●リプレイ本文
●親子の姿
「村中さんは在宅ですか?」
ルーラス・エルミナス(ea0282)と不動金剛斎(ea5999)が玄関の戸を叩く。
「はぁ、何か御用ですかな?」
「私はルーラス・エルミナスと申します。実は‥‥」
「これはちょっとした手土産です。皆で食べてくれ」
依頼人に頼まれて年の瀬の大掃除の手伝いに来たことを伝えると、はにかみながら茶を出してくれた。
「あいつには気を使わせてばかりで‥‥ だから、これくらいはね」
「詳しいことは抜きにしてさっさと終わらせましょう。家事は苦手なので、力仕事があれば何なりと言いつけてください」
「言いつけるなんて異国の騎士様に申し訳ない」
「いえ、それでは来た意味がありませんし」
う〜ん‥‥ このままでは年が暮れてしまう。
「父上、お手伝いします」
「学問は終えたのですか?」
「はい、大丈夫です。それに、お母様たちがいるときには手伝えないですから」
ちゃんと見ているんだなとルーラスが感心する。土門は頭を掻いた。
「それでは頼むかな」
「はいっ!」
父と子の関係は心配するほどではないな。そう思うルーラスであった。
「奥方の仕事と言うのは意外に大変なものですな。おりつの苦労が窺えます」
「はぁ‥‥」
土門の優しい性格、いや人のいい性格と言った方がよいか‥‥ ルーラスは苦笑いを浮かべた。
「村中さんは本当に奥方を愛されておられるのですね!」
多少不自然に不動が合いの手を入れる。
本来家事などやる機会のない彼らの手つきはたどたどしい。依頼人の心配は他にあったのだろうが、あのまま1人でやらせていては本当に来年になっていただろう。なぜか帰りの遅い嫁姑のせいもあって、4人の仕事は何とか目処がついた。
今はお茶休憩の真っ最中。
「そうだ、すっかり忘れるところでした。剣の手合わせをしていただけませんか? 相当な実力者と聞いたので、実は楽しみにしていたんです」
「構いませんよ」
息子も興味深そうに見ている。
「木刀ですが、よろしいですかな? 異国の剣を模した物などは生憎ないのです」
「いえ、お気遣いなく。近頃は私も刀を使っているのです」
「それでは始めましょう」
庭へ降り立ち、2人は木刀を構えた。
「いきます」
村中土門と互角の戦いの演技をする予定だったルーラスだが、いざ立ち会ってみると強い。
剣戟の乾いた音が庭先に響く。
ルーラスの流派はイギリス騎士の正統派剣術ウーゼルである。剣に盾というスタイルに慣れているせいか木刀を片手で振り回し、盾がないので木刀で受けている。まだ、打刀の本質を理解しきれていないようだ。
一方、土門はというと‥‥ 体(たい)捌き、刀捌きでルーラスの攻撃を受け流している。そして今、空いた片手を添えて上段に構えている。恐らくはジャパン剣術三源流の一つ新当流。
「くっ‥‥」
上段から滑るように討ち下ろされた激しい一撃にルーラスはそれを受けるが、打撃の瞬間グッと伸びるような剣先に押し込まれ、一気に鍔迫り合いになってしまう。奥の深い剣捌きだと一瞬頭によぎった。
「考え事とは」
土門の一言に集中力が戻ったが、もう遅い。フワッと力のやりどころを失い、その瞬間引き込まれるようにルーラスは地面に膝をついた。立ち上がろうとした瞬間、掬い上げるような感触を得て、木刀はルーラスの手から失われた。
「やった」
「静かにしなさい」
息子の声に言葉だけで反応し、土門はルーラスから視線と剣先を外そうとしない。
「参りました」
ルーラスの言葉に土門は木刀を腰に納め、一礼して手を差し伸べた。
「強いですね」
「いえ、実力は互角。そちらの剣に覇気がなかっただけのことです」
「実は‥‥ 家族の方にあなたの剣の腕を気づかせようと負ける気でいたのですが、必要ありませんでした」
「騎士道と士道と言うのは違うのでしょうか‥‥」
ルーラスは土門の言葉に心の臓を鷲掴みにされた気がした。
「それでは、わざと負けるのは士道に沿うのですか?」
「負けるが勝ちということもあります。あの時がそうです。そうでなければ家を守れたか‥‥ 悔いはないのです」
息子は父の横顔を見上げている。この父にして、この子なら下手な心遣いは必要ないだろう。ルーラスに笑みが浮かぶ。
「噂通り強いな。俺とも手合わせを頼んでもいいか?」
「よろしいですよ」
不動は長めの木刀を選んだ。それでもまだ8尺にも及ぼうかという不動の巨躯からすれば手頃な長さである。
「始めますか」
「宜しく頼む!!」
待ち受ける土門に突き! 不動は先手必勝を狙ったが、側方へ足を捌きながら刀で土門は軽々と受けきった。
「それなら!」
再び突く。刀捌きでかわそうとする土門へ軌道を変えた剣先が横に薙ぎ払われた。
クルリ、土門の木刀が弧を描き、不動の払いを受け止める。
「やっぱりすごいや、父上は」
巨躯から繰り出される激しい一撃一撃を土門は受けきっていく。しかし、変幻自在な剣先を危なく受けきる事ができたという感じだろうか。あまり余裕は感じられない。
「!」
土門の一閃が不動の木刀を叩き落した。
「参りました」
息を切らしながら不動は一礼した。
「さて、残りを片付けてしまいましょう。日が暮れてしまいます」
「そうだな」
土門の声に3人は動き始めた。
「わっぱ、父上を見習って立派な武士になるんだぞ!」
「はい!」
息子の瞳は輝いていた。
●曲者
「この前の試合では手を回して勝たせてやったというのに、また問題を起こして!!」
「しかし、父上! あいつが悪い。俺は悪くない」
「折角上げた評判が元も子もないではないか‥‥」
天井裏に潜んでいた大宗院透(ea0050)が部屋の中で口論する武士の親子の有様に思わず首を振ると、その場を後にした。
村中土門が試合で負けたのは、対戦相手の親による圧力が原因だったようだ。剣の実力を評価されている村中に勝てれば、息子の評価が上がると‥‥ まぁ、親バカである。
だが、それで事は終わらなかった。いい気になった息子は、あることないこと言いふらして村中土門を辱めたのである。
しかし、息子がこんな感じでは、凋落するのは時間の問題だろう。それに、下手に騒ぎ立てれば逆効果。そういう手合いだ。
「大人しい御仁だからなぁ。もっと出世欲があれば、少しは働きを認めてもらえるんだろうが‥‥」
曰く同僚の武士。
「腰抜けだよ。あいつは」
曰く若い武士。
「相手の名刀に怯んで竦んでしまったのさ」
曰く噂の息子の腰巾着。
「お優しい方ですよ。下の者たちをよく気にかけて下さいますし」
曰く仕官先の下働きの女中。
村中土門の仕官先で人遁の術を駆使して情報を集めたが、この様子では試合で手心を加えたことが原因で土門の身が危うくなるといったことはあるまい。
それよりも対戦相手の男が起こした問題の方が気になる。どこぞの藩士と町で諍(いさか)いを起こし、闇討ちで背後から斬ったのだそうだ。それが透の探っていた、あの対戦相手。周囲にはただの噂と言い切ってはいるが、さっきの話からすると真実らしい。
証拠があれば‥‥ 透は人遁の術で再び屋敷内に潜入した。
●立脚点
「お母様、どうですこの色」
「私には派手過ぎないかい?」
「まだまだ似合いますよ。そう思うでしょ?」
「はい、そうですとも。ピッタリでございます」
話を振られた番頭は笑顔を絶やさず、すかさず答えを返してくる。
「ムコ殿が出世して、もう少し稼いできてくれれば気前よく求められるのですがね」
「見つけましたわ。村中土門さんのお母様と奥様ですわね!」
おりつと母親が視線を上げると大宗院鳴(ea1569)が腕組みをして頬を膨らませ、眉間に皺を寄せて仁王立ちしている。
「巫女様が何の御用で?」
2人と番頭の目が点になっている。
「主人のために家を守るのが仕事のはずなのに、その仕事を一度の失態のために拒否するなど不届千万です」
2人と番頭の頭に『?』マークが浮かんでいる。
「‥‥で、何故それを巫女様が?」
「わたくし、冒険者をしながら今は神様のもとで世間勉強させていただいているのですが、土門さんに対する仕打ちを聞いて一言言いにきたのです」
「神様のお告げか何かですか?」
珍しく鳴が憤慨までして極々普通のことを言っているのに、状況が普段と同じ天然娘へと仕上げている。定めとでも言おうか‥‥
「違いますっ!!」
うっすら涙まで浮かべて力説する鳴に段々気の毒になったのか、おりつたちはよしよしと頭を撫でているし、番頭はいつの間にかお茶まで勧めている。
「何が言いたかったの?」
おりつの顔には優しい笑顔が浮かんでいる。
「土門さんのお母様、家事は主人の留守中に行うものであり、主人の帰りを快く迎えるために行うものだと教わりませんでしたか?」
「その通り」
「土門さんの奥様、あなたがご主人の味方をしないでどうするのですか。ご主人の支えになることも、武家の妻の勤めです。わたくしから見れば、あなたの行為こそが汚名行為ではないのではないですか?」
「傍から見ればそうなのでしょうね」
夫を虐めて喜んでいる母や妻の顔には見えない。
「あなたはまだ嫁いではいないのですか?」
「はい」
「それではわからないかもしれませんね」
鳴には何が何だかわからない。
「では、お父様はいらっしゃる?」
「はい」
「家(うち)の場合は、お父様はナンパというものばかりしてお母様の方が大変ですね。
でも、根はまじめですのでお母様も本気であきれたことはございませんわ」
鳴の言葉を聞いて2人が微笑む。
「家も同じです。謂れのない圧力に嫌だと言ってほしいのです。口でいくら言っても効き目がないから‥‥」
「決してムコ殿を‥‥ いえ、家長を疎かにしている訳ではないのですよ」
「でも‥‥」
「確かにやり過ぎかもしれません。それに、こちらが疲れてしまっているのです」
「あの方らしいと言えば、らしいのですよね」
2人は深く溜め息をついた。
「でも、大晦日までは頑張ってみるつもりですの」
「それで駄目なら私たちも諦めて謝るつもりだったのです」
「2人は土門さんのこと、好きですか?」
「当然です。そうでなければ婿に来るなど許しません」
「私もです。婿に相応しいと思ったから迎えたのです」
何が良くて何が悪いんだろう‥‥ 複雑な気持ちで鳴は、りつたちの許を後にした。
●何が幸せなのか
土門は、不動たちに連れられて赤提灯の灯る屋台で杯を傾けていた。
「オヤジ、もっと酒をくれ! 熱いやつでな! 美味そうなとこも見繕ってくれよ!」
「あいよ」
よって上機嫌な不動の前に、親仁が慣れた手つきで熱燗や料理を並べた。
「よぉ」
男が1人、席に割り込んできた。
「ありがとう。持つべきものは友。恩には着ないですよ」
家族が全てはない。いや、傍から見てどんな家族に見えても土門にとっては大切なものなのだろう。それに掛け替えのない友もいる。土門が幸せなのか不幸なのか、それは彼を接した者ならば一目瞭然だろう。
この後、村中土門を辱めたあの武士の親子が年を越せなかったという噂が冒険者たちの耳にも届くことになる‥‥
無論、村中との一件でのことで‥‥ではない。透がこっそり目につくように置いた証拠の血曇りの刀が仕官先の主君の目に留まったからである。これで噂を噂と言い逃れできなくなったらしい。
「不憫なことだ‥‥」
土門は、ただそう語ったという‥‥