は白羽へ手渡した。
「これは?」
「さすがに免許皆伝とまではいきませんが、我が家の弓道の免許です。あなたの実力や人柄は此度のことでよくわかりました。
 我が藩の弓道場へ赴いた際は是非門下の者たちに色々と教えてやってください」
「良いのでございますか?」
「そうでなければ、このようなものは書きません」
 大名がこのような物を書くことは珍しい。それだけ白羽が評価されている証だ。本人が望めば那須藩への仕官も夢ではない。
 また、これだけでも与一公の御墨付きとして、それなりの効果を発するだろう。
「それにしても白羽殿の1射目の矢は見事でした」
「あれだけの腕を見せられては、わしなど及ばぬのう」
「すごかったです〜」
 話題を変えた与一公に、馬場や南天をはじめ一同感心しきりである。
「江戸を襲った妖狐‥‥阿紫の眼を射抜いたときのことを思い出していました。最後の言葉が気になります。大いなる古の災いの種を蒔いた‥‥と言っておりましたから」
 白羽が杯を置いた。
「我が藩も百鬼夜行の前後から今も鬼の襲来を受けております。それが関係しているのでしょうか‥‥ 我が藩の東には‥‥」
「東には?」
「いえ‥‥、何でもありませぬ」
 与一公は再び杯を呷ると難しい顔を解いて笑顔を見せた。
「近いうちに在野から藩士見習いを募ろうと思っております。働き次第では那須藩士として取り立てようと考えておるのです」
 聞けば、那須藩では鬼の大量発生に苦慮しているらしい。
 藩士たちだけでは対処しきれずに冒険者ギルドへも依頼を出したりしているようだ。
 下野国で何か起きている。それは間違いない‥‥

●ピンナップ

白羽 与一(ea4536


PCシングルピンナップ
Illusted by サイトウタカシ