阿紫の足跡

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:10月15日〜10月22日

リプレイ公開日:2004年10月20日

●オープニング

 ここは江戸の冒険者ギルドの1室。
 木簡が堆(うずたか)く詰まれ、足の踏み場もない。
「これが全部、あの時からの関係ありそうな報告書か?」
「気が重くなるぜ」
 ギルドの従業員たちは溜め息をつきながらも縛ってあった木簡を紐解きながら整理し始めた。
 この分ではいつまでかかるのか、皆目見当もつかない。
 四半刻もせずに、2人は退屈な作業を紛らわすように話し始めた。
「あれからだいぶ経つな」
「百鬼夜行からか? だな‥‥ 阿紫とその一派は退けたはずなのに、全然江戸近辺は平穏にならないし‥‥」
 妖狐・阿紫率いる魔物たちが江戸を襲来したのは、この夏のことだった。
 いわゆる『百鬼夜行』と呼ばれるものである。
 家康公の武士集団と冒険者ギルドの有志によって辛くも退けたが、江戸各地で大きな被害が出ており、今でもその影響は残っている。
「この間なんか、山鬼15匹出た村があったんだと」
「あぁ‥‥ とんでもねぇ話だよな。
 何だ? 六尺褌妖怪? これも阿紫の事件に関係あるのか?」
「さあな‥‥ それより、思ったより大変だぞ。ギルドマスターに頼んで冒険者に手伝ってもらうか」
「いい考えだな。俺たちだけじゃ到底終わりっこないぜ」
 2人はギルドマスターの部屋へと向かった。

●今回の参加者

 ea0085 天螺月 律吏(36歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2614 八幡 伊佐治(35歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea2630 月代 憐慈(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea3118 ララ・ルー(20歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea3546 風御 凪(31歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4759 零 亞璃紫阿(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7367 真壁 契一(45歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

秋月 雨雀(ea2517)/ 茘 茗眉(ea2823

●リプレイ本文

●百鬼夜行はまだ続く?
「百鬼夜行でウチの寺にも師匠様があの日連れてきた子が3人居るからな。
 まだまだ、大きい子ですら夜を怖がって、寝かせるまでなだめたりあやしたり一苦労だ」
 八幡伊佐治(ea2614)は言ってるほどイヤそうではない。
「そういや僕ぁ阿紫の最期を目の前で見たりしたっけか。そこはかとなく因縁が‥‥無いに越した事はないけどね」
 女性の気を引くには、ちょっと話が生臭すぎたようである。
 道端で引っ掛けようと女に声をかけて失敗した伊佐治は、瞬きする間ほどにも落ち込まず、ギルドの暖簾をくぐった。

 伊佐治がギルドの奥へ入っていくと、もう仲間たちが何人も集まっていた。
「さて、これらを調査するのか‥‥」
 資料の山を眺めて天螺月律吏(ea0085)は溜め息をついた。ギルドの者が手伝ってほしいと言うのも頷ける。
「ふむ‥‥ 当てもなく読み漁っても効率は良くないだろうから、軽く気にかかる問題点をまとめておくか」
「鳥居を傷つけられた神社は、北の方に纏まっているような気がするのですが、全てを調べなければハッキリしたことは言えません。
 部屋に篭って調べ物するのは好きですから、そちらは任せてください」
 ララ・ルー(ea3118)は早速資料を紐解き始めている。
「華国語に強い人も連れてきました。茗眉さん」
 風御凪(ea3546)が茘茗眉(ea2823)を皆に紹介した。
「イギリス語、ラテン語なら私に任せてくださいね」
 ルーがちゃっかり顔を出す。イギリス語は兎も角、ラテン語の文献が江戸にあるかは、ちと怪しいが。

 細かい打ち合わせをして、各人はそれぞれの調査に向かった。
「ここに残ってくれたのはこれだけ?」
 手伝いを頼んだギルドの男がガックリと肩を垂れている。
「そう言わずに」
 ルーがポンポンと肩を叩いた。

「過去に百鬼夜行ね‥‥ 今回ほどのは聞いたことないな。小競り合いはあったみたいだけど‥‥」
 ギルドの男が木簡に目を通しながら、答えた。
「他の町ではどうなんでしょうか?」
「北の方には鬼の国があったって話だけどな」
「狐とは結びつかないですよね」
「でも、百鬼夜行には鬼がたくさん参加してたみたいだけど」
「ですよね‥‥ どういうことなんだろう‥‥」
 ルーは腕を組んで考え込んだ。

●丁々発矢
「天螺月様、今日はどのような御用向きで」
 町人に対して天螺月の知名度の高さは結構便利である。名主や商人などの有力者が名乗る前から声をかけてきてくれる。
「南の方に死人憑きが現れた村があっただろう? あの近辺での事件について聞きたいのだが」
「さすが天螺月様。廻漕問屋の私に声をかけてくださるとは」
「知っておるのだな?」
「はい。ギルドの依頼で救っていただいて、それから異変はございません。産物も以前と同じように採れるので感謝しております」
 商人は満足そうな笑顔を浮かべている。
「壊れてしまった寺はどうなったのだ?」
「再建すべきなのでしょうが、そこまで手が回りませぬ。立ち直るのがやっとなのですから」
「そうか‥‥」
 暫く考え込んで、天螺月は口を開いた。
「江戸で何か噂を聞かないか? どんなものでもいいのだが」
「ありますとも‥‥」
 それから数刻も、天螺月は商人の噂話に付き合わされた。料理を平らげ、酒を空にし、暗くなってから、ようやくの御解き放しである。
 それでも収穫はあった。武器や糧食、木材などが多く買い付けられているらしい。天螺月の奔走によって下野方面へ運ばれている事が判明した。

●記録の在り処
「江戸の町は、そう歴史の古い町でもないからな。知っている者は多いはずだ」
 江戸の建設が始まったのは20年前。現在でも、その当時の工事に携わった者が多く存命しているはずである。
 しかし、重要な情報に関わっていた者が生きているかと言われれば、それは別の話だ。
 その頃の大工の棟梁や役人たちは、既に老人。家康公のように年若くして江戸開拓に携わっている者は少ないのだから仕方ないだろう。他界してしまっている者も多いのが現実である。
 記録が残っている可能性があるとすれば大名や豪族や庄屋の蔵の中、もしくは長老たちの口伝。
 だが、江戸が拓かれる前の記録や伝承を集めている変わり者などそうそういるはずもなく、足を棒にした割に見入りは少なかった。
 山と見まごうばかりの八つ首の龍、羽根の生えた大蛇、この地を支配していたと言われる鬼の国、怨霊に支配される黄泉の国への入り口、一夜にして消えてしまった神の国‥‥ それはもう眉唾眉唾な感じの情報ばかりで真実が混じっているのかも怪しい感じである。
 ボケボケした応答にウンザリした気分を変えようと、天城烈閃(ea0629)は図書館を訪れていた。
「家康公に統治され、発展する前の関東の歴史が知りたいのだが、どれを調べればいい?」
「この辺ですよ」
 記録が残っているのは、せいぜい江戸が拓かれた当時のもの‥‥ 古くても30年前のものである。それよりも古い物となるとかなり難しい。江戸のある武蔵国(むさしのくに)からして元々が辺境の地であり、下野国(しもつけのくに)の白河の関が東国の果てだったのだから文化の歴史はそう深くないのである。そういう意味では、むしろ京などの方が記録が残っている可能性はあった。
 気になる情報と言えば那須にあったという鬼の国‥‥ 華国渡りの狐‥‥
「たしか口伝にも鬼の国ってあったな‥‥ それに狐か‥‥ こっちは阿紫の事かな‥‥」
 確かなことは判らず仕舞いで調べ終わった天城は、阿紫が壊してまわっていた鳥居などについて調べることにした。
「神社仏閣の建立とか成り立ちを調べたい時には?」
「この辺ですかね」
 まぁ、20年来の記録である。系統立てて記されているものでもなく、膨大な量に予想以上に時間だけが過ぎていく‥‥
「それなら‥‥」
 百鬼夜行の折、ギルドが入手した3巻の古文書を見つけた寺院の名前を伝えてみると‥‥ 言ってみるもんである。そのうち1つの記録が残っていた。
「大いなる古の災いを封じるための神聖な地。その神聖なる地を荒らさないように江戸開発に先駆けて神社仏閣を建立したのか‥‥ 霊的な土地と組み合わせて結界にも似た守りを完成させた‥‥か」
 やはり呪術的なものが関係あるようである。
「つかぬ事を聞くが、この江戸という町そのものに、何かの魔物が封印されているという伝承を聞いた事はないだろうか? あるいは、そういう話に関する資料でもいい。あれば教えてくれ」
「これですかね」
 『閲覧可、持ち出し厳禁』と附箋(ふせん)された阿紫について記された真新しい本を番台の奥の部屋から運んでくる。

『阿紫なるは、華国渡りの白面の妖狐。その性(さが)は残虐無慈悲。
 晴れの日に雨が降ると近隣には必ず配下の狐と共にあり。朝廷に討伐され、武蔵国に封印されたり』

 概ねそんな内容だった。役所仕事丸出しの素っ気ない内容だったが、阿紫の出所がわかっただけでも収穫だ。
「気になるのは阿紫が以前言い残したという言葉‥‥ 『災いの種』、『大いなる古の』というやつだな‥‥ 
 いくら多くの妖怪を従えていたとはいえ、あの程度の数では、江戸を滅ぼすには少々無理がある。それくらいの予想は奴らにもついていたはず‥‥ なら、奴らの本当の目的は何だ‥‥?」
 天城はギルドへ戻ることにした。

 所変わってギルド。
「皆さんお茶でもどうですか?」
「ありがとう‥‥って、ちょっと苦い」
 真壁契一(ea7367)が渋い顔をして風御を見た。
「知り合いの薬屋の娘に貰った滋養をつける薬草茶です」
「大丈夫なのか?」
「えぇ、ばっちり山葵って言ってました」
「は?」
「つまり効くぞ〜って」
 閉じ篭りっきりの彼らには気分転換になっただろう。

「凪さん、これ」
 茘茗眉が指差す先には、『白』、『妖』、『紫』の文字。
 百鬼夜行の折に入手した巻物のうち、狐にまたがった天女の像に入っていた物には華国語で書かれたものであった。
 所々腐っており、読めない部分があるが、予備情報を持っていれば予測できないことはない。
「茗眉さんの思ってること、俺は間違ってないと思うよ」
「でも、完全に文章が揃っているわけではないから、予測に過ぎないのが残念ね」

『■■■■■■た臣、白■■■狐を追■■この地へ来たり。
 多■■■■■■い、一■■■、妖■■紫を追い詰めたり。
 我ら■■■■■■弓にて封印す』

「役に立てばいいのだけどね」
「あ、伊佐さん」
「たぁ〜、ヘトヘトだよ」
 ギルドへ着くなり伊佐治はバッタリ倒れこんだ。は〜っと息を吐きながら首をコキコキ鳴らしている。
「どうでした?」
「妖狐にコナかけるのより、絶〜対こっちの方が大変だって」
 目の下にくっきりクマまで作って三白眼でボ〜っと風御に視線をやる。
「書き留めますから言ってください」
 昔、華国で悪事を働いた白面の妖狐がジャパンへやって来たことがあるという話を聞きだすのに、丸3日もビシビシ修業させられたと息も絶え絶えに語るのを聞いて、風御は筆を止めた。
「徳の高い坊さん連中、僕のこと知ってるんだもんなぁ。きっと師匠の仕業だょ」
「春さんがいれば楽できたのに」
「いんや、きっと比べられてああだこうだ説教くらうに決まってる。ちっと寝てくるわ。いや‥‥」
「やっぱりそっちなんですか?」
 八幡の視線の先には可愛い子ちゃんが‥‥
「美味い饂飩を出す屋台があるんだけどさ。食べに行かない?」
「えっと‥‥」
「行きつけの蕎麦屋にしようか迷ってるんだよな。どっちがいいと思う?」
「う、饂飩かな‥‥」
「決まり。ささ、行こう」
 断るに断れず2人はギルドを出て行った。今日の餌食は彼女なのか‥‥ ご愁傷様。

●神の使い
「酷いな」
「まったく‥‥」
 改めて見ると、鳥居に傷を付けられた神社の被害は痛々しい。
 冒険者や武士が駆けつけて敵を撃退できた場所は、まだ良い方である。
 鳥居だけではなく、完全に焼け落ちてしまった神社‥‥ 
 神主が行方不明になったところや、神女や巫女が手にかけられたところもある。
 月代憐慈(ea2630)と秋月雨雀(ea2517)が、荒れた神域を呆然と見つめている。
 江戸近辺の神社仏閣は、ほとんどが20年前から現在に至って建てられたものである。無論、それ以前からの立派な神社仏閣も少なからずある。由緒あるものには歴史があったが、そのころに現在の社に建て替えられたというものも少なくはなかった。
 今、2人が来ている神社は後者の方である。土地信仰の神を祭っていた大きな祭祀に家康公が社を寄進したのだという。
「冒険者や武士が駆けつけられなかった所では完全に壊されているのか‥‥」
 秋月は悲しげに傷つけられた鳥居を見つめている。この神社でも巫女が数名命を落としたという。
「ということは、やはり傷つけるのが目的ではなく壊すのが目的だったんだろうな」
「できなかった場所では、せめて少しだけでも傷をつけておけってことか‥‥」
「そう考えるのが妥当だろうな」
 月代が扇子をピシッと鳴らした。
「志士の方々‥‥」
 御簾の向こうには神女らしき姿が見える。
「北の地に邪な気配を感じまする。黒い気運が高まっておりますれば、十分にご用心を‥‥」
「どういうことですか!」
 社の奥へ下がる影を追おうとするが、衛士が2人を止めた。
「これより先は神域。お下がりください」
 それがわかっているだけに、2人にはどうすることもできなかった。

●そろそろ結果が出始めた?
 帰還した伊佐治の顔は艶々していた。
「何してきたんですか?」
「そう言うなよ。2人で散歩がてら情報を仕入れてきたんだから」
 情報分析をしていた風御たちにとって、伊佐治の得てきた情報に真新しいものはなかった。
 しかし、情報は裏付けがあってはじめて生きてくるものである。
「傷つけられていたのは‥‥」
 零亞璃紫阿(ea4759)の報告する数は少ない。しかし、これも情報の裏付けである。無駄ではない。
「時間があったので色々探し回って、神社ができた当時からの神主さんに何人か会うことができました。
 地霊を鎮めるために神事を欠かさず日々清めておくようにと家康公から達しがあったそうです」
「家康公に直接聞く事ができれば、色々わかると思いますけど」
 ルーが溜め息をついた。度々、役所や果ては家康公の壁にぶつかって深いところまで調査の手が届かなかったからである。
「簡単にはいかないでしょうな。御偉い方々に会うには、それなりの手順とこれですよ」
 背筋を伸ばして正座を崩さずにサラサラと慣れた手つきで何やら書き付けている恰幅の良い男が、筆を置いて袖の下に手を入れる素振りを見せた。商家を切り盛りする真壁にとって、そんなことは常識以前の問題である。
「ここはギルドに結果を報告して、お上に奏上してもらえるようにするだけで十分。拙者ら冒険者の分を越えていますからな」
 書き上げた木簡を縛ると、パンッと膝を叩いて真壁は立ち上がった。
「さて、皆さんの調査も済んだようですし、後は報告するだけです」
「待ってくれ。必ず何かがある筈なんだ。あの妖狐が江戸に襲来した理由が。それがわからなきゃ、しっくりこない」
 天螺月が真壁を引き止めた。
「ありきたりかもしれませんが、地図で傷を付けられた神社に印をつけていったりしたら何か見えてきたりしませんでしょうか。
 何かが封印されているのかとも思いましたけど、それは鳥居の役目ではありませんよね。
 この地を守っている‥‥のは確かなんでしょうけれど‥‥」
 亞璃紫阿は別の部屋から市中に出回っている江戸の地図を持ってきて、それに×印を入れ始めた。
「成る程、その手法は私もお上に提案しようと思っていたのです」
 他の者たちも調査結果を地図に書き入れていく。江戸城の堀より内でのことは元よりわからない。もとより地図にも外形しか載っていないのだから空白のままだ。しかし、明らかに江戸の北東の方向に事件は集中しているような気がする。
「気になって調べてみたんだが、江戸各所に散っていた白稲荷に所縁(ゆかり)のある神社。
 元々は、この辺りに集まっていたみたいだな。江戸の開発に伴って移転し、バラバラになったようだぞ」
 ×印の集中している場所を月代の扇子がビシッと指した。
「情報が足りませぬなぁ‥‥」
「阿紫の『目的は果たされた』というのが気になりますね」
 思案顔の真壁に亞璃紫阿が静かに返した。
「前の百鬼夜行は前座・・・? だとしたら、とんでもないことに・・・」
 ルーの表情に、ほんのり恐怖が混じる。

 冒険者たちは調査結果をギルドマスターに報告した。
 江戸より北の地が、きな臭くなってきたようである。