【深緑】迷子の女神

■ショートシナリオ


担当:シーダ

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月18日〜10月28日

リプレイ公開日:2004年10月23日

●オープニング

 ジャパンには珍しいエルフが冒険者ギルドを訪れていた。
「あのぉ‥‥ 冒険者さんへの依頼って‥‥ ここでよろしいのですか?」
 冒険者にはチラホラ見かけるが、それでも珍しいと言える存在だ。
 あまつさえ依頼に来るエルフなんて、なかなか見られるものではない。
 しかも、神秘的な美形とくれば、人の目を引くこと甚(はなは)だしい。
 ほんわか温かくなるような雰囲気の少女に、周囲の者たちはふわ〜っとしている。
「あぁ、どんな依頼だい?」
 むさい顔(失礼な、とは親仁談)のギルドの親仁が応対に現れて、周りの者がムッとした表情になる。
「寝るときにママに聞かせてもらった人の町を見たくて山を降りてきたら帰れなくなっちゃった」
 幼さがあるが、愁いを帯びた美形の少女の懇願するような表情にクラッとこない男などいるのだろうか‥‥
 親仁も例に漏れず、完璧に感情移入している。
「おじちゃんが何とかしてあげるから、ほら、元気を出して」
 どこから取り出したのか、その手には飴菓子が‥‥
「これでも食べて、ここに座ってなさい」
 見れば、着の身、着のまま。
(「依頼の報酬を何とかしなくちゃな‥‥」)
「さぁ、話を聞いてた者もいるだろう? 可愛そうなエルフのお嬢ちゃんに愛の手を!」
 親仁をはじめとしてギルドの従業員が手持ちから少しずつ寄付し始めると、冒険者たちからも少しまた少しとお金が集まり始めた。
 エルフの少女は何が起こったのかわからないように飴菓子を頬張ったまま首を傾げている。
「さぁ、これで帰れるぞ」
「うんっ!!」
 パッと咲いた深緑の女神の笑顔に周りにいた者たちが癒されたのは言うまでもない。

●今回の参加者

 ea0196 コユキ・クロサワ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0204 鷹見 仁(31歳・♂・パラディン・人間・ジャパン)
 ea1569 大宗院 鳴(24歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea2476 南天 流香(32歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea3115 リュミエール・ヴィラ(20歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)

●リプレイ本文

●エルフがエルフを呼ぶ
「ジャパンでエルフに出会うことって殆どなかったんよ‥‥ 今回、グラスさんもおるから、何だか嬉しいね‥‥」
「ふ〜ん。フィーの住んでる所、エルフばっかりだよ」
 おいしそうに飴を舐めているフィーに、コユキ・クロサワ(ea0196)はメロメロだ。
「そうなんだ。ジャパンじゃ珍しいのよ。あぁ、もう。妹みたいやなぁ‥‥ な、なぁ‥‥頭撫でていい?」
 コユキはフィーの柔らかい金髪にふれ、思わず抱きしめてしまった。
「みゅ」
「みゅだって‥‥ かわい〜」
 もう、何だっていい感じである。
「うちと同じくらいの子なんやね」
 グラス・ライン(ea2480)がフィーの横に座った。世間の荒波に揉まれていることで少しばかりグラスの方が大人びて見える。
「うち、この国で同じ年の同族とはあった記憶がないんよ。久しぶりにコユキさんみたいなエルフに会ったくらいやもん」
 それにしてもエルフの女性3人が膝を並べて座っているところなんて、そうそう見られるものではない。
 目の保養とばかりに男どもが衝立や戸口の陰から覘いている。
「この子、迷子なのだろう? どこに住んでるのかわからないと送り様がないぞ」
「そのことならあんまり心配しなくてもいいんじゃないかな。
 フィーさんは良くも悪くも周りを巻き込めるくらい可愛いですから、善意と悪意の跡はそこらに残っているでしょうね。それを辿っていけば、そのうち」
「辿り着くか」
 リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)の心配はもっともだが、南天流香(ea2476)の言い分にも一理ある。
 確かにこれだけ目立つ子が突然に現れるはずもない。
「お家に帰れますか?」
「大丈夫だよ〜♪ ちゃんとお家まで送ってあげるから」
 リュミエール・ヴィラ(ea3115)がフィーの膝の上に立って、人差し指を振る。
「そうですわ。迷子ならお姉さんに任せてください」
 大宗院鳴(ea1569)が柔らかい笑顔でフィーの前にしゃがんだ。
「実はね‥‥ うちも迷って、旅した挙句、この国についたんよ」
 グラスがフィーに耳打ちする。2人でクスッと笑った。
「あ〜、お姉さんを仲間はずれにしたな〜♪」
 コユキが2人を揉みくちゃにして抱きつく。
「フィーって何も持ってないんでしょ?」
「うん」
 揉みくちゃにされながらグラスがフィーに聞く。
「ねぇねぇ、みんな、買い物に行かない? 着たきりじゃ、フィーが可愛そうでしょ」
「そうですわね。女の子はおシャレをしなくちゃ駄目です」
「後で髪の毛、梳(と)いてあげる」
「きっと、何着ても可愛いんやろね」
「野宿じゃかわいそうよね。テントとかも用意しとかなくちゃ」
「私たちにドンと任せておきなさい」
 お姉さんの使命感に燃える女性陣6名。
「さ、殿方は荷物持ちです。行きますわよ」
 山王牙(ea1774)と鷹見仁(ea0204)に反論を許さず、鳴が先頭になってギルドの暖簾をくぐった。

「男の人は見たら駄目やよ。ちょっと待っててね」
 グラスに釘を刺されてから軽く1刻‥‥ まだ、黄色い声が店の中から響いてくる。
「やっぱりエルフって絵になるわね」
 リーゼがしきりに感心している。
「それならほら。天下一の絵師の鷹見仁がいるじゃないか。俺に絵を描かせて貰えるかい?」
「ほらそこ、覘かない」
 ロングソードが飛んできて、鷹見が首をすくめた。
「フィーには及ばんやね」
 グラスがクルリと回ってみせる。
「そんなことないよ。グラスもかわいい」
「そか? 姉妹か双子に見えんかな?」
 フィーとグラスが顔を見合わせて笑った。しかし、普通に出回っている着物だが、着る者が違うとこうも違うものか‥‥
「うちがお金出すからね」
「え〜、お姉さんが買うてあげる」
「だめですわ。こういう場合、お嬢様が出すものだとお父様が」
「いやいや、騎士としてここは」
「いいの。うちが言い出したんやから」
 言い出した南天まで巻き込んでのこの有様では、確かに痕跡はどこかに残っているはずである。
 すったもんだの末に一行は店から出てきた。
「フィーちゃんの分の保存食も買ってきました。テントも買ってきましたよ」
 山王‥‥ どこに行っていたのかと思えば‥‥
「わ、テントも用意したん? 気ぃ効くなぁ」
 山王の背負う荷物には保存食がどっさりと。21日分も持ち歩いている冒険者なんてそういない。
「覗こうとしていた女たらしの誰かさんとは、えらく違うな」
 リーゼが視線だけを鷹見に送った。
「いや、これだけの美人がいたら描かないわけにはいかないだろう? 少しでも目に焼き付けておきたいのさ」
「どうだか」
 悪戯っぽくリーゼが笑った。
「さあ、出発です。フィーちゃん、村までの旅、楽しんで行こう」
「はいっ」
 山王たちは旅の仲間。フィーも彼らがいれば、きっと故郷へ帰れるだろう。

●旅の仲間
 さすがはエルフの女神様。江戸で少し聞き込みをしただけで、いくつか目撃談が入った。北の方から来たという。
 リュミエールやリーゼがフィーから聞き出した情報も北からやってきたことを裏付けていたし、旅の仲間はとりあえず北へ出立した。
 フィーの故郷がある山の麓までは馬も使うことにした。フィーやグラス、リュミエールや鳴など体力がない者のことを気遣ってのことでもある。もっとも、頑張り屋さんの鳴は、お姉さんの使命からか馬を下りて歩くことが多かったが‥‥
「森の中の追いかけっこなら自信があるけど、たくさんの鬼に追いかけられて、どこだかわからなくなっちゃったの」
「大変だったな」
「でも、仁お兄ちゃんたちに会えたもん。悪いことばっかりじゃなかったよ」
「そうか‥‥ なら、良かった」
 行く先に茶屋が見えてくる。
「あ、あそこだよ。あそこでギルドのことを教えてもらったの」
 乗り出すように腰を浮かせた瞬間、馬の背が跳ね、フィーは体勢を崩した。
「フィーちゃん!!」
 体の小さなリュミエールにはどうしようもない。
「フィー」 
 下で手綱を引いていた鷹見が体を入れてフィーを抱きとめ、他の者たちが安堵の息を吐く。
「おや? フィーちゃんじゃないかい?」
「おばちゃん、ただいま〜」
 鷹見の腕をすり抜けると、フィーは茶屋のおばさんに飛び込んで抱きついた。
「私のおごりだ。団子とお茶で一服して行きな」
 おばちゃんが豪快に笑いながら奥へ下がっていった。
「ここへ来る前はどこを通ってきたんだ?」
 リーゼは腰掛けながらフィーに聞いた。
「あっちだよ」
「はい、お待ちどう」
「ありがとう」
 遠慮なくパクつくフィーの見えないところで、南天がおばさんに手を合わせた。

 ある日の夕暮れのこと‥‥
「ぷはぁ〜、おいし〜」
 リュミエールは既に1杯引っ掛けている。さすがにフィーに勧めてはいないようだが‥‥
 コユキが採ってきた茸が枝の先に刺されて焚き火の周りで香ばしい匂いを発している。
「まだまだ先は長いのですから、ちゃんと食べないといけませんよ」
 鳴が保存食と茸をパクつきながら、茸の串をフィーに差し出す。
「おいしい」
 フィーが口一杯に頬張ってハフハフさせている。
「姉妹がほしいです」
「うちもよ」
 鳴の呟きにコユキが小声で突っ込む。フィーは食べるのに夢中だったのか首を傾げていたが、やがて次の茸に手を伸ばした。
 リーゼが話す彼女の故郷の話にフィーは興味津々のようだ。
 それよりも、今日も誰がフィーと同じテントで寝るのかで一悶着ありそうである。
 フィーとグラスとリュミエールの3人が寝袋に包まっている寝姿が何とも言えないのである。
 さて、山王は焚き火の側で寝袋に包まっているのでいいのだが‥‥
「クシッ」
 昨夜はテントにあぶれて寝袋も毛布も外套もなしだった鷹見がくしゃみをした。
「焚き火だけじゃ寒いでしょう」
「ありがとう」
 山王が鷹見の肩に外套をかけた。
「仁さん、何してるの?」
「ん? 絵を描いているのさ。俺たちの世界をフィーに嫌いになってほしくないからな。良かったことも憶えていてほしいんだ」
 鷹見は筆を止めた。マジマジと見つめるフィーの頭を撫でてやると、あどけない表情が向けられた。
「白夜、遊んでほしいの?」
 フィーが南天の連れてきた子猫を追っていく。白夜の行く先では南天が保存食を食べていた。
「白夜、可愛い子猫ちゃんを連れてきたわね」
 南天が誘(いざな)うと、フィーは彼女の膝の上に座った。白夜もフィーの膝の上に飛び乗る。南天が保存食を小さくちぎって口元へ持っていくと、白夜は美味しそうに食べ始めた。
「フィーさんの村の近くには動物がたくさんいるんですか? 鷹とかもいます?」
「いるよ。こ〜んな大っきいのが」
「いいですね、わたくし鷹好きなんです」
「そっか〜、会えるといいね」 
「はい」
 白夜は焚き火の暖かさと満腹とフィーの膝の上の心地よさに静かに寝息をたて始めた。

●2つの矢
「ここがフィーの里だよ」
「すごいなぁ」
 遥かな年月をかけて育まれたのであろう豊かな森が目の前に広がっている。山菜や果物など探しに入ったらどれだけ取れるのだろうとコユキは感嘆した。
 一行が山へ入ろうとしたその時、地面に2本の矢が刺さった。
「この地に踏み入れることは許さぬ‥‥ フィー?」
 2人のエルフが茂みから飛び出してきた。
「ねえねえ、あのおじさんたち知ってる?」
「うん」
 リュミエールがフィーに聞くと即答が返ってきた。たぶん、着物姿のフィーに2人のエルフは一瞬気がつかなかったのだろう。
「武器なんか構えたらあかんよ」
 そう言いながらグラスは前に出た。残った者たちは両手を上げて敵意がないことの証としている。
「うちはインドーラの僧侶グラス・ラインや。町に下りてきていたフィーを案内してきたんよ」
「フィーを渡してもらう」
 2人のエルフは弓を引いて、グラスに狙いを定めた。
「武器を収めてくれない? 同じエルフやろ?」
「後ろの奴らは、どういうことだ‥‥」
 敵意と言うよりは警戒の眼差しと言った方がいいだろうか‥‥ とりあえず、エルフに好戦的な態度は見られない。
 同族に弓を引くという行為に躊躇を感じているように思えるし、同時に何か疑問を感じているようにも見える。
「フィーさんのために、いろんな人が手伝ってくれたんよ。心配なのはわかるけど、もう少し信用くれないかな」
 コユキがフィーの手を引いて進み出る。
「森の獣や魔物からフィーを守るためです。うちら2人では危なくて来れんかったんです。信用してほしいんよ」
 グラスが必死に訴えかけるが、エルフたちは狙いを外さない。
「この子がここに帰って来れたのは、ギルドを初めてして、色々な人達のおかげやで。なんでわかってくれんの?」
「フィー、こっちに来るんだ」
 コユキが涙目で訴えるが、どうやら意味をなさないらしい。
「お姉ちゃんたち、悪くないもん」
 フィーが2歩、3歩と進んで立ち止まった。
「悪いのはフィーだよ。勝手に山から降りて、みんなに迷惑かけて‥‥」
 フィーの頬に涙が伝う。
「お願いだから、喧嘩‥‥しないで‥‥」
 ポタッポタッと着物が涙を吸う。

●フィーの帰還
「わたくし、冒険者の仕事をする前までは何も知らない未熟な娘でしたが、世間を見ることにより成長したと思います。フィーもいろんな経験をしたのですよ」
 はじめは笑顔で接していた鳴の顔にも厳しい表情が浮かんでいる。
「私たちが信じられない? フィーを貴方たちの所まで送り届けるのが私たちの仕事。戦いなんて望んでいないわ」
 柄紐で鍔と鞘を縛り、放り投げた。他のものもそれに倣って武器をその場に捨て、旅の仲間たちはフィーに近づいていった。
「俺たちからのお土産だ。貰ってくれないか?」
 鷹見が絵を差し出す。
 そこには道中で何度も見た、あの最高の笑顔が描かれていた。フィーの周りには『旅の仲間』の顔が描かれている。
「わぁ、ありがとう」
 じっと眺めているフィーの肩越しにエルフたちにも、その絵は見えている。
 見つめたまま動かないエルフたちに苦笑いを浮かべて、リーゼが鷹見を肘で小突いた。
「よく描けているじゃない」
「そりゃ、絵師で食ってるんだからな」
「裏には寄せ書きを書いてもらったんだ。旅の思い出してほしい」
 山王が絵を裏返す。

『外は楽しいかもしれないが危険も多い。多くの経験を大切に真っ直ぐに育ってほしい。頑張れ、フィーちゃん』
『うちは友達や、忘れんよ』
『また会いましょうね。あなたが大きくなった時には私は御婆ちゃんでしょうけど』

 思い思いの言葉が綴られていた。
「また会えるかどうかはわからない。元気でね。私の力が必要なら、ギルドに文(ふみ)でもよこして。いつでも駆けつけるから」
 リーゼが微笑むとフィーが抱きついてきた。その手を解いてしゃがむと、優しく抱擁してその額にくちづけをした。
「フィー‥‥ 何か困った事があったら助けに行くから、いつでも呼んでくれ」
 この旅で何度目だろう。鷹見がフィーの頭を撫でる。 
「そう。いつでもね」
 山王が螺鈿の櫛を取り出すと、コユキが簡単に髪を結ってそれを挿してあげた。金色の髪に良く映える。
「それはあげますよ。旅の記念です」
「うちのは友情の‥‥証、かな?」
 白やぎの木彫りが付いた根付を小さな手の平に握らせる。
 山王、コユキ、鷹見、グラス、リーゼ、南天、リュミエール、鳴‥‥ フィーは全員の顔を見渡した。
「送ってくれてありがとう」
 ペコリと頭を下げた。フィーの笑顔が、ちょっと涙目になっている。
「また、会えたらええなぁ‥‥」
 コユキが目の端を押さえた。
「コユキお姉ちゃん、大丈夫だよ。きっと、また会える」
「この子は、ほんま可愛いんやから」
 ギュッと抱きしめるコユキの首にフィーの腕が回された。
 ギュル‥‥
 冒険者たちが弦の音に反応した。しかし、エルフの弓矢が放たれたわけではない。
「先程までの非礼はお許し願いたい」
 2人のエルフが頭を下げていた。番えた矢は、既に矢筒の中に収まっている。
 名残を惜しんでフィーは帰っていった。
「だいぶ遠くまで来てしまったな‥‥」
「下野国‥‥ 那須藩やもんね」
 1人少なくなった旅の仲間は江戸への帰路を歩き始めた。

●家路
 鷹見の筆がスッススッと流れるたびに何かが生まれ出す。コユキが鷹見の隣に座った。
「あ‥‥ う、うちを描いてもおもろないで?」
「そんなこと言っても、エルフに絵の題材になってもらうなんて、そうそうないからな。別に構わないだろ?」
「別にええけど‥‥」
 赤面のエルフに思わず笑みを浮かべながら筆を滑らす。
「あ‥‥」
 上空を立派な鷹が舞っていた。フィーの言っていた鷹はあれなんだろうなと南天は思いを巡らせた‥‥