●リプレイ本文
●大人の世界
「大宗院亞莉子‥‥ あら、義姉さんですね。お名前は伺っています。はじめまして」
「へ〜、キミが鳴なのねぇ。透は元気にしているぅ?」
依頼に参加した仲間のなかに異母兄の妻・大宗院亞莉子(ea8484)の名を見つけた大宗院鳴(ea1569)。まぁ、兄との付き合いもここ最近始まったみたいだし、こういうこともあるんだねぇ。それに亞莉子たちは、影に生まれ、影に生きる夫婦忍者(めおとにんじゃ)。人知れず生きているのだ‥‥って訳でもないか。
「たぶん大丈夫ですわ。便りがないのが良い知らせというじゃありませんか。それよりも、ご一緒に子供たちのためにがんばりましょう」
「そ〜ね〜」
便りのない忍者が安心なのかは別として‥‥
●子供の世界に首を突っ込む
どど〜ん。
子供たちの前に現れたのは、まさに赤鬼!
「さあ子供達よ、己が魂の言葉と共に正々堂々戦うとしよう。此処に武道大会の開催を宣言する」
まさに蛇に睨まれた蛙‥‥ マグナ・アドミラル(ea4868)を前に子供たちは逃げ出せない。
「いい、突きや急所への攻撃はダメよ。あと、武器を落とす、気絶、怪我、泣いたり負けを認めたら勝負ありよ? いいわね?」
少しは話がわかる人が現れたと思ったのか空漸司影華(ea4183)の言葉にウンウンと頷く。
勝手に組み分けされて決まり事まで作られてしまった。
こうなると逆らっても仕方ない。直感で悟った子供たちは状況を楽しみ始めた。
●鳴対亞莉子
「義姉さん、胸をかりるつもりで戦わせていただきますね」
「来なさ〜い」
「よろしくお願いします!」
大小の木刀を構える鳴を亞莉子が挑発する。しかし、姉だというだけで勝手に亞莉子の方が強いと思い込んでいる鳴に対して、そんなものは暖簾に腕押し。得意のお色気殺法も天然お嬢様には、全くの無意味だった。
(「天敵って感じ〜」)
マグナの試合開始の声に亞莉子の目に光が宿る。
「やぁっ!!」
「あまいって感じぃ」
両者とも小手調べに数合討ちこむ。2人とも剣の腕が立つ訳ではないが、本気の剣である。その迫力はチャンバラの比ではない。
「そこですわぁ」
力の抜けるような掛け声と共に鳴の木刀が急激に軌道を変える。
(「強いじゃない」)
亞莉子はなんとかかわした。
得意の回避で盛り上げて、その場の雰囲気で勝敗を‥‥とか思っていた亞莉子の目論見は脆くも潰えたようである。
「ちょっとぉ、何かぁ、本気っぽいってかんじぃ。私ぃ、戦闘できないのにぃ」
「謙遜してはいけませんわ」
「謙遜じゃないって〜」
亞莉子は鳴の攻撃をさけた。
「やりますわね」
大小の木刀の同時攻撃! 小木刀に目を惑わされたのか大木刀が目の前に迫る。
「いった〜い。降参よぉ」
亞莉子は両腕で胸を挟み込み、胸元を前かがみで覗き込んだ。
(「あれ?」)
反応がない‥‥ いつもならこれでオチがつくのだが‥‥
そりゃそうだろう。周りは女子供ばかり、唯一大人の男といえば、静かなる暴風、暗殺剣士と称される武神、あの無愛想なマグナだけなのだから‥‥
「勝ってしまいましたわ‥‥ 妹だから手加減してくださったんですね。そうでなければ私が勝てるはずありませんもの」
1人納得する鳴にマグナは勝敗を言い渡した。
「人の戦いを見るのも‥‥また、修練」
技を駆使する鳴の戦い方に妙に空漸司は魅入られた。
「お姉ちゃんたちすごいね」
女の子たちが2人の周りに集まってくる。男の子たちが近寄ってこようとするのを視線で制す。
この辺はさすがに女である。女は生まれながらに女だと誰か言ってた気がするなぁ。
「私がぁ、男の子を一発悩殺する方法教えてあげるぅん」
「面白そうですわね。でも、本当に殺しちゃダメですよ」
‥‥
亞莉子は女の子全員に化粧をし始めた。興味があるのか侍風にビシッと着付けた子がジッと見ている。
「あなたもしますか?」
「せっしゃはいい」
兄が女装しているせいか、鳴には化粧や女装にとんと違和感がないらしい。子侍は足早に離れた。
その間も女の子たちはワイワイ騒いでいる。
「わたくし、ずっと大人に囲まれて育ったので、こいう雰囲気がうらやましいです」
日常という平穏に鳴が和む。それは他の冒険者にとってもそうだった。
●影華師匠
「影華さんも炊き出しやりますか?」
「いや‥‥ 変な物食べさせてもなんだしね。手は出さないでおこう」
もうちょっと自信を持ってもいいと思うぞ‥‥
それは兎も角、空漸司の興味は別のところにあった。
「ねぇ、お姉ちゃんが剣術の基礎をおしえてあげよっか?」
「くるしゅうない。よきにはからぇ」
子侍の言葉に苦笑い。どこで憶えたんだか‥‥
「じゃ、構えてみて」
受け、捌きなど基本的な所作を確認していく。まぁ悪くはない。剣の手解きを受けている証拠だ。
(「さすがに‥‥ 私の空漸司流暗殺剣は教えられないわね‥‥」)
ハハ‥‥
「どうじゃ? 勝てそうか?」
「そうね‥‥ 見た感じ優勝に一番近いかな」
「強くなれるか?」
「修練を積めば強くなれるわよ」
空漸司がニコリと笑う。
「そうじゃ。そちはぷちん大会に出たのか?」
「出たわ。1回戦で負けちゃったけどね‥‥」
「なんじゃ‥‥ 強そうだと思ったのに負けたのかぁ」
「そうよ。自分より強い者など世の中にはいくらでもいるの。でも、女の子が男の子に劣るという訳ではないわ」
「気、気づいておったのか?」
子侍が耳まで真っ赤になっている。
「私の子供の頃を思い出すわね‥‥ よく男の子とか木刀で泣かせたりしたわよ」
「よしっ!! もういっぽんつけてくれ」
「それを言うなら、もう1本お願いします。でしょ?」
2人は自然と笑い出した。
●炊き出し
「小桃も女の子だからお料理くらい出来ないとね!! 小桃、がんばる!!」
「お姉さんも頑張らないとね」
近所の台所を借りて柊小桃(ea3511)と琴宮茜(ea2722)が料理を始めた。
しかし‥‥
トン‥‥ トン‥‥ トトン‥‥ あぁ危ない。
包丁を使うその手つきはたどたどしい。
「あぁ、見ちゃいられないねぇ。よく見ててごらん」
近所のおばちゃんたちが集まってきて、ああだこうだと手解きをしてくれる。
包丁の持ち方から具材の調理まで‥‥ えぇ人たちや。人情が見に沁みるね。
「うどんってこうやって作るんですね‥‥」
小桃ちゃん、それは聞かなかったことにしておこう。
●ぷちんこ〜りん
「かっこいいねぇん。好きだよ」
女の子が亞莉子に教えられた通りに開幕ぶちかます。
「あぁ、オイラも好きだよ」
が〜ん。亞莉子ちゃん、相手が子供だってこと忘れてたでしょ。
バシッと木刀が額に当たる。
「いった〜い」
たんこぶを押さえながら女の子がしゃがみこむ。
「女の子の顔に傷を付けちゃかわいそうでしょ!」
空漸司がゴチンと拳骨をくらわす。
「は〜い」
男の子はたんこぶを押さえながら渋々従う。
「勝負はお前の勝ちだ」
よく見ると女の子は木刀を捨ててしまっている。
嬉しそうに男の子が見上げるとそこにはマグナの顔。泣きそうになる。
マグナがニッコリ笑ってみせ、頭を撫でてやると‥‥ やっぱり泣きそうである‥‥
大小の木刀が同時に唸り、かつ途中でそれぞれに軌道を変え、男の子を捉えた。
「全然効かだいぜ〜」
青っ洟を啜りながら男の子が木刀を鳴に突きつけた。
効かないって、そりゃそうだろう。派手な割に威力がないような組み立てをしているのだから‥‥ 日頃大人の世界に揉まれている少しだけ年上の鳴の経験の差というところだろうか。
さて‥‥と。
決まった! と思っているようだが、鼻水がたら〜んと垂れている。そろそろ見せ場か。
「まだまだですわよ」
男の子の剣を受けたりかわしたりしてみせるが、そのうちの何発かが本当に鳴を捉えた。相手が子供とはいえ、さすがに鳴の腕前では軽くあしらうという訳にはいかないか‥‥ まぁ、負けるのも予定のうち。
「やったじぇい」
男の子が他の子供たちにみせる笑顔が眩しい。
「さて、決勝戦だ」
青っ洟と子侍がマグナの前に進み出る。
勝負は時の運。絡め手を使わずに純粋に勝負した青っ洟の負けであった。
「くやしくないど」
「よいしあいであった」
あぁ、そこには友情が芽生えた気配が‥‥
「さて、ワシと手合わせしてみるか」
子侍がフルフルとゆっくり首を振るが、マグナは既に見ていない。
「さぁ、遠慮なく打ち込んで来い」
仕方なく子侍が打ち込むが、しゃがみこんだマグナは軽くそれを受ける。
「どうした。頑張れ」
暫く受けに徹して容赦なくスタンアタックをかます。
「精進するのだぞ」
気絶した子侍を助け起こす。容赦ないなぁ‥‥
暫くして子侍が気がつく。
「天晴れ扇子をさしあげよう」
子侍は嬉しそうにマグナの差し出した扇子を帯に差した。
「女の子は、可愛くなくっちゃねってカンジィ。で‥‥、誰が天辺かな? お色気勝負よぉ!」
亞莉子がいつの間にかできあがっていた人だかりに向かって話しかける。
「そりゃなぁ‥‥」
観衆たちが1人を指差した。優勝は‥‥ 私ぃ?
「だってさぁ、他は子供に色気なしだろ?」
この男がタコ殴りにあったのは当然のこととして‥‥ まぁ、楽しかったから良しとしよう。
●特製うどんなべ
「お鍋ができたよ〜〜☆ みんな、集まって〜〜〜〜☆」
柊が呼ぶ声に大会に参加してない子供たちまで集まる。
「たくさん作りましたからね。喧嘩しないで並ぶ、並ぶ」
琴宮が次々と椀に装っていく。
「よく食べますね〜」
鳴の大食いに琴宮がビックリする。
「育ち盛りですから」
ほんと、よく食べるよ。
打ち身、擦り傷‥‥ 子供が本気で遊ぶと生傷が絶えないものだ。
「男の子だもの。これくらいで泣かない! はい、終わり」
手当ての終わった擦り傷を空漸司がバシッと叩く。
「いって〜な。このおとこおんなぁ」
「言ってなさい♪」
子供は皆こんなものだ。本気の言葉と本気でない言葉が同じように口に出る。
躾(しつけ)も大事だが、それを笑って許すのも大人の器量。
その証拠に炊き出しの椀を嬉しそうに抱えて空漸司の元へ走ってくる。こぼれそうな汁を少し啜ってから持ってくるのは愛嬌。
「これ、ねぇちゃんのぶんだって」
「ありがとう」
「いいって」
ちょこんと空漸司の隣に座って食べ始めた。
「おいひぃ」
「ふぉんとぅね」
そんな子供の姿を見て、空漸司もうどんを啜り始めた。冷たい風を吹き飛ばしてくれる暖かさが見に沁みて美味しかった。