●リプレイ本文
●予感
「店主、これはこっちに置けばいいのか?」
山岡忠臣(ea9861)が材料を持って台所に立っている。
「あ、そこに置いてくれ。次は‥‥」
山岡は台所で材料の整理などさせられている。
「はむ‥‥ なかなか‥‥ この饅頭というのはね。稀代の軍師・諸‥‥」
潤美夏(ea8214)は華国からやって来たドワーフである。ピンと跳ねた鼻下のお髭と頬の下にしかない顎鬚が、とっても可愛い。
お年頃の彼女は料理の嗜みがあるようで、蛙屋の店主も彼女とは華国発祥の料理の話で大いに盛り上がっている。
「さて、用意が出来たみたいですわね」
髪に薔薇を差した一団が店の奥から現れた。
よく見れば潤美夏の髪にも薔薇の造花が挿してある。
全員完全武装! 潤美夏も含めて虎杖薔薇雄(ea3865)による着付けと化粧でバッチリ決められている。
「宣伝に釣られて買いに来た人から口コミで噂が広まれば、それだけ有利になるわよ〜」
劇的に濃い百目鬼女華姫(ea8616)‥‥ げふっ‥‥ いえいえ、見目麗しい百目鬼が、宣伝に出かける薔薇雄たちに目配せする。それに対して薔薇雄は、口にくわえた薔薇を投げる。シュピッ、百目鬼は2本の指でそれを受け止めた。
「ふっ、薔薇薔薇饅‥‥ まさにこの私のためにあるような饅頭だからね。
まぁ、任せておきたまえ、この虎杖薔薇雄、その薔薇薔薇饅を美しく華麗に売りさばいて見せようではないか!!」
「頼みますよ」
店主も薔薇雄の噂くらい聞いたことがあった。有名人ならさぞや‥‥ そうほくそえんでいた。
「店主殿。薔薇薔薇饅、実に素晴らしいではないか。
薔薇を世に蔓延させるべく日々奮闘する『薔薇の人二番弟子』の私としては、この事態を見過ごすわけにはいかない。
大いに宣伝し、世の皆に薔薇の魅力を蔓延(はや)らせようではないか」
蔓延(はや)らせ? やな表現だ‥‥ ニライ・カナイ(ea2775)の微妙な表現に店主が気づくはずもなく‥‥
「今回は歌ってくれないのかい? あれは結構、評判が良かったんだよ」
「歌うに決まっているではないか。ただし、町へ繰り出してな」
「宜しく頼みますよ」
「勿論です。薔薇雄さんを応援するついでに薔薇薔薇饅を宣伝するよ〜。元気にいってみよぉ〜☆」
満面の笑みを浮かべる狩多菫(ea0608)に店主も諦め気味の溜め息をつくしかない。
「素晴らしい考えですね! これはまたとない絶好の機会!! いっぱい薔薇薔薇饅の宣伝して薔薇を世間に広めましょう!」
手塚十威(ea0404)も力説する。これには蛙屋の店主もお手上げで笑うしかない。
要は薔薇薔薇饅が宣伝できれば良いのだ。多少のことは‥‥ 多少だよね? うん、多少に違いない。薔薇雄たちの想像に難くない暴走するであろう宣伝は許容範囲らしい。よっ、蛙屋さん、太っ腹!!
さて‥‥
蛙屋の看板の隣に太く達筆な字で虎杖筆『美しき薔薇、ここに咲き誇る‥‥ 薔薇薔薇饅』の看板が下げられていた。
薔薇雄たちは、その看板を尻目に町へと繰り出して行く。
一般人に薔薇って字が読めるのだろうかと、読み方を教えてもらった潤美夏はふと不安に駆られながら‥‥
●チンチンドンドン
紅や白の派手な着物で胸の部分の合わせ目を薔薇のように膨らみを持たせた着付け、頭に差した薔薇の造花、そしてチンチンドンドンと鳴り物の軽快な拍子に乗って華麗に美しく踊りまくる一団に、人々は物珍しげに足を止めている。
「薔薇薔薇饅、薔薇薔薇饅〜。蛙屋の薔薇薔薇饅だよ〜」
「はぁ?」
すかさず潤美夏があんぐり口をあけている観衆に試食用に小さく作ってもらった薔薇薔薇饅を捻りこむようにして押し込む。
んがんぐ‥‥
「お、うめぇ」
「俺にも‥‥」
言うが早いか薔薇薔薇饅が抉(えぐ)りこむようにして口に放り込まれた。
「菫君、ニライ君、十威君、踊ろうではないか」
はい、と返事が返ってくる。
潤美夏のチンドンの拍子と共に薔薇雄が弟子たちと一緒に観衆の輪の中心に流れるように躍り出る。
4人はピタッと止まると、口にくわえた薔薇を優しく持って体の前を横切るように平行移動。それに合わせてフワッと頭を下げた。
どこで聞き知ったか知らないが、ノルマン人はこんな風に礼をするとかしないとか‥‥
「あぁ、私は今なんと美しいのか!!」
しかし、まぁ。こんなことを声に出してしまうあたり、薔薇雄の薔薇雄たる所以だろう。いかなる意味か観衆に笑みがこぼれる。
「虎様〜♪」
「薔薇様〜〜、こっち向いて〜」
流石、江戸に知れ渡る噂の薔薇の人、微笑みの奇行師、虎杖薔薇雄である。こんなところにも彼を知る者がいる。
彼の名声を持ってすれば、宣伝など造作もない。いや、彼の存在と行動を以ってすれば、目立たない訳がないのだ。
「さぁ‥‥ 寄ってらっしゃい見てらっしゃい。あまりに美しいこの薔薇薔薇饅、おひとついかがかな?」
感激に崩れ落ちる女性を手塚が支える。
「ふっ、この薔薇薔薇饅、何も見た目だけ美しいのではない。中身も実に美しく、そう、一口食べるだけで‥‥ あぁ、私は美しい‥‥」
1つ頬張って、残る片方の手に載せられた薔薇薔薇饅をぽやーっと開けられた口に優しく押し込んだ。
「あぁ‥‥」
「‥‥と、まぁ、この通り素晴らしい饅頭なのだ。是非、蛙屋へと出向いてほしい‥‥」
「はい‥‥」
1名確保!
観衆の輪の中央へ戻りながら、クルリと回って手を差し伸べるような仕草。一瞬の間をおいてピンと伸びた上半身ごと沈み込むと足首を持った手が頭の上まで上がる。
ほぉ〜っと溜め息交じりの歓声が上がった。
「薔薇は美の象徴〜♪」
薔薇雄を指差しながらニライが歌う。
「紅薔薇は情熱‥‥ 白薔薇は清純の証〜〜♪ 蛙屋の薔薇薔薇饅は紅白揃った優れもの〜♪」
ニライが浪々と歌い上げ、狩多と手塚が薔薇雄の隣で手を広げて踊り、薔薇雄を引き立たせている。
「道の辺への茨(うまら)の末に延ほ豆のからまる君を離れか行かむ‥‥ 逆にすがりつきたくなる程の美味さお試しあれ」
目のあった客に、ニライが髪に差していた薔薇の造花と共に微笑みを投げた。
「今なら蛙屋で、あんな飛びきりの美人が売り子してるですわよ。狙い目ですわよ」
ニライに見惚れている男に潤美夏が耳打ちする。
「行く」
男は大事そうに薔薇を抱いて走り出していった。
「男って馬鹿ばっかですわね」
潤美夏は笑みを浮かべながら鳴り物を叩き続けた。
「『美しき薔薇雄☆応援倶楽部』会員番号『い』の1番、狩多菫。心を込めて歌っちゃいますっ!」
今度は打って変わって、静かにどこか物悲しい拍子で鳴り物が鳴る。
薔薇雄は恥らうように俯いて、流し目と共に顔を上げた。そして、救いを求めるように指先を伸ばす。
「江戸の町に 名の知れた〜♪ 噂に聞く 薔薇の人〜♪
ただ金を 受け取って〜♪ 饅頭売れば いいけれど〜♪」
狩多とニライの合唱に手塚と潤美夏の拍子、それだけでも人々の心を打つのに十分だと言うのに薔薇雄の美しさが加わる。
薔薇雄が軽やかに跳ぶ。それは、まさにお江戸に咲いた一輪の薔薇。キラキラと靡く金の糸が、スラリと伸びた脚が、木枯らしに舞う褌が、全てが耳目を集めた。
「私は薔薇〜雄 美しく生まれた〜♪
華やかに美しく〜 売ってと〜言われた〜♪」
歌いながらニライと狩多は試食用の薔薇薔薇饅を配っていく。
「薔薇饅 薔薇饅 気高い薔〜薇〜雄が〜♪
薔薇饅 薔薇饅 美しく 売る〜♪」
ほんのり上気した肌が薔薇雄を美しくする。
「お味もお試しの上、蛙屋へご来店を!!」
全員が口を揃えて薔薇雄の側へスッと近寄り、パッと薔薇を放る。ハラハラと作り物の薔薇の花びらが舞う光景は、観衆の心を強く捉えて放さない。
所変わって蛙屋。
「は〜、冷て〜‥‥ 寒いじゃん‥‥」
山岡が手をこすり合わせて息を吐きかける。この時期の水仕事ははっきり言って重労働だ。
それを自ら買って出るのだから感心してしまう。特に蛙屋の女中からは、今日は足向けて寝られませんくらいに感謝されている。
ま、彼には彼の思惑もあって、これも報酬分のお仕事、いい経験の1つというわけだ。
●千客万来
あれだけ奇抜な宣伝をすれば、さすがに目を引いたのは間違いなく‥‥ 蛙屋には薔薇薔薇饅目当ての客が現れ始めた。
まぁ、中にはそうでない客もいるようで‥‥
「いらっしゃいませ。新しい品書きの薔薇薔薇饅などいかがですか?」
「はぁ‥‥」
普段の口調とは少し違うため、少し硬さを残しながら山岡が頭を下げる。
武士の作法なので客も少し引けた感じだ。異性への話術なら自信があるのだが、口説くのとはちょっと訳が違う。
(「意外に勉強になるじゃんか」)
山岡は注文を取ると台所へ下がっていく。
「薔薇薔薇饅、もっと買ってくれたら、あたしがいいことしてア・ゲ・ル」
美女が店の座敷に客を引き込んでいく。
「おい‥‥」
店主が声をかけようとするが、女華姫はそれを目配せで制す。
彼女が座敷に入ると早速薔薇薔薇饅の注文が入った。宣伝と呼び込みのお陰で客の入りは上々だ。
「ま、いいか‥‥」
何がいいのか分からないが、これくらい図太くないと客に毒蛙を食べさせられないか‥‥ 呆れるを通り越して感心するばっかりだね。
「忍法! 細雪(ささめゆき)!!」
そんな忍法聞いたことないって。
紙吹雪で雪を演出したお立ち台の上で歌い始めようとしていた女中は、頭上から見舞われた粉にまみれた。
すかさず天藤月乃(ea5011)が女中を押しのけ、お立ち台に登ると奏者に催促して演奏を始めさせた。
音色に合わせて天藤が踊り始めた。
神楽舞のような洗練された踊りではないが、伝統的な民族舞踊の微妙な感じが良かったのか、客はそれなりにうけている。
白地に赤の薔薇が縫い付けられた衣装が揺れるたびに歓声が上がった。一緒に踊りだす客までいる。
「美しさと味を兼ね備えた薔薇薔薇饅を是非お食べください」
ひとしきり踊った後、天藤はお立ち台から降りた。これで目立ったこと間違いない。
しかし‥‥
「何てことするんだ。商売用なのに」
店主が腰に手を当てて、天藤を見据えている。その後ろには雑巾と箒を持った山岡の姿。
「掃除」
面倒な事が嫌で美味しいとこだけ貰うはずだったのに一番面倒くさい仕事をする羽目になって、あからさまに嫌な顔をしている。
「そ・う・じ」
これも給金のうちとはいえ、自業自得なんだけど‥‥ 結局、天藤は渋々掃除をする羽目になってしまった。
「ついてないわね。面倒くさい」
因果応報‥‥ 今は、彼女のためにある言葉だった。
「結構お客さん来てますね」
「君たちお嬢さんたちの美しさに参ってしまったのだろうね」
「いえ、師匠の美しさあればこそです」
昼食代わりに薔薇薔薇饅を頬張る薔薇雄たち。
げ‥‥ いや、げ、じゃないです。あはは‥‥ 奥の座敷から客がフラフラしながら歩いてくる。
「はは‥‥ あはあは‥‥」
「また来てねぇ」
お肌つるつるでキラーンと光らせた女華姫が、げっそり頬をこけさせた客にしな垂れかかっている。頬に指を沿わせると客の顔色が青ざめていく。
「うわ〜〜ん」
客は走って去っていった。
「馬鹿ね‥‥ 欲張るからああなるのよ」
潤美夏が呟く。百目鬼の人化の術の効果は半刻ほど。調子に乗って女華姫におねだりが過ぎたのだろう。
「あなた、化けの皮が剥がれてるわよ」
「あら、やだ。お化粧落ちてるじゃない」
筋肉ムキムキでヒラヒラと手を振っていた百目鬼が頬を染める。腰をくねらせ、ドシドシと軽やかに物陰に隠れると、寸暇の後に美女が現れた。
「さぁて、次の獲物は‥‥」
女華姫の瞳の奥に鋭い眼光が宿ったのを見て、潤美夏は苦笑いした。
そんなこんなで蛙屋の新年は賑やかなものである。
千客万来‥‥ 今年の蛙屋は何を食べさせてくれるのか、ちょっぴり楽しみな冒険者たちだった。